聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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第16回(2009.06.06) “デフムービー”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chie: こんにちは、週末の長野県はいかがでしたでしょうか?

Mau: ありがとうございます、気分転換になりました、まさに心の洗濯でした。
松本市から特急で名古屋まで2時間ちょっとなんですね。

Chie: 心の洗濯!本当に良かったです。
松本市からだったら、近いですね。名古屋まで行かれましたか?


Mau: そこまでの時間はありませんでした~残念です。
新潟から名古屋へは、バスが良さそうですね。

Chie: バスでしたら7時間はかかると思います。特急でしたら、新潟〜金沢〜長野〜松本〜名古屋、という順で、もっと時間かかりますね。松本市へは車ですか?

Mau: はい車で行きました。善光寺経由でゆっくり行ったので10時間ぐらいかかってますね。
松本では大学の時の、友達二人と会いましたが、その内の一人とはかれこれ17年ぶり??でした。
恐ろしく年月が流れていうますね。

二人は海外の映画をコーディネイトする仕事と石器の図面を書く仕事という面白い仕事に就いています。
そういう仕事もあるんだな~と目から鱗が落ちました。
あちらからしてみたら、大学を中退した私が英語を教えてるのもびっくりだと思いますが。

Chie: 大学中退されたんですか?初耳です(笑)

芸術はおもしろそうですね!映画関係とはどのような仕事でしょうか?石器の図面も気になりますね。


Mau: 一度目の大学の話ですね。これはまた後ほどお話しますね。
映画の仕事をしている友人は、菊池凛子さんの映画にも関わっていて、先日カンヌ映画祭へ行ってきたそうです♪ 

Chie: すごい!!憧れますね!!

本当に興味深い出会いをされて、とても良い思い出になったんですね。
菊池凛子さんといえば、「バベル」ですね。 そういえば、まうさんは「バベル」を観たことありますか?


Mau: スペイン語版のDVDをメキシコで買ったので、どこかにあると思うのですが・・・観ないままになっています。ちえさんの好きな映画ですか?今度、真剣に探してみます。

Chie: 不思議な映画の一つになっています。手話、ろう者が主人公の日本舞台、そして人種差別がテーマのメキシコ、貧しい生活の中で生きる一つの家族を映したモロッコ、3つの国々の舞台が「バベル」の映画を成り立たせている、不思議な映画です。

当時、日本国内ではろう者たちが「ろう者のイメージが悪くなるから上映をやめてほしい」という反対の声と、「ハリウッド映画なのに、字幕がつかないなんておかしい」と日本語字幕付けにアクションを起こした話を聞きました。
ぜひDVD見てみてください。


Mau: どこかに問題になるシーンがあって、「ろう者のイメージが悪くなる」という声が上がったんですか?

Chie: 菊池さんが演じたろう者は、男性を誘惑するような挑発を連発していました。

私から見れば、ハリウッド映画なら当たり前だし、シャロンストーン主演の「氷の微笑」と似ているからあまり気にならなかったです。国内のドラマでは「ろう者はかわいそう」という、泣く役が多かった為、 返って、かわいそうなイメージを払拭できるんじゃないかと思っていました。でも菊池さんが演じたことによって「ろう者は軽い女」というイメージを持たれるのは不愉快、という意見があったみたいです。


Mau: そんな!ある映画で演じられている日本人のろう者役がそうだったからといって、ろう者の女性が全て軽いと信じてしまう人がどのくらいいるというのでしょう。うーん、いろんな見方がありますね。

他にも、ろう者が出ている、または中心になって作られている映画はありますか?ろう者の監督とか?

Chie: ドキュメンタリー映画もあります。私が知っている人の中には、ろう者と難聴者の学生生活のドキュメンタリーを製作した今村彩子さんという方がいます。

彼女はアメリカへ留学した後、いくつかのドキュメンタリーを作っており、
ハンズの事務所にも1枚のDVDがあります。


Mau: わあ、それは初耳です。どんなドキュメンタリーか興味がありますね。

Chie:今村彩子さんは確か、2つか3つ年上です。 アメリカ手話の講師としてやっていた時期もありました。 大学生活を知るには参考になるDVDです。講義保障や普段の食事やスポーツをしている場面もあります。

他には、PRODIAというのがあります。これは私もよく知らないのですが、「迂路」は評判になっていました。

新潟出身で韓国の大学院に留学しているろう者がいるのですが、彼女が関わりを持っている韓国のろう者チームがあります。

http://www.prodia.jp/deafmedia.html

映画好きの聴こえない人は多いですね。
視覚的に楽しめるからだと思いますが、聴こえる人の中にも映画を娯楽として楽しむ人は多いですよね

また、アメリカには世界で初めてろう者が集う総合大学(ギャローデット大学)ではこのような大きなイベントも行われていると留学生から聞いたことがあります。学長さんが、聴者(または、ろう者の意見を聞かない難聴者)であることが決まったとき、学内でデモを起こしたという話は、手話の世界では有名になっています。
一つの場に集うと大きなパワーになるのと同じように、国際ろう映画祭も関係者が集まって盛大に行われるのかもしれないですね。


Mau: ひゃあ・・・驚きです。存在しているのに今まで知らなかった世界の扉に気づいた気持ちです。
”デフ・ムービー”。 これから海外に行くときや海外の人と関わるときのアンテナが増えました。ありがとうございます。

Chie: ちなみに韓国には、ろう者が運営しているカフェもあります。

運営主体や細かいことまではまだ情報不足で分からないですけど、そのカフェにはなぜか、メニューに3通りの金額が載っていて聴こえない人、支援をする人、聴こえる人という3通りに分かれて金額が多少異なっていました。なぜ分ける必要があるのかという点においては、韓国手話と韓国語が未発達の私にとって心の中に留めておくしかできず


Mau: ちえさんが実際に行かれたカフェなんですね!日本にもあるようですがhttp://osaka.yomiuri.co.jp/possibility/news/ps80118a.htm
こういった感じとは違うのでしょうね。

そこはろう者の方が中心になって運営されているようですね。

Chie: 大阪にもありますね、行ったことはないですが少し雰囲気が異なりますね。韓国のカフェではDVDを大画面で楽しめるようなスペースもありました。ろう者のスタッフが多かったですが、もしかしたら会社を運営すること自体は聴こえる人が中心になっている可能性もありますし、その辺りについてはまだ分からないです。

Mau: 現在はどうでしょう?ちえさんはこういったカフェの運営には興味はありますか?

Chie:ベトナムでは知的障害を持っている就業員を雇っているカフェがありました(ホーチミン市、日本人の女性が起業)。パリにも、ろう者のカフェを開いたというニュースを聞いたことがありますので興味はあります。

東京もバーはあったのですが、今は閉鎖(?)になっていると思います。


Mau: いろいろと調べられたり、行かれたりしていますね。
ろう者の店員がいる・・・というよりも手話のできるスタッフがいるところに、居心地の良さを感じますか?

Chie: つながりがつながりを呼んだようなものですね。最初からカフェに興味を持ったわけではなかったですが、いつの間にか情報が入ってきたりした感じです。ただ、どれも半端な情報なので、調べなきゃ〜と思っています。

手話のできるスタッフがいるところは居心地が良いです。スタバに手話が少しだけできるスタッフがいたのですが、注文しやすいだけでなく、安心感があります。
向こうはこちらが聴こえないことを知っている、ということから来る安心感なのかな・・・。


Mau: そうですよね、たとえ「いらっしゃいませ」「寒いですね?」など簡単な手話でもできて、会話ができると安心・・・居心地はぐっと良くなりますね。

Chie: そうですね。高度なレベルは求めていないですし、普通に「今日はこの珈琲が良いですよ」といった会話ができたらもっといいですね。

Mau: 私も商店街の中で手話を使えるお店があったら!という気持ちもあって、月に2回、教室で手話レッスンをしてもらっていますが、なかなか広めるのは難しいです。

Chie: どういう風に難しそうですか?

Mau: 手話レッスンを始める前に、商店街の方々にチラシを配って歩きました。
予想していたことですが、ほとんどの方は、「うち、ろう者の人は来ないから!」と言って相手にしてくれませんでした。

「全く聴こえていない人は、補聴器はしていないので、外見ではわからないんです」というお話もしてみましたが。

そんな中で、いくつか興味を持ってくださるお店もありました。
残念ながら、商店街でお店を構えていらっしゃる方々は、ほぼ一人又は二人という体制で商売をされているので、日中出かけてまで手話を習うことは難しい・・・ということでした。

でもどうにか皆さんの中に入っていけないかな~って密かに策を練っています。

Chie: 聴こえない人は、聴こえるフリをするので気がつかない店員さんが多いのも真実ですね。

Mau: 聴こえる「ふり」ですか?

Chie: 聴こえるフリをすることで、迷惑をかけず、面倒なことも起こさず、というようにスーッと立ち去るということです。

Mau: 分かる気がします。

Chie: そうすれば、外見だけでは本当に分からないです。
全ての人に対しては難しく、時間がないときは筆談で済ませることがあります。
聴こえない人が聴こえるフリをやめたら、手話は急遽広がっていくかもしれないですね。


Mau: やってみますか??
余談ですが、聴こえる人も、聴こえないふりをしまけどね~(笑)。

聴こえない人が、聴こえる人たちに合わせて生活をしていると感じることはありますか?

Chie: 聴こえる人も聴こえないフリをするんですね、それは「そんな話は聞いとらんぞ~」と言うときにでしょうか?

聴こえない人が、聴こえる人たちに合わせて生活をしていると感じることはあります。
愛想笑いが一番分かりやすいと思います。


Mau: 聴こえる人も聴こえないフリをする時は、大抵都合の悪い話をされた時です。
聴かなかったことにしてしまうんです。

Chie: 聴かなかったことにする、それは聴こえない人も共通することで結局は人間の身勝手ということになると思います。

私自身も身勝手だと思います。聴こえる人のグループに聴こえない人が1人だけ入った時、聴こえる人たちが笑い合います。

話題はテレビの話だったり、旅行の話。
早口で、笑うときは手を覆う。
口の形の読み取りすらできない状況になります。

そして聴こえる人たちが「~だよね」とこちらに目を合わせるとその場で「いや、何のことか分からなかったらもう一度教えて」と言えるかどうか。

その回数が多ければ多いほど、聴こえる人たちの気分を害するわけにはいかないということから、 愛想笑いをして何とかその場をしのぐ。
私が時々、目をそらしたりするのは、愛想笑いする状況を作らないようにしているからです。

それは自分の為なのですが、聴こえる人たちと一緒に過ごすことは苦痛ですが、楽しい時間でもあります。
難しいですね。


Mau: 視線を逸らするのは  あえて「いまは聴いてないよ」というシグナルを送るということでしょうか?

Chie: そうですね。聴いていないことを示すことによって会話の輪から外れているということを知らせておくようなものです。
でもそういう行動に、「あの人は人の話をちゃんと聞いていない」という誤解も生じます。

聴いているフリをして分からないまま過ごすのと、思い切ってその場の雰囲気を壊してもいいから聞き出すのと、最初から聴いていないよというシグナルを送ることで自分を守る・・・いろいろ試している感じです。


Mau: それでいいんじゃないかな~。

変てこな言い方ですが、聴こえていても目の前にいる人が何を言っているのかさっぱり分からない、聴こえてこないときはあります。でも与えられた時間を過ごさなければいけないときには、私も流してしまいますし、自然と視線は逸れます。

時には、かなり興味深い話なのだけれど、内容が分からない。けれどどうしても知りたいなら、周りのひんしゅくを覚悟で聞くこともありますし、最初から聞いてませーんシグナルを送る相手も・・・?たまーにいますね。

昔は、「なんてひどいやつだ!」と自分を責めたこともありますが、力は入れたり引っ込めたり上手に使わないと。

本当に「聴きたい」ときや「話したい」ときには、お互いにどうにかするんだと思ってます。

Chie: ありがとうございます。まうさんのお話を聞いて何だか安心というか、ホッとしました。
このように聴こえる立場にあるまうさんからの話、とても参考になります。


確かに、本当にお互いに「聴きたい」「話したい」ときは何としてでも通じ合いたいと工夫をしますね。

Mau: 「愛」ですね うふ。

Chie: なるほど!シンプルな言葉ですが、重みがありますね。

力は入れたり引っ込めたり、、、何でもがんばりすぎるのが一番いけないですね。


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Studio AYA
http://www.rouinc.com/studioaya/

映画 「バベル」

PRODIA デフムービーエンターテインメント・プロディア
http://www.prodia.jp/
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# by machi-life | 2009-06-05 23:08 | mau+chie life

第15回(2009.05.29) "もぐもぐ、ポリポリ"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 


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Chie: こんばんは♪ 今日も本当にお疲れさまでした。

Mau: ちえさんもお疲れさまでした。夕飯は済みましたか?遅い時間までレッスンをされているのですね!

Chie: 夕食はまだ作っていないですが、こうして話をしながら作る予定です。

Mau: なるほど~。この時間ですと外に食べにいくわけにもいきませんね。

Chie: そうですね、お店も閉まっていますし、開いているといえば、「松屋」くらいですね。
夜にお肉は結構です(笑)


Mau: ちえさんが夜に一人で「松屋」の図が全く浮かんできません。

Chie: 松屋=サラリーマンのイメージありますね~。
そういえば、食べている時の音ってありますよね?食べている時の音で、例えば、「後ろで誰かが食べているな」っていうのは、分かるんでしょうか?


Mau: わかりますよ。かなり音を立てていれば。

Chie: 固いお菓子(柿の種みたいなお菓子)をもぐもぐ食べているときはどうでしょうか?

Mau: 柿の種は、もぐもぐよりもバリバリという音のイメージです。

Chie: パリパリ、パリパリ、パリパリ

Mau: そんな感じです♪ Chieさんの中では、文字の上でのオノマトペ(擬音語、擬態語)はどう「聴こえて」いるのでしょう?

Chie: 雨だったら、ザーザー、しとしと、ポツポツ。

Mau: お姉さんたちがぺちゃくちゃとしゃべっている・・・とかポツンポツンと雨が降ってきた!などでしょうか。

Chie: そんな感じですね。しとしとはどんな感じでしょうか?

Mau: しとしとは、雨が音も立てずに静かに長い時間降る感じです。昼間というようも、夜も遅くなってから降る雨のイメージがあります。
聴こえる人たちと話をしていて、感覚の違いを感じるオノマトペはどのようなものですか?

Chie: 前に「雨がしとしと降る」ということについて私は、雨がまもなく降ってくるというような感覚を抱いていました。
それについて聴こえる人と話をしたとき、ザーザー降ってそれがまもなくやみそうな感じと聞きました。
違っていたことが分かってショックを受けました。カルチャーショックですね。
ただ、その人は「個人差があるかもしれないね」といっていました。

そこから疑問に思ったのですが、日本人同士はオノマトペの概念は同じなのでしょうか?家族との会話でも、時々、「今のはそういう擬態語じゃなくて、こう言うんだよ」と指摘されて修正して育ってきました。


Mau: 本当に使い方は難しいと思います。聴こえる人にとっては、聴こえている音をあえて違う音(擬音)にすることで、会話に“躍動感や動き”をもたらすものとして使用しているようです。

Chie: 躍動感、動きについて、聴こえる人たちは耳で聞こえている音は全員同じでしょうか?
例えば、手を叩くときに聴こえる音が「パンパン」だったら他の人も同じに聴こえるのでしょうか?


Mau: よく考えると悩んじゃう質問ですね(笑)。他人の耳を身に付けたことがないので、私が聴いている音と全く同じ音が他人に聴こえているかと聞かれると「わからない」と答えるしかないのですが、全く同じでないにしろ、人を何人か集めて手を叩き、それをオノマトペで表現してくださいと言われたら、恐らく「パンパン」「ポンポン」「パチパチ」と答えるように想像します。

Chie: 悩ませる質問ですみませんでした^^; オノマトペについて、まうさんが海外に行かれた時、何か思うことがありましたか?日本と海外は異なるでしょうか?

Mau: アメリカ人の友人は、しばらく日本で暮らすと日本の擬態語(めろめろ、びしびし等)は独特かつ多種多様で、文中で使用されると、時にブラックユーモアや粋な感じさえ漂って、とても興味深く、面白いと言う人が多いですね。このテーマについては、とある本を海外に帰国する友人や日本の文化に興味がある異国の友達にプレゼントしていますが、とても喜ばれます。

Chie: どんな本でしょうか?

Mau: 「わくわく英語フォトブック」日本の擬音語・擬態語について写真と共に書かれています。

Chie : おもしろそうですね。私も読んでみたいです。やはり、国が違えばオノマトペも異なるのですね。

Mau: 何十冊購入したか分かりません。著者は日本に滞在経験のあるベルギー人の方です。擬態語、擬音語を使用した例文と、思わず吹き出しちゃう写真が掲載されています。
日本語の巧妙さと面白さを外国の方から教えていただいた一冊です。

Chie: 買います!決めました、でももう一冊必要ですね(Amazonで送料が無料になる為にはあと400円くらい必要です)
最近おもしろい!と思った本ありますか?


Mau: 最近面白かったのは、「くらやみの速さはどれくらい」という本です。あとは「13の理由」かな。
どちらも海外の作者によって書かれた本ですね。

以前は海外の翻訳物は読みにくいと思い込んでいて、ある特定の作家のものしか読みませんでしたが、最近は日本の小説にはない展開の読めなさを気に入っています。ちえさんはどんな本を最近読んでいますか?

Chie: ありがとうございます。海外の小説、久しぶりに聞きました。学生のときにサスペンス小説を読んでいました。
「13の理由」、あらすじを読みましたが、何だかすごそうですね。

最近はセミナー、営業関係の本を読んでいます。広報誌も読んでいますが、まだかいつまんだ程度ですね。「くらやみの速さはどれくらい」という本、本屋で中身を見てみます。


Mau: ぜひ、「くらやみ・・」の方は、持っていますので、もしご興味があればお貸しします。「13の理由」は、ほんぽーとにあったような気がします。

Chie: ありがとうございます。是非お借りしたいです。

Mau:それでは次回お会いしたときにお渡ししますね。どちらもフィクションですが、どちらも自分や身近な人にありえそうなところが、想像力を掻き立てられ引き込まれます。

Chie: リアルな世界なんですね。ありがとうございます。
オノマトペの話に戻りますが、話し言葉について、話し言葉は読唇(口の形を見て読み取る)では絶対分からないです。映画の字幕、漫画の吹き出し、雑誌のインタビュー記事から文字として学んでいます。

映画は中学校の時からほぼ毎日のように見て、その後役者のマネをして家族に台詞を言っていたときもありました。
「100万人の市民に対し、こっちは81名の人質。そして、フランクハメル・・・」(映画「ザ・ロック」、アルカトラズ島を占拠された事件に苦悩する大統領の台詞です)
このような台詞や、他にも映画を見て覚えたものは何度も繰り返して話していました。それだけではないですが、小説も参考になりました。

それでも、いざ声を出して話す時だけはどうしても、敬語がうまく喋れない状態です。
手話に敬語はありますが、日本語の文法とは違うので、手話をしながら声で日本語を喋ると言葉に詰まってしまいます。

そこで誤解を与えてしまっていると思います。
気がついた時から気をつけるようにしていますが、前の食事会の時もまうさんやパートナーの方にも敬語で話すべきところで
うまく声に出せなかったときがありました。すみませんでした。


Mau: ちえさんすごい!そうやって外国語の映画を毎日見たら、すぐに他の言語もマスターできそうですね。
映画は、好きで見てらっしゃったと思うのですが、勉強のためという意識も中学生時分からあったのですか?

敬語についてですが、これも年上や役職的に上であっても、その人との個人的な関係、親しさ、信頼度で違いが出てくる部分だと思います。
時には年上であっても、いわゆる「ため口」でお話することもあります。適切な尊敬の気持ちが言葉に含まれているのならば、かえって敬語よりも親しさが増すこともあるような気がします。丁寧語、尊敬語、謙譲語・・・が入り組んでおかしな言葉になって口から出てくることもありますが、これは使い慣れていないからなんでしょうね。この辺は私も学ぶべきところですし、普段からきちんとした言葉遣いをしていないといざという時に出てこないのは、ちょっと恥ずかしいですね。

時には年上の人に諭されることもあります・・・「その言い方は上目線のコメントだよね」なんて言われたりして、きゅーっと縮こまることもありますが、そうやって気を付けていくのでしょうね。(もちろんそんなつもりはないのですが・・・さっきのちえさんと同じ状況ですよ、きっと)。

Chie: ありがとうございます。敬語の使い方といっても年上の人だから使うべきというわけではないけれど、使えるようにはしたいですよね。
幸い、映画好きでそれが後になって、日本語の話し言葉を知ることに役立っています。DVDを借りるのも映画館へ行くのも好きですが、実は新潟に来てからまだ一度も実現できずにいます^^;
この前の日曜日で久しぶりに日曜劇場に夢中になりました。ハリソンフォードさんのアクションにハラハラドキドキ、でも字幕を見ているとあらためて「なるほど、こういう言い方があるんだ」とジョークの意味がつかめて楽しく学習できますね。

前に、日本語字幕を見て、英語字幕に切り替えて見たことがありましたが、日本語は何となく意味がつかめるような言い方でしたが、英語では短く分かりやすいのがあって「あれ?」と思ったこともありました。

敬語についても、字幕から学ぶことが多かったです。でも、まうさんのおっしゃる通りにその人と私の関係は年齢だけではなく、信頼度も関係あるので話し方は多様だと思います。


Mau: 海外から日本に来て、暮らしている友人もやはり、日本の映画やドラマから生きた日本語を学んだと言っています。
特にドラマや映画だと、そこに漂うその言語や国独自の間の取り方や、言葉の言い回し、人との距離の取り方などを客観的に見ることができますね。

ちえさん、今度映画をご一緒しましょうね!これからの映画だと、「スラムドック・ミリオネア」が見たいです。

Chie: ぜひよろしくお願いします。ああ!インドの話でしたよね?私も見たいと思っていました。よろしくお願いします。

Mau: はいそうです。それはうれしい奇遇ですね。一緒にポップコーンをポリポリしましょうか。

Chie: おおおおお!ポリポリ!!楽しみが増えましたね♪

<本日の話題・本・映画・イベントについてのご紹介>
文字の上でクリックをすると、各詳細ページへとジャンプします。

オノマトペについて参考URL)
「R25 日本語にオノマトペが多い理由&世界のおもしろオノマトペ」
http://r25.jp/b/honshi/a/ranking_review_details/id/110000002802

「わくわく英語フォトブック」


「くらやみの速さはどれくらい」

「13の理由」

「映画 ザ・ロック」(Chieさんの中学生時代、家族に暗唱をしていた映画)

「映画 スラムドック・ミリオネア」
http://slumdog.gyao.jp/

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今日もありがとうございます♪
朝の市場のように、新鮮な話をお届けいたしましたが、いかがでしたでしょうか?またご感想をお待ちしています。

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# by machi-life | 2009-05-29 01:00 | mau+chie life

第14回(2009.05.22) “聴こえない聴者”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

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Mau:本日は特別ゲストにお越しいただいています。

Chie:「聴こえないわたし、聴こえるわたし」に続いて、「聴こえにくいわたし」が登場しています。よろしくお願いいたします。

Suguru: 私が噂?の聴こえにくい人です。お二人の生徒になった経験を持つSuguru です。

Mau: えーと、講師経験ということですか?
あっと・・・勘違いです!私たちに習った経験があるということですね。失礼しました。

Suguru:はい、そうです。私が聴こえにくい変なおっさんだからです(笑)

Mau: Suguruさーん、全国いや世界放送ですよ~!
もう少しどんな人なのか説明がないと、読んでいる人はちんぷんかんぷんですよん。

Suguru:はい、ではまじめに・・・私は喋る手話講師です。ある時はサラリーマン、ある時はお蕎麦屋さん、ある時は手話講師。こんなところでしょうか。

Mau: muy bien ! ← 私の生徒だったSuguruさんには分かるはずですが・・・?

Suguru:汗 汗 汗

Mau: 「しゃべる手話講師」というのはどういう意味ですか?

Suguru:そうですね、手話と声を同時に話す感じです。イメージできますか?

Mau: 手話の後に、少し遅れて声を出す感じでしょうか?

Suguru:いえ、基本的には、同時なんです。声と手話を同時にする時、僕の頭の中には日本語がいっぱい?あります。

Mau: 手話または日本語で相手から受信した情報に対して、自然に手話と日本語同時に対応できるということでしょうか?それってすごいことですね!

Suguru:最近、聴こえにくい人の呼び名で良いのがありました。それは、「聴こえない聴者」なんです。それを聞いた時、なるほどな~、と思いました。

Mau: なるほど~!!Suguruさんは、以前から私たちのブログを見て下さっていて、「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」だけではなく、「聴こえにくいわたし=Suguruさん」も加えて!と熱烈ラブコールをいただいてのご登場!ありがとうございます。                                                                         
私も含め、聴者のほとんどの人たちは、「ろう者は全く聴力のない方」、「難聴者」は聞き取りにくいことはあるだろうけれど、「ある程度は聴こえる人」→「聴者に近い」と認識しているのではと思います。Suguruさんが言われた、「聴こえない聴者」はそれに近いものだと考えて良いでしょうか? ちえさん、Suguruさんのお二人は思われますか?

前回の続きになってしまうようですが、ちえさん自身は、「ろう者ってどういう人ですか?」と尋ねられたときに、どう答えていますか?Suguruさんはどうでしょう?

Chie: 聴こえない聴者という言葉について、最もイメージしやすい言葉だと思います。また、最近は、 難聴者という言葉についても本当に曖昧だなぁと思います。それは、「聴こえにくいけど声で喋れる人」と、「聴こえにくくて声で喋ることも不慣れな人」がいますので、まとめて「難聴者」とは言えないと思いますし、それはろう者も同じことじゃないでしょうか。

以前までは、ろう者と難聴者の二つに分けていましたが、そればかりだと他人を否定することにつながって、やがては自分を追いつめることになると気がついてからはあまりこだわらなくなりました。ろう者はどういう人ですか?という質問は難題ですね。。。

Suguruさんどうぞ。


Suguru:「聴こえない聴者」でピンときた事は、やはり環境です。私は、聴こえにくいですが、聴こえる人と遊び、学び、そして喧嘩もしてきました。聴こえにくい私にとって、聾学校という環境は知らないので、聴者と同じだと感じます。

ろう者ってどうゆう人ですか?これは、難しいですね。現時点で答えられる事は、電話ができない人(聴こえなく、声を出しにくい人)だと思います。

聴こえにくい人とは?でしたら、説明は簡単です。まず、喋れて、自分の声は聴こえて、相手の声(音)も聴こえる人です。これって、聴こえる人と同じですよね?ただ、私の場合、声は外国語みたいに聴こえる事があります。それは予想できない話の流れになった時です。自分からは話題を出すとある程度、内容がわかりますので、話についていけます。しかし、話が外れてしまうとお手上げです。


Mau: その「聞こえる状態」は小さいときから同じですか?

Suguru:少し昔話をしましょう。小学校1年生の時です。友達にSuguruは無視する事多いよね?

聴こえる状態は以前より、聴こえなくなっています。子どもの頃、体温計の音が聴こえた時がありました。今はまったく。なので、どんな音かは覚えていますよ。ピー、ピー。こんな感じですよね?

昔話は今度しますね。


Mau: え~っ!昔話もっとお聞きしたかったのに。いけず~。
ところで、私が子供のときは、体温計は音無しのシンプルなものでした・・・(笑)

Suguru:最近仕事はいっぱいあって、、、慌てると手話も通じなくなります。ちえさんがいうには手話がボロボロ落ちてるそうです。

Chie:慌てるときはそうですが、落ち着いているときは手話が丁寧になりますね。

Mau: 対面して会話をしていても難しいこともありますが、ちえさんとは今のところ「あ・うん」の呼吸でコミュニケーション取れていると私は思っていますよ。

毎日レッスンをしていても、手話がぼろぼろ落ちる、忘れてしまうのですか?
文法的に単語が落ちるということでしょうか?

Suguru:そんな難しい事ではありません。ただの慌て者だと思います。手話を忘れるというか、頭の中が日本語だけになってると思います。

Mau: さっきのコミュニケーションのお話ですが、対面していようが、パソコンであろうが、もし分からないことがあれば「その場で聞く」ということが、お互いに信頼関係を作る源なのではと考えています。曖昧にしたまま会話を流してしまうと、話が終わってから「あれ?わたし何をこの人と話していたんだ?」となってしまう気がします。ちえさんもわたしも、それをしていないからこうやってブログも、実際はかなり時間を要するので大変ではありますが、楽しみな時間になっているのだとおもいまーす♪ 
きっとSuguruさんとChieさんもそうでしょう?

忙しいというのは、生徒さんがわんさかいらして忙しい!!ということですか?素晴らしくありがたいことです。そうでなければ、雑務でしょうか?

Suguru:なるほど、そうですね。曖昧でしたら、聞くですもんね。たぶん長年の聞き流しが出たのかもしれません。聞こえてるふり?を20年もして来ました。今は雑務の方が多いですね。

Mau: 私も南米では、スペイン語が「聞こえてるふり」「分かってるふり」を最初はしたものですが・・・そのうち見事にばれました!早くばらしちゃうと楽になりますよ~。

Suguru:はい、手話と関わってからは早くばらすように心得ています。

Mau: 今、生活が「音声」+「手話」になって・・・どうですか?世界はダブルで広がった感じですか?

Suguru:そうですね、昼間は音声、夜は手話ですね♪

Chie:私とは違う生活ですね。二つの顔を持つような感じですね(笑)

Mau: なんだか、また怪しげですね~。 
Suguruさん、手話はおいくつではじめらたのでしょう。確かろう学校のご出身ではないですよね?

Suguru:あは、難聴者→難しい人で(笑)

手話は23歳だったと思います。実は不整脈が発覚して、スポーツを控えなければならなくなったのも要因の1つです。スポーツジムが趣味でしたが、それが出来なくなり、新しいものを探していました。兄の後押しもあり、手話を始めました。


Mau: なるほど~。お兄さんも手話を話されるのですか?(←文法的に合ってますか?)

Suguru:文法的にも正解です。兄は手話に興味はありません。一時的に仕事の関係で手話を教えてほしいと言われたのですが、10分で諦めてしまいました。今思えば、教え方もイマイチだったと思います。ちなみに私の家族で手話を話す人はいません。

Mau: Suguruさんご自身はどうですか?手話にすぐに興味を持って夢中になっていった感じですか?

Suguru:私も興味はなかったです。初めは、通信のビデオを見て覚えました。それが、すぐに眠くなってしまうんですよ。けど、その時からこれしかないって思ってました。私には珍しく最後までやりました。いろんな物で興味を持つように自分をごまかしました。手話ドラマのビデオを借りてなんとか継続したのを今でも覚えています。

Mau: そうまでしても手話を覚えたかったんですね。

Suguru:ビデオですと繰り返し見れますし、覚えの悪い私にぴったりでした。ビデオ学習後に地元の手話サークルへ行きました。準備してサークルへ入ったのですが、ろう者の手話表現を読み取るのには苦戦しました。

Mau: 23歳から手話を始めて・・・「あっ!会話できる!」と思ったのはいつ頃ですか?その頃には、今Suguruさんの周りにいるたくさんのろう者&難聴者仲間たちには出会っていたのでしょうか?

Suguru:実は本当に最近ですよ。1年前にちえさんの手話講座を受講したあたりからです。その間、数えきれない程のろう者に会ってますが、時間ばかり過ぎてしまってました。とにかく1週間に3回、手話を使うろう者に会うように意識して生活してたような気がします。

Mau: おお!それは、いま手話を学んでいる人にも参考になりますね。

Suguru:そうですね、私も途中から手話を覚えたので、覚える大変さがわかります。今、ハンズの受講者で1年くらい手話を習っている学生がいます。自分の頃と比較すると凄まじいスピードで覚えています。私が3年掛かって覚えた手話はハンズなら、1年で十分・・・かな?やはり学習も必要だと思います。

Chie:1年だけでは足りず、もう少し長く学びたい方もいらっしゃいますし、手話は1年だけで簡単に身につけられる言葉ではないですので語学を学ぶ期間は個人差があるかもしれないですね。

英語とスペイン語はどうでしょうか?

手話で「どのくらいの期間で、手話ができるようになるの?」という質問を受けますが、そういうことはありますか?


Mau: そうですね、 「一年ぐらいで英語を(初心者レベルから)マスターできますか?」と言われる方は少なくありません。私は、こういう風にお答えしています。

仮にその方がケーキ屋さんだったら、「それでは明日からそちらで一から修行をさせてください。ただし週に一度しか伺えません。でも1年後には私のお店をオープンできますね!」すると、大体の方が笑いながら「それは無理です・・・そうですね、そういうことですね」と理解していただけます。

もしかしたら、週に一度のレッスンで、一年後にはペラペラになる方もいるかもしれません。
そうだとしたら、それは私が講師として優れていたというわけではなく、その方ご自身がレッスンに来ない日にも勉強や努力ををしたからだと思います。

もしその方自身に明確な語学を学ぶ目的が、レッスンを始める時点で無いのであれば、時間をかけてその方自身もが気づかなかった、もしくは忘れていた目的地まで一緒に走り続ける・・・技術的にも精神的にも、そのサポートをしていくのが私たちの役目なのではと思います。

今日はSuguruさんとも、こうやって改めてお話ができて楽しかったです。

Suguru:ぎこちないデビューで申し訳なかったです。

Mau : とんでもない!誰にでも最初はありますから。

Suguru:1年後にまたあいましょう(笑)その時は上手になってるかも!?

Mau :あはは!これからも、時々登場してくださいね。

Suguru:ありがとうございました。

Chie:ありがとうございました。

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さまざまな立場や考えの方に見ていただき、ご意見をいただければ幸いです。

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本日は、こんな私たち3匹でお送りしました。また来週もよろしくお願いします。
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# by machi-life | 2009-05-22 22:04 | mau+chie life

第13回(2009.05.15) ろう者ってだれのこと?

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

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Chie:先日のお食事会は楽しかったですね。ありがとうございました。前に「こと葉や」を訪れたとき、ふと「ろう文化」の本を見ましたが、「ろう文化」という言葉についてどんなイメージありますか?

Mau: はじめは、“日本各地にあるような、ろう者の方々独自の方言のようなものかな?”と簡単に考えていましたが、たまたま最初に手に取った本を読み進めるうちに、どうやらそんな簡単なものではないらしい、と、あせったような気持ちになりました。

私が最初に読んだ「ろう文化」という本の帯にあった“ろう者とは日本手話という、日本語とは異なる言語を話す言語的少数者である”の一文はかなり衝撃的でした。今まで全く考えたことのないことでした。あれからしばらく時を経た今でも実は良く分からないでいます。本を書かれた方々にお会いして直接お話をお聞きしたいくらいです。
その後、ろう文化に関する書籍もいろいろあることが分かり、私たちが「日本文化」について、それを知らない人たちに語る際にもいろいろな切り口や考え方があるように、一言で「ろう文化」と言ってもさまざまなことにも気づきました。

正直にお伝えすると、二年前に初めてろう者である I さんに出会うまでは、自分の中に0.001%も「ろう者の人たち独自の文化」について思いをはせたことはありませんでした。

ということで、「ろう文化」についての知識と見解はほとんどありませんので「ろう文化」のことを取り上げるとなると、基本的な事柄から教えてもらう形になりそうです。

Chie: 私にとって、今でもろう文化とはこれです、と言い切れるものがない状態です。

というのは、ろう文化宣言の内容と現実がうまくかみ合っていないからだと思います。
これは私の中での話ですが、ろう文化宣言の文面をそのまま鵜呑みにすると現実とだんだんすれ違っていくような。

ろう文化宣言が出てきたことにより、「ろう者でいいんだ」というアイデンティティ確立に良い影響を受けたという人もいます。それまでは、手話も言語としてというよりは、聴こえない人が使うものと捉えられていて「手真似」という言葉も出てきたほどです。

ろう文化宣言読んでみていかがでしたか?


Mau: むずかしいかったです。

Chie: ピンと来ないような感じですか?

Mau: そこに出てくる言葉の定義をつかみきれずにいます。

でも厳しさはひしひしと伝わってきます。ここまで「はっきり」と「宣言」を出さなければいけないほどに、ろう者や難聴者の方々は、今まで取り残された?(言葉が適切ではないかもしれませんが)気持ちでいた人たちもいらっしゃる・・・という事実について、考えたことがなかったので衝撃的でした。「怒り」「いらだち」さえも感じました。

私にとっても異なる文化、世界に生きていることをあらためて感じさせられました。そして、たとえおなじ場所に生まれ、育っても、人により、物事の捉え方はさまざまで、それはろう者の人たちも同じなんだな、と。

Chie: ありがとうございます。ろう文化宣言を出さないといけないという状況が当時にはあったかもしれないと思いますが、ろう文化宣言を知っているろう者は少ないかもしれないですね。

Mau: そうなんですか。ちょっとびっくり。

Chie: 私の場合はたまたま、大学の講義で知りました。文学的な講義でしたが、そこで配布されたレジュメがろう文化宣言でした。それを読んでレポートを書くという課題がありました。

最初は「何これ?」でしたが、読んでいるうちに自分が分からなくなってきました。


Mau: 「読んでいるうちに自分が分からなくなってきた」というのは、どういうことでしょうか?

Chie: 最初に、ろう者の定義が書いてありますが、日本手話を第一言語とする少数民族というような一文があったと思います。

Mau: ありました。

Chie: 当時の自分は、声を出しながら手話をやっていました。声を出すことが一番大事という考えを持っていました。

手話に対して低く見ていました。しかし、聾学校卒業である私は「ろう者」に当てはまる一方、第一言語が手話ではなく「日本語」である私は「ろう者」に当てはまらない。

一方、難聴者の定義を見ると、インテグレーション(聴こえる人たちと一緒に学ぶ統合教育)を経験した人という定義があって、聾学校育ちの私は「難聴者」にも当てはまらない。

そこで「私って何?」と分からなくなりました。

それまでの自分は、「聾学校で、聴力が最も重いから、私はろう者なんだ」と思っていました。聾学校の中でも、聴力の良い生徒は「難聴者」と先生が言っていました。そういうことから、初めて「私は聴こえない人だけど、ろう者ではないのかな?」と向き合ってみました。

向き合う必要があったのかどうかわからないですけど(笑)


Mau: なるほど・・・。ちえさんにしか経験のできないことです。
ひらりとかわしたり、やり過ごしている人もいる中で向き合ったちえさんだから今こういう話ができるのではないでしょうか。

向きあった結果として、結論は導かれましたか?

わたしも海外で暮らしている中で、「わたしは日本人なのだろうか?」と考えることがありました。
どう考えても、誰が見ても日本人なんですけど(笑)。

本当にそうなのか?証拠は?パスポートも戸籍も、いろーんなものすべてなくしちゃったとしたら??・・・妄想は止まらなくなってしまったことをがあります。

定義上、便宜上・・・日本人なのかな???なんて思った時期もあったりして。
ぜんぶ剥ぎ取ったら、私は生き物でしかない。最後はそんなオチなんですけど。

Chie: その環境にいると、「自分って何だろうか」と思いますよね。

ろう者なのかな?っていろいろ考えました、パスポートや戸籍と同じように、手話をなくしたら私は「ろう者」なのかなって考えたりしていました。

まうさんは、そのときに、同じ日本人を見て違和感みたいなものはありませんでしたか?


Mau: ありましたね~。

Chie: あったんですね。 その辺りもう少し聞いてみたいです。

Mau: 南米に到着して、数ヶ月間日本人に誰一人会わない状況が続きました。
確か世界には日本人がたくさんどこにでも行ってるはずなのに、なぜ会わない??!と不思議でした。
同時に、スペイン語が全くできない時期でもあったので、ある意味「大人なのに赤ん坊」状態が続いていて精神的に少しまいっているような状況でした。

Chie: 大人なのに赤ん坊状態というのはどういう状態ですか?

Mau:意志を伝えたいのに、伝えられないし分からない・・・。
「言葉ができなくても、伝えたい思いがあれば大丈夫!」なんてフレーズをよく聞きますが、そういう魔法は最初のうちだけなのだと思い知らされました。

その時期は街で「アジア人」を見つけると、「日本人ですか?」と声をかけて怪しがられてました。
日本にいるときは、同じアジア人でも、ちょっと見れば「あの人は多分韓国の人」「中国の人かな?」と見当をつけられましたし、案外当たっていたものですが。世界に出てみると、これが当たらないんです。

長く南米に暮らしているうちに、自分が日本人である、ということの確信性というか、境界線のようなものが溶け出して、曖昧模糊としてくる感じです。そうしてそのうちに、他の人についても分からなくなっていったのでしょう。

Chie: 国内ではなかなか経験できないことなんですね。

Mau:あの頃を思い出してみると、例え数ヶ月でも日本語を全く話さない環境の中で、必死でスペイン語の波の中でおぼれてしまわないようにもがいた時期でした。話せない代わりに、聴けない代わりに、よーく周りにいる家族、先生、クラスメイトを観察していましたね。

でもその中で、段々と自分の中に日本人+αみたいな血液?が作られていったかもしれません。
特に、チリでは全身現地のノミに血を吸われましたから(笑)。

Chie: 全身ですか!?すごいですね。。。

Mau:そんな生活にも少し慣れた頃に、日本の人たちに「再会」しました。すると、どこか違和感といいますか、今までとは違う感情を抱きました。でもそれは当たり前のことなのかもしれませんね。

そうやって世界を、その土地の人たちと一定期間、共に暮らしながら、生きていける時間が私の人生の中にこれからもできるだけ多くあったなら・・・私はもっとニュートラルで自由な人間になれるかもしれないという希望のが生まれました。
確かに私は此処にいるのだけれど、また違う人たちの存在も感じる状況なのですが、それすらもまたどこか客観的に少し離れた場所から眺めている状態とでも言うのでしょうか。

Chie: 違う環境に入って、また別の環境にいるとき、自分自身はそのままだけれど、関わりのある人たち、近くにいる人たちから必ず影響を受けるといったところでしょうか。

なかなか深くて、私自身の今の経験値が追いつかない状態ですが、そういうことを感じ取れるんだなぁって感心しました。

ベトナムへ行ったとき、ベトナムのろう者たちに囲まれて周りを見渡せば、ベトナム手話ばかり。全然分からないくせに、がんばって手話を見ながら理解しようとしていました。

そんな状況下、お互いが通じる方法を見出していくと、日本に帰った時、手が他人の手のような違和感を持ちました。日本語としてのリズムが噛み合ない証拠かもしれないですね。


mau: ちえさんだからこそ分かる違いのように思えます。
“ベトナム手話”と言われても、軽々と想像の範囲外なのですが(笑)。
次回海外へ出かけるときには、「その土地、国独自の手話を知る」という新しい目的もできました。

今回も私たちのブログを読んでくださり、“Cám ơn (カムオン)!” 
ありがとうございました。

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<ご参考までに>

「ろう文化」(現代思想編集部)青土社

日本手話とろう文化-ろう者はストレンジャー-(木村晴美著)生活書院

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# by machi-life | 2009-05-15 22:20 | mau+chie life

第12回(2009.05.08)ライブ空間を作り出す

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
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Chie:連休はいかがでしたでしょうか?

Mau:おかげさまで、ゆったりと好きなことをして過ごしました。
りす園を目当てに4歳の姪たちと加茂山公園に行きましたが、ミニハイキングコースの充実した樹木の多い森林公園で気持ちがとても良かったです。全長150メートルの長いスライダーもあって、真剣に遊んできましたよ。Chieさんはいかがお過ごしになりましたか?

Chie:思い切り遊べて良かったですね、私も連休は先輩と焼き肉食べながらお話をしたり、久しぶりに家族と過ごしていました。たまにはお休みすることが大事ですね。
そういえば、最近、音楽についてろう学校ではどんなことをやっているの?という質問があったのですが、、、
想像できるところはありますか? たとえば、教え方とか、歌の覚え方の指導方法とか。
周りがどのようなイメージを持たれるか聞いてみたいです。


Mau: ええと・・・ろう学校の、音楽の授業と聞かれてすぐに想像することができません。 私たちだと幼稚園や小学校だと、主に歌を歌ったり、楽器(メロディオン、リコーダー、ハーモニカ・・・)をしたり、名曲を聴く(寝る)時間が多くあったように思います。主に音にふれ合う(?)イメージです。

ろう学校の音楽の時間は、どんなところにレッスンの主軸が置かれていたように思われますか?

Chie: 正直なところ、聾学校の音楽の先生に聞いた方が一番早いですが(笑)、今まで受けてきた音楽の授業は歌詞に合わせて声を出して読んで、そのあとに音楽を流して先生が歌うのを見ておうむ返しのように声を出して歌う練習が中心でした。
エレクトーンの音を聞いて歌いましょうと言われるのですが、聴こえない私にとっては、先生の口を見るか、聞こえの良いクラスメイトの口を見てペースを乱さないようについていくような感じで歌っていました。歌っているというよりは、物まねに必死でした(笑)


Mau: うわ~っ!あまり楽しそうに思えないのですが・・・。

Chie: そうですね、正直に言えば楽しくなかったです。楽器に触れることは、振動が響いて楽しかったのですが、歌うことについては忍耐力を鍛える訓練のようなものでした。音楽の授業では自分の歌のリズムが正確かどうか確認する術がないのに無理矢理歌わされているような感じでした。でも当時の自分にとっては声を出して周りと一緒にやるという一体感を感じ取ったかのようにとりあえずは歌っていました。

Mau: ろう学校ならではの楽器。例えば振動を感じやすい太鼓を中心に取り入れたりなどの「響き」を楽しむ工夫などは授業にはありませんでしたか?シンバルとか、鉄琴など。

Chie: それはありました。響きを楽しむ工夫として取り入れたかどうかは分からないですが、太鼓やシンバル、鉄琴、他には生徒の希望でエレキギターもありました。

吹奏楽部がやっている、オーケストラで使われるフルートは使ったことがないです。
縦笛も使ったことがなく、兄が使っているのを見てうらやましいと思ったことはあります。
フルートや縦笛は一般の学校で当たり前のように教わる楽器でしょうか。


Mau: フルートは一般的ではないと思いますが、リコーダーは一般の学校では恐らくみんながやったことがあると思います。
中学校ではギターの授業もありました。今は弾けませんけど(笑)。ちえさんが今やってみたい楽器はありますか?

Chie: ドラムとギターです。リコーダーというのは縦笛でしょうか?
ギターは大学時代に、ギターを持ち歩いている人がいたので少しだけ教えてもらいましたが、忘れてしまったのでまたやってみたいです。


Mau: 私が中学の時に学校で使用して今も持っているのは、アルトリコーダーと呼ばれるものです。
ソプラノリコーダーを使用することもありました。合奏したりする時です。

Chie: ありがとうございました。私が思っていた縦笛が、リコーダーです。

Mau: ギターの弦から振動を感じますか?となると、弦楽器ならば、ろう者の方が「聴く」ことはできなくても、演奏をして楽しむ(振動を?)ことはできるのでしょうか?

ちえさんにとって音楽とはどういうものですか?

Chie: 振動を感じることによって楽しむということですね。
聴こえなくても振動+踊りがあるとたぶん心地よく楽しめると思います。私にとっての音楽とはどういうものかといいますと、、、簡単には答えられないですが、音楽は未知の世界にあるもので、いろいろな意味で深いだろうなぁという憧れがあります。まだ音楽についてどのように捉えていいか分かっていないけど、「知りたい」という気持ちがあります。


Mau: 音楽コンサートやライブに行ったことはありますか?

Chie :この間、お客様からのお誘いでミスチルのライブに行きました。すごく迫力があってびっくりしました。
ミスチルの歌声は聴こえなく、歌詞も分からなかったのですが、それよりもファンの方々の熱い視線、熱い応援とミスチルの演奏がうまくマッチしたかのような、両方の息がぴったりと合って一つの空間を作り上げているのだと身体に伝わってきました。


演奏と演奏の間に、トークショーみたいにボーカルの桜井さんが話をする場面がいくつかありました。
話の内容は分からなくてもいいと思っていたのですが、一緒にいたお客様が覚えたての手話を使ったり、紙に書いたりと情報を伝えて下さいました。全てを知ることはできなかったですが、それでも桜井さんの話の運び方が少し見えました。
「こうやって、次の歌に持っていけるような雰囲気を、ファンと共有するんだなぁ」と感動しました。
こういうことは当たり前でしょうか?


Mau: 新体験をされたんですね~♪ 私の想像でしかありませんが、誘ってくださった方は、Chieさんに「音楽は耳だけで楽しむものではない」ってことも伝えたかったのかもしれませんね。Chieさんの見えないものを感じる能力も素晴らしいと思います。ギフトですね。

Chie: ミスチルの歌で「GIFT」がありましたね。ライブの時から考えてみたんですが、音楽というのは音を楽しむものと、一つの空間を作るものだと思いました。

Mau: そうですね。そしてひとつのコミュニケーション手段でもありそうです。
特に大きなライブならば、その場に集う人たちそれぞれが無数の異なるエネルギーを持ち合わせることになりますから、同じコンサート内容でも毎回居合わせた人たちにしか分からない空間が生まれる。それがわくわくする幸せな空間であれば、尚更どんどん共有していきたいです。
そう思うと、私たちが普段友達が家族と交わしている会話、生徒さんとのレッスン、ひとつひとつもお互いを呼応させるライブ空間ですね。

Chie:なるほど、そのようなライブ空間、今のレッスンにも同じことが言えますね。今度、キューバや南米の音楽をご紹介いただけますでしょうか?
Mauさん、踊りが上手なイメージありますので一緒に踊れたらいいですね(笑)


Mau:またまた素敵な勘違いをありがとうございます。
私が踊れるのは、わかめ踊りとチョウザメ踊りぐらいです。今度、酔っ払ったらご披露します・・・人には弱いですが、お酒には強いのであまり酔いませんけど(笑)。

Chie: ありがとうございます、その日を楽しみにしています(笑)ライブのことで、歌詞を覚えてライブに行くとさらに楽しめるかもしれないと思いました。実際に、ライブによく足を運ぶろう者の友人はいますし、音楽の楽しみ方は人それぞれであって、人間は何らかの形で音を感じることが好きなのかもしれないですね。

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今回は連休明けでいつもより短めですが、あらためて「音」を「楽しむ」音楽について
お互いに新たな視点を知る機会になりました。みなさまにとっての「音楽」は何でしょうか?

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# by machi-life | 2009-05-08 22:28 | mau+chie life

第11回(2009.05.01)  "音ってなんだ?" 

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

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Chie: こんにちは、少し珈琲持ってきます。

Mau: こんにちは。よろしくお願いします。いま、Deaf Music♪ を聴いていましたよ。

Chie: おおっ!どういう音楽でしょうか?Deafといえば、「ろう者」ですが、ろう者の音楽でしょうか?

Mau: Evelyn Glennie さんというDeaf Percussionistです。
Evelyn Glennie HP http://www.evelyn.co.uk

Chie: 見れました、かっこいいですね!!高校時代の英語の教科書に載っていました。久しぶりに思い出しました〜。
イギリスのトップレベルの音楽学校に入学されましたよね?


Mau: !!教科書に載るぐらい有名な女性なのですね!!
海外サイトで、最も有名なDeaf musicianとして紹介されていました。グラミー賞を2回受賞されているとあります。HPの写真で使用している写真を見ると、音がすごく反響しそうな場所と楽器で演奏を行っていますね。コンサートに行ってみたいな~。

Chie: 今度日本に来た時はコンサート見に行きたいですね。

高校時代に使った英語のテキストでたまたま、「Deaf」と書いてあって賢い女性だという印象を持ちました。英語の授業ではテキストを毎回声を出して読む練習をしていましたので そのせいか、嫌でもその人の名前を覚えられるようになりました。
今聴いている音楽はどんなものでしょうか?


Mau: 民族音楽のような、力強さに溢れたリズムです。

Chie: 大音響だけれどうるさいというのではなくて、たくましさを感じさせるようなイメージでしょうか。

Mau: ちえさんの机が叩けるものであれば、タン タ タカタカ タン タ タカタカと両手を使ってリズムをとってみてください。少し早めな感じです。リズムはそんな感じ。大音響というわけではありませんが、打つ手にきちんと力がかかっていて、それが力強さを出しています。

Chie: 少し早めのテンポで叩いてみると、なるほど、イメージできました。太鼓を叩くのと似ているようなリズムだと思いましたが、太鼓のような力強さになっていますか?

Mau: そんな感じです♪

Chie: ありがとうございます。
いい音楽ですね、音楽はテレビを見るとき、お菓子を食べるときと同じような感覚で使いますか?


Mau: そうですね。ちょっと小腹が空いたからお菓子を食べようかって感じで音楽を聴くこともありますね。
今までそんな風に考えたことはありませんでしたが、言われてみればそうかな。

私の場合は、すごく集中したいときに、隔離された音を必要とするようです。
静かな図書館へわざわざミュージックプレイヤーを持っていって、聴きながら勉強をすると作業がはかどります。
1日中居ても、2,3枚を繰り返しエンドレスで聴いている状態です。実は聴いているようで、聴いていない状況をわざと作っている変な状況です。

Chie: 隔離された音というのは、その場とは全然関係のない音を聴くことによって他の音をシャットアウトするということで隔離された音を流すということですか?音楽も一つの生活行動というか、一部ですね。兄も勉強をする時は洋楽を流していました。私がおしゃべりに入ると、「音楽が聴こえないぞ」と言っていました。

Mau: 歌詞(菓子!)を味わいながら、何かをしているときもありますが、特に集中したいときは、擬似的に音があるのに無い状態を作っているのかもしれません。変てこな言い方ですが。
恐らく日常的にも、「全く何も聞こえない」と思う状況であっても、実は何らかの音を無意識に認識しているということなのでしょうね。逆に、集中したいときは音楽がかかっているとだめ!という人もいますから面白いですね。
でも常に音のシャワーを浴び続けている私たちが「聞こえない=音の無い」状況になれるものなのか疑問に思えてきました。


Chie: 電車の中でアイポットを使いながら本や単語カードを使う人を見かけますが、あれも集中できる為のものなんですね。

音楽がかかっていると集中できない人もいるというのは、個人差があるのですね。私が聴こえていたら音楽は欠かせないかもしれないです。


Mau: 電車の中は考え事をする絶好の場ですね。

いろんな人の会話を小耳に挟みながら、移動するのも楽しいものですが、勉強をする人にとっては、ちょうどいい緊張感(不特定多数の人がいる)があるので、人によっては音楽で周りの音を遮断してしまえば心地よい集中空間になると思います。

Chie: おもしろいですね。音で音を遮断することによって空間を作ることは、レッスンのときにも人によりますが、音楽を取り入れてみるのもチャレンジですね。

Mau: 私の知り合いには、防音ヘッドフォンを付けて、全く何も聴こえない状態にして集中力を高める人もいますよ。

Chie: そのときだけ、ろう者に近い状態になるんですね。

Mau: そうなんです。ただやはり、その人の中に全く音の無い状態があるのかと考えたら疑問に思えてきました。いくつか同時に存在している音の存在を1つに近い状態、限りなく無い状態にしているのかも。

ちえさんの中に、ちえさんだけの音は流れていますか?

Chie: 私の中に、私だけの音が流れているかどうか・・・あまり考えたことがないですが、途中で聴こえにくくなった先輩から「私は私の中で音を作っている」と聞いたことがあります。

音は全く聴こえないですが、夜遅くに外へ出ると「ああ、静かだなぁ」と感じることはあります。一緒にいた人はびっくりして「聴こえないのに何で??」という状態でしたが、私にとっては、うるさかったり静かだったりするのは、視覚的に捉えた上で分かるという感じです。

ヘッドホンをつけている間にとっさに話しかけられてびっくりするとか、そういうことはないでしょうか?

私の場合は空想にふけて、いきなり肩をぽんぽんと叩かれたらびっくりします。


Mau: よくありますね。思わず変なこと口走ったりして。


Chie: おもしろいですね、音を楽しむ。だから「音楽」なのですね。


音が全く聞こえないということは、日常生活の中ではありますか?

寝ている時もかすかな音があるから、完全に聴こえない経験をすることはできない、と聞いたことがあります。

聴こえにくいことはあっても、「あれ?全く聴こえないなぁ」という感覚。



Mau: うーん。全く聞こえないということは、どうかなあ?
完全に聞こえないという状況を体験したことがあるのかも定かではありません。

今は「どこにでも音がある状態」なので、たまに何が今音を出しているのか分からなくなって混乱してしまうことがあります。

例えば、デパートに行けば、同じフロア内にいろんな店がありますね。
そのどれもが別々の音楽を流しています。音の鳴る雑貨や製品も多いので、どこかで電子音が鳴っています。
携帯の着信音は、機械的な音の人もいれば、歌のかかる人もいます。私のように「鳩時計が飛び出す時の音」が鳴る人もいます(大抵周りの人はどこに鳩時計があるのかとキョロキョロします)。友達と一緒であれば、その人とのおしゃべり、店内放送、他の人々のたてる音、子供の泣き声、誰かが何かを落とす音など、最近はあまりにも煩雑すぎて、ふ~っと深呼吸することもしばしばです。音を楽しむというよりも、強制的にさまざまな音を聞かされているような感覚になることも多いですよ。Chieさんとこのブログを始めてから、今までしっかりと認識してこなかった音を意識するようになりましたね。

Chie: なるほど、本当にいろいろな音が飛び交っているのですね〜。
聴いてみたいなぁ(笑)そういう状況の中で「うるさいなぁ」と感じたことはありますか?


Mau: よくありますね~。休日のデパートにはできるだけ寄り付きたくないですね(笑)

閉じられた空間の中に、不自然な音が閉じ込められているから余計に「うるさいなあ!」と感じるんでしょうね。

野外だと、うるさいぐらいがいいですね。

ちえさんと一緒にパーカッションを演奏してみたいなあ。

Chie: いいですね〜楽器叩きたいです。エレキギターも触ったことありますが、面白いですね。体中響いて楽しいです。デパートに音楽を流すのは、お店の宣伝の一つでしょうか?

Mau: ホームセンターに行くと、一日中同じ宣伝音楽が流れていますよ。

そこでバイトしている人はおかしくなっちゃうんじゃないかと思います(笑)。

Chie: 洗脳されちゃうんですか(笑)宣伝音楽というのは、「安いですよ〜」というような決まり文句の内容ですか?

Mau: ホームセンターやディスカウントストアに多いのですが、その店独自の「キャッチフレーズを含んだ歌」があって、それが一日中店内に流れています。その中で短時間買い物をしているだけでもぐったりしてしまうのに、そこで働いている人たちは麻痺しているのか、耳栓をしているのか・・・不明です。それだけ嫌だと思っていても、お風呂に入って身も心も油断しているとふと口から出るのがその歌(ガーン!)、私もすっかり戦略にはまっている証拠です。
外国人の友達は、もしこれが自分の働く環境で起こったら会社を訴えてやると真顔で言ってました。

Chie: 経営者はそんな音楽を流しても効果が薄いと分かっているのでしょうか?不思議ですね。

Mau: その辺りは、ちえさんラッキーですね!!

Chie: おおお、そうです(笑)

お店に入る時、何となくうるさいなぁとか、ここは静かだなぁと思う時はありますが、

やはりうるさいんですね〜


Mau: 感じましたか?

Chie: 感じます。もしかしたら、電気屋さんもうるさいでしょうか。

Mau: うるさいですよ~!!

Chie: 聴力に影響はないでしょうか?あるときに店員さんが、「あれ?難聴かも?」とか。聴力が気になります。

Mau: 確かに耳を酷使する職場であると思います。

Chie: 難聴者を増やす場かもしれないですね、そこへは手話を教えた方がよいかもしれません(笑)

Mau: それはグッドアイディア!さすがちえさん!


Chie: ありがとうございます(笑)


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

音楽が流れるように今回もあっという間に時間が過ぎてしまいました、

続きは次週にて取り上げる予定です。

良い連休をお過ごしください♪♪
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# by machi-life | 2009-05-01 09:56 | mau+chie life

第10回(2009.04.24)  "ふたりの出会い" 

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 


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Chie: こんにちは、暖かくなってきたり少し寒くなったり今が季節の変わり目ですね。

Mau: こんにちは。 本日もよろしくお願いします。花冷えとは言え、寒すぎです~。爽やかな初夏はもうすぐそこなのですが。
今日は、春風吹く季節にふさわしく、ちえさんとの初めての出会いについてお話してみたいと思います。

Chie: 初めての出会い、みなさんにとってもどうやって出会ったのかなと少しくらいは不思議に思ってくれているはず?(笑)

Mau: 初めてちえさんにお会いしたのは、勉強会だったと思うのですが。あれは去年の初夏でしたでか?

Chie: そうですね。講師の為の勉強会として開かれましたね。あの日は岩手と宮城県の地震で
東京駅で新幹線が止まっていました。予定の新幹線がなかなか来なかったので目の前に止まっている新幹線に乗るべきか迷ったのを覚えています。
確か、少し遅れて行きましたよね?


Mau: そうでしたね!思い出しました。

Chie: ぎりぎり着いたので新潟駅で待ち合わせていた方に飛ばして(?)もらいました(笑)。あのとき、地震の影響で新幹線が新潟まで行けるのかどうか、確認したかったのですが東京駅では駅員さんもばたばたしていて、周りに聞きにくい状況でした。
たぶんアナウンスはあったと思いますけど。


Mau: そういった災害時は、どうやって情報を集めるんですか?

Chie: 携帯電話で検索したり、テレビを見ている友人に聞いたり、隣に立っている人に聞いたりします。
その時は直感に頼ってそのまま、目の前に止まっている新幹線に乗りました。


Mau: 自分の直感を信じれるって簡単なようで難しいことだと思います。今は携帯電話があって便利ですね。そんな苦労をしていただいて新潟まで来ていただいたんですね~
ありがとうございます。

Chie: 無事に行けて良かったです、ありがとうございます。直感は不思議だと思います。
初めてお会いしたときは講師の勉強会では、最初に血液型のゲームをしましたね。


Mau: 私も起業して1年という時期でしたが、「講師の心構え」というタイトルをいただいて驚いたことは良く覚えています。お互いに、周りにはいないやり方で動いている者同士ということで、役目を務めさせていただきました。そうですね、第一印象ゲームの中に血液型も入ってましたね。

Chie: 第一印象ゲームでしたね、そのときに参加していた他の講師が時々手話指導に取り入れています。まうさん、とても慣れている方でぜひ教えてもらいたいなぁって思っていました。これも直感でした。

Mau: いえいえ、とんでもない。見事にだまされましたよ、ちえさん!頭は真っ白、身体はブルブルでしたからね。

Chie: ええ〜だまされたんですか、でもそんな風には見えなかったです〜
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Mau: 確かあの頃は、Hさんたちも試行錯誤されていた時期だったと思います。「手話=ボランティア」という概念をくつがえして、他の語学講師同様、プロ手話講師という職を確立していく!という確固たる目標を掲げて本格的に活動を始動されていましたね。

私自身は、いわゆる試験対策を一方的に教える「英語塾」ではなく、お互いに普段の日本語で行っているコミュニケーションを、英語に置き換えられたら楽しいだろうなあ!・・・という発想で起業しました。

「英会話教室=ネイティブ講師&指定教材」が大多数を占める業界の中で、それがその人自身のベストスタイルであれば、それが一番だと考えていますが、そのスタイルはどうやら自分には合わないと感じる人にとっては、もっと他の方法も試すことができたらと以前から感じていました。

どちらがいい悪いと言っているのではなく、それぞれに適した選択肢があれば、よりその人らしく学ぶことができるのではと思っています。

約1年があれからまた過ぎましたが、去年とは違うステージにいることを感じています。
一生懸命もがいてきた日々があったら、見えてきたことがありました。「終わることのない旅」の途中ですが、真剣なお付き合いから生まれる日々の中で見える生徒さん自身の日々の気持ちの変化、状況の変化に合わせて、「講師」のペースで引っ張るだけでなく、時にはゆっくり休みながら学んでいく時間を知りました。
もちろん、時には息詰まって生徒さんと一緒に「!どうしましょう!?」となることもありますが、それでも向き合っていると、ヒントがおぼろげに見えてきます。

Chie: ありがとうございました。そういった背景があったことまでは知らなかったです。ネイティブではできない方法、この点はすごく興味があります。
去年は手話講師を担ってまだ1年足らずだったため、手話を教える前に、講師としての役割は何なのかをきちんと考えたいと思っていましたので勉強会の内容を聞いた瞬間、飛びつきました。

その頃は、手話を教えることばかり頭にあったと思います。学ぶ立場のことを考えるべきという重要なことを、この勉強会で、ハッとさせられました。教えたいことを教えるのはどうか、と考えさせられました。いくら、ネイティブとはいえ、話せることと教えられることは違うのだと実践を通して体感し始めた時期だったので、
まうさんのお話を聞いてさらにその体感が言葉としてつながりました。まだまだ自分は学ぶべきことがたくさんあると実感できました。
講師として行き詰まりを感じていたとき、まうさんの資料で初心に返る想いがしました。
手話と英語の言語は違っていて、講師として言語を教える立場は同じであることを前提に勉強することができました。


Mau: ギャー、赤面してしまいますが、みんな大体同じようなところで悩むものだということで、考えるヒントにしていただければうれしいです。

勉強会のときの出来事で忘れられないことがあります。
皆さんの緊張を解きほぐすために取り入れた、いくつかの問いの中の1つに、「あなたの好きな音楽は何ですか?」がありました。
そのときに、Iさんから「オペラとミュージカルの違いは何ですか?」とにこにこと質問されたのは衝撃的でした。
他の聴者の方々の言葉もお借りして、違いについて説明をしようと頑張ってみましたが、できませんでした。ちえさんには、「音楽は聴いたことがないので分かりません。でも踊ることは好きです。」と言われたと記憶しています。内心、してはいけない質問をしてしまったのではとハラハラしました。

ちょうどこの頃は、ろう者や難聴者の方々と知り合い以上になり始めた頃ですね。たった一年程前のことですが、あの時はいろんなことを聞いてみたいけれど、「気を悪くしたりしないかな?」と心配になって、目の前にいる皆さんに直接疑問をぶつけずに、ろう者の方が書かれた本などを読み漁りました。でも、読めば読むほど分からなくなってきて・・・ある方に胸のうちをお伝えしたところ、「ろう者でもみんなそれぞれ違いますからね~」といとも簡単にお答えしていただいて、拍子抜けしたというか。同時に、バリアーを頭だけで考えようとしていたことに気づきました。無意識ではありましたが、私がろう者の方々と自分の間に線を引いていたのだと思います。それから、いろんなことが随分と楽になりましたし、分からないことは私だけで考えないで、すぐに聞くことにしました。

Chie: 音楽の話について、あまり気に留めていませんでした。でも確かに音楽のことを聞かれるとあまり良く知らないから答えられないというのはありますね。最近、マンツーマンで音楽の魅力、楽しさを教えてくれる方がいて、今までの音楽に対するバリアを壊して、純粋に音楽とは何だろうと少しずつ興味がわいてきました。
たぶん、勉強会の時は「音楽なんてあまり好きじゃない」という気持ちでした。Iさんの質問、私もオペラとミュージカルの違いを説明せよと言われたら、正直ちょっと分からないです。
オペラと言えば、オペラの座の怪人というイメージがあり、ミュージカルはサウンドオブミュージックのイメージが頭の中に浮かぶ感じです。



Mau: 私にとっては、いかに日常的に、言葉にできないことを耳に頼って生活しているのだろうかということを身体で感じる時間でした。終わった後は、ものすごーく普段は使わない機能を使ったように感じて脱力しましたね。気持ち良かったです。今私が教えている会話を中心とした語学は、音に頼って教えているものです。音があるから教えられるとも言えますね。
何度も会話練習を行いながら口と耳で身体にしみこませる練習をします。以前のお話にも出ましたが、ろう者の方々が、どう外国語を学習(定着)されているのかもっと教えていただきたいと思うようになりました。

ところで、ちえさんに音楽の楽しさを教えてくださる方は、どんなことをちえさんに言われているのですか?

Chie: 手話のレッスンで「手話で歌を歌いたい」という方がいました。歌詞を見ながら手話を教えている途中で 「この歌詞はこういう意味ではなくて、別の意味がある」ということを教えてもらって歌を通して日本語の奥深さを垣間見ました。
今までは「歌なんて分からないから関係ない」とあまり興味を持たないようにしていました。手話歌、手話ソングといいますが、手話ソングが嫌いなろう者はいます。というよりも、手話ソングが好きだというろう者はかなり少ないんじゃないかなとも思います。でもその割、車の中に音楽を流している人もいるので手話ソングは嫌いだけど音を楽しむのは好き響き(振動)を楽しむのは好きなのかもしれないですね。私もそれに近いです。


Mau: なるほど~。振動や響き・・・いわゆるリズムを楽しまれているのでしょうか。太鼓を習っている方もハンズのメンバーの中にいらっしゃいましたよね。

Chie: そうですね。逆に、聴こえる方にとっての音楽の楽しみ方ももう少し知りたいですね。

Mau:私は教室に来ると、まず珈琲を入れるのですが、同時にその日の気分によって音楽をかけて楽しんでいます。
朝は、元気の出るような音楽、それこそ振動を感じるようなビートの強いものが好きです。お客様がいらっしゃっているときも、音楽をたいてい流していますが、あえて習われている言語とは異なる言語の音楽を選んでみたり、クラシシックをかけることが多いです。一人で変な踊りを踊っていることもありますね(笑)。見せられませんが。

ちえさんはどう音を楽しんでいらっしゃいますか?

Chie:変な踊り、見てみたいです(笑)その日の気分によって音楽をかけて楽しむということは、服を選ぶような感覚と似ているでしょうか。音は振動として響きを心地よく楽しみます。映画を見るとき、映画館の方がいいと思う時がありますが、音楽を身体で感じることができる場だからだと思います。響きで音を楽しんでいます(微妙な違いまではまだ分からないですが)。
他のろう者からはまた違った意見が出てくると思いますので、将来的にはいろいろな方からのご意見をお伺いしてみたいですね。


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今日は記念すべき第10回となりました。私たちにとって「あれ〜?もう第10回!?」と本日になって気がつきました。

いつも読んでくださって本当にありがとうございます。
そして、コメントを残してくださる方や感想を直接お話ししてくださる方がいて本当にありがとうございました。

これからも様々なテーマを取り上げていきますので今後ともよろしくお願いいたします。

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# by machi-life | 2009-04-24 15:00 | mau+chie life

第9回 (2009.4.17) ”言葉の尺を通わせる”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

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Mau:こんにちは~。時差ぼけは治りましたか?

Chie:治りましたが、なぜか寝不足気味です。でもおかげさまで元気に生活できています。そういえば、Mauさんの地域は野菜が美味しいんですよね。

Mau:北区には産直市場がたーくさんありますよ。

Chie:栄養不足になったらMauさんの地域に行きますね。

Mau:あはは~(笑) 北欧の食事はどうでしたか?

Chie:毎朝決まったメニューでした。パン、チーズ、ヨーグルト等。

Mau:北欧ならではのお菓子とかはありました?

Chie:フィンランドで子どもにプレゼントされたお菓子がありますが、せんべいみたいな大きさで味があまりないんです。

Mau:こどもせんべい?でもフィンランド人は好きだから食べているんでしょうね。

Chie:そうですね。他にも、フィンランド人がバーの前でタバコを吸っているのをよく見ました。

フィンランドにそんなイメージが全くなかったのでびっくりしました。寒い夜にずっと吸いながら雑談している姿を見て、あらためて日本のことをより知る機会になリました。


Mau: 今日も北欧での体験を交えながらお話をお聞かせくださいね。

Chieさんもお話していらっしゃいましたが、「手話は世界共通の言語」と思っている方は多いと思います。
私自身、実は手話に興味を持って調べて知るまでそう思っていました。ちょっと想像を働かせればすぐに、そんなわけはないって分かるはずなんですけどね!

北欧でもそれぞれの国に、フィンランド手話、ドイツ手話・・・などあると思います。細かい話になれば通訳を介さなければいけないと思いますが、日本手話ができるとあちらのろう者の方々ともちょっとした日常会話は通訳に頼らずともできるものでしょうか?

Chie: 北欧研修旅行で講義を受けるとき、ほとんどは音声言語の通訳と手話通訳が協力し合って進められていきました。
講師がろう者であれば、ろう者の参加者には多少伝わりますが、専門的な話になれば通訳を介さないと講義の内容を理解することはほとんど困難です。

講師がろう者であれば、フィンランド手話→フィンランド語→日本語→日本手話

フィンランド手話からフィンランド語に通訳する人、フィンランド語から日本語に通訳する人、日本語から日本手話に通訳する人で、一つのレクチャーにつき、最低3名は必要になります。


Mau: わお!伝言ゲームのようですね。フィンランド手話 ⇔ 日本手話へと直接通訳することは難しそうですね。それとも今回は、聴こえる参加者のためにあえて「日本語」を介しているのでしょうか?

Chie: 聴こえる参加者もいましたので、フィンランド手話⇔フィンランド語⇔日本語⇔日本手話、と、国際手話⇔日本手話⇔日本語という通訳の流れもありました。
国際手話というのは、世界レベルの会議等で使われる手話のことを指すのですが、まだ国内でも浸透していない手話です(「手話が世界共通」とは違うことなので後日に詳しく触れたいと思います)。

実際、1時間以上の講義を一人の通訳者が担うのは相当な労力になりますのでフィンランドの通訳者3名、日本人通訳者2名が臨むことが多かったです。
音声言語間(フィンランド語⇔日本語)は一人だけで担っていました(本当はもっと人材が必要なのですが、人材不足?なのか、当日はひとりだけでした)。


Mau: 通訳の方は、現地に住むプロの通訳士の方ですか?

Chie: フィンランド人の通訳者はどういう資格を持っているのかについては把握していないですが、現地のろう者の反応を見ると信頼を置いていたことと、ろう者との会話が円滑に進められていたのでプロであることに間違いはないです。
海外の手話通訳で、資格がいくつかあると聞いたことがあります。日本はプロと言えば「士」の範囲になりますが、音声言語の場合はどうでしょうか?
音声言語間の通訳で、通訳士という言い方(制度)があるかどうかについて、手話の場合は、「手話通訳者」「手話通訳士」という言い方がありますが、国家資格としては「通訳士」のみです。


Mau: 日本の場合、語学(音声言語)に関係する唯一の国家資格は、国土交通省が管轄している「通訳案内士試験」のみだと思います。
ただし、これは「海外から日本を訪れる方々への日本国内の観光通訳」がメインになります。それ以外の分野や、それら全部を含んだ「通訳技能を判定」する国家資格は存在しないようです。通訳として活躍されていらっしゃるほとんどの方が民間の通訳学校で学ばれて、そこから段々と仕事の幅を広げていく・・・と聞いています。
補足情報ですが、私が憧れている同時通訳者・鳥飼 玖美子さんが会長を務める、日本通訳翻訳学会 http://wwwsoc.nii.ac.jp/jais/ というものもあります。

Chie:初めて知りました。アメリカの場合、手話通訳の資格がランク分けになっていると聞きました。
フィンランドでもアメリカのようにランク分けされた資格があるかどうか把握できていないですが、講義の間に通訳をされた方は現地のプロの方だと思います。


服装も北欧ではおしゃれ(ラフ)な格好をしていました。日本の手話通訳者は「その場にあった服装」といってもたいていは手話の見やすさにより紺色か黒色だったりします。あまり派手な柄があると目がちかちかして手話が見にくいことや、手話通訳者が目立ってはいけないという背景があるみたいですが、
私としてはもう少し個性といいますか、おしゃれな方がいいと思っています。実際に、おしゃれな通訳士はいます。
これが手話通訳の現状ですが、音声言語間の通訳はどうでしょうか?服装に関するモラル等決められていることはありますでしょうか?


Mau: 服装に関して言えば、・・・私は普段の生活でフォーマルな洋服を着ないので、スーツを着ると「よし!」と気合が入る方です(笑)。
普段愛用しているのは、黒いパンツスーツですが、デザインに凝ってみたり、中に着るインナーで個性を出すようにしています。また、ピアスをカラフルなものにしてみたり、お客様に差し上げるかもしれないメモ帳、お貸しするかもしれないペンなどを少し変わったものにしています。

でも例外もあります。外国からのお客様をおもてなしするために、県外の名所を巡ったことがありますが、このツアーにはカジュアルな服装で行きました。スーツじゃ浮いちゃいますから。
相手側からドレスコードを指定されない限り、露出をしすぎないことと清潔感を保っていれば何か言われたことはないように思います。本来の業務以外のことで、必要以上にうるさく言う方も中にはいるようですが、幸いにも私はそういう方とはお会いしたことはありません。手話通訳の世界は違うのでしょうか?

Chie:手話通訳の場合、地味すぎるところがあります。いろいろ言われた結果として、地味な方が無難と判断されたのかもしれないですが、中には結婚式に臨むときに
雰囲気等の情報を事前に集めて臨む方もいます。

そういえば、今回同行した通訳者は日本人ですが、二人とも英語に堪能な方でした。
時折、講義する人が英語で話す時、日本人通訳者は英語をそのまま聞いて手話に置き換えていました。
その二人に、頭の中の作業は「英語⇔日本語⇔日本手話」なのか、「英語⇔日本手話」なのかを聞いてみたところ、二人とも、後者であることが分かりました。日本語に置き換えている場合ではない、という理由も聞きましたが、英語から日本手話にそのまま置き換えられること自体、私にとっては新鮮でした。 (そのまま置き換えられるの意味は、単語をそのまま手話にあてはめるというのではなくて、意訳ができるという意味合いです。言葉足らずですみません)
このような頭の中の作業は、音声言語間の通訳経験者から見れば「普通のこと」でしょうか?


Mau: 私の場合ですと、やはりChieさんが会われた通訳の方のように、英語⇔日本語をそのまま置き換えていると思います。
ただただ素直に頭の中に言葉を通して、またくるっと向きを変えて訳すべき言葉が頭の中をフル回転するとそのまま出てくる・・・と言ったら、機械のようですし出来すぎですね(笑)。
もちろん、事前に準備をしていて、普段からも机上でも実践でも学んでいるのですが、言葉は生き物ですから、その人がどんな性格の人で、どんな言葉を使ってくるかというのは本番にしか分からないスリリングさはあるでしょうね。

私が想像する、プロの通訳と言われる方々の頭の中は、コンピューターでいうCPU(情報処理能力)が非常に正確かつ早いというイメージです。
その方たちの基盤になっているのは、高い母国語運用能力と、それと同等の通訳しようとしている言語力と文化的背景は不可欠だと思っています。
同時に、ほとんど無意識ですが、自分の中の母国語フィルターは通ってきているのだろうなあ・・・と漠然とですが確かに感じています。自分の持っている母国語力以上に、外国語力を上げることはできないだろうという想いからです。表現の幅は、何か比較するものがあってこそ、より生きてくると考えています。

特に、日本語⇔英語(又はスペイン語)という、私が現在扱うことの多い言語は、構造も、文字も、それを使用する民族、文化も、全て大きく異なります。
比較的土地も近く、語学上では親戚関係にあると言われる、例えばイタリア語⇔スペイン語といった言語の通訳をする時以上に、違いを意識して訳す必要があるのではと思ってます。

また、日本語は自分をへりくだって言ったり、湾曲表現の多い言語ですから、西洋の方に通訳するときにはそれをニュートラルに戻して伝えるようにしています。自己流なので、通訳のプロ(実務経験10年以上が目安)と言われる方々には、違うと言われてしまうかもしれません。

通訳は機械ではないので、「クライアントが私を通訳に雇うことで目的にしていること」が何かをはっきりさせて仕事をするとなると、ある程度その言語を使う人の背景は考えざるを得ません。ですから、日本語が母語で、いつか私が英語⇔日本手話をすることになったときに、自分がどうリアクションするのかは興味深いですね。
まだまだ手話は私の身体に“落ちていない”言語なので、想像することしかできませんが、手話を学び始めて、英語と手話の類似性も感じます。この辺りは、ビギナーの勘止まりで、詳しくご説明できませんが。

Chie: 英語と手話ができる通訳者はたぶん日本国内では少ないと思います。もし、まうさんが手話通訳士をとったら通訳に関する知識もあり、その言語を使う人の背景を考える立場としてとても心強いですし、研修旅行の通訳同行も可能ですね。最近のろう学生(ろう者の大学生)は海外へ研修旅行に出かけるようになりました。前にもドイツへ研修旅行に出かけたろう学生が、英語ができて日本手話もできる通訳者がいて本当に助かったという話を聞いたことがありました。

Mau: お役に立てる日が来ると嬉しいですね~。
Chieさんたちとの出会いによって、手話は身に付けたい言語の1つになりました。遠い目標に「手話通訳士」を置いて、楽しく手話勉強に励みま~す。

Chie: また、北欧では自分が手話通訳をやる場面に遭遇しました(通訳と言えるレベルまでほど遠いですが、通訳をしないといけない状況になりました)。
たまたま、現地の研究者(ろう者)がランチのときに同じテーブルに座ったので、アメリカ手話とジェスチャー交じりに話をしたところ、何とか通じました。しかし、その周りにいた参加者(同行者)は「???」の表情をしてこちらを見ていました。通訳してと頼まれて、通訳をしてみました。
最初は同じテーブルにいる人たちとも話の内容を共有できて良かったのですが、次第に、参加者からの質問や研究者の受け答えを通訳しているともどかしさを覚えました。「こういう意味ではなくてもう少し深く聞きたいんだけど、それにフィットする言葉が頭にない!」「知識があっても、それに対応する言葉がない!」というもどかしさです。
英語力があれば、筆談で英語を書いて伝える方法もあったのですが、その英語力さえもない私にとってお互いの手話は違えど、共通言語の一つである英語が使えないことが悔しかったですね。


Mau: 確かに、「これってなんて言うんだろう?」と言葉がすぐに出てこないときはもどかしいですね。

そんなときは、自分自身に「すなわち?言い換えれば?」と問いかけてみたり、相手の方に「たとえば、こんなことですか?」と例をあげてみると、いつのまにか話が軌道に戻ることは多いようです。

最近はろう者の方々に、英語やスペイン語を教えさせていただきたい欲が芽生えてきました。
まだ準備はできていませんが、Chieさん、将来は実験台になってくださいね!

Chie:実験台第一号としてお引き受けします(笑)スペイン語、大学時代に学んだことがあるのですが挫折してしまいました。 母語(日本語)としての知識を持っていても、英語や他の言語に置き換えられる語学力を持っていないと知識さえ伝えることも難しいと実感しました。語学力というのは、知識に対応したその国の言葉を使う力にも関わっていると思いました。例えば、手話でいえば、医療従事者が医学に関する知識を持ち、手話でもその知識を使えるようになって初めて手話の力があると言えるのだと思いました。
手話通訳は本当に大変な労力であると実感したのですが、その分、通訳がボランティアと見られてしまう現実があることは悲しいことですね。まうさんも通訳のご経験があるとお聞きしましたが、音声言語間の通訳でもボランティアと見なされるのでしょうか?


Mau: おっしゃられる通りだと思います。音声言語間の通訳でも、手話通訳のようにボランティア(無償)で行うこともあります。

また、「私はまだまだだから、ボランティアでしか英語の通訳はできないよ」という友達もいます。それはその人自身の選択で良いと思っています。

私の場合は、現在のように「語学」を使って仕事をしていないときはボランティア通訳を頼まれることが時々ありました。でも語学を看板に掲げてからは、安易にボランティアでお願いされることはないと認識しています。つながりで、最初はボランティアで引き受けることがあっても、仕事内容に満足していただければ次からは支払っていただくこともあります。ただ、ボランティアであれ、有償であれ、一度引き受けたらベストを尽くすということはいつも心がけています。自分の価値は自分で決める・・・って言い切りたいところですが、こればかりはお金を支払ってくださる相手がいることですからね~ :)。「あなたの通訳じゃあ、ボランティアでしょ!」と言われないように頑張ります。何もかも一期一会ですね、本当に。

Chie:今回の北欧での通訳経験から、まうさんとこのように通訳についてお話ができて本当にとても良い経験をさせていただきました(私の通訳を使っていた人には、情報量が少なすぎて本当に申し訳ないですが・・・)。

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北欧の話から通訳の話について、それぞれの体験を織り交ぜながらの展開になりました。

次回もどんな展開が待ち受けているか、ご期待ください。
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# by machi-life | 2009-04-17 10:21 | mau+chie life

第8回 (2009.4.10) “デフハウスってなあに?”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: いよいよ新学期ですね。季節柄、ふらりと遊びに来ててくださる方が増えました。

Chie: ふらりと訪ねて下さる方がいると楽しくなりますよね。新学期でいつもよりバタバタしていますが、新潟市の桜は今日から咲くそうですね。

Mau: 早速ですが、今日はChieさんが気になった北欧での出会いについて教えていただきたいと思います。

Chie: フィンランドでは、世界ろう連盟理事長のヨキネン氏という方の講演を聴きました。ヨキネン氏はろう者ですが、複数の言語を勉強してきた方で 「ろう者だから夢を諦めるのはもったいない。自分ができるというイメージを常に描いておくべき」とメッセージを出していたことが強く印象に残っています。「聴こえないから無理なんじゃない?」と思う学生さんも、参加者の中にいたのですごく刺激になったと思います。

世界ろう連盟理事長 ヨキネン氏(特別インタビューに答えていただきました)

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Mau: ヨキネン氏の複数言語学習法が知りたいですね。「聴こえないから無理」と考える学生さんにとっては勇気を与えてくれたでしょうね。

Chie: 複数言語学習法について、常に本を読み、周囲にある情報をすぐに関連づけて言葉を覚えていったという話がありました。ただ、かなり忙しい方でしたので講演が終わるとすぐに仕事に戻っていた為、十分に聞けなかったのが心残りです。

このヨキネン氏の講演から思ったことは、大学生は先輩との関わりを持つことはあっても、社会で働く社会人の話を聞く機会が日本では少ないような気がしました。ロールモデルがないからこそ、不安に揺れやすいのかなとか、常に日本のこと、自分の体験の範囲ですが、日本と比較しながらフィンランド、スウェーデン、ドイツを回っていましたね。

Mau: 日本ではいろんな意味で「年齢」を意識しすぎる傾向にあるようです。

Chie: 大学生といえば、20代というイメージが強いのもその表れですね。スウェーデンのオレブロ大学でも、子どもを連れてランチしている学生がいました。本人の話によれば仕事を辞めた後、勉強しているとのことでした。

Mau: ちえさん自身がロールモデルを求める時期もありましたか?

Chie: 学生時代は強く求めていました。聴こえない人はどうやって周りとコミュニケーションをとるのだろう、が一番の関心事でロールモデルを求めていました。参考にしたかったんだと思います。

Mau: 見つかりましたか?

Chie: 見つかったような見つからなかったような。そのときに、100%真似をすればいいわけではなく、いろいろな生き方を参考にして自分なりの色を出していく事に気がつきました。そういう意味では、ロールモデルはいました。

先輩と語りながら、時には怒られましたが、いろいろな先輩を見ているうちに「自分だったらどうするのか?」と考えられるようになりました。
でも、これは幸い、ろう者の先輩が多く在籍していた大学だったからこそできたことだと思いますし、ほとんどの学生は他団体の活動に関わったり知り合いのつながりで先輩と出会いながらロールモデルを見出すと思います。

でもヨキネン氏のように複数の言語を持ちながら世界レベルの組織で働いている人と出会う事は、なかなかない機会なので私も本当に、人と人が接するときのコミュニケーション面で参考になったところがあります、初対面の人に対しての挨拶や、講演を進める時の方法、質問の受け方について参考になりました。


Mau: 自分にはない部分を持つ誰かと出会うから、じゃあ私はどうなのよ?と比較しつつ考えることができるのでしょうね。いつも側にいる身近な人から、世界中で、国境なんて軽々と越えて働いている人もいる。そんな人たちに出会うと、自分は今此処で何をしようとしてるんだ?って考えざるを得ない。そんな時期がきっとみなさんにあるのでしょう。素敵な人に会うとその人を真似てみたくなったり。

ちえさんも「日本に持ち帰りたい、自分にも取り入れたい」素敵な習慣、言葉などにたくさん北欧で出会われたでしょうね。

Chie: そうそう、「すてきだな、この人」と思う人と出会うと真似をしたくなりますね。北欧では同じ日本人の方からも刺激を受けました。

中でも一番印象強かったのは、ドイツで出会った日本人でした。ドイツに留学した後、ハンブルク大学の手話研究員になっている人でした。ドイツ手話ができる聴者だったので、なおさら「悔しい」というか、驚きました。こういう人もいるんだ〜と感心して、ますます関わりたくなりました。


Mau: よっぽどその人自身に何か特別なものがないと雇われない職場環境ですよね。

Chie: まだ働き始めたばかりと聞きました。
そうですよね。たぶん、その人自身にしかない物があるのだと思います。
初めて会った時は話しにくいと思ったのですが、実家が近いことが分かった後お話しする事ができました。


Mau:これからの展開が期待される出会いをされたんですね。

さて、さまざまな国で、いろんな立場のろう者や難聴者の方に会われたと思います。現地の方々から、ちえさんたち、日本からの研修者に対して投げかけてきた問い、逆にちえさんたちが、興味や関心を持って質問したことの中でどのような内容が心に残っていますか?

Chie: 研修先で出会ったろう者たちは、世界規模の組織の役員から地域の高校生といった、幅広い年齢層と関わりました。
中には、ロシアからの移民もいました。投げかけれた質問についてですが、高校生からは軽く日本の文化(漫画、趣味)に関する質問がありました。特に印象に残っている質問ですが、レクチャーの後に「日本の場合はどうなの?」という質問があったことですね。例えば、フィンランドでデフハウスといった場の説明があったとき、「日本にもこういう場所はあるの?」という質問でした。日本のことをどのくらい知っているかを問われる質問で、幸い、手話関係の仕事の経験で比較することができましたが、学生さんにとってはたじたじだったかもしれません。


Mau: 日本の学生ということですか?全国のろう者同士のネットワークは盛んではないのですか?

Chie: 学生=今回参加された日本の学生です。全国のろう者同士のネットワークについて、学生同士の集まりはありますが、今回の参加者はその集まりの非会員(入っていない、もしくは興味がなかったり情報がなかったり)でした。

Mau: なるほど、興味が無ければ情報源も限られてしまいそうです。

Chie: 今回の参加者は特に非会員が多かったです(会員もいました)。

Mau: 他にはどんな質問がありましたか?

Chie: 現地の方から質問されることは少なかったように思います。こちらから質問をして答えを聞いてはまた聞くという展開でしたね。
参加者の中に起業をした人がいたのですが、デフハウスの管理者に対して、「運営はどのようにやっているんですか?」と質問したことが一番印象に残っています。
学生でしたら「デフハウスいいなぁ、作りたいな」という感動で終わりましたが、その人は「なぜ運営ができるのか」と最後まで聞いていました。ビジネスをやっている以上、当然の質問ですが、手話講師をやっている今、その人の質問にすごく共感できました。


Mau: なぜ、「デフハウス」を良いと思いましたか?変な質問に感じだらごめんなさい。私の中ではまだイメージできていないみたいです。

純粋に疑問なのですが、日本にも、公民館やら福祉会館から、ハンズさんの事務所・・・場所という「箱」ならたくさんあるような気がします。どういった違いが、デフハウスと日本にあるそれではない物にあるのでしょうか?

Chie: たぶん学生さんたちが「良い」と思った理由としては、一つの家に感じたからなのかもしれないです。
アットホームで、そこに行けば必ずろう者の仲間がいるという安心感が持てる「場」としての憧れです。福祉会館にある聴覚障害者協会の場はどこか入りにくそうなイメージがあります。

フィンランドで見たデフハウスはそういったイメージがなく、一つの家族みたいに生活しているように見えたからこそ、憧れたのだと思います。(フィンランドでも実態は分からないですが)


Mau: 「自分たちで自主的に」というよりも、「さあ、ここを用意したから使いなさい。ただしこちらが決めた規則は守ってもらうし、活動はしてもらうよ」という日本によくありがちな(イテッ!)イメージでしょうか。

フィンランドのデフハウスとは、大きく活動目的が違うようですね。ちなみに聴覚障害者協会はろう者の方々が運営されているのでしょうか?フィンランドのデフハウスは、好きなときに、好きなことをするために(しなくても)、個人がただそこに誰に気兼ねをすることなく存在することのできる場所なのかな?

Chie: そんな感じですね。聴覚障害者協会は聴者とろう者が一緒に運営していますが、場所によっては「聴こえる方にお任せ」があるかもしれないです。デフハウスがオープンしている時はいつでも入って良いという雰囲気は感じました。

Mau: ちえさんもデフハウスは日本に必要だと思われますか?

Chie: 日本にデフハウスは必要か?と聞かれますと、ちょっと違うような気がしています。デフハウスというよりも、ろう者だけが集まるのではなくて、聴者も気軽に入れるような場が必要ですね。

Mau: ろう者の方々にとって、ゆったりと集える公の場所は少ないのでしょうか?

Chie: ろう者が集まる場、例えば手話サークルがありますが、今は聴こえる人たちの楽しむ場になっていることがあり、ろう者にとっての楽しみがなくなり、サークルに行きたがらない人も多いです。
学生にとっては、全日本ろう学生懇談会という組織でお互いを高め合っていますが、社会人にとってのくつろげる場といったらほとんどないかもしれないですね。

聴こえる人たちとの関わりが持てるから必要としない人が増えているのか、それとも、たまたまそういう場がないだけなのか、私自身も社会人ですが、よく考えてみれば「ここに行けばろう者、聴こえる人たちと大人の話ができる場」といったら限られると思います。


Mau: でもそれは聴こえる人も同じかもしれませんよ。

Chie: 手話が認識されていなかった時代と比べて、手話が少しずつ知られたり携帯電話やパソコンの発展、そして聴こえる人たちと一緒に教育を受ける環境の中で、「聴こえる人たちとの関わりを持てる」ようになったと思います。一昔のろう者と比べて今の若いろう者にとっては、そこまで集える場所を必要としなくなったのか、必要と思っても「ない」から仕方ないのか。。。

デフハウスに憧れるのは単純に、アットホームで気軽に交流ができる場が欲しいという憧れであり、そういう場がないことの表れなのでしょうか。


Mau: 2月末に、現役大学生や専門学校生の方々と一緒に勉強会をしました。その際に少なくない人数の学生が、「携帯で話は全部しちゃうから、実際に会うと話すことがなかったり、本音が言えなかったりする」と言っていました。

彼らがそれを良しと思っているのであれば、携帯チャットやメールもコミュニケーションの促進に役立っていると思うのですが、いざ対面して会話をするときには携帯で感じていた「親近感」のようなものが不足していると感じるのは、なんだかなあ・・・と。
でもそれって最初の気付きなんじゃないかって思いますね。「便利な」ものに対して疑問を感じることは、正しいセンサーが働いている証拠なんじゃないかって思ってます。

近くにいて、直接話ができるのにも関わらず、大事なことは携帯で・・・というスタイルは本当に自分が望んでいるコミュニケーションの形なのだろうか?・・・と。
日本でデフハウスについて考えるときも、そこへ集う私たち自身にも表面的ではない、何かしらの決断や挑戦に迫られそうですね。

Chie: そうですね。時代の背景といったら何だか寂しいですが、きっかけがあれば必ず変わると思います。かつての自分も、それに近く、今思えば「なぜもっとはっきり言えなかったのかな」と時々思います。その理由を根本的に考えると結局は傷つきたくないというわがままなのかもしれないですし表面で仲良くやっていれば何とかなるという変な安心感に頼っていました。

でも社会人になって特にハンズを通して、はっと気付かされました。
建設的な話し合いができる喜びとか、ぶつかりあって信頼関係を作ることの経験がない限り、携帯電話での会話に満足。その一方で、コミュニケーションって何だろう?と見つめ直すのは希望が持てますね。


Mau: そう思います、人間、そうこなくっちゃ!考える頭を活用しないと~(笑)

Chie: ですよね。 人間らしい生活をしなきゃいけないですね〜。
今回の旅行で、 「考えることをやめたら、本当にダメになる」と思いました.


Mau: その心は?


Chie: 一緒に参加した学生さんたちとの話で「そういうことにこだわらず、どうでもいいじゃない」という態度にカチンと頭に来たんですけれどそれは、「考えることをやめちゃいけない!」と思ったからなんですね。


Mau: そんなことが北欧であったんですね。外との出会いの他にも、内なる出会いが。

Chie: 13日間を共にするメンバーなので一人一人と話をすることがとても良い刺激になりました。

Mau: ですよね~・・・みんなそれぞれ目的も違うでしょうし、単純に「わーい北欧旅行!」で来ている人もいるでしょうし・・・。

Chie: そうですね、そうです。

Mau: このブログ、みなさん見てるかな?

Chie: 見ていてくれたら嬉しいです。私の意見に間違いがあるかもしれないし、学生さんなりの意見も貴重なのでこのブログを読んで、何かを感じ取っていただけたら嬉しいです。学生さん、教育関係者、社会人や手話通訳者との出会いによって、あらためて考えることの大切さに気付かされましたし、きちんと向き合えば学生さんも可能性を秘めていると分かりました。

Mau: そうそう、同じタイプの人たちといても、居心地は良くても刺激は受けない。「なに~??!!なんだと~!」というところから、始まってますよ、私の場合何事も(笑)。手話場合もそうですもん。新しい可能性を、わたしもちえさんたちからいただいています。

Chie: ありがとうございます。私もまうさんとこうして話をするたびに自分の考え方を整理できたり、まうさんに言われることで「そういえば、どうなんだろう?」と新しい視点を知ることができます。
旅行中、学生さんに厳しいことを言い続けていたら、最終日に「ありがとうございます」と言われました^^;本当は考えれば、できる人なのでどうやって育てていくかが私としての課題だなと思いました。同時に、自分自身も育てなきゃいけないですね。


Mau: ちえさん、かっこい~い!ヒューヒュー!!

Chie: Wow !ありがとうございます(笑)

Mau: 葛藤しつつ、それもまたいいか、いやだめじゃないか?と肯定も否定も繰り返しつつ、傍らに友が居てくれたら嬉しいですね。これからもよろしくお願いします。

Chie: ありがとうございます。かなり揺れる私ですが、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

<参考HP>

Nordic Deaf Associations
http://www.sdrf.se/sdr/dnr/ENG/index.html

Scottish Sensory Centre
http://www.ssc.education.ed.ac.uk/courses/deaf/finland.html
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# by machi-life | 2009-04-10 08:50 | mau+chie life

第7回(2009.04.03)Chie、北欧から無事に帰国

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: おかえりなさい!どうでしたか?二回目の研修旅行は?

Chie: 最初の研修旅行よりも冷静に見ることができたと思います。
今回の研修旅行ではそれぞれの国で手話とろう教育関係に携わっている大学やろう学校、関係者の話を聞きましたが、 どの国も人工内耳の話が多く出ていました。 人工内耳が進んでいることによって手話での教育がこれから変わるのではないかという意見や、ろう者が減ってしまうのではないかという話もありました。 一方で、手話の研究は進んでいましたので、多少そのギャップを感じていました。


Mau: 人工内耳について、もう少し詳しく教えていただけますか?
誰にでも可能な手術なのでしょうか。また、その結果どの程度聴こえるようになるのでしょうか?

Chie: 人工内耳は、聴力が軽度であれば効果が出てくる可能性が高くなります。
重度であればあまり効果はないです。
ただ、手術を受ける年齢にも関係があり、 医学の世界では早ければ早いほど手術をした方が早く対応できるという見方になっていますのでろう者を生んだ親御さんに対して人工内耳をすすめています。 なお、人工内耳は頭の中に機会を埋め込むものなので スポーツや生活上の制限はあります。 また、一生メンテナンスが必要になるので生活上のリスクを伴うことになります。


Mau: Chieさんが今回廻られた国々では、人工内耳を積極的に勧めていくべきだという世論が優勢なのでしょうか?
「頭の中に機械を埋め込む」とお聞きすると、とっても怖い気がします。

Chie: スウェーデンの国王がイタリア訪問の際、「スウェーデンは93%の子どもたちが人工内耳を装用。13ヶ月目までに装用すればいずれは聴者のように聴こえるようになる」と公言したと新聞に載っていました。たまたま、スウェーデンにいるときに新聞に載りました。

他にも、人工内耳を装用している子どもたちが増えていることにより、手話の必要性がどうなるかという危機感を抱く人もいましたが、中には人工内耳を装用しても手話は使っていくという意見も出ています。 人工内耳は安全な手術かどうか、、、安い手術料で受けられるとは聞いていますが、
頭の皮膚を切ってドリルで頭の骨を少し削った後、 機械を埋め込んでいく作業です(詳細はまた調べて、別の機会に取り上げられたらと思います)。


Mau: ざわざわしてきましたよ~。
健康な「頭蓋骨」にドリルを入れることになりますが・・・そうなると、人工内耳についてはどう捉えればよいのでしょう。「治療」になるのでしょうか。考えさせれれます。 (さっき少し調べたら人工内耳手術は保険適用になるようですね)

Chie: 人工内耳は正直、意見がいろいろ分かれていますので複雑な問題ですね。
目が見えないから眼鏡をかける、と同じ感覚で、耳が聴こえなければ人工内耳をつけるという見方が、医学としての「治療」になるのだと思います。


Mau: なるほど。では、ちえさんが最初に言われた「ろう者が減ってしまうのではないか」というのは、誰から、どのような意味合いで言われる言葉なのでしょうか?

Chie: ろう者からの意見ですね。教育関係者からは、人工内耳を装用した後どのようにフォローしていくかという話を聞いています。

Mau: お話をお聞きしていると、みんなが「治療」してもらえる方が良いと思うのですが。フォローは、前向きな術後の取り組みになりますね。

Chie: 複雑だと思うところの説明が足りませんでした。人工内耳装用している方には何人か会ったことがありますが、 ほとんどの人が「あまり効果はない」と言っています。
確かに人工内耳を通して音楽を聴くことはできても、 コミュニケーションの面でなかなかうまくいかないことが多く、 周囲からは「人工内耳=聴こえる」という誤解によって 音は聴こえても、コミュニケーションとしての「ことば」が聴こえないことに対する理解がなかなか得られないという悩みをよく聞きます。
中には、人工内耳を捨ててしまいたいという声も出ています。
フォローについてはやはり、人工内耳を装用してしまった以上、人工内耳の装用についての話より、これからの教育が重要になってくるということですね。


Mau: うーん、一人ひとり個体差がありますし、本当に人それぞれなんですね。その方たちは小さいときに手術を受けられたのでしょうか?
スウェーデン国王が言われた「93%」は正確だとしても、そこからどれくらいの子どもたちがこれから本当に聴こえるようになるかは未知なのでしょうか?それでも親御さんは希望にかけるということなのでしょうか。

Chie: 人工内耳に関する正確な数字のデータは手元にないので分からないですが、私が会った人たちは小学生〜大学時代の間に装用した人ばかりです。幼少時に手術した人もいますが、彼女は「あまり必要とは思えない」と言っていました.親御さんにとっては少しでもわずかな希望を持ちたいという想いがあると感じています。 全員がそうだとは限らないのですが、スウェーデンの国王が公表するくらいなので人工内耳装用者はこれから急速に増えて来ているような気がします。

Mau: Chieさん自身は人工内耳の是非についてはどう考えていらっしゃいますか?

Chie: 正直なところ、人工内耳はあまり必要ないと感じていますが、 聴こえる親御さんにとってはやはり「聴こえている 方がいい」という子ども対する想いからつけていると思うと難しい問題だなと思っています。 昔は「人工内耳装用なんて絶対反対」と思っていました。
効果がないのに頭の中に機械を埋め込むなんてとんでもない!という感情だけ突っ走しっていました。


Mau: 確実な効果が保障されたなら、良いと思いますか?
ChieさんはChieさんとして生まれたのに・・・と考えるのは、聴こえるわたしのエゴでしょうか。そうかもしれません。
もし私がろう者だったら、そしてその可能性は未来にもあるわけで、その時に「少しでも可能性のあることは何でもしたい!」と葛藤するのは当然だと思います。

Chie: 確実な効果が保障されるとしたら良いと思ってしまう部分は否定できないですね。「もし聴こえていたらもっと違っていたかも」という想いは正直、まだ拭いきれずにいます。 でも、確実な保障(100%)でないことと手話がある限り、手術の選択はしないですね。

人工内耳については私自身も勉強が足りないので、これからいろいろな人に聞いてみます。


Mau: Chieさん、ありがとうございます。 私ももっと考えてみます。

Chie: こちらこそよろしくお願いします。6月に人工内耳に関する勉強会を予定していますのでまた決まりましたら、お知らせします。

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Mau: 今回は、福祉先進国と言われるフィンランド、スウェーデン、ドイツと廻られたわけですが、これらの国々の中では、どの国がぱっと見たところ暮らし心地が良さそうでしたか?

Chie: 暮らし心地が良さそうなのは、、、フィンランドですね。
無駄がなく、機能性を重視したデザインの建物や家具があって 出会った人たちも明るくオープンな人々でした。
スウェーデンは観光に良い場所ですが、フィンランドよりはまじめでおとなしいような印象を受けました。ドイツはハンブルクしか行っていないですが、おしゃれなファッションやいろいろな文化が入り交じっていて、漢字も大学の構内や中華料理店で久しぶりに見ました。


Mau: わあ!映画「かもめ日和」のフィンランドですね?ろう者の方々にとっても暮らしやすい工夫に溢れているのですか?

Chie: 実は映画を見る余裕もなくそのまま旅立ってしまいましたので今度見ようと思っています。ロケ地に行こうと話していましたが、少し離れていたので「お預け」にしました(笑) ろう者にとって暮らしやすいかどうかというと、 ハード面ではそれほど不便さを感じませんでしたが、実際に生活してみると社会的な課題は出てくると思います。

フィンランドにはデフハウスがありました。 スウェーデンにもありますが、フィンランドでのデフハウスで日本とフィンランドのろう者たちが手話を通して交流パーティを行っていました。 年配の方から子どもまでが一つの場に集い、日本の文化を紹介したり、フィンランドからの出し物に応じたりご飯を食べながら手話で交流しましたね。


Mau: 楽しそうですね!デフハウスというのは、ろうの方々が集まって暮らすグループハウスのようなものですか? 日本にはあるのかな?

Chie: そうですね。運営主体は地域によって異なると思いますが、フィンランドではヘルシンキとユバスキュラにありました。
日本ではこのように一つの場を使ってパーティや学習会を使う為のデフハウスはあまり聞いたことがないです。場所を借りたり喫茶店でサロンとして集まるところはあります。


Mau: そこに住んでいるわけではないのですね。

Chie: スウェーデンではそこに住んでいる人がいます。アパートの部屋としてろう学生が住んでいました(実際に見せてもらいましたが、これは学校と政府からの資金によって運営しているとのことでした)。 こと葉やのような部屋が、デフハウスの部屋になっている感じです。
日本と違って、行きたいときに集える場があるという、 生活の一部になっている印象を受けました。


Mau: きっとそこも素敵なお部屋なんでしょうねえ。写真は撮られましたか?中も、外観も見てみたいです~。

Chie: ビデオ撮りましたのでDVDでまとめようと考えています。

Mau: 上映会、教室でもやっていただきたいな~♪
スウェーデンは、手話も「公用語」の1つと聞きましたが、どのくらい手話は日常的に普使えるのでしょうか?
公共機関、病院、銀行などでも手話のできるスタッフが在中しているのでしょうか?

Chie: デフハウスの近くにあったピザ屋さんでは店員が手話を使っていましたが、マクドナルドでは違っていました。
注文するとき、日本ではメニューが手元にあるから手話ができない店員に対しても、指差しや簡単な手話で何とか通じます。
でもスウェーデン(オレブロ)では、メニューがなかったり、メニューの内容を書いたメモを差し出しても反応があまり良くなかったです。
生活レベルで、手話が広がっていると実感するレベルまでは至っていなかったです(短い期間の滞在でしたので、たまたま手話が使えない場所に行っただけかもしれないですが)。

でも手話とスウェーデン語のバイリンガル教育についての研究は進んでいました。スウェーデンの手話の教材開発として国が資金を出していることから、公用語として認められている以上、 研究ができる環境にあるのでは?という印象は持ちました。


Mau:「手話とスウェーデン語のバイリンガル教育」ですか。今まで考えたことが無かったです。
人口内耳、手話、 ・ ・ ・ 一人ひとりのそのときの状況に適した方法を探し続けることが可能な世界に私たちは生きていることを感じました。
足元を見つめなおして、また前を向いて歩いていく。皆さんにとってそんな春になりますように。


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


今回は人工内耳という新たなキーワードが出てきました。わたしたちの「暮らし」の中にある「音」はどんなものがあるでしょうか。
次回も北欧の思い出を一部かじりながらの対談を予定しています。
今日もありがとうございました。
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# by machi-life | 2009-04-03 00:01 | mau+chie life