聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
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第36回(2009.10.25) 「当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないとき」

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆



風呂の中での読書

Chie:食欲の秋・・・ではなくて、読書の秋になりました。お風呂で読書はしますか?そういえば、お風呂に入るときは全身浴より半身浴が良いみたいですね。

Mau: 鍼の先生に勧められて半身浴をしています。全身で浸かるよりも温まる気がします。その時に本を持ち込んでいます。

Chie: ビニール袋をかけていますか?

Mau:あらかじめタオルを何枚か重ねておいておいて、手をふきながら本を読んでいます。ちえさんはどうですか?

Chie: 本は風呂場には持ち込まないですが、どうやって持ち込んだら良いか考えたことがありました。マンガを風呂で読む友人がいますが、彼女はそのままお風呂場へ持っていくとのこと。ちょっと踏みとどまりました、そして、そのまま実行せず(笑)。

Mau: 寝ぼけて高校時代、現国の教科書を風呂の中に落として、一年間しわしわのものを使った思い出があります。換気扇をまわしておいたり、窓があれば少し開けておくとかなり違うと思います。

Chie: なるほど〜換気扇を回す方法でしたね!
濡れても良い本からスタートしてみようかな。


Mau: 私も「風呂用」の本を持ち込んでいます。短編集やエッセイみたいなものが多いですね。

Chie: 読んでいて眠くならないものが良いですね。 最近おすすめのエッセイありますか?
Mau: エッセイだと、松浦弥太郎さんの本でしょうか。これは大事にしていて、持ち込めないのですが。


Chie: どんな人でしょうか?


Mau: 暮らしの手帖という雑誌をご存じですか?丁寧に衣食住を行う大切さ、日本人らしさをさらりと気付かせてくれる雑誌です。その本の編集長です。確か・・・随分と長い間海外を放浪していて、そのときに出会った古本で移動式本屋からスタートした方ですね

Chie: 暮しの手帖、確か母が読んだことあったと思います。編集長なのですね。あ!読みたくなりましたね。

Mau: その本屋はCow Booksといいます。私も何度か遭遇しました。東京駅にも小さいCowBooksがありました。

Chie: 見てみたいですね.いま、アマゾンで検索したら何冊かありました。

Mau: 小さな幸せを見つける達人ですね。

Chie: もしかして、「今日もていねいに」、という本でしょうか?

Mau: そうで~す!

Chie: いいですね!アマゾンで目次を見てみたのですが、以前に立ち読みで購入を迷った本でした(笑)偶然ですね!


Mau: 私もしばらく立ち読みしていましたが、何度か立ち読みして買いました(もっと早く買って!とお店の人は思っていたに違いありません)。

Chie: 何らかのご縁と感じましたので買ってみます〜。ホームページもかわいいですね、牛さん。兄から「牛みたいだ」と言われたことがあるので、牛には愛着があるのです(笑)。


Mau: あはは!ぜひ!


聴こえない人の生活



Mau:さて、今回は「聴こえない人の生活について」というテーマをいただきました。どうしてちえさんはこのテーマについて話してみようと思われましたか?

Chie: 最近、小学校や専門学校の講師依頼がくるようになりました。聴こえない人の生活について全然イメージができないと言われるので、なぜイメージができないのか、どんな風に見られているのかなとか気になっていました。

過去に、小学校や中学校、大学の講演も行ったことがありますが、ずっと自分の中で違和感を持ちつつ、先輩や通訳者さんの意見に従って話をしてきたことがあります。 聴こえない人は手話だけでなく、筆談で話ができるので筆談でも大丈夫ですよ、という内容です。

何だか違うなぁと思いながらずっとやっていました。

でも、最近は手話を使うことについて意識した方が良いと思うようになりました(仕事柄ですね)。


障害者という悲観的な見方からポジティブに、人間的に見てもらえるような話として進めていく。もっと話を掘り下げて、より聴こえる人たちに近づきながら、イメージしやすいよう話をしてみたいのでその前に聴こえる人が思う、思い描いている、思い込んでいる、聴こえない人の生活のイメージがどんなものなのか聞いてみたいと思いました。


Mau: なるほど・・・ちえさんのこれからの活動の場を広げていくであろう依頼が相次いでいらっしゃるというわけですね。

これはいろんな方にちえさんの伝えたいメッセージを伝えていくチャンスですね。

ちえさんの立ち位置としては、「筆談」や「口話」もコミュニケーション手段としてあるのだけれど、やはり同時進行で話のできる「手話」の必要性を知ってもらうということに柱を置くことになるのでしょうか?


コミュニケーションとしての手話



Chie: そうなりますね。また別の視点として、聴こえる人同士でも手話を覚えれば老後に役立ちます。
耳が遠くなったときにどうしてもガミガミ言われてしまうような状況はなくなりますし、 おじいさんおばあさんが仲良く話ができる一歩にもなるんじゃないかな。

聴こえない人だけに限らず、聴こえる人同士でも使える手話として身近に感じてもらえばという感じですね。
障害者が使うものと限定されるのはあまり好きじゃないので筆談、口話も使える立場ですが、
こう言うと、「じゃあ、最初から手話は要らないじゃないの?」という誤解になりますし、
最初から筆談で対応されると何だかなぁという複雑なところはあります。

また、筆談しながら途中で声だけで、誰かと話すことは、コミュニケーションを拒否されたような受け止め方になることもあります。


Mau: 以前のブログでも取り上げましたが、「手話」で対話をすることの意味や重要性がちえさんとのブログを通して変わってきました。

でも依然、手話=ろう者の人たちが使う言語、又は手話を習うこと=ボランティアという聴者の常識や漠然としたろう者の世界に対するイメージを払拭していくには時間をかけてその人が「なぜちえさんたちが手話で会話がしたいと思うのかが分かった!そういうことなら少し始めてみようか。」と納得してもらえるまで働きかけ続けることが必要な気がします。

何週間か前に、地区の公共の場所をまわって、現在私が地域の学生さんたちと行っている手話教室を、せっかく地元の商店街で行っているのだから、より多くの、さまざまな年代の人と「地域で使える手話」をキーワードに展開していきたいのですが、ぜひご一緒にいかがでしょうか?とまあ、いきなり飛び込みでお伺いしてみました。10月で活動も一年を迎えて、もっと地域の中での可能性を探りたかったので反応を知りたかったということもあります。もちろん、私たちの手話教室はちえさんたちが行われている本格的な指導があるわけではありませんが、そこへつながるための入口の一つになればという思いで行っています。まだまだ参加者は少ないのですが、これからも近所の方に気軽に足を運んでもらえる場にしていきたいと思っています。

Chie:手話=自分には関係ないもの、という意識は強く根ざしているかもしれませんね。

Mau: そうですね。現状としてはお声掛けさせていただくほとんどの方が「手話は必要はないし、これからも恐らく必要ない」と言われます。筆談もあるからという理由も良く聞かれます。お年寄りになると、めんどうだね~とか、指が動きませんて・・・と近所の方に言われたこともあります。それも意見の一つですから、無理にというわけにはいきませんが、どこかまだ適材適所というか、手話を必要としている人のいるところへ行きついていない気もしています。

Chie: 手話を観たことがない、手話に直接触れたことが無いというのが大きいかもしれません。
そういう意味では大学生、若い社会人の方が広まりやすいと思います。


Mau: 私もそう思います。

Chie: 資格にもつながりますよね。手話技能検定試験とか。
ろう者がもっとオープンになれたらと思うのでまずは自分から始めなきゃ〜と思うところでございます。



一つのものがなくなると同時にもう一つのものを手にする


Mau: いま手話の活動を手伝って下さる地域の学生さんたちは、就職に有利ということで手話検定を受ける方もいるようです。

少し話が逸れますが、いまお世話になっている鍼の先生は、目の見えない方です。その方は患者との情報の交換手段として大切な言葉にとても敏感です。また記憶力も抜群で私が曖昧なことを言うとすぐに突っ込まれてしまいます。トンカチみたいなものでトントン体を触診するのですが、思わずドキーンとするようなことを言われて、あたふたすることもあります。

Chie: 他の感覚が優れているのですね。一つの機能がなくなると、他の機能が発達するといわれていますね。この前、聴こえる人たちと居酒屋へ行ったとき、「今、音楽流れているね」と話したらびっくりされてしまいました。机に手を当てていれば分かると話しましたが、「あまり分からない」とのことでした。これも鍼の先生と似ているかと思います。しかし、そのせいで振動に敏感なため、大学で授業を受けたときは全然落ち着かなかったです。聾学校と違って、他の学生と同じ机を使っていたので鉛筆の音や携帯のバイブ音等いろいろ響いてきました。

Mau:鍼の先生は目が見えないということで、やはりどこかでつらいこともあるだろうな、不便だろうなと思うことがあります。先生にとっては余計なお世話だと思いますが、そういう感情を持つこともまた当然のことだと考えています。

同時に、先生が「見えない」ということで、自分の「見える」に向きあわせてもらっています。

私は見えるはずなのに見えていない、気づいていないことがたくさんあることも先生の所へ行くと気付かされます。

例えば、「頭痛が起きる時はどんな時ですか?時間帯は?右、左?それは表面的に痛むの?それとも奥の方?」肩こりにしても、「右と左とどのくらい痛みますか?」と聞かれるのですが、そのつど私の答えは曖昧です。何となく見えている、聴こえてる状況にいかに甘えていることか。

先生にはそのつど、「何にもわからないんだな~!」と大声で笑われてしまいます。

聴こえる、聴こえないに関わらず、その人にとっては当たり前であり、問題として感じていないことに対して「大変だね」「つらいでしょ」「かわいそうに」と言われたり思われたりすることはありませんか?

「かわいそう」と言われることによって、そうか私はかわいそうなのかと初めて気付くこともあります。

「自分の標準」で感じる想い発する言葉を止めることはとても難しいことだと思いますが、そんなときにどうしてそう思うのかを考えてみることにしています。ちえさんにはこのブログを通して、時にかなり失礼なことを意識して言ったり、無意識に言ってちえさんの気持ちを困惑させてしまうことも過去にあったのではと思っています。


誰かにとっての当たり前は、他の人には当たり前にならず・・・それもまた正しいことなのかもしれない!?

言いにくいこと、聞きにくいことでも礼儀を持って聞きあうことで自分が標準としている幅をもっと広げていければと願っています。


Chie: 結局のところ、一般常識も変わっていくものなんですよね。常識は覆されるものかもしれません。
記録は破られるためにあるのと同じように、覆されるために常識があるのかも。



常識は誰のために?


Mau: 常識ってなんでしょう?あまり意識をして考えたことがないような気がします。

Chie:「聴こえない人、目が見えない人=かわいそうな人」から、ポジティブな見方に変えることは時間がかかってもできると考えています。まうさんがおっしゃるように、気にならなくなるのが一番良いですし。誰かにとっての当たり前は、他の人には当たり前にはならず、というのは、国内の常識が、海外では通用しないのと同じですね。なので、常識にとらわれず、自分の「目」で見れる人が増えていくと手話に対する受け入れもスムーズだと思います。


Mau: そうですね、近所に住む人が挨拶をしてくれない人がいて、周りの人は変わり者だと思っていたようですが、私は耳が遠いのだと思って近くまで行って挨拶をしました。そうしたら「聴こえてるよ」と(笑)。それからはしてくれるようになりましたが、ほとんど無視の日もあります。そんな人もいるんだな、面白いなと。

Chie: いろんな人がいますね。


Mau: 挨拶はもちろんお互いに交わした方が気持はいいものですが、それはこっちの都合でもあります。したからしてよという関係になると窮屈になってしまう気もします。する日もあるし、しない日はどうしたのかな?と思ったり、そういう人なのだなと、私の常識から外れると面白かったり、時には寂しくなったり。でもいろんな人がいてバランスが良いと思っています。

そう構えてしまうとあまり怒ることもなくなる気がします。違いを不思議に思うことはありますが。近所も世界も一緒ですね。

話題が少しずれてしまいましたが、理想とするのは、例えば「ちえさん」がいて、そして次にろう者であるということです。

手話ができるようになることはもちろんですが、足りないところは他のやり方でつながれたら嬉しいです。あまりお互いにプレッシャーをかけずに、まずは人として、言葉だけではなく感じる気持ちでこれからも同じものを見て、違うことを感じていけたらうれしいです。

最初は「ろう者」ということで興味を持って近づいてくる人もいると思います。でもそういう人が、きちんと話を聞いて理解をしてくれたら心強い味方になってくれるんじゃないかって思います。理想論かもしれませんが。

Chie: 実現不可能ではないと思います。 時間はかかっても。
興味を持って近づく人を増やすことですね。 亀さんのような歩みになっても、
お互いがお互いの魅力に気がつくことはできると思いますし、新潟に来てから聴こえる人に対する抵抗は少しずつ減っているし、興味も持っています。


Mau: そう思います。ジャッジしようとせずに、その人全体が見れるといいですね。私もそう見てもらえるように自分のいろんな部分を出しているつもりです。

Chie: せっかくこの世に生まれてきた以上、いろいろな人の物語を知りたいですね。
すべてではなくて一部でも、その人が何を考えてどう生きているかを知ることは好きですし、それを知ることができなくても、その人の醸し出す雰囲気の中に自分も一緒に共有できたら 面白いですよね。



Mau: そう思います!どこにいても学ぶべきこと、面白いことだらけです。それを発見することのできるアンテナはいつもどこへでも持っていきたいです。たとえそれが自分にとって好ましくないことだとしても・・・私の日々はがびーんの連続です。




自分にとっての「当たり前」が他の人にとって「当たり前じゃない」ことは、日常の中にあふれています。100人いれば100通りの生き方があり、100通りの考え方があります。どれも100%一致することなく、必ずそれぞれの価値観があり、それを通り越してお互いが認め合える社会となれるよう日々を過ごしていきたいですね。



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by machi-life | 2009-10-25 22:57

第35回(2009.10.18) 『新潟・全国障害者スポーツ大会』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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今年の新潟は大忙し!!

Chie: 今年の新潟は忙しいですね〜天地人、高校野球、トキめき新潟国体。

まうさんの妹さんも国体のボランティアに出かけたとのことですが、周りの方々もボランティアに行かれましたか?



Mau: 妹は介護福祉士を目指して専門学校で勉強をしているのですが、その授業の一環として泊まり込みで長岡で行われた全国障害者スポーツ大会のボランティアをさせていただきました。他にも私の周りにいる方が何人かボランティアに行ったようです。



Chie: 学生ボランティアも多かったみたいですね。新聞で学生の声が載っているのを読みました。まうさんは見に行かれましたか?


Mau: 私は見に行く機会がありませんでした。ちえさんは行かれましたか?
またとない機会ですから、さまざまな方が多方面から関わった大会になったようですね。


バレーボールの試合を見て


Chie: こういう機会はあまりないかもしれないですね。国体は行っていないですが、障害者スポーツ大会はバレーボールを見に行ってきました。関東地方から友人が遊びに来たこともあって寄ってみました。



Mau: 会場はどんな様子でしたか?


Chie: ろう者のバレーボール会場は静かでした。 静かというよりは、人が少なかったですね。私も友人もちょっと見ただけでした。会場が長岡市だからなのかどうか分からないですけど、ちょっと全国大会にしては規模が小さいなぁと思っていました。(愛知県代表がまた美味しいところを持っていってしまいました笑)


Mau: そうでしたか・・・会場の規模や種目によるのかもしれませんね。愛知県が美味しいところを、というのは??



Chie: バレーは愛知県が優勝しました。高校野球でも新潟代表と戦って優勝しましたよね。

愛知県チームの試合は観ていなかったですが、何となく優勝の予感はしました。試合開始前の選手たちを見たとき、明らかにオーラが違っていました。新潟県は優しいオーラで、愛知県はごっつい感じでした。 「俺様についてこい!」タイプの選手のイメージだったので優勝してもおかしくなかったですね。




Mau: それは愛知県人の人柄なのでしょうか(笑)? 大会規模が小さい、というのは?



Chie:会場の規模、種目によるかもしれませんが、バレーは参加チームが少なかったですね。福岡県は出場できる条件をクリアしていたものの、福岡県の予算の都合上、出場できなくなったようでした。そういう背景もあってチームが少なく、さみしい雰囲気でした。



Mau:予算が無くて出場できなかったというのは選手にとってはとてもくやしかったでしょうね。



Chie: 予算が無い、というのは、障害者スポーツに対する県の見方の表れでもありますね。障害者スポーツは、あくまでリハビリテーションの一環であるという視点があるかもしれません。

(愛知県の人柄・・・かどうかは微妙ですね(笑)私の周りにいる友人は草食系なので、愛知県チームを見たときはびっくりしました。)

一般のスポーツ大会なら、スポーツ選手としてがんばってほしいという見方ですが、障害者となると出場できただけでもよい、みたいな見方があるみたいです。



Mau: うーん・・・それは・・・。
「障害があるのに、こんなに頑張っています」という言葉が当たり前に使われるメディアや周りでボランティアで参加された方々の言葉に違和感を持ちました。同じように感じた人もいらっしゃったと思いますが、ちえさんが言われるように、“障害者スポーツ = リハビリテーションの一環”という捉え方でいる方もも多いのだとと思います。



手話ボランティアには頼みにくい!?



Chie: 受け止め方は人それぞれですね。そのことはコメント欄でみなさんの意見を聞いてみたいですね。
そういえば、大会で手話と要約筆記のボランティアさんもいました。
ろう者、難聴者の情報保障としてのボランティアだと思いますが、本当に必要なのかなあ、と考えてしまいました。



Mau: ちえさん御自身は利用したくなるような魅力的な形では無かったのでしょうか?


Chie: そうですね。私自身、見た目にこだわっていたかもしれませんが、もう少し格好良く映ればいいのになぁと思いました。私たちが長岡駅で、駅から行ける温泉探していたときがありました。

長岡市は詳しくないので誰かに聞いてみようかと思ったところ、「手話」という文字が書いてあったパーカーや帽子をかぶっている方がいました。

ところが、なぜか手話と要約筆記を担う方々が集まって雑談していたんですよね。

手話が分かるので遠くから見ても、何を話しているかは分かりました。まるで近所のおばさまたちが、旦那様の愚痴で盛り上がっている、というような雰囲気でした。




Mau: 手話での雑談ですか?


Chie: その中に、ろう者もいたようでした。一緒に手話での雑談ですね。

道を尋ねたいとは思えなかったですね。仕事をしているのか〜って思いましたが、そこがボランティアですよね。ボランティアだから仕方ないのかな。



Mau: なるほど~私に手話ができたら「気を付けてください。しっかりと内容は漏れてますよ~」と教えてあげるのですが(笑)。その方たちは、ボランティアだから手を抜いても良いという意識はないと思いますが、そこにプロとしての心構えを見つけることは難しいかもしれません。どちらかというとお祭りのようなリラックスした感覚で気軽に参加されているのかもしれません。ボランティアだからというよりも、それは個人個人の意識に任されている部分が今回は大きかったかも。
ちえさんがたまたまそういう方々の会話に出くわしてしまったのかもしれませんねえ。


Chie: 手話サークル関係では残念ながらそういう方が多いので、「久しぶりに見ちゃった」という感じでした。もちろん、手話サークルの中にも熱心な学習者はいますが、なかなかそういう人は会えないですね。

ボランティアだからすべてそうであるとは思っていないですが、ボランティアだから何をしても良いという考えはちょっと違うかなという風に受け止めました。あくまでも手話のボランティアに限ってのお話ですが。

一生懸命学習されている方もいるので、すべてとはいえませんよね。



Mau: ろう者の方から見える「手話サークル」の存在に対する意見は、手話に関するエッセイのような書物を読んでいるとよく出てきますねすね。ちえさんもそう思われますか?


手話の世界での常識


Chie: 手話サークルが活発な時代もありました。それは福祉、障害者が使うものという視点から入って、「かわいそうだから助けてあげるよ」というところからスタートした背景があります。

ろう者はかなり腰を低くしないと助けてもらえなかったという話はよく聞いていました。仕方ないかもしれないですが、そういう背景もあって、手話の世界では「苦しんだ者が上に立つべき」という風潮があるようです。手話に関する書物にもあるんですね。



Mau: 苦しんだものが上に立つべきということについて、もう少し教えていただけますか?
私が読んだ手話サークルについての記述には、あまり良い感触のものはなかったように記憶しています。
かえって怖くなった気がします~。


Chie: ろう者の間では、「運転免許が取れたのは誰のおかげだ?」という話から始まり、ろう運動で苦しんでがんばった方が上に立つ。共に動く若いろう者は動きたくても動きにくい、ということがあります。

幸い、ハンズはそれを普通に通り過ぎたので何もなかったですが。
また、手話通訳者の間では、若い手話通訳者を育てようとする方が少なく、ほとんどは「私たちは一生懸命ろう者の手話を学んだのだから、あなたも現場で学びなさい」とあまり積極的ではないようです。

中には人材育成に力を注ぐ方もいますが、私が出会って来た通訳者の中でそのような後継者育成に視野を入れた方は残念ながら一人くらいです。



Mau: どうしてそういうことが起きるのでしょうか?


Chie: これはあくまでも私の考えですので、みなさん、批評とかありましたらぜひご意見をお聞かせくださいませ。

まずは、コンプレックスの裏返しなんじゃないかと思っています。
障害者を手伝うことは、自分よりも弱い立場の人と接することによって自分の存在意義を見出す。

こういうことは手話に限らず、他の障害者にもつながると思いますが、ここで手話がなぜ、そのような複雑な人間関係を生むのかは、ちょっと不思議です。

手話サークルの成り立ち、時代背景は十分に書籍や高齢者の手話語り、また通訳者から聞いてきました。

それでも腑に落ちないところがあります。もしかしたら、手話サークルとしてこれからどのような道を歩むべきなのか見えてこなかったのだと思います。

ここまで話した以上、手話サークルの方に殺されてしまいますね(笑)。



Mau: いえいえ、いろんな意見を言いあってからゆっくりと考えていこう!というのがこのブログの趣旨の一つでもあります。私たちが話していることに対して疑問を持たれた方、同感だと思う方・・・私もブログに参加したい!などなど・・・ご意見お待ちしています。

それにしても、そういう手話サークルに行ってもなんだか楽しくなさそうですね~。


Chie: あまり楽しくないですよ〜(笑)人としてもどうか、って思ってしまうくらいです。

京都にいたときは、手話サークルに行くと、ろう者の存在を無視する人もいれば、「若いんでしょう、真面目にやらなくていいよ。遊べば良い」と言う変なおじさんもいました。



Mau: あははは!と思わず笑ってしまいましたが・・・はてな?ますます分からなくなってきました。


Chie: 異質な世界ですよね?


Mau: そういう人は一人で勉強をしたり自分から積極的にろう者と関わったらいいのになあと単純に思ってしまうのですが、なぜ手話サークルに来ているのでしょうか?


Chie: 勉強方法が他に無いからのと、手話は一人で勉強できるものではないので。 本で見ても、これが「使える手話」なのか確認するために学べる場を探してみたら、手話サークルだけという地域は多いですね。そこで手話そのものを止める方もたくさんいます。

英会話のようにスクールが近くにあれば学べる環境にいますが、手話はまだスクールとして数少ないですね。愛知県はほとんどありませんし。もし手話を体系的に学べる環境が手話サークルにあったら私の仕事はなくなってしまいますね(笑)。



手話を体系的に学べる場とは?


Mau: 手話を体系的にきちんと学べる場所が無いということでしょうか?

ちえさんたちの今行っている活動は今までのものでは十分でなかったから必然的に出てきたと言えそうですね。



Chie: そうですね。ハンズには変なおじさんはいないし、手話をきちんと使いたいという方がいらっしゃるので、そこが手話サークルとの違いですね。英会話の世界ではこのような、よく分からない世界はないでしょうか?


Mau: それは・・・どこへ行っても何人か人が集まればあります。
英会話学校や公民館等でのサークルも例外ではありません。改めて自分がどちらかというと教える立場になってみて思うのは、そういうときはどうその場の舵を取るのかによって周りの人たちの周りの人たちへの態度や学びへの関わりが大いに変わって来るといるということでしょうか。

長く続いているサークル活動で難しいのが、運営上で会の担当者はいるものの、本当の意味で責任者は?と言われると不在のことが多いように見えます。“講師はみんな”“お互いに学びあいましょう”という姿勢は大切ですし、気軽に参加できるという利点もありますが、本当に学びたい人にとっては余計なことを考える時間や機会も少なくなく、どのような方向性を持って会を進めていくのか、それを誰がバランスを取っていくのか・・・難しいこともありますね。
そういった面倒なこと、効率の悪さに耐えられなくて密かにやめてしまう人もいるのではと思います(私も過去に英会話サークルを辞めた内の一人です(笑))。

私も現在「スペイン語サークル」を公民館という公の場所で主宰しています。過去の経験を無駄にしないように、いつどんな時に新しい人がいらしても、新しい人が違和感を感じたり、今までいる人が同じような過去の復習ばかりで、(つまらないなあ・・・)と感じないように密かに戦略を立てつつ運営しているつもりです。

英語で言えば大抵の人は、ある程度の基礎を持っていますが、スペイン語は初めてその世界に足を踏み入れる人が大多数になりますので、その点では緊張しますし工夫が必要ですね。多くの人にとって新しい言語という意味では手話に近いかもしれません。


Chie: 私も手話サークルに所属していたので何となく分かります。結局はバランスですよね。講師の舵取りによって左右されるからこそ、 周囲を見渡しながら道を造っていかないといけない、そこが講師としての醍醐味でもありますよね。


Mau: そうですね。変なおじさんも、誰かを傷付けたりすることを言わないようであれば、構いたくなっちゃいますね。それも自分に余裕があればの話ですが。とはいえ、サークルも通常のレッスンも全力投球しているつもりです。語学が好きだから、その楽しさをいろんな方法で伝えられないかといつも試行錯誤しています。いまはまだ手話が使える人の数、場は圧倒的に少ないので、ちえさんにとっては物足りないこともあると思いますが、これからビシバシとハンズで鍛えてもらって手話を学ぶ&学んで目覚める「面白い人たち」がどんどん社会に出てきたら・・・・その時に手話サークルは変わるきっかけを掴むのかもしれません。


Chie: ありがとうございます。手話サークルの常識は、 いずれ変わっていくものと思っていますし、それは講師自身も勉強、研鑽が必要だと痛感しています。講師は常に試行錯誤しつつ、自己研鑽に励む運命かもしれませんね。


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by machi-life | 2009-10-18 16:40 | mau+chie life

第34回(2009.10.12)『口(声)で話すことについて』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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新潟に台風上陸!


Mau: おはようございます。朝から風が怖いくらいですね。明日から、4歳の姪と猫のシロップ1歳半が日曜日までお泊りにやってきます・・・我が家には小さな台風が上陸予定です。



Chie: おはようございます。朝から台風の恐怖感に襲われています、さっきまでベランダにあるものから全部荷物を中に入れていました。にぎやかな家族みたいですね^^



Mau: だいじょうぶですか?

一人だと心配ですが、誰か来てくれるといいですね。

Chie: ありがとうございます。誰かいたらいいなぁと思いましたが、大丈夫です。

口話(こうわ)とは? 


Mau:さて今日は、「読唇」についてお話をしてみようということですが、それは「口話」や「読話」と言われているものと関係がありますか?



Chie: そうですね。定義について、はっきりとは決められていないのですが口話の中に、読唇があり、読話ともいえます。


Mau: 説明していただけますか?



Chie: 読唇/唇を読む、 口話/読唇も含めて、声で話すことという風に私は解釈していますが、書かれた資料によってもしかしたら 定義が微妙に異なっていることもあったりします。

Mau:それでは、読唇と口話は一対になってコミュニケーション手段として機能すると考えても良いでしょうか?



Chie: 読唇と口話も一緒と考えていただいた方が混乱せずにすみますね。

Mau: 現在ちえさんは、手話、筆談、口話というコミュニケーション手段を組み合わせて生活をされていると思うのですが、それらをどのような割合で使われていますか?



Chie: 話す相手、人によりますが、 筆談は少なくなってきました。

聴こえる人を対象にした場合、 手話、口話を併用しています。ろう者相手に筆談することはほとんどないですね。


Mau: 手話を介さないろう者の方とは口話でしょうか?



Chie: そうですね。口パク(声を出したり出さなかったりしますが)で、口の形をはっきりします。

そもそも、 筆談が一番面倒くさいというのもあるからかもしれないですね (急いでいるときは口話になりやすいです)。


Mau: 学生時代には、口話の厳しい訓練を受けたとお伺いました。

私は慣れていないせいか、(どのくらい正確に伝わっているかな?)とすぐに心配になってしまって、筆談にも頼ってしまいがちですが、本当はろう者にとっても聴者にとっても同時進行で会話を進められる手話ができるのが一番お互いに気持ち良く話せるのだろうと、以前は想像するだけでしたが、今は実体験として思うようになりました。



Chie:口話について、重要な話は筆談で確認する(手話が一番ですけど、それができない場合)ことがあります。


口話のコツと手話


Mau: 口話のコツみたいなものはありますか?

また、話をするときにこうした方が良いということはありますか?



Chie: コツですね、手話と同じように全体を見ます。


Mau: おお、全体なんですね!



Chie: ですので、口で話をする場合は、一字一句で話されると余計に分からなくなります。「いま/か/ら/ご/は/ん/を/た/べ/る/よ」よりも、「いまから/ごはん/たべるよ」の方がいいですね。しかし、ずっと口を見ると視力も下がってしまいそうです(笑)。



また、私が声で話すとき、時々「声が大きい!」と注意を受けますが、あれが一番難しいですね。



調整しているつもりですが、どうしても大きくなってしまって「うるさい、もっと小さい声で!」と言われて、逆に声が小さくなってしまって「何言っているか、声小さくて聴こえない」と言われる始末。



どっちなんだ〜って感じですね。手話はそこで悩む必要がないので安心ですね。



まうさんは私と話をするとき、声が大きいなとか気になっていることがあったかもしれませんが、もし、そうでしたらすみません。



Mau: それは分かる気がします。

音量に関しては・・・そうですね、静かなカフェなどでは大きくなりがちかもしれませんが、そういうこともあるということを周りの人には自然と知っていただけるといいですね。

私の場合、どうしても手話は手だけ、口話だと口のまわりだけに目がいってしまいがちなので、目が乾いて(瞬きを忘れるみたいです)しまいます。きっと身体は前のめりになっていると思います。そうですね、「全体」を見るようにしたいと思います。



Chie: 手話は手だけ、というのも分かります。そこから、一歩踏み出して、全体を見ることを覚えると読み取れると思います。英語も単語1つ1つにこだわらないで、全体を聞くような感じで取り組んだ方が分かりますよね?


Mau: 確かに英語もそうですね。
でも勉強を始めたばかりの人にはよくあることですね。仕方がないと思います。
でも不思議なことに、それでもあきらめずに、「もうだめ~!!」という時間を繰り返していくうちに肩の力が抜けて、全体で理解できるようになってくると言葉が身体に響くようになってきます。そこまでたどり着くにはやはり日々の勉強(特に文脈の中での単語学習)が必要ですね。



言葉のシャワー


Chie: 英語も手話も、リラックスしているときの方が理解度は高いですね。 赤ちゃんも、日本語を聞いて育つのと同じように最初はシャワーが必要ですよね。


Mau: そうですね、言葉のシャワーは大事ですね。大家族又は、兄弟の多い子供は一人っ子の子供よりも早くしゃべりだすと聞いたことがありますが、当然だと思います。手話も英語も浴び続けて自然にそこにあるようになるのが理想の形だと思います。

英語の場合については、一人でいるときはなるべく英語圏のラジオ放送を聴いたり、洋画DVDを流しっぱなしにして海外にいるような錯覚を起こす工夫(あがき?)をしています。



Chie: 人によるかもしれないですが、人によっては言葉のシャワーが英語であったりスペイン語であったりするのと同じように手話であったりという方もいますね。




口話が招く誤解


Chie: 今回、読唇について取り上げたいと思ったのは、聴こえる人から「ろうの方は、口を見たら分かるんですよね?」と言われるのが多いのでその辺りの誤解を少しずつ、解きほぐせたらと思っていました。



なぜ口を見たら分かるという考えになるのか、私にとっては不思議でした。日本人同士だからということかもしれないですが、まうさんはどのように考えていますか?


Mau: 「ゴルゴ13」では、主人公は読唇術を完璧に身に付けているスナイパーと言われていますが、一般人はちょっとそこまでは・・・。



冗談はさておき、確かに「ろう者はろう学校では手話を必ず習っている」と多くの人が信じ込んでいるように思います。だから、「口話?手話と一緒に学校で習っているから読み取ってもらえるでしょう」ときちんと確かめることもなく思いこんでいる人は少なくないような気がします。



Chie: 情報が行き渡っていないというのもありますね。読唇術が完璧な人、この世の中には少ないんじゃないかな〜。


Mau: 一般の学校に通って高校を卒業したというろう者の方のお話をお聞きしたときに、実はものすごく驚きました。



それまで「ろうの児童は“ろう学校で学んでいる”」と思い込んでいたので、その人がどのように授業を受けているのかが全く想像できなかったからです。その後、いろいろな方からお話をお聞きするうちに、一人ひとり歩まれている経緯は違うのだから、選択肢はいろいろあって当然なのだと思いなおしました。



Chie: 一般の学校で育つ人も多く、また聾学校の中にいたろう者もいますね。



そんな中で、皮肉なことにろう者にとって口が読み取れてしまい、その場のコミュニケーションがまぁまぁ良くて終わる場合はなおさら、口話で十分だと誤解されたままになりますね。

ろう者自身も、「口話ができた方が優秀」という価値観を持つ人がいます。それくらい、口話はかっこ良く、聴こえる人に一番近い状態になれるという、コンプレックスからくる言葉だと思っています。


口話ができる=難聴者=優秀、という見方は、聾学校育ちであれば誰もが、一度は知っている話題だと思います。



特に私の学校は、口話ができることは日本語ができることにつながると教え込まれていたことがあって 「聾学校にいる生徒は聴こえる人より人一倍努力が必要」とも言われていました。



自然に聴こえる人たちと一緒の学校に通っている難聴者は頭がいいんだという見方になりました。



そして、ろう者が一番「できていない」人間だと本気で思っていました。こうした聴こえないことに対するコンプレックスの裏返しが、少しでも口話ができた方が良いという想いになり、手話の価値を自ら下げているろう者もいます。



世界の少数派も同じような境遇で、黒人が自らの肌に対してコンプレックスを抱えるのと似ているかなとは思います。



名案誕生!


Mau: 余談ですが、ちえさんはかなり読唇は上手い方だと私は思っているので、そこに甘えすぎてしまい、私の手話は上達せず・・・(あはは!言い訳ですね)。

もっとびしびしと厳しくしてもらった方が良いと思います。



先日のブログにも書きましたが、先日山の手線で同じ車両に乗り合わせた4人組の外国からと思われるろう者の人たちがものすごく楽しそうに手話で静かに盛り上がっていました。流れる手の動きはとても美しく見とれてしまったほどです。

みんなどうしてもその方たちをちらちらと見てしまいます。だってとても楽しそう!

そんな風に興奮してた人もいると思います。



どうでしょう、みんなでJRを一両?全部?借りて、手話会話であふれる電車イベントなんて!



Chie: おもしろそうですね!電車ハイジャックですねw


Mau: 電車は意外と簡単に借りれるらしいですよ。

以前“サイクルトレイン”というイベント列車に乗車したときに聞きました。



Chie: そうなんですか(笑)

それじゃ名案として、考えてみますのでそのときはご参加よろしくお願いいたします。

サイクルトレインって自転車を持ち運んでいくということですね?



手話を使ってコミュニケーションをとる人たちが増えていくとろう者自身の価値も高まると思いますし、まうさんとは少しずつ声をなくしつつお話しさせていただけたらと思います(笑)。



Mau: もちろん張り切って乗り込みますよ♪ 

自転車に関してですが、普通は折りたたんで輪行袋に入れないと車内には持ち込めないことになっているのですが、そういった電車は自転車をばらさずに車内に持ち込めるので現地に着いてからすぐに走り出せてものすごく便利です。また、どうみても自転車好き同士なので、車内でも盛り上がります。



“シュワ・トレイン”全国から人が集まりそうじゃないですか?車両ごとに他の国の手話を使う人や、他の県の手話自慢?などがあっても良いかもしれません。



Chie: 東京辺りでしたら、乗ってくれるかもしれませんね。新潟の国体が終わってから少しずつあたためてみましょう!


Mau: 「発話」した人は、「募金」してもらう仕組みもいいかも・・・到着するまでに気持ちよくへとへとになりそうですね。



Chie: それ、学生時代にありました(笑)声を出した人は100円出してもらうルールで飲み会を開きました。そうしたら、結局ろう者が声を出してしまったので台無しになってしまって「このやろ〜」って注意の目を向けたことがありました(笑)。



Mau: それ面白いです!



ということで、口話の話から手話の話題に変わりゆく過程は社会の変化と同じですね。今、現代で人間性あふれて魅力的な人同士が出会ったときに「手話」を介してお話をしながら信頼を築いていく、そんな日々に感謝です。

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

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by machi-life | 2009-10-12 22:21

第33回(2009.10.04) 『感謝の種はどこにでも』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


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秋に思うこと、秋だから考えていること

Mau:早いものでChieさんが新潟で暮らし始めて9ヶ月余り。
いろいろと行かれたりしたと思います。その中でも特にどこか気に入っている場所はありますか?


Chie:豊栄、新発田の地域はとても良いですね。気に入っています。その地域の人たちが自分の住んでいる街を誇れているのはとても魅力を感じていますし、新潟市中央区にも、もしかしたら隠れている魅力が沢山あるんじゃないかと思うともっといろいろ歩いてみたいです。

一人暮らしを始めて4年になりますが、一人暮らしより誰かと一緒にいる方がもっと良いと感じています。
一人でいられる時間を確保しつつも、他の人と「美味しい」「おもしろかった」「今日もお疲れさま」と言い合えることはすばらしいひとときなのだと実感しています。

時折、友人と一緒に過ごしていると「人間は一人だけど、一人だからこそ人とのつながりが愛を生むんだなぁ」とまで思ったことがあります。



Mau:本当にそう思います。
私にとっては海外で生活をしていたときに、一人だけで費やす時とハウスメイトやホストファミリーと過ごす時を同時に持つことができたことがその後の暮らし方や仕事の仕方に大きく影響したと思います。
主に現地で暮らす家族の一員として迎えていただいたり、他の国の友達と家やアパートを借りて暮らしていました。経済的な理由ということもありますが、そこでは家族以外の人たちと一緒に暮らす楽しさと難しさ、共同で過ごす空間でのルールなどをお互いに試行錯誤の中で作り上げていく過程が、時にもどかしくも人間として成長させてもらった日々として今も思い出します。


ろう者としての一人暮らし


Chie:ろう者として部屋を借りるとき外国人と同じ扱いで断られることもあると聞きました。

コーダ(ろう者の親を持つ、聴こえる子ども)の方も、親が聴こえないという理由だけで断られたり、変な反応をされたりすることもあるそうです。

不動産からにしてみれば不安なのかもしれませんね。
聴こえないってどういう人なのか、ちゃんと仕事をしているのかとか。



Mau: なるほど、そんなこともあるんですか。
うーん、市内の不動産会社はどうなっているのか一度調べてみたいところですね。


収穫の秋まではもうすぐ・・・?


Mau:Chieさんの所属されている“手話レクチャーハンズ“は、この11月で5周年なのですね!
おめでとうございます。ハンズという組織の中での一員としての活動と、個人での活動や想いがあると思いますが、年末に向けて少し早いですが、Chieさんとしては今後どのように活動を進めていかれる予定ですか?


Chie: ハンズの一員として、ハンズは将来的にNPO法人を取得する予定です。ハンズとしてのチームを考える必要がありますので少し慎重になっているところでしょうか。と、突然の質問で「何だろう?活動といえば?」と思っちゃいました(笑)


Mau: すみません。ちょっと突然すぎました!


Chie: いえいえ、びっくりしただけですので大丈夫です。


Mau: Chieさんご自身の一区切りは、本格的に新潟で活動を始めた今年の1月なのかもしれませんね。
とても精力的に活動されていらっしゃるからまだ一年も経っていないなんて信じられません!


Chie: 今年の1月ですね。ある意味、区切りの時期でもありますね。意識はしています。
とにかく前へ進むのみという感じで走っているような気がしています。



Mau: すごく進まれたと思いますよ。
何でも知って、見てやるぞ!という気持ちと行動力にはいつも、すごいなあ!と思っています。


Chie: ありがとうございます。これでも遅い方だと思っている自分がいるのは、ちょっと焦り過ぎですね(笑)


Mau: おお!それは欲張りすぎですよ、ちえさん!


Chie: あはは(笑)
もっと効率よくできたらいいのになぁとか思っていたりします。



Mau: 私には効率よく動かれているように思いますが、それでもまだ満足がいかないはどんな原因がありそうですか?


Chie: 私生活と仕事の切り替えがないからと感じています。最近は、お休みの日は一切、教材に触らない、手話指導のことは考えないようにしています。この前の連休で新発田城とかを観に行ったときにすごく気分が良かったんですね。なるほど、切り替えるというのはそういうことか!と思って、できるだけお休みの日、または1日の中で最低でも1時間だけは自分の世界に閉じこもるくらいが今、できることの切り替えですね。


Mau: 確かにそうですね。Chieさんも私も、ある意味自己完結型で仕事をすることが可能ですので、自由といえば聞こえはいいのですが、エンドレスに仕事をどこまでも引きずっていくこともできちゃいますね。


Chie: そうそう、そういうことですね。
自由とはいえ、自由な時間をどう使うかによってつい、仕事を長引いてやってしまう面があるので業務の時間を設定して調整していくことが大事ですね。たぶん、1年前よりは調整がうまくできている!と信じたいところです。



Mau: Chieさんはできていると思いますよ。すぱっと切り替えを入れなくても、ちょっとお茶を丁寧に入れたり、ポストカードを一枚書くだけでも気持ちがす~っと落ち着いたりしますね。


Chie: ポストカード、確かに落ち着きますね。母からの手紙が届く度に、毎回返信を書いています.そうしたら、「忙しいときは出さなくて良い」と気使われました。どうやら、字が躍っていたようです(笑)。


Mau: あああ!!!分かる気がします~!!それでも、待っているお母さんに返事をだそう!と無意識に手は紙に向かうのかもしれませんね。えらいなあ!


Chie: 書かないと忘れちゃうからです(笑)。


Mau: 私は何か集中して取り掛かっている仕事があるときには、他のものは一切シャットアウトしてしまいます。申し訳ないと思いつつも・・・多くのことを一度に負えず。我ながら不器用です。


Chie: なるほど、集中するんですね。携帯もシャットアウトに近い状態でしょうか?


Mau: 携帯ですか?メールをいただいても、直接仕事に関係無いもの以外は、急ぎではない限りは後になってしまいます・・・ああ。 気持ちがそこに無いメールを送るなら、たとえその時だけでもちゃんとそこに心があるときに返信しようと思っているうちに、どんどん時間は過ぎていき、時にはメールの返事をハガキで返信させていただくこともあります。
私の場合は忙しいときも、そうでない時も基本的には携帯でのやりとりは他の人より少ないとおもいます。
本当は手紙でやるとりをするようなペースで仕事ができたらいいなと思っています。


Chie: そうですね、手紙でのやりとりだったらお互いに余裕もってコミュニケーションを図ろうとする分、
仕事もていねいになるのかもしれませんし、急ぎであれば会いにいくこともできますね。
こちらは仕事で携帯が必要不可欠になっています。といっても、すぐに電話ができるような環境にいない立場にとって携帯は最強ツールですね。
 


Mau: 本当にそうですね。携帯で生活が便利になり、豊かになることもたくさんあります。
母からはよく何気ないことでメールがぽつんと来たりしますが、そんなときは「さびしいのかな?」と思って、電話をしたり家に帰ったりします。


Chie: 娘が近くにいないと寂しいのかもしれないですね。母からの手紙を読む度にそろそろ、一時帰省したほうがよいかな〜と思ったりします。


Mau: うちはかなり近くに住んでいるのですが、一緒に暮らしていないという意味では、近くでも遠くでも親にとっては同じことなのかもしれませんね。

秋は人恋しい季節でもありますね。
きれいなものを見たり、美味しいものを食べたりすると、大事な人たちとこの喜びを分かち合えたらいいのにと思います。そう思えること自体がとても幸せなことですね。


Chie: そうですね。人の温もりも恋しい季節になりましたね。食べるときも誰かと一緒に食べた方がその分深く感じ取れることもできますね。
これは一人暮らしを始めてから本当にそう思います。
一人になって「やった~!」と解放感に満ちたものの、何だか違うなぁと思っていました。ラーメンでもパスタでもやはり、誰かと一緒に食べるのと一人で食べることは全然違うのだと分かりました。

秋になると人恋しくなりますね。その分、感傷的になりやすいかも?なんて思っていたら、どうしてもどうしても青春映画が観たくなりました!
そして、つくづく、男性との違いも少しずつですが、「男性ってすごいなぁ」と思いました。
自分自身を見ると意外と涙もろく、傷つきやすいときもあるのでそこは「女性だからというのもあるかもしれない」と実感しています。



Mau: 日本の男性は全般的に優しい人が多いと思います。
確かに、女性とはまた違った強さを持っている方も多いかもしれませんね。「母」になった友人の、守るべき人がいる人の強さにも美しさを感じます。機能的な美しさ、強さ、優しさ・・・ということを考えていたら、なぜか「江戸時代」を連想してしまう秋の私です。

Chieさん、ぜひ愛知へも帰ってきてください。そしてお母さんを新潟に連れて来てください!


Chie: ありがとうございます。
時間を見つけて一時帰国、ではなくて一時帰省してきます^^そのうちに新潟初上陸の日がくると思います。



厳しい冬の前の、過ごしやすく美しい季節が続いています。
さまざまな場所でイベントが開催されていますね。こんな場所で男女問わず素敵な人に出会ったときには、にっこり心の中でガッツポーズ。(この人に会うためにここへ来たのかも!)と思えます。

さて自分を振り返ったときにはどうだろうか?収穫してばかりで次の春に向けての種まきはわすれていないだろうか?実りの秋を楽しみつつも、小さな出会いの種、感謝の種をあっちにもこっちにも落として来れる私であれたらと願いつつ過ごす秋の一日です。

素敵な秋をお過ごしください!


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by machi-life | 2009-10-04 17:22 | mau+chie life