聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
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第32回(2009.9.26) 「わたし」の出会い、誰かの出会い

 「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chieの友人、新潟上陸!




Mau: おはようございます。ちょっと紅茶を入れてまして・・・少々お待ちください。

Chie: 今日はどんな紅茶でしょうか?

Mau: 今日は日本の知覧で作っている紅茶とアールグレイのミックスです。

ちえさんは、珈琲党でしたね。

Chie: 紅茶も好きですね。ミックスとはなかなか良い香りがしてきそうです。

たまたま事務所にはコーヒーかお茶しかありませんので紅茶も久しぶりに飲んでみたい気分です。


Mau: なぜか寒くなると紅茶が飲みたくなってきます。おすすめはジンジャーミルクティーですよ。

Chie: なるほど〜ジンジャーミルクティーなのですね!^^

Mau: 作り方は簡単です。

材料は、しょうが(適量/お好みでスライスしても下ろしても)、紅茶(茶葉をご用意ください。種類はウバがおすすめ)、牛乳(適量)、水

1)鍋にお水、茶葉、しょうがを入れます。

2)沸騰してきたら火を弱くして牛乳を入れます。沸騰する直前で火を止めてください。

3)ティーポットなどに入れて濾して飲んでください。そのままでも美味しいのですが、黒砂糖やはちみつで味付けをして甘くしていただくのもおすすめです。冬になると、職場には下ろした生姜を持って行って、深めのカップにお水、牛乳、生姜を入れてレンジでチン!して飲んでいます。

風邪を引きそうなとき、寒いときにぽかぽか内側から温まります。ぜひお試しください。





まうさんとの出会い

Chie: 先日の加島屋は本当にありがとうございました。

Mau:こちらこそ、ちえさんの大事なお友達を紹介して下さりありがとうございます。美味しかったですね。




   新潟加島屋HP http://www.kashimaya.jp/

   茶屋長作(加島屋2Fのお食事処) http://www.kashimaya.jp/restaurant/index.html



Chie: 友達との会話はいかがでしたでしょうか?

Mau: 最初、(あ、ちえさんとお友達がいらっしゃった!・・・と思ったらもう一人!)と嬉しさとびっくりから始まりましたね。

お二人ともシャイな感じでしたが照れられている中にも目元がとても優しくて、一目で好きになりました♪

Chie: 友達2人と伝えたつもりがちゃんと伝えていなくてすみませんでした。

2人とも実は人見知りのようです^^;

学生時代はそんなことないと思いましたが、意外と人見知りなんだなぁって私もあらためて発見できました。


Mau: ちえさんはどうでしょう?

Chie: 昔よりはよくなっていると思います 笑

Mau: そうなんですか!

三人は大学の時からのお友達で、卒業旅行にもみんなで行かれたんですってね

Chie:友人すーの呼びかけで集まり、タイへの旅行で仲良くなりました。ハプニングとかいろいろ起きたから絆が深まった(?)かもしれないです。

実際に話をしてみてまうさんはいかがでしたか?


Mau: 前日は手話本を見ながら特訓をしました。しばらくしてから、みんな人間だし、どうにかなりそうな気がしてきて、特訓は終了しました。

実際に皆さんとお会いしてみて、私の方はかえってリラックスしました。何でもそうなのですが、直前まではあーだこーだと考えてしまいますが、その時間になると、ただただ楽しかったです。

肝心の手話はというと、今回は皆さんが「優しい」ということもあり、ひらがな手話混じりの分かりにくいものでも理解してくださり感謝しています。

お互いに分かりあいたいという空気が流れていてとても心地よく感じていました。




Chie: ありがとうございます。ひらがな手話混じりというのは、指文字のことですよね?

友人も指文字くらいは分かるだろうと思っていたので指文字を使っていましたが、逆に「あれ?通じていないみたいだ」と判断してお互いにいろいろ工夫していましたね。
日本人同士が通じないという経験はあまりないので、良い機会でした。

音声であれば耳で聴いて、どこかで聞いたことがあるかなぁという風に記憶を探りつつ会話すると思います。
使用言語によりますが、英語の場合はそうだと思います。
でも手話となると、対応できるコード自分の中にがなく、戸惑うこともあるかと思います。
そんなときは、分かりやすく伝わる方法で伝えていますが、
友人との会話から、まうさんがどのように感じたのか一番気になっていました。



通じることとは?

通じないこととは?


Mau: 指文字は、自分の方向でだけ見て勉強しましたので、逆方向だと途端に読めなくなることが分かって良かったです~。

どういうことを「話が通じている」とするのかが曖昧なところですが、音声で話し合っていても相手が意図しているものが全く分からなかったり、逆に伝えていることが通じていないと感じることもあります。

どこかで聞いたことがあるぞ?と何らかの単語をキーワードにして想像したり連想していける人もいますが、みんながそうではないことも経験しています。不思議だなあ・・・と思いますが、時に全く言葉が通じなくても、例えばテレビでいう「チャンネル」のようなものが合う人とは、共通言語を何にも持っていなくてもいつの間にか友達になっていたり一緒に笑っていることがあります。

ここが始めの一歩ですね。それから先は、お互いに何か基準となる言語を勉強したり、語学だけではなく知識や経験の幅を広げていくことで更に面白くい関係になっていくのでしょうね。手話は私にとって新しい言語です。今は本格的な勉強の前のウオーミングアップをさせてもらっていると思います。お二人との新しい出会いは、そんな気持ちのアンテナを刺激してくださいました。

Chie: とても良いウォーミングアップですね!指文字については学習者の中にもそういう傾向があるのでこちらも勉強になりました。
話が通じているという基準について、確かに曖昧なところがあって伝わっているようで実は全然伝わっていなかったこともあります。
他に人から見て通じているように見えても、 当の本人たちにとっては通じていなかったりその逆もありますね。
そういうことを考えるとなるほど、チャンネルが合うと通じるというのはあると思います。
そのようなチャンネルが増えると良いですね、聴こえる人同士にも周波数のように チャンネルが合うのと合わないのはありますか?



Mau: 日々こういう出会いがあったら、どんどん手話は自分の中に取り込まれていきそうな気がしました。

英語やスペイン語は自習する時間も同じくらい大切だと思っていますが、手話だとその割合は少し減って、実践をより多くしていくことで習得していくものだと感じました。私も手話の絵が描いてある本を見て学びましたが、一体本当に正しいのか間違っているのかがよく分からず詰まってしまいそうな気持ちになりました。私が超初心者だからかもしれないのですが。


聴こえる人同士にも周波数の合う人となんだかずれちゃう人はいますね。
それはみんな違うことを目的として話しているので当然起こるべきこととは思っているのですが、内容にもよるかもしれません。

この人から学ぶべきことがあるとか、なんだかよく分からないけど面白いと思えれば、ずれていたとしてもそのままずらしておきます。

そしてこちらは話聞くのはやめて質問したり、聞く側にスイッチを自動的ですが切り替えているような感覚です。この場合はかなり受身ですが、それもコミュニケーションの1つとして考えています。




Chie: 手話は動く動作があって成り立っているので、絵だけの静止画では限界がありますね。
静止画だけで学習してきた人が、実践で思うようにいかないケースは多いです。
こちらは亀さんが小走りするような感じで手話をやってみると、
「速いからちょっと待って」と動きに慣れていない反応がかえってきます。絵だけを見てきた人たちにとっては
ある意味でやむを得ないかなと。

でも、いいところは、基本的な手型を知っているというところだと思います。
確かに絵にはない手話もあります(英語も実践の場で使う単語は全てが教科書に載っているわけではないですよね?)。
その前に、基本的な手型を知ることによってある程度予備知識がついていると思って
前向きに進んで行ったらよいかと思います。

コードスイッチングみたいなもので、コミュニケーション方法を切り替えるというのはろう者同士にもあります。
ろう者同士もお互いにずれているな〜と思ったら、わかる言葉を選んだり、
話を変えて分かりやすく整理して質問したり確認したり自動的にやっています。

これはなるほど、人間だからこそでしょうか。



Mau:そうだからこそ、分かりあえる、通じ合える人に出会えたときに私たちは大きな喜びを感じるいきもののように思えます。




Chie: そうですね。根本的なところは、人間、というところにありますね。

人間はそもそも伝達能力が、発展していき、その結果として多数の言語が生じているのですよね。


Mau: これだけいろんな言語が世界中にあることが、与えられた偶然なのか、いたずらな必然なのかたまに考えてみますが、一つだけではなくて、いろんな言葉が溢れていることに感謝してます。

こないだの日曜日、ハチャメチャな手話、指文字、ジェスチャー、表情・・・書く以外のあらゆるものを駆使してお話をしている時の私の顔は、ものすごーく嬉しそうな顔をしていたに違いありません。つながる喜びとともに、挑戦する楽しさをいただいています。挑戦するその先に「もっと話したいと思える人がいる」といるから楽しいし嬉しいのでしょうね。



Chie:コミュニケーション自体を楽しむことって大事。それがないと、人とかかわる楽しみも半減する気がします。

挑戦でもあり、今までの自分の経験の集大成みたいに、その場にエネルギーを集中。そういう時間が持てるって幸せなことです。


Mau: スーさんは、最初はろうの方だと思いました。とても自然な手話も使える聴者でした。

私たちが苦戦しているのに気づいていながらもあえて手助けせずにいてくれたのも嬉しかったですね。こちらも(よし、先方には助ける気はないようだと最初から腹を決めて頼らないでいられましたから)。

生徒さんを友人の外国人に紹介する時は、私もすーさんと同じような態度を取っていると思います。




Chie: すーさんはおせっかいをあまり好まなく、、必要な場面のみに応じるといった感じですね。
そういう意味では、まうさんと近い価値観を持っていると感じていました。
話したい人がいるというのは本当に幸せなこと。無機質に会話しているような雰囲気を醸し出している人たちも ごくたまーに駅で見かけたりしています。

比較する訳ではないですが、コミュニケーションのおもしろさが分かれば

その人の生活も見えてきて自分と重ね合ってみたり、あるいは拒絶されながらも

自分を見つめてみたりできて、人間という本質的なことに着いて考えられるようでおもしろいですね。
そういった意味では、今回のまうさんたちに友人を紹介できて良かったと思います。

ありがとうございます。今度お茶したいですね。


Mau: 皆さんには鍛えていただきました~!

基本は、みんな一人だと私はいつも思っています。だからその時だけ助けてもそれは本当の親切ではないと思える時があります。

ただし、学んでいる者同士でお互いに助け合うことは大いにやっていくべきだと思っています。いつか一人で飛べるように。

こちらこそありがとうございました。またご一緒しましょう。




Chie: 学んでいる人同士が助け合いながら一人前に成長していく、スポーツと同じですね。イチロー選手も野球は相手がいて成り立つ
ゲームだからこそ、メジャーで活躍ができるんですよね。ありがとうございます!



☆ ☆ ☆

人に出会って、新しい自分を発見することがあります。

「わたし」という人に出会って、誰かが自分を発見することもあると思います。

一人で何かをしようとすることも素晴らしいことですが、何か1つのものをさまざまな考え方、方法を駆使してみんなで作り上げていくという作業に憧れる秋です。



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by machi-life | 2009-09-26 07:23 | mau+chie life

第31回(2009.09.19) 『手話で あなたと 話がしたい』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由  

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


“聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
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“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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新幹線+都電=片道3時間 学びの場所を衣替え

更なる出会いと学びの場を求めて、東京・武者修行にでかけることにしたMau。
初回レッスンが終わって、興奮冷めやらずといった状態です。



Chie: 良かったですね!リフレッシュさが伝わってきます^^


Mau: ありがとうございます。これから週1回×3ヶ月、教室の仕事とバランスを取りながら時間を上手に組み合わせてみようと思います。やる気の満々の人たちと出会うという意味でも、自分が今まで曖昧にしてきた部分と向き合うということでも、東京で学ぶ時間はとても刺激になりました。


Chie: すごいですね!どんなレッスンでしょうか?


Mau: 端的に言うと「英会話レッスン」なのです。メンバーは主に関東圏在住のばりばり英語を仕事で活用されてきた方々が、新たな舞台を目指して「英語で話す日本」について二時間しゃべり続けるクラスです。講師のイギリス人女性は、文法にとても厳しい方でしたが、それが嬉しいですね。きちんと訂正していただけるのはありがたいです。講師の注意の仕方、話題への切り返し方、褒め方等も勉強になります。


Chie: 講師としても大変良い刺激を受けながらの学習ができるのですね。おもしろそうです!
みなさん、英語で2時間ディスカッションでしょうか?



Mau: そうです。それが、あっという間の時間でした。

難しい問いや分からないことに対しては、臨機応変さと乗り切るユーモアが問われました。そうかと言っていい加減なことを言うわけにもいきませんし、困った!そこへ緊張も手伝って、しどろもどろ(嗚呼!)後で録音をした自分の声を聞いて・・・倒れそうになりました。次回はもうちょっと準備をして臨みたいと思います。


筆談があれば、手話は必要ない?


Mau:以前私たちのブログでも取り上げた「筆談ホステス」を読んだ方々から、「本を読んで思ったんだけど、筆談があれば、手話は必要ないよね。この本の作者は、筆談だからこそ、こんなに素敵な会話ができるのだから」と言われました。

「う~ん」と言いながらも、「でも聴者が何気なくしているような、“相手と自分が同時に会話を進行する”ことは筆談では無理ですし、筆談には筆談の良さもありますが、会話そのもののリズムを保ち続けることは難しいと思います。ろうの人同士、又はろう者と聴者間の意思疎通手段として手話は必要なものなんです。」ちえさんと以前お話をしてお聞きしたことをお伝えしたつもりですが、どうにも上手く伝わっているようには思えず・・・何となく話は終わってしまいました。

いろんな意見を持つ人がいて、そういう意見もありだとは頭では思いながらも、きちんとお話できないことを残念に思いました。私自身が手話を使いこなしていない・・・という自信の無さも出ていたかもしれません。

ちえさんはこう言われたらどう答えますか?


Chie: 「今日から明日の夜まで、全ての会話を筆談で臨んでください。そこからまた明日の夜にお話をしてみましょう」。という答え方ををしますね。2日間とも家の中に引きこもっていたら意味がないですが(笑)。


Mau: なるほど・・・。
では・・・いじわるな質問をしてごめんなさい。
もしその人が、「じゃあいいや!」と言ったらどうなりますか?


Chie: それでいいと思います、そのあとに、その人がいるところに行って「手話が必要」と思わせます。


Mau: あははは!強いですね。


Chie: ろう者の中には、日本語の読み書きが不得手な方もいます。ろう学校で教育を受けたものの、自らの言葉の習得に無頓着なのか、あるいは何らかの学習障害が合わさって日本語の読み書きが難しいろう者もいます。教員とのコミュニケーションがうまく図れずにいるのも1つの原因かと思いますが、(ろう学校の教員の中で手話が堪能な方は限られます)聴者たちから筆談で話しかけられて戸惑ったろう者を見てきました。

自分自身も、筆談だけで時折その人の意図がつかめなく、何度も軌道修正しながら話をしたことがありました。これが手話だったらどんなに楽だろう、と何度も思いました。

「筆談が良い、手話は不要」という方には、ろう者10人でその人のところへ行って道を聞いたり、何かを聞いてみます。

その人は筆談すると思うので、差し出された紙を見て、「何これ?読めないな」と日本語がわからないろう者が言ったら良いと思います。



Mau: そんなことになったら・・・「ごめんなさ~い!」と言ってダッシュで目の前から居なくなる人もいそうです。


Chie: 逃げられない空間を作れると良いですね。


Mau: ははは、追い詰めますねChieさん。そういったことは、日常的にありますか?


Chie: 逃げられたことはあります。でも、嬉しいことに一生懸命汲み取ろうとしてくれた人もいます。


Mau: わァ~っハハハ!!追いかけたのですね。やるなあ。


Chie: まだまだですのでこれからもどんどん試してみます。そう言いながらどうしても筆談で差し出された紙を見て「やはり筆談か〜」と仕方なく見てしまいます。


Mau: 私にも、たまに手話だけの日を作って鍛えてください!


Chie: 20日にしましょうか。


Mau: ほー・・・そうきましたか。Chieさんとのランチの日ですね。OK,そうしましょう!


Chie: 一時的にそうすることもできます。切り替えですので、手話モードにしてほしいときは手話モードにしますしそれでも歓迎です。


Mau: 私の場合は、手話というよりジェスチャーがほとんどですがそれでも良いですか?


Chie : ジェスチャーは人間に備わっている伝達機能の1つで自然なことです。そこから始まり、お互いにどうやって通じるようになるのかを体感しながら考える機会を通して手話に入っていった方がすんなりと身に付くと思います。

手話はジェスチャーとは別ですが、全くの別物ではない。
でも一方でジェスチャーと混在しているから手話も同じじゃないかという見方もあります、そこら辺は私も勉強中です。

手話が分からないとき、ジェスチャーで「これ何?手話では?」と聞くことがあると思います。それができる人とできない人がいます。黙り込んでしまう人がいるので、お互いに伝え合うためにはどうすればいいのか、と考えたときに「手話」につながったらいいですね。これは、英語もスペイン語も同じですよね?



Mau: なるほど・・・もし、言葉が書いても話しても伝わらないとしても・・・その時の状況にもよると思いますが、目の前に一生懸命に何かを伝えたい、伝えようとしている人がいたら、やっぱりどうにかしてつながりたいと考えるでしょうね。そしてたった一度かもしれないし、継続してそんな状況が起こった後のことなのかもしれませんが、その人を通して未知の言語に興味を抱くことは自然なことかもしれません。

言葉の通じない相手に出会い、「どうしていいのか分からない!どうしたらいいの~!?」というときに、「じゃあこうしよう!これがだめならああしよう!」という素早い思考の切り替えは、国のほとんどが日本人で占める国で暮らしている私たちには練習をする場は多くないと思います。日本で暮らす、日本語以外の言語話者にとっても日本人の反応に驚くこともあれば、戸惑うことも多いと聞きました。まだまだお互いに知っているようで知らないことがたくさんあるのだということなのだと思います。

でもこれも私たちもブログでよく話をしますが、慣れの部分も大きいと思います。
慣れるためには会う機会を増やして、何もせずとも同じ空間を一緒に過ごす時間も必要だと感じています。

ちえさんのスパルタ計画は大賛成です。私にとってもまだまだ未知の「手話時間」、「手話の世界」にどんどんいろんな人を引っ張り込んでください、手話の素晴らしさについて教えてください!


Chie: 日本人が多数を占める国だから「伝え合う」ことについての意識が他の国と異なるかもしれないですね。

高校時代に、アメリカから黒人女性が国際交流として聾学校に来たことがあります。彼女は聴者で手話ができない方でしたので音声で英語を話してみました(先生のススメもあって)。でも予想通り通じなかったですね。私が紙に英語を書こうとしました。

そのときに彼女は「No!」と言って、もっと話をしてごらんというジェスチャーで、文字に頼らず、音声にも頼り過ぎずに会話をしましょうと促していました。

当時は促されるまま、通じたいという想いで手話と英語を一緒に発したと思います。今思えば、このやりとりは、このスパルタ?計画と通ずるところがあります。

やはり日本人は、人種に対する捉え方が他国と違うかもしれません。
たとえば、アメリカ人やスペイン人だったら見た目で目の色や接していて、外国人だと分かりますが、ろう者の場合、日本人だから同じ人種として見ます。そもそも、聴こえない人は外見だけでは判断ができないですよね。

日本人同士では話がほとんど通じないという経験がないから、日本人同士だから筆談で通じる、ということはあるんじゃないでしょうか。

共通の見解というか日本人だから日本語がわかる=手話が分からなくても日本語を書けば通じるというようなもの。 どうでしょうか?

そういえば、以前まうさんの教室を訪れたとき、Yさんは以前と比べて手話で話しかけてきましたね。
通じる言語を選んでのことだったので、話しやすかったです。



Mau: Yちゃんも、私とちえさんの関係をうらやましそうに見ていて(笑)手話本をどこかから持ってきました。

「日本人だから筆談でいいや」で思い出しましたが、中国へ旅をされる方から、いざとなったら漢字で書けばいいから安心だという声を聞いたことがあります。

また、「この国にはこういったお国柄がある」という言い方も良く聞きます。
私には、「何か理不尽な事があっても、こういうわけだから仕方がない(納得したい)。
あるいはある程度のことを知ることで安心したい」という気持ちの表れのようにも聞こえます。
怖いのかもしれません。

もしあえて、日本人を聴者に近い人と、ろう者に近い人に分けて考えるとすると、ろうの人たちの言語である手話以前に、日本人のろう者の方々の生活の仕方、住まい方、考え方についてChieさんたちと出会う前までは何も知らないわたしがいました。

「フランス人はこういう人種」とか「メキシコ人はこういう人種」と言えるほど、私たちは日本で暮らすろうの人たちについて知らないんです。

そのことをお互いに認め合ったり、もしお国柄のようなものがろう者にも聴者にもあるのだとしたら、それを必死に知ろう、探ろうとしているのが、私たちの今なのだと思っています。


Chie: ろう者といっても聴者と同じように多様ですが、ろう者によく見られる行動傾向等はこのブログを通して発見できたらと思っています。これが日本という国の上で生きるときに必ず役に立つと私は思っています。

もう少しお話を進めたいのですが、時間がぁぁぁああ!



Mau: そうでした!!


***


今回は国境を意識した内容になりましたが、世界は広く、手話も各国によって異なります。
英語、中国語、フランス語、スペイン語のように多数の音声言語があるように、
手話にもアメリカ手話、フランス手話、等があります。

言葉っておもしろいですね。「伝え合う」ための手段として言葉が発展していく。
人を動かすのも言葉ですね。

だからこそ、発するときは適度に気をつかいつつ、
自らを示しながら伝え合えることが一番良いのかもしれません。


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by machi-life | 2009-09-18 19:59 | mau+chie life

第30回(2009.09.13) 時間と不思議な体験

    「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
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"聴こえるわたし”-Mau

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まうさんの母に会う

Chie: 先日はびっくりしました、偶然まうさんのお母様にお会いしました。お母様が骨折されたとのこと、腕の状態はいかがでしょうか?




Mau: 腕は痛々しかったですが、本人はいたって元気でした。体力を持て余していました。金曜日には退院だそうです。



Chie: 元気そうでしたね。


Mau: そうなのですよ。普段から「いつ寝ているの?」というナポレオン体質で、一日に3、4時間しか寝なくても充電完了の人なのです。お店を開いて20年余り・・・こんなに続けて休むのは初めてだと思います。おそらく年間でも2週間ほどしか休んでいないと思います。



Chie: すごい!!ナポレオンですね。私は必ず睡眠時間が5時間は必要だなって今朝思いました。その体力の秘訣は何でしょうか??

Mau:母の体力の秘訣は・・・なんなのでしょう?好きなことしかしないことかなあ??!

とにかく普段から徹底的に無理はしませんね。切り替えも早い方だと思います。もちろん仕事ではありますが、趣味のようにも捉えて楽しんでいますね。夜の仕事ですが、朝は8時には起きて庭仕事、もしくはテニス又は、エアロビ教室。昼間はテレビを見て大笑い、又は読書、夕方からは孫4歳のお迎え&夕飯作り。あ、深夜の格闘技観戦を忘れていました!母の口癖は、「寝ていても一文にもならない」です。



ちえさんは寝不足のようですね。昨夜は徹夜でしたか?



Chie: 好きなことしかしない、それで体力がもつってすごいですね!!それに習慣的に行えることが大切なんですね。テレビで大笑いするのもなんか幸せですね(笑)

昨日は友人と朝3時まで話をしていました。久しぶりに会ったので近況報告も兼ねて、今後の予定についても相談をしていました。


Mau:朝3時まではキツイですよ!私も昨日は寝たのが2時でしたが・・・今日はまぶたが重くて大変でした。

Chie::確かに朝3時はきつかったです(笑)


Mau: 夜中の3時まで盛り上がるほど、お話が楽しかったのでしょうね!お仕事は秋から冬にかけてもイベントが目白押しなのですか?



Chie: もともと待ち合わせ時間が夜12時なので、早く話をしなきゃと思いつつ、とりあえず11月21日のパーティについてもあわせて話をしていました。あ!11月1日にしゅわるソングコンテストを実施します。ぜひ見にきてください。



【ここでCMタイム!】***************************

手話レクチャー「ハンズ」は11月1日にユニゾンプラザにて、「新潟しゅわるソングコンテスト」を開催いたします。多目的ホールで行います、観覧のみの参加もできます(無料)。

日時:11月1日(日曜日)13時開演、16時までの予定

場所:新潟ユニゾンプラザ 多目的ホール

問い合わせ先:手話レクチャー「ハンズ」025-288-1244(聴こえるスタッフが応対いたします)。

info@syuwaru.org

お問い合わせお待ちしています。
********************************


「時間」の存在


Mau:最近気になっていることは何ですか?



Chie: 最近気になっていることといったら「時間」でしょうか。恐ろしいくらい、1週間経つのが早く感じるんですよね。まうさんは「時間」についてどう感じていますか?

Mau: 時間について・・・といえば、高校の倫理の先生が、「時間ってどこからどこへ流れていくと思う?」と最初の授業で言われたことを覚えています。「えっ?!」と一瞬思うのですが、そこは学生、必死で模範解答を見つけ出そうとするのですが、答えが見つかりません。先生は尚も続けて、「(赤いりんごを見せながら)どうしてこれが赤いりんごだってことがわかるの?」と私たちに問いました。またもや一同軽くパニックです。



Chie: そうですよね。


Mau: その後の授業展開について詳しくは忘れてしまいましたが、時間を経て考えてみると、「物事にはすぐには分からない、もしくは一生分からないこともある。反対に、絶対にそうだと思っていることは実は間違っているかもしれない。思い込みかもしれない。本物の答えは自分で探しに行ったら?」ということではなかったのかと。答えなんかなくても構わないのですけどね。

今になってもあの時の問いを考えている自分がいます。



Chie:物事のとらえ方はいろいろあって、正しいものが1つとは限らないですね。そして、正しいと思っていたことも実は違っていたり。この先生、すごいですね。一瞬の質問で生徒さんをひきつけました~。

Mau:「時間」といえばもう一つ。不思議なお話をアルゼンチンで暮らしていた時に聞きました。



Chie: どんなお話ですか?



Mau:その人とは、南米の昼ドラのような次から次へと予測のできない、あまり歓迎することのできない出来事が周りにも自分にも起こっていた時に出会いました。

私をその混沌の渦の中から連れ出してくれた人です。

「時間」について思いを馳せるときに、いつもその人が聞かせてくれた話を思い出します。



その人は小さい時から、他の人には見えないものを見たり感じたりしたそうです。

近所で行方不明になった人の居場所を当てたこともあるそうです。大人になるにつれて少しずつその不思議な感覚は薄れてきたそうですが、ある時に体調を崩して入院をしました。

そのときに、かつて見ていたさまざまな「夢」を見たそうです。でもしばらくして、その「夢」は現実(未来)の世界でも起こったそうです。



またある時には、夢の中で初めて出会った人から、今生きている人に向けてメッセージを伝えてほしいと頼まれましたそうです。夢の中の人は、伝えて欲しい人とのあるエピソードを教えて、「私は今もあなたを見守っている」と伝えて欲しいと言いました。その人は、半信半疑でそのことを相手に伝えました。伝えられた人はぼろぼろと泣き出して、「それは私の亡くなった大切な人です」と言ったそうです。



少し長くなってしまいました。その人は私にその話をしながら、そして私は聞きながら、もしかしたら時間は過去から未来という一方通行な流れではなくて、未来から過去へも流れる?こともあれば、「今」は「過去」や「未来」とも一緒にここに存在しているのかもしれないねというような話をしました。「終わらない」時間への問いかけとして、日本に帰って来ても、今ここにいる時間の不思議について、時にポーンと思考が思わぬ方向へ投げ出されます。



不思議な体験



Chie: こういう話、漠然ですが、私も何となく信じる方です。見えない力というのはあると思っています。

そして、過去、現在、未来のつながりは、先祖様や守護霊等が何かを伝えにきているのと関係があるように思います。

宗教に入っている訳ではないですが、「もしかしたら?」というようにサインを感じ取るというか、その辺りは説明ができないですが、「きっとそうなる」という見えない予感というのは時々あります。そんなに大きなことではないですが、例えば、「あの人とお話をしてみたいな」と思い、イメージをしてみる。その数秒後にはお話をしている。というようなこともあります。でも、私の課題は、「もっと積極的に前に出ること!」ですね。引っ込み思案も時々あります(笑)

そういえば、フィンランドへ行ったときに、5年前に訪れた教会の中に入りました。5年ぶりか〜って感動のあまり、ぼーっとしていたらふと誰かが肩を叩いたんですね。振り返ってみたら誰もいなくて。風のような柔らかさではなくて、友達同士で呼びかけるような強さの叩き方だったので、一生懸命周りを見渡したけど近くには誰もいませんでした。

そのあとに、観光客のグループが押し寄せて入ってきたので、その場を去りました。もしかしたら「こんなところで立っていると危ないからそろそろ帰ろうよ」というサインだったのかなと。考え過ぎかもしれないですが、叩かれたときの感触はまさに友人に叩かれるのと同じ強さでした。


Mau: 「よっ!ひさしぶり!」の肩たたきだったかもしれませんよ。



Chie: なるほど、そういうこともありですね〜。


Mau: 体、心、先入観からも解放されていて、自然な状態でいながら適度な緊張感があるときに、いわゆる「第六感」・いつもは眠りきっている部分が起き上がってくるのを感じます。私にとっては、誰もいない森の中や、草原を一人で歩いているときの感覚です。

身近なところでは、手足を四方八方に大きく伸ばして寛いでいるネコが、急にスタッと立ち上がって、誰もいない、何もない方向をじーっと凝視したりしていることがあります。もしかすると何かが見えているのかもしれません。

そういったことのほとんどは気のせいなのかもしれません。何も意味はないのかもしれません。

でも人間が知っている、見えていること以外にも何かが存在しているのかもしれないなと思わせてくれます。そしてそうじゃないと何だかつまらないよとも(笑)。

あらら、また脱線しちゃいました?

「時間」から、「秋の不思議体験特集」になっちゃいました!



Chie: おもしろい展開になっていますね(笑)この世の中は科学的に証明できる物は本当に少ないかも。時間の感覚ですが、同じ時間を分け与えられているのに、人によって使えたり、死なせてしまったりするんだなぁと 。 同じ1分間でも、それを誰かのために使えているか、全く使えていないかだけでもかなり違ってくるんだなと思いながら自分の時間も必要だと感じています。

もしかして、不思議な体験というのは、自分の時間が持てたときに起きるのでしょうか?


Mau: そうかもしれませんね、自分と向き合える時間ができたときに起こっている気がします。



Chie: そうですね。それとつながっているかもしれないですが、先日に駅でまうさんとお会いしたとき、その数分前までは、別の道を歩く予定でいました。コーヒーが飲みたくてしょうがなかったのでタリーズを狙っていたのです(笑)

でも、なぜか、コーヒーは後にした方が良いと身体が動いたんですよね。それで駅の方へ向かったら、まうさんを発見しました。




わたしにとっての時間、あなたにとっての時間とは?


Mau: 病院帰りの母と待ち合わせていて、車に乗せて自宅へと帰るだけでしたので、本当に一瞬の偶然がすれ違いましたね。母もお会いできて喜んでいました。



話はまた変わりますが、いつかの誕生日にいただいてから、砂時計が好きになりました。砂時計というものは全て3分間だとなぜか思いこんでいましたが、いろいろとあるのですね。1分だったり、10分だったり、無限のバラエティー!人それぞれ用途によって違う時を刻んでくれるものが必要ですものね。

砂時計がさらさらと静かに流れていくのを見ていると、普段は目に見えない時間と3分間ですが、向き合える気がして気持ちが落ち着きます。ちえさんはどんな時に「時」を感じていますか?



Chie: おお!難題が飛んできました(笑)。砂時計で「時」を感じる・・・私の場合は、空と海を見たときでしょうか。



海を見ていると、沖縄の宮古島を思い出します。海にも命があるんだなって初めて感動しました。宮古島で海を見た瞬間、涙が出たんです。何故かは分かりませんが、とにかく感動してしばらくその場にいました。それ以来、宮古島のような感動はなかったですが、前にまうさんが連れてってくださった海で久しぶりにそれに近いのを感じたので気持ちよかったです。ありがとうございます。


Mau: あの日の海も気持ち良かったですね!

学生の頃はよく海に昼寝をしに行っていました・・・というより波の音を聞いているといつのまにか寝てしまっていたのですが、気が付くと周りには誰もいなくて辺りはすっかり暗くなっていることもありました。波が行ったり来たり、毎回違うリズムと大きさで行き来するのを見ていると時間が進んだり巻き戻されているような不思議な満足感に包まれます。



Chie: 海辺で寝ていたんですね、すごいなぁ(笑)海にも時間がありますね。

誰かがスイッチを入れた訳じゃないのに、波の動きも変わってくるし場所によって海の顔が異なるのは、人間にも通ずるところがありますよね。海を見ていると、私って小さいなぁと思います。



Mau: 「海の顔」とはしっくり来る表現ですね。



Chie: 愛知の海と沖縄、新潟の海は違いますね。愛知の海はドロ〜ッとしています。緑色ですよ(笑)。


Mau: ええ~っ、いや~っ!!

今更ですが、名古屋の場所を地図で見ていたのですが、すぐお隣り?比較的近い場所に三重県の県庁所在地がありますね。津市かな?



Chie: そうですね。左となりにありますね。行ったことがありますか?


Mau: 行ったことはありません。でも先日地図帳を眺めていて、真珠が取れる英虞湾のある三重県と隣り合っている愛知県だから、あの辺りは海がきれいなのかなあ・・・と想像していました。英虞湾まで行くと離れすぎでしょうか?!



Chie: 少し遠いような近いような。私の大学は知多半島にあったので、三重県は天気がよければ見えるそうです、きれいなスポットとそうでないスポットがあって、大学の近くはあまりきれいじゃなかったですね。匂いがちょっと。


Mau: へえ~意外です。伊勢湾はわかめづくりでも有名だと聞いていましたので、美しいのだと思っていました。セントレアの近くですか?それとも三河湾のほうでしょうか?



Chie:セントレアの近くですね。大学近くの海はセントレアより下の方です。伊勢湾だったら少し離れていますね。三河湾は知多半島と渥美半島に囲まれています。渥美半島の辺りは伊良湖と呼ばれていて、トライアスロン大会も頻繁に開催されています。一度、愛知でもまうさんと対談できたら良いですね♪



おかげさまで私たちのブログも第30回を迎えました。本当にいろいろなテーマを扱ってきたと我ながら不思議に思います。将来的には読者の方々も交えて1つのテーマについてお話をしてみたいです。今後も応援のほどよろしくお願いいたします。 ~ machi-life Chie + Mau  ~

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by machi-life | 2009-09-13 01:11

第29回(2009.09.04) 『聴こえる世界、聴こえない世界の狭間で』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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東京帰りのMauさん、興奮する!

Mau: 久しぶりに東京へ行ってきまして、いまだに興奮冷めやらずの状態です♪

「TOKYO」は同じ日本でありながら、古いものと最新のものが無秩序に入り混じっている不思議な場所です。私にとっては外国に近い場所かもしれません。生活の光と影を強く感じる空間でもあります。


Chie: 外国に近い場所というのは、興味をそそられるような出来事もあったのですか?


Mau: まず新幹線ですね・・・・「えっ!そこから?!」と思われそうですが(笑)。

高速道路を100キロぐらいで走っている車を横目に、当り前のように抜き去る乗物に乗車できる国に暮らしていることに・・・毎度のことですが、新鮮に感動します。

上野で降り、東京国立博物館へと直行しました。初めて行きましたが・・・仏像を始めとする美術作品の美しさに感動しっぱなしです。この一年弱の間に改めて日本史と地理を勉強したおかげで、まだまだ浅い知識でしかありませんが、今まで気付かなかった視点で日本の美について考えることができたように思います。これらの作品は無言のまま歴史を見続けてきた上に、戦争、火事、地震・・・さまざまな困難を乗り越えて、よくもまあ今も美しく、こんなに堂々と立っていてくださいました・・・ありがたや、ありがたや・・・とここでまた感動ですよ(涙)。


Chie: すごいですね!感動できるくらい、今まで培ってきた物がすべて、つながってきてそこで自分とのつながりも見えたということでしょうか。東京へはどれくらい久しぶりでしたか?


Mau: うーん、お正月に横浜&鎌倉に行っているのですが、東京そのものには一年半振りぐらいでしょうか?あの頃は、こんなに仏像好きになるとは思いも寄らず。人はいつでも変われるものなのね、と自分を実験台に驚かされてます。ちえさんは東京にはよく行かれますか?


Chie: 東京でそういう感動を見つけられるってすごいなって思います。

東京は、雑踏した雰囲気、たぶん私が行く場所がほとんどそうだからかもしれませんが、東京でもこういう場所があったんだなって何だか、別の東京を垣間見たような気がします。2ヶ月に1回は行っていますね。無意識ですが、気がついたら「また東京へ行くんだ」という感じです。でもこれからは、東京へ行く機会は減るかもしれないですし、やはり東京へ行くなら時間を惜しまずに観光してみたい!!



Mau: 二か月に一度だと結構頻繁ですね!今までは主にお仕事やお勉強で行かれているのですか?観光する時間はあまり取られていないようですね。


Chie: そうですね。勉強会に行くついでに友人と久しぶりに会ってお茶するだけで観光らしきことはしていないです。東京で観光する場所ある?と新潟の人に聞かれると「あれ?何だっけ?」と考えてしまいます(笑)

東京には、学生時代の友人宅に泊まらせていただいているので助かっています。今度新潟に呼びますので、ぜひまうさんにも紹介したいですね。



Mau: あの人混みをくぐり抜けて半ば人に酔いそうになって歩く頼りなくいつまでも慣れない感覚に、「いやん、田舎者!」と思ったりするのがまた楽しいですよ♪あれもまた東京名物かなと。ぜひ、ちえさんのお友だちにお会いして学生時代のお話を聞いてみたいです。


Chie: 東京は歩く人、早いですよね。ヨタヨタ歩いていたら、いつの間にか追い抜かれそうです。

東京にいる友人とは、タイへ行ったことがきっかけで仲良くなりました。面白いことが聞けたらいいですね(笑)。東京ではどこかに泊まられましたか?



Mau: 水道橋の大きなホテルに泊まりました。JRの新幹線+ホテルのパックでなんと16000円!嬉しい誤算だったのは、あまりにも素敵で豪華なホテルだったので、フロントではバックパッカーな自分がアンバランスだったことです。少し恥ずかしかったです。


Chie: パック安いですね!16,000円というのは往復でしょうか?沖縄行きだったら2倍はかかりますね。


Mau: 往復ホテル付きですよ~。そんなに安いパッケージなのに、参考までにホテルの朝食の値段を聞いて見たら、普通の朝ごはんで3000円と言われて驚きました。日本は面白い!


Chie: 3,000円!?ぼったくりじゃないですか(笑)

すごいですね!!!そのパックはインターネットで申し込みですか?気になりますね、格安でどうやって利益をとっているのかなとか。



Mau: ネットでもビュープラザでもできます。仕組みはまったく分かりません。大きいホテルでしたから、空室にしておくぐらいなら安くても泊まってもらおうという狙いもあるのかもしれませんね。新幹線の時間帯が指定されるなどいくつか決まりごとがありますが、それでもお得なプランには変わりはないとおもいます。

そうそう、山の手線の車内では、外国の聾者グループをお見かけしました。一人の女性はお祭りに行かれるのか、「浴衣」を着ていました。東京に住んでいらっしゃるようでした。

表情豊かにとても楽しそうに皆さん手話でお話をされていました。ものすごーく話しかけたかったのですが、あまりにも会話に夢中になっていてようすに、お邪魔するのはいけないと断念。東京に住む人は、さまざまな国の方々と自然な形で出会うことが多そうで羨ましいです。


Chie: 新潟も最近、ロシア人やアラブ系の人々を見かけます。外国のろう者が東京で生活していること、最近よく聞くようになりました。今度、外国人見かけたら話しかけますか?(笑)

そういえば、外国人のろう者が東京で手話を教えているということも聞きました。そこから学んで、コラボして新潟でも、英語とアメリカ手話が一緒になったら企画として良いかもしれないですね。



Mau: あの日、ちえさんも一緒だったら心強かったなあ!コラボ企画の実現はいますぐとはいきませんが、来るべき時が来るまでお互いに頭の中に置いておきましょうか。


海外の手話

Chie: まうさんがアメリカ、南米にいる頃、手話は見かけましたか?


Mau: 実はないのです。


Chie: ちらっと見たということもないでしょうか?


Mau:盲の方にはさまざまな場所で活躍をされている場面に多く出会っているのですが、今思えば気付かなかっただけなのでしょうね。


Chie: もしかしたら、どこかで遭遇していたのかもしれないですね。そのときによって、タイミングはあると思います。今までは目を向けていなかったのか、急に見えてきたりしますよね。

関心を持ったときに、それらに関することがタイミングよく周りに起きるような感じ。

まうさんとの出会いを通して、ブログという形ができて、私自身、聴こえる世界を少しずつ知れるようになってきています。

実は、聴こえる世界と聴こえない世界の狭間にいて苦しいなって思うこの頃です。

でもその苦しみは、知らないままでいるよりは、よっぽどいいことなんだろうなぁって思います。

まうさんは南米で生活しているときにそういうことは起きませんでしたか?



Mau: すみません、進む前にお聞かせください。今、聴こえる世界と聴こえない世界の挟間にいて苦しい気持ちでいる?(又は居た)ということでしょうか?その気持ちについて、もうすこし詳しくお聞かせいただけますか?


聴こえる世界、聴こえない世界の狭間で

Chie: 漠然ですが、聴こえる世界での常識と聴こえない世界での常識が違うことですね。

ろう者といっても一括りはできないのですが、ろう者にとって当たり前のことが聴こえる世界では違っていたり、その逆もあります。

たとえば、叱ると怒るの違いについて。

仕事上、部下が失敗したとき上司が注意をする場面。

ここでろう者の場合は、怒ります。聴こえる人は人によりますが、叱ることができます。

私にとって怒ると叱ることの違いは分からないままでした。怒ることは、感情的になり「また怒っているなぁ」と相手にされなくなりますが、叱ることは本当に注意されたと相手が意識することできるということだと 最近知りました。

聴こえる人を一括りにすることはできませんが、ろう者の中で、叱るのが上手な人、人材を育てるのが上手い人を観たことがなくて1つの怒り方しか知らなかった自分がいました。

すみません、うまく説明ができないですが、他には聴こえる人がイメージしやすい話をする力がまだまだ足りないと感じています。まうさんとのチャットで気付かされるように、いつの間にか自分の中で分かっていて完結してしまうときがあります。


Mau: ちえさんはすごいなあ!今まで「叱る&怒る」ことについてこんなに考えたことはありませんでした。聴こえる人も同じですよ、きっと。

部下のために「叱る」人も、その行動に出る前には試行錯誤をしたり、言い方を考えてみたり、なぜこうなるかなあ?と挫折感と悲しい気持ちが入り混じってみたり・・・内側でのそういった葛藤を越えて、外側には「叱る」という行為として出るのかもしれません。


Chie: そういうことなのですよね。「怒るのと叱ることの違いも分からないの?」とスタッフに言われてちょっとグサッときました。今の私は「怒る」ことしかできないため、怒られた本人は聞こうともしないし、やがては忘れてしまいます。


Mau: 知り合いのお母さんは、「一般的に親が子どもを叱るときには、その子のためを思って叱るものだと言われることが多いけれど、それはいつも正しいわけではない!私が子供を叱る時は、私自身の腹が立って怒っているときだ!!」と中学生のその人に向かって言ったそうです。

それを聞いた時は思わず吹き出しちゃいましたけど、母としての愛情&人間としての葛藤が入り混じってお母さん自身もどうしようもない心境にいることが分かる言葉です(笑)。


Chie: 怒るのと叱るのとらえ方は、人によって異なるのでしょうか?「何でそんなことも分からないんだ?」という感情がある以上、相手には伝わらなくなるんですよね。


Mau: そう思いますよ。「叱る」も「怒る」も私の中ではあまり区別がありません。

どうして「そんな怒る(叱る)のか?」考えてみると、「自分の思い通りにならない」から「叱ったり」「怒ったり」することが私の場合は多いようでした(相手が理不尽なことを言っていたとしても)。

叱った結果として、言う方と言われる方の関係が良くなることはあまりなく、お互いにぎくしゃくしてしまって、これは生産的ではないなとそろそろ気づいてきました。「上手に部下を叱る」なんて本が本屋に行くと並んでいますが、なんだかそれも嘘っぽい気がして、そこまでして叱らなければいけないのであれば、何か別な選択肢はないのかな?と思います。

実際に、私の周りにはあからさまに叱ったり怒ったりしなくても、本人が気付くまでひたすらじっと変わらない愛情と信頼を持ち続けて笑顔で待ってくれる人たちがいます。人の振り見て我が振り直せを実践している方々です。

決して誰にでもできることではなく、とても難しいことです。私自身が「ちゃんとした状態」ではないときに会うと、無い物を見せつけられて落ち込んだ気分になることもありました。

何も言われていないのに、言葉で叱られていないのに・・・なぜかその人たちの姿を見ていると自然と自分の背中が伸びて反省する気持が生まれてくる。

他の誰でもなく、自らを叱ったり、怒ったり、激励することができる。そこで初めて、叱ることにはさっき登場したお母さんの言葉のように愛情がないと相手に伝わらないと思わされるのです。


Chie: 男性と女性の性的な違いもあるのでしょうか。人を育てることは自分自身が育っていない状態では難しいですね。自分を育てながら人を育てられたらいいですけど、人を育てることは、もしかしたら、自分を高めてくれることと同義なのかもしれません。でもそれが今の自分にはまだできていないなって思いました。


Mau: 個体差はあると思いますが、男女の違いはそこには無いように思います。「人を育てる」とは、会社勤め時代には上司に良く言われましたが、私にはいまいちピンと来ませんでした。


Chie: ピンと来なかったということについてもう少しお話を聞かせていただけますか?


Mau: 私自身「いまきっとこの人は私を育てているのだろう・・・」と冷静に感じることはありましたが(嫌な部下ですね)、そういうときは相手も私も希望に沿う結果を出すことはできませんでした。なぜなら、私はその人のことを心の底からは信頼することができなかったからです。

でも、私に何も期待していない(そんなことはどうでもいい)けど、「この人の役に立ちたい!」「同じ夢を見てみたい!」と思える人に出会ったときは、自然と植物が太陽の方に体の向きを変えるように、いつの間にか自分は変わっていきました。それは「私が変わりたい」と願って行動したから変わりました。


Chie: 確かに信頼できることと信頼できないことは違ってきますね。
人が動けるのは、自分自身が動ける根本的なところには信頼があるのかもしれません。

このことについて、そこまで深く考えたことがなかったのでもう少し、人を育てることはどういうことなのか、なぜ会社は人を育てることにつぎ込むのか、人が育つところってどういう場所なのか、私自身よく分かっていないですので考えてみたいし、別の機会にまうさんとお話をしてみたいです。



Mau: 「人を育てる」って、改めて言葉にするとすごいことです。「植物を育てる」「動物を育てる」・・・ちょっと変化球で考えると、「命を育てる」「死ぬまで面倒を見る」・・・そんなことまで連想していきそうな壮大なテーマに思えてきます。会社の「人材教育」は、「会社にとって便利な社員を育てる」ことにしか私には思えませんでした。「人間を育てている」とは到底思えなかったのです。きっとちえさんが考えている「人を育てる」は、そういうことではなく、長い目でこれからも続いていく「命を育てる」ことなのではないのでしょうか?

そうだとしたら・・・誰かのマニュアルはあまり参考にならないかもしれません。
ちえさん自身が、作っていくもののように思えます。
ああ、お話は尽きないのですがもうこんな時間になってしまいました。この続きはまた改めて・・・。


Chie: そうですね、まだまだ想いがたくさんありますし、まうさんの話も聞きたいので時間を作ってお茶したいですよね。


Mau: 美味しいお店探しておきます。


Chie: ありがとうございます。そろそろ、スナックにもお邪魔したいですね。


Mau: おお・・・いろんなイベント目白押しでしたね~!すなっく「まう」は、逃げませんので、お楽しみに・・・(笑)。


Chie: 楽しみにしています♪これからもイベントがいろいろあってわくわくしますね^^


Mau: 食欲の秋にもわくわくしてきましたよ。どうぞよろしくお付き合いください。


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by machi-life | 2009-09-05 05:05 | mau+chie life