聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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本日は休業日です。

誠に勝手ながら、今週分は『休業日』とします。
mauもchieも、お互いに「今週はお休み〜!」とそれぞれの世界へ旅に出かけてくることにしました。

楽しみにしていてくださった方、コメントを書いてくださった方、近いうちにお返事を出しますので
少々お待ちくださいませ。

旅のお土産が来週、どんな形で出てくるか私たちも楽しみにしています。
それでは、良い週末をお過ごしください♪

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(弥彦山にて)
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by machi-life | 2009-11-27 08:48 | mau+chie life

第40回(2009.11.23) 『盲者とろう者のコミュニケーション』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie<東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆
Chie: 最近、鍼による治療を受けています。

人生で初めてなので「痛っ!」という感覚を楽しみながら(?)通っていましたが、今回で一応終わりました。

先生からは「具合が悪くなったときにまた来てください」とのことでした。そのあとに「おもしろいことがあったらメールしてね」と先生の心配りもありました。

まうさんはいつ頃から鍼に通っていますか?

Mau: 3ヶ月前からですね。最初は週2回で通っていましたが、今は週に1度施術を受けています。とても全体のバランスが良くなったと感じています。

ちえさんはいつ頃から行き始めましたか?


Chie: 1ヶ月くらい前からですね。まうさんに紹介してもらって初めて行った時は「何されるのやら?」と不安半分わくわくでした。


Mau: どうでしたか?初めての鍼は?


Chie: 神経が集中している左腕を刺された時は、電気が走ったように痛かったですね。

それ以上に、先生が目の見えない方なので、盲の方とお会いしたのは初めてではないですが、どうやってコミュニケーションをはかろうか、少し戸惑いはありました。

Mau: そうですよね。私も今回初めて行きましたが、初回は思わず手に汗を握りました。先生にリラックスして!言われましたが、「どうすればリラックスするのでしょう?」と、聞く始末。動揺していたんでしょうね。



Chie: 先生からはどんな反応でしたか?



Mau: 大爆笑されて、「馬鹿なこと言ってんな!」あははは!といった調子だった気がします。力を抜くって、難しいな。伺うたびに、思っているよりも普段の身体は緊張を強いられているのだなと思わされます。



以前盲の方と出会われたときは、どのようにコミュニケーションを取られましたか?



Chie: 大学時代に盲の学生さんがいたので慣れているつもりでしたが,大学時代は難聴や聴者の学生が隣で通訳をしていました。

私の話す事が伝わるのは良いですが, 盲の方から話される内容が分からない、読み取れないときが多かったですね。余談ですが,昔のろう学校は盲学校とろう学校が一緒になっていました。私が生まれる以前の話ですが、単に国としては「障害者は一つにまとめよう」という視点にあったかもしれません。
特別支援教育がスタートして数年になりますが、時代に逆行しているのでは?という見方も出てきています(ろう学校と盲学校を一緒にしよう、という法律ができたのです)。 


Mau: ちょっと待ってくださいね。いま想像しています。

ちえさんが声を出して(でもちえさんは聴こえない)、そして盲のお友達が聞いて、お話をする・・・けれど聞こえない・・・となると、手話も使えませんね。
通訳が入らないとすると、どうコミュニケーションを取りましょうか? 

Chie: 私の発音が分かる人とそうでない人に分かれますが,学生時代はほとんど、その方が通訳のときに声がかぶらなくて済むから)私は手話のみで話をしました。 そして、間に聴者や難聴者が入って、私の手話を読み取って日本語を声に出して話しました。


逆に、盲の学生が話す時も日本語を聞いて、私に対して手話で話しました。もし、通訳が入らないとなると難しいですね。

きっと、指差しから始まって手探り状態なのでしょう。でも沖縄に行ったとき、「あ!そうなのか!」と思った体験があります。
沖縄で知り合った盲の方は、ろう者と行動を共にしていました。


そのろう者が手話を教えていたので、盲の方が話されるときは手話で話されていました。簡単な会話ですけど。


Mau: ふはぁ~・・・!!

お互いにものすごい努力と時間をかけて手話を習得されたのでしょうね。

盲の方は、誰かに手を取ってもらって、ひとつずつ覚えていったということでしょうか?


Chie: そうかもしれないですね。


Mau: 鍼の先生もそうですよね。

鍼灸やマッサージというと盲の方が開業されていることが多いですが、手の感覚に優れた方が多いのかもしれません。後から発達をしていかれるのかもしれませんが。私にとって鍼の先生は、日本で初めての盲の方との出会いになります。先生の前では的確に症状を言葉にしなければいけません。痛む箇所から、程度、不調を感じる頻度まで事細かに聞かれ、確認をしながら鍼をうつ個所を決めていらっしゃるようですが、自分の体のことなのに説明がむずかしい!

「この辺り、何となく痛む、でもいつから症状が始まったのか明確には覚えていない」等々、いかに曖昧に過ごしているのかを指摘されます。耳が痛いのですが、ありがたーいお言葉です(笑)。


Chie: 外国ではお会いした事ありますか?


Mau: はい、アメリカとチリでお会いしました。


Chie: 一つの機能を失うともう一つの機能が発達するとは言われていますね。お会いした時はどうでしたか?何かが違う事は感じましたか?


Mau: アメリカの大学でのお話ですが、世界史の先生は盲の方でした。

いつも盲導犬と一緒に片手には大きな点字の教科書を持って授業に来られていました。

本を手でさわりながらの授業でした。もちろん板書は一切ありませんから、生徒はお話を聞きとろうと必死でした。

膨大な範囲をカバーする世界史の授業でしたから、1回の授業の範囲がとても広くて、毎週40ページから50ページ読んでくる必要がありました。


Chie: 話すのも早かったですか?


Mau: 一般のアメリカ人が取るクラスですから、ナチュラルスピードでしたよ。

世界史の知識がまず日本語でもなかったこともありますが、私にはそのクラスはとてもむずかしくて、テストでは赤点を取ってしまいました!

その時に先生のお部屋へ呼ばれたのですが・・・。


具体的な内容はよく覚えていませんが、要するに、先生が言いたいのは、「見えない私にできることが、どうして見えるあなたにはできないと思いますか?それはすなわち努力が足りないのではないですか?」そんなことを暗に言われたと思います。


それからは、一念発起をして私なりにものすごく苦労をして、胃が痛くなりながら勉強をして、ようやく及第点をいただいて卒業することができました。
「あらっ!できるんだわ!」と思った瞬間です!

Chie:できる! その自信、とても大きかったですよね?
今では良い思い出の一つになっていますよね。盲の方は話すのが一般的に早いと言われています。本当なのかどうかは分かりませんけど、

確かに「見えない私に出来る事が、どうして見えるあなたにはできないの?」と思う気持ちは分かる気がします。

聴こえない私に出来る事が、どうして聴こえるあなたにはできないの?と思った事は少なからずあります(笑) 


一人で旅に出たとき、旅先で「聴こえないのに一人で旅しているの?私には無理」と何人かに言われたことがあります。


そのときに「聴こえるのに何で無理なのかしら?聴こえるんだったら困ったときに誰かに聞ける手段がはっきりしているだけでも

十分じゃないのかな?」と思うことがあります。


でも今は、少しずつ考え方や見方が変わり、人はそれぞれできることとできないことがあって当たり前。

それを単に身体的特徴だけで優劣を決めたらいけないなとも実感したときもありました。


Mau: そうですよね!「やれば」できるんです!

そこで頑張ったおかげで予定より1学期早く卒業できました。

母には内緒で、浮いた学費で、3ヶ月間中南米を一人旅をしました。その時に体験したことは、今の私の在り方にとてつもなく大きく影響しています。

また、チリで出会った盲の女性は、素晴らしい声を持っていて、街頭でラジカセをかけながら、歌をうたってお金を稼がれていました。


Chie: いいですね、3ヶ月間回れるって。

自分で稼ぐということは、自立の一歩ですね。


Mau: そう思いました。笑顔で歌う彼女に元気をもらって、その対価として街の人々はお金を支払いました。誰かに守られて暮らすという選択肢もありながら、こうして自分の持っている価値を自ら見いだし、そこに磨きをかけて、職業として確立していくこと。
みんな同じ、そこで、その場で必死にがんばっているんですね。

Chie: 盲の方とのコミュニケーションについてはまだ不慣れな面が私にはありますが,鍼の先生には、先生の手を取って「ここの辺りが痛い」というように伝えています。

Mau: なるほど。そのように伝えられていたのですね。

Chie: このように自分とは違った人たちに触れ合うと対価はもちろん、新たな視点に立つことにもなりますね。

Mau: 本当にそう思います。

鍼で的確にツボを刺激することで、私たちの身体の調子はとてもよくなりましたね。実は、ほんとーに小さなことが、大きく何かを変える力を持っているのかもしれません。


Chie: メンテナンスですね。

身体のメンテナンスとして本当にありがたいことです。

Mau: また、普段の暮らし方、考え方、人との接し方の重要性についても改めて理解できた気がします。


Chie: そうですね。鍼に行っている時は大抵、身体が悲鳴(?)をあげて疲れている時だと思います。そこで、以前、ろう者が「疲れている時は手話で話せる友達のところへ行く」と言っていました。この辺りについて聴こえる人たちの中にもありますか?

Mau: もう少し詳しくお聞かせいただけますか?その方は、どういうお気持ちでちえさんにそう言われたのでしょうか?

Chie : 普通に会話をしていた時の話なんですが、例えば会社の中では声を出して話をするけど,時々、ろう者や手話の出来る人たちの所へ行くとホッとするということを言っていました。元気な時は、多少コミュニケーションが難しくても何とかなるという前向きな気持ちにはなるでしょうけど,疲れているときは気楽に話したいということです。例えば,彼女に束縛されてそろそろ友達と遊びたいな〜という恋人と同じ感覚です。


Mau: (笑)!


Chie: そういうときってないですか?日常生活の中で。

Mau :日常生活の中で心身ともに疲れているときには、私の場合は映画館や岩盤浴へ行きますね。そういうときは、あまり人とは会いたくないかもしれません。

周りを見渡してみると、自分を肯定してくれる人のところへ出かけていって話をすることが多いのではないかなと思います。

ちえさんは、そういう時はどんな人と話がしたくなりますか?


Chie: 反応が分かりやすい人と話したくなりますね。


Mau: 具体的にはどういう人のことですか?


Chie: 「うんうん」と聞いてはいても、上の空だなとか、心ここにあらず、の表情をしている人よりは、真剣に反応する方が好きですね。「え?」「なんで?」というように目に見える形で分かるとこちらも話したくなる。

そういう感覚でいます。普段はできるだけ、時と状況に応じて聞き役になったりしますが。だから、もしかしすると、昔から女友達の中で女性らしさ100%の人は少ないですねたいていが、ちょっと男性っぽい。


Mau: え?私も入っていますか?!


Chie: 入っています、さっぱりしているところがありますし。良い意味で(笑)


Mau: ありがとうございます。

私の周りにも優しさを保ちながら、いざという時にははっきりと意見を言ってくれる友達が居てくれていますね。一人遊びが上手な人も多いかな。


例えば、みんなで遊びに行くとします。

現地に到着したら、解散!てんでばらばらに好きな場所に散らばって、お昼に改めて集合!そこで各々がどんなことがあったかお話をして、またてんでばらばらにちらばり、帰りは一緒にわいわい楽しく帰ってくるみたいな。そういうことのできる友達が多いですし、無理が無いので疲れませんね。


要するに、自分の世界を持っている人かもしれません。そして他の人とも共有できる人かな。


Chie: それは分かります。

そうですね。私も旅行する時は別行動の時間も作っていました。

単なるマイペースだけでなく、お互いにやってきたことを報告し合って

充足した時間を過ごせる友達がいいですね。


Mau: そう思いますー!
いつも会っていなくても、ふとした瞬間に「どうしてるかな?」。美味しいものをいただいた時には、「あの人と一緒に食べたいな!」。悲しいときには、「会いたいよー!」と叫びあう関係を、たくさんの人とは無理かもしれませんが、縁があって周りに居てくれる人たちとは交換し合いたいと願っています。


そんなときに、ああこれが人として生きる喜び?!なんて、少しセンチメンタルに感じて一人悦に入って楽しんでいます(ふふ)。


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by machi-life | 2009-11-23 22:57

第39回(2009.11.16) 『それからを変える出会い』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie<東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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Chie: 今回は、手話学習者や手話に関心を持つ方の読者がいらっしゃることも考えて、「聴こえるわたし」の手話学習者として、すーさんをゲストとしてお招きしたく思います。まうさんいかがでしょうか?

Mau: 熱烈大歓迎です。すーさん、よろしくお願い致します。

Suu: ただいま、ご紹介あずかりましたすーと申します。
大学職員としてボランティアを取り扱う部署で仕事をしております。具体的には、ボランティアの紹介や相談を行っています。その他にも様々なボランティアに関する企画を行っております。また、地域と大学の架け橋として、地域との連携も行っている部署です。今年度できたばかりで試行錯誤の毎日です。趣味は温泉につかること、人を笑顔にすること、旅行などです。


Chie: 旅行はまうさんも私も共通の趣味ですね。

Suu: なかなか仕事やその他もろもろの理由がありできていませんが、余裕があれば旅行はいっぱいしたいですね


"手話スイッチ"ON!

Chie: すーさんは手話を学んでどのくらいになりますか?

Suu: 7年半です。

Mau: わあ!

Chie: 長いですね!

Suu: 長いというところまではいってしまったんですね。手話はついこないだ始めたという感じがします。

Mau: 客観的に自分を見て、どんなレベルですか?

Suu: 世間話や深い話ができる程度です。でも、まだまだ表現、読み取りともに、ろう者の方のように隅から隅までできるわけではありませんし、そのようになれなくとも、それに近づきたいと思っています。私は手話を覚え始めてから周りの友達よりも人一倍ろう者の方々や手話学習者の方々にお会いして、手話でスムーズに話しができるようになるために努力してきました。その結果、手話を始めて3年で手話技能検定1級を取得することができました。でも、これは通過点だと思って、今でも勉強を続けています。ゴールはありません。

Chie: どういうときに、「あ、まだまだだなぁ」と感じますか?

Suu: 手話の勉強会に通っているのですが、その時に講師の方に注意されたとき、 たまに手話が読み取れないとき色んな場面で感じています。

Mau: どうして手話を習ってみようと思ったのですか?

Suu : それは大学一年生の時にさかのぼります。
私は大学の一期生だったのですが偶然にも同級生にろう者の方(Iくん)がいたのです。
その時にIくんと出会って手話を覚えました。


Chie: そのとき、すーさんは手話は知っていましたか?

Suu: 「ありがとう」くらいは知っていました。高校の時にドラマを見て友達と真似をしていました。
でも、すぐに忘れてしまいましたね。


Chie: どんなドラマでしたか?
同級生にろう者がいたことについて、普通なら、ろう者がいると知っていても話しかける方法とか分からなくて戸惑う人もいるけど、すーさんの場合はどうでしたか?どうやって、Iくんと話をしましたか?


Suu: 続星の金貨ですね。星野真理主演の。
最初は自然に話しかけていました。授業でIくんが紹介されていたのを見て、それで先生がメールアドレスを交換して友達になってくださいねとお話しされていました。私は最初はどうしようかと悩みましたが、友達が行こうよと誘ってくれたので、行くことにしました。そして、アドレスを交換しました。それは筆談だったのですがもっとIくんと話したいと思うようになりました。


Chie: Iくんの反応はどうでしたか?

Suu: たくさんの方がならんで交換していたのであたふたしていました。
ジェスチャーや筆談で伝えたのですが、その時はたくさんの学生がアドレス交換していたので、交換して終わりという感じでした。
そのあとIくんからメールが届き、彼と話してみたいという気持ちになりました。ここからは記憶があいまいで以前Iくんと話した時のIくんの記憶と照らし合わせてお話すると、私は話したい気持ちが強くなり、図書館で本を借りたのか、本を買ったかして、自分の名前の手話を練習して、Iくんの前で披露しました。

その日はちょうど新入生が全員参加して親睦を深める1泊2日のキャンプの日だったで、1日目の夜にIくんに手話を教えてもらいました。そこで、完全に手話スイッチが入ってしまったのです。2日目の帰りにはIくんを誘って、一緒のバスに乗り込み、ずーっと解散場所に着くまで、白い紙が真っ黒になるまで手話を教えてもらいました。そこから7年半手話を片時も忘れたことがありません。


Mau: 多くの学生がIくんに興味を持っていたのですね。

Suu: そうですね。福祉大学ですし、そういう同級生が多かったです。

Mau: ちえさんとは大学在学中に知り合われたのですよね。

Suu: そうですね 。


Chie: これについては、私から説明した方がいいですね?
わたしが出会ったのは、すーさんより、Iさんの方が先でした。
大学2年生のとき、どこか自分の世界を広げたいという想いで北欧へ研修旅行に出かけました。
そのときのメンバーとして、Iさんもいました。当時の私は、人見知りが激しく、学生たちの間にうまく入れずにいました。そんなときにIさんがさりげなく輪の中に、わたしを入れてくれました。このときからIくんとの会話が増えました。

そのときにすーさんの名前も出ていました。「聴こえる人で手話ができる友人がいる」と。


Mau: ほほー。

Suu: Iくんが北欧から帰ってきて春休み終わりいつもどおり空き時間にパソコン教室でネットサーフィンを二人でしているとIくんが面白い掲示板があると紹介してくれました。それがちえさんが運営している掲示板だったのです。

Chie: この掲示板というのは、「ふくろうの止まり木」ですね。


Suu: そうですね。それで当時私もブログをやっていたのでリンクをして手話について掲示板を通してやり取りしました。

Mau: いまはちえさんの掲示板やすーさんのブログは見れないのですか?

Chie: 見れないですね。

Suu: もう閉鎖してしまいました。

Chie: ふくろうの道、というトップページは残ったままですが、その他の掲示板は消えています。

Suu: 残念です。

Chie: 残念ですね><

Mau: そこではどんなことが話合われていたのですか?

Suu: 記憶が定かではありませんが簡単に言うと手話のことやちえさんが書いたコラムに対しての感想あとは雑談ですね。

Chie: 掲示板はどなたでも見れる設定にしていました。
ふくろう思想論というタイトルのコラムを書いたのですが、その賛否両論が全国の方々を通して交わされていました。
コラムの内容としては例えば、聴こえる人たちとの間で疑問に思ったことや旅行中に見たもの、聞いたもの、感じたものを書いていました。
「なぜ聴こえる人は、聴こえない人が一緒にいるときにでも音声で笑いをとろうとするのか?」というような、ちょっと過激な疑問まで書いたことがありました。

また、「手話には敬語があるのか?」という内容を書いたこともあります。
それが後日に、フジテレビの「特ダネ」出演のきっかけになりました。


Mau: 興味深いですねえ・・・・今見られなくて残念です。

Chie: データが消えてしまったんです。

Suu: それで掲示板を見始めて半年後くらいに初めて会ったんですよね?


Chie: そうですね、すーさんとIくんが二人でコラボした手話のイベント案内が掲示板にも書いてあり、私が東京へ行きました。他の大学の友人も引っ張って、確か6人くらいで愛知から参加しました。

"一つの出会いが 新しい出会いを連れてくる”

Mau: それはどういったイベントだったのですか?

Suu: うちの大学の手話サークル創立以降初めてのたくさんの大学生を呼んだ交流会です。
20大学以上集まり、社会人もきていました。その中でちえさんの大学もお呼びしましたまさか初めての交流会で関東の無名の大学の交流会に愛知の方がきてくれるとは思ってもいませんでした。結局99名も参加してくれてそのうち30名近くがろう学生でした。


Chie: そういえば、(すーさんの大学初の)手話サークルを立ち上げたのは、Iくんとすーさんですよね?

Suu: それはちょっと違いますね、これはIくんのおかげですね。

Iくんを取り巻く賛同したメンバーで手話サークルができました。実際には入学後のキャンプで集まったメンバーです。 部長の両親はろう者でした。


Mau: メンバーの中には、すーさんと同じように聴こえる方で、やはり大学に入学をしてから手話を学んで、ある程度自由に使えるようになった方もいましたか?

Suu: いましたね。やはりIくんがいたことで、みんな影響がありました。Iくんと話す手段が手話だったのでみんな自然に覚えていました。

Mau: すーさんにとって、手話を学び始めて得たものは何だと思いますか?そして、手話を始めたことで自分が変わったと思う変化はありますか?

Suu: 私以外の方もそうだと思いますが、手話に出会って自分というものが大きく変わりました。
性格や価値観、考え方様々な面で変わりました。変わる過程で、彼が生きてきた環境や習慣、生活様式と私が生きてきた環境と習慣、生活様式が違っていたので、衝突やIくんを傷つけてしまう場面がありました。

具体的に言うと、ろう文化と聴文化の違いですね。でも、Iくんは私がろう文化を理解するよりも早く聴文化を理解していて、いつも笑顔で大丈夫だよと見守ってくれました。

そのおかげでたくさんの学生~社会人のろう者の方々や手話サークルに所属する大学生と出会い、手話を続けてこれました。得た者と言えばIくんとの友情ですね。そして、たくさんの仲間。手話をきっかけに大きく世界が広がりました。


Mau: ちえさんとの出会いはどうですか?

Suu: 最初はお互いピンとこなかったですね。つまり友達になると思えなかったということです。仲良くなれそうもないなって思いました。まさかその1年後に沖縄に一緒に行き、そのあと卒業旅行でタイに行くとは…出会った時は想像すらできなかったことです。

Chie: そうですね。あまりピンと来なかったですね。

Mau: いまはどうですか?

Suu: ピンときています(笑)。ともかく、その当時は5年後にチャットしているとは思っていなかったですし、それ以前に一緒に沖縄、タイ、韓国旅行をするとは当然思えませんでした。

これからの目標は大学職員、また地域交流センター職員という立場で様々な場面で手話の普及に努めていきたいと思います。
それで学生や地域の方々の中で一人でも多く、手話を知り、そして願わくは手話を覚えて頂ければと思います。そのためにも今は自分のレベルをアップさせていきたいです。大きな目標に向かうために小さな目標をコツコツとやっていかなくてはなりません。なので、当面の目標は自分の手話のレベルをアップすることですね。


Mau, Chie : すーさん、今日は本当にありがとうございました。

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

すーさん、ちえさん、そしてIさんの「出会い」。
時間を少し前後して、「たまたま」出会った3人が、お互いにきっとどこかに持っていた(待っていた)“何か”に接触をしたことで新しい未来が生み出されました。心の内を見せ合い、葛藤する時間の中で、相手との距離や違いを知り、そしてその人自身がかけがえのない存在へと時間をかけて変化してきます。
それは同時に新しい自分自身を作る過程でもありそうです。

皆様のご感想をお待ちしております。

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by machi-life | 2009-11-16 10:39 | mau+chie life

第38回(2009.11.08) 『いつも読んで下さる皆様へ』

11月に入り、本ブログもおかげさまで38回目となりました。

ブログで交わしたまうさんとの対談は、学生時代に私が「聴こえない」立場を強調しすぎたあまり、離れていった友人たちの複雑な想いを初めて客観視できる機会にもなりました。

「聴こえる」「聴こえない」という二極化は確かに誰かを排他することにつながるため、あまりこだわらないようにしてきました。

しかし、ブログを重ねていくにつれて「聴こえる」「聴こえない」という立場の違いを踏まえる必要性も感じるようになりました。

というのは、聴こえることと聴こえないことの違いは必ず出ていることであり、それを抜きにしてそれぞれの考え方、価値観を語るには少々「きれいごと」のように思えてしまいます。

それぞれの考え方、価値観の背景に必ず、「聴こえる」「聴こえない」の身体的な違いも含まれているのではないかというのが私の見方です。

どちらかに優劣があるというのではなく、「相違」という視点を持ちながら今後も、「聴こえるわたし」が多数を占める現代社会の中で少数派の「聴こえないわたし」が置かれている立場を発信していきながら、「聴こえるわたし」「聴こえないわたし」がどのように共存していくかをみなさまとともに考えていきたいと思います。

よりいっそう、様々な立場のご意見を頂戴したく、今後もよろしくお願いいたします。

Chie


☆    ☆     ☆     ☆     ☆


真冬の新潟に越してきて間もないちえさんと、お昼をご一緒していたレストランで、”一緒にブログをやってみませんか?”と少し前から考えていたことを、テーブルの上に置かれたノートブックに素早く書き込みました。二人だけでお会いしたのはそのときが初めてだったとおもいます。

新潟に来る前のちえさんは京都に住んでいて、お会いしたのは数回だけ。そして私たちの間にはいつも手話通訳をしてくれる人がいました。こう書くと、なんだか初デートの思い出をお話しているみたいですね。

実際に二人だけでお会いすることになった前夜、心の中に芽生えてきたのは、期待以上に不安でした。
それは今まで感じたことのない種類の感情でした。

大袈裟な、と思われるかもしれませんが、「コミュニケーションの取り方は何が良いのだろう。口の形を読んでもらえるから大丈夫なのかな。手話が全くできなくて呆れないだろうか?筆談だと会話が間延びしないか?それに筆談となるとご飯はどのタイミングで食べたらいいのだ!?うっかり失礼なことを言ってしまったらどうしよう!でもどんなことが失礼にあたるのだ?!・・・」。

終わりなき自問自答のはじまりでした。
言葉の通じない国には何度も行ったことがあるのに、同じ日本人でありながら「聴こえない」人と会うことの一体何がこんなにも私を狼狽させるのか、その正体が分かりませんでした。

同時にそういう風に感じる自分は嫌な人間だと思いました。
一方でちえさんはどう思っているのか気になりました。

ブログを始めた当初はどちらかというと私が聞き役で、ちえさんが話し役でした。
分からないことを質問しつつ、受け取った言葉を改めて自分の言葉に置き換えていく時間の中で、ちえさんご自身の中にも同じように「聴こえる人」に対して戸惑う不安定な感情を見つけました。
そこに私たちの探しているものがあるように思えました。

このブログを通して、お互いの心の見えない場所にぐいっとしまいこんで、見ないでいた、あるいは考えないようにしていたものを「聴こえる」「聴こえない」私たちそれぞれの観点から観察しています。

なるべく客観的に物事を捉えようと努力はしているつもりですが、実際の場では私たちの語る言葉はとても主観的です。時に中途半端に文章が終わることもあります。
答えのない問いがあることも知りました。それはそれでいいと思っています。
そのゆらぎの中に、私たちが探していて皆さんと一緒にお話をしていきたい生活があるような気がしています。

Mau


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読んで下さりありがとうございます


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by machi-life | 2009-11-08 21:58 | mau+chie life

第37回(2009.11.01) 『なぜ手話を学んでいますか?』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

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<未知なる世界を求めて読書の旅へ>

Mau: お気に入りの本と一緒にいただく美味しいおやつとお茶の時間。 秋から冬にかけての最も好きな時間の過ごし方です。

わたしたちの共通する趣味として「旅と読書」を挙げることができそうですが、小さい時にはどんな本を読んでいましたか?

Chie: 小さいときは、推理小説を読んでいました。 といっても、 シャーロックホームズがほとんどでした。

Mau: 小学生の頃ですか?

Chie: はい、そうですね。読書はあまり好きじゃなかったですが、会話文とイラストが多かったので読みやすかったですね。

Mau: 私もコナン・ドイルや江戸川乱歩が大好きでした。
「○○のふしぎ」シリーズも夢中になりましたね~。
小さなちえさんにとって読書は楽しいものではなかったようですが、それでも読まれていたのは何か別な理由があったからですか?勉強のためとか?!

Chie: 勉強のため、といったら偉いお子様ですが、そうではないです(笑)。
本が好きな母の影響もあるし、その頃はテレビドラマを見ても(字幕が無いので)分からないから原作の本を買っていました。
会話文が多く分かりやすく、先を早く知りたいというのが、シャーロックホームズの本だったと思います。単に、「知りたい」という好奇心のためですね。

Mau: 確かに、子供のときには何もかもが初めてで予測不可能でした。実際に大冒険をすることはできませんでしたが、本の中でならどこまでも冒険は続けられましたものね。 「知らない世界についてもっと知りたい」というのは子供の本能かもしれません。

Chie: 赤ちゃんでも子どもでも、身の回りにある者は何でも触ってみて、何かを知るのと同じように「知りたい」という本能が読書への行動につながったかもしれませんね。

Mau: 図書館や書店に行くと自分がいま何を求めているのかはっきりと分かる気がします。いつの間にかその時に関心を持っている本が置かれてある書架の前にいるからも不思議です。
今大人になって興味を持たれているのはどのような分野の本でしょうか?

Chie: 自分がいま、何を求めているか分かるというの、すごく分かりますね。
たいてい、本屋さんの入口においてあるベストセラーは、見てもピンと来ないものがほとんどですが、求めているものは不思議とピンときますね。
ジャンルについて最近はこだわっていないですが、言語、ビジネス、あとは・・・何だろう。。。最近は「悩む力」も読みました。著者は、カン サンジュさんです。。

悩む力 (集英社新書 444C)

姜 尚中 / 集英社



Mau: 日曜美術館の司会のカンさんですね。

Chie: 最近テレビを見れていないですが、司会もやっているのですね。

Mau: 最近よくメディアに登場しますね。先日もNHKのとある番組内でカンさんの人生に影響を与えた一冊は、夏目漱石の「こころ」だと言われていました。
少し意外な気がしました。けれどカンさんが韓国人と日本人の狭間で揺れ動いていた思春期に出会った本とお聞きして納得できるような気がしました。ちょっと横道に逸れますが、今は携帯でTVを見ようとすると字幕が出て便利ですね。番組に気になる人が出てきたときなど、ちょっとしたメモ代わりに簡単に録画できるのも便利です。

Chie: ワンセグですね。一度だけ使ってみたことがあります。そういわれてみれば、ワンセグを使っているろう者をあまり見ないような。 「悩む力」には、「こころ」のことばかり載っていました。高校時代に宿題で、 「こころ」を読まされました。読まされたということもあってか、当時はイライラしてしまいました。
テンポがおそ〜〜くて(笑).

今回、カンさんが人生に大きな影響を与えたというのでもう一度「こころ」に挑戦してみようかなとすこ〜しだけ思いました。 それに、もう一人、マックス・ウェーバーという人からも多大な影響を受けたそうです。ウェーバーの名前は、大学の講義で出てきていましたので「悩む力」を読んだとき、小さな感動を覚えました。「あ〜知っている!」みたいな。

<本だけでは分からない世界 ・・・ >

Mau: 少し前までは、ろう者や難聴の方が書かれた本を探して歩いては読みました。最初のうちは、急に沢山の情報や考え方などが頭に入ってきて混乱してしまいました。

Chie: どんな風に混乱しましたか?

Mau: 初めのうちは何でも受け入れようという心構えで、そのような本を読みました。ろう者の考えや生活などを「そうかそうか」と思って一冊の本を読み終えたら、次の本では全く別、あるいは逆のことが書かれていて、聴こえる立場として、ろうをどう捉え、考えたら良いのか迷って分からなくなってしまったのです。

最近になってようやく本からの情報量と実際にちえさんたちからお聞きする新鮮な情報とのバランスが取れてきたように感じてはいるのですが何も知らない「現代に生きる大人の私」は、まずは本やネットから情報収集をしようとします。

いろいろと“知った”うえで、自分の考えを出してみようかという想いからなのですが、それがいきすぎるとネットや本の中で語る人たちの顔が不在のまま、言葉だけに振り回されることがあります。 もちろんみなさん一つのことに対して異なる意見を持つことは極めて普通のことですが、わたしにはなぜここまで意見が対立(私にはそう思えました)するのかその時は想像がつきませんでした。これは表面からはうかがい知ることのできない深いものが横たわっているのではないかということに気付いたのは、かなり時間が経ってからのことです。

Chie 社会学や言語学を読んでいて(まだ少しかじったくらいですが)、考え方、見方が必ずしも一緒ではないので「普通」と思っていました。しかし、もしかしたら、手話の世界は独特のものがあるのかもしれません。
今はどんな風に受け止めていますか? (本を読んで、私からの話や現実を見てみて、その釣り合いというか、率直な感想を聞いてみたいです)

Mau: 確かに物事一つ取ってもさまざまな意見が出てくることは日常的に理解しているつもりですが、「手話」、「ろう」、「難聴」 ・・・の世界については、そうは思えませんでした。

なぜ違ったのかというと、どこかでろう者に対して画一的なイメージを持っていたからです。今も全く無いのか?と言われると正直に言って分かりません。何年か前までは、実際にろうの方と出会ったこともなく、関心を持って考えたこともなかったとはいえ、かなり勝手な思い込み基準ができあがっていたことは否めません。

手話と言えば、ろう者。ろう者といえば手話。
そうどこかで思っていましたので、聴者が手話を学ぶ手話サークル活動に対して、否定的な見方が本の中に出てきたときには驚きました。

効率的な英会話力を得る方法について書かれている語学の本の中には、「このようなスクールでは上達は望めない。行くのはお金と時間の無駄遣いです」といった項目が出てくることがありますが、それに対してではどうすればいいのかという答えが用意されています。例えば、どう学んでいくことが近道でゴール(語学の習得⇒留学、仕事に活かす ⇒ “自分のため”)することができるのかといった展開になることが多いです。

しかしその辺りの目標や目的といわれるものが、手話サークルの中では非常に曖昧であり、聴者とろう者が同じ「手話」を通じて時間を共有しているものの、目的としていることや、そもそものスタート地点が全く別なところにあるような気がしてます。

聴者は、手話=福祉。ろう者は、手話=生活、必要な言語
「手話を学ぶのは、聴こえる私のためではなく、聴こえないあなたのために学んであげているのです」

「手話習っているの?」「すごい、偉いわね」と言われることに対して違和感を覚えるようになったのはいつ頃からだろうか?と考えます。私はバリアなどないつもりでいましたが、どこかにそういう気持ちが隠れているのではないかと思わされることがあります。これは私にとって、ちえさんと向き合っていく過程の中では避けて通れない必要なものだと今は理解をして、なぜそういう気持ちになるのかを考えてみることにしています。

圧倒的に話者の少ない手話を、きちんと伝わる方法で学び、趣味のレベルではなく「お互いが」生活を送る上で必要な言語として手話を捉えていくこと。 今は両者の違いはまだまだ大きく開いている気がします。
将来耳が遠くなって・・・とか、何か事故で聴力が落ちてしまう可能性は誰にでもありますが、それを自分のこととして想像をして、「自らのこととして」勉強をしている人がどれだけいるのか分かりません。

<まずは気軽に、知ることから始めてみたい>

2年前の11月3日に、私にとってはじめて言葉をかわした(?)、ろう者である Iさんに出会いました。 そしてその夜には、私は本屋で、ろうに関する本を探していました。ところが手話の本さえどこにあるのか分からず・・・四方八方に手を伸ばしながら私の検索が始まりました。Iさんに直接メールを出して聞こう!ということは思いませんでした。まるで何も知らないのに質問をするのは失礼な気がしたからです。

そのときに本屋で購入した本が、「ろう文化」でした。

ろう文化

青土社



勢いで購入したものの、いきなりむずかしい高い本を買ってしまったなぁ・・・と家に帰ってから思いました。正直にいうと何について話しているのか、さっぱりわからなかったのです。まず本の中の専門用語がちんぷんかんぷんでした。

Chie: ろう者や手話のことを知るのに、一番最初に手に取ったのがろう文化だったのですね。入口として、私にとってはどっちでもよいことですし、本人にとってのセンサーは人によって異なりますよね。
ろう文化という本をとったまうさんの行動は例えば、フィンランド人について知りたいと思ったときにフィンランド人の文化という本を真っ先にとるのと同じくらいの感覚ですね。観光ガイドよりもそっちの方に惹かれるという。

Mau: それしか本屋さんになかったんですよ~(笑)。
頭がIさんとの衝撃的な出会いでパニックになっていたので、何でもいいから家に持ち帰ってじっくり目を通したいという気持ちが先でした。

Chie: それしかなかったんですね(笑)。でも、とにかく知りたい!という好奇心が勝って手に取ったというのは運命的ですね。

Mau: そう思います。
翌日は、図書館で「日本手話とろう文化」を借りました。
当時の私には内容の一つ一つが衝撃的なもので、読めば読むほど怖くなりました。

日本手話とろう文化―ろう者はストレンジャー

木村 晴美 / 生活書院



Chie: どんな風に怖くなりましたか?

Mau: わたしが知らなくて、考えてこなかったことに対して、木村さんがプロとして行動し、発信し、議論してきた事柄について、知らなかったとは言え、わたしを含む、聴者の無意識な悪意とでも言ったら良いのでしょうか・・・そこを指摘されたことに対してと言っていいと思います。木村さんが向き合ってきた手話やろう世界に対して何も知らない、知ろうともしなかった時間の長さに対しての恐怖でもあったと思います。

Chie: 未知の怖さということですね。 ただ、木村さんの書いていることをすべてのろう者が思っているとは限らないです。しかし、何も知らない読者にしてみれば「ろう者とはこういう考え方なのか」という受け止め方になるのも無理は無いですね。オバマ大統領の発言だけで「黒人全体がそう言っている」と受け止めていたとしたら、ろう者も同じように「木村さんの言うことはろう者全体のことを言っている」となりますね。

Mau: まったくおっしゃるとおりです。
私もあれから本を開いていないのですが、2年間経って今どう「ろう文化」や「日本手話とろう文化」を理解するのか知りたいですね。

<ろう者であることを求められる>

Chie: その本が出た頃、当時の自分は、変な自信を持っていました。ろう者であることが誇りであるかのように。周囲からろう者であることを求められている気がして常にろう者でなければいけないと意識していました。
自分自身も、そこに快感を覚えていました。ろう者として代表者になったような気分。

ちょうどそのときに木村さんの意見を鵜呑みにして、家族に読ませたんですね。でも家族は「だから何?」「共感できない」と反応が薄かったので、軽いショックを覚えました。
最近また木村さんの本を読んでみました。
そうしたら、おもしろいことに今の自分が当時の家族と同じような反応になっていました。「だから何?」「え?そうなの?」って一人で突っ込んでいました。

確かに聴こえる人たちの無意識の行動がろう者にとって迷惑なものになることもありますが、聴こえる側からにしてみれば、普通のこと、日常生活の中で行っているだけにすぎないことなんじゃないか、って思うようになりました。そこから、ろう者を理解するためにはまず聴こえる人の生活、聴こえる人の考え方を知ることから始まると思っています 。

Mau: 「ろう者であることを求められている気がして常にろう者でなければいけないと意識していた」という言葉・・・胸にどきっときました。
ちえさんのご家族の反応は、それをまったく意識せずにちえさんをちえさんとして見ているから出た自然なものに思えます。

Chie: ろう者でなければいけないというのは、手話サークル、前の職場において周囲が「ろう者としてどう思う?」と意見を求めていたことに慣れすぎてしまったんです。
快感を覚えていた一方で、だんだん自分を苦しめていたようです。

そういう意味で、まうさんがおっしゃるとおりに家族の反応が、普通なのですよね。以前の私だったら、声は全く出さん!と言わんばかりに相手に要求していました。
今も時折使いますが、そんな気迫のあるような行動は恥ずかしいですね。今は控えめです。

Mau: 全く声をださずに、手話だけで通すということでしょうか?
ひゃ~!その時のちえさんのままだったら、わたし逃げ出しちゃいます!

Chie: そうですね。大学時代の私は変な意地もあって「ろう者と話したいのなら声は出さん」という感じでした。会話のときに全く声は出しません。
ろうの同級生が、聴こえる人たちを相手に声を出して話しているのを見ておもしろくなかったかもしれませんね。結果的に新入生たちは逃げましたが、逃げる方が悪いと思っていました。泣き出した人もいました(苦笑)
手話を覚えたいのなら、私に挑戦せよみたいな(笑)。

今思えば、馬鹿でした。でもこれは、聴こえる人たち同士が声だけで話されている空間にうまく入り込めない苛立ちから来ていて、その感情をどこにぶつけたらよいか分からなかったです。
「サークルの時間はたったの2時間。その短い時間内で聴こえないことを体験してみなさい」という気持ちでいました。ちょうど、その頃に木村さんの話や、ろう文化の話に触れたとき、簡単に疑いもせずに鵜呑みしました。その結果で、友人の何人かが離れていきました。最大の代償ですね。

Mau: 今のちえさんからは想像のつかない女番長時代ですね(笑)。

私はいつもちえさんに適当な創作手話を使ってなおしていただいています。
声も出してもらうこともありますね。でもそういうときに、「もうしわけない・・・」と”ちょっぴり”感じています。

でもその「かたじけない!」という思いが、「次回はもっと手話を学んで出直します!」という情熱の源になっていることは確かです。わたしがちえさんの理解力に甘えさせてもらっているということもあるのですが、大人になってそれぞれが相手の立場に立ってコミュニケーション手段を使い分けたりすることは、聴こえる人同士でもあります。もちろん、ろうの人たち同士でもあるのではないかしら?と想像しています。

二年前はすべてのろう者が手話を使えると思って疑いませんでしたが、そうではないことも今は知りました。短い経験を通して分かったことは、少なくともちえさんと手ごたえのある会話のキャッチボールをするには、私が手話の技術を身に付ける必要があるのだと感じています。完璧は無理かもしれません。でもお互いがさまざまな方法を駆使すれば十分では無いかもしれませんが楽しく充実したお話ができることも知りました。

Chie: ありがとうございます。ろう者同士でも、相手によってコミュニケーション方法を使い分けていることはあります(人によっては、それができない人もいます)ね。それをろう者は、コードスィッチングという、 響きの良い言葉を使いながら、聴者よりも優れているというようなニュアンスで示すことがあります。

Mau: 面白いですね~。

Chie: でもそれは聴者同士でも同じことなので、私から見れば「だから何?」って思いますし、ろう者でもあまり上手にできない人はいるので結局変わりはないんじゃない?
ということですが、聴こえないことによって生じる社会的不利という視点は別問題として、きちんと考えていくべきことと思っています。

聴こえることと聴こえないこと、生理的、身体的に異なるこの現実は、文化だけでは片付けられない複雑なものが絡み合っています。
文化といえば、かっこよく映る一方、根本的な問題を直視しなくなる可能性もあります。
ここではせめて、文化やろう者という言葉だけで片付けはせず、しっかり向き合っていきたいと思っています。
その辺りは、ぜひとも聴こえるまうさん、聴こえないちえとして、今後向き合いたいと思います。
そして、微力ながら、聴こえることと聴こえないことの相違、生理的、身体的に異なることによって生じる現実に向き合うことが、聴こえない子どもたちには必ず、希望を与えることになると信じています。

特に昔の私は、周りに同じ立場でロールモデルがあまりいなかったこともあり、将来像がうまく描けない立場にいました。果たしたい夢は持っていても、 必ずぶつかるのは聴こえないことによって生じる現実です。今も恐れすぎているかもしれません。
その現実と向き合ってきた、ろうの大人と話をすることは将来像を描くことにつながり、具体性は欠けていても、必ず人生の糧になるのではないかと思っています。

と、なが〜〜〜い理想論になってしまいましたが、
まうさんの手話については、手話レッスンをすすめたいところですが、ここでは別として、向き合うことの意味、向き合う立場としてもちろん、私も声を全く出さない訳にはいきませんが、もっとお互いがスムーズにお話ができる方法は必ずあるのです。
その方法に私たちが辿り着くには、あとどれくらいか、時間はかかるのか、分かりませんが、そのプロセスも楽しめたら良いですよね?

Mau: 賛成で~す!
ちえさんの熱意に押されたのか・・・すぐ言葉が出てきません・・・あわわ。
「ろう者」の方々の世界を知り始めて若干2年生ということでお許しください(ちょっとびびってます)。
分かったようにコメントすることはできるだけ避けたいなあと思っています。いましばらくゆっくり宿題として私にも考えさせてくださいね。

Chie: いえいえ、ちょうど良いと思っています。
逆に手話の世界を知りすぎている人との話は偏りも出やすいので今のまうさんの立場からの話、どのように感じているのかを聞けたらと思っています。
そういった意味では、まうさんは読者に一番近い存在です。
聴こえることだけでなく、手話のこと、ろう者のことをこれから知っていくという意味もあり、ブログにおいて重要な存在です。むしろ、読者は共感もしくは案内人のように見るかもしれないですね。

Mau: そう言っていただいて・・・ありがとうございます。
自然体でこれからもいきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
知ったかぶりはすぐばれますのでやめときますっ!!

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<ろう者や難聴者の世界を想像する上で参考にした本 (mau編)>

耳の聞こえないお医者さん、今日も大忙し

フィリップ ザゾヴ / 草思社



星の音が聴こえますか

松森 果林 / 筑摩書店



驚きの手話「パ」「ポ」翻訳―翻訳で変わる日本語と手話の関係

坂田 加代子 / 星湖舎



「ろう文化」案内

キャロル・パッデン / 晶文社



わが指のオーケストラ (1) (秋田文庫)

山本 おさむ / 秋田書店


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by machi-life | 2009-11-01 14:37 | mau+chie life