聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2009年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

第15回(2009.05.29) "もぐもぐ、ポリポリ"

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chie: こんばんは♪ 今日も本当にお疲れさまでした。

Mau: ちえさんもお疲れさまでした。夕飯は済みましたか?遅い時間までレッスンをされているのですね!

Chie: 夕食はまだ作っていないですが、こうして話をしながら作る予定です。

Mau: なるほど~。この時間ですと外に食べにいくわけにもいきませんね。

Chie: そうですね、お店も閉まっていますし、開いているといえば、「松屋」くらいですね。
夜にお肉は結構です(笑)


Mau: ちえさんが夜に一人で「松屋」の図が全く浮かんできません。

Chie: 松屋=サラリーマンのイメージありますね~。
そういえば、食べている時の音ってありますよね?食べている時の音で、例えば、「後ろで誰かが食べているな」っていうのは、分かるんでしょうか?


Mau: わかりますよ。かなり音を立てていれば。

Chie: 固いお菓子(柿の種みたいなお菓子)をもぐもぐ食べているときはどうでしょうか?

Mau: 柿の種は、もぐもぐよりもバリバリという音のイメージです。

Chie: パリパリ、パリパリ、パリパリ

Mau: そんな感じです♪ Chieさんの中では、文字の上でのオノマトペ(擬音語、擬態語)はどう「聴こえて」いるのでしょう?

Chie: 雨だったら、ザーザー、しとしと、ポツポツ。

Mau: お姉さんたちがぺちゃくちゃとしゃべっている・・・とかポツンポツンと雨が降ってきた!などでしょうか。

Chie: そんな感じですね。しとしとはどんな感じでしょうか?

Mau: しとしとは、雨が音も立てずに静かに長い時間降る感じです。昼間というようも、夜も遅くなってから降る雨のイメージがあります。
聴こえる人たちと話をしていて、感覚の違いを感じるオノマトペはどのようなものですか?

Chie: 前に「雨がしとしと降る」ということについて私は、雨がまもなく降ってくるというような感覚を抱いていました。
それについて聴こえる人と話をしたとき、ザーザー降ってそれがまもなくやみそうな感じと聞きました。
違っていたことが分かってショックを受けました。カルチャーショックですね。
ただ、その人は「個人差があるかもしれないね」といっていました。

そこから疑問に思ったのですが、日本人同士はオノマトペの概念は同じなのでしょうか?家族との会話でも、時々、「今のはそういう擬態語じゃなくて、こう言うんだよ」と指摘されて修正して育ってきました。


Mau: 本当に使い方は難しいと思います。聴こえる人にとっては、聴こえている音をあえて違う音(擬音)にすることで、会話に“躍動感や動き”をもたらすものとして使用しているようです。

Chie: 躍動感、動きについて、聴こえる人たちは耳で聞こえている音は全員同じでしょうか?
例えば、手を叩くときに聴こえる音が「パンパン」だったら他の人も同じに聴こえるのでしょうか?


Mau: よく考えると悩んじゃう質問ですね(笑)。他人の耳を身に付けたことがないので、私が聴いている音と全く同じ音が他人に聴こえているかと聞かれると「わからない」と答えるしかないのですが、全く同じでないにしろ、人を何人か集めて手を叩き、それをオノマトペで表現してくださいと言われたら、恐らく「パンパン」「ポンポン」「パチパチ」と答えるように想像します。

Chie: 悩ませる質問ですみませんでした^^; オノマトペについて、まうさんが海外に行かれた時、何か思うことがありましたか?日本と海外は異なるでしょうか?

Mau: アメリカ人の友人は、しばらく日本で暮らすと日本の擬態語(めろめろ、びしびし等)は独特かつ多種多様で、文中で使用されると、時にブラックユーモアや粋な感じさえ漂って、とても興味深く、面白いと言う人が多いですね。このテーマについては、とある本を海外に帰国する友人や日本の文化に興味がある異国の友達にプレゼントしていますが、とても喜ばれます。

Chie: どんな本でしょうか?

Mau: 「わくわく英語フォトブック」日本の擬音語・擬態語について写真と共に書かれています。

Chie : おもしろそうですね。私も読んでみたいです。やはり、国が違えばオノマトペも異なるのですね。

Mau: 何十冊購入したか分かりません。著者は日本に滞在経験のあるベルギー人の方です。擬態語、擬音語を使用した例文と、思わず吹き出しちゃう写真が掲載されています。
日本語の巧妙さと面白さを外国の方から教えていただいた一冊です。

Chie: 買います!決めました、でももう一冊必要ですね(Amazonで送料が無料になる為にはあと400円くらい必要です)
最近おもしろい!と思った本ありますか?


Mau: 最近面白かったのは、「くらやみの速さはどれくらい」という本です。あとは「13の理由」かな。
どちらも海外の作者によって書かれた本ですね。

以前は海外の翻訳物は読みにくいと思い込んでいて、ある特定の作家のものしか読みませんでしたが、最近は日本の小説にはない展開の読めなさを気に入っています。ちえさんはどんな本を最近読んでいますか?

Chie: ありがとうございます。海外の小説、久しぶりに聞きました。学生のときにサスペンス小説を読んでいました。
「13の理由」、あらすじを読みましたが、何だかすごそうですね。

最近はセミナー、営業関係の本を読んでいます。広報誌も読んでいますが、まだかいつまんだ程度ですね。「くらやみの速さはどれくらい」という本、本屋で中身を見てみます。


Mau: ぜひ、「くらやみ・・」の方は、持っていますので、もしご興味があればお貸しします。「13の理由」は、ほんぽーとにあったような気がします。

Chie: ありがとうございます。是非お借りしたいです。

Mau:それでは次回お会いしたときにお渡ししますね。どちらもフィクションですが、どちらも自分や身近な人にありえそうなところが、想像力を掻き立てられ引き込まれます。

Chie: リアルな世界なんですね。ありがとうございます。
オノマトペの話に戻りますが、話し言葉について、話し言葉は読唇(口の形を見て読み取る)では絶対分からないです。映画の字幕、漫画の吹き出し、雑誌のインタビュー記事から文字として学んでいます。

映画は中学校の時からほぼ毎日のように見て、その後役者のマネをして家族に台詞を言っていたときもありました。
「100万人の市民に対し、こっちは81名の人質。そして、フランクハメル・・・」(映画「ザ・ロック」、アルカトラズ島を占拠された事件に苦悩する大統領の台詞です)
このような台詞や、他にも映画を見て覚えたものは何度も繰り返して話していました。それだけではないですが、小説も参考になりました。

それでも、いざ声を出して話す時だけはどうしても、敬語がうまく喋れない状態です。
手話に敬語はありますが、日本語の文法とは違うので、手話をしながら声で日本語を喋ると言葉に詰まってしまいます。

そこで誤解を与えてしまっていると思います。
気がついた時から気をつけるようにしていますが、前の食事会の時もまうさんやパートナーの方にも敬語で話すべきところで
うまく声に出せなかったときがありました。すみませんでした。


Mau: ちえさんすごい!そうやって外国語の映画を毎日見たら、すぐに他の言語もマスターできそうですね。
映画は、好きで見てらっしゃったと思うのですが、勉強のためという意識も中学生時分からあったのですか?

敬語についてですが、これも年上や役職的に上であっても、その人との個人的な関係、親しさ、信頼度で違いが出てくる部分だと思います。
時には年上であっても、いわゆる「ため口」でお話することもあります。適切な尊敬の気持ちが言葉に含まれているのならば、かえって敬語よりも親しさが増すこともあるような気がします。丁寧語、尊敬語、謙譲語・・・が入り組んでおかしな言葉になって口から出てくることもありますが、これは使い慣れていないからなんでしょうね。この辺は私も学ぶべきところですし、普段からきちんとした言葉遣いをしていないといざという時に出てこないのは、ちょっと恥ずかしいですね。

時には年上の人に諭されることもあります・・・「その言い方は上目線のコメントだよね」なんて言われたりして、きゅーっと縮こまることもありますが、そうやって気を付けていくのでしょうね。(もちろんそんなつもりはないのですが・・・さっきのちえさんと同じ状況ですよ、きっと)。

Chie: ありがとうございます。敬語の使い方といっても年上の人だから使うべきというわけではないけれど、使えるようにはしたいですよね。
幸い、映画好きでそれが後になって、日本語の話し言葉を知ることに役立っています。DVDを借りるのも映画館へ行くのも好きですが、実は新潟に来てからまだ一度も実現できずにいます^^;
この前の日曜日で久しぶりに日曜劇場に夢中になりました。ハリソンフォードさんのアクションにハラハラドキドキ、でも字幕を見ているとあらためて「なるほど、こういう言い方があるんだ」とジョークの意味がつかめて楽しく学習できますね。

前に、日本語字幕を見て、英語字幕に切り替えて見たことがありましたが、日本語は何となく意味がつかめるような言い方でしたが、英語では短く分かりやすいのがあって「あれ?」と思ったこともありました。

敬語についても、字幕から学ぶことが多かったです。でも、まうさんのおっしゃる通りにその人と私の関係は年齢だけではなく、信頼度も関係あるので話し方は多様だと思います。


Mau: 海外から日本に来て、暮らしている友人もやはり、日本の映画やドラマから生きた日本語を学んだと言っています。
特にドラマや映画だと、そこに漂うその言語や国独自の間の取り方や、言葉の言い回し、人との距離の取り方などを客観的に見ることができますね。

ちえさん、今度映画をご一緒しましょうね!これからの映画だと、「スラムドック・ミリオネア」が見たいです。

Chie: ぜひよろしくお願いします。ああ!インドの話でしたよね?私も見たいと思っていました。よろしくお願いします。

Mau: はいそうです。それはうれしい奇遇ですね。一緒にポップコーンをポリポリしましょうか。

Chie: おおおおお!ポリポリ!!楽しみが増えましたね♪

<本日の話題・本・映画・イベントについてのご紹介>
文字の上でクリックをすると、各詳細ページへとジャンプします。

オノマトペについて参考URL)
「R25 日本語にオノマトペが多い理由&世界のおもしろオノマトペ」
http://r25.jp/b/honshi/a/ranking_review_details/id/110000002802

「わくわく英語フォトブック」


「くらやみの速さはどれくらい」

「13の理由」

「映画 ザ・ロック」(Chieさんの中学生時代、家族に暗唱をしていた映画)

「映画 スラムドック・ミリオネア」
http://slumdog.gyao.jp/

e0172983_23385412.jpg

今日もありがとうございます♪
朝の市場のように、新鮮な話をお届けいたしましたが、いかがでしたでしょうか?またご感想をお待ちしています。

にほんブログ村 教育ブログへ


人気ブログランキングへ
[PR]
by machi-life | 2009-05-29 01:00 | mau+chie life

第14回(2009.05.22) “聴こえない聴者”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Mau:本日は特別ゲストにお越しいただいています。

Chie:「聴こえないわたし、聴こえるわたし」に続いて、「聴こえにくいわたし」が登場しています。よろしくお願いいたします。

Suguru: 私が噂?の聴こえにくい人です。お二人の生徒になった経験を持つSuguru です。

Mau: えーと、講師経験ということですか?
あっと・・・勘違いです!私たちに習った経験があるということですね。失礼しました。

Suguru:はい、そうです。私が聴こえにくい変なおっさんだからです(笑)

Mau: Suguruさーん、全国いや世界放送ですよ~!
もう少しどんな人なのか説明がないと、読んでいる人はちんぷんかんぷんですよん。

Suguru:はい、ではまじめに・・・私は喋る手話講師です。ある時はサラリーマン、ある時はお蕎麦屋さん、ある時は手話講師。こんなところでしょうか。

Mau: muy bien ! ← 私の生徒だったSuguruさんには分かるはずですが・・・?

Suguru:汗 汗 汗

Mau: 「しゃべる手話講師」というのはどういう意味ですか?

Suguru:そうですね、手話と声を同時に話す感じです。イメージできますか?

Mau: 手話の後に、少し遅れて声を出す感じでしょうか?

Suguru:いえ、基本的には、同時なんです。声と手話を同時にする時、僕の頭の中には日本語がいっぱい?あります。

Mau: 手話または日本語で相手から受信した情報に対して、自然に手話と日本語同時に対応できるということでしょうか?それってすごいことですね!

Suguru:最近、聴こえにくい人の呼び名で良いのがありました。それは、「聴こえない聴者」なんです。それを聞いた時、なるほどな~、と思いました。

Mau: なるほど~!!Suguruさんは、以前から私たちのブログを見て下さっていて、「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」だけではなく、「聴こえにくいわたし=Suguruさん」も加えて!と熱烈ラブコールをいただいてのご登場!ありがとうございます。                                                                         
私も含め、聴者のほとんどの人たちは、「ろう者は全く聴力のない方」、「難聴者」は聞き取りにくいことはあるだろうけれど、「ある程度は聴こえる人」→「聴者に近い」と認識しているのではと思います。Suguruさんが言われた、「聴こえない聴者」はそれに近いものだと考えて良いでしょうか? ちえさん、Suguruさんのお二人は思われますか?

前回の続きになってしまうようですが、ちえさん自身は、「ろう者ってどういう人ですか?」と尋ねられたときに、どう答えていますか?Suguruさんはどうでしょう?

Chie: 聴こえない聴者という言葉について、最もイメージしやすい言葉だと思います。また、最近は、 難聴者という言葉についても本当に曖昧だなぁと思います。それは、「聴こえにくいけど声で喋れる人」と、「聴こえにくくて声で喋ることも不慣れな人」がいますので、まとめて「難聴者」とは言えないと思いますし、それはろう者も同じことじゃないでしょうか。

以前までは、ろう者と難聴者の二つに分けていましたが、そればかりだと他人を否定することにつながって、やがては自分を追いつめることになると気がついてからはあまりこだわらなくなりました。ろう者はどういう人ですか?という質問は難題ですね。。。

Suguruさんどうぞ。


Suguru:「聴こえない聴者」でピンときた事は、やはり環境です。私は、聴こえにくいですが、聴こえる人と遊び、学び、そして喧嘩もしてきました。聴こえにくい私にとって、聾学校という環境は知らないので、聴者と同じだと感じます。

ろう者ってどうゆう人ですか?これは、難しいですね。現時点で答えられる事は、電話ができない人(聴こえなく、声を出しにくい人)だと思います。

聴こえにくい人とは?でしたら、説明は簡単です。まず、喋れて、自分の声は聴こえて、相手の声(音)も聴こえる人です。これって、聴こえる人と同じですよね?ただ、私の場合、声は外国語みたいに聴こえる事があります。それは予想できない話の流れになった時です。自分からは話題を出すとある程度、内容がわかりますので、話についていけます。しかし、話が外れてしまうとお手上げです。


Mau: その「聞こえる状態」は小さいときから同じですか?

Suguru:少し昔話をしましょう。小学校1年生の時です。友達にSuguruは無視する事多いよね?

聴こえる状態は以前より、聴こえなくなっています。子どもの頃、体温計の音が聴こえた時がありました。今はまったく。なので、どんな音かは覚えていますよ。ピー、ピー。こんな感じですよね?

昔話は今度しますね。


Mau: え~っ!昔話もっとお聞きしたかったのに。いけず~。
ところで、私が子供のときは、体温計は音無しのシンプルなものでした・・・(笑)

Suguru:最近仕事はいっぱいあって、、、慌てると手話も通じなくなります。ちえさんがいうには手話がボロボロ落ちてるそうです。

Chie:慌てるときはそうですが、落ち着いているときは手話が丁寧になりますね。

Mau: 対面して会話をしていても難しいこともありますが、ちえさんとは今のところ「あ・うん」の呼吸でコミュニケーション取れていると私は思っていますよ。

毎日レッスンをしていても、手話がぼろぼろ落ちる、忘れてしまうのですか?
文法的に単語が落ちるということでしょうか?

Suguru:そんな難しい事ではありません。ただの慌て者だと思います。手話を忘れるというか、頭の中が日本語だけになってると思います。

Mau: さっきのコミュニケーションのお話ですが、対面していようが、パソコンであろうが、もし分からないことがあれば「その場で聞く」ということが、お互いに信頼関係を作る源なのではと考えています。曖昧にしたまま会話を流してしまうと、話が終わってから「あれ?わたし何をこの人と話していたんだ?」となってしまう気がします。ちえさんもわたしも、それをしていないからこうやってブログも、実際はかなり時間を要するので大変ではありますが、楽しみな時間になっているのだとおもいまーす♪ 
きっとSuguruさんとChieさんもそうでしょう?

忙しいというのは、生徒さんがわんさかいらして忙しい!!ということですか?素晴らしくありがたいことです。そうでなければ、雑務でしょうか?

Suguru:なるほど、そうですね。曖昧でしたら、聞くですもんね。たぶん長年の聞き流しが出たのかもしれません。聞こえてるふり?を20年もして来ました。今は雑務の方が多いですね。

Mau: 私も南米では、スペイン語が「聞こえてるふり」「分かってるふり」を最初はしたものですが・・・そのうち見事にばれました!早くばらしちゃうと楽になりますよ~。

Suguru:はい、手話と関わってからは早くばらすように心得ています。

Mau: 今、生活が「音声」+「手話」になって・・・どうですか?世界はダブルで広がった感じですか?

Suguru:そうですね、昼間は音声、夜は手話ですね♪

Chie:私とは違う生活ですね。二つの顔を持つような感じですね(笑)

Mau: なんだか、また怪しげですね~。 
Suguruさん、手話はおいくつではじめらたのでしょう。確かろう学校のご出身ではないですよね?

Suguru:あは、難聴者→難しい人で(笑)

手話は23歳だったと思います。実は不整脈が発覚して、スポーツを控えなければならなくなったのも要因の1つです。スポーツジムが趣味でしたが、それが出来なくなり、新しいものを探していました。兄の後押しもあり、手話を始めました。


Mau: なるほど~。お兄さんも手話を話されるのですか?(←文法的に合ってますか?)

Suguru:文法的にも正解です。兄は手話に興味はありません。一時的に仕事の関係で手話を教えてほしいと言われたのですが、10分で諦めてしまいました。今思えば、教え方もイマイチだったと思います。ちなみに私の家族で手話を話す人はいません。

Mau: Suguruさんご自身はどうですか?手話にすぐに興味を持って夢中になっていった感じですか?

Suguru:私も興味はなかったです。初めは、通信のビデオを見て覚えました。それが、すぐに眠くなってしまうんですよ。けど、その時からこれしかないって思ってました。私には珍しく最後までやりました。いろんな物で興味を持つように自分をごまかしました。手話ドラマのビデオを借りてなんとか継続したのを今でも覚えています。

Mau: そうまでしても手話を覚えたかったんですね。

Suguru:ビデオですと繰り返し見れますし、覚えの悪い私にぴったりでした。ビデオ学習後に地元の手話サークルへ行きました。準備してサークルへ入ったのですが、ろう者の手話表現を読み取るのには苦戦しました。

Mau: 23歳から手話を始めて・・・「あっ!会話できる!」と思ったのはいつ頃ですか?その頃には、今Suguruさんの周りにいるたくさんのろう者&難聴者仲間たちには出会っていたのでしょうか?

Suguru:実は本当に最近ですよ。1年前にちえさんの手話講座を受講したあたりからです。その間、数えきれない程のろう者に会ってますが、時間ばかり過ぎてしまってました。とにかく1週間に3回、手話を使うろう者に会うように意識して生活してたような気がします。

Mau: おお!それは、いま手話を学んでいる人にも参考になりますね。

Suguru:そうですね、私も途中から手話を覚えたので、覚える大変さがわかります。今、ハンズの受講者で1年くらい手話を習っている学生がいます。自分の頃と比較すると凄まじいスピードで覚えています。私が3年掛かって覚えた手話はハンズなら、1年で十分・・・かな?やはり学習も必要だと思います。

Chie:1年だけでは足りず、もう少し長く学びたい方もいらっしゃいますし、手話は1年だけで簡単に身につけられる言葉ではないですので語学を学ぶ期間は個人差があるかもしれないですね。

英語とスペイン語はどうでしょうか?

手話で「どのくらいの期間で、手話ができるようになるの?」という質問を受けますが、そういうことはありますか?


Mau: そうですね、 「一年ぐらいで英語を(初心者レベルから)マスターできますか?」と言われる方は少なくありません。私は、こういう風にお答えしています。

仮にその方がケーキ屋さんだったら、「それでは明日からそちらで一から修行をさせてください。ただし週に一度しか伺えません。でも1年後には私のお店をオープンできますね!」すると、大体の方が笑いながら「それは無理です・・・そうですね、そういうことですね」と理解していただけます。

もしかしたら、週に一度のレッスンで、一年後にはペラペラになる方もいるかもしれません。
そうだとしたら、それは私が講師として優れていたというわけではなく、その方ご自身がレッスンに来ない日にも勉強や努力ををしたからだと思います。

もしその方自身に明確な語学を学ぶ目的が、レッスンを始める時点で無いのであれば、時間をかけてその方自身もが気づかなかった、もしくは忘れていた目的地まで一緒に走り続ける・・・技術的にも精神的にも、そのサポートをしていくのが私たちの役目なのではと思います。

今日はSuguruさんとも、こうやって改めてお話ができて楽しかったです。

Suguru:ぎこちないデビューで申し訳なかったです。

Mau : とんでもない!誰にでも最初はありますから。

Suguru:1年後にまたあいましょう(笑)その時は上手になってるかも!?

Mau :あはは!これからも、時々登場してくださいね。

Suguru:ありがとうございました。

Chie:ありがとうございました。

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

にほんブログ村 教育ブログへ


さまざまな立場や考えの方に見ていただき、ご意見をいただければ幸いです。

人気ブログランキングへ

e0172983_22504169.jpg

本日は、こんな私たち3匹でお送りしました。また来週もよろしくお願いします。
[PR]
by machi-life | 2009-05-22 22:04 | mau+chie life

第13回(2009.05.15) ろう者ってだれのこと?

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

e0172983_011817.jpg


Chie:先日のお食事会は楽しかったですね。ありがとうございました。前に「こと葉や」を訪れたとき、ふと「ろう文化」の本を見ましたが、「ろう文化」という言葉についてどんなイメージありますか?

Mau: はじめは、“日本各地にあるような、ろう者の方々独自の方言のようなものかな?”と簡単に考えていましたが、たまたま最初に手に取った本を読み進めるうちに、どうやらそんな簡単なものではないらしい、と、あせったような気持ちになりました。

私が最初に読んだ「ろう文化」という本の帯にあった“ろう者とは日本手話という、日本語とは異なる言語を話す言語的少数者である”の一文はかなり衝撃的でした。今まで全く考えたことのないことでした。あれからしばらく時を経た今でも実は良く分からないでいます。本を書かれた方々にお会いして直接お話をお聞きしたいくらいです。
その後、ろう文化に関する書籍もいろいろあることが分かり、私たちが「日本文化」について、それを知らない人たちに語る際にもいろいろな切り口や考え方があるように、一言で「ろう文化」と言ってもさまざまなことにも気づきました。

正直にお伝えすると、二年前に初めてろう者である I さんに出会うまでは、自分の中に0.001%も「ろう者の人たち独自の文化」について思いをはせたことはありませんでした。

ということで、「ろう文化」についての知識と見解はほとんどありませんので「ろう文化」のことを取り上げるとなると、基本的な事柄から教えてもらう形になりそうです。

Chie: 私にとって、今でもろう文化とはこれです、と言い切れるものがない状態です。

というのは、ろう文化宣言の内容と現実がうまくかみ合っていないからだと思います。
これは私の中での話ですが、ろう文化宣言の文面をそのまま鵜呑みにすると現実とだんだんすれ違っていくような。

ろう文化宣言が出てきたことにより、「ろう者でいいんだ」というアイデンティティ確立に良い影響を受けたという人もいます。それまでは、手話も言語としてというよりは、聴こえない人が使うものと捉えられていて「手真似」という言葉も出てきたほどです。

ろう文化宣言読んでみていかがでしたか?


Mau: むずかしいかったです。

Chie: ピンと来ないような感じですか?

Mau: そこに出てくる言葉の定義をつかみきれずにいます。

でも厳しさはひしひしと伝わってきます。ここまで「はっきり」と「宣言」を出さなければいけないほどに、ろう者や難聴者の方々は、今まで取り残された?(言葉が適切ではないかもしれませんが)気持ちでいた人たちもいらっしゃる・・・という事実について、考えたことがなかったので衝撃的でした。「怒り」「いらだち」さえも感じました。

私にとっても異なる文化、世界に生きていることをあらためて感じさせられました。そして、たとえおなじ場所に生まれ、育っても、人により、物事の捉え方はさまざまで、それはろう者の人たちも同じなんだな、と。

Chie: ありがとうございます。ろう文化宣言を出さないといけないという状況が当時にはあったかもしれないと思いますが、ろう文化宣言を知っているろう者は少ないかもしれないですね。

Mau: そうなんですか。ちょっとびっくり。

Chie: 私の場合はたまたま、大学の講義で知りました。文学的な講義でしたが、そこで配布されたレジュメがろう文化宣言でした。それを読んでレポートを書くという課題がありました。

最初は「何これ?」でしたが、読んでいるうちに自分が分からなくなってきました。


Mau: 「読んでいるうちに自分が分からなくなってきた」というのは、どういうことでしょうか?

Chie: 最初に、ろう者の定義が書いてありますが、日本手話を第一言語とする少数民族というような一文があったと思います。

Mau: ありました。

Chie: 当時の自分は、声を出しながら手話をやっていました。声を出すことが一番大事という考えを持っていました。

手話に対して低く見ていました。しかし、聾学校卒業である私は「ろう者」に当てはまる一方、第一言語が手話ではなく「日本語」である私は「ろう者」に当てはまらない。

一方、難聴者の定義を見ると、インテグレーション(聴こえる人たちと一緒に学ぶ統合教育)を経験した人という定義があって、聾学校育ちの私は「難聴者」にも当てはまらない。

そこで「私って何?」と分からなくなりました。

それまでの自分は、「聾学校で、聴力が最も重いから、私はろう者なんだ」と思っていました。聾学校の中でも、聴力の良い生徒は「難聴者」と先生が言っていました。そういうことから、初めて「私は聴こえない人だけど、ろう者ではないのかな?」と向き合ってみました。

向き合う必要があったのかどうかわからないですけど(笑)


Mau: なるほど・・・。ちえさんにしか経験のできないことです。
ひらりとかわしたり、やり過ごしている人もいる中で向き合ったちえさんだから今こういう話ができるのではないでしょうか。

向きあった結果として、結論は導かれましたか?

わたしも海外で暮らしている中で、「わたしは日本人なのだろうか?」と考えることがありました。
どう考えても、誰が見ても日本人なんですけど(笑)。

本当にそうなのか?証拠は?パスポートも戸籍も、いろーんなものすべてなくしちゃったとしたら??・・・妄想は止まらなくなってしまったことをがあります。

定義上、便宜上・・・日本人なのかな???なんて思った時期もあったりして。
ぜんぶ剥ぎ取ったら、私は生き物でしかない。最後はそんなオチなんですけど。

Chie: その環境にいると、「自分って何だろうか」と思いますよね。

ろう者なのかな?っていろいろ考えました、パスポートや戸籍と同じように、手話をなくしたら私は「ろう者」なのかなって考えたりしていました。

まうさんは、そのときに、同じ日本人を見て違和感みたいなものはありませんでしたか?


Mau: ありましたね~。

Chie: あったんですね。 その辺りもう少し聞いてみたいです。

Mau: 南米に到着して、数ヶ月間日本人に誰一人会わない状況が続きました。
確か世界には日本人がたくさんどこにでも行ってるはずなのに、なぜ会わない??!と不思議でした。
同時に、スペイン語が全くできない時期でもあったので、ある意味「大人なのに赤ん坊」状態が続いていて精神的に少しまいっているような状況でした。

Chie: 大人なのに赤ん坊状態というのはどういう状態ですか?

Mau:意志を伝えたいのに、伝えられないし分からない・・・。
「言葉ができなくても、伝えたい思いがあれば大丈夫!」なんてフレーズをよく聞きますが、そういう魔法は最初のうちだけなのだと思い知らされました。

その時期は街で「アジア人」を見つけると、「日本人ですか?」と声をかけて怪しがられてました。
日本にいるときは、同じアジア人でも、ちょっと見れば「あの人は多分韓国の人」「中国の人かな?」と見当をつけられましたし、案外当たっていたものですが。世界に出てみると、これが当たらないんです。

長く南米に暮らしているうちに、自分が日本人である、ということの確信性というか、境界線のようなものが溶け出して、曖昧模糊としてくる感じです。そうしてそのうちに、他の人についても分からなくなっていったのでしょう。

Chie: 国内ではなかなか経験できないことなんですね。

Mau:あの頃を思い出してみると、例え数ヶ月でも日本語を全く話さない環境の中で、必死でスペイン語の波の中でおぼれてしまわないようにもがいた時期でした。話せない代わりに、聴けない代わりに、よーく周りにいる家族、先生、クラスメイトを観察していましたね。

でもその中で、段々と自分の中に日本人+αみたいな血液?が作られていったかもしれません。
特に、チリでは全身現地のノミに血を吸われましたから(笑)。

Chie: 全身ですか!?すごいですね。。。

Mau:そんな生活にも少し慣れた頃に、日本の人たちに「再会」しました。すると、どこか違和感といいますか、今までとは違う感情を抱きました。でもそれは当たり前のことなのかもしれませんね。

そうやって世界を、その土地の人たちと一定期間、共に暮らしながら、生きていける時間が私の人生の中にこれからもできるだけ多くあったなら・・・私はもっとニュートラルで自由な人間になれるかもしれないという希望のが生まれました。
確かに私は此処にいるのだけれど、また違う人たちの存在も感じる状況なのですが、それすらもまたどこか客観的に少し離れた場所から眺めている状態とでも言うのでしょうか。

Chie: 違う環境に入って、また別の環境にいるとき、自分自身はそのままだけれど、関わりのある人たち、近くにいる人たちから必ず影響を受けるといったところでしょうか。

なかなか深くて、私自身の今の経験値が追いつかない状態ですが、そういうことを感じ取れるんだなぁって感心しました。

ベトナムへ行ったとき、ベトナムのろう者たちに囲まれて周りを見渡せば、ベトナム手話ばかり。全然分からないくせに、がんばって手話を見ながら理解しようとしていました。

そんな状況下、お互いが通じる方法を見出していくと、日本に帰った時、手が他人の手のような違和感を持ちました。日本語としてのリズムが噛み合ない証拠かもしれないですね。


mau: ちえさんだからこそ分かる違いのように思えます。
“ベトナム手話”と言われても、軽々と想像の範囲外なのですが(笑)。
次回海外へ出かけるときには、「その土地、国独自の手話を知る」という新しい目的もできました。

今回も私たちのブログを読んでくださり、“Cám ơn (カムオン)!” 
ありがとうございました。

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

人気ブログランキングへ

<ご参考までに>

「ろう文化」(現代思想編集部)青土社

日本手話とろう文化-ろう者はストレンジャー-(木村晴美著)生活書院

にほんブログ村 教育ブログへ

[PR]
by machi-life | 2009-05-15 22:20 | mau+chie life

第12回(2009.05.08)ライブ空間を作り出す

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chie:連休はいかがでしたでしょうか?

Mau:おかげさまで、ゆったりと好きなことをして過ごしました。
りす園を目当てに4歳の姪たちと加茂山公園に行きましたが、ミニハイキングコースの充実した樹木の多い森林公園で気持ちがとても良かったです。全長150メートルの長いスライダーもあって、真剣に遊んできましたよ。Chieさんはいかがお過ごしになりましたか?

Chie:思い切り遊べて良かったですね、私も連休は先輩と焼き肉食べながらお話をしたり、久しぶりに家族と過ごしていました。たまにはお休みすることが大事ですね。
そういえば、最近、音楽についてろう学校ではどんなことをやっているの?という質問があったのですが、、、
想像できるところはありますか? たとえば、教え方とか、歌の覚え方の指導方法とか。
周りがどのようなイメージを持たれるか聞いてみたいです。


Mau: ええと・・・ろう学校の、音楽の授業と聞かれてすぐに想像することができません。 私たちだと幼稚園や小学校だと、主に歌を歌ったり、楽器(メロディオン、リコーダー、ハーモニカ・・・)をしたり、名曲を聴く(寝る)時間が多くあったように思います。主に音にふれ合う(?)イメージです。

ろう学校の音楽の時間は、どんなところにレッスンの主軸が置かれていたように思われますか?

Chie: 正直なところ、聾学校の音楽の先生に聞いた方が一番早いですが(笑)、今まで受けてきた音楽の授業は歌詞に合わせて声を出して読んで、そのあとに音楽を流して先生が歌うのを見ておうむ返しのように声を出して歌う練習が中心でした。
エレクトーンの音を聞いて歌いましょうと言われるのですが、聴こえない私にとっては、先生の口を見るか、聞こえの良いクラスメイトの口を見てペースを乱さないようについていくような感じで歌っていました。歌っているというよりは、物まねに必死でした(笑)


Mau: うわ~っ!あまり楽しそうに思えないのですが・・・。

Chie: そうですね、正直に言えば楽しくなかったです。楽器に触れることは、振動が響いて楽しかったのですが、歌うことについては忍耐力を鍛える訓練のようなものでした。音楽の授業では自分の歌のリズムが正確かどうか確認する術がないのに無理矢理歌わされているような感じでした。でも当時の自分にとっては声を出して周りと一緒にやるという一体感を感じ取ったかのようにとりあえずは歌っていました。

Mau: ろう学校ならではの楽器。例えば振動を感じやすい太鼓を中心に取り入れたりなどの「響き」を楽しむ工夫などは授業にはありませんでしたか?シンバルとか、鉄琴など。

Chie: それはありました。響きを楽しむ工夫として取り入れたかどうかは分からないですが、太鼓やシンバル、鉄琴、他には生徒の希望でエレキギターもありました。

吹奏楽部がやっている、オーケストラで使われるフルートは使ったことがないです。
縦笛も使ったことがなく、兄が使っているのを見てうらやましいと思ったことはあります。
フルートや縦笛は一般の学校で当たり前のように教わる楽器でしょうか。


Mau: フルートは一般的ではないと思いますが、リコーダーは一般の学校では恐らくみんながやったことがあると思います。
中学校ではギターの授業もありました。今は弾けませんけど(笑)。ちえさんが今やってみたい楽器はありますか?

Chie: ドラムとギターです。リコーダーというのは縦笛でしょうか?
ギターは大学時代に、ギターを持ち歩いている人がいたので少しだけ教えてもらいましたが、忘れてしまったのでまたやってみたいです。


Mau: 私が中学の時に学校で使用して今も持っているのは、アルトリコーダーと呼ばれるものです。
ソプラノリコーダーを使用することもありました。合奏したりする時です。

Chie: ありがとうございました。私が思っていた縦笛が、リコーダーです。

Mau: ギターの弦から振動を感じますか?となると、弦楽器ならば、ろう者の方が「聴く」ことはできなくても、演奏をして楽しむ(振動を?)ことはできるのでしょうか?

ちえさんにとって音楽とはどういうものですか?

Chie: 振動を感じることによって楽しむということですね。
聴こえなくても振動+踊りがあるとたぶん心地よく楽しめると思います。私にとっての音楽とはどういうものかといいますと、、、簡単には答えられないですが、音楽は未知の世界にあるもので、いろいろな意味で深いだろうなぁという憧れがあります。まだ音楽についてどのように捉えていいか分かっていないけど、「知りたい」という気持ちがあります。


Mau: 音楽コンサートやライブに行ったことはありますか?

Chie :この間、お客様からのお誘いでミスチルのライブに行きました。すごく迫力があってびっくりしました。
ミスチルの歌声は聴こえなく、歌詞も分からなかったのですが、それよりもファンの方々の熱い視線、熱い応援とミスチルの演奏がうまくマッチしたかのような、両方の息がぴったりと合って一つの空間を作り上げているのだと身体に伝わってきました。


演奏と演奏の間に、トークショーみたいにボーカルの桜井さんが話をする場面がいくつかありました。
話の内容は分からなくてもいいと思っていたのですが、一緒にいたお客様が覚えたての手話を使ったり、紙に書いたりと情報を伝えて下さいました。全てを知ることはできなかったですが、それでも桜井さんの話の運び方が少し見えました。
「こうやって、次の歌に持っていけるような雰囲気を、ファンと共有するんだなぁ」と感動しました。
こういうことは当たり前でしょうか?


Mau: 新体験をされたんですね~♪ 私の想像でしかありませんが、誘ってくださった方は、Chieさんに「音楽は耳だけで楽しむものではない」ってことも伝えたかったのかもしれませんね。Chieさんの見えないものを感じる能力も素晴らしいと思います。ギフトですね。

Chie: ミスチルの歌で「GIFT」がありましたね。ライブの時から考えてみたんですが、音楽というのは音を楽しむものと、一つの空間を作るものだと思いました。

Mau: そうですね。そしてひとつのコミュニケーション手段でもありそうです。
特に大きなライブならば、その場に集う人たちそれぞれが無数の異なるエネルギーを持ち合わせることになりますから、同じコンサート内容でも毎回居合わせた人たちにしか分からない空間が生まれる。それがわくわくする幸せな空間であれば、尚更どんどん共有していきたいです。
そう思うと、私たちが普段友達が家族と交わしている会話、生徒さんとのレッスン、ひとつひとつもお互いを呼応させるライブ空間ですね。

Chie:なるほど、そのようなライブ空間、今のレッスンにも同じことが言えますね。今度、キューバや南米の音楽をご紹介いただけますでしょうか?
Mauさん、踊りが上手なイメージありますので一緒に踊れたらいいですね(笑)


Mau:またまた素敵な勘違いをありがとうございます。
私が踊れるのは、わかめ踊りとチョウザメ踊りぐらいです。今度、酔っ払ったらご披露します・・・人には弱いですが、お酒には強いのであまり酔いませんけど(笑)。

Chie: ありがとうございます、その日を楽しみにしています(笑)ライブのことで、歌詞を覚えてライブに行くとさらに楽しめるかもしれないと思いました。実際に、ライブによく足を運ぶろう者の友人はいますし、音楽の楽しみ方は人それぞれであって、人間は何らかの形で音を感じることが好きなのかもしれないですね。

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

今回は連休明けでいつもより短めですが、あらためて「音」を「楽しむ」音楽について
お互いに新たな視点を知る機会になりました。みなさまにとっての「音楽」は何でしょうか?

人気ブログランキングへ
[PR]
by machi-life | 2009-05-08 22:28 | mau+chie life

第11回(2009.05.01)  "音ってなんだ?" 

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chie: こんにちは、少し珈琲持ってきます。

Mau: こんにちは。よろしくお願いします。いま、Deaf Music♪ を聴いていましたよ。

Chie: おおっ!どういう音楽でしょうか?Deafといえば、「ろう者」ですが、ろう者の音楽でしょうか?

Mau: Evelyn Glennie さんというDeaf Percussionistです。
Evelyn Glennie HP http://www.evelyn.co.uk

Chie: 見れました、かっこいいですね!!高校時代の英語の教科書に載っていました。久しぶりに思い出しました〜。
イギリスのトップレベルの音楽学校に入学されましたよね?


Mau: !!教科書に載るぐらい有名な女性なのですね!!
海外サイトで、最も有名なDeaf musicianとして紹介されていました。グラミー賞を2回受賞されているとあります。HPの写真で使用している写真を見ると、音がすごく反響しそうな場所と楽器で演奏を行っていますね。コンサートに行ってみたいな~。

Chie: 今度日本に来た時はコンサート見に行きたいですね。

高校時代に使った英語のテキストでたまたま、「Deaf」と書いてあって賢い女性だという印象を持ちました。英語の授業ではテキストを毎回声を出して読む練習をしていましたので そのせいか、嫌でもその人の名前を覚えられるようになりました。
今聴いている音楽はどんなものでしょうか?


Mau: 民族音楽のような、力強さに溢れたリズムです。

Chie: 大音響だけれどうるさいというのではなくて、たくましさを感じさせるようなイメージでしょうか。

Mau: ちえさんの机が叩けるものであれば、タン タ タカタカ タン タ タカタカと両手を使ってリズムをとってみてください。少し早めな感じです。リズムはそんな感じ。大音響というわけではありませんが、打つ手にきちんと力がかかっていて、それが力強さを出しています。

Chie: 少し早めのテンポで叩いてみると、なるほど、イメージできました。太鼓を叩くのと似ているようなリズムだと思いましたが、太鼓のような力強さになっていますか?

Mau: そんな感じです♪

Chie: ありがとうございます。
いい音楽ですね、音楽はテレビを見るとき、お菓子を食べるときと同じような感覚で使いますか?


Mau: そうですね。ちょっと小腹が空いたからお菓子を食べようかって感じで音楽を聴くこともありますね。
今までそんな風に考えたことはありませんでしたが、言われてみればそうかな。

私の場合は、すごく集中したいときに、隔離された音を必要とするようです。
静かな図書館へわざわざミュージックプレイヤーを持っていって、聴きながら勉強をすると作業がはかどります。
1日中居ても、2,3枚を繰り返しエンドレスで聴いている状態です。実は聴いているようで、聴いていない状況をわざと作っている変な状況です。

Chie: 隔離された音というのは、その場とは全然関係のない音を聴くことによって他の音をシャットアウトするということで隔離された音を流すということですか?音楽も一つの生活行動というか、一部ですね。兄も勉強をする時は洋楽を流していました。私がおしゃべりに入ると、「音楽が聴こえないぞ」と言っていました。

Mau: 歌詞(菓子!)を味わいながら、何かをしているときもありますが、特に集中したいときは、擬似的に音があるのに無い状態を作っているのかもしれません。変てこな言い方ですが。
恐らく日常的にも、「全く何も聞こえない」と思う状況であっても、実は何らかの音を無意識に認識しているということなのでしょうね。逆に、集中したいときは音楽がかかっているとだめ!という人もいますから面白いですね。
でも常に音のシャワーを浴び続けている私たちが「聞こえない=音の無い」状況になれるものなのか疑問に思えてきました。


Chie: 電車の中でアイポットを使いながら本や単語カードを使う人を見かけますが、あれも集中できる為のものなんですね。

音楽がかかっていると集中できない人もいるというのは、個人差があるのですね。私が聴こえていたら音楽は欠かせないかもしれないです。


Mau: 電車の中は考え事をする絶好の場ですね。

いろんな人の会話を小耳に挟みながら、移動するのも楽しいものですが、勉強をする人にとっては、ちょうどいい緊張感(不特定多数の人がいる)があるので、人によっては音楽で周りの音を遮断してしまえば心地よい集中空間になると思います。

Chie: おもしろいですね。音で音を遮断することによって空間を作ることは、レッスンのときにも人によりますが、音楽を取り入れてみるのもチャレンジですね。

Mau: 私の知り合いには、防音ヘッドフォンを付けて、全く何も聴こえない状態にして集中力を高める人もいますよ。

Chie: そのときだけ、ろう者に近い状態になるんですね。

Mau: そうなんです。ただやはり、その人の中に全く音の無い状態があるのかと考えたら疑問に思えてきました。いくつか同時に存在している音の存在を1つに近い状態、限りなく無い状態にしているのかも。

ちえさんの中に、ちえさんだけの音は流れていますか?

Chie: 私の中に、私だけの音が流れているかどうか・・・あまり考えたことがないですが、途中で聴こえにくくなった先輩から「私は私の中で音を作っている」と聞いたことがあります。

音は全く聴こえないですが、夜遅くに外へ出ると「ああ、静かだなぁ」と感じることはあります。一緒にいた人はびっくりして「聴こえないのに何で??」という状態でしたが、私にとっては、うるさかったり静かだったりするのは、視覚的に捉えた上で分かるという感じです。

ヘッドホンをつけている間にとっさに話しかけられてびっくりするとか、そういうことはないでしょうか?

私の場合は空想にふけて、いきなり肩をぽんぽんと叩かれたらびっくりします。


Mau: よくありますね。思わず変なこと口走ったりして。


Chie: おもしろいですね、音を楽しむ。だから「音楽」なのですね。


音が全く聞こえないということは、日常生活の中ではありますか?

寝ている時もかすかな音があるから、完全に聴こえない経験をすることはできない、と聞いたことがあります。

聴こえにくいことはあっても、「あれ?全く聴こえないなぁ」という感覚。



Mau: うーん。全く聞こえないということは、どうかなあ?
完全に聞こえないという状況を体験したことがあるのかも定かではありません。

今は「どこにでも音がある状態」なので、たまに何が今音を出しているのか分からなくなって混乱してしまうことがあります。

例えば、デパートに行けば、同じフロア内にいろんな店がありますね。
そのどれもが別々の音楽を流しています。音の鳴る雑貨や製品も多いので、どこかで電子音が鳴っています。
携帯の着信音は、機械的な音の人もいれば、歌のかかる人もいます。私のように「鳩時計が飛び出す時の音」が鳴る人もいます(大抵周りの人はどこに鳩時計があるのかとキョロキョロします)。友達と一緒であれば、その人とのおしゃべり、店内放送、他の人々のたてる音、子供の泣き声、誰かが何かを落とす音など、最近はあまりにも煩雑すぎて、ふ~っと深呼吸することもしばしばです。音を楽しむというよりも、強制的にさまざまな音を聞かされているような感覚になることも多いですよ。Chieさんとこのブログを始めてから、今までしっかりと認識してこなかった音を意識するようになりましたね。

Chie: なるほど、本当にいろいろな音が飛び交っているのですね〜。
聴いてみたいなぁ(笑)そういう状況の中で「うるさいなぁ」と感じたことはありますか?


Mau: よくありますね~。休日のデパートにはできるだけ寄り付きたくないですね(笑)

閉じられた空間の中に、不自然な音が閉じ込められているから余計に「うるさいなあ!」と感じるんでしょうね。

野外だと、うるさいぐらいがいいですね。

ちえさんと一緒にパーカッションを演奏してみたいなあ。

Chie: いいですね〜楽器叩きたいです。エレキギターも触ったことありますが、面白いですね。体中響いて楽しいです。デパートに音楽を流すのは、お店の宣伝の一つでしょうか?

Mau: ホームセンターに行くと、一日中同じ宣伝音楽が流れていますよ。

そこでバイトしている人はおかしくなっちゃうんじゃないかと思います(笑)。

Chie: 洗脳されちゃうんですか(笑)宣伝音楽というのは、「安いですよ〜」というような決まり文句の内容ですか?

Mau: ホームセンターやディスカウントストアに多いのですが、その店独自の「キャッチフレーズを含んだ歌」があって、それが一日中店内に流れています。その中で短時間買い物をしているだけでもぐったりしてしまうのに、そこで働いている人たちは麻痺しているのか、耳栓をしているのか・・・不明です。それだけ嫌だと思っていても、お風呂に入って身も心も油断しているとふと口から出るのがその歌(ガーン!)、私もすっかり戦略にはまっている証拠です。
外国人の友達は、もしこれが自分の働く環境で起こったら会社を訴えてやると真顔で言ってました。

Chie: 経営者はそんな音楽を流しても効果が薄いと分かっているのでしょうか?不思議ですね。

Mau: その辺りは、ちえさんラッキーですね!!

Chie: おおお、そうです(笑)

お店に入る時、何となくうるさいなぁとか、ここは静かだなぁと思う時はありますが、

やはりうるさいんですね〜


Mau: 感じましたか?

Chie: 感じます。もしかしたら、電気屋さんもうるさいでしょうか。

Mau: うるさいですよ~!!

Chie: 聴力に影響はないでしょうか?あるときに店員さんが、「あれ?難聴かも?」とか。聴力が気になります。

Mau: 確かに耳を酷使する職場であると思います。

Chie: 難聴者を増やす場かもしれないですね、そこへは手話を教えた方がよいかもしれません(笑)

Mau: それはグッドアイディア!さすがちえさん!


Chie: ありがとうございます(笑)


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

音楽が流れるように今回もあっという間に時間が過ぎてしまいました、

続きは次週にて取り上げる予定です。

良い連休をお過ごしください♪♪
[PR]
by machi-life | 2009-05-01 09:56 | mau+chie life