聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
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第26回(2009.08.14)"聴こえないホステスから教えてもらったもの"

 「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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話題の銀座ホステスNo.1「筆談ホステス」

Mau:今夜は「筆談ホステス」著者である斉藤理恵さんが出演していらっしゃった、テレビ番組・金スマ波乱万丈「耳の聞こえない銀座No.1ホステス」を見てのお話をしてみようかなと思っています。

銀座ナンバー1ホステスの斉藤理恵さんは、筆談ホステスです。

幼少時の病が原因となって、耳が聴こえなくなりました。
さまざまな苦難や葛藤を乗り越えながらも現在は堂々と銀座No.1ホステスの座を日々の努力の結果として築かれています。お客様との会話は、「筆談」!


     斉藤さんの記事はこちらです。
     Part1 http://media.yucasee.jp/posts/index/1407/1
Part2 http://jp.ibtimes.com/article/biznews/090810/39010.html

Chie:記事読みました、ありがとうございます。斉藤さんにとって気になっていたことが私と一致していました。

Mau:斉藤理恵さんのことでちえさんが、「気にになっていたこと」はどういったことでしょう?

Chie: 銀座に障害を持ったお客様を見かけないことです。規模が違うかもしれないですが、新潟ではスナックに行くろう者がいるので東京でも必ずいると思っていました。

Mau: 記事では、斉藤さんも「もっと銀座に障害をお持ちの方々に来ていただきたい」と言われていましたね。新潟のろう者の方々でスナックに行かれるのはちえさんのお友達ですか?ちえさんも行くこともありますか?

Chie: 私は行ったことないですが、友人はスナックに行くので普通のことと受け止めていました。
風俗に行った友人は、「手話のできる人がいればいいのにね」って愚痴っていました。そういうこともあって、ホステスさんに会うのは普通のことと思っていました。
まうさんはスナックに行かれますか?


Mau: 私のスナック歴は長いですよ~♪
というのも、母がスナックを長年経営しているのです。もうどのくらいかな~・・・私が小学生の時からだから、ええい、予想して下さいね!

Chie: そうなんですか、今度行っていいですか?スナックは未知の世界ですので(笑)

Mau: どうぞどうぞ!
母の店は、女性同士でもふらりと行けるような場所です。
カラオケボックス代わりに貧乏な大学生時代に友達大勢で騒ぎにいくのは母の店でした。
無理を言って、から揚げだおにぎりだ・・・と安い金額で用意してもらっていましたね。

Chie: わ〜い!楽しみです!お盆明けにでもよろしくお願いいたします。
居心地が良い場所なんですね。


Mau: 私にとってのスナックは憩いの場かもしれませんね。それはきっと母が経営しているからということもありますが。
面白い空間であるとも思います。ぜひ夜の人間観察にどうぞ~!

Chie: おもしろそうです。楽しみです!


Chie:青森の筆談ホステスの登場は、最近知ったばかりです。まうさんはいつ頃知りましたか?

Mau:斉藤さんの著書「筆談ホステス」が書店に並びはじめたばかりの時に、本屋さんで手に取りました。
私は本を読むのがかなり速い方なので、興味深い内容に、買ってゆっくりというよりも立ち読みで一気に読んでしまいました。それぐらい印象深い「出会い」でした。

Chie:立ち読みで一気に読めるくらい、惹きつかれたのですね。まうさんは筆談ホステスを見てどう感じましたか?

Mau:実際にTVに出演しているのを見て、本の印象とTVの中で見る斉藤さんのギャップが全くないことに驚きました。
普段から裏も表も無く、隠すことも無く生きていらっしゃるから、書かれた文章、動く姿、筆談であっても、そこにずれはないように感じました。
ぶれない芯の強さ、そして安積アナウンサーの無茶なコメントや行動にも大袈裟な反応一つなくちょっと考えながら洒落た返答ができるところ・・・にくいテクニックでしたね~。
女性の私が彼女のお店に行っても、きっとめろめろになるんだろうなあと想像しました。


Chie:本は立ち読みでちらっと見たくらいでした。同じ女性として驚嘆する内容だったのですね。
字がきれいに書かれているところは「あ!見習わなきゃ!」と勉強になりましたが、それ以上のものがあるみたいで
今度本を読むのが楽しみになりました。

テレビで実際に見たとき、年が1つ下であることにびっくりしましたね。そして、セレブな生活をしていて「ゴルフ、一緒に出かけてみたい!」と興味が深まりましたね。
一方で、果たして筆談だけでコミュニケーションができるのか?と不思議に感じました。

スタジオで交わされる言葉全てが斉藤さんに伝わっているかどうかという面も気になってしまいました。
でも、それを斉藤さんは「空気を読んで状況に合わせている」ようにも感じられました。空気を読む力は人一倍かもしれないです。

私自身、手話を仕事にしているからだと思いますが、実際に筆談というのは相当エネルギーが要るなって思います。
双方向なコミュニケーションじゃないと思うからです。

まうさんと話をするときも筆談は必要な手段になりますが、これは手話も含めてあらゆる手段を使ってのことなので双方向コミュニケーションができている実感はあります。
こういうことがあるから筆談は否定!ということではないですね。

私も状況に応じて、筆談せざるを得ないことがありますが、それでも私は手話でお互いのことを話せることが一番良いと思っています。
そういう立場なので、斉藤さんの生き方には新鮮な刺激をいただきました。

ろうのお客様がもっとスナックに足を運べば、手話のできるホステスも登場するだろうなぁという想いでテレビを見ていました。


Mau:番組では、手話を使っている場面が出てこなかったのでそう思ってしまっているのかもしれませんが、斉藤さんは手話は日常的に使用されていないのでは?と思いました。

時と場合によると思いますが、直接的な会話ではなく、筆談という手段によって必然的に生じる間合いがまた良いんですよ。
相手のことばをしっかりと読み取り、しっかりと考えて返すという、その時間、間(ま)を楽しむ。
そういう向き合い方や会話の質を、彼女に会いに来るお客さんたちも求めているような気がします。斉藤さんが書く文面や美しい書体がまた素敵ですよね。

じっくりと向き合ってお互いに分かり合おう、伝え合おうとして頑張っても実は全体の70%位のことしか相手には伝わらないとコミュニケーションの研究者の本で読んだことがあります。

そう考えると口話であれ、筆談であれ、手話であれ、すべてを伝えるぞと気張りすぎ無くても良いのかしら?と思った記憶があります。
かえって、「すべて分かり合えることはない」とした上で、残りの30パーセントの隙間をどう埋めていこうかと考えた方がいいように思えました。

斉藤さんの筆談の場合は、一人がメモを書き、相手に見せて、その方も何かを書く・・・そういったやり取りが、残りの30パーセントの「間(ま)」を満たしてくれているようにも見えました。
夜の世界であれば尚更、筆談は秘密めいたものを共有できるツールのようにも見えます。ドキドキしちゃいますよ、素敵な人から素敵なメモをいただいたら♪

わたしとちえさんとの筆談による会話も同じです。

もちろん、筆談ではお互いにかなりのエネルギーを要しますが、それでも、わたしの質問に、ちえさんがどんなふうに返答してくるかを待っている時間もまた良いものなのです。
堂々と言えませんが私は手話がほとんど分かりません。いつもちえさんと会えるわけでもありません。
でもたまに会う時に筆談を面倒とも思いませんし、大丈夫かな?と最初はしていた心配もしなくなったのは、日頃からチャットやメールでお互いの気持ちを伝え合っているからです。

初めて会う人にそれを求めることは難しいでしょうから、ある程度一方的なやり取りになるのは仕方がないようにも思えます。
力をかけたい時に、かけたい人にかける。そしてその時に自分が魅力的な相手に興味を持ってもらえる人であるかの方が大変で大切なのかなあと思っています。
難しいところですが、お互いにもっと仲良くなりたい、近づきたいという気持ちがその隙間を埋めてくれるようにと願いながら・・・。


Chie:なるほど~!!そうですね。

何だかまうさんを通して、斉藤さんの生き方について別の視点を持つことができました。

筆談が大変という面だけに目を向けてしまっていました。「間」を楽しむ・・・
まうさんが筆談で何かを書いているのを待つとき、私はご飯を食べながら、コーヒーを飲みながら、周囲の人間観察をしながら
「どんな答えが返ってくるかしら?」と待っていました。そのわくわく感に近いものを、斉藤さんはお客様に提供しているのですね。

それで、素敵な字で素敵なメッセージをいただいて、素敵な「気分」になれたらそれこそ、最高に素敵なひとときになるんですね。
お客様が満足する理由も今、まうさんに言われてみると納得できます。

また今日も一つ、勉強になりました。ありがとうございます!!今度東京へ行くときに、斉藤さんのところへ寄ってみませんか??



Mau:軍資金をしっかりと貯めて、行ってみたいですね~。

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# by machi-life | 2009-08-14 19:03 | mau+chie life

第25回(2009.8.7) "映画で見えてくる私たちの想い"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

“聴こえないわたし”-Chie

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“聴こえるわたし”-Mau

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ゆずり葉って?

Mau: 本当は今日は健康診断の続きなのですが・・・昨日ちえさんが鑑賞された映画「ゆずり葉」の話題をとりあげたい気持ちが湧き上がっているのですが、いかがでしょう?
またしても予定変更になりますが?

Chie: 健康診断は縁がないですね(笑)映画の方がホットな情報になるので、健康診断は話題がないときの対応として保留にした方が良いですね。

Mau: あはははは!!

Chie: 「ゆずり葉」知っていますか?

Mau: 植物の名前でしょうか?ゆずの葉? 違うなきっと。

Chie: もともとはどういうものか分からないけど、意味は次の次へ受け継ぐというような意味だったと思います。
映画のゆずり葉のサブタイトルが、君もまた次のきみへ、です。


Mau: 「君もまた次のきみへ」ですか・・・。そこにはいろいろな意味が込められていそうですね。映画を実際に見ると込められた想いが明らかになるのでしょうか。

Chie: そうですね。ラストシーンは思わず「そういうことなのか、なるほどなぁ」と納得しました。
もともと、この映画は全日本ろうあ連盟という全国規模の、聴覚障害者団体が創立60周年を記念して製作した映画なのですが、監督は早瀬憲太郎さん(NHKの手話番組出演)が務めています。脚本も担当していますが、映画製作のきっかけはろうの少年の一言だったそうです。
「ろう者って大人になったら死んじゃうの?」でした。


大人になったら死んじゃうの?

Mau: ええっ?どうして少年はそう思ったのでしょうか?

Chie: 映画やテレビを見ても、ろう者の大人が出てこないからです。聴こえない人のドラマがあっても、それは聴こえる人が出演しているのでろう者の大人の姿をあまり目にしないことから、生命は短いと思ったのかもしれません。

Mau: なるほど~・・・・!

Chie: フリースクールで子どもたちと接している早瀬さんはショックを受けてこれで映画を作ろう、と決めたそうです。

財団法人 全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画 "ゆずり葉" http://www.jfd.or.jp/movie/
ここに予告編があるので少しだけ見ていただいたら分かるかと思います。

ビデオ収録が趣味だった主人公に、ろう運動を進める仲間達への興味が次第に深まっていくことがすべての始まりでした。

主人公は彼らを追いかけて映画製作に没頭するあまり、大切な人を失ってしまいます。
映画製作を中断し、30年間心を閉ざした生活を送っていました。

そこで、聴覚障害によって壁にぶつかっている若者の現実を知り、
「昔に撮影した映画の続きを製作したい」という仲間達の声を機に、映画製作を再開。

役者を目指す若いろう男性と出会い、次第に自分と重なり合うように見守りながら映画製作を進める。
実はここで衝撃な真実が待っていた、というストーリーです。

(映画製作の目的は、聴こえないことによって社会的不利を被った現実を知らせるのと、次世代の人に伝えていくためのものですね。
今回のゆずり葉の中には、実際にあった薬剤師試験の壁や日常生活で聴こえる人から受ける誤解のことが含まれています)

Mau: いま見てみますね。

Chie: 予告編を見ていかがでしたか?

Mau: 現在・過去、いろんな人のストーリーが交錯した内容のようですね。

Chie: そうですね。最終的には全てがつながるストーリーは好きな類なので、思っていたより良かったです。

Mau: ぜひ私も見てみたいのですが、新潟県内での上映はこれからもあるのでしょうか?

Chie: 2回だけあって、8月29日(土)19時~西川図書館多目的ホール、9月12日(土)【1】14:00 【2】18:00~白根学習館ラクペックホールで行われるそうです。
都合はつきそうですか?


<新潟市外での上映スケジュールは、9月6日(日)【1】13:00 【2】17:00会場:新潟県・長岡造形大学、12月6日(日)【1】10:00 【2】13:00会場:新潟県・新発田市生涯学習センター>

<全国・地域別での詳細上映スケジュールは、こちらをクリックしてください。

Mau: そうですね、8月29日は東京へ行くため難しいのですが、9月12日は行けそうです。予定表に書き込みます!

Chie: ありがとうございます。こちらは、9月12日は東京の予定です(ドイツから日本人留学生が数年ぶりに一時帰国でドイツの事情をきく予定です)。
まうさんも東京へ行かれるのですね!

Mau: あらら、変わりばんこに東京行きですね(笑)。

Chie: そうですね(笑)講師の為の学習会とかでしょうか?

Mau: いえいえ、29日の目的は、メキシコ美術の展覧会ともうひとつ見たい展覧会があって行きます。30日は試験です~♪なかなかメキシコの美術作品の展示がまとまってくることはないので楽しみです。

Chie: まうさんが難しい!!!!!と言っていた試験なのですね。メキシコの展覧会ですか、いつまでですか?

Mau: ちょっとお待ちくださいませ。

メキシコ20世紀絵画展です(クリックをするとHPに飛びます)。

Chie: 8月30日まででしたね〜世田谷美術館ですね。
Mau: 行かれたことはありますか?

Chie: ないですね。ぱっと見る限り、東京っぽくないというか、行ってみたいと興味をそそられますね。

Mau: 私も今回初めて訪れる場所なのですが、ここは近隣の住民の方がボランティア?で展示品の案内をされるという場所のようです。

Chie: 楽しめそうですね。世田谷というとセレブのイメージがありましたが、地域の方々による案内があるということは、地域性を感じさせます。

Mau: 先ほどの映画に少し話を戻しますが、昨日はたくさんの方が見に来られていたと思うのですが、皆さんの感想はどんなものでしたか?

Chie: 「感動した!」という感想が目立ちました。ろう者からはまだ聞いていないのですが、東京にいる友人は同じ感想を持っていました。
一緒に見たお客様も「言葉にならないくらい、感動した」です。

Mau: 特に内容のどんなところに感動されたのでしょうか?

Chie: 個人差によると思いますが、聴こえないことによって大切な人を亡くしてしまったということですね。

聴こえる人であればすぐに救えたかもしれない状況で、聴こえないことによって家族との関係がこじれてしまったり、すぐに救いたくても救えず、身動きがなかなかとれない状況といったところでしょうか。

でも、私自身、身にしみるというか、ある意味で嫌な体験を思い起こさせましたね。

例えば、薬剤師の試験の場面で、口が読み取れない状況なのに聞き取り検査をやらされて苦しい想いをする場面が出てくるのですが、自動車の運転免許での聴力検査を思い出しました。
自動車学校に入る前に、聴力検査が義務付けられていましたので補聴器をつけて検査を受けたんですよね。
でも音量をMaxにしても全然聴こえないです(もともと重度の聴覚障害)。

「聴こえない」となかなか言えず(聴こえなければ不合格とし、自動車学校に入れなくなります)。
そのときは検査員の視線がきつくて「すみません、補聴器の調子が悪いから」と何とか懇願して検査をパスしました。

その後に、免許更新がありましたが聴力検査は義務づけられていないにもかかわらず、「後ろから手を叩くので、何回叩いたか答えなさい」と言われて冷や汗をかきました。

「ここで聴こえない!と言ったら免許を剥奪されてしまうのだろうか?」と急に不安になりました。
そこでも「すみません、補聴器が壊れているみたいです」と言って何とか許可をもらいました。

何で聴力が必要なわけ?と思いながら帰路についた記憶があります。
それが現実なんだなと思いますし、法律の壁ですね。
その体験を思い起こしたので、うわ〜嫌なこと思い出しちゃった、になりましたけど、
客観的に自分が受けてきた体験を見つめる機会にもなりました。その辺りが、聴こえる人たちの受け止め方と違うかもしれないです。


Mau: そういうことが過去にあったのですね。
ちえさんから見る映画「ゆずり葉」は、今の社会ので実際に対面している日常と考えていいものでしょうか?

Chie: そうですね。時代にさかのぼるシーンもありますが、現代の日常生活に通ずるところばかりあります。
例えば、若いろう男性は、映画の中で「俺はずっと手話を知らない世界で育てられた。手話ができなくてもいい、聴こえる人のふりをして生きろと家族に言われていた。だから聴こえる人たちの真似をやってきた。でも、(ろう者の女性との出会いで)それは間違いって気がついた。聴こえないことを公に出しても良いんだって、自分自身を認められるようになった」ということを話すシーンがあります。これは、現在の同世代の大学生に通ずることですし、私が学生時代に出会った難聴者、ろう者たちと同じ想いです。


Mau: 映画の中のろうの男性も、そしてちえさんも、「誰か」(又は何か)に「会う」ことがあって、初めて物まねではなく自分として生きていく喜びを知った・・・。
もしこの映画を見ていたのが、例えばちえさんが中学生、高校生だったならば・・・どんな感想を持つでしょうか?

Chie: 聾学校にいたら、きっとピンと来なかったと思いますね。がんばって、聴こえる人のようになればいいじゃん、って思うかもしれないです。
それは、人生経験が少ない中で、「聴こえる人のようになれ」という先生のことを信じていた頃の話です。

今の時代、手話の認知度が高まっているのでもし、今の時代で中高生であれば少しは別の感想を持つかもしれないですが、それでも、たぶんピンと来ないような気がします。


Mau: そういうものでしょうか・・・。

Chie: 現実を見たくないという思いと、聾学校では考えられない現実ですから。聾学校ではそのような現実についてあまり語られていないし、卒業生との交流会でも良い話ばかりだったのできっと昔の自分がこの映画を見たら、複雑な心境になるかもしれないですが、聴こえる人たちの真似をしているのだという現実に直視するには若すぎるような気がするのです。

説明が難しいですが、今の子どもたちは手話を小さいときから目にしているし、手話ができる大人たちの本も少しずつ出ているので違った感想を持つと思います。

Mau: ありがとうございます。

この映画から、ちえさんはどんなメッセージを受け取りましたか?

Chie: 聴こえないことをもっと前に出して良い、ということですね。


Mau: あえてお聞きしますが、聴こえる人たちにはこの映画を通じてどんなことを知ってほしい、考えてほしいと思われましたか?もしあればお願いします。

Chie: 聴こえないことによって生じる社会的な不利はこういった、日常生活の中にあるという現実ですね。
現実を見て考えてほしいという受け止め方をしました。もともと、ろう運動を起点にした映画なので、理解してほしいということですね。でも聴こえる人を排除するというような偏りはなく、こういう現実があった、という情報発信ですね。


Mau: ろう運動というのは・・・無知ですみません。映画の中のお話ではなくて、実際に過去に日本で起こった運動のことが描かれているのですね。

Chie: すみませんでした、自分中心のお話になってしまいました。ろう運動というのは、現実の社会でずっと昔から続いている聴覚障害者の差別撤廃に向けた運動のことを、ろう運動と呼びます。古くさいものですが、全国の聴覚障害者団体はこうした運動がとても大切と熱く語ります。私はそれを否定しませんが、どうも何かが違うなという立場です。
それは置いといて、こうしたろう運動の歴史が、映画の中にも出てきて、映画を通して運動の存在を示していました。同時に、聴こえないことによって起こる日常生活を示していました。


Mau: ますます自分の目で映画を見てみたくなりました。

Chie: まうさんとして、どんな風に受け止められるのか知りたくなりました。
聴こえない側で見てしまっているので、聴こえる人がどのような受け止め方をするのかとても興味深いです。
ぜひご感想を教えてください。

余談ですが、出演した若いろう男性、学生時代に一度話したことがある方でした。そのときは、「ふーん」とあまり興味を持たなかったので連絡先を聞いていませんでした。今思えば「しまった!あのときに連絡先を聞いておけばよかった!」と思うくらい映画の中ではまぁまぁ、かっこよく映っていました(笑)


Mau: 「まぁまぁかっこよく」ですか~?!(笑)
素敵なプチ情報ありがとうございます。一層映画を見るのが楽しみになりました。

Chie: ありがとうございます。

他の情報になりますが私の憧れのろう男性が、ハリウッド映画の「バベル」に出ていました。ほんの少しだけですが、嬉しかったです。


Mau: 日本人男性ですか?

Chie:はい。エキストラ出演ですが、顔アップです。ほんの数秒です。


Mau: まばたきも出来ませんね。

Chie: あはは(笑)。
映画について私の心境がうまく説明できずにすみません。でも、いろいろな意味でこの映画が影響を及ぼすことは間違いないと思います。


Mau: 考えるだけでなく実際にメッセージを持ってそれを信じて動くことによって、必ず何かが変わってくると思います。

Chie: 今まで、ろう者を取り上げた映画は見たことありますか?聴こえない人についてのドラマでもいいですし。

Mau:公開時には、監督の出身国であるメキシコに滞在中であったのにも関わらず見る機会のなかった「バベル」を昨日ようやく見ました。
残念ながらちえさんの憧れの男性は、どの方か分かりませんでした。今度教えて下さいね。

映画自体は考えていたものとは全く違うものでした。
見始めたときは、「どうしてこのシーンがあるのだろう?」と理解に苦しむ場面もいくつかありましたが、エンドロールが流れる頃にはそんなシーンは全く気にならなくなっていました。
映画とは、それを見るそれぞれの人の立ち位置で、大いに見え方が左右されるものだと思っていましたが、この映画でその思いを実感しました。

菊池凛子さん演じるろうの女子高生の描写は、日本人として、女性として少々行き過ぎている感はありました。
ただし映画全体を通して見たときに、そういった激しい描写は気にならなくなりました。誤解があるかもしれないと思いながらお伝えしますが、実際に行動として動く、動かない、頭の中で思っただけ・・という違いだけで、映画に登場する一種「特殊」な行動を取る人物の一人ひとりが、形に多少の違い、程度の違いはあれど私たち自身そのものではないかと思わされました。

聴こえない、聴こえるに関わらず人は意思を伝え合う言葉、考えることのできる脳、行動できる手足を持ち合わせているのに、そのどれもが時にどうしようもなくばらばらで、思い通りにならず、能力を持ちながらも思うように使うことのできない無力さに絶望することもあります。中でも最もつらいのは、今切実に足りないものがあって、必要なのは確かなことなのに、それが一体何なのかが分からない状態です。同時にその不完全さが人間だとも思えるのです。バベルの中の人物は、そういった脆くて繊細なところに生きている私たちをはっきり映し出しているように私には見えました。

映画を通して、鳥のように私たち自身をも場面に投入して上空から俯瞰することができます。
実際はこの人はこう考えているのに、どうして周りの人にはそれが伝わらないのだろうともどかしく思ったりします。簡単なことのように思えます。
でも、「実際はあなた方もあまり変わらない生活、自分という入れ物を活かしきれていない暮らしをしているのではないですか?」と映画に問われているようにも感じました。
決して明るい内容の映画ではありませんでしたが、住む場所、置かれている状況、立場、言語、人種等を全て取り払ったときに、残るものは何?あなたはどう思う?どうしたい?というメッセージを映画から受け取りました。こういう映画に出会うと、映画を作りたくなっちゃいますね(笑)。 

Chie:映画を見終わった後、そして清々しさの後は、私も映画を作りたくなりますね。
バベルはろう者たちの間でも話題になっていました。「あの役はやりすぎ〜」という声もあれば、
「今までメディアに出ていた、ろう者のかわいそうなイメージを覆してくれた」という声もありました。
また、字幕についても話題になりました(これについては、またの機会に触れたいと思います)。

バベルは2回映画館で見ましたが、なぜ神様は人間の言葉をばらばらにしたのか(バベルは、人間がバベルの塔を作って神様に会いたがったそうです)について、考えてみました。

上を見たい、自分のことや周りのこと以外、神様ばかり目を向けるのではなく、
周りの人をもっと見なさい、ということで「わざと言葉をばらばらにした」のかなという感想を持ちました。

でも1つの映画を見て、Mauさんからの感想を聞いたりすることによって考えさせられることが「映画の魅力」ですね!

何かに行き詰まったり、どうしようもないときは、映画を見てみよう!と思います。
みなさんの中でも良い映画がありましたら、ぜひ聞いてみたいですね。


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新潟まつり。新潟は「涼しい夏」です♪
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# by machi-life | 2009-08-07 23:07 | mau+chie life

第24回(2009.7.31) "代理電話サービスの可能性"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
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“聴こえないわたし”-Chie

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“聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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Mau:さてさて・・・今回こそは「健康診断」のお話をお聞きしたいと思います。
ちえさんは毎年定期的に検査に行かれていますか?

Chie: そうですね。学生時代から毎年受けています。今年は日程を調整して、健康診断で一番簡潔なコースを受けたので半日もかからずに終わりました。

Mau: 病院選びはどのようにされましたか?
予約や問い合わせはオンライン予約もできるのでしょうか?

Chie: スタッフの紹介とインターネットで調べて一番近いのを選びました。インターネットで確認した後、予約をあらかじめ聴こえるスタッフに電話してもらいました。
FAX番号もあったのですが、日程の調整を速く取り決めるには電話が速いと判断し、電話してもらいました。
今だったら、代理電話サービスがあるので自分から予約することはできますね。


Mau: 「代理電話サービス」という言葉は、初めて聞きました。公共サービスのひとつでしょうか。

Chie: アメリカでは、代理電話サービスは知られていますが、日本ではまだ認知度が低いと思います。個人や法人で契約が必要になりますが、イメージとしてはこのような流れになります。

私⇔オペレーター⇔相手
私とオペレーターの間は、チャット。
オペレーターと相手の間は音声日本語。

という流れになっています。
ここまでイメージはできそうですか?


Mau: ろう者の方のためのサービスなのですか?

Chie: 結局は、聴こえる人と聴こえない人のためにもなる、と私は思っています。
しかし、今の社会からにしてみれば聴こえる人はそのサービスがなくても別に困らない状態が多いですので 「ろう者のためのサービス」と捉えるのも無理はないかと思います。

国内で10年以上前から取り入れているらしいですが、おそらく新潟で使っているのは手話レクチャー「ハンズ」くらいではないかと思います(もし他にいましたら、活用方法について体験話等をお伺いしてみたいですね)。
 

Mau: なるほど~。発言失礼を致しました。そうですね、確かに「聴こえる」立場から考えれば、「ろう者の方」のサービスになってしまいますが、「聴こえる人」にとっても、そのサービスを利用して「電話という手段でつながる」ことができるわけですね。

Chie: 電話社会は不思議な世界に見えました。
7月から代理電話サービスを使い始めたのですが、聴こえる人たちの言い回し電話社会のルール、初めて知ることばかりでMさんに学習会を開いてもらって教えてもらわないとやばい!って思いました。
26年間、知らなかった世界を知ることはカルチャーショックでもありましたが、何とか使っている状態です。


Mau: 確かに、電話はまたひとつの別世界が広がっていそうですね。
もう少し代理電話サービスについて教えてくださいね。 ちえさんが伝えたいことをチャットでオペレーターに伝えると、その方がちえさんの文面を「お仕事の言い回し」に変えて、先方にお伝えするということでしょうか?

Chie: 私は欲張りなので、その言い回しを知りたがります。
チャットで、話し言葉を意識しながら入力していますが、例えば、内容が同じでも、相手の雰囲気によって言い方を変えるときがありますよね。
その言い方がどのようなものなのか、すごく知りたいんです。そういったことは、その方が、聴こえる人たちが常に交わされている音声言語を知ることになるからです。

日常生活の中で聴こえる人たちがどのような言い方で接しているのか、興味は持っています。
例えば通訳だと言い換えがあるのは当たり前なので、手話通訳者を見ていてもあまり知ることができないですね。

このサービスでは、どういう風に変更したのかについては分からないままです。
たぶん変えているだろうなぁというのは分かります。
「おそらく、オペレーターさんはこのような言い方をしているんだろうなぁ」と想像するしかありません。
いちいち確認していたら、タイムラグがもっと出てしまいますし、それよりももっと大事なことがありますよね。


Mau: どのようにこのサービスを利用するのですか?

Chie: イメージとして、3人が別々の場所に居て、3人とも顔を知らないまま電話をします。

まず、私から電話をかけるときは、オペレーターにチャット(文章)で用件を伝えます。
オペレーターが、別の人(用件がある人)に声で話します。ここまでが、私からの電話で話すときの流れです。

向こうから話をするときは、オペレーターが文字に変えてチャットで、私に伝えます。ここまでが、相手から話していることが私に伝わる流れです。

こうしたやりとりを続けます。少々のタイムラグが生じます。でもそれで仕事が捗ったこともあるので、こうしたサービスは今の社会で働くろう者には必要なものと思っています。


Mau: ちえさんが利用されているサービスのHPなどあればご紹介ください。

Chie: 基本的には、そのサービス会社への連絡として電話は不可能になっています。ですが、こちら(私)からかけることでしたら、 つながります。

電話代理サービス プラスヴォイス (サービスの申込みはインターネットからのみのようです)
http://www.plusvoice.jp/dairi.html


Mau: (HPを見て) わあ、 手話を使ってのオペレーターとの「電話」も可能なんですね。

Chie: そうですね。手話でもいいですが、文章の方が良いと思って、今はチャットのみ使っています。

Mau: 先ほどちえさんが言われた意味が今分かりました。確かに、こちらからかけることはできますが、受け取ることはできないようですね。

Chie: そこが不便ですが、そこをうまく活用できたらと思っています。

Mau: ほほう・・・ちえさんには考えがありそうですよ。

Chie: 考えですか(笑)

向こうから掛けてもらう前に、番号を教えてもらえばこちらから電話できますね。

今の活用方法として、事務所に電話が来ます。そのとき、着信履歴に番号が残ります。その番号をメモして、代理電話サービスでこちらからかけます。
今後は、もっと可能な方法があるので試してから効果を報告しますね^^

代理電話サービスは10年位前からあったみたいです。でも使えるろう者は限られています。
チャットも素早く打てないといけないですし、チャットである時点で日本語の力が必要になりますね。

私も学生時代にリレーサービス(アメリカではそう呼んでいます)をアメリカで知ったので、国内にないかなぁと思っていたら、あったんですよね。

でも学生時代はあまり必要性を感じていませんでした。電話なら聴こえる人に任せれば良いと思っていました。

でも、それって、自立にはならないですね。聴こえる人にも任せられて、自分でもできるようになればコミュニケーションツールを選択できる。

聴こえないからとか、ろう者だからそこまでやらなくていいって見られると納得いかないんですよね(笑)


Mau: それがちえさんらしさです。

Chie ありがとうございます。聴こえる人とともに、できることをやっていき、生理的にできないこと(聴こえないことでどうしてもできないこと)は聴こえる人の役目としてお願いをして、私は私で別のことをやったらいいかなと思っています。

Mau: 探せば何でもある時代に生きている私たちですが、便利さという面だけでなく、ちえさんが言われていたように、使う人がただ支えられ、助けられていると感じるものではなく、自立や自由を達成する手段としてのお手伝いとして、アレンジの可能なサービスの利用の仕方をそれぞれが工夫しながら見出していくことが求められていくのでしょうね。

と、ここで!健康診断です!

Chie: そうでしたね(笑)。今回は代理電話ということにしましょうか(笑)。

Mau: そうしましょう。
脱線をする予感は大いにしていましたので、これも全て予定通りです♪

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青空に 背筋をしゃんと正して ( 福島潟の蓮 )

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# by machi-life | 2009-07-31 00:52 | mau+chie life

第23回(2009.07.24) "耳マークは必要!?コミュニケーションの楽しみ方"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

“聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

“聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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前回、マインドマップ体験会で偶然会った私たち。
今回は、Mauさんだけ、マインドマップ体験会2日目に参加(Chieはレッスンのため不参加)



マインドマップ体験会2日目について

Chie: 2回目も内容は濃かったでしょうか?


Mau: 前半は初めての人もいたりして、先回の復習でした。
2回目から参加のほとんど前回からの人でしたが、新しい人も4,5人いらっしゃいましたので。

Chie: 人数は同じくらいでしたか?年齢層はどのような人たちでしたか?

Mau: 人数は先回と同じ20人ほどだったでしょうか。年齢層は20代~60歳前後の方々でしょうか。

Chie: 幅広い年齢層ですね。

Mau: そうですね。今回のテーマは「コミュニケーション」ということでしたが、それがどうマインドマップと結びつくのか。初めての人は講師の頭のやわらかさ、経歴の面白さにもびっくりされたようです。次回のテーマは「メンタルトレーニング」ということで実は一番楽しみにしている講習です。どんなことを、どのような手法で行うのかと興味津々です。

Chie: ぜひお話を聞いてみたいですね〜

コミュニケーションをマインドマップ化


Mau: そうだ!今回はコミュニケーションをテーマにお互いに書いてみませんか?

Chie: コミュニケーションとマインドマップは一見、関係なさそうですが、マインドマップを使いながら会議をしたり話し合いをする方法もあるそうですね。
今回は、コミュニケーションという言葉に基づいてマインドマップを書くことに賛成!です。


Mau: そうしましょう!以前インタビューをしていただいた時に、今思えば目の前の取材者の方がマインドマップで記録をとられていたように思います。

Chie: 記者さんがマインドマップを書いたのですか?
インタビューも気になりますね!どのようなインタビューでしたか?


Mau: 脈絡のつかみにくいであろう私の話を、ぐるぐると描きながら書き留めてらしたので、覗き込んで「面白いノートの取り方ですね~♪」と言ったことを覚えています。
インタビュー内容は、「なぜ起業しようと思ったか」というようなことでした。

Chie: その記事、見てみたいです。記者さんのメモのとり方、いろいろあるのですね。それにしてもどうやって メモをとっているのか気になります。
あ!もしかしたら、あらかじめ質問を書いて、波線をまた書いて、答えを書いたということでしょうか。

Mau: それもあるかもしれませんね。
また、その方にとって来られる前から予想をしていた鍵になるような単語を私が発した途端に、その一語から派生をして、同意と共に、「なぜ?」「いつ?」等どんどん別の質問につながっていったように思います。聞くことのプロだと思いました。膨大な情報量の中から核心を抜き出して整理する技術としてもマインドマップは有効ですね。
私たちがこれからインタビューをして記事にするときにも役立ちそうです。

Chie: 楽しみですね!インタビューによるマインドマップの使い方についても、学べそうで何だかわくわくしてきました。
インタビューしてみたい人はいますか?


Mau: そうですね・・・私たちならではのインタビューしてみたい人たちはいますね。このブログでも、お互いにインタビューし合っているような感がありますが、自分の気持ちを言葉にして伝わるように話すというのは、難しいものです。また聞く方にも技術が求められることを学びました。

Chie: いそうですよね。具体的にだれにしたいか?とはまだ出てこないですが、ブログを見てくださっている読者の中か、話題になっている人とか。これもマインドマップに書いてみますか?(笑)

Mau: インタビューしたい人ですか?!
かなりわがままに好みが出そうですが?いいでしょうか~??!

Chie: いいですし、おもしろいと思います。そこから、シリーズとして出てきてもらうと楽しいですよね。

Mau: 有名人も含めて「夢の」インタビューしたい人マインドマップ・・・!!

Chie: 夢のインタビュー!いいですね!妄想がぐわ〜っと広がりませんか?

Mau: ひろがります~♪

健康診断の話

Mau:ところで、今回はちえさんの健康診断のお話をお聞きしたいと思っていました。
病院へ行かれる前にいろいろと想像もされていたようですが、どうでしたか?

Chie: 医療スタッフからは最初から「筆談でよろしいですか?」とのことでしたので聴こえない=筆談というマニュアルがあるかもしれないですね。
手話ができないからという理由もあると思いますが、そのことは予想していた通りでした。


Mau: 市の図書館に(ほんぽーと)にも、カウンターの上に、「筆談をします」と書かれた小さな額が上がっていました。
こう先手を打たれると、手話の入る余地がないようにも思えました。親切なようで、限定的ともいいますか。

Chie: 緑の耳マークですね。

筆談と手話はコミュニケーション方法としてどちらも不可欠なのですが、窓口で「筆談ができます」という提示がある背景としては、手話の認知度がまだ低いことや日本語使用者が多く、日本語を文字にする方法が一番手っ取り早いからということもあるかと思います。
でも正直なところ、筆談だけでは限界ですね。もともと、私は字が汚いので(笑)。

それ以上に、聴こえる人たちが筆談をするときに必ず、相手の手が止まります。
「え〜っと・・・」と考え込む人もいます。話し言葉を書き言葉に変えることが難しいからなのでしょうか。

まうさんの、手話の入る余地がないということについてもう少し具体的に教えていただけますか。

Mau: すみません、その前に質問をさせてください。
ちえさん御自身はその緑の耳マークを手に取って、又は指を指して、筆談が必要であることをお知らせするのでしょうか?

Chie: 私の場合は、あまり使わないですね。大事な契約の話は筆談することで確認をとりますが、たいていは手話でやってみてダメなら、視覚的な方法で分かるようにしています。

Mau: なるほど。
どうやって伝えようかと対面をしたときにあれがあると、少々コミュニケーションの入り口が狭くなるように感じたのです。
いろいろな配慮と試行錯誤の結果、あそこに置いてあると理解をしているのですが、違和感も同様に感じとってしまいます。
どうしても形から入りたくなりますが、もっとお互いに交わろうとする勇気?も必要なのかしら?とも思います。
実際は耳マークが「あって良かった!助かった!」と思う方も多くいらっしゃるでしょうね。

Chie: そうですね。最初からコミュニケーション方法が絞られていったような感じになりますよね。
手話ができない、聞き取りにくい難聴者にとっては恩恵を受けるもかもしれないですが、手話を使う人や、他のコミュニケーション方法をとる人から見ると耳マークについて違和感みたいなものは感じますし、私も「うーん?」と思うのが本音です。しかし、それを設置してもらうための今までの人権運動があったのは真実だと思いますし、否定はできないです。
次は、耳マークを外す運動が必要になるとか?(笑)



コミュケーションの取り方

Mau: 近所の大型スーパーのお会計のところには、「袋の要らない方は、この札をレジ係に渡してください」と書かれてあるプレートが置いてあります。
いつもふしーぎな気持ちになります。一言、「袋は要りません」と伝えればいいことなんだよなーって。
こういう光景がすこしずつ日本の中で増えている気がしています。

Chie: コミュニケーションがだんだん苦手になっていくのでしょうか。

Mau: そのつながりで考えると、レストランのピンポーンも不思議に思えます。
聴こえるわたしたちにとっては、すぐそばをウエイターが歩いていくのに、ピンポンで呼ぶことは不自然に思えます。

Chie: レストランのピンポーンは、ろう者にとっては助かっていました。店員さんが奥の方に消えていくときは特に助かっていましたね。

Mau: なるほど!ろう者の方々にとっては便利な道具ですね。
お店側としては、短時間で多くのお客を、少人数でさばくことを考えると、ピンポンの方が効率が良いのかもしれません・・・が、しかしです・・・さびしいです~。

Chie: 確かにピンポーンがなくてもできることはありますよね。
呼びにくくなって困るけど、でも歩いて呼びにいけば良いことだし。
呼びにいったり、袋要らないという会話を直接、手話や日本語、英語、何でもありの方法でやれば必ず通じるんですよね。


Mau: そうなんです。積極的なコミュニケーションが欠けている気がしています。
「コミュニケーションの手法」を学ぶ教室はあちこちで開催されているようですが、普段自分がどのくらい前向きに友達だけでなく他人とも関わっているだろうかと思わされます。

ちえさんも以前言われていましたが、ろう者の人たちが「わたしたち、手話しかできないんです!」といい続けて、通し続けたら、もっと手話は普及するのかもしれません、というようなことを言われていました。実際それって核心を突いていると思います。

こういうことはよくも悪くも「慣れ」であって、そういうものだと思えば最初は疑問に感じていても、そんなもんだと思うようになっていく。自分の身の回りを見渡してみて思います。

Chie: 確かにそうですね。
今手話のレッスンで、お客様と対面しますが、最初に戸惑う方もいらっしゃいます。「聴こえない人ってどうやって話せば良いのかしら?」という雰囲気ですが、2回以上会うと慣れてきます。お客様が戸惑いを隠してくださっていることもあるかと思いますが、私にとっては「あ、慣れてきたかも?」という感覚を得るときがあります。「慣れ」ですね。


楽しい世界、もう1つの世界

Mau: ちえさんの手話クラスのお客様には、「楽しい世界がひとつ増えますよ~(おいで、おいで)」とPRしていったらどうでしょう?

Chie: なるほど。そうですね、バイリンガルになるチャンスだし、もう1つの世界を持つこともできるということですね。
聴こえる人たちの間だけでコミュニケーションが減っていくという点についてはどう思われますか?

Mau: 実際に手話はとても機能的な言語に思えます。
ちえさんや他のろう者の方々から受ける印象なのですが、気持ちを率直に、まっすぐに伝えることに対して優れているというのかな。
それは、自分の中でしっかりと伝えたいことを分かっていると同時に、それを表現する手話の技術が伴っているときにより可能であり、有効なのでは・・・と。
自分が手話を使えないのを棚にひょいと上げての感想ですが。

手話だからこそ持ち得る世界、考えることのできる世界はあるのではと私には見えているのですが・・・ちえさん、どうでしょう?

Chie: 手話はとても機能的、初めて言われました(笑)
当たり前すぎてちょっと分からないですが、確かに、手話を使う人同士であると、その人の感情、その人の好みが分かりますね。

聴こえる人たち同士は普段、顔を意識して見ることは少ないでしょうか?


Mau: 私は癖なのか、お話している人の顔を見ないと話はできないのですが、どうでしょう。私の周りの人たちは意識、無意識に顔を見て話していると思います。
そうじゃない人もいますが・・・年を重ねてくると・・・似たような人がまわりに集まってくるというか、残ってくださるのでしょうね。

Chie: なるほど、人間観察をしていると、目を合わせて話をする人もいれば、
一方が目を合わせようとせず、別の方向を見ながら聞いている人がいたりします。その人を見る度に、 「こらぁ、人の話を聞け〜」と思います(笑)。
私も、目を合わせて「でしか」、話ができない質なので、似たような人がこれからは集まってくるのかもしれないですね。コミュニケーションについて、最近は希薄と言われていますが、まうさんから見て、やはり時代を追うことに変わってきていますか?


Mau: コミュニケーションについては、本質的なものは変わっていないと思いますが、さきほどの例のように「便利」なおもちゃができたので、それを挟んでコミュニケーションを取ることに慣らされている時代には感じますね。

Chie: いっそのこと、便利なおもちゃを壊したら携帯電話も壊したら、愛がもっと生まれてくるような気はします。

Mau: ちえさん見かけによらず過激&情熱派ですね~!

Chie: あはは(笑)。

前世は、戦国時代の武将!?

Mau: きっとちえさんの前世は戦国時代の武将だったと思います(きっぱり)。

Chie: 織田信長さんと対戦していたかもしれないですね〜
戦国時代の漫画は小さい頃に読んでいました。その影響もあるかと思います。

Mau: おお、私の読みもあながち外れていたわけではないようですね。

Chie: そうですね、もしかしたらその通り、織田さんと戦国時代に戦っていたかもしれないです。

Mau: でも信長ではないということは・・・誰でしょう?

Chie: 誰なんでしょうね、落ち武者だったり(笑)
天地人の直江兼継さんだったらもっといいですね。


Mau: ちえさんは、伊達政宗だ!

Chie: おおおお!好きでした!伊達政宗には憧れていました!というか、なぜ、伊達政宗だと思ったのですか?

Mau: そうですね~・・・伊達政宗は自らの道を信じて最後まで信念を貫いて屈服しなかったとことでしょうか・・・。
ちえさんの中に時折見え隠れする静かな闘志から・・・かな。

Chie: わ〜すごい褒め言葉です、ありがとうございます。

伊達政宗に憧れて、仙台に行って資料館に連れてってほしいとせがんだことがありました。漫画から見た伊達政宗はクールですごくかっこいいと思ったのですが、そういえば、今まで憧れを抱いたのは、自らの道を信じて最後まで貫く人ばかりでした。

プロゴルファーの尾崎直道さんも、その一人でした。日本人がアメリカの試合に出て戦うことなんて難しいと言われていたアメリカへ、一人で飛んでいきました。
結果的に、後に丸ちゃん(丸山茂樹)とか、若手が挑戦していったし、話題の石川君も海外を視野に入れているみたいですね。

結果的には良い影響を残せた人だと私は思っていますし、
直道さんに会ったことがあるのですが、ゴルフボールを直接いただけました。という思い出がございます。

熱くなりました、すみません(笑)。


Mau: ひょ~っ!まさにホールインワンでしたね♪

Chie: そうですね!さすが、まうさんです!伊達政宗がでてくるとは想定外でした。



マインドマップの効果てきめん

Mau: これもマインドマップ効果でしょうか。思わぬところへボールは飛んでいくんですね~。

Chie: すごいです!効果抜群ですよ。
潜在意識でしょうか?ポテンシャル。


Mau: あれから毎日何かしらマインドマップを書いていますが、段々と自己流にアレンジされてくると共に、「すなわち・・・」と以前にもまして考える癖がついたと思います。
そうすると、今までかけ離れていたような事柄もカチンカチンとつながっていく気がします。

と・・・ちえさん!ごめんなさい、また私が脱線に引きずり込みました。

Chie: いえいえ、マインドマップを活用できていて本当に良いですね。

Mau:「健康診断」のお話をするつもりが、まだ病院の入り口でのお話ですよ!キャー!

Chie:あ!!病院の話でしたね。次にしましょう!(笑)


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出前で注文したラーメン in こと葉や


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# by machi-life | 2009-07-24 10:19 | mau+chie life

第22回(2009.7.17) "マインドマップで気持ちを絵にする"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

“聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

“聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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7月11日(土)、新潟市内のとある場所で開催された「マインドマップ体験会」に一人で出かけたわたし(Mau)でしたが、なんと会場でChieさんに遭遇しました!

マインドマップってなんだろう?

☆☆☆ マインドマップとは?→ mindmap.jp ☆☆☆ 

Mau: それにしても思いがけない場所で、先日はお会いしましたね!
ちえさんとMさんがマインドマップ体験会にいらっしゃっているとは全く予想外の出来事でした。
密かに勉強しようと思っていたのですが、スクールカウンセラーをしている友人や高校時代の恩師にも会場でお会いして嬉しびっくりの時間になりました!

Chie: マインドマップ体験会は、本当にびっくりですね!密かに勉強しようと思っていたのですか(笑)実は、まうさんが古町へ出かけると聞いたときに、もしかしたら?と思っていました。で も、これは神様に賭けてみようということで、 あえて聞きませんでしたが、まさか本当に会場で出会うとは思わなかったです(笑)。

Mau: 思わずその場で笑っちゃいましたよ ね~!

Chie: そうですね!Mさんも大喜びでしたね。

多岐に渡る活用方法&可能性

Mau:ちえさんはマインドマップ自体はいつ頃知りましたか?また、受講を決めた経緯についても教えていただけますか?

Chie: マインドマップは大学4年の頃に知りました。
一緒に活動していた先輩がパソコンソフトで作ったマインドマップを見て感動したのを覚えています。
パソコンソフトとしてマインドマップを先輩と一緒に購入して使ってみたのですが、どこかで使いにくさを感じていました。
次第に遠ざかってしまいましたが、最近書店でマインドマップの本が並んでいますよね?
そこで、 もう一度マインドマップに触れてみようと思いつつ、なかなか実践できずにいました。そんなときにこの体験会を知りました。すぐに申し込みましたね。


Mau: なるほど、大学の時の先輩はどんなマインドマップを作られていたのでしょう?

Chie: 当時は大学内の講義保障に関する活動をしていました。
事業を進めるにあたって企画やネットワークの作り方についてスタッフ同士がイメージを共有できるように作成してくださいました。


Mau: とても良い使い方ですね!
体験会参加後、改めて何かに役立ててみようと思いましたか?さっそく書いてみましたか?

Chie: ノートとカラーのペンを買いました(笑)そして、日々の業務の中から1つのテーマを取り出して実際に色分けで書いてみました。
視覚的にも分かるし、考えて書くだけでもわくわくしてきました。


Mau: カラーペンとノート!この時点でもうかなり出来上がった気持ちになりますね。私も書いてみましたよ。

Chie: どんなことを書いてみましたか?書いてみたときはどんな気持ちでしたか?

Mau: 私の場合は、ちょうど日本史や一般常識についての本を読んでいてなかなか整理が難しかったので、それを項目別に書いてみました。
例えば、テーマを「戦後の日本」としてどんどん広げていく感じです。我ながら分かりやすいものができました。それを、教えていただいた暗記サイクルに合わせて見直しています。
ええと、10分後、1時間後、24時間後、1週間後・・・1ヵ月後でしたっけ?これからどんどん仕事にも活かしていきたいと思っています。

書いているときは、「無我夢中」ですね。楽しくて仕方がない状態です。もやもやしていた霧がマインドマップを描くことにことによって、すっきりと晴れ渡るような感じです。

Chie: あっ!暗記サイクルについては体験会の中で話されていたことでしょうか?

Mau: はい、学習にマインドマップを取り入れるという主旨のお話をされていた時に言われてました。

「聴こえないわたし」「聴こえるわたし」共に学べる形を考える

Chie: 初めて知りました、ありがとうございます。
実は、このように体験会で話されていた中で細かい情報がほとんど私の中に入っていなかったことがたくさんありました。
講師に手話を覚えてもらうか、講師とマンツーマンでレッスンを受けるかといった方法も考えていましたが、その前に予備知識として本を読むことも必要ですね。
体験会は全員が聴こえる人たちで、聴こえないのは私だけでした。
聴こえる人たちの世界にいて、情報量の多さに感心しました。
一方で、耳で得られることができない分、本を読まなきゃいかんなぁとあらためて、やる気にさせてくれました。


Mau: そうでしたか・・・事前に講師の方へはちえさんがろう者であるということはお伝えしてあったのでしょうか?

Chie: 担当スタッフには伝えていました。でも今回は敢えて、手話通訳を利用しませんでした。
実際に聴こえる人たちのセミナーはどのようなものだったのか、体感したく参加してみました。


Mau: では、こういったセミナーには初めて参加されましたか?

Chie: そうです。前の自分だったら最初から諦めていましたね。聴こえないからどうせ情報は少ないし、
勉強にならない、と。


Mau: 聴こえているわたしも講師のお話を聞いて、考えて、(スライドを)見て、書いて・・・と、てんてこまいになるような膨大な情報量でしたので、ちえさんはどのようにこれらの情報を得られていたのかしら?と気になってはいましたが、振り向く余裕もない・・・すごい4時間でした。

Chie: 得られた情報量といえば、もしかしたら20%もないかもしれないですね。パワーポイントとMさんのメモくらいですが、そのことは最初から分かっていたことでした。
しかし、あらためて、聴こえない人が一人だけで、聴こえる人ばかり囲まれているとまるで異国の地にいるような感覚ですね。訳のわからない言葉でみんなが同時に動いている、みたいな感じです。


もう少し分かりやすく言うと、スターバックスのようなガラス張りのところで、向こう側に友人が何かをしゃべっているけれど分からないという状況と同じですね。

こういうことは、大学時代にノートテイクの支援を受けないまま、講義に出ていたときと同じなので、懐かしさを感じるとともに、ちょっと切なかったですね。


Mau: そういうことならお役に立てそうですよ。
自慢じゃありませんが、何でも書き取るメモ魔ですし、あの日の流れと目的は掴んだつもりです。あの日から既に3人の生徒さんに、マインドマップの内容をお話しました。

ちえさんにご説明させていただくことによって、私も再度確認ができます。
ちえさんにとってもきちんと今整理をして知っておかれると仕事にもプライベートにも友好的な方法だと思います。近いうちに先日の内容についておやつをつまみながらお話しませんか?

Chie: 本当ですか!?ありがとうございます。ぜひお聞きしたいです。おやつは必ず付き物ですね(笑)。よろしくお願いします。


Mau: 決まりですね!お互いに、マインドマップの本も持ち寄ることにしましょうか。

体験会での「聴こえる世界」・・・そしてこれから

Chie: 了解です、よろしくお願いします!
体験会での「聴こえる世界」はいろいろな意味で刺激になりました。
1つのゲームをやるにしても、情報の差によっててきた答えが違っていたことにショックも受けました。

ワークショップとして、クリップの話がありましたよね。事務用品で使うクリップなのですが、その新しい使い方という問いかけがありました。

講師が問いかけたのは、クリップについて新しい使い方について自分自身で考えられる項目を挙げるという意味でしたよね?


Mau: そうでした。

Chie: そのワークショップで、Mさんの説明による情報は、クリップの使い方について、

①何でも良いので新しい方法を考える。
②教材に使えそうな物でもOKなので、3分以内に考える
という内容でした。そのときに、3分は長いなと思いながら、真っ白の紙に書いたんですよね。

3分になって、見上げたらみなさんの紙が項目ごとに、文字で羅列されていました。
講師の「10項目以上考えた人?」と挙手を求める問いかけで、 「え?」と思いました。

このときに初めて知ったのです。

新しい方法について絵をイメージして描くのではなくて、考えられる方法を書くということだったのを。
新しい方法について1つ、絵を描いてイメージができるようにすると思っていました。


Mau: なるほど~・・・確かに今までに行ったことのないワークでしたので、何のためにこれをやらされているのか、最初はわかりにくかったかもしれません。
後に、「絵を使わないで頭に浮かんだものをただ羅列して文字として書いていく」ことと、「絵を中心に連想をしながら描いていく方がアイディアが出やすい」ということを講師は身を持って体験させるための実験だったんだ!ということが分かりましたが、。あの手のセミナーに参加し慣れていないと少し分かりにくい説明でしたから、聴こえる人でも?と思った人はいたようです よ。

Chie: そうでしたか。でも、結局、聴こえる人たちが書けていたという点においてはショックでしたね〜。

Mau: ショックだったんですね。

Chie: そうですね。一人だけ置いていかれた現状を突きつけられました。

Mau: いろいろとちえさんが感じられたことを正直に講師の方にお伝えしていいと思います。もっと相互方向から工夫できることはありそうですね。

Chie: ありがとうございます。パワーポイントでも説明可能ですので工夫はできるかもしれないですね。
逆に、指導者として、受講生との情報の共有についてもっと意識が必要だと我が身を振り返ってみました。


Mau: さすが~!
「人にする説明はこれでもか、これでもか!というぐらい分かりやすく、いろんな言い方で言いなさい!それでも伝わるのは良くて7割だから!」と言われましたね~。
あの日は、どんな生徒が、どのような目的でやってくるという事前情報はほとんどなかったと思いますから、講師の方はあの時間の最善を尽くされていたと思います。
自分の日々の教え方と重ね合わせながら体験会に参加することができて、新しい教え方、方法、過去の振り返りができました。

Chie: そうですね。講師から学ぶことはたくさんありました。この一件以来、レッスンでもっと解説を含めるようにしていますが、
まだ試行錯誤の段階です。


Mau: これからも一瞬一瞬試行錯誤をするしかないみたいですよ~(涙)。

Chie: 指導者は常に課題山積みですね〜。まうさんはマインドマップについて以前から取り組んでいたみたいですが、どのようなきっかけで知りましたか?

Mau: なんだったかな~?本でも、情報でも雑食なのでとりあえず頭に入れておくのですが・・・すぐに忘れてしまいます・・・。
「こ、これは!」と思うものにはすぐに飛びつくのですが。

マインドマップは本を読んで半分理解をしたような気持ちになったまま、心の「保留ボックス」にぽいっと放り投げてありました。
今回は別のことについて調べていて、体験会のお知らせを知りました。本当は全3回のうち、1回のみの参加でお願いをしていましたが、事務局の方から「ぜひ2回目と3回目も!」というお話をいただいて、続けて勉強をさせていただくことにしました。さくほどのお話のように私も課題は山積みですが、本で学ぶことよりも、人に直接教えてもらうほうが、何倍も理解できるし、面白いものだと実感できました。

ちえさんは、どのような学びのスタイルが自分に合っていると思われますか?

Chie: 私も忘れっぽいですが、学習できたら身に付きますよね〜と信じたいところです(^^
学びのスタイルについて、人との対話が大きいかもしれないです(コミュニケーションが成り立つという条件の下)。人と対話するとき、物事の説明ができないようでは、理解していないのと同義であると私は思っています。

科学的に証明できない現状は別です、例えば宇宙人を見かけて不思議な気持ちになった、ということもあっていいです。

これとは別の話になりますが、「理解」は「他人に説明ができる言葉を持っている」のと同じ意味であると考えています。

人と話をすることによって「もしかしたらこういうことかも?」と思うことがありますが、これは理論と経験が結びついた瞬間だと思います。

理論と実践のサイクルでしょうか。先輩から教わりました。

インプットといえば、本と実体験(経験)。指導も、経験に含まれますね。


Mau: 同感です。あはは宇宙人!!・・・ぜひ出会ってみたいですね~♪

同じものを見ても、同じ場所にいても、それぞれ感じることはあくまでも個人的なその人独自のものであるということを改めてちえさんから教えていただいた気がします。

嬉しいことも、悲しいことも、いろんな人と経験を共有してその人の見え方を知っていきたいです。

マインドマップに関してはどうやら書き続けることしか道はないようですがら・・・毎日なるべくその時間を作りたいです。何よりも楽しい!ですよね。中央に書く絵が上達してきたような気がします。

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Mau/mindmap(画像をクリックすると大きくなります)

Chie: 中央に書く絵が上達?すごいですね!私は文字がきれいになりました(笑)
ブログにマインドマップをアップしてみると・・・


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Chie/mindmap(画像をクリックすると大きくなります)

Mau: 確かに、一人で書くときはゆっくりと考えながらですから、文字も絵も丁寧になっていきますね。
新しい瞑想スタイルのように思えてきました。できあがると達成感もありますし。

Chie: なかなか触れることができなかったマインドマップ、とても身近に感じられるようになりましたね。
体験会に参加して本当に良かったです♪講師の方に感謝です。
みなさんも良かったらマインドマップを試してみませんか?


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# by machi-life | 2009-07-17 23:59 | mau+chie life

第21回(2009.7.10)  "アメリカと留学の巻"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: 今日は暑かったですね。

Chie:暑かったですね〜 頭がぼーっとして、仕方なく昼寝をしたら、その後は頭が回るようになりました。まうさんはいかがでしたか?

Mau: 今朝、我が家にホームステイをしていたアメリカの男の子たちを見送ったら、安堵感と寂しさが入り混じった気持ちになってぐったりしていましたが、お昼寝をしたらすっきりしました。

アメリカの少年合唱団来日について

Chie:音楽隊でしたね。土曜日にりゅーとぴあへ行ったのですが、チラシだったか、そのような情報がありました。

Mau: そうなんです、フェニックス少年合唱団(Phoenix Boys Choir) というアメリカ最大規模の少年合唱団員が今回ジャパンツアーのため来日しています。現在も東京や神奈川県の会場で公演を行っています。

Chie:まだ若い少年たちでしたよね。

Mau: ええ、奇しくも私が23歳~25歳の時に留学をしていたアリゾナ州からの11歳~14歳の少年たちでした。来日する前から不思議なご縁を感じていましたが、彼らと実際に会って、ハグをしたら、アリゾナの壮大な風景を思い出して懐かしい気持ちでいっぱいになりました。

Chie:アリゾナの空気が感じられましたか?

Mau: びりびりと感じました。4泊5日を一緒に過ごしましたが、彼らの話の中に出てくる地名や地域の大部分が訪れたことのある場所でしたので、お互いに親しみを最初から持つことができました。その土地の空気や匂いというものは身体にしみ込んで、いつもは影を潜めているけれど、ふとした瞬間にパアッと出てきてより繊細な部分での感情を呼び起こしてくれます。

Chie:共通点があるからこそ、話の中身も深まるし、その場にいた経験を分かち合う関係だからこそですね。会話はもちろん、英語でしたか?

Mau: そうですね、会話は全て英語でした。彼ら専属の看護士の女性が付き添ってこられていましたが、彼女は片言ですがスペイン語もお話されていました。
近年アメリカにはスペイン語を母国語とする人たちが増加しているので、特に人種、国、性別等に関わらず皆が必要とする医療の場面では用意された通訳がいつも一緒にいるわけではないので、看護師や医者もスペイン語を習得する需要を感じていると話されていました。

今回来日している少年たちは、ちょうど子供と大人の真ん中を右に左に揺れ動いている時期ですから、大人の会話が成立するようなこともあれば、お散歩中には現実の話かと思って真剣に耳を傾けていたら、実は彼の空想ストーリーだったりもして・・・子供らしい脈絡のない会話も面白かったですね。

日本に居ても同じことですが、こういうときはいちいち単語に気を留めて話を聞くのではなく、この人は今私にどんな気持ちを伝えようとしているのかな?と考えるようにしています。
相手も私もリラックスをして、体全体でふわふわっと受け止めて聴くという感じでしょうか。
細かい聞き落としや言葉の足りなさは相手の表情や想像で補うこともできますが、それを大きく超えた予想外の展開があった時もお互いに目をまんまるくして状況を面白がることができたと思います。

Chie:手話を使うろう者たちと接する度に、手話の需要を感じる人が出てくるのと同じですね。
単語1つ1つにこだわっていたら、24時間も身体持たなくなりますし、脈絡を受け止める(メッセージを受け止める)楽しみも変わってきますよね。
結論がどうなろうと、最終的には「おもしろかった」と思える話ができるっていいですね。


Mau: 同感です。
出会う前に想像していた少年たちが、実際に出会うと少し形を変えて、何日か過ごすうちにまた形を変えていく・・・5日間向き合ってみても、お互いに見えたのは断面的なものでしかないわけですが、こういう「もの足りなさ」を残して終わることも、次のステップへの原動力になることもよくありますから、彼らはもちろん、そして受け入れをさせていただいた日本のホストファミリーも今回のことをきっかけにまた予想もしない形で未来につながっていけたらなと思います。これからが楽しみです。

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*日本といえば寿司? (2009年3月 デンマーク・コペンハーゲン空港にて)*

アメリカの少年との会話から

Chie:アリゾナの空気を吸っていたら、アメリカに行きたくなったとか、そういう気持ちは起きましたか?

Mau: 不思議とそういう気持ちは起こりませんでした。もっと一緒に居て、同じものを食べながら、見ながら、体験しながら時間を過ごせる未来が来るといいなあ・・・と考えていました。
彼らの日本を見る目がとても新鮮だったから、私も改めて日本に居ながら彼らの目線でいることができました。国内に居て海外を感じる面白い体験でしたね。

Chie: 同じ目線で、今を生きるということですね。国内に居て海外を感じる、これが異文化交流の魅力ですね。
例えばどういう体験が一番面白かったでしょうか?


Mau: そうですね。なかなかこれっ!という派手なエピソードはないのですが・・・。

我が家にはインド系のアメリカ人の少年たちがホームステイをしていたのですが、一人は好奇心がものすごく旺盛で何にでも興味を持って質問を投げかけてくるタイプでした。
もう一人はいつも静かにしていて、澄ました感じに見えました。家にいる時は私たちの話を黙って聞いているか、彼が普段から付けているという日記帳に長い時間をかけて何かを綴っているようでしたが、何を彼が感じているのかは話からはなかなか見えてこなかったんです。

あるイベントからの帰りの車中、いつもおしゃべりな男の子は眠っていました。
そのときにあまり自分の気持ちを話さない彼が、「僕はその土地に行って、いろんな風景を眺めながら、ここに大昔はどんな人が何を考え、何をしながら住んでいたのか想像してみるのが好きなんです」、と話してくれました。

6歳から合唱団に入り、さまざまな場所を訪れ歌う彼の内側に大きく広がる世界を少し見ることができました。

もっといろいろな面を見たかったなあ。 I miss them .... 少しほっとしている反面、ああ彼らがここにもう居ないのが寂しい。
今はそんな相反した気持ちです。

Chie:すてきな経験をされたのですね!!うらやましい限りです。

Mau: ありがとうございます。一人の人間として、対等に付き合えたと思います。

Chie:異文化交流は本当にいろいろな発見があります。

Mau: そう思います。
特に彼らの場合、ツアーはお仕事ではありませんが、選ばれたメンバーとして日本国内のツアーを成功させることを目的に来日しています。
そういう意味ではプロフェッショナルですから、年齢に関係なく、彼らが目的を気持ちよくやるべきことをできるように考えてこちらもお迎えしました。

彼らも自分たちが来日している第一の目的は意識をして行動しているようでした。
大人の方々は、指揮者、ツアーコーディネーター、伴奏者、看護士と来ていらっしゃった他に、中間的な立場として昔は少年団員だったOBが同行していました。
よほどのことがない限り、指揮者やコーディネーターが演奏の場以外で少年たちを注意することはなく、そういったことはOBに任せていました。
日本なら思わず口出しをしてしまいそうでしたが、みなさん適材適所で待機をしていて他の人の役割を奪うことなくそこにいるという態度を取っていました。
とても気持ちの良いお互いを尊重しあうスタイルだと思います。

少年たちも今自分たちがここですべきこと、そしてあまり好ましくないこと、言いにくいことに対しても黙っているのではなくきちんと言葉にして説明をしてくれました。
小さい時から、きちんと自分で考えて育ったのだろうなと想像しました。迎える私たちも、曖昧にしたりするのではなく、きちんと分かってもらえるように説明をしたつもりです。

Chie:それを直接言葉にできることは、一見普通かもしれないけど大切なこと。役割分担ができている周りの人たち、そして、少年でそれができるって良い環境で育ったと伝わってきます。
自分で考える、それって本当に大切だとものすごく実感しています。

Mau: そうですね、自分もきちんとそれを主張をして話をして、受け入れてもらえるなら貫くけれど、もし拒否されて、自分もその理由を受け入れることができたら、ちゃんと気持ちを切り替えられる人たちでした。
やってみて(言ってみて)だめなら、諦めるけれど、それをしないで諦めるという生活を送っていないから、気持ちよく生きられるのでしょうね。そしてみんながそうやってバランスを取りながら生きていられるって気持ちがいいですね。
受け入れたり、受け入れられたり・・・そういえばこういうことをアメリカで学んだのだと思い出しました。

異国の地での留学について

Mau:ちえさんは留学してみようと考えたことはありますか?あるとしたらいつ頃ですか?

Chie:漠然ですが、留学してみようと考えたことはありました。大学2年の時、ダスキン障害者リーダー育成事業でグループの研修旅行を計画しました。そのときに渡航先がアメリカでした。
ニューヨーク州、カリフォルニア州それぞれに五日間滞在。
このときが初の海外旅行だったこともあり、「もっと海外の事を知りたい」という気持ちが帰国後も残っていました。

もともと異文化交流は、親戚の中にブラジル人が居たこと、兄が語学を学んでいたことから興味を持っていたことから、
異国に身を移すことで得られるものは絶対にあると感じていました。

実は大学時代の同期が留学生としてもうすぐアメリカに出発します。
まうさんのように、異国で感じ取る体験は後の人生に活きるので留学してみたいなという漠然とした憧れは今でもありますね。

1つ不思議なエピソードがあるのですが、アメリカで出会った日本の留学生がなんと新潟県民でした!


Mau: 新潟県民ですか。おお、新潟とのご縁はその時から続いていたんですね!
アメリカでの滞在はホームステイですか?

Chie:滞在中は研修中ということもあり、ホテル暮らしでした。ここでの経験も良い経験になりました。
ホテルのフロントを15歳くらいの少年がやっていたことにカルチャーショックを受けました。
日本のビジネスホテルといえば、大人がやる仕事。それを覆されたというか、
日本での視点が違うと体感しました。今でも、忘れられないです。
まうさん、留学という行動に移したきっかけは何でしょうか?


留学を決意したきっかけ

Mau: 初めてのホームステイ体験は高校2年生でしたが、そのときに味わった「伝えたいことを伝えられない悔しさ」が、後に留学を目指すことになったきっかけです。

Chie:そういう体験が基になったんですね。

Mau: ホストファミリーも素晴らしい人たちだったので、一気にアメリカが好きになっちゃいましたね。単純です。
最初は身振り手振りでどうにかなりましたが、内容がこみいってくると途端にだめですね、伝わりませんでした(泣)。

Chie:コミュニケーションはジェスチャーだけでは伝わりきれない物がありますね。私はその前に、アメリカから帰って家族や周囲に「留学する!」と宣言したものの、現実の壁に突き当たってしまいました。

Mau: 現実に戻ってきて、留学熱は冷めてしまいましたか?

Chie:留学する目的が何なのか?自分の中で定まっていなかったんですね。同時に、他の国も見てみたいという想いがありました。
アメリカはアメリカ。その頃に、ベトナムというキーワードが学内で出てくるようになり、アジア方面に関心を持ちました。そして、 実際に行ってみました。

留学してどうするのか、実際に留学してその後はどうするのかという計画性がゼロだったの
で家族はものすごく心配したのだと思います。それに、先輩たちが何人か留学しているのを見ていたこともあって慎重になっていました。


Mau: なるほど・・・今回留学をされる同期のお友達はろうの方ですか?

Chie: ろう者です。今はアメリカ手話と英語の勉強に励んでいるみたいです。

Mau: 楽しみですね!ちえさんも遊びに行けるといいですね。

Chie: そうですね、アメリカには知り合いが数人留学しているので行けたら会いたいですね。

留学への憧れについて

Chie:今年の冬にフィンランド、スウェーデン、ドイツへ行ったときも、やはり、「そこへ滞在して、学びたい」という想いは出てきました。
でも、まずは国内で地域でできるようにならないと!という気持ちでしたので、今回は留学について全然考えなかったですね。

憧れは憧れということでそのまま帰ってきました(笑)


Mau: 私も今は同じ気持ちです。今居る場所でしたいこと、しなければいけないことが山積みなので、それを一つ一つ着実に楽しみながらやっていけるかが今の私の課題でありしたいことです。ぶれないことで初めて見つけることのできるものがあるのだと少年たちからも改めて教えてもらった気がしています。

Chie:何をしたいのかを探しに行くことも、留学することへの1つの道ですが、その前に自分の中での芯みたいなものが固まっているかどうかです。
それがない限り、どこへ行っても迷い続けると思います。人生は迷いの連続かもしれないですけど、判断するための基準が自分の中にあるかないかだけでも違ってくると思います。

新潟でやることがあるので北欧から帰るときはには後ろ髪を引かれる想いでした。でも日本に帰ったらすぐに「新潟でやるぞ」という気持ちになりました。
1つ1つ片付けながら、楽しみながら着実に前を進んで行きたいですね。


Mau: 仕事+遊びを兼ねていつか海外にも一緒に行けるといいですね!

Chie: そうですね。温泉にでも行きたいですね〜。

Mau: そうでした、三条の温泉でしたね!電車での旅の提案も嬉しかったです。
電車での旅も久しぶりなのでとても楽しみです。

Chie: 電車の旅!きっと楽しいですよ♪

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

異国の地に想いを馳せた二人、今回は留学がテーマでした。
皆様の留学体験、異文化交流体験のお話を聞いてみたいです!ぜひコメントにてお聞かせください♪



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# by machi-life | 2009-07-10 00:29 | mau+chie life

第20回 (2009.7.03) “ ろう者の大学生活 ”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

聴こえない人にとって・手話によるコミュニケーション・音声言語によるコミュニケーション

Chie:聴こえない人は手話によるコミュニケーションは可能であっても、音声日本語による会話ができないこと(書き言葉でも文章力がないことによって十分な意思疎通が困難)によって仕事ができないと思われるケースをよく聞きます。

例えば、仕事中に聴こえる人たちが声だけで会話をしたとき、仕事に関する情報があったとします。でも聴こえない人はその会話の中身が分からないだけでなく、会話していること自体気がつかないときもあります。

そこでいつの間にか、話が決まっていたら聴こえない人の立場はなくなりますよね。

そういった現状を聞いたことはありますし、聾学校の同級生も「日本語がうまく書けないから誤解されてしまう」と悩んでいました。

聴こえない私は小説やエッセイ、雑誌等を読み、インターネット、新聞で日本語に触れていますが、自分の言葉として意思表示ができる言葉が見つからないときもあります。


(前回19回のブログ参照新聞にある聴覚障害者の誤用例文、 「作成した 直る お願いします」。

手話の単語だけを見たら語順の間違いはないです。だからといって手話に助詞の役割がないのかといったら、間違いです。

手の動き以外に、動いている部分が助詞の役割を果たしています。表情ではなく、手話は空間と顔の動かし方、手話言語学でいえば、非手指動作を使って区別しています。


日本語は助詞を使って区別しますね。

・ 彼は彼女に渡した。

・ 彼に彼女が本を渡した。

・ 彼が彼女に本を渡した。

手話なら空間の使用によって意味が変わってきます。


Mau:日本語と手話。改めて別の言語であることがわかりましたが、手話と日本語が入り混じって頭の中は忙しそうですね。

Chie:手話だったら表せる、でも日本語だと自分の頭の中には言葉がない、という人もいます。

例えば、「あの人とは仕事はできるけど、プライベートではあまり話したくないかな。嫌いってわけではないけど。」ということについて、手話でしたら非手指動作(手と指以外の動き)等の文法で、ニュアンスが伝わります。

しかし、「〜わけではない」、「〜かな」という微妙な意思表示について表現できる日本語を持ち合わせていない時、「嫌い」の単語だけで終わるときがあります。本人はそこまで「嫌い」というつもりではなくても、その気持ちにフィットする単語が見つからない故、1つだけになってしまう。
 

同級生の中に、明るくていつも元気な彼女がいました、でも会社に入ってからは「昼休みは毎日一人で食べている」と聞きました。

理由を聞いてみると、聴こえる人ばかりだからどうやって話せば良いのか分からないとのこと。

周りの人から見れば、一人で食べている様子からにして、あの人は心が狭いとか、つまらないとか誤解しやすくなりますね。

手話があるから、自分の言いたいことが言える。日本語ができなくて困っているアメリカ人が、同じアメリカ人とバッタリ会って英語でしゃべるのと同じだと思います。


日本語の概念について

Chie: 聾学校の教育方法は口の形を見ることから始めます。

話されていることは分からないですが、口の形は少しずつ分かります(それでも分からない人もいますが)。

しかし一方で、口の形に集中するため、概念が育たなくなります。


読み取れたのは良いけど、そこから日本語として意味を理解する作業に入らないとついていけなくなりますね。 概念は、私にとってはすごく曖昧だったように思います。
家に帰って母に「これはどういう意味(の言葉)?」と聞いていたように思います。

コミュニケーションはできても、日本語の文章が書けない同級生がいました。
卒業文集を作るときに、彼が手話でやっていたのを読み取って、私が日本語に変えて書きました(何度も、私が書いた日本語を手話に変えて彼に確認していました。「違う!」とはっきり言ってくれたので、助かっていました。)


漢字の概念も同じで、漫画の中に 「敵」という言葉が出てきたのですが、意味がつかめなかったんですね。絵を見ても、どういうこと?とチンプンカンプンです。
絵だけでは自信がなかったのです。「あまり仲が良くないという意味なのかしら?」という程度でした。

中学2年生か3年生の頃、映画を見て「敵」の意味が分かりました。
「あ!この人とあの人は敵なのだ!」と映像を通して理解できました。

例えば 「おす」にしても、いろいろな意味がありますね。はんこを押す。ドアを押すとか。
文字を見るだけしか情報が入らないとしたら、知っている単度だけの範囲になりますね。手話による解説があるとと「おす」はどの「おす」か、理解ができます。文字を見て、すぐに手話と結びつけるためには、文字を見るだけでは難しいと思います。


もし小さいときに日本語を覚える前に手話を覚えたていたら日本語はどうなっていたかは、想像ができないですね。 手話を先に覚えていたら、日本語の単語はもっとたくさんあったかもしれないですし、その辺りは分からないです。

手話で概念を育てた後、日本語の概念を身につけることはたぶんできると思うのですが、具体的にどうやって?といった方法はまだ分からないです。聾学校の先生の中には答えを持っている人もいると思います。


手話は介護? 
Mau:ブログをたくさんの人に見ていただきたいという気持ちで、現在このサイトは「生涯教育」と「手話・点字」というブログランキングに登録しています。
そのサイトでは、「手話」は、「介護」のひとつとして位置づけされていて、Chieさんたちが現在「手話を言語」として認識してもらおうと奮闘しているのに対して、「手話=介護」という現状の認識に現実と目標の壁を感じました。

Chie: 手話は聴こえない人が使うもの。だから聴こえないことは障害者であるということ。
民族の少数派とかではなく障害者 障害者=かわいそう 障害者=助けないと!という存在です。



日本の福祉大学の現状「聴覚障害学生支援」とは?
Chie:全国的に見て、私が在籍していた大学はノートテイクという聴覚障害学生支援が活発でした。
先生が話している内容をルーズリーフに、例えば「こんにちは、今日は天気がいいですね!」と書きます。
たまたま、人材不足により、同じ講義を受けている学生に頼まざるを得なかったのですが、書いてもらっていました。

聴こえないことによって授業の内容が理解できない時、聴覚障害学生に適切な支援を行うことが、現段階の講義保障です。


Mau: この講義保障は、聴覚障害を持つ学生と所属する大学との取り決めなのでしょうか。
また、このサービスは大学が斡旋してくれるのでしょうか?それとも自分で探さなくてはいけませんか?

ボランティアをしている学生さん自身も、その講義を受講している方なのか、あくまでも「仕事」としてその時間はノートテークのために来られるのか教えていただけますか(実際のところは後者でないと難しそうですが)。

Chie: ほとんど、大学の中で決められていきますが、現場は学生任せが目立ちます。
分かりやすい授業は、聴こえる人の為にもなると思うのですが。。。

福祉大学はボランティアをしている学生に対してあまり適切な整備があるとは言えません。というのは、講義のノートテイク担当が、ほとんどその受講生なのです(現在は変わったかもしれないですが、私が在籍していたころはそうでした)。

ですから、ノートテイクをしていただいた紙はノートテイクをした学生の学習保障として後からコピーを渡していました。

しかし、この体制は本来は望ましくないことです。なぜなら、同じ講義を受けている学生がノートテイクをすることは、学ぶ権利がなくなるのと同じです。人材不足のためそうならざるを得ないといった状況です。


この大学は昔から障害学生を受け入れていました。そういった歴史から、私が入学した頃は1年生から4年生まで、50名の聴覚障害学生がいました。この在籍率は日本一です。

しかし、日本一だからこそ、問題もあります。
基本的に、講義1コマつきノートテイクが必要であれば、最低2名の支援学生が必要です。

もし一週間に10コマ受けるとしたら、20名必要になりますね。それをもし、自分で探してコーディネートするとしたら、可能な数字なのでしょうか。

幸い、私の大学は障害学生支援センターがあり、相談に応じてくださるスタッフもいましたので何とか間に合っていました。


Mau:先生はろう者や難聴者がいる授業の時は普段よりゆっくりしゃべってくれますか?

Chie:ほとんどはそこまでの配慮は難しいですね。ノートテイクがあるから安心という方もいれば、もともと話をゆっくり90分間話すことは難しいことということで、スタイルを変えない先生もいらっしゃいます。

Mau:お話をお聞きしていると、ろうや難聴の学生が大学で自力で授業を受けることは難しそうです。

誰かに助けてもらう状況は卒業まで続きそうです。こういった現状は、大学からの未来を見据えた優しさなのでしょうか?

Chie:これについては微妙なところですね。社会の厳しさを大学時代に慣れさせることが目的であっても、実際には同じ仲間たちが集うことによってアイデンティティを確立、精神的な自立を目指している場になっています。

大学から学生への奨励金はありますが、1年間に多く活動しても、2〜4万円しかもらえない状態です(最近の動向は分かりませんが)。一方、聴覚障害学生でありながら、聴こえないことを隠す人もいました。支援を受けたくない人が半分くらいいましたね。

理由としては、恥ずかしい、特別扱いされたくないという想いや、聴こえないことについてあまり深く考えていなかったり、分からないことが分からなくて当たり前だったりします。


そんな中で、大学生活を通して変化していった友人もいました。
高校生活までずっと、わからないことが分からなくて当たり前でした。でも手話を覚えた今は自分に自信が出た、と語る友人が何人かいました。

そういう意味で、福祉大学はボランティア精神が強い分、聴覚障害学生がどこまで自立できるかが問われる場かもしれないです。厳しいかもしれないですね。


ボランティア精神が強いと、力関係が生じます。
助けてあげるよ 助けてもらうといった力関係です。


Chie: 例えばノートテイクの字が汚いからもっときれいに書いてほしいと要望したくても、助けてもらっている立場であることから、遠慮していました。

「お金払ってもらっているから、仕事だよ」という想いと「でも奨励金が少ないから悪いかな」という意見がぶつかりやすいです。

要望するともうかしたらもう支援をしてくれないかもしれない・・・と思って言えなかった。障害を持つ人のほとんどが思っていると思います。


Mau:ああ・・・。そうならざるを得ない状況ですね。

Chie:支援者が少ないからお願いする立場 やってもらうしかない どうしようもない状態でした(二年生のときに手話の勉強をきちんと始めました)。

先生の口が読めない 速い 見ているけど疲れる みんなが面白くて笑っていても何が面白いのか分からない 手話ができる学生には後で教えてもらっていました。講義中にビデオを使うこともありました。真っ暗でノートテイクが見えないことも!(笑)


Mau:うっ・・・先生、それはひどい~。Chieさん絶体絶命!

Chie:手話ができる友達に携帯の灯りを使っていました。

前に友達が「レポート書かなくてもいいよ」と言われたそうです、同じ学費を払っていますが、レポートを書く機会も与えられないことになりますね。

また、聾学校を卒業した後、体育系の大学を目指していた後輩が入学を拒否されたという話を聞いたことがあります。 今の時代で?とちょっと拍子抜けでしたが、それくらいまだまだ理解は広がっていないってことですね。


Mau:危ないから?

Chie:たとえば体育の時間に何かぶつかったりして誰も責任をもてないという理由からだそうです。

他にも、友達が別の大学に入りましたが、とても苦労していました。
大学は、「入ることは許可しますが、支援はしません」とし誓約書のようなものを書かされたとか。
そのあと、友達はたまたま手話を覚えたい同期と出会いました。そこからノートテイクと手話通訳を使いながら講義を受けていたそうです。


Mau:そこまでしてくれる友達にちょうど良いタイミングで出会えた彼、彼の友達も幸運な人たちに思えます。
きっとお互いにとって魅力的であり必要な存在だったのでしょうね。

Chie:彼は両親共に聴こえないデフファミリーで育ちましたが、大学に入ってカルチャーショックを受けていました。 その人と出会った、聴こえる人は手話を覚えたあと、今はボランティアセンターの職員として働いています。

Mau:その方にとっては、まさに人生を決定する出会い。お会いしてお話を聞いてみたくなります。
ちえさんご自身も聴こえる学生には想像のできない悩みを抱え、考えながらその時々の答えを導いてきたのだと思います。

現在手話講師として人生を切り開いて生きているちえさんだからこそ、「今」同じような葛藤の中で学び、試行錯誤をしている若いろうや難聴の学生たちに、言えること、できること、それに対する選択肢、そして可能性が見えてきた気がします。

Chie:ありがとうございます。まだ今でも試行錯誤の連続ですが、聴こえる人たちとの関わり、まうさんとの関わりも含めてすべてが新鮮です。今まで知らなかったことを知れたり、逆にこっちが勉強になることもあります。

大学のとき、入って3日で辞めたいと思ったことがありました。
聴こえる人たちの世界を知って苦しくなって「(聴こえない世界と)どっちに行こうかな」とは思っていました。

でも、今の私にとっては、聴こえない世界も聴こえる世界も知っていけたらいいなと思っています。
聴こえない世界は友達との話が楽しいけれど、面白くないというか何かが足りなく感じていました。

聴こえる世界は、難しいけれど言葉がたくさん、日本語を知る機会になっている、と。
それに、手話や日本語を通して人付き合いや物の受け止め方、視点、感覚、感触を知ることができるようになりました。
多様な価値観を知る機会が広がりますね。時にはグサッと刺さることもありますが、これも試練です。

一番いいのは、手話ができて聞こえる人たちからいろいろな視点、価値観について話し合えること。
そういった信頼関係を築いていきながら、お互いが手話を通して、仕事も一緒にできたら最高です。

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# by machi-life | 2009-07-03 10:18 | mau+chie life

第19回 (2009.6.26) “ 聞きにくいは、書きにくい? ”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie

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今回は2009年5月20日(火)に、東京新聞に掲載された、聴覚障害者に文章講座 『書く』も困難 「聞きにくい」が影響 という記事の内容から話を始めたいと思います。

誌面に登場する鈴木隆子さんは、「手話通訳技能認定試験」と呼ばれる厚生労働大臣公認の公的資格試験に合格をし、聴力障害者情報文化センターに登録することで資格を得る「手話通訳士」としてご活躍中です。

手話通訳士のお仕事が分かる 鈴木隆子さんのブログ →  "手話通訳.com"
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2009年5月20日(火)「東京新聞」より (画像をクリックすると大きくなります)

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Chie: 新聞記事の内容について、まうさんはどのような印象をお持ちになりましたか?

Mau: 純粋になるほど・・という印象を最初は持ちました。
言葉は、実際に会話の中で使ってみて(練習をしながら)意味合いを確認したり、定着をさせていくことがほとんどではないかと考えています。
聞いたり話したりという他者との練習が不足しがちなろうの人たちにとっては、聴こえる人たちがある程度自然に身に付けてきていることも、「勉強」をしていかなければいけないのだろうな、と想像しています。

Chie: ありがとうございます。
新聞記事の受け止め方は人それぞれですが、聴こえる人から見て、こういった日本語の使い方についてどのように受け止めているのか聞いてみたかったです。
耳で聞く言葉がほとんど少ないため、オノマトペ(擬態語、擬音語)も含めて、文字による情報が必要になります。

最近は、大学に進学するろう者が増えている(少子化による大学の門戸を広げる背景もありますが、ここでは敢えて触れないとします)ので、ろう者でも日本語ができると思われているかもしれないです。

でも、レポートを書く度に聴こえる友人の力を借りながら無事に卒業にいたった努力家の友人もいました。
その人は人間的にとても魅力のある方ですが、日本語による表現が苦手と言っていました。
もし、その友人が書いた日本語を読んで、その人の能力を全て判断していたら、魅力的なところも気がつけなくなる可能性については、新聞記事の内容でも同じことが書かれていますね。

それくらい、ろう者にとっての日本語は、日本に住んでいる以上、手話と同じように切っても切れない言語だと私は思います。

日常生活の会話として、口話や手話による会話はスムーズにできている人が、実際に文章を書くとなると頭を抱えてしまいます。手話と日本語の文法が異なるからですね。
外国人が日本語の壁にぶつかってしまうのと同じだと思います。

書き言葉による日本語は苦手なのに、手話での日常会話はできているから「一体なぜなんだ?」という疑問は、聾学校時代からずっと持っていました。
1つだけ分かったことは、日本語の使い方について知る機会がなかったこと。
適切な教育を受けていればある程度の書き言葉は習得できると思います。

現代では、携帯電話によるメールを通して、話し言葉を知ることができます。
高校時代に関西弁を使う人とメールをしていました、そのときに「〜やねん」が携帯画面に出てきたときは、「こうやって使うんだ〜」と感動しました。

文字として日本語に触れる機会が増えてきたことから、年配の方と比べれば、若いろう者の方が知っている日本語は多いのかもしれません。
それでも、手話と日本語は使い方が異なる言葉であることから、助詞や動詞の活用等の違いは起こりやすい。きちんとした書き言葉が書けるようにするために、教育現場に立っている方々や関係者たちは試行錯誤しながら毎年研究を続けていらっしゃいます。

まうさんは一般的に、日本語が苦手、と言われてピンと来ますか?(もしそうだとしたら)どんな風に苦手だと思いますか?助詞レベルや、語彙の数が少ないとか。


Mau: そうですね。助詞、いわゆる「てにをは」、などは日本語を習得しようとする外国人にとっても難しいと聞きますし、聴者でも間違えることはあります。
ただ、新聞にあったような「作成した文を 直る お願いします」というような文章は、聴者ではまずありえない間違いです。ただし、コミュニケーションとしての日本語、ビジネスマンとしての日本語能力・・・は別に考えていく必要がありそうですね。

Chie: ありがとうございます。新聞にあったような文章を見て、意図は大体理解できますか?

Mau: 意図を掴むことは可能ですが、想像力を要します。このままでは、ビジネスではまず通用しませんよね。日本語だけではありませんが、ほとんどの言語は、「はなしことば」「かきことば」がありますよね。
会話のなかであれば、この文章でもやっていけるでしょうが、書く文であるなら、かなり無理があります。

Chie: そうですね。仕事ができないと判断される可能性もありますね。
手話の単語の順番がそのまま日本語に出ていますね(助詞の役割は、手話では、手以外の動きにあります)。

社会で働くろう者にとっての痛いところはここですね。ろう学校で日本語をきちんと習得できる教育プログラムができていたら解決できたかもしれないです。


Mau: ろう学校では、「日本語」をどのように教わるのですか?

Chie: 私が受けた教育の範囲でお話しします。

幼稚園時代は、親が書いた絵日記を音読しました。
きれいに発音できるかどうかのチェックと、日本語の文章を文字に沿って発声できているかのチェックでした(もちろん、意味を完全に理解して発声したわけでではなく、「意味は分からないけど、書いてある文字を読めばいいや」という風に機械的に読んでいました)。

小学時代からは、発音の練習と国語の教科書を音読。声は全く聴こえないですが、みんな声を出していました。発声と読み方のチェックができるのは先生だけですね。(不思議な光景!?)


Mau: 音読が中心なのですね。
ろう学校での日本語教育プログラムで足りなかったものとはどんなものだと思われますか?

もし、ちえさんが、いまのろう学校で日本語の授業を受持つとしたら、どのような授業にしたいと思いますか?

Chie:授業を受けた立場から言うと、手話、絵、映像による視覚的情報を使った解説がもっとあったら良かったと思います。
具体的な方法について、現場の先生たちが試行錯誤しながら研究しているので、一度お話を伺ってみたいですよね。


Mau: 作文などはありませんでしたか?あるいは、読書感想文とか。

Chie: ありました。でもあまり意味はなかったかもしれないです。同級生も提出していましたが、結局、文章力は上がらないままでした。

Mau: わたしも読書感想文は嫌いでした(^_^;

Chie: 私も嫌いでした。意味が分からない文章を書くような感覚でした。

Mau: なるほど。
自分で書いている文章の意味がわからない、つまり、なにを書いているのか分からない、ということでしょうか・・・何が分からないのか分からない状況に陥ってしまいそうです。
わたしは、読書感想文は嫌いでしたが、読書そのものは好きでした。また、良い文章を書けるようになりたいと思っていました。そこで、好きな作家の文章をただただ写したりしました。写経みたいに。

わたしがこのようなことを始めたのは、書くことが苦手だっただからだと思います。でも書くことは好きだったので苦手だけれども、上手になりたい、と自分のできそうなことから試してみました。以前のブログでちえさんも好きな映画を暗記して、家族の前で暗唱する練習をしたと言われていましたが、それもちえさんが独自で苦手なところを克服しようと編み出したものではなかったのでしょうか。

Chie: 苦手なことを克服しようという意識はなかったですが、結果的にはそうでしたね。
写経みたいといえば、私も似た経験がありました。小学6年生の頃の感想文で、自分の話したい言葉が見つからなくて「私はおもしろいと思いました」としか書けなかったです。そのとき、母が訂正した文章をそのまま書き写していました。

それでもまだ概念がはっきりしていなかったことだけは覚えています。
まうさんと同様、苦手だけれども、上手になりたいという向上心があるから書けるんですよね。
高校時代からは新聞の投稿もあって、文章をもっと書けるようになりたいと思っていました。


Mau: 新聞の読者投稿コーナーのことでしょうか?!私にも夢中になって投稿した時期がありました。
自分の考え方を、全国の不特定多数の方々に向けて発信をし、紙面上で存在を認めていただき、(時には)コメントをいただく喜びを教えてくれたのは新聞でした。これも立派なコミュニケーション方法と呼べそうですね。

他者と関わりながら、生活をしていくことを決めたのであれば、置かれている状況に合った日本語力を求められることは、ろう者、難聴者、聴者に隔たりはなく当然のことだと思います。言葉の言い回しや使い方等はある程度は自然に覚えていくものですが、人によっては練習の機会や方法に選択肢が無い状況もありそうです。

それらを克服するために、一人ひとりに合った学びは必要不可欠ですね。
特に小さいときは、学校や親に頼るしかない状況です。そうするとちえさんが言われているように、学校(特にろう学校?)での日本語教育は、試行錯誤の段階と言いつつも、それぞれの状況に合わせた日本語教育方法に真剣に取り組み、話し合われていくべきことのようですね(聴こえる学校も試行錯誤中ですが)。

ある程度大きく成長をしたら?
「学校が・・・」「親が・・・」と言っているよりも、自分に何が不足しているのか考えて、頭と身体を動かして、こちらから立ち向かうべき対象、目的とする物事に向かっていく方がよっぽど面白い経験ができると私は信じています。

「いかに学ぶのか」は大人になってからもどこまでもずっと・・・続いていきますね。
学び合う者同士、「◎◎を学びたいから教えて下さい!協力してください!」と情熱を持って懇願されたら、、断ることの方が難しそうです。
一生懸命な大人の人間関係は、学校で学ばなくなった今もさまざまなことを教えてくれます。そこから更に教科書には書かれていない日本語力が培われていることは間違いありません。

Chie:他者と関わる上で、言葉は不可欠ですね。不思議なことに、言葉があってもすれ違いや誤解は起きる。でもそれを直すのも、また、言葉。

ボディタッチもコミュニケーションスキルの1つで、言葉とボディタッチの両方がうまくかみ合ったらもっと素敵だと思います。
学校で一人一人合わせることはなかなか難しいことですが、そういった環境を通って社会に出て、手話を通して聴こえる人たちとの交流が増えていくと自然に日本語を知ることにつながると思います。

今、こうしてまうさんと話をしていることもその1つであり、私にとって日本語で考える、日本語を使う機会になっています。

手話という、お互いの意思疎通が可能な言葉を使うことにより、ろう者にとって日本語を知る機会が拡大していく。また、聴こえる人たちも手話を通してコミュニケーションスキルをアップしていくことで良好な人間関係を築いていける。お互いに学び合うことによって、社会を生きる力として養えますね。


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# by machi-life | 2009-06-26 22:46 | mau+chie life

第18回 (2009.6.19) “そこに存在するということ”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Mau: 今日は先回のブログを少し振り返ってお話を進められたらと思います。よろしくお願い致します。

Chie:よろしくお願いいたします。

Mau:過去にも、“気持ちだけが先走りをして、ちえさんと私二人きりが分かったつもりでお話を進めてしまった”とハッと後から思うことはありましたが、先回のブログは初めてブログに遊びに来て下さった方には少々展開が早くなりすぎたといいますか、深いところへ突然潜っていってしまったように感じた方もいらっしゃったようです。

いつの間にか、ブログも、5ヶ月目(!)に入り、さまざまなことをお話してきました。深い内容に突然どぼーんと飛び込んでしまったり脱線してしてしまうこともありましたね。

それは、流れとしては至極当然のことだと思いますが、お互いに意識をして丁寧に説明を加えていく必要もありそうです
ブログを読んでくださっている方にお願いします。「展開が早すぎる!」、「これはどういう意味?」など、どしどしコメント欄に書き込んで下さるようお願い致します。

Chie: 確かに読み返してみると、これから読む方にとっては「え?話の流れが見えない」と想像ができないところにいっちゃっているかもしれないです。
でも、これは説明を加えれば解決できることと思いますが、「分からない!」という方がいましたら、ぜひコメントをいただけると私もうれしいです。


Mau:先回のお話の中で、ちえさんは、 「(ろう者の中には)“自分は困っていない”と言い聞かせることで生きていく人がいる」、と言われていました。
私自身、多分そうなのだろうなとは想像していましたが、はっきりと言葉にしていただくと、「ああそうなのか、そうだったのか」と改めて思い直しました。
たしかに、普段の生活の中では圧倒的な聴者のなかに、少数のろう者がいる、という場面がほとんどだと思います。気を使われるのもつらい、というのも本音なのだろうと思います。

これはあくまで聴者としての私個人の意見ですが、それでもやはり、聴者はこのような場合、ろう者の方々に対して気遣いをすることは、隣り合わせになった人に対する自然な心遣いだと思います。ちえさんと知り合って分かったことですが、具体的には、同時に意見を発しない、なるべく顔を上げて話す、などといったことでしょうか。

隣りにいる人にもその場所に心地良く居て欲しいと願うことは、たとえ聴者同士であっても普段無意識にも、意識をしても行っていることだと思います。ちえさんはどのように思われますか?

Chie: 「自分は困っていないと言い聞かせることで生きていく」ということにおいて、ろう者の方々に気を遣うのは良くないという意味ではなかったです。
その辺りについて、私の言葉の使い方が微妙だったと思います。お互いに聴こえないことについて知っていることが前提条件になっていればお互いに気持ちよく気をつかうことはとても重要で大切だと感じています。

一方で聴こえる人たちのグループの中に入っている時、聴者同士で討論が盛り上がっているときは、話が進んでいるのに止められない、楽しいという雰囲気を壊したくないという想いが出てきた後に、強がってしまいます。

強がらなくて良いのに、強がってしまいます。
「ろう者としてかわいそうと思われるのが嫌」という反抗心みたいなものが出てきて、本当は「ねぇねぇ、何の話?」と教えてもらいたいのですが、気をつかわれて特別扱いにされてしまっているのは嫌だなという葛藤が起きます。

でも、今は分からなかったら聞けば良いと少しずつ思うようにしています。


Mau: すみません、今のお話についてなのですが、ちえさんが言われているのは、聴こえる人たちが普通に話をしているときは、ちえさんも話をしている人たちの口を読んだりして、話に加わっていくことができるけれど、盛り上がってくると、ついつい興奮をして早口になってしまって、話の展開を見失ってしまうのだけれど、話の流れを止めたくないので、「ちょっと待って!」「もう一回言ってみて」と言えないということでしょうか?

Chie: もともと、口の動きを読み取るのは相当なエネルギーが要るので、元気なときなら何とかもちます(笑)。
メンバーにもよりますけど、もしまうさん以外で知らない聴こえる人たちがいっぱいいたときは言いにくいかもしれないですね。
でも最近ある人に言われてハッとしたのですが、存在感を示すことができたら状況はきっと変わるのだと思います。
もし私が「聴こえないわたし」としての存在感が周りの中にあったら自然に共通のコミュニケーション方法が見つかると思うのです。
例えば、オバマ大統領が私たちのグループの中に入ってきたらどうしますか?
オバマさんを無視して日本語で話し続けることはできるのでしょうか?
そんな風に考えてみていただけたらと思います。


Mau: なるほど・・・とても良く分かります。先日そういう話を私も友達としました!

Chie: ちょうど同じ時期だったんですね、これも何かのご縁でしょうか^^どんな展開になりましたか?

Mau: 時々、たくさんの人がいる空間にいて笑っていても、ひとりぼっちを感じることがあります。こんなに人がいるのに、自分が誰ともつながっていないと感じるなんて、おかしなことだと感じながら、自分自身がそこへ存在していることも忘れそうになります。

逆に、普段からの信頼関係があるという前提ですが、たくさん話をしなくても、そこに存在して、しゃべらなくてもただただそこで時間を一緒に過ごすことの気持ちよさを共有できる人はいる・・・それはどうことなんだろうね? かなり抽象論ですが、そんな内容だったかと思います。

Chie: 話の内容が分かるかどうかということだけではないんですね。その人たち同士の信頼関係も大きいのでしょうか?

Mau: 話の内容が分からなくても、居心地の良い空間はちょっとした心遣いで作れると思います。
もしかしたら、ちえさんが「特別な気遣い」と思ってらっしゃることも、ちえさんとお友達になりたい人たちにとってはちえさんに対する「愛のメッセージ」のようなものかもしれませんよ。

I care for you という言葉があります。「care」には、気にかける、心配する、気遣う、大切に思う、などの意味があります。
直訳すると「君のことを気遣っているよ、大切に感じているよ」となりますが、“I love you” という意味にも取れるように思いませんか。
ちえさんの通訳やサポートをして下さった方も、ちえさんを「気にかけて」「大切に思っていたから」「接点を持ちたかったから」支援を買ってでたのではないでしょうか。
直接言葉を交わさずとも、「あなたの存在を感じていますよ」というサインを送っていたのではと思うのです。 

Chie: 今までのことを振り返ってみると、聴こえる人たちとの付き合いが多かった学生時代はなかなか「愛のメッセージ」に気がつかなかったですね。
その頃の自分は聴こえる人たちの中に溶け込めない分、気をつかわせてしまっているのかと落ち込んでいました。


Mau: ちえさんの気持ちを全部理解することはできませんが、落ち込む気持ちも分かる気がします。
聴こえても、聴こえなくても、どんなに友達でも、家族でも・・・気を遣う、気持ちを配るというのは、お互いにしたりされたりしているのではないでしょうか。

私個人の話ではありますが、昔から大きなグループの中で、特に初対面の方々で集まってお話をするのは(実は)苦手です。どうも伝わる気がしないのです。きちんと近くにいる人のお話も聴きたいし、伝えたいと思うと私の場合は5、6人がベストナンバーかもしれません。

Chie: 存在感がそれぞれ薄くなってしまいそうな気がするからでしょうか。

Mau: うーん、存在感というよりも、それこそ気配り&目配りが安心してできる距離感というのでしょうか。
「ちゃんと話したい」んですね。せっかく時間を一緒に過ごすのであれば、何が起きた、起きているかという表面的なことよりも、お互いに、あることについてどのように考えているのかということを、きちんと語りあえる人数とでもいいましょうか。

でも、学生時代から20代の初めには、自分の心に嘘をついて、人に合わせたり、分かったふり、楽しいふりをしていました。今振り返ってみると、そんな自分も愛おしいですね。

Chie: 「ふり」は聴こえる人の中にもあるのですね。

Mau: それはありますよ~、ちえさん!

それは聴こえる中にあっても、同じです。全く分からない話題について話が進められている時は、訊ねにくいものです。まして、たび重なると知っているつもりをしてしまうことはあります。
そうすると・・・確かにちえさんが言われているように、その場やそのグループの集まる場所に行きにくくなって、結果的に避けたようになることもあります。

でも、自分の知識や経験が足りなくて、その場に居たいのにいられない(自分の意志や意見を持って存在できない)ときは、その場へ戻ることを目標に努力をすることもあります。自分の意志のあるところ、そしてそれを皆の前で表現できることができ、何かしら残すことができることが私にとって「存在」することなのかな。

そう考えると、沢山の人がいつも私の中に存在してくれていますね。特に一人で旅をしていると、入れ替わり立ち代わり彼らが出てきて、私の判断を助けてくれます。

Chie: その場に居たいのに居られない、これは結果的に自分自身が「その場の価値」を見出しているからこそ努力ができるかもしれないですね。
いろいろな人、沢山の人の判断というのは、「あの人だったらこうするのでは?」と考えて冷静に判断するのと同じでしょうか?

もしそうでありましたら、私自身もそうした行動を意識することはありますね。

学生時代のゼミの飲み会で、最初はみんなが気をつかってくださったけど、次第に盛り上がって早口になっていました。
でも、私はそれが想像できていたことなので「まぁいいかな」と思って眺めていました。

そうしたら、隣の学生が通訳したんですね。
そのときは情報が伝わったからありがとうって思ったんですけど、次第に通訳している学生に申し訳なくて、「私がいなければ、その人はもっと楽しめたんだろうなぁ」って思った経験があります。

実際にその人に謝ったら「そんなことは思っていない」と言ってくれていました。でも、当時の私にとってはその場にいるのが苦しかったですね。

私がいることによってその学生の楽しみを奪ってしまっているのかも、って。

そう思って以来、ゼミの飲み会にはだんだん参加しなくなりました。

今の私だったら、参加して隣の人を引っ張りだして話をしていたと思いますが当時はそういう勇気もなかったです。

こういった経験もあって、気をつかわれていることについては若干抵抗感を持つこともまだあるようです。
最終的には、みなさんが手話で話せるようになったらその悩みは簡単に消えていきますね。


Mau:さきほど、ちえさんが質問をして下さったことに対してまずはお答えします。
普段は、誰が何を言ったか、詳しいことはすぐに忘れてしまってすぐに思い出せないのですが、判断に迷ったとき、初めての場所に行ったり、出会ったりするときに(特に、自分の能力以上の場に出てしまったときですね)私の中に存在してくれている人たちの話し方や笑顔が次から次へと浮かんで、私と共に居てくれるように感じることができます。

話が行きつ戻りつしますが、私が思うに、きっとちえさんのお隣に座っていた方は、通訳が・・・というよりも、ちえさんとも一緒にお話をしたいから、という気持ちだったのではないのかな?とも思いますよ。

かえってゼミにちえさんが来なくなったら・・・私だったら心配しちゃうかも?!
その方とは、その後もお話をされましたか?

Chie: ゼミには行っていました。あのときのゼミは、みなさん手話ができなくて、手話講座をやろうかという話もしていました。
でも、手話をいざ教えようと思うと教えられなくて。何から手をつけたら良いのかな、という感じで、あっという間に年度が変わってしまいました。

たまたま、ゼミのメンバーとは講義が同じだったことがありました。
飲み会で通訳をしていた彼女から、「ノートテイクをやりたい」と申し出があったのです。
講義保障として、講義の内容をノートに要約筆記をする仕事をお願いしました。そこからまたつながりが持てました。


Mau: きっとそうですよ。その方はちえさんとコミュニケーションを持ちたかったんだと思います。それはちえさんが、がんばっている姿(存在)を見ていたからではないでしょうか。
損得を超えて、何か自分ができることをしたいと思わせる人はいます。ちえさんが学校に来なくて、さぼってばかりいて、人にも態度が悪かったら、要約筆記も要らないし(笑)、申し出てももらえないと思います。

Chie: ありがとうございます。そうですね、学生時代に態度の悪いろう学生(聴覚障害学生)もいましたが、その人の周りからは自然に、支援する学生が離れていきました。

元々、大学は学ぶ場(といっても、私も時々さぼっていました^^;)なので、支援する学生の力を借りる以上、勉強するのが当然ですね。

正論で言えば、勉強する為に支援学生の力を借りる、ですね。

それにしても、まうさんのお話を聞いていると、学生時代の私って本当に浅はかな考えだったなと思います。


Mau: いいんですよ~。きっとその時はそれで。今のちえさんも、大学を一度辞めて入りなおした私も、葛藤したから今ここに存在できるんだと思います。
私はもっとちえさんと甘えあいたいですけどね~(怪しい意味ではありませんので、ご心配なく)。

Chie: あはは〜(笑)、ありがとうございます^^ 甘え合いましょう♪まうさんが大学へ入り直したというお話、まだ聞いていなかったですが、今度お聞かせください。

学生時代はいろいろな意味で、自分を見つめる時間が多い分、何を求めているのか時々分からなかったり、変に熱くなっていました。


Mau: 仕方ありません・・・猪突猛進年ですから、私たち。

Chie: 猪さんぶつかってもまた別のところへ行きますよね。壁にぶつかっても前に行けそうな力を感じます。結局は人間力によって生き方も左右するのかもしれないですね。存在感を示すということにおいても、人付き合いをすることにおいても。

Mau: ちえさんが今ここで率直に、素直に話してくだっていること、いつもお会いするとじわじわとしみ出てくる面白さ、ちえさんの静の世界・・・私は魅了されっぱなしです。そしてそれは、どんな人間関係でも必要なことですね。それがお互いを尊敬し合い、その人にしかできない存在を認めることではと考えます。
似ている部分と、違う部分、その両方があるから、また面白いのでしょうね。

Chie: 本当にありがとうございます。まうさんとのお話はいつも、自分を落ち着かせる、ふと立ち止まって考えさせられるきっかけになっていますし、まうさんとのお話をしているともっと行動的になろうという元気をいただけます。逆にエキスを吸いすぎてしまっているかしら〜と思うときがありますが(笑)でも、本当にありがとうございます。こうしてお話ができることは、それぞれの経験の積み重ねの結果なのかもしれないですね。

例えば学生時代に出会っていたらブログを第17回まで続けることはできなかったかも?とは思います。


Mau: ちえさん、何のエキスを吸ってるんですか~!!

Chie: あはは(笑)まうさんのパワーを吸い取っております(笑)。

Mau: そういえば、10代の頃「作家」になりたかったのですが、机に毎晩向かっても何も書けず・・・。
ある日、「あ、あたしまだネタがないんだ!」ってことに気づいたときの嬉しさったらありませんでした。
面白おかしく、いっぱい失敗を重ねていくことをしていかなきゃ、私らしい文章は書けないんだって心底思えた瞬間でした。周りにいてくれる人は貴重な証人です。

Chie: なるほど!答えは近いところにあったのですね。今だから、ブログ第17回もあっという間に進められたと思います。

Mau: 本当にそうですね。
時間をやりくりしつつ、お互いに心を配りながらのブログ更新は大変な作業でしたが、滞る週はありませんでしたものね。
一人だったら続けられなかったと思います。まだどこへ行き着くのか分かりませんが、これからもよろしくお願いしま~す♪

Chie: 本当にありがとうございます。一人旅にはない魅力な旅もありますので今後ともよろしくお願いいたします♪

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皆さんからの「声」、お待ちしています。

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# by machi-life | 2009-06-19 11:24 | mau+chie life

第17回(2009.06.14) “ろう者に憧れる聴者 ”

聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
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Mau: 先週末には、私の主宰する教室の2周年記念イベントにお越しいただき、ミニ・手話レッスンをしていただきありがとうございました。

昨年、教室が1周年を迎えた際に、日頃からお世話になっているお客様、友達、家族に感謝の気持ちを伝えることのできる、みんなの心に残る「何か」を行いたいと漠然と数ヶ月前から考えていました。

初めに頭に浮かんだのは、私自身が起業をして感じた「経営することの難しさ&心細さ」を他に自営で仕事を行っている人も感じているのではないか?という思いでした。それと同時に、会社員時代には満たされることのなかった充実感や日々丁寧に仕事を行うことのできる喜びを含めて、さまざまな事をざっくばらんに話し合える、競争し合うのではなく共存できる関係作りを分かち合える機会を作れないか、と考えたところから構想はスタートしました。

ですから、最初は、自営をされている方、これからしたいと思っている方々を中心に声をかけさせていただきました。こうして、何も無いところ、あえて言えば熱意だけで始まった企画でしたが、予想以上にスムーズに形ができあがっていきました。これは少なからず同じように考えている人がいらっしゃったことが大きいです。もちろん打ち合わせを何度も重ねているのですが、普段のお互いの人や仕事に対する接し方、考え方を見ているからこそ、共有することのできる、言葉以外のものにも助けられました。

この方たちと、みなさんが「素敵なハプニング」を生み出す空間を周年イベントとして、プレゼントすることのできる、二日間だけのちいさな「お店やさんたち(商店街)」を作ることにしました。

これが昨年大好評で、二日間で約180人の方に足を運んでいただきました。
今年は更に、深みを増したお店同士の関係も生まれて、皆さんに喜んでいただきました。

ちえさんが所属されている「手話レクチャーハンズ」さんにも昨年に続いて参加をしていただきました。
二日間共に参加していただきましたが、両日とも異なるアプローチになりましたね。

講師としていらしたちえさん、そして I さんも、手話やろう者に接するのは初めての人たちの前でのレッスンは緊張されたと思います。

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Chie:お誘いをありがとうございました。日頃お世話になっているまうさんのイベントで、地域に密着したイベントはどういうスタイルなのか、どういう雰囲気なのか、参加させていただく立場で、学べたらと思っていました。
私も参加させていただいていましたが、まさに商店街でしたね。

当日は、クイズをしたり、手話伝言ゲームをしたり、手話に親しむ活動を中心に行いました。
今回初めて、Iさんとペアを組んで教えてみましたが、一人でやることとペアで教えることはかなり違うと実感しました。

Iさんは一通りに教えた後、相手の言いたいことを引き出すタイプに近く、私は、相手の言いたいことを中心に進めていくタイプです。 ペアだからこそ生み出せる物は何なのかという点まで考えられなかったことが一番大きな反省点ですね。

一人でやれることとペアでできることは違って当然だと思います。それなのにできていなかったことは本当はすごく悔しい体験でした。

どちらかというと、Iさんは優しい方ですので私のスタイルに何とか合わせてくれようとしていました。
申し訳なかったです。

ハンズとしては、地域の方々に手話を広める取り組みを行っていることから一人でも多くの方に「手話」を目にする機会を増やすということが目的でした。もう少し強いて言えば、手話を目にすることを通して、手話に触れてもらうという道のりを作ることが今回の目的でした。

以前まうさんと、手話だけを指導するのではなく、まうさんとのこうした対談の積み重ねによって、聴こえないこと、聴こえない人ってどんな人?といった素朴な疑問にも答えられたら良いねという話をしました。

そこで、クイズを出すことによって、日頃の生活で「聴こえない人はどうしているのか?」「手話って世界共通?」ということを考えていただけたらと思っていました。
講義スタイルではなく、和やかな雰囲気のイベントですので難しい説明はせず、ただ、素直に「どうしてかな?」といった疑問を持たせたら・・・と考えていました。
でも、みなさん、意外と「世界共通ではない」と答えていらっしゃったのでちょっと思考停止してしまいました(笑)。

通訳を介して解説したら良かったのかもしれないですが、みなさんに疑問を持たせながら手話を目の当たりにしていただけたらより興味を持つことにつながるのではと思っていました。


Mau:二日目は、IさんとスタッフのHさんでの登場になりました。お聞きになっていると思いますが、その日は「手話」そのものよりも「聴こえない世界」について話題が集中しました。

あの時間、初めて「聴こえない生活」に思いを馳せた人は多かったと思います。
普段の生活の中で、「聴こえない」ことを想像することは全く無い中で、Iさんと会場との質疑応答のキャッチボールは、必ずしもお互いが求めているものではありませんでした。

聴こえる人は、「ろう者は聴こえないことで、困っている」ということを前提にした質問が多く出たように感じましたが、Iさんは、「いえ、個人的に困ることはありますが、それは人それぞれなので、ろう者だからと言って特別困っているわけではありません」。そうIさんが言ったときの会場は、少し拍子抜けしたように思えました。このときの空気に、今のろう者と聴者の価値観や距離の違いを垣間見た気がしました。

Chie:Iさんの「聴こえないこと」についての考え方によるものは大きいと思います。
ろう者といっても、十人十色ですし、困っていると言えば困っていることはあります。
でも、あえて「自分は困っていない」と言い聞かせることによって生きている人もいます。
そうしないと耐えられなくなるからですね。

分からないことを常に追求する、追求すればいいかもしれないですが、目の前で声だけで話されていて「分からないから教えてほしい」と言い続けることはエネルギーが要ります。
分かったフリをすることで自分を封じ込む。困っている自分を見せることなく、気を使われることもなく、といった感じだと思います。

Iさんとしては、聴こえない立場というよりも、「Iさん自身」の立場で答えただけにすぎなかったでしょう。
もし、聴こえない立場として話してほしいと言われたら見方を変えて答えることはできていたかもしれないですね。

聴こえる側としては、「できない」「困っている」という負の側面を観がちですが、それは当たり前のことだと思います。
全盲の人に会うと、私も「見えないって何だろう?怖いかも?」と障害の方に目を向けます。
経験を積めば、「人それぞれだからいいんじゃない?」と思える側面もでてきますけど、負の側面については、「そこまで知る必要はないんじゃないかな」のと、「いや、知っておいた方が良い」という、当事者としての想いが揺れてしまうときがあります。

ハンズとしては、あくまでも手話を広めることを前提にしているため、聴こえないことがどういうことなのかについて話すことは、相手が求めていれば答えるようにしています。
聴こえないことと手話は関係しているものですが、聴こえる側からにしてみれば、「手話」と「聴こえないこと」は別物と捉える方もいらっしゃると思います。

通訳を介したことにより、1日目よりはろう者の方から情報を提供することができたと思います。
ただ、通訳を介してというより、最終的には手話を通してお互いに情報を提供し合うことがハンズとしての理想、ろう者としての理想でもありますので通訳を使うことには積極的になれずにいました。
でも結果的に、少しでもみなさんにとって情報提供できたのであればそれはそれで良かったと思います。


Mau:なるほど、そういうことだったんですね。
私自身も、今回のちえさんの意図を捉え違えていたようです。
二日間イベントに参加していただいた方も多くいらっしゃいましたが、その方たちには2つの違った手話に対するアプローチを体験することのできる機会になったと思います。

今後私たちが共催イベントを開催するとしたら、どんなことをしてみたいですか?

Chie:手話の他にホワートボード、パワーポイント、パソコン、ITを使いながら対談することはできそうですね。
2時間の企画で、たぶんあっという間に終わるのではないでしょうか?

お互いに一つのテーマについて対談しながら、フロアの意見を聞いてみたり。合間に手話の体験として、手話を覚えていただく。そして、英語と結びつけてアメリカ手話を教えるということもできると思います。
(簡単な自己紹介程度でしたら、アメリカ手話は分かります)。

まうさんと私のやり取りを観て、聴こえる方、聴こえない方が「ちぐはぐしたやり取りから、どうやって意思疎通できるようになるか」というプロセスを楽しみながら(?)観ていただくことも新鮮な取り組みではないでしょうか?

フロアからのサポートは「なし」として、まうさんと私の二人がどこまで通じ合うかをだまって見守ってもらうような空間。それが、通訳を使わなくてもコミュニケーションが出来ることの証明につながるのではないでしょうか?

音声言語の通訳については、まだ勉強不足なので容易には言えませんが、手話通訳に限っての話について、通訳を介するとなぜか、その人の話の意図がうまくつかめずにいます。
また、こちらの意図が確実に伝わっているのかいつもおろおろします。

例えば、ビジネスや緊急の時は通訳を介しても問題はないですが、プロであることが前提条件になりますね。

このように、通訳を使う(言い方を変えれば通訳を頼る)ことをあえて外しておいて、お互いがコミュニケーションをとれるようにするためにはどのようにする?ということを示すことが、聴こえない子どもたち、聴こえる子どもたち、大人の方々も参考になっていただけるかなと思います。

まうさんとしては、いかがでしょうか?


Mau:いいアイデアだと思います。ちえさんの案が第一部としたら、第二部は参加して下さる皆さんをまじえて、ときどき通訳の助けもかりながら、このブログで話し合っているような場を作れたら面白そうですね。まずはとことん話をしてみる・・・そんな時間もちえさんと作れそうです。
また、「公開ブログ」のような形も試してみたいですね。

Chie:学生時代に「ろう者になりたい」、「ろう者の輪の中に入りたい」という聴者がいました。

最初は珍しいなという程度でしたが、そのうちに、「聴こえないから通訳が必要」、「同じ空間に聴こえない人がいるときは手話を使うべき」、「手話ができない人よりも手話ができる自分の方が良い」といった姿勢、言い方が目立つようになりました。

ろう者として、(聴者が)そこまで言えるのはすごいなと思う一方、ろう者のことを分かったつもりになられても困ると思っていました。

あるとき、手話サークルの運営だったかで、そのひとと意見が対立した時、「ろう者になりたいのなら、耳を刺して聴こえなくなるようにしたら良い」という発言をしてしまいました。

今はさすがにそんなことは言えないですし、そう思わなくなりましたが、ろう者のことを分かったつもりになられるとあまりいい気分でないことは今でも同じです。「私の何を知っているというんだ?」という感じですね(笑)。

学生時代に数十人のろう学生(聴覚障害学生)がいましたが、人付き合いは本当に十人十色でした。ろう者の中に入りたがる聴者を招き入れてご飯をともにする人もいましたし、私みたいに聴こえる聴こえないは関係なく、話ができる人と話をしたりしていました。

もしかしたら、大学の中だけで起こりうる現象だったり・・・?
学生だからのんびりやるというか、嫌でも自分を見つめる時期があるからだと思いますが、その辺りはどうでしょうか。


Mau: 一途に物事を考える時期はあります。学生時代だけではなく今も同じようにそういう季節は巡ってきますね。いろいろなHello&Good-byeをくり返して、私自身、日々変わっていくように感じています。

ということは、他の人も変化しているということになるわけですから、「今日」の友達の形は「明日」変わるかもしれない・・・でもそれもまたありなのだと納得しています。そう思えない出来事もあったりしますが、心では分かっているつもりです。
明らかに学生の頃とは違うのは、無理をして友達を作ろうとしなくなったことでしょうか。
年を重ねるうちに、私がどんなにマイナーチェンジを重ねても、側にいてくれる、楽に居られる自由な友人が増えました。それはきっと若い時分に、あーでもないこーでもないと一生懸命もがいた経験があるからだと思っています。きっと今のちえさんにも、学生時の葛藤は生きていると思います。

ちえさんの先ほどのお話にあった、いわゆる、「ろう者に憧れる聴者」はどうして出てくるのでしょう?

Chie:自分に自身がない。
ろう者独特の雰囲気があり、そこに馴染めない。
ろう者同士は家族みたいなイメージ。

私が今まで出会った聴者の中で、ろう者ってうらやましいと言う人は上記のことを言っていました。

私から見れば、「ろう者独特の雰囲気があること」は手話が使えてコミュニケーションができる者同士の集まりだから、手話が使えない側から見ると当たり前の印象かもしれないですね。
でも、ろう者だからそういう雰囲気と決めつけるのは少し早い気がします。
ろう者に限らず、手話が堪能な聴者であれば、馴染めます。
卒業旅行でろう者4人、聴者2人のメンバーで行きましたが、全員同じ空間を楽しんでいましたし、聴者からも「人生最高の想い出」と言っていました。

徹底的に手話ができればクリアできることだと私は思っています。

「家族みたいなイメージ」
これは、ろう者同士が出会うと「あの人知っているよね?」という話題がよく出てきます。
聾学校の数が少ないこと、ろう者の数が聴者より少ないことによって人と人のつながりはみえないところでつながっています。
「あの聾学校の先輩知っている?」と一つの地域のような、話題に出ることはあります。
でも、信頼関係があるかといったら別になります。ろう者だから仲がいいということはまず、ありえませんね。
日本人同士だから仲がいいということはない、のと同じですね。

そこを勘違いして、ろう者同士は家族みたいというイメージを持つ聴者がいます。たまたま、私の周りにはそういう聴者が寄ってきただけかもしれないですね(笑)

最後に、逆に、「聴者になりたいろう者」というテーマだったらもっと盛り上がるかもしれないですね。
私自身も、聴者になりたいと憧れていた時期がありました。
今でも「聴こえるようになったらいいな」と妄想にふけるときはあります。もし聴こえていたら私はどんな人生を歩み、何を考え、誰と出会っていたのだろう?という風に。
聴者に憧れる想いは、聴こえるという聴力レベルによるものが私にとっては大きいですね。

「聞き忘れた」とか「今の音は聞いてなかった」という聴者と話をする度に「もっと耳を活用せよ!」と言いたくなります(笑)。
でも、それは目が見えない方に「もっと目を活用せよ!」と言われるのと同じになりますね。
ついつい、人間は与えられた機能を当たり前のように受け止め、最大限に使えるところまで使っていくことが案外難しいのかもしれないですね。

長くなりました。Mauさんからのお話も聞きたかったです♪


Mau:あいたたた。 この話題については、続きのお話が必要な気がしますよ。
もう少しゆっくり私なりにも考えてみますね。

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# by machi-life | 2009-06-14 23:57 | mau+chie life