聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

第36回(2009.10.25) 「当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないとき」

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆



風呂の中での読書

Chie:食欲の秋・・・ではなくて、読書の秋になりました。お風呂で読書はしますか?そういえば、お風呂に入るときは全身浴より半身浴が良いみたいですね。

Mau: 鍼の先生に勧められて半身浴をしています。全身で浸かるよりも温まる気がします。その時に本を持ち込んでいます。

Chie: ビニール袋をかけていますか?

Mau:あらかじめタオルを何枚か重ねておいておいて、手をふきながら本を読んでいます。ちえさんはどうですか?

Chie: 本は風呂場には持ち込まないですが、どうやって持ち込んだら良いか考えたことがありました。マンガを風呂で読む友人がいますが、彼女はそのままお風呂場へ持っていくとのこと。ちょっと踏みとどまりました、そして、そのまま実行せず(笑)。

Mau: 寝ぼけて高校時代、現国の教科書を風呂の中に落として、一年間しわしわのものを使った思い出があります。換気扇をまわしておいたり、窓があれば少し開けておくとかなり違うと思います。

Chie: なるほど〜換気扇を回す方法でしたね!
濡れても良い本からスタートしてみようかな。


Mau: 私も「風呂用」の本を持ち込んでいます。短編集やエッセイみたいなものが多いですね。

Chie: 読んでいて眠くならないものが良いですね。 最近おすすめのエッセイありますか?
Mau: エッセイだと、松浦弥太郎さんの本でしょうか。これは大事にしていて、持ち込めないのですが。


Chie: どんな人でしょうか?


Mau: 暮らしの手帖という雑誌をご存じですか?丁寧に衣食住を行う大切さ、日本人らしさをさらりと気付かせてくれる雑誌です。その本の編集長です。確か・・・随分と長い間海外を放浪していて、そのときに出会った古本で移動式本屋からスタートした方ですね

Chie: 暮しの手帖、確か母が読んだことあったと思います。編集長なのですね。あ!読みたくなりましたね。

Mau: その本屋はCow Booksといいます。私も何度か遭遇しました。東京駅にも小さいCowBooksがありました。

Chie: 見てみたいですね.いま、アマゾンで検索したら何冊かありました。

Mau: 小さな幸せを見つける達人ですね。

Chie: もしかして、「今日もていねいに」、という本でしょうか?

Mau: そうで~す!

Chie: いいですね!アマゾンで目次を見てみたのですが、以前に立ち読みで購入を迷った本でした(笑)偶然ですね!


Mau: 私もしばらく立ち読みしていましたが、何度か立ち読みして買いました(もっと早く買って!とお店の人は思っていたに違いありません)。

Chie: 何らかのご縁と感じましたので買ってみます〜。ホームページもかわいいですね、牛さん。兄から「牛みたいだ」と言われたことがあるので、牛には愛着があるのです(笑)。


Mau: あはは!ぜひ!


聴こえない人の生活



Mau:さて、今回は「聴こえない人の生活について」というテーマをいただきました。どうしてちえさんはこのテーマについて話してみようと思われましたか?

Chie: 最近、小学校や専門学校の講師依頼がくるようになりました。聴こえない人の生活について全然イメージができないと言われるので、なぜイメージができないのか、どんな風に見られているのかなとか気になっていました。

過去に、小学校や中学校、大学の講演も行ったことがありますが、ずっと自分の中で違和感を持ちつつ、先輩や通訳者さんの意見に従って話をしてきたことがあります。 聴こえない人は手話だけでなく、筆談で話ができるので筆談でも大丈夫ですよ、という内容です。

何だか違うなぁと思いながらずっとやっていました。

でも、最近は手話を使うことについて意識した方が良いと思うようになりました(仕事柄ですね)。


障害者という悲観的な見方からポジティブに、人間的に見てもらえるような話として進めていく。もっと話を掘り下げて、より聴こえる人たちに近づきながら、イメージしやすいよう話をしてみたいのでその前に聴こえる人が思う、思い描いている、思い込んでいる、聴こえない人の生活のイメージがどんなものなのか聞いてみたいと思いました。


Mau: なるほど・・・ちえさんのこれからの活動の場を広げていくであろう依頼が相次いでいらっしゃるというわけですね。

これはいろんな方にちえさんの伝えたいメッセージを伝えていくチャンスですね。

ちえさんの立ち位置としては、「筆談」や「口話」もコミュニケーション手段としてあるのだけれど、やはり同時進行で話のできる「手話」の必要性を知ってもらうということに柱を置くことになるのでしょうか?


コミュニケーションとしての手話



Chie: そうなりますね。また別の視点として、聴こえる人同士でも手話を覚えれば老後に役立ちます。
耳が遠くなったときにどうしてもガミガミ言われてしまうような状況はなくなりますし、 おじいさんおばあさんが仲良く話ができる一歩にもなるんじゃないかな。

聴こえない人だけに限らず、聴こえる人同士でも使える手話として身近に感じてもらえばという感じですね。
障害者が使うものと限定されるのはあまり好きじゃないので筆談、口話も使える立場ですが、
こう言うと、「じゃあ、最初から手話は要らないじゃないの?」という誤解になりますし、
最初から筆談で対応されると何だかなぁという複雑なところはあります。

また、筆談しながら途中で声だけで、誰かと話すことは、コミュニケーションを拒否されたような受け止め方になることもあります。


Mau: 以前のブログでも取り上げましたが、「手話」で対話をすることの意味や重要性がちえさんとのブログを通して変わってきました。

でも依然、手話=ろう者の人たちが使う言語、又は手話を習うこと=ボランティアという聴者の常識や漠然としたろう者の世界に対するイメージを払拭していくには時間をかけてその人が「なぜちえさんたちが手話で会話がしたいと思うのかが分かった!そういうことなら少し始めてみようか。」と納得してもらえるまで働きかけ続けることが必要な気がします。

何週間か前に、地区の公共の場所をまわって、現在私が地域の学生さんたちと行っている手話教室を、せっかく地元の商店街で行っているのだから、より多くの、さまざまな年代の人と「地域で使える手話」をキーワードに展開していきたいのですが、ぜひご一緒にいかがでしょうか?とまあ、いきなり飛び込みでお伺いしてみました。10月で活動も一年を迎えて、もっと地域の中での可能性を探りたかったので反応を知りたかったということもあります。もちろん、私たちの手話教室はちえさんたちが行われている本格的な指導があるわけではありませんが、そこへつながるための入口の一つになればという思いで行っています。まだまだ参加者は少ないのですが、これからも近所の方に気軽に足を運んでもらえる場にしていきたいと思っています。

Chie:手話=自分には関係ないもの、という意識は強く根ざしているかもしれませんね。

Mau: そうですね。現状としてはお声掛けさせていただくほとんどの方が「手話は必要はないし、これからも恐らく必要ない」と言われます。筆談もあるからという理由も良く聞かれます。お年寄りになると、めんどうだね~とか、指が動きませんて・・・と近所の方に言われたこともあります。それも意見の一つですから、無理にというわけにはいきませんが、どこかまだ適材適所というか、手話を必要としている人のいるところへ行きついていない気もしています。

Chie: 手話を観たことがない、手話に直接触れたことが無いというのが大きいかもしれません。
そういう意味では大学生、若い社会人の方が広まりやすいと思います。


Mau: 私もそう思います。

Chie: 資格にもつながりますよね。手話技能検定試験とか。
ろう者がもっとオープンになれたらと思うのでまずは自分から始めなきゃ〜と思うところでございます。



一つのものがなくなると同時にもう一つのものを手にする


Mau: いま手話の活動を手伝って下さる地域の学生さんたちは、就職に有利ということで手話検定を受ける方もいるようです。

少し話が逸れますが、いまお世話になっている鍼の先生は、目の見えない方です。その方は患者との情報の交換手段として大切な言葉にとても敏感です。また記憶力も抜群で私が曖昧なことを言うとすぐに突っ込まれてしまいます。トンカチみたいなものでトントン体を触診するのですが、思わずドキーンとするようなことを言われて、あたふたすることもあります。

Chie: 他の感覚が優れているのですね。一つの機能がなくなると、他の機能が発達するといわれていますね。この前、聴こえる人たちと居酒屋へ行ったとき、「今、音楽流れているね」と話したらびっくりされてしまいました。机に手を当てていれば分かると話しましたが、「あまり分からない」とのことでした。これも鍼の先生と似ているかと思います。しかし、そのせいで振動に敏感なため、大学で授業を受けたときは全然落ち着かなかったです。聾学校と違って、他の学生と同じ机を使っていたので鉛筆の音や携帯のバイブ音等いろいろ響いてきました。

Mau:鍼の先生は目が見えないということで、やはりどこかでつらいこともあるだろうな、不便だろうなと思うことがあります。先生にとっては余計なお世話だと思いますが、そういう感情を持つこともまた当然のことだと考えています。

同時に、先生が「見えない」ということで、自分の「見える」に向きあわせてもらっています。

私は見えるはずなのに見えていない、気づいていないことがたくさんあることも先生の所へ行くと気付かされます。

例えば、「頭痛が起きる時はどんな時ですか?時間帯は?右、左?それは表面的に痛むの?それとも奥の方?」肩こりにしても、「右と左とどのくらい痛みますか?」と聞かれるのですが、そのつど私の答えは曖昧です。何となく見えている、聴こえてる状況にいかに甘えていることか。

先生にはそのつど、「何にもわからないんだな~!」と大声で笑われてしまいます。

聴こえる、聴こえないに関わらず、その人にとっては当たり前であり、問題として感じていないことに対して「大変だね」「つらいでしょ」「かわいそうに」と言われたり思われたりすることはありませんか?

「かわいそう」と言われることによって、そうか私はかわいそうなのかと初めて気付くこともあります。

「自分の標準」で感じる想い発する言葉を止めることはとても難しいことだと思いますが、そんなときにどうしてそう思うのかを考えてみることにしています。ちえさんにはこのブログを通して、時にかなり失礼なことを意識して言ったり、無意識に言ってちえさんの気持ちを困惑させてしまうことも過去にあったのではと思っています。


誰かにとっての当たり前は、他の人には当たり前にならず・・・それもまた正しいことなのかもしれない!?

言いにくいこと、聞きにくいことでも礼儀を持って聞きあうことで自分が標準としている幅をもっと広げていければと願っています。


Chie: 結局のところ、一般常識も変わっていくものなんですよね。常識は覆されるものかもしれません。
記録は破られるためにあるのと同じように、覆されるために常識があるのかも。



常識は誰のために?


Mau: 常識ってなんでしょう?あまり意識をして考えたことがないような気がします。

Chie:「聴こえない人、目が見えない人=かわいそうな人」から、ポジティブな見方に変えることは時間がかかってもできると考えています。まうさんがおっしゃるように、気にならなくなるのが一番良いですし。誰かにとっての当たり前は、他の人には当たり前にはならず、というのは、国内の常識が、海外では通用しないのと同じですね。なので、常識にとらわれず、自分の「目」で見れる人が増えていくと手話に対する受け入れもスムーズだと思います。


Mau: そうですね、近所に住む人が挨拶をしてくれない人がいて、周りの人は変わり者だと思っていたようですが、私は耳が遠いのだと思って近くまで行って挨拶をしました。そうしたら「聴こえてるよ」と(笑)。それからはしてくれるようになりましたが、ほとんど無視の日もあります。そんな人もいるんだな、面白いなと。

Chie: いろんな人がいますね。


Mau: 挨拶はもちろんお互いに交わした方が気持はいいものですが、それはこっちの都合でもあります。したからしてよという関係になると窮屈になってしまう気もします。する日もあるし、しない日はどうしたのかな?と思ったり、そういう人なのだなと、私の常識から外れると面白かったり、時には寂しくなったり。でもいろんな人がいてバランスが良いと思っています。

そう構えてしまうとあまり怒ることもなくなる気がします。違いを不思議に思うことはありますが。近所も世界も一緒ですね。

話題が少しずれてしまいましたが、理想とするのは、例えば「ちえさん」がいて、そして次にろう者であるということです。

手話ができるようになることはもちろんですが、足りないところは他のやり方でつながれたら嬉しいです。あまりお互いにプレッシャーをかけずに、まずは人として、言葉だけではなく感じる気持ちでこれからも同じものを見て、違うことを感じていけたらうれしいです。

最初は「ろう者」ということで興味を持って近づいてくる人もいると思います。でもそういう人が、きちんと話を聞いて理解をしてくれたら心強い味方になってくれるんじゃないかって思います。理想論かもしれませんが。

Chie: 実現不可能ではないと思います。 時間はかかっても。
興味を持って近づく人を増やすことですね。 亀さんのような歩みになっても、
お互いがお互いの魅力に気がつくことはできると思いますし、新潟に来てから聴こえる人に対する抵抗は少しずつ減っているし、興味も持っています。


Mau: そう思います。ジャッジしようとせずに、その人全体が見れるといいですね。私もそう見てもらえるように自分のいろんな部分を出しているつもりです。

Chie: せっかくこの世に生まれてきた以上、いろいろな人の物語を知りたいですね。
すべてではなくて一部でも、その人が何を考えてどう生きているかを知ることは好きですし、それを知ることができなくても、その人の醸し出す雰囲気の中に自分も一緒に共有できたら 面白いですよね。



Mau: そう思います!どこにいても学ぶべきこと、面白いことだらけです。それを発見することのできるアンテナはいつもどこへでも持っていきたいです。たとえそれが自分にとって好ましくないことだとしても・・・私の日々はがびーんの連続です。




自分にとっての「当たり前」が他の人にとって「当たり前じゃない」ことは、日常の中にあふれています。100人いれば100通りの生き方があり、100通りの考え方があります。どれも100%一致することなく、必ずそれぞれの価値観があり、それを通り越してお互いが認め合える社会となれるよう日々を過ごしていきたいですね。



にほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ
にほんブログ村

にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ
にほんブログ村
[PR]
# by machi-life | 2009-10-25 22:57

第35回(2009.10.18) 『新潟・全国障害者スポーツ大会』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

今年の新潟は大忙し!!

Chie: 今年の新潟は忙しいですね〜天地人、高校野球、トキめき新潟国体。

まうさんの妹さんも国体のボランティアに出かけたとのことですが、周りの方々もボランティアに行かれましたか?



Mau: 妹は介護福祉士を目指して専門学校で勉強をしているのですが、その授業の一環として泊まり込みで長岡で行われた全国障害者スポーツ大会のボランティアをさせていただきました。他にも私の周りにいる方が何人かボランティアに行ったようです。



Chie: 学生ボランティアも多かったみたいですね。新聞で学生の声が載っているのを読みました。まうさんは見に行かれましたか?


Mau: 私は見に行く機会がありませんでした。ちえさんは行かれましたか?
またとない機会ですから、さまざまな方が多方面から関わった大会になったようですね。


バレーボールの試合を見て


Chie: こういう機会はあまりないかもしれないですね。国体は行っていないですが、障害者スポーツ大会はバレーボールを見に行ってきました。関東地方から友人が遊びに来たこともあって寄ってみました。



Mau: 会場はどんな様子でしたか?


Chie: ろう者のバレーボール会場は静かでした。 静かというよりは、人が少なかったですね。私も友人もちょっと見ただけでした。会場が長岡市だからなのかどうか分からないですけど、ちょっと全国大会にしては規模が小さいなぁと思っていました。(愛知県代表がまた美味しいところを持っていってしまいました笑)


Mau: そうでしたか・・・会場の規模や種目によるのかもしれませんね。愛知県が美味しいところを、というのは??



Chie: バレーは愛知県が優勝しました。高校野球でも新潟代表と戦って優勝しましたよね。

愛知県チームの試合は観ていなかったですが、何となく優勝の予感はしました。試合開始前の選手たちを見たとき、明らかにオーラが違っていました。新潟県は優しいオーラで、愛知県はごっつい感じでした。 「俺様についてこい!」タイプの選手のイメージだったので優勝してもおかしくなかったですね。




Mau: それは愛知県人の人柄なのでしょうか(笑)? 大会規模が小さい、というのは?



Chie:会場の規模、種目によるかもしれませんが、バレーは参加チームが少なかったですね。福岡県は出場できる条件をクリアしていたものの、福岡県の予算の都合上、出場できなくなったようでした。そういう背景もあってチームが少なく、さみしい雰囲気でした。



Mau:予算が無くて出場できなかったというのは選手にとってはとてもくやしかったでしょうね。



Chie: 予算が無い、というのは、障害者スポーツに対する県の見方の表れでもありますね。障害者スポーツは、あくまでリハビリテーションの一環であるという視点があるかもしれません。

(愛知県の人柄・・・かどうかは微妙ですね(笑)私の周りにいる友人は草食系なので、愛知県チームを見たときはびっくりしました。)

一般のスポーツ大会なら、スポーツ選手としてがんばってほしいという見方ですが、障害者となると出場できただけでもよい、みたいな見方があるみたいです。



Mau: うーん・・・それは・・・。
「障害があるのに、こんなに頑張っています」という言葉が当たり前に使われるメディアや周りでボランティアで参加された方々の言葉に違和感を持ちました。同じように感じた人もいらっしゃったと思いますが、ちえさんが言われるように、“障害者スポーツ = リハビリテーションの一環”という捉え方でいる方もも多いのだとと思います。



手話ボランティアには頼みにくい!?



Chie: 受け止め方は人それぞれですね。そのことはコメント欄でみなさんの意見を聞いてみたいですね。
そういえば、大会で手話と要約筆記のボランティアさんもいました。
ろう者、難聴者の情報保障としてのボランティアだと思いますが、本当に必要なのかなあ、と考えてしまいました。



Mau: ちえさん御自身は利用したくなるような魅力的な形では無かったのでしょうか?


Chie: そうですね。私自身、見た目にこだわっていたかもしれませんが、もう少し格好良く映ればいいのになぁと思いました。私たちが長岡駅で、駅から行ける温泉探していたときがありました。

長岡市は詳しくないので誰かに聞いてみようかと思ったところ、「手話」という文字が書いてあったパーカーや帽子をかぶっている方がいました。

ところが、なぜか手話と要約筆記を担う方々が集まって雑談していたんですよね。

手話が分かるので遠くから見ても、何を話しているかは分かりました。まるで近所のおばさまたちが、旦那様の愚痴で盛り上がっている、というような雰囲気でした。




Mau: 手話での雑談ですか?


Chie: その中に、ろう者もいたようでした。一緒に手話での雑談ですね。

道を尋ねたいとは思えなかったですね。仕事をしているのか〜って思いましたが、そこがボランティアですよね。ボランティアだから仕方ないのかな。



Mau: なるほど~私に手話ができたら「気を付けてください。しっかりと内容は漏れてますよ~」と教えてあげるのですが(笑)。その方たちは、ボランティアだから手を抜いても良いという意識はないと思いますが、そこにプロとしての心構えを見つけることは難しいかもしれません。どちらかというとお祭りのようなリラックスした感覚で気軽に参加されているのかもしれません。ボランティアだからというよりも、それは個人個人の意識に任されている部分が今回は大きかったかも。
ちえさんがたまたまそういう方々の会話に出くわしてしまったのかもしれませんねえ。


Chie: 手話サークル関係では残念ながらそういう方が多いので、「久しぶりに見ちゃった」という感じでした。もちろん、手話サークルの中にも熱心な学習者はいますが、なかなかそういう人は会えないですね。

ボランティアだからすべてそうであるとは思っていないですが、ボランティアだから何をしても良いという考えはちょっと違うかなという風に受け止めました。あくまでも手話のボランティアに限ってのお話ですが。

一生懸命学習されている方もいるので、すべてとはいえませんよね。



Mau: ろう者の方から見える「手話サークル」の存在に対する意見は、手話に関するエッセイのような書物を読んでいるとよく出てきますねすね。ちえさんもそう思われますか?


手話の世界での常識


Chie: 手話サークルが活発な時代もありました。それは福祉、障害者が使うものという視点から入って、「かわいそうだから助けてあげるよ」というところからスタートした背景があります。

ろう者はかなり腰を低くしないと助けてもらえなかったという話はよく聞いていました。仕方ないかもしれないですが、そういう背景もあって、手話の世界では「苦しんだ者が上に立つべき」という風潮があるようです。手話に関する書物にもあるんですね。



Mau: 苦しんだものが上に立つべきということについて、もう少し教えていただけますか?
私が読んだ手話サークルについての記述には、あまり良い感触のものはなかったように記憶しています。
かえって怖くなった気がします~。


Chie: ろう者の間では、「運転免許が取れたのは誰のおかげだ?」という話から始まり、ろう運動で苦しんでがんばった方が上に立つ。共に動く若いろう者は動きたくても動きにくい、ということがあります。

幸い、ハンズはそれを普通に通り過ぎたので何もなかったですが。
また、手話通訳者の間では、若い手話通訳者を育てようとする方が少なく、ほとんどは「私たちは一生懸命ろう者の手話を学んだのだから、あなたも現場で学びなさい」とあまり積極的ではないようです。

中には人材育成に力を注ぐ方もいますが、私が出会って来た通訳者の中でそのような後継者育成に視野を入れた方は残念ながら一人くらいです。



Mau: どうしてそういうことが起きるのでしょうか?


Chie: これはあくまでも私の考えですので、みなさん、批評とかありましたらぜひご意見をお聞かせくださいませ。

まずは、コンプレックスの裏返しなんじゃないかと思っています。
障害者を手伝うことは、自分よりも弱い立場の人と接することによって自分の存在意義を見出す。

こういうことは手話に限らず、他の障害者にもつながると思いますが、ここで手話がなぜ、そのような複雑な人間関係を生むのかは、ちょっと不思議です。

手話サークルの成り立ち、時代背景は十分に書籍や高齢者の手話語り、また通訳者から聞いてきました。

それでも腑に落ちないところがあります。もしかしたら、手話サークルとしてこれからどのような道を歩むべきなのか見えてこなかったのだと思います。

ここまで話した以上、手話サークルの方に殺されてしまいますね(笑)。



Mau: いえいえ、いろんな意見を言いあってからゆっくりと考えていこう!というのがこのブログの趣旨の一つでもあります。私たちが話していることに対して疑問を持たれた方、同感だと思う方・・・私もブログに参加したい!などなど・・・ご意見お待ちしています。

それにしても、そういう手話サークルに行ってもなんだか楽しくなさそうですね~。


Chie: あまり楽しくないですよ〜(笑)人としてもどうか、って思ってしまうくらいです。

京都にいたときは、手話サークルに行くと、ろう者の存在を無視する人もいれば、「若いんでしょう、真面目にやらなくていいよ。遊べば良い」と言う変なおじさんもいました。



Mau: あははは!と思わず笑ってしまいましたが・・・はてな?ますます分からなくなってきました。


Chie: 異質な世界ですよね?


Mau: そういう人は一人で勉強をしたり自分から積極的にろう者と関わったらいいのになあと単純に思ってしまうのですが、なぜ手話サークルに来ているのでしょうか?


Chie: 勉強方法が他に無いからのと、手話は一人で勉強できるものではないので。 本で見ても、これが「使える手話」なのか確認するために学べる場を探してみたら、手話サークルだけという地域は多いですね。そこで手話そのものを止める方もたくさんいます。

英会話のようにスクールが近くにあれば学べる環境にいますが、手話はまだスクールとして数少ないですね。愛知県はほとんどありませんし。もし手話を体系的に学べる環境が手話サークルにあったら私の仕事はなくなってしまいますね(笑)。



手話を体系的に学べる場とは?


Mau: 手話を体系的にきちんと学べる場所が無いということでしょうか?

ちえさんたちの今行っている活動は今までのものでは十分でなかったから必然的に出てきたと言えそうですね。



Chie: そうですね。ハンズには変なおじさんはいないし、手話をきちんと使いたいという方がいらっしゃるので、そこが手話サークルとの違いですね。英会話の世界ではこのような、よく分からない世界はないでしょうか?


Mau: それは・・・どこへ行っても何人か人が集まればあります。
英会話学校や公民館等でのサークルも例外ではありません。改めて自分がどちらかというと教える立場になってみて思うのは、そういうときはどうその場の舵を取るのかによって周りの人たちの周りの人たちへの態度や学びへの関わりが大いに変わって来るといるということでしょうか。

長く続いているサークル活動で難しいのが、運営上で会の担当者はいるものの、本当の意味で責任者は?と言われると不在のことが多いように見えます。“講師はみんな”“お互いに学びあいましょう”という姿勢は大切ですし、気軽に参加できるという利点もありますが、本当に学びたい人にとっては余計なことを考える時間や機会も少なくなく、どのような方向性を持って会を進めていくのか、それを誰がバランスを取っていくのか・・・難しいこともありますね。
そういった面倒なこと、効率の悪さに耐えられなくて密かにやめてしまう人もいるのではと思います(私も過去に英会話サークルを辞めた内の一人です(笑))。

私も現在「スペイン語サークル」を公民館という公の場所で主宰しています。過去の経験を無駄にしないように、いつどんな時に新しい人がいらしても、新しい人が違和感を感じたり、今までいる人が同じような過去の復習ばかりで、(つまらないなあ・・・)と感じないように密かに戦略を立てつつ運営しているつもりです。

英語で言えば大抵の人は、ある程度の基礎を持っていますが、スペイン語は初めてその世界に足を踏み入れる人が大多数になりますので、その点では緊張しますし工夫が必要ですね。多くの人にとって新しい言語という意味では手話に近いかもしれません。


Chie: 私も手話サークルに所属していたので何となく分かります。結局はバランスですよね。講師の舵取りによって左右されるからこそ、 周囲を見渡しながら道を造っていかないといけない、そこが講師としての醍醐味でもありますよね。


Mau: そうですね。変なおじさんも、誰かを傷付けたりすることを言わないようであれば、構いたくなっちゃいますね。それも自分に余裕があればの話ですが。とはいえ、サークルも通常のレッスンも全力投球しているつもりです。語学が好きだから、その楽しさをいろんな方法で伝えられないかといつも試行錯誤しています。いまはまだ手話が使える人の数、場は圧倒的に少ないので、ちえさんにとっては物足りないこともあると思いますが、これからビシバシとハンズで鍛えてもらって手話を学ぶ&学んで目覚める「面白い人たち」がどんどん社会に出てきたら・・・・その時に手話サークルは変わるきっかけを掴むのかもしれません。


Chie: ありがとうございます。手話サークルの常識は、 いずれ変わっていくものと思っていますし、それは講師自身も勉強、研鑽が必要だと痛感しています。講師は常に試行錯誤しつつ、自己研鑽に励む運命かもしれませんね。


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

にほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ
にほんブログ村

にほんブログ村 教育ブログ 生涯学習・教育へ
にほんブログ村
[PR]
# by machi-life | 2009-10-18 16:40 | mau+chie life

第34回(2009.10.12)『口(声)で話すことについて』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


新潟に台風上陸!


Mau: おはようございます。朝から風が怖いくらいですね。明日から、4歳の姪と猫のシロップ1歳半が日曜日までお泊りにやってきます・・・我が家には小さな台風が上陸予定です。



Chie: おはようございます。朝から台風の恐怖感に襲われています、さっきまでベランダにあるものから全部荷物を中に入れていました。にぎやかな家族みたいですね^^



Mau: だいじょうぶですか?

一人だと心配ですが、誰か来てくれるといいですね。

Chie: ありがとうございます。誰かいたらいいなぁと思いましたが、大丈夫です。

口話(こうわ)とは? 


Mau:さて今日は、「読唇」についてお話をしてみようということですが、それは「口話」や「読話」と言われているものと関係がありますか?



Chie: そうですね。定義について、はっきりとは決められていないのですが口話の中に、読唇があり、読話ともいえます。


Mau: 説明していただけますか?



Chie: 読唇/唇を読む、 口話/読唇も含めて、声で話すことという風に私は解釈していますが、書かれた資料によってもしかしたら 定義が微妙に異なっていることもあったりします。

Mau:それでは、読唇と口話は一対になってコミュニケーション手段として機能すると考えても良いでしょうか?



Chie: 読唇と口話も一緒と考えていただいた方が混乱せずにすみますね。

Mau: 現在ちえさんは、手話、筆談、口話というコミュニケーション手段を組み合わせて生活をされていると思うのですが、それらをどのような割合で使われていますか?



Chie: 話す相手、人によりますが、 筆談は少なくなってきました。

聴こえる人を対象にした場合、 手話、口話を併用しています。ろう者相手に筆談することはほとんどないですね。


Mau: 手話を介さないろう者の方とは口話でしょうか?



Chie: そうですね。口パク(声を出したり出さなかったりしますが)で、口の形をはっきりします。

そもそも、 筆談が一番面倒くさいというのもあるからかもしれないですね (急いでいるときは口話になりやすいです)。


Mau: 学生時代には、口話の厳しい訓練を受けたとお伺いました。

私は慣れていないせいか、(どのくらい正確に伝わっているかな?)とすぐに心配になってしまって、筆談にも頼ってしまいがちですが、本当はろう者にとっても聴者にとっても同時進行で会話を進められる手話ができるのが一番お互いに気持ち良く話せるのだろうと、以前は想像するだけでしたが、今は実体験として思うようになりました。



Chie:口話について、重要な話は筆談で確認する(手話が一番ですけど、それができない場合)ことがあります。


口話のコツと手話


Mau: 口話のコツみたいなものはありますか?

また、話をするときにこうした方が良いということはありますか?



Chie: コツですね、手話と同じように全体を見ます。


Mau: おお、全体なんですね!



Chie: ですので、口で話をする場合は、一字一句で話されると余計に分からなくなります。「いま/か/ら/ご/は/ん/を/た/べ/る/よ」よりも、「いまから/ごはん/たべるよ」の方がいいですね。しかし、ずっと口を見ると視力も下がってしまいそうです(笑)。



また、私が声で話すとき、時々「声が大きい!」と注意を受けますが、あれが一番難しいですね。



調整しているつもりですが、どうしても大きくなってしまって「うるさい、もっと小さい声で!」と言われて、逆に声が小さくなってしまって「何言っているか、声小さくて聴こえない」と言われる始末。



どっちなんだ〜って感じですね。手話はそこで悩む必要がないので安心ですね。



まうさんは私と話をするとき、声が大きいなとか気になっていることがあったかもしれませんが、もし、そうでしたらすみません。



Mau: それは分かる気がします。

音量に関しては・・・そうですね、静かなカフェなどでは大きくなりがちかもしれませんが、そういうこともあるということを周りの人には自然と知っていただけるといいですね。

私の場合、どうしても手話は手だけ、口話だと口のまわりだけに目がいってしまいがちなので、目が乾いて(瞬きを忘れるみたいです)しまいます。きっと身体は前のめりになっていると思います。そうですね、「全体」を見るようにしたいと思います。



Chie: 手話は手だけ、というのも分かります。そこから、一歩踏み出して、全体を見ることを覚えると読み取れると思います。英語も単語1つ1つにこだわらないで、全体を聞くような感じで取り組んだ方が分かりますよね?


Mau: 確かに英語もそうですね。
でも勉強を始めたばかりの人にはよくあることですね。仕方がないと思います。
でも不思議なことに、それでもあきらめずに、「もうだめ~!!」という時間を繰り返していくうちに肩の力が抜けて、全体で理解できるようになってくると言葉が身体に響くようになってきます。そこまでたどり着くにはやはり日々の勉強(特に文脈の中での単語学習)が必要ですね。



言葉のシャワー


Chie: 英語も手話も、リラックスしているときの方が理解度は高いですね。 赤ちゃんも、日本語を聞いて育つのと同じように最初はシャワーが必要ですよね。


Mau: そうですね、言葉のシャワーは大事ですね。大家族又は、兄弟の多い子供は一人っ子の子供よりも早くしゃべりだすと聞いたことがありますが、当然だと思います。手話も英語も浴び続けて自然にそこにあるようになるのが理想の形だと思います。

英語の場合については、一人でいるときはなるべく英語圏のラジオ放送を聴いたり、洋画DVDを流しっぱなしにして海外にいるような錯覚を起こす工夫(あがき?)をしています。



Chie: 人によるかもしれないですが、人によっては言葉のシャワーが英語であったりスペイン語であったりするのと同じように手話であったりという方もいますね。




口話が招く誤解


Chie: 今回、読唇について取り上げたいと思ったのは、聴こえる人から「ろうの方は、口を見たら分かるんですよね?」と言われるのが多いのでその辺りの誤解を少しずつ、解きほぐせたらと思っていました。



なぜ口を見たら分かるという考えになるのか、私にとっては不思議でした。日本人同士だからということかもしれないですが、まうさんはどのように考えていますか?


Mau: 「ゴルゴ13」では、主人公は読唇術を完璧に身に付けているスナイパーと言われていますが、一般人はちょっとそこまでは・・・。



冗談はさておき、確かに「ろう者はろう学校では手話を必ず習っている」と多くの人が信じ込んでいるように思います。だから、「口話?手話と一緒に学校で習っているから読み取ってもらえるでしょう」ときちんと確かめることもなく思いこんでいる人は少なくないような気がします。



Chie: 情報が行き渡っていないというのもありますね。読唇術が完璧な人、この世の中には少ないんじゃないかな〜。


Mau: 一般の学校に通って高校を卒業したというろう者の方のお話をお聞きしたときに、実はものすごく驚きました。



それまで「ろうの児童は“ろう学校で学んでいる”」と思い込んでいたので、その人がどのように授業を受けているのかが全く想像できなかったからです。その後、いろいろな方からお話をお聞きするうちに、一人ひとり歩まれている経緯は違うのだから、選択肢はいろいろあって当然なのだと思いなおしました。



Chie: 一般の学校で育つ人も多く、また聾学校の中にいたろう者もいますね。



そんな中で、皮肉なことにろう者にとって口が読み取れてしまい、その場のコミュニケーションがまぁまぁ良くて終わる場合はなおさら、口話で十分だと誤解されたままになりますね。

ろう者自身も、「口話ができた方が優秀」という価値観を持つ人がいます。それくらい、口話はかっこ良く、聴こえる人に一番近い状態になれるという、コンプレックスからくる言葉だと思っています。


口話ができる=難聴者=優秀、という見方は、聾学校育ちであれば誰もが、一度は知っている話題だと思います。



特に私の学校は、口話ができることは日本語ができることにつながると教え込まれていたことがあって 「聾学校にいる生徒は聴こえる人より人一倍努力が必要」とも言われていました。



自然に聴こえる人たちと一緒の学校に通っている難聴者は頭がいいんだという見方になりました。



そして、ろう者が一番「できていない」人間だと本気で思っていました。こうした聴こえないことに対するコンプレックスの裏返しが、少しでも口話ができた方が良いという想いになり、手話の価値を自ら下げているろう者もいます。



世界の少数派も同じような境遇で、黒人が自らの肌に対してコンプレックスを抱えるのと似ているかなとは思います。



名案誕生!


Mau: 余談ですが、ちえさんはかなり読唇は上手い方だと私は思っているので、そこに甘えすぎてしまい、私の手話は上達せず・・・(あはは!言い訳ですね)。

もっとびしびしと厳しくしてもらった方が良いと思います。



先日のブログにも書きましたが、先日山の手線で同じ車両に乗り合わせた4人組の外国からと思われるろう者の人たちがものすごく楽しそうに手話で静かに盛り上がっていました。流れる手の動きはとても美しく見とれてしまったほどです。

みんなどうしてもその方たちをちらちらと見てしまいます。だってとても楽しそう!

そんな風に興奮してた人もいると思います。



どうでしょう、みんなでJRを一両?全部?借りて、手話会話であふれる電車イベントなんて!



Chie: おもしろそうですね!電車ハイジャックですねw


Mau: 電車は意外と簡単に借りれるらしいですよ。

以前“サイクルトレイン”というイベント列車に乗車したときに聞きました。



Chie: そうなんですか(笑)

それじゃ名案として、考えてみますのでそのときはご参加よろしくお願いいたします。

サイクルトレインって自転車を持ち運んでいくということですね?



手話を使ってコミュニケーションをとる人たちが増えていくとろう者自身の価値も高まると思いますし、まうさんとは少しずつ声をなくしつつお話しさせていただけたらと思います(笑)。



Mau: もちろん張り切って乗り込みますよ♪ 

自転車に関してですが、普通は折りたたんで輪行袋に入れないと車内には持ち込めないことになっているのですが、そういった電車は自転車をばらさずに車内に持ち込めるので現地に着いてからすぐに走り出せてものすごく便利です。また、どうみても自転車好き同士なので、車内でも盛り上がります。



“シュワ・トレイン”全国から人が集まりそうじゃないですか?車両ごとに他の国の手話を使う人や、他の県の手話自慢?などがあっても良いかもしれません。



Chie: 東京辺りでしたら、乗ってくれるかもしれませんね。新潟の国体が終わってから少しずつあたためてみましょう!


Mau: 「発話」した人は、「募金」してもらう仕組みもいいかも・・・到着するまでに気持ちよくへとへとになりそうですね。



Chie: それ、学生時代にありました(笑)声を出した人は100円出してもらうルールで飲み会を開きました。そうしたら、結局ろう者が声を出してしまったので台無しになってしまって「このやろ〜」って注意の目を向けたことがありました(笑)。



Mau: それ面白いです!



ということで、口話の話から手話の話題に変わりゆく過程は社会の変化と同じですね。今、現代で人間性あふれて魅力的な人同士が出会ったときに「手話」を介してお話をしながら信頼を築いていく、そんな日々に感謝です。

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

[PR]
# by machi-life | 2009-10-12 22:21

第33回(2009.10.04) 『感謝の種はどこにでも』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


秋に思うこと、秋だから考えていること

Mau:早いものでChieさんが新潟で暮らし始めて9ヶ月余り。
いろいろと行かれたりしたと思います。その中でも特にどこか気に入っている場所はありますか?


Chie:豊栄、新発田の地域はとても良いですね。気に入っています。その地域の人たちが自分の住んでいる街を誇れているのはとても魅力を感じていますし、新潟市中央区にも、もしかしたら隠れている魅力が沢山あるんじゃないかと思うともっといろいろ歩いてみたいです。

一人暮らしを始めて4年になりますが、一人暮らしより誰かと一緒にいる方がもっと良いと感じています。
一人でいられる時間を確保しつつも、他の人と「美味しい」「おもしろかった」「今日もお疲れさま」と言い合えることはすばらしいひとときなのだと実感しています。

時折、友人と一緒に過ごしていると「人間は一人だけど、一人だからこそ人とのつながりが愛を生むんだなぁ」とまで思ったことがあります。



Mau:本当にそう思います。
私にとっては海外で生活をしていたときに、一人だけで費やす時とハウスメイトやホストファミリーと過ごす時を同時に持つことができたことがその後の暮らし方や仕事の仕方に大きく影響したと思います。
主に現地で暮らす家族の一員として迎えていただいたり、他の国の友達と家やアパートを借りて暮らしていました。経済的な理由ということもありますが、そこでは家族以外の人たちと一緒に暮らす楽しさと難しさ、共同で過ごす空間でのルールなどをお互いに試行錯誤の中で作り上げていく過程が、時にもどかしくも人間として成長させてもらった日々として今も思い出します。


ろう者としての一人暮らし


Chie:ろう者として部屋を借りるとき外国人と同じ扱いで断られることもあると聞きました。

コーダ(ろう者の親を持つ、聴こえる子ども)の方も、親が聴こえないという理由だけで断られたり、変な反応をされたりすることもあるそうです。

不動産からにしてみれば不安なのかもしれませんね。
聴こえないってどういう人なのか、ちゃんと仕事をしているのかとか。



Mau: なるほど、そんなこともあるんですか。
うーん、市内の不動産会社はどうなっているのか一度調べてみたいところですね。


収穫の秋まではもうすぐ・・・?


Mau:Chieさんの所属されている“手話レクチャーハンズ“は、この11月で5周年なのですね!
おめでとうございます。ハンズという組織の中での一員としての活動と、個人での活動や想いがあると思いますが、年末に向けて少し早いですが、Chieさんとしては今後どのように活動を進めていかれる予定ですか?


Chie: ハンズの一員として、ハンズは将来的にNPO法人を取得する予定です。ハンズとしてのチームを考える必要がありますので少し慎重になっているところでしょうか。と、突然の質問で「何だろう?活動といえば?」と思っちゃいました(笑)


Mau: すみません。ちょっと突然すぎました!


Chie: いえいえ、びっくりしただけですので大丈夫です。


Mau: Chieさんご自身の一区切りは、本格的に新潟で活動を始めた今年の1月なのかもしれませんね。
とても精力的に活動されていらっしゃるからまだ一年も経っていないなんて信じられません!


Chie: 今年の1月ですね。ある意味、区切りの時期でもありますね。意識はしています。
とにかく前へ進むのみという感じで走っているような気がしています。



Mau: すごく進まれたと思いますよ。
何でも知って、見てやるぞ!という気持ちと行動力にはいつも、すごいなあ!と思っています。


Chie: ありがとうございます。これでも遅い方だと思っている自分がいるのは、ちょっと焦り過ぎですね(笑)


Mau: おお!それは欲張りすぎですよ、ちえさん!


Chie: あはは(笑)
もっと効率よくできたらいいのになぁとか思っていたりします。



Mau: 私には効率よく動かれているように思いますが、それでもまだ満足がいかないはどんな原因がありそうですか?


Chie: 私生活と仕事の切り替えがないからと感じています。最近は、お休みの日は一切、教材に触らない、手話指導のことは考えないようにしています。この前の連休で新発田城とかを観に行ったときにすごく気分が良かったんですね。なるほど、切り替えるというのはそういうことか!と思って、できるだけお休みの日、または1日の中で最低でも1時間だけは自分の世界に閉じこもるくらいが今、できることの切り替えですね。


Mau: 確かにそうですね。Chieさんも私も、ある意味自己完結型で仕事をすることが可能ですので、自由といえば聞こえはいいのですが、エンドレスに仕事をどこまでも引きずっていくこともできちゃいますね。


Chie: そうそう、そういうことですね。
自由とはいえ、自由な時間をどう使うかによってつい、仕事を長引いてやってしまう面があるので業務の時間を設定して調整していくことが大事ですね。たぶん、1年前よりは調整がうまくできている!と信じたいところです。



Mau: Chieさんはできていると思いますよ。すぱっと切り替えを入れなくても、ちょっとお茶を丁寧に入れたり、ポストカードを一枚書くだけでも気持ちがす~っと落ち着いたりしますね。


Chie: ポストカード、確かに落ち着きますね。母からの手紙が届く度に、毎回返信を書いています.そうしたら、「忙しいときは出さなくて良い」と気使われました。どうやら、字が躍っていたようです(笑)。


Mau: あああ!!!分かる気がします~!!それでも、待っているお母さんに返事をだそう!と無意識に手は紙に向かうのかもしれませんね。えらいなあ!


Chie: 書かないと忘れちゃうからです(笑)。


Mau: 私は何か集中して取り掛かっている仕事があるときには、他のものは一切シャットアウトしてしまいます。申し訳ないと思いつつも・・・多くのことを一度に負えず。我ながら不器用です。


Chie: なるほど、集中するんですね。携帯もシャットアウトに近い状態でしょうか?


Mau: 携帯ですか?メールをいただいても、直接仕事に関係無いもの以外は、急ぎではない限りは後になってしまいます・・・ああ。 気持ちがそこに無いメールを送るなら、たとえその時だけでもちゃんとそこに心があるときに返信しようと思っているうちに、どんどん時間は過ぎていき、時にはメールの返事をハガキで返信させていただくこともあります。
私の場合は忙しいときも、そうでない時も基本的には携帯でのやりとりは他の人より少ないとおもいます。
本当は手紙でやるとりをするようなペースで仕事ができたらいいなと思っています。


Chie: そうですね、手紙でのやりとりだったらお互いに余裕もってコミュニケーションを図ろうとする分、
仕事もていねいになるのかもしれませんし、急ぎであれば会いにいくこともできますね。
こちらは仕事で携帯が必要不可欠になっています。といっても、すぐに電話ができるような環境にいない立場にとって携帯は最強ツールですね。
 


Mau: 本当にそうですね。携帯で生活が便利になり、豊かになることもたくさんあります。
母からはよく何気ないことでメールがぽつんと来たりしますが、そんなときは「さびしいのかな?」と思って、電話をしたり家に帰ったりします。


Chie: 娘が近くにいないと寂しいのかもしれないですね。母からの手紙を読む度にそろそろ、一時帰省したほうがよいかな〜と思ったりします。


Mau: うちはかなり近くに住んでいるのですが、一緒に暮らしていないという意味では、近くでも遠くでも親にとっては同じことなのかもしれませんね。

秋は人恋しい季節でもありますね。
きれいなものを見たり、美味しいものを食べたりすると、大事な人たちとこの喜びを分かち合えたらいいのにと思います。そう思えること自体がとても幸せなことですね。


Chie: そうですね。人の温もりも恋しい季節になりましたね。食べるときも誰かと一緒に食べた方がその分深く感じ取れることもできますね。
これは一人暮らしを始めてから本当にそう思います。
一人になって「やった~!」と解放感に満ちたものの、何だか違うなぁと思っていました。ラーメンでもパスタでもやはり、誰かと一緒に食べるのと一人で食べることは全然違うのだと分かりました。

秋になると人恋しくなりますね。その分、感傷的になりやすいかも?なんて思っていたら、どうしてもどうしても青春映画が観たくなりました!
そして、つくづく、男性との違いも少しずつですが、「男性ってすごいなぁ」と思いました。
自分自身を見ると意外と涙もろく、傷つきやすいときもあるのでそこは「女性だからというのもあるかもしれない」と実感しています。



Mau: 日本の男性は全般的に優しい人が多いと思います。
確かに、女性とはまた違った強さを持っている方も多いかもしれませんね。「母」になった友人の、守るべき人がいる人の強さにも美しさを感じます。機能的な美しさ、強さ、優しさ・・・ということを考えていたら、なぜか「江戸時代」を連想してしまう秋の私です。

Chieさん、ぜひ愛知へも帰ってきてください。そしてお母さんを新潟に連れて来てください!


Chie: ありがとうございます。
時間を見つけて一時帰国、ではなくて一時帰省してきます^^そのうちに新潟初上陸の日がくると思います。



厳しい冬の前の、過ごしやすく美しい季節が続いています。
さまざまな場所でイベントが開催されていますね。こんな場所で男女問わず素敵な人に出会ったときには、にっこり心の中でガッツポーズ。(この人に会うためにここへ来たのかも!)と思えます。

さて自分を振り返ったときにはどうだろうか?収穫してばかりで次の春に向けての種まきはわすれていないだろうか?実りの秋を楽しみつつも、小さな出会いの種、感謝の種をあっちにもこっちにも落として来れる私であれたらと願いつつ過ごす秋の一日です。

素敵な秋をお過ごしください!


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


にほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ


にほんブログ村 教育ブログへ

[PR]
# by machi-life | 2009-10-04 17:22 | mau+chie life

第32回(2009.9.26) 「わたし」の出会い、誰かの出会い

 「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chieの友人、新潟上陸!




Mau: おはようございます。ちょっと紅茶を入れてまして・・・少々お待ちください。

Chie: 今日はどんな紅茶でしょうか?

Mau: 今日は日本の知覧で作っている紅茶とアールグレイのミックスです。

ちえさんは、珈琲党でしたね。

Chie: 紅茶も好きですね。ミックスとはなかなか良い香りがしてきそうです。

たまたま事務所にはコーヒーかお茶しかありませんので紅茶も久しぶりに飲んでみたい気分です。


Mau: なぜか寒くなると紅茶が飲みたくなってきます。おすすめはジンジャーミルクティーですよ。

Chie: なるほど〜ジンジャーミルクティーなのですね!^^

Mau: 作り方は簡単です。

材料は、しょうが(適量/お好みでスライスしても下ろしても)、紅茶(茶葉をご用意ください。種類はウバがおすすめ)、牛乳(適量)、水

1)鍋にお水、茶葉、しょうがを入れます。

2)沸騰してきたら火を弱くして牛乳を入れます。沸騰する直前で火を止めてください。

3)ティーポットなどに入れて濾して飲んでください。そのままでも美味しいのですが、黒砂糖やはちみつで味付けをして甘くしていただくのもおすすめです。冬になると、職場には下ろした生姜を持って行って、深めのカップにお水、牛乳、生姜を入れてレンジでチン!して飲んでいます。

風邪を引きそうなとき、寒いときにぽかぽか内側から温まります。ぜひお試しください。





まうさんとの出会い

Chie: 先日の加島屋は本当にありがとうございました。

Mau:こちらこそ、ちえさんの大事なお友達を紹介して下さりありがとうございます。美味しかったですね。




   新潟加島屋HP http://www.kashimaya.jp/

   茶屋長作(加島屋2Fのお食事処) http://www.kashimaya.jp/restaurant/index.html



Chie: 友達との会話はいかがでしたでしょうか?

Mau: 最初、(あ、ちえさんとお友達がいらっしゃった!・・・と思ったらもう一人!)と嬉しさとびっくりから始まりましたね。

お二人ともシャイな感じでしたが照れられている中にも目元がとても優しくて、一目で好きになりました♪

Chie: 友達2人と伝えたつもりがちゃんと伝えていなくてすみませんでした。

2人とも実は人見知りのようです^^;

学生時代はそんなことないと思いましたが、意外と人見知りなんだなぁって私もあらためて発見できました。


Mau: ちえさんはどうでしょう?

Chie: 昔よりはよくなっていると思います 笑

Mau: そうなんですか!

三人は大学の時からのお友達で、卒業旅行にもみんなで行かれたんですってね

Chie:友人すーの呼びかけで集まり、タイへの旅行で仲良くなりました。ハプニングとかいろいろ起きたから絆が深まった(?)かもしれないです。

実際に話をしてみてまうさんはいかがでしたか?


Mau: 前日は手話本を見ながら特訓をしました。しばらくしてから、みんな人間だし、どうにかなりそうな気がしてきて、特訓は終了しました。

実際に皆さんとお会いしてみて、私の方はかえってリラックスしました。何でもそうなのですが、直前まではあーだこーだと考えてしまいますが、その時間になると、ただただ楽しかったです。

肝心の手話はというと、今回は皆さんが「優しい」ということもあり、ひらがな手話混じりの分かりにくいものでも理解してくださり感謝しています。

お互いに分かりあいたいという空気が流れていてとても心地よく感じていました。




Chie: ありがとうございます。ひらがな手話混じりというのは、指文字のことですよね?

友人も指文字くらいは分かるだろうと思っていたので指文字を使っていましたが、逆に「あれ?通じていないみたいだ」と判断してお互いにいろいろ工夫していましたね。
日本人同士が通じないという経験はあまりないので、良い機会でした。

音声であれば耳で聴いて、どこかで聞いたことがあるかなぁという風に記憶を探りつつ会話すると思います。
使用言語によりますが、英語の場合はそうだと思います。
でも手話となると、対応できるコード自分の中にがなく、戸惑うこともあるかと思います。
そんなときは、分かりやすく伝わる方法で伝えていますが、
友人との会話から、まうさんがどのように感じたのか一番気になっていました。



通じることとは?

通じないこととは?


Mau: 指文字は、自分の方向でだけ見て勉強しましたので、逆方向だと途端に読めなくなることが分かって良かったです~。

どういうことを「話が通じている」とするのかが曖昧なところですが、音声で話し合っていても相手が意図しているものが全く分からなかったり、逆に伝えていることが通じていないと感じることもあります。

どこかで聞いたことがあるぞ?と何らかの単語をキーワードにして想像したり連想していける人もいますが、みんながそうではないことも経験しています。不思議だなあ・・・と思いますが、時に全く言葉が通じなくても、例えばテレビでいう「チャンネル」のようなものが合う人とは、共通言語を何にも持っていなくてもいつの間にか友達になっていたり一緒に笑っていることがあります。

ここが始めの一歩ですね。それから先は、お互いに何か基準となる言語を勉強したり、語学だけではなく知識や経験の幅を広げていくことで更に面白くい関係になっていくのでしょうね。手話は私にとって新しい言語です。今は本格的な勉強の前のウオーミングアップをさせてもらっていると思います。お二人との新しい出会いは、そんな気持ちのアンテナを刺激してくださいました。

Chie: とても良いウォーミングアップですね!指文字については学習者の中にもそういう傾向があるのでこちらも勉強になりました。
話が通じているという基準について、確かに曖昧なところがあって伝わっているようで実は全然伝わっていなかったこともあります。
他に人から見て通じているように見えても、 当の本人たちにとっては通じていなかったりその逆もありますね。
そういうことを考えるとなるほど、チャンネルが合うと通じるというのはあると思います。
そのようなチャンネルが増えると良いですね、聴こえる人同士にも周波数のように チャンネルが合うのと合わないのはありますか?



Mau: 日々こういう出会いがあったら、どんどん手話は自分の中に取り込まれていきそうな気がしました。

英語やスペイン語は自習する時間も同じくらい大切だと思っていますが、手話だとその割合は少し減って、実践をより多くしていくことで習得していくものだと感じました。私も手話の絵が描いてある本を見て学びましたが、一体本当に正しいのか間違っているのかがよく分からず詰まってしまいそうな気持ちになりました。私が超初心者だからかもしれないのですが。


聴こえる人同士にも周波数の合う人となんだかずれちゃう人はいますね。
それはみんな違うことを目的として話しているので当然起こるべきこととは思っているのですが、内容にもよるかもしれません。

この人から学ぶべきことがあるとか、なんだかよく分からないけど面白いと思えれば、ずれていたとしてもそのままずらしておきます。

そしてこちらは話聞くのはやめて質問したり、聞く側にスイッチを自動的ですが切り替えているような感覚です。この場合はかなり受身ですが、それもコミュニケーションの1つとして考えています。




Chie: 手話は動く動作があって成り立っているので、絵だけの静止画では限界がありますね。
静止画だけで学習してきた人が、実践で思うようにいかないケースは多いです。
こちらは亀さんが小走りするような感じで手話をやってみると、
「速いからちょっと待って」と動きに慣れていない反応がかえってきます。絵だけを見てきた人たちにとっては
ある意味でやむを得ないかなと。

でも、いいところは、基本的な手型を知っているというところだと思います。
確かに絵にはない手話もあります(英語も実践の場で使う単語は全てが教科書に載っているわけではないですよね?)。
その前に、基本的な手型を知ることによってある程度予備知識がついていると思って
前向きに進んで行ったらよいかと思います。

コードスイッチングみたいなもので、コミュニケーション方法を切り替えるというのはろう者同士にもあります。
ろう者同士もお互いにずれているな〜と思ったら、わかる言葉を選んだり、
話を変えて分かりやすく整理して質問したり確認したり自動的にやっています。

これはなるほど、人間だからこそでしょうか。



Mau:そうだからこそ、分かりあえる、通じ合える人に出会えたときに私たちは大きな喜びを感じるいきもののように思えます。




Chie: そうですね。根本的なところは、人間、というところにありますね。

人間はそもそも伝達能力が、発展していき、その結果として多数の言語が生じているのですよね。


Mau: これだけいろんな言語が世界中にあることが、与えられた偶然なのか、いたずらな必然なのかたまに考えてみますが、一つだけではなくて、いろんな言葉が溢れていることに感謝してます。

こないだの日曜日、ハチャメチャな手話、指文字、ジェスチャー、表情・・・書く以外のあらゆるものを駆使してお話をしている時の私の顔は、ものすごーく嬉しそうな顔をしていたに違いありません。つながる喜びとともに、挑戦する楽しさをいただいています。挑戦するその先に「もっと話したいと思える人がいる」といるから楽しいし嬉しいのでしょうね。



Chie:コミュニケーション自体を楽しむことって大事。それがないと、人とかかわる楽しみも半減する気がします。

挑戦でもあり、今までの自分の経験の集大成みたいに、その場にエネルギーを集中。そういう時間が持てるって幸せなことです。


Mau: スーさんは、最初はろうの方だと思いました。とても自然な手話も使える聴者でした。

私たちが苦戦しているのに気づいていながらもあえて手助けせずにいてくれたのも嬉しかったですね。こちらも(よし、先方には助ける気はないようだと最初から腹を決めて頼らないでいられましたから)。

生徒さんを友人の外国人に紹介する時は、私もすーさんと同じような態度を取っていると思います。




Chie: すーさんはおせっかいをあまり好まなく、、必要な場面のみに応じるといった感じですね。
そういう意味では、まうさんと近い価値観を持っていると感じていました。
話したい人がいるというのは本当に幸せなこと。無機質に会話しているような雰囲気を醸し出している人たちも ごくたまーに駅で見かけたりしています。

比較する訳ではないですが、コミュニケーションのおもしろさが分かれば

その人の生活も見えてきて自分と重ね合ってみたり、あるいは拒絶されながらも

自分を見つめてみたりできて、人間という本質的なことに着いて考えられるようでおもしろいですね。
そういった意味では、今回のまうさんたちに友人を紹介できて良かったと思います。

ありがとうございます。今度お茶したいですね。


Mau: 皆さんには鍛えていただきました~!

基本は、みんな一人だと私はいつも思っています。だからその時だけ助けてもそれは本当の親切ではないと思える時があります。

ただし、学んでいる者同士でお互いに助け合うことは大いにやっていくべきだと思っています。いつか一人で飛べるように。

こちらこそありがとうございました。またご一緒しましょう。




Chie: 学んでいる人同士が助け合いながら一人前に成長していく、スポーツと同じですね。イチロー選手も野球は相手がいて成り立つ
ゲームだからこそ、メジャーで活躍ができるんですよね。ありがとうございます!



☆ ☆ ☆

人に出会って、新しい自分を発見することがあります。

「わたし」という人に出会って、誰かが自分を発見することもあると思います。

一人で何かをしようとすることも素晴らしいことですが、何か1つのものをさまざまな考え方、方法を駆使してみんなで作り上げていくという作業に憧れる秋です。



e0172983_20101269.jpgにほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ


にほんブログ村 教育ブログへ

[PR]
# by machi-life | 2009-09-26 07:23 | mau+chie life

第31回(2009.09.19) 『手話で あなたと 話がしたい』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由  

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


“聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

“聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

新幹線+都電=片道3時間 学びの場所を衣替え

更なる出会いと学びの場を求めて、東京・武者修行にでかけることにしたMau。
初回レッスンが終わって、興奮冷めやらずといった状態です。



Chie: 良かったですね!リフレッシュさが伝わってきます^^


Mau: ありがとうございます。これから週1回×3ヶ月、教室の仕事とバランスを取りながら時間を上手に組み合わせてみようと思います。やる気の満々の人たちと出会うという意味でも、自分が今まで曖昧にしてきた部分と向き合うということでも、東京で学ぶ時間はとても刺激になりました。


Chie: すごいですね!どんなレッスンでしょうか?


Mau: 端的に言うと「英会話レッスン」なのです。メンバーは主に関東圏在住のばりばり英語を仕事で活用されてきた方々が、新たな舞台を目指して「英語で話す日本」について二時間しゃべり続けるクラスです。講師のイギリス人女性は、文法にとても厳しい方でしたが、それが嬉しいですね。きちんと訂正していただけるのはありがたいです。講師の注意の仕方、話題への切り返し方、褒め方等も勉強になります。


Chie: 講師としても大変良い刺激を受けながらの学習ができるのですね。おもしろそうです!
みなさん、英語で2時間ディスカッションでしょうか?



Mau: そうです。それが、あっという間の時間でした。

難しい問いや分からないことに対しては、臨機応変さと乗り切るユーモアが問われました。そうかと言っていい加減なことを言うわけにもいきませんし、困った!そこへ緊張も手伝って、しどろもどろ(嗚呼!)後で録音をした自分の声を聞いて・・・倒れそうになりました。次回はもうちょっと準備をして臨みたいと思います。


筆談があれば、手話は必要ない?


Mau:以前私たちのブログでも取り上げた「筆談ホステス」を読んだ方々から、「本を読んで思ったんだけど、筆談があれば、手話は必要ないよね。この本の作者は、筆談だからこそ、こんなに素敵な会話ができるのだから」と言われました。

「う~ん」と言いながらも、「でも聴者が何気なくしているような、“相手と自分が同時に会話を進行する”ことは筆談では無理ですし、筆談には筆談の良さもありますが、会話そのもののリズムを保ち続けることは難しいと思います。ろうの人同士、又はろう者と聴者間の意思疎通手段として手話は必要なものなんです。」ちえさんと以前お話をしてお聞きしたことをお伝えしたつもりですが、どうにも上手く伝わっているようには思えず・・・何となく話は終わってしまいました。

いろんな意見を持つ人がいて、そういう意見もありだとは頭では思いながらも、きちんとお話できないことを残念に思いました。私自身が手話を使いこなしていない・・・という自信の無さも出ていたかもしれません。

ちえさんはこう言われたらどう答えますか?


Chie: 「今日から明日の夜まで、全ての会話を筆談で臨んでください。そこからまた明日の夜にお話をしてみましょう」。という答え方ををしますね。2日間とも家の中に引きこもっていたら意味がないですが(笑)。


Mau: なるほど・・・。
では・・・いじわるな質問をしてごめんなさい。
もしその人が、「じゃあいいや!」と言ったらどうなりますか?


Chie: それでいいと思います、そのあとに、その人がいるところに行って「手話が必要」と思わせます。


Mau: あははは!強いですね。


Chie: ろう者の中には、日本語の読み書きが不得手な方もいます。ろう学校で教育を受けたものの、自らの言葉の習得に無頓着なのか、あるいは何らかの学習障害が合わさって日本語の読み書きが難しいろう者もいます。教員とのコミュニケーションがうまく図れずにいるのも1つの原因かと思いますが、(ろう学校の教員の中で手話が堪能な方は限られます)聴者たちから筆談で話しかけられて戸惑ったろう者を見てきました。

自分自身も、筆談だけで時折その人の意図がつかめなく、何度も軌道修正しながら話をしたことがありました。これが手話だったらどんなに楽だろう、と何度も思いました。

「筆談が良い、手話は不要」という方には、ろう者10人でその人のところへ行って道を聞いたり、何かを聞いてみます。

その人は筆談すると思うので、差し出された紙を見て、「何これ?読めないな」と日本語がわからないろう者が言ったら良いと思います。



Mau: そんなことになったら・・・「ごめんなさ~い!」と言ってダッシュで目の前から居なくなる人もいそうです。


Chie: 逃げられない空間を作れると良いですね。


Mau: ははは、追い詰めますねChieさん。そういったことは、日常的にありますか?


Chie: 逃げられたことはあります。でも、嬉しいことに一生懸命汲み取ろうとしてくれた人もいます。


Mau: わァ~っハハハ!!追いかけたのですね。やるなあ。


Chie: まだまだですのでこれからもどんどん試してみます。そう言いながらどうしても筆談で差し出された紙を見て「やはり筆談か〜」と仕方なく見てしまいます。


Mau: 私にも、たまに手話だけの日を作って鍛えてください!


Chie: 20日にしましょうか。


Mau: ほー・・・そうきましたか。Chieさんとのランチの日ですね。OK,そうしましょう!


Chie: 一時的にそうすることもできます。切り替えですので、手話モードにしてほしいときは手話モードにしますしそれでも歓迎です。


Mau: 私の場合は、手話というよりジェスチャーがほとんどですがそれでも良いですか?


Chie : ジェスチャーは人間に備わっている伝達機能の1つで自然なことです。そこから始まり、お互いにどうやって通じるようになるのかを体感しながら考える機会を通して手話に入っていった方がすんなりと身に付くと思います。

手話はジェスチャーとは別ですが、全くの別物ではない。
でも一方でジェスチャーと混在しているから手話も同じじゃないかという見方もあります、そこら辺は私も勉強中です。

手話が分からないとき、ジェスチャーで「これ何?手話では?」と聞くことがあると思います。それができる人とできない人がいます。黙り込んでしまう人がいるので、お互いに伝え合うためにはどうすればいいのか、と考えたときに「手話」につながったらいいですね。これは、英語もスペイン語も同じですよね?



Mau: なるほど・・・もし、言葉が書いても話しても伝わらないとしても・・・その時の状況にもよると思いますが、目の前に一生懸命に何かを伝えたい、伝えようとしている人がいたら、やっぱりどうにかしてつながりたいと考えるでしょうね。そしてたった一度かもしれないし、継続してそんな状況が起こった後のことなのかもしれませんが、その人を通して未知の言語に興味を抱くことは自然なことかもしれません。

言葉の通じない相手に出会い、「どうしていいのか分からない!どうしたらいいの~!?」というときに、「じゃあこうしよう!これがだめならああしよう!」という素早い思考の切り替えは、国のほとんどが日本人で占める国で暮らしている私たちには練習をする場は多くないと思います。日本で暮らす、日本語以外の言語話者にとっても日本人の反応に驚くこともあれば、戸惑うことも多いと聞きました。まだまだお互いに知っているようで知らないことがたくさんあるのだということなのだと思います。

でもこれも私たちもブログでよく話をしますが、慣れの部分も大きいと思います。
慣れるためには会う機会を増やして、何もせずとも同じ空間を一緒に過ごす時間も必要だと感じています。

ちえさんのスパルタ計画は大賛成です。私にとってもまだまだ未知の「手話時間」、「手話の世界」にどんどんいろんな人を引っ張り込んでください、手話の素晴らしさについて教えてください!


Chie: 日本人が多数を占める国だから「伝え合う」ことについての意識が他の国と異なるかもしれないですね。

高校時代に、アメリカから黒人女性が国際交流として聾学校に来たことがあります。彼女は聴者で手話ができない方でしたので音声で英語を話してみました(先生のススメもあって)。でも予想通り通じなかったですね。私が紙に英語を書こうとしました。

そのときに彼女は「No!」と言って、もっと話をしてごらんというジェスチャーで、文字に頼らず、音声にも頼り過ぎずに会話をしましょうと促していました。

当時は促されるまま、通じたいという想いで手話と英語を一緒に発したと思います。今思えば、このやりとりは、このスパルタ?計画と通ずるところがあります。

やはり日本人は、人種に対する捉え方が他国と違うかもしれません。
たとえば、アメリカ人やスペイン人だったら見た目で目の色や接していて、外国人だと分かりますが、ろう者の場合、日本人だから同じ人種として見ます。そもそも、聴こえない人は外見だけでは判断ができないですよね。

日本人同士では話がほとんど通じないという経験がないから、日本人同士だから筆談で通じる、ということはあるんじゃないでしょうか。

共通の見解というか日本人だから日本語がわかる=手話が分からなくても日本語を書けば通じるというようなもの。 どうでしょうか?

そういえば、以前まうさんの教室を訪れたとき、Yさんは以前と比べて手話で話しかけてきましたね。
通じる言語を選んでのことだったので、話しやすかったです。



Mau: Yちゃんも、私とちえさんの関係をうらやましそうに見ていて(笑)手話本をどこかから持ってきました。

「日本人だから筆談でいいや」で思い出しましたが、中国へ旅をされる方から、いざとなったら漢字で書けばいいから安心だという声を聞いたことがあります。

また、「この国にはこういったお国柄がある」という言い方も良く聞きます。
私には、「何か理不尽な事があっても、こういうわけだから仕方がない(納得したい)。
あるいはある程度のことを知ることで安心したい」という気持ちの表れのようにも聞こえます。
怖いのかもしれません。

もしあえて、日本人を聴者に近い人と、ろう者に近い人に分けて考えるとすると、ろうの人たちの言語である手話以前に、日本人のろう者の方々の生活の仕方、住まい方、考え方についてChieさんたちと出会う前までは何も知らないわたしがいました。

「フランス人はこういう人種」とか「メキシコ人はこういう人種」と言えるほど、私たちは日本で暮らすろうの人たちについて知らないんです。

そのことをお互いに認め合ったり、もしお国柄のようなものがろう者にも聴者にもあるのだとしたら、それを必死に知ろう、探ろうとしているのが、私たちの今なのだと思っています。


Chie: ろう者といっても聴者と同じように多様ですが、ろう者によく見られる行動傾向等はこのブログを通して発見できたらと思っています。これが日本という国の上で生きるときに必ず役に立つと私は思っています。

もう少しお話を進めたいのですが、時間がぁぁぁああ!



Mau: そうでした!!


***


今回は国境を意識した内容になりましたが、世界は広く、手話も各国によって異なります。
英語、中国語、フランス語、スペイン語のように多数の音声言語があるように、
手話にもアメリカ手話、フランス手話、等があります。

言葉っておもしろいですね。「伝え合う」ための手段として言葉が発展していく。
人を動かすのも言葉ですね。

だからこそ、発するときは適度に気をつかいつつ、
自らを示しながら伝え合えることが一番良いのかもしれません。


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

e0172983_20101269.jpgにほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ


にほんブログ村 教育ブログへ

[PR]
# by machi-life | 2009-09-18 19:59 | mau+chie life

第30回(2009.09.13) 時間と不思議な体験

    「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆




まうさんの母に会う

Chie: 先日はびっくりしました、偶然まうさんのお母様にお会いしました。お母様が骨折されたとのこと、腕の状態はいかがでしょうか?




Mau: 腕は痛々しかったですが、本人はいたって元気でした。体力を持て余していました。金曜日には退院だそうです。



Chie: 元気そうでしたね。


Mau: そうなのですよ。普段から「いつ寝ているの?」というナポレオン体質で、一日に3、4時間しか寝なくても充電完了の人なのです。お店を開いて20年余り・・・こんなに続けて休むのは初めてだと思います。おそらく年間でも2週間ほどしか休んでいないと思います。



Chie: すごい!!ナポレオンですね。私は必ず睡眠時間が5時間は必要だなって今朝思いました。その体力の秘訣は何でしょうか??

Mau:母の体力の秘訣は・・・なんなのでしょう?好きなことしかしないことかなあ??!

とにかく普段から徹底的に無理はしませんね。切り替えも早い方だと思います。もちろん仕事ではありますが、趣味のようにも捉えて楽しんでいますね。夜の仕事ですが、朝は8時には起きて庭仕事、もしくはテニス又は、エアロビ教室。昼間はテレビを見て大笑い、又は読書、夕方からは孫4歳のお迎え&夕飯作り。あ、深夜の格闘技観戦を忘れていました!母の口癖は、「寝ていても一文にもならない」です。



ちえさんは寝不足のようですね。昨夜は徹夜でしたか?



Chie: 好きなことしかしない、それで体力がもつってすごいですね!!それに習慣的に行えることが大切なんですね。テレビで大笑いするのもなんか幸せですね(笑)

昨日は友人と朝3時まで話をしていました。久しぶりに会ったので近況報告も兼ねて、今後の予定についても相談をしていました。


Mau:朝3時まではキツイですよ!私も昨日は寝たのが2時でしたが・・・今日はまぶたが重くて大変でした。

Chie::確かに朝3時はきつかったです(笑)


Mau: 夜中の3時まで盛り上がるほど、お話が楽しかったのでしょうね!お仕事は秋から冬にかけてもイベントが目白押しなのですか?



Chie: もともと待ち合わせ時間が夜12時なので、早く話をしなきゃと思いつつ、とりあえず11月21日のパーティについてもあわせて話をしていました。あ!11月1日にしゅわるソングコンテストを実施します。ぜひ見にきてください。



【ここでCMタイム!】***************************

手話レクチャー「ハンズ」は11月1日にユニゾンプラザにて、「新潟しゅわるソングコンテスト」を開催いたします。多目的ホールで行います、観覧のみの参加もできます(無料)。

日時:11月1日(日曜日)13時開演、16時までの予定

場所:新潟ユニゾンプラザ 多目的ホール

問い合わせ先:手話レクチャー「ハンズ」025-288-1244(聴こえるスタッフが応対いたします)。

info@syuwaru.org

お問い合わせお待ちしています。
********************************


「時間」の存在


Mau:最近気になっていることは何ですか?



Chie: 最近気になっていることといったら「時間」でしょうか。恐ろしいくらい、1週間経つのが早く感じるんですよね。まうさんは「時間」についてどう感じていますか?

Mau: 時間について・・・といえば、高校の倫理の先生が、「時間ってどこからどこへ流れていくと思う?」と最初の授業で言われたことを覚えています。「えっ?!」と一瞬思うのですが、そこは学生、必死で模範解答を見つけ出そうとするのですが、答えが見つかりません。先生は尚も続けて、「(赤いりんごを見せながら)どうしてこれが赤いりんごだってことがわかるの?」と私たちに問いました。またもや一同軽くパニックです。



Chie: そうですよね。


Mau: その後の授業展開について詳しくは忘れてしまいましたが、時間を経て考えてみると、「物事にはすぐには分からない、もしくは一生分からないこともある。反対に、絶対にそうだと思っていることは実は間違っているかもしれない。思い込みかもしれない。本物の答えは自分で探しに行ったら?」ということではなかったのかと。答えなんかなくても構わないのですけどね。

今になってもあの時の問いを考えている自分がいます。



Chie:物事のとらえ方はいろいろあって、正しいものが1つとは限らないですね。そして、正しいと思っていたことも実は違っていたり。この先生、すごいですね。一瞬の質問で生徒さんをひきつけました~。

Mau:「時間」といえばもう一つ。不思議なお話をアルゼンチンで暮らしていた時に聞きました。



Chie: どんなお話ですか?



Mau:その人とは、南米の昼ドラのような次から次へと予測のできない、あまり歓迎することのできない出来事が周りにも自分にも起こっていた時に出会いました。

私をその混沌の渦の中から連れ出してくれた人です。

「時間」について思いを馳せるときに、いつもその人が聞かせてくれた話を思い出します。



その人は小さい時から、他の人には見えないものを見たり感じたりしたそうです。

近所で行方不明になった人の居場所を当てたこともあるそうです。大人になるにつれて少しずつその不思議な感覚は薄れてきたそうですが、ある時に体調を崩して入院をしました。

そのときに、かつて見ていたさまざまな「夢」を見たそうです。でもしばらくして、その「夢」は現実(未来)の世界でも起こったそうです。



またある時には、夢の中で初めて出会った人から、今生きている人に向けてメッセージを伝えてほしいと頼まれましたそうです。夢の中の人は、伝えて欲しい人とのあるエピソードを教えて、「私は今もあなたを見守っている」と伝えて欲しいと言いました。その人は、半信半疑でそのことを相手に伝えました。伝えられた人はぼろぼろと泣き出して、「それは私の亡くなった大切な人です」と言ったそうです。



少し長くなってしまいました。その人は私にその話をしながら、そして私は聞きながら、もしかしたら時間は過去から未来という一方通行な流れではなくて、未来から過去へも流れる?こともあれば、「今」は「過去」や「未来」とも一緒にここに存在しているのかもしれないねというような話をしました。「終わらない」時間への問いかけとして、日本に帰って来ても、今ここにいる時間の不思議について、時にポーンと思考が思わぬ方向へ投げ出されます。



不思議な体験



Chie: こういう話、漠然ですが、私も何となく信じる方です。見えない力というのはあると思っています。

そして、過去、現在、未来のつながりは、先祖様や守護霊等が何かを伝えにきているのと関係があるように思います。

宗教に入っている訳ではないですが、「もしかしたら?」というようにサインを感じ取るというか、その辺りは説明ができないですが、「きっとそうなる」という見えない予感というのは時々あります。そんなに大きなことではないですが、例えば、「あの人とお話をしてみたいな」と思い、イメージをしてみる。その数秒後にはお話をしている。というようなこともあります。でも、私の課題は、「もっと積極的に前に出ること!」ですね。引っ込み思案も時々あります(笑)

そういえば、フィンランドへ行ったときに、5年前に訪れた教会の中に入りました。5年ぶりか〜って感動のあまり、ぼーっとしていたらふと誰かが肩を叩いたんですね。振り返ってみたら誰もいなくて。風のような柔らかさではなくて、友達同士で呼びかけるような強さの叩き方だったので、一生懸命周りを見渡したけど近くには誰もいませんでした。

そのあとに、観光客のグループが押し寄せて入ってきたので、その場を去りました。もしかしたら「こんなところで立っていると危ないからそろそろ帰ろうよ」というサインだったのかなと。考え過ぎかもしれないですが、叩かれたときの感触はまさに友人に叩かれるのと同じ強さでした。


Mau: 「よっ!ひさしぶり!」の肩たたきだったかもしれませんよ。



Chie: なるほど、そういうこともありですね〜。


Mau: 体、心、先入観からも解放されていて、自然な状態でいながら適度な緊張感があるときに、いわゆる「第六感」・いつもは眠りきっている部分が起き上がってくるのを感じます。私にとっては、誰もいない森の中や、草原を一人で歩いているときの感覚です。

身近なところでは、手足を四方八方に大きく伸ばして寛いでいるネコが、急にスタッと立ち上がって、誰もいない、何もない方向をじーっと凝視したりしていることがあります。もしかすると何かが見えているのかもしれません。

そういったことのほとんどは気のせいなのかもしれません。何も意味はないのかもしれません。

でも人間が知っている、見えていること以外にも何かが存在しているのかもしれないなと思わせてくれます。そしてそうじゃないと何だかつまらないよとも(笑)。

あらら、また脱線しちゃいました?

「時間」から、「秋の不思議体験特集」になっちゃいました!



Chie: おもしろい展開になっていますね(笑)この世の中は科学的に証明できる物は本当に少ないかも。時間の感覚ですが、同じ時間を分け与えられているのに、人によって使えたり、死なせてしまったりするんだなぁと 。 同じ1分間でも、それを誰かのために使えているか、全く使えていないかだけでもかなり違ってくるんだなと思いながら自分の時間も必要だと感じています。

もしかして、不思議な体験というのは、自分の時間が持てたときに起きるのでしょうか?


Mau: そうかもしれませんね、自分と向き合える時間ができたときに起こっている気がします。



Chie: そうですね。それとつながっているかもしれないですが、先日に駅でまうさんとお会いしたとき、その数分前までは、別の道を歩く予定でいました。コーヒーが飲みたくてしょうがなかったのでタリーズを狙っていたのです(笑)

でも、なぜか、コーヒーは後にした方が良いと身体が動いたんですよね。それで駅の方へ向かったら、まうさんを発見しました。




わたしにとっての時間、あなたにとっての時間とは?


Mau: 病院帰りの母と待ち合わせていて、車に乗せて自宅へと帰るだけでしたので、本当に一瞬の偶然がすれ違いましたね。母もお会いできて喜んでいました。



話はまた変わりますが、いつかの誕生日にいただいてから、砂時計が好きになりました。砂時計というものは全て3分間だとなぜか思いこんでいましたが、いろいろとあるのですね。1分だったり、10分だったり、無限のバラエティー!人それぞれ用途によって違う時を刻んでくれるものが必要ですものね。

砂時計がさらさらと静かに流れていくのを見ていると、普段は目に見えない時間と3分間ですが、向き合える気がして気持ちが落ち着きます。ちえさんはどんな時に「時」を感じていますか?



Chie: おお!難題が飛んできました(笑)。砂時計で「時」を感じる・・・私の場合は、空と海を見たときでしょうか。



海を見ていると、沖縄の宮古島を思い出します。海にも命があるんだなって初めて感動しました。宮古島で海を見た瞬間、涙が出たんです。何故かは分かりませんが、とにかく感動してしばらくその場にいました。それ以来、宮古島のような感動はなかったですが、前にまうさんが連れてってくださった海で久しぶりにそれに近いのを感じたので気持ちよかったです。ありがとうございます。


Mau: あの日の海も気持ち良かったですね!

学生の頃はよく海に昼寝をしに行っていました・・・というより波の音を聞いているといつのまにか寝てしまっていたのですが、気が付くと周りには誰もいなくて辺りはすっかり暗くなっていることもありました。波が行ったり来たり、毎回違うリズムと大きさで行き来するのを見ていると時間が進んだり巻き戻されているような不思議な満足感に包まれます。



Chie: 海辺で寝ていたんですね、すごいなぁ(笑)海にも時間がありますね。

誰かがスイッチを入れた訳じゃないのに、波の動きも変わってくるし場所によって海の顔が異なるのは、人間にも通ずるところがありますよね。海を見ていると、私って小さいなぁと思います。



Mau: 「海の顔」とはしっくり来る表現ですね。



Chie: 愛知の海と沖縄、新潟の海は違いますね。愛知の海はドロ〜ッとしています。緑色ですよ(笑)。


Mau: ええ~っ、いや~っ!!

今更ですが、名古屋の場所を地図で見ていたのですが、すぐお隣り?比較的近い場所に三重県の県庁所在地がありますね。津市かな?



Chie: そうですね。左となりにありますね。行ったことがありますか?


Mau: 行ったことはありません。でも先日地図帳を眺めていて、真珠が取れる英虞湾のある三重県と隣り合っている愛知県だから、あの辺りは海がきれいなのかなあ・・・と想像していました。英虞湾まで行くと離れすぎでしょうか?!



Chie: 少し遠いような近いような。私の大学は知多半島にあったので、三重県は天気がよければ見えるそうです、きれいなスポットとそうでないスポットがあって、大学の近くはあまりきれいじゃなかったですね。匂いがちょっと。


Mau: へえ~意外です。伊勢湾はわかめづくりでも有名だと聞いていましたので、美しいのだと思っていました。セントレアの近くですか?それとも三河湾のほうでしょうか?



Chie:セントレアの近くですね。大学近くの海はセントレアより下の方です。伊勢湾だったら少し離れていますね。三河湾は知多半島と渥美半島に囲まれています。渥美半島の辺りは伊良湖と呼ばれていて、トライアスロン大会も頻繁に開催されています。一度、愛知でもまうさんと対談できたら良いですね♪



おかげさまで私たちのブログも第30回を迎えました。本当にいろいろなテーマを扱ってきたと我ながら不思議に思います。将来的には読者の方々も交えて1つのテーマについてお話をしてみたいです。今後も応援のほどよろしくお願いいたします。 ~ machi-life Chie + Mau  ~

[PR]
# by machi-life | 2009-09-13 01:11

第29回(2009.09.04) 『聴こえる世界、聴こえない世界の狭間で』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

東京帰りのMauさん、興奮する!

Mau: 久しぶりに東京へ行ってきまして、いまだに興奮冷めやらずの状態です♪

「TOKYO」は同じ日本でありながら、古いものと最新のものが無秩序に入り混じっている不思議な場所です。私にとっては外国に近い場所かもしれません。生活の光と影を強く感じる空間でもあります。


Chie: 外国に近い場所というのは、興味をそそられるような出来事もあったのですか?


Mau: まず新幹線ですね・・・・「えっ!そこから?!」と思われそうですが(笑)。

高速道路を100キロぐらいで走っている車を横目に、当り前のように抜き去る乗物に乗車できる国に暮らしていることに・・・毎度のことですが、新鮮に感動します。

上野で降り、東京国立博物館へと直行しました。初めて行きましたが・・・仏像を始めとする美術作品の美しさに感動しっぱなしです。この一年弱の間に改めて日本史と地理を勉強したおかげで、まだまだ浅い知識でしかありませんが、今まで気付かなかった視点で日本の美について考えることができたように思います。これらの作品は無言のまま歴史を見続けてきた上に、戦争、火事、地震・・・さまざまな困難を乗り越えて、よくもまあ今も美しく、こんなに堂々と立っていてくださいました・・・ありがたや、ありがたや・・・とここでまた感動ですよ(涙)。


Chie: すごいですね!感動できるくらい、今まで培ってきた物がすべて、つながってきてそこで自分とのつながりも見えたということでしょうか。東京へはどれくらい久しぶりでしたか?


Mau: うーん、お正月に横浜&鎌倉に行っているのですが、東京そのものには一年半振りぐらいでしょうか?あの頃は、こんなに仏像好きになるとは思いも寄らず。人はいつでも変われるものなのね、と自分を実験台に驚かされてます。ちえさんは東京にはよく行かれますか?


Chie: 東京でそういう感動を見つけられるってすごいなって思います。

東京は、雑踏した雰囲気、たぶん私が行く場所がほとんどそうだからかもしれませんが、東京でもこういう場所があったんだなって何だか、別の東京を垣間見たような気がします。2ヶ月に1回は行っていますね。無意識ですが、気がついたら「また東京へ行くんだ」という感じです。でもこれからは、東京へ行く機会は減るかもしれないですし、やはり東京へ行くなら時間を惜しまずに観光してみたい!!



Mau: 二か月に一度だと結構頻繁ですね!今までは主にお仕事やお勉強で行かれているのですか?観光する時間はあまり取られていないようですね。


Chie: そうですね。勉強会に行くついでに友人と久しぶりに会ってお茶するだけで観光らしきことはしていないです。東京で観光する場所ある?と新潟の人に聞かれると「あれ?何だっけ?」と考えてしまいます(笑)

東京には、学生時代の友人宅に泊まらせていただいているので助かっています。今度新潟に呼びますので、ぜひまうさんにも紹介したいですね。



Mau: あの人混みをくぐり抜けて半ば人に酔いそうになって歩く頼りなくいつまでも慣れない感覚に、「いやん、田舎者!」と思ったりするのがまた楽しいですよ♪あれもまた東京名物かなと。ぜひ、ちえさんのお友だちにお会いして学生時代のお話を聞いてみたいです。


Chie: 東京は歩く人、早いですよね。ヨタヨタ歩いていたら、いつの間にか追い抜かれそうです。

東京にいる友人とは、タイへ行ったことがきっかけで仲良くなりました。面白いことが聞けたらいいですね(笑)。東京ではどこかに泊まられましたか?



Mau: 水道橋の大きなホテルに泊まりました。JRの新幹線+ホテルのパックでなんと16000円!嬉しい誤算だったのは、あまりにも素敵で豪華なホテルだったので、フロントではバックパッカーな自分がアンバランスだったことです。少し恥ずかしかったです。


Chie: パック安いですね!16,000円というのは往復でしょうか?沖縄行きだったら2倍はかかりますね。


Mau: 往復ホテル付きですよ~。そんなに安いパッケージなのに、参考までにホテルの朝食の値段を聞いて見たら、普通の朝ごはんで3000円と言われて驚きました。日本は面白い!


Chie: 3,000円!?ぼったくりじゃないですか(笑)

すごいですね!!!そのパックはインターネットで申し込みですか?気になりますね、格安でどうやって利益をとっているのかなとか。



Mau: ネットでもビュープラザでもできます。仕組みはまったく分かりません。大きいホテルでしたから、空室にしておくぐらいなら安くても泊まってもらおうという狙いもあるのかもしれませんね。新幹線の時間帯が指定されるなどいくつか決まりごとがありますが、それでもお得なプランには変わりはないとおもいます。

そうそう、山の手線の車内では、外国の聾者グループをお見かけしました。一人の女性はお祭りに行かれるのか、「浴衣」を着ていました。東京に住んでいらっしゃるようでした。

表情豊かにとても楽しそうに皆さん手話でお話をされていました。ものすごーく話しかけたかったのですが、あまりにも会話に夢中になっていてようすに、お邪魔するのはいけないと断念。東京に住む人は、さまざまな国の方々と自然な形で出会うことが多そうで羨ましいです。


Chie: 新潟も最近、ロシア人やアラブ系の人々を見かけます。外国のろう者が東京で生活していること、最近よく聞くようになりました。今度、外国人見かけたら話しかけますか?(笑)

そういえば、外国人のろう者が東京で手話を教えているということも聞きました。そこから学んで、コラボして新潟でも、英語とアメリカ手話が一緒になったら企画として良いかもしれないですね。



Mau: あの日、ちえさんも一緒だったら心強かったなあ!コラボ企画の実現はいますぐとはいきませんが、来るべき時が来るまでお互いに頭の中に置いておきましょうか。


海外の手話

Chie: まうさんがアメリカ、南米にいる頃、手話は見かけましたか?


Mau: 実はないのです。


Chie: ちらっと見たということもないでしょうか?


Mau:盲の方にはさまざまな場所で活躍をされている場面に多く出会っているのですが、今思えば気付かなかっただけなのでしょうね。


Chie: もしかしたら、どこかで遭遇していたのかもしれないですね。そのときによって、タイミングはあると思います。今までは目を向けていなかったのか、急に見えてきたりしますよね。

関心を持ったときに、それらに関することがタイミングよく周りに起きるような感じ。

まうさんとの出会いを通して、ブログという形ができて、私自身、聴こえる世界を少しずつ知れるようになってきています。

実は、聴こえる世界と聴こえない世界の狭間にいて苦しいなって思うこの頃です。

でもその苦しみは、知らないままでいるよりは、よっぽどいいことなんだろうなぁって思います。

まうさんは南米で生活しているときにそういうことは起きませんでしたか?



Mau: すみません、進む前にお聞かせください。今、聴こえる世界と聴こえない世界の挟間にいて苦しい気持ちでいる?(又は居た)ということでしょうか?その気持ちについて、もうすこし詳しくお聞かせいただけますか?


聴こえる世界、聴こえない世界の狭間で

Chie: 漠然ですが、聴こえる世界での常識と聴こえない世界での常識が違うことですね。

ろう者といっても一括りはできないのですが、ろう者にとって当たり前のことが聴こえる世界では違っていたり、その逆もあります。

たとえば、叱ると怒るの違いについて。

仕事上、部下が失敗したとき上司が注意をする場面。

ここでろう者の場合は、怒ります。聴こえる人は人によりますが、叱ることができます。

私にとって怒ると叱ることの違いは分からないままでした。怒ることは、感情的になり「また怒っているなぁ」と相手にされなくなりますが、叱ることは本当に注意されたと相手が意識することできるということだと 最近知りました。

聴こえる人を一括りにすることはできませんが、ろう者の中で、叱るのが上手な人、人材を育てるのが上手い人を観たことがなくて1つの怒り方しか知らなかった自分がいました。

すみません、うまく説明ができないですが、他には聴こえる人がイメージしやすい話をする力がまだまだ足りないと感じています。まうさんとのチャットで気付かされるように、いつの間にか自分の中で分かっていて完結してしまうときがあります。


Mau: ちえさんはすごいなあ!今まで「叱る&怒る」ことについてこんなに考えたことはありませんでした。聴こえる人も同じですよ、きっと。

部下のために「叱る」人も、その行動に出る前には試行錯誤をしたり、言い方を考えてみたり、なぜこうなるかなあ?と挫折感と悲しい気持ちが入り混じってみたり・・・内側でのそういった葛藤を越えて、外側には「叱る」という行為として出るのかもしれません。


Chie: そういうことなのですよね。「怒るのと叱ることの違いも分からないの?」とスタッフに言われてちょっとグサッときました。今の私は「怒る」ことしかできないため、怒られた本人は聞こうともしないし、やがては忘れてしまいます。


Mau: 知り合いのお母さんは、「一般的に親が子どもを叱るときには、その子のためを思って叱るものだと言われることが多いけれど、それはいつも正しいわけではない!私が子供を叱る時は、私自身の腹が立って怒っているときだ!!」と中学生のその人に向かって言ったそうです。

それを聞いた時は思わず吹き出しちゃいましたけど、母としての愛情&人間としての葛藤が入り混じってお母さん自身もどうしようもない心境にいることが分かる言葉です(笑)。


Chie: 怒るのと叱るのとらえ方は、人によって異なるのでしょうか?「何でそんなことも分からないんだ?」という感情がある以上、相手には伝わらなくなるんですよね。


Mau: そう思いますよ。「叱る」も「怒る」も私の中ではあまり区別がありません。

どうして「そんな怒る(叱る)のか?」考えてみると、「自分の思い通りにならない」から「叱ったり」「怒ったり」することが私の場合は多いようでした(相手が理不尽なことを言っていたとしても)。

叱った結果として、言う方と言われる方の関係が良くなることはあまりなく、お互いにぎくしゃくしてしまって、これは生産的ではないなとそろそろ気づいてきました。「上手に部下を叱る」なんて本が本屋に行くと並んでいますが、なんだかそれも嘘っぽい気がして、そこまでして叱らなければいけないのであれば、何か別な選択肢はないのかな?と思います。

実際に、私の周りにはあからさまに叱ったり怒ったりしなくても、本人が気付くまでひたすらじっと変わらない愛情と信頼を持ち続けて笑顔で待ってくれる人たちがいます。人の振り見て我が振り直せを実践している方々です。

決して誰にでもできることではなく、とても難しいことです。私自身が「ちゃんとした状態」ではないときに会うと、無い物を見せつけられて落ち込んだ気分になることもありました。

何も言われていないのに、言葉で叱られていないのに・・・なぜかその人たちの姿を見ていると自然と自分の背中が伸びて反省する気持が生まれてくる。

他の誰でもなく、自らを叱ったり、怒ったり、激励することができる。そこで初めて、叱ることにはさっき登場したお母さんの言葉のように愛情がないと相手に伝わらないと思わされるのです。


Chie: 男性と女性の性的な違いもあるのでしょうか。人を育てることは自分自身が育っていない状態では難しいですね。自分を育てながら人を育てられたらいいですけど、人を育てることは、もしかしたら、自分を高めてくれることと同義なのかもしれません。でもそれが今の自分にはまだできていないなって思いました。


Mau: 個体差はあると思いますが、男女の違いはそこには無いように思います。「人を育てる」とは、会社勤め時代には上司に良く言われましたが、私にはいまいちピンと来ませんでした。


Chie: ピンと来なかったということについてもう少しお話を聞かせていただけますか?


Mau: 私自身「いまきっとこの人は私を育てているのだろう・・・」と冷静に感じることはありましたが(嫌な部下ですね)、そういうときは相手も私も希望に沿う結果を出すことはできませんでした。なぜなら、私はその人のことを心の底からは信頼することができなかったからです。

でも、私に何も期待していない(そんなことはどうでもいい)けど、「この人の役に立ちたい!」「同じ夢を見てみたい!」と思える人に出会ったときは、自然と植物が太陽の方に体の向きを変えるように、いつの間にか自分は変わっていきました。それは「私が変わりたい」と願って行動したから変わりました。


Chie: 確かに信頼できることと信頼できないことは違ってきますね。
人が動けるのは、自分自身が動ける根本的なところには信頼があるのかもしれません。

このことについて、そこまで深く考えたことがなかったのでもう少し、人を育てることはどういうことなのか、なぜ会社は人を育てることにつぎ込むのか、人が育つところってどういう場所なのか、私自身よく分かっていないですので考えてみたいし、別の機会にまうさんとお話をしてみたいです。



Mau: 「人を育てる」って、改めて言葉にするとすごいことです。「植物を育てる」「動物を育てる」・・・ちょっと変化球で考えると、「命を育てる」「死ぬまで面倒を見る」・・・そんなことまで連想していきそうな壮大なテーマに思えてきます。会社の「人材教育」は、「会社にとって便利な社員を育てる」ことにしか私には思えませんでした。「人間を育てている」とは到底思えなかったのです。きっとちえさんが考えている「人を育てる」は、そういうことではなく、長い目でこれからも続いていく「命を育てる」ことなのではないのでしょうか?

そうだとしたら・・・誰かのマニュアルはあまり参考にならないかもしれません。
ちえさん自身が、作っていくもののように思えます。
ああ、お話は尽きないのですがもうこんな時間になってしまいました。この続きはまた改めて・・・。


Chie: そうですね、まだまだ想いがたくさんありますし、まうさんの話も聞きたいので時間を作ってお茶したいですよね。


Mau: 美味しいお店探しておきます。


Chie: ありがとうございます。そろそろ、スナックにもお邪魔したいですね。


Mau: おお・・・いろんなイベント目白押しでしたね~!すなっく「まう」は、逃げませんので、お楽しみに・・・(笑)。


Chie: 楽しみにしています♪これからもイベントがいろいろあってわくわくしますね^^


Mau: 食欲の秋にもわくわくしてきましたよ。どうぞよろしくお付き合いください。


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

e0172983_2141950.jpg


にほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ


にほんブログ村 教育ブログへ

[PR]
# by machi-life | 2009-09-05 05:05 | mau+chie life

第28回(2009.8.28) 父、新潟へ来県!

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆



新潟代表と愛知代表
Chie: 日本文理と中京大中京、新潟代表と愛知代表と不思議な組み合わせになりましたね。しかも、それが決勝戦なのだから感動です。


Mau: 自分が甲子園を見ていることに驚いちゃいました。新潟県人なのだ!と感じた瞬間です。というのも、今までに野球には全く興味を持ったことがないので一度も野球中継を見たことがないのです。今回初めて観ました。祝初野球視聴!




Chie: すごいですね!やはり、新潟人ですね。


Mau: そうなんですよ。ミーハー・なんちゃって応援団ですよ~。終わった途端に、「若林くん好きっ!」とか叫んでましたから。


Chie:気持ち分かります!でも初めて見たというのは驚きました!!私の中では「野球観戦」は生活の一部でした。



Mau:ちえさんの「野球=生活」発言にも驚きです。ちえさんもプレーされたり、見に行かれたりするんですか?




Chie: 小学生の頃は、兄が地元の少年野球チームみたいなところに入っていたので時々キャッチボールの相手になってもらったり、平日の夜は毎晩のように家族でテレビでプロ野球を見ていました。日課ですね。



Mau: 新聞を読むように野球が日常にあるんですね。
長期間大人生活を送っていると、"初めて"のこともあまり多くなくなりますので、そんな初々しいわたしに出会えて嬉しかったです!



Chie: 本当に良かったですよね^^

ところで、昨日はありがとうございました。



Mau:こちらこそ父娘水入らずのお時間にお邪魔させていただきました。
夏の終わりの福島潟はジャングルのようにもさもさ、わさわさと草が生い茂っていて、ちょっとした冒険気分になりましたね。

Chieの父、新潟に上陸!


Chie:新潟の旅で、最初が新潟市とのことです。このブログを読んでいるので「ぜひMauさんに会ってみたい」という好奇心(?)に応えるべく、Mauさんとの対面が実現できました。Mauさん、ありがとうございました。


Mau: こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。お父さん、今宵はいずこにいらっしゃるのでしょう?



Chie:今は長岡市と聞きました。


Mau: 長岡市ではどこへ行かれたのでしょう?お父さん、とても優しい方ですね。




Chie: 優しい方ですか、ありがとうございます。長岡市は普通に通り道だから寄ってみたのかもしれません。もしかしたら、天地人関係かも??。



Mau: ほっほ~・・・大河ドラマ好きなのですね。




Chie: 母が大好きで、その影響を受けた可能性もありますね。でももともと歴史は好きな方ですね。Mauさんが父とどんなお話をされたのか、気になりました(笑)


Mau: 福島潟では、公園や自然についていろいろとご興味を持たれたようでした。
「ここは干拓地ですか?」とか、「オニバスもあるけどオオオニバスもありますね」とか。
植物に興味&関心があり、お詳しいようでしたね。
そしてちえさんがあまり虫が好きでないこともお聞きしました。だめですか??



Chie: いやぁ〜苦手ですねぇ〜(笑)

最近は何とか慣れてきましたが、それでも身体のどこかに触れると「うわ!」と反応してしまいます。父が植物詳しいというのは、初めて知りました。母の方が詳しいとは思っていましたが、父も詳しいんですね。1つ、両親の共通点を発見できました。



Mau: (福島潟で)三人で「なんだろう?」と見た、小さな松の実のような木の名前も帰ったら植物図鑑で調べてみよう・・・と言われていましたよ。
植物好きなのも・・・お母さんの影響かもしれませんよ(笑)♪
ちえさんはアウトドア派だと思いこんでいましたので、昆虫類が苦手なのは少し意外でした。面白いですね!
いろんな一面が時と場面を変えるとみえますね。

e0172983_717370.jpg


Chie: 母と父は水と油ですけど、そういう共通点があってびっくりです。 わたしはキャンプとか出かけるのは好きですけど、 虫は無理ですね。
でも、毎日そこで生活したら平気になるに違いない、と思っています。


Mau: その通りだと思います。慣れの問題かと。




Chie: ですよね。


Mau:お父さんもどうやらブログを見てくださっているようですよ。




Chie: 母と毎回読んでいるみたいですね。


Mau: ブログの内容については特にお話されていませんでしたが、ちえさんのブログ相手には少し興味を持たれて想像しながら新潟に来ていただいたようでしたよ。ちえさんがお父さんとお母さんの「意外な共通点」を発見されたように、ご両親もちえさんの「そうそう!」と思う部分に加えて、「意外な一面」どちらもブログの文面の中に見つけられて楽しんでいらっしゃるのかな?という雰囲気は受け取りました。



Chie: ありがとうございます。それはあるかもしれないですね。私にとって、父よりも母と話す時間が長い分、父にとって「意外な一面」を見た部分もあるかもしれないです。今回、父が新潟まで来たこと、まうさんと会ったことも含めて、私自身が新潟に来たことは家族にとって、両親にとって、少なからずとも不安があったんだろうなぁと切実に感じました。

「いつ実家に帰るの?」という言葉に「しっかり基盤を固めてから考える」という私を見て、父は「ちえ次第だね」って言っていました。母からも同じことを言われていて、今回ほど、家族の想いを重く感じることはなく、まうさんやハンズのスタッフの話を聞いて「家族に応援してもらっているんだな」って思うと感謝ですね。



Mau: ちえさんだけでなく、私も・・・いろんな方向からさまざまな方法で支えてもらって生きていられることに感謝しないといけませんね。
お二人をファインダー越しに見ていて・・・ちえさんとお父さん、お互いに心配なんだけれど、それを表には出さないで見守っている?はたまたちょっと照れちゃう?甘酸っぱい関係が見えた気がしました。



Chie: 今まで走っていて、きちんと見るべきところをちゃんと見ていなかったような気もします。そういう意味で、今回、父が新潟に来たことは神様からの道しるべというか、不思議なことを感じました。本当レッスンが入っていたのですが、お客様が別の日程を希望されていました。

Mau: 何かしなければいけないことがある時には、じたばたしようが何をしていようが、道がもうすでにそこへ行くように用意されているように感じることがあります。

ありきたりな表現になってしまいますが、「親子は、無償の愛でつながっている」ことを感じた時間でした。



Chie: ありがとうございます。愛というのは、ちょっと照れくさいような表現ですが、実はハンズ代表の小池さんが父と少し話をした後、「やっぱり、そっくりじゃん」と感想を言っていました。まうさんも同じことをおっしゃっていましたよね。家族以外の人からそこまで言われたのは初めてでした。



Mau: 確かに・・・似ていますよ~!親子ですから。




Chie: そうですか(笑)




Mau: 「好奇心旺盛」で「何事も楽しんでやろう!」という姿勢はそっくりですよ。

「いやいや、私はいいよ!」と言わずに、海辺のお昼寝ハウスの中に、私たちに言われるがままに上がってきて下さって、ちえさんの隣にちょこんと腰をおろして気持ち良さそうに風に吹かれているところなんて・・・まさに二人の子供たち!!
シャッターを切りながら、「いいねえ、いいねえ」とつぶやいちゃいました。うちの母なら、「暑いから車で待ってる」と言いそうです。



Chie: そうですか(笑)おもしろいですね!

e0172983_7133471.jpg





Chie: 私の母も同じこと言うと思います、「暑いから」って。
良いですね〜あの昼寝ハウス。丸ごと欲しいです!!でも、あれは、海があって成り立つんですよね。


Mau: 確かに、海のない巨大な黒い箱は邪魔です(笑)。

Chie:新潟も見所がたくさんありますね。父が新潟の旅を終えたときの感想を聞くのが楽しみになりました。
そして、私も新潟のあちこち、素敵な発見をしたいので、Mauさんどうぞよろしくお願いいたします。


Mau: しゅっぱーつ進行♪ ♪ ♪


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


e0172983_7173042.jpg


にほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ

[PR]
# by machi-life | 2009-08-28 07:18 | mau+chie life

第27回(2009.08.21) 『ヴァギナ・モノローグス』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

ちょっとした日常、かけがえのない日々


Mau: ちえさん こんにちは!刺激的なお盆休みを過ごされたようですね。お話をお聞きするのを楽しみにしていました。

Chie:: こんにちは!今日もよろしくお願いいたします。刺激的なお盆休みほどではないですが、 久しぶりに帰省したことでちょっと「だら~」になってしまいました。

Mau: 新潟に移り住んで初めてのお盆の里帰りだったわけですが、地元に戻られて何か気持ちの変化は感じましたか?

Chie::家族でご飯を食べられるって幸せだなぁとつくづく思いました。

そして、もし今のままで帰省してずっと生活していたらたぶん、物足りなさを感じるかもしれないと感じました。それくらい、今の生活が毎日忙しいけれど意味のあることと思いました。


Mau: 家族の存在は本当に大きいですよね。離れて生活をされていると尚更身にしみられたのでは。
新潟でもあちこちで活動をしながら充実した暮らしを送っていらっしゃいますもんね。
新潟から離しませんよ~。

Chie::おかげさまでありがとうございます。捕まってしまいました(笑)。
まうさん、お盆はいかがでしたでしょうか?朝から忙しかったとのこと、充実したみたいですね。


Mau: 年に3、4回程、主にお盆、年末、お彼岸時に友人のお花屋のお手伝いをしています。

今となっては珍しいぐらい活気のある下町の商店街の中で行っています。早朝から丸2日間、太陽の下で声を出しながら動いてました。最初はちんぷんかんぷんだった、お花の名前も覚え、お仏壇用とお墓用のお花も値段相応に作れるようになりましたが、まだまだ師匠(友達)にはかないません。
彼をめがけて、2日で150人くらいのお客さんが来たと思います。

Chie:: すごいですね、それくらい頼れる方なのですね。それに、お客様は本当に大切な存在ですね。

Mau: それが・・・全くもって「頼りない存在」なんですよ♪
それがまたお客様の「助けてあげなきゃ」モードを全開にさせる・・・まさに素敵な助け合い関係。

Chie: なるほど〜!!それも素敵ですよね!
まさか、戦略の1つでは?(笑)でもお客様がこの人と接したい!という想いを持つことは重要ですよね。そして、ありがたいことです。


Mau: 彼はお客様に優しくて一生懸命。無理をしつつも休まないものですから、時に倒れたりもするんです。だからお客様もそんな彼を放っておけない。憎いキャラなんですよ。そうですね、ずばりこれも彼の戦略でしょう。

Chie: いいですねぇ^^。

Mau: それはそうと、ちえさん昨日はなにやら面白そうなイベントにお出かけされていたんですね。タイトルからして刺激的な予感です~。

女たちが×手で×声で×語る 「ヴァギナ・モノローグス」

Chie:「ヴァギナ・モノローグス」という公演ですね。

ヴァギナ・モノローグスHP http://www.sapazn.net/TVM.html

タイトルは確かに刺激的、そして、内容も期待を裏切らない刺激的でした。もともと、本があるのですが、私はそれを読んでいなく、何の予備知識もなくお客様のお誘いに応じて観に行ってきました。 以前に主催者の大橋ひろえさんからチラシが送られてきてそれをお客様たちに渡していました。そこでお客様が「観に行こう」と声をかけてくださいました。

e0172983_1224550.jpg


Mau:パンフレットには、 「年齢・人種・職種さまざまな女性にヴァギナについての記憶や思いをインタビューしたモノローグ芝居」とあります。まずこの一文に驚かされてふと立ち止まって一瞬ですが考えこみました。自分自身改めて考えたことのなかったことを突きつけられるテーマですが、よくよく考えると友達と話したりするのは、なんだかちょっと恥ずかしいように感じていたものの、特に女性にとっては、もっと注目?脚光を浴びてもいい・・・部分なのだろうなあという気はしています。

朗読の中身がとても気になります。
そしてこの舞台をサポートされている、黒柳徹子さん、ピーコさん、以前私たちののブログでも取り上げさせていただいた、映画「ゆずり葉」監督の早瀬憲太郎さん、「筆談ホステス」の著者である斉藤理恵さん・・・他、この個性的なゲスト陣を引っ張ってこられた主催の大橋ひろえさんって一体どんな方なんでしょう?!

Chie:: 私もまうさんと同じように、あらためて考えたことがなく「ヴァギナ」という言葉がタイトルとして挙げられていることは重要なテーマなのだと感じていました。でも、アメリカではヴァギナに関するお芝居といいますか、ワークショップがあるそうです。そこでは、レイプを受けたことをカミングアウトする場でもあるそうです。アメリカといっても広大なので決めつけることはできませんが、そういう背景から考えると日本では性的な言葉を使うこと自体、禁断というか、それくらいダブーの言葉になっている中であえて朗読と手話として公演することは驚きでした。

この顔ぶれですが、アメリカ帰りの大橋ひろえさん(ろう者/女優、ダンサーhttp://www.sapazn.net/ )はアメリカでワークショップを観てショックを受けたそうで、「このように女性たちが虐げられた歴史、実話は広くの人に知ってもらいたい」という想いがあったと、トークショーで語っていました。

ろう者でプロのダンサーは大橋さんの他にも南村千里さんという方がいるのですが、イギリスを拠点に活動されています。日本人でプロのダンサーと言えば、2人くらいかなと思います(もしかしたら、他にもいると思いますが、有名なのはこのお2人です)


南村千里さんHP Dance/Communication http://chisato.h-and-c.jp/index.html

その他の出演者がどのような経緯で出演されたのかは分かりませんが、、、印象的だったのは忍足さんですね。

映画「アイラブユー」(http://www.avis.ne.jp/~takaike/akiko/movie.htm)の主役で、当時はおとなしく清純なイメージがありましたが、 それが公演では感情丸出しの演技だったのでさわやかな女性というより、一段と大人になった、魅力的な女性だと感じました。


Mau:悲劇的な実話だけではなく、女性の性や出産などで感じられる喜びについてのお話も取り上げられたのかな?と想像しています。

出演者されている方は全て女性とHPにありました。同じ女性として、同性だからこそ受け取るメッセージも多くあったのではと思います。

ヴァギナ・モノローグスについては、All Aboutのサイトにも大橋ひろえさんとのインタビュー形式の情報がありました。http://allabout.co.jp/relationship/shinkon/closeup/CU20090630A/index3.htm

Chie:: そうですね。性の喜びについての話もありました。

例えば、自分のヴァギナがあれほど嫌いだったのに、好きな男性がじっと見つめていたことにより、女性らしさを知った、という話が一番、印象に残っていますし、それを実際に観たような気にさせる手話でした。

手話だけでは分からない部分もありました、これはきっとMauさんが観たらおもしろく感じると思います。音声日本語ではいろいろな言葉を使ったそうですが、手話は1つだけの表現になっていたという部分もあったそうです。でもそれは、もしかしたら、言語が違うことによって表現が多少違っていただけの差異かもしれないですが、日本語による朗読の内容を知りたいと思いました。あとで気がついたのですが、ろう者のための台本の貸出が無料で行われていたのでした。 「しまった〜」と思いましたが、思っていたよりリアリティさがあって満足できる内容になりました。


Mau: うわわわ・・・見たいですね~・・・今年は無理そうですが、ロングヒットとなって続いていく作品に思えますので、次回を待ちたいと思います。そうだ、ファンレターを書こうかな?。

Chie:: ファンレターぜひ書いてみると良いですね!今度、一緒に書いて出しましょうか?

Mau: そう致しましょう!地方でも是非!とラブコールを送りましょう!

もう一つの夏

話は少し変わりますが、先日「この子たちの夏」という朗読劇に行ってきました。
これは、広島・長崎で被爆をされた方たちの手記を、朗読、音楽、当時を描いた絵でお聞きする会でした。
私の生徒さんが15年ほど前から行っている活動です。

ちえさんが東京で観られてきた舞台とは全く違う内容になりますが、「与えられた場所で、わたしとして生きる」という意味では共通するものがあるように思えます。

Chie:: 15年間続けられている大切な活動ですね。
与えられた場所、私で生きるという意味、 昨日の公演とも共通することですね。やはり人間として生きる根本的なところが 共通しているということなのですね。


Mau: 朗読劇中には、音楽が効果的に使用されていましたが、ここにもう一つ何か・・・動きがあったらまたいいのに!と思いながら聴いていました。
講演会等のお話を聴くときは、目をつぶり、耳に集中をさせるのですが、ここに手話があってなら、より豊かに当時の状況を思い描けるような気がしました。

ちえさんが東京で観られた、「手」「声」双方向からアプローチをかけた手法での公演では、「ろう者、聴者のために」ということだけではなく、「よりよいステージのために」試行錯誤の結果として、より有効でありパワフルな手段、表現を追いかけていったその先にあった形として流れが自然にたどり着く方向へと移行しているようにも、私の勝手な解釈ですがあるように捉えています。

Chie:: ありがとうございます。、これは昨日の公演でも同じですね。動きがあることによってさらに内容が深まるということですね。

爆風で聴力を失った方もいると思いますが、ろう者による被爆の話は聞いたことがあります。
確か、長崎か広島に住んでいるろう女性は数年前にNHKにも映ったと思いますが、手話で被爆の様子を説明されていました。ところが、依頼が増えて、手話で話をしているうちに辛くなってきたそうです。他には、手話通訳の方が自分で演劇として被爆の様子を演じたという話も聞いたことがありますが、いずれもまだ観たことがないですね。

聾学校時代に、デフファミリー(両親もろう者)の同級生が被爆の様子を表した詩を暗唱して手話で表していました。それを私の母が観て 「手話は手だけじゃないんだねぇ」と感動していました。そこに被爆の様子が見えましたね。 まうさんのおっしゃる可能性は、きっと大きいと思います。


Mau: 私が知らなかっただけで、当然のことなのですが、ろう者の方でも被爆をされて今も体験談をお話されている方がいらっしゃるんですね。

Chie:: でもろう者の間で広く伝わっているかどうかは。。。観る機会が近くになかっただけのことと思います。

Mau: 私が朗読を聴きに行った日は、8月9日長崎原爆の日でした。
会場に行くと、たくさんの車が停まっていたので、多くの人が来られているのだな・・・と思ったのですが、実際に会場に集まったのは25人ほどでした。後で知ったのですが、その他大勢の方々は、隣りの建物で同時に開催されていた「高齢者によるカラオケ大会」に参加をされていました。

広島で16歳で被爆をし、父親を失い、現在は原爆症と戦いながら新潟で暮らしている女性がゲストスピーカーとしていらっしゃいました。その方は、「楽しく歌ってはいけないと言うつもりではありません。ですが、伝えていくべき世代の人たちが、なぜこの日にカラオケ大会なのでしょうか?」と言われていたことが印象に残りました。

日々情けなく、頼りなく、もどかしく感じている部分でもあるのですが、他の人の体験を「経験」することは難しいことです。

Chie: 経験を言葉で表すって難しいですね。 言葉にすればするほど、 軽くなってしまうような気もします。

Mau: 頭では分かっていて、その時には涙を流し、理解をしたつもりでいても、その場所を離れると忘れてしまったりします。
カラオケ大会に参加をしていた方々を私は非難することはできません。同時に、被爆体験をお話された女性が放った、「どうして?」という想いも切なく、強く今も心の中で響いています。

友人で世界を旅している人がいますが、彼は旅の話を人にしたがりません。私が聞くと、「本当に知りたいの?僕の体験を聞いても、君の体験にはならないんだからつまらないよ。」と言います。それもそうだなあ・・・と思う反面、その人のフィルターを通した世界を見てみたいとも思うのです。そしていつか私もそこへ行けたら・・・と夢を描きます。

でも戦争や被爆の体験は、決して繰り返したくない経験です。
いまだに戦争の話はしたくない、聞きたくないと言われている方もたくさんいるとお聞きしました。
当時のつらい記憶を思い起こして語る人と平和な時代しか知らない私たちには簡単には分かり合えない空間が広がっているようです。戦争については、当事者からお話をお聞きしても、体験していない私たちには想像すらことさえ本当はできていないのではと思わされます。

それでもやっぱり本当の言葉を聞き続け、考え続け、知ることをやめないでいたいですね。

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

ヴァギナと広島、長崎。
途方もなく話題がずれてしまったようにも感じますが、近いのに、それでいて遠くて、つかみきれなくて、一つの答えでは導きだすことのできない二つが、一つのブログの話題としてさまざまな方が目にする場に上る ・ ・ ・ こういったことを公の場で話し合える、表現できる。
人として、女性として選択することのできる時代そして国に、私たちは生きています。

2009年の夏。
皆さんはどう過ごしていらっしいますか?

にほんブログ村 教育ブログへ


にほんブログ村 介護ブログ 手話・点字へ


人気ブログランキングへ 
[PR]
# by machi-life | 2009-08-21 13:23 | mau+chie life