聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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第6回 (2009.3.27) “Days in the Nordic countries + G”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

日本→ デンマーク経由→ スウェーデン→ フィンランド→ ドイツ ・・・

Chieさんの知的冒険旅行は今日も続いています。

北欧と日本をオンラインでむすぼうと、時間の調整を試みましたが上手に時間が重ならず・・・。

Chieさんの日々のできごとは、こちらのブログ日記で垣間見ることができます。
人、物、出来事・・・への新鮮な出会いが綴られています。写真で見る街並みもとても素敵です。

Chieさんブログはこちらからどうぞ!>
  http://syuwaru.jugem.jp/

残りのお話は、Chieさんが日本に戻ってからのお楽しみにしましょうか。
みなさま、それまで「おあずけポーズ」でお帰りをお待ちしましょう。 わんわん!

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果報は寝て待ちます ~ Z Z Z ....
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by machi-life | 2009-03-27 00:25 | mau+chie life

第5回 (2009.3.20) “Chieさん 北欧へ行く”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


突然ですが ・・・

~Chieさんは、3月17日(火)~3月29日(日)まで北欧研修旅行中です~

Mau:北欧への旅の計画はいつから始まったんですか?メンバーは全員知っている方ですか?

Chie: 今回は筑波技術大学が毎年1回主催している「北欧国際交流研修旅行」です。メンバーはほとんど知らない方々で、筑波技術大学の学生だけでなく、全国から学生や社会人も参加します。昨年の11月にお知らせがあり、数年前にも参加したことがあったご縁で手話通訳の方から「今回も一緒に行きましょう」と声をかけていただいたことがきっかけです。

(筑波技術大学は)筑波大学の隣にあって、全国で唯一の聴覚障害者のための国公立大学です。学生は全員、ろう者・難聴者です。
アメリカでいえば、ギャローデット大学がありますが、日本では筑波技術大学です。ろう者、難聴者以外にも視覚障害者のためのコースもあります。


Mau: ちえさんはそちらの大学のご出身ではないと思いましたが、以前から接点はあったんですね。

Chie: そうですね。愛知県の日本福祉大学にいましたが、学生時代から、筑波技術大学の教員や学生さんたちとの交流はありました。

Mau: 数年前に参加されたときにも、渡航先は同じでしたか?それとも毎年変わるのでしょうか?

Chie: 大学2年の冬(2004年)に参加したときはフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークでした。
毎年フランスが加わったり等、訪問国は変わります。


渡航先で世界ろう連盟や聾学校、デフクラブ(ろう者成人が集まって親交を深めたり学習したりする場)等を視察したり、現地のろう者や子どもたちとの交流をします。
大学2年のときは見るもの、聞くものすべてが新鮮すぎて 「なるほど」で終わっていました。
社会人になって手話講師を務めている今、あらためて海外の手話の事情はどうなのか、自らの目で確かめたいという気持ちがあります


Mau: 「社会人になって」と言われる気持ち、同感です。私も17歳の時に、初めて1ヶ月間アメリカでホームステイを経験しました。その後、本格的にアメリカ留学をしたのは23歳~25歳です。その後仕事に就き、30代に入ってから、今度は南米留学をすることができました。時間の濃さでいえば、10代、20代の頃とは一味も二味も違いました。まさに若い時分にしか見えないものもあったと思いますが、社会の仕組みをある程度理解してからの海外生活は充実そのものでした。今度は40代での海外長期ステイを実現させたいですね(笑)。

余談ですが、私も手話がぺらぺらになったら参加できますか?女子憧れの素敵な国々ばかりですね~。

Chie:ムーミンの国は憧れますよね。参加条件が手話できることなので、聴こえない人も聴こえる人も参加できます。もしぺらぺらになりましたら、ご一緒に企画立てましょうか(笑)
20代と30代の違い、まだ自分は実感できないですが、まうさんやハンズのスタッフのみなさんと関わっているうちに自分はまだまだ子どもだなぁって痛感します。
すごい勉強になるのでこれからもかわいがってください(笑)


Mau: ・・・・フッフッフ。
わたしも大人ぶってるだけですけどね・・・そのうちお見せしますよ。
企画ツアーよろしくお願いします。手話へのモチベーション、ぐーんと上がりました。

Chie: ええ~(笑)そのうちに、本来の姿が見れるのを楽しみにしています(笑)。
手話がぺらぺらになったら、まうさん、海外のろう者ともすぐ打ち解けそうな気がします。


実は、この研修旅行は大学2年のときに参加して以来、一つの人生の転機にもなりましたので、今回もどのような影響が・・・?と若干期待はしていますが、まずは見るものをしっかり捉えて手話の指導やいろいろな面で活かしていけたらと思います。

Mau:行かれる前から帰国が楽しみなのですが・・・まずは、今回の旅程を教えていただけますか?

Chie: 3/17 出発。
3月17日~21日までフィンランド
そこから船で移動
22日~25日にスウェーデン
26日~28日までドイツ
29日に帰国。


フィンランドには世界ろう連盟の事務局がありますのでそこを訪問し、理事長の講演を聞く予定です。
他には手話通訳養成に力を入れている大学の視察とその学生さんたちやデフクラブの人たちと交流をする予定。

スウェーデンでは同様に手話通訳や聴覚障害関係の大学、そして成人ろう者も受け入れているという高等学校へ訪問し、学生さんたちと交流をしながら視察予定。
ドイツは大学としてろう講師を雇っているところがあり、手話通訳養成関係として視察予定。

参加者も、学生や社会人だけでなく、聾学校卒業生であったり、インテグレーション出身であったり、ろう児とかかわりを持つ聴こえる人だったり、本当にいろいろなメンバーが集います。そして、旅行会社にお世話になりますが、その社員もろう者です。以前もご一緒になった経験がありますが、一般と大差なくプロ意識を持っている方でした。
以上でおおざっぱですが、大体想像はできるでしょうか・・・?


Mau: ばっちりです。比較的ゆっくりと一カ国に滞在されるんですね。
各国の言葉と日本語をつなぐ、インターナショナルな手話通訳者も同行するのですか?

Chie: 現地の通訳と日本から同行する手話通訳があります。話者が聴こえる人で音声進行でしたら、現地の言語を日本語に訳し、日本語を聞いて手話で通訳というリレーのような通訳場面もあるかと思います。情報量がぐんと減りそうな気もしますが、どのように通訳されていくかしっかり見たいなと思います。

Mau: すごいリレーです。通訳される方自身の語学技術以外の知識も問われそうですね。

Chie: そうですね。今回の通訳者はヨーロッパ圏に留学した経験がある方なのである程度の知識はあるかと思います。これも現地よりレポートでお伝えできたらいいですね。まうさんも通訳経験があるかと思いますので今度、通訳についてお話をしてみたいです。

Mau: それが、今思い出しても苦い経験ばかりなんです。相手の方が満足して下さっていても、足りない部分は自分が一番分かってますから。一生勉強です。

Chie: 私もベトナムでろう者相手に通訳したことがありますが、単なるボランティアでは済まされないほど、本当に重要な仕事だと分かりました。
そういえば、通訳は世界で二番目に古い仕事だそうですね(古い=歴史が長い)。


Mau: そうなんですか?!意外な気もしますが、言われてみるとそれもそうかもしれないと思えてきました。
さて、皆さん、さまざまな思いで参加されると思います。グループとしての旅の目的、ちえさん個人の目的や期待とはどんなことでしょうか?

Chie: 現地の視察と交流を通して国際的な視点を持つことが全体の目的かと思いますが、それぞれの立場でそれぞれ違った目的を持って参加されますね。
実は研修に参加するメンバー同士で事前にメーリングリストを通して情報交換を行なっています。


参加者の目的は本当に様々なのですが、大体は教育面や福祉の面で日本と比較したいという想いを感じます。
私の場合は、日本との比較を通して、国の背景は違えど手話指導や手話通訳養成の指導方法と知識を身につけたいという期待があります。

国内の手話通訳養成指導で専門的にやっているところが数少ないこともあり、また、海外では手話通訳もビジネスとしてみているため、ボランティア感覚が強い日本の手話通訳とは違った視点、環境、指導方法を見たいという想いでいます。
短期間で分かるはずはないですが、参加者や現地のろう者や関係者とのネットワークを作ることも視野に入れています。


Mau: 既にそれだけの明確な目的をお持ちですから、大きな収穫が期待できそうです。頭、身体、心で感じてきて下さいね。

海外では手話通訳や手話講師はきちんと食べていけるビジネスとして確率されているのでしょうか。日本には「プロフェッショナルの手話通訳」として生活をしている人はかなり少なそうです。また公民館などで行われて手話教室は、「無料」が当たり前と言われている状況がありますね。

Chie: 聞いた話では海外では専門職として就いているということですが、これは公用語として手話が認められているという背景があってのことかと思います。
日本ではまだビジネスとして確立されていません。通訳はボランティアでもできるという見方があるため、手話は簡単に覚えられるというような一種の偏見がある証拠として「無料」というのが当たり前になっているように思います。

これも聞いた話なのですが、年配のろう者や手話通訳の方々は「障害者で困っているので手話を覚えて下さい」と腰を低くしてまでお願いをしないと本当に困るという話がありました。
その背景から、手話は無料で教えてもらうものという意識が社会の中にあったのでは?と思います。


Mau: 手話がボランティアで留まり、日本ではなかなかビジネスにつながりにくい背景として、「手話を学んでも、あまり役に立たない(特に英語や中国語など他の言語と比較をして)」と考えている人が多いという背景もあるのではと思っています。

でも、ちえさんやハンズの皆さんとお話をして、聴こえない世界に想像を巡らせていくうちに、東京はともかく、実は新潟では、「外国人と出会うより、ろう者や難聴者の方々と出会う確率の方がよっぽど高いのでは?(⇒ ちゃんと覚えれば使用頻度もかなり高いのでは?)」という(実際に数字は分かりませんが)確信に近いものを感じています。

ちえさんのように、「補聴器」を付けていない方は、外見だけではろう者とは分かりませんが、自分が手話を始めてみて初めて、街のさまざまな場所で「出会う=気づく」ろう者の方々に驚いています。ほんのちょっとした視点の移動から見えてくることもあるのだと実感しています。

少し「手話のボランティア」から脱線しますが、私は自分の周りで現在展開している「ボランティア活動」と自分の考えるボランティア活動に差異を感じています。「頼む」、「引き受ける」前に、「どうしてボランティアが必要なのか?」、「なぜ自分がこれをやるのか?」という基本軸が、曖昧なままスタートしてしまうことが多いような気がします。活動内容自体はとても素晴らしいものであっても、時が経つと思いもよらない場所に「流されている」ことがあったりします。「あ・うん」の呼吸が取れるようになるまでは、たとえ面倒でもお互いの目的を合致させる話し合いは必要不可欠だと思っているのですが、その辺りがメールだけで済ませてしまう等、何かが不足しているように思えるのです。

日本という国に住み、限りある時間と自由を与えられているのですから、「なんだかな~?まあいいか。仕方ないか」と思う展開は、なるべく避けたいと考えています。自分がボランティアをお願いするときにも、付加価値及び対価については(必ずしも金銭的なものではない)最初にきちんとお伝えするようにしています。

「一生懸命なこの人のために、何かしら協力したい!」という熱い思いだけで動かされることもしばしばありますね。私自身、周りの方々に「こいつめ・・・!」と思われながらも、助けていただく立場だったりもするのですが。
「労力も貸すけど、口も出すよ」。
そういう、お互いの信頼を基盤としたオープンな関係が、ボランティアであろうがなかろうが自然に築かれていくといいなあと思ってます。

「私たちらしい」プログラムやツアーを将来ご案内できる日を楽しみにしています。

Chie: 本当にありがとうございます。基本的に仕事に対しても何事に対しても誠実に突き進んでいくことがポリシーなので、ご一緒にプログラムを作ることはとてもいいものが生み出せると思います。

今回はかなり脱線しましたが、とてもいいお話ができました。まうさんとのお話はいつも、自分の知っている世界を第三者から見てどのように受け止めるのか、どのように見るのかを知る機会になっているので本当にすごいことだと今更ながら実感していますし、まうさんの質問は手話指導にも役立っています。


Mau: こちらこそありがとうございます。

ちえさんが「当たり前に」感じていて、私には「そうではない日常」を知ることは、日本に居ながらにして、カルチャーショックです。
話しにくいことでも、「何でも聞いて下さい」と言える、ちえさんの柔軟さを持ち合わせた強さは果てしなく前向きで、いつもエネルギーをいただいています。

北欧から戻ったら、ゆっくり温泉に浸かりに行きましょうね~♪

Chie: 日本にいながら感じるカルチャーショックは他にもいろいろありますし、私にもあります。
みなさんからもそういった経験がある方は聞いてみたいですね。ぜひ温泉に行きましょう♪


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

<参考HPのご紹介/文字の上でクリック!>

Gallaudet University (English)

ギャローデッド大学 (日本語)
米国ワシントンD.Cに 世界唯一のろう・難聴学生のための私立大学

国立大学法人 筑波技術大学  聴覚・視覚に障害を持つ人を対象とした日本国内唯一の国立大学
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by machi-life | 2009-03-20 00:00 | mau+chie life

第4回(2009.03.13) ろう学校の「15の夜」?

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: 今日は高校時代~大学時代のお話にいけたらと思っていますが、いかがでしょう?

Chie: そうですね、高校時代のどの辺りから入ろうか考えていましたが、恋愛以外のところから入った方がいいかなと思います(笑)


Mau: 恋愛はもっと大人になってからということで(ふふふ)。ふと疑問ですが・・・受験って経験されていますか?

Chie: 受験らしい受験は経験なかったです。ろう学校にも一応受験はありましたが、ほとんどエスカレート式でそのまま上がりました。

Mau: いいなあ~。まあ私もないようなものですが。

Chie: 受験といえば兄が必死に勉強していた姿だけ印象に残っています。でも受験らしい受験をしていないせいで、学力は一般的に低かったです。まうさんも「受験がないようなもの」って、そのまま高校へ上がったのでしょうか?

Mau: いえ・・・ありましたが、ほとんど勉強や受験勉強の記憶が無いということです。
きっとどこかに納まるんだろう的な。なめていましたね。

Chie: 大学の先輩から「競争時代があったからいいけど、今の若い学生は学力がない」といつも言われていたので、30代の方たちはほとんど受験競争していたというイメージありました。

Mau: 他の人はそうだったと思いますが、なにせ別世界に生きていましたから。
ほんと~に記憶が無いです。高校時も、高3の8月まで卒業をしたら就職するものだと思っていましたので、今が本当に不思議です~♪

Chie: 高校3年の9月くらいに転機があったのですね?

Mau: そうですね、進学は金銭的に無理だと決め付けていましたが、友人に助けられながら模索した時期ですね。決めると猪突猛進ですから。 いろんな人にご迷惑をおかけしました。

Chie: もしかして、いのしし年生まれですか?
私も高校3年の夏まで就職すると思っていました。進学すること自体考えていませんでした。ここは共通点がありますね。
なぜ南米に行かれたのか、その経過も気になります。


Mau: そうです!野生のブタ年です。確か中国や韓国では「野ブタ」なのですが、日本に干支が伝わってきたときに、野生のブタがいなかったので、それに代わるイノシシになったと聞きました。
私の南米話はまたおいおいと・・。ちえさんのインパクト大の高校時代のお話が気になって仕方が無いんですけど~!

Chie: 私もいのしし年生まれです(笑) 
まうさんのお話は次のお楽しみにってことで保留しておきましょうか。気になって気になって仕方ないですけど(笑)
中学部から高等部に上がるとき、一人だけ別のろう学校に進学しました。その代わりに聴者の中学校を卒業してろう学校に戻ってきた人がいました。 そのときは新たな出会いでしたので新鮮でしたね。
みんな手話ができなくて、板書したり口話(声を出したり、口を大きく開けたり)を使って何とかコミュニケーションをしていました。



Mau: 「聴者の学校から戻ってきた」というのは、小学部で一緒だったお友達がまた高等部で戻ってきたということでしょうか?

Chie: 幼稚部時代で一緒だった同級生が高等部に戻ってきました。他のろう学校の様子は分からないですが、母校は毎年一人以上戻ってきていました。また、新たにろう学校へ入る生徒もいました。ろう学校に戻ったり入ったりする目的の一つに、大学進学がありました。

ろう学校に入って分かる授業を受けて大学に進学するという判断だと思いますが、当時の校長先生が進学に対してものすごく熱意のある方でした。たまたま、私は進学することに全く興味がなかったのですが、なぜか、進学組の中に入って勉強していました。そのときはまだ先生の言いなりになっていた「素直な子ども」でした。


Mau: 特進クラスというものですね。いつ頃、そんな「素直な子ども」が「ハプニングを巻き起こす子ども」に変わる時が訪れたのでしょうか?

Chie: 高校1年の冬に転校生が来ました。その人は、ろう学校とは縁がないまま一般の学校に通っていましたが、なぜかろう学校に転校してきました。

Mau: 「聴者」ということですか?

Chie:聴力が軽い(音楽が聴こえる)難聴者です。その第一印象がものすごく悪くて、同級生たちもどう接したら良いか分からないほど態度が悪く映りました。ろう学校にはいないタイプだったので、「何なんだこいつ?」と思いました(笑)。
でもその人が後に私の人生に影響を与えたのです。


Mau: なんだか小さな恋の予感・・違いますか?

Chie: 残念でした(笑)でも、恋とは違った信頼関係は生まれました。
彼の方から話しかけてきたと思いますが、少しずつ話していたら意気投合したんですよね。
最初は手話が全くできない代わり、携帯電話のメール入力画面を筆談代わりにしながら話していました。

Mau: 携帯メールが出回りだしたころですね。

Chie: そうですね、その頃、携帯を持っていなかったのは私だけでした。それで同級生たちから仲間はずれにされていたというか、あまり関係が良くなかったですね。

Mau: そんなことで!仲間はずれになってしまうんですか。ふーっ。

Chie: 私も受け止め方が悪かったと思いますし、「携帯を持っていないのはちえだけだよね」と言われてカチンと来ました(笑)。
そこから関係がこじれてしまいましたが、つまらない理由だったのもたぶん、ろう学校という狭い世界の中で育ってきたからうまく対応できなかっただけだと思います。ちょうどその時期に彼が入ってきて、外の世界のこと、例えば音楽だったり、聴こえる人たちの世界だったり、いろいろ教えてもらっていくうちに私の中で何かが変わっていくのを感じました。


Mau: 新鮮な風を運んで来た!って感じですか?どきどきわくわくしますね~。

Chie: まさに新しい風を運んできました。先生たちにとっては煙たい存在だったと思いますが、同級生にかなり刺激を与えていました。月日が経つにつれて、今まで先生たちに言いなりになっていた自分に気がついて、高校2年になって感情が爆発してしまいました。タバコをちょっと吸ってみたり、授業を放棄したりと迷惑をかけましたが、まさに尾崎豊の「15の夜」といった感じです。

Mau: さっきから頭の中で流れてました~♪

Chie: 今までの自分に対する腹立ちもあったと思いますし、小学部時代から知っている先生たちからは「小学部のときは素直でいい子だったのになぁ」と言っていたので余計に頭にきてしまいました。

Mau: ちえさんがタバコや授業放棄ですか?信じられませ~ん!少し見てみたいような・・・。

Chie: ちょっとだけです(笑)運動会もボイコットしていましたけど。それくらい大人が信じられなくなっていましたね。

Mau: 先生はそんなに理不尽な人たちだったんですか?

Chie: いいことばかり言うのに、なぜ悩む生徒を助けようとしないのかとむかついてしまったり。自分の言葉をうまく表現できない生徒の前で「この生徒、何言ってるの?通訳して」と他の生徒に求めている先生もいました。

意思疎通ができないから少しでも残存聴力がある生徒の方が通じる。それで通訳を求めていたかもしれないですが、本人にとってはショックなことですし、その回数が多ければ多いほど、自分から口を閉ざす後輩もいました。
あのときの先生の意図は分かりませんが、伝えようとしている子ども(相手)と真剣に向き合おうとしない大人がいるなんて、と信じられなくなりました。


Mau: 教師としてより、人として悲しくなるお話です。
たくさんいる教師の中にはそういう先生もいたと思いますが、そんな中でも親身になってくださる先生はいませんでしたか?

Chie: 二人くらいいました。授業を放棄したときも運動会をさぼったときも、一言注意された後、「高校生はそういうものかもね、あはは」と笑っていたり、「何かつらい時あったら声かけてくれよな、助けるから」と言ってくださった先生もいました。
同級生や後輩たちとの関係がぼろぼろになった時期にこう言われたので身にしみましたね。


Mau: いろいろな人間の両端を短期間のうちに見た期間だったようですね。
徐々にちえさんが自分を取り戻し、再び生きはじめる転機のような。

Chie: そうですね。信じられる大人は自分の親と、助けてくれた先生だけだと思い込んでいました。今思えば転校してきた彼がいたから、大学に進学できたというのもありますね。ロッカーに八つ当たりしたり、テスト勉強中に飛び出したり、男子たちの喧嘩も目の当たりにしていましたが、一番印象に残っているのは、卒業式でした。

卒業式の前も、同級生たちが先生の言いなりになっていたのでますます腹が立って早く家に帰ったんですが、彼が恋人を連れて家まで入って来たんですよね。それで3人で話したおかげで落ち着きました。

そして、卒業式の朝、彼は金髪にして学校に来ました。校歌の代わりに尾崎豊の曲を流してやろうぜ、と言っていましたが 結局先生たちの必死な説得で実現できませんでした。


でもこのときに彼は「見かけで決めつけるから大人は嫌いなんだ」と表現していたように思います。同級生からは煙たい存在しか見ていなかったと思いますが、私にとっては新しい風を運んで来た使者で、「今の自分のままでいいのか?」とメッセージをくれた人でした。

Mau: 当時そんなにも頭にきていた「同級生が先生の言いなりになる」というのは具体的にはどんなことだったんですか?

Chie: 例えば、文化祭で何をやるかを話し合って意見がまとまったかと思ったら、「これはダメ」と先生が却下します。それで反対意見を言うかと思ったらそうでもなく、「はい、そうですよね」と素直に従うんですよね.

卒業式も、卒業生が答辞を述べるときがありましたが、当日に原稿をすり替えちゃおう、と提案しました。先生が決めた内容で何だかしっくりこなくて原稿をすり替えたかったんです。そのときは同級生たちも賛成してくれたのですが、数日前になって「やっぱり怖いからやめようよ」となって私の提案は却下されました。

却下されたのは良いんですが、それよりもそういう弱気な態度に腹が立ってしまいました。。。大人の社会だったらこんな行動はクビにされてしまいますよね((笑)
でも、高校時代だったし、「今しかできないことをやるぞ」と燃えていました。それなのに一気に力がなくなったような感じでした。


Mau: 今までは周りの同級生同様、疑問を持たずに先生に従っていたちえさんが、そこまで変わったのはやはり彼の影響だと思うのですが、そこまで彼を信じることができたのはどうしてですか?


Chie: 今までにない意見を言われて、ハッとしたような直感みたいなものでしょうか。
何気なく過ごしてきた生活の中で、「どうして君は先生のことを何でも聞くの」というようなことを言われていました。

10年以上同じ学校で生活していて「当たり前」だと思っていたことが、彼にとっては「当たり前ではない」視点でした。逆に言えば、ろう学校の生活が当たり前過ぎて、外界のことが分からなくなっていました。外界を知るのが怖かったから、ろう学校の中で満足していたかったのかもしれないです。


Mau: 正しい、正しくないという判断ではなくて、今まで抑えていたものを爆発させる(せざるを得ない)衝動のような力を感じます。
純粋なエネルギーというか・・・分かります、すごく。それを通る人もいれば、通らない人もいる・・・それもまた「出会い」なんでしょうか。

Chie: そうですね。理屈ではない何かがありました。この出会いは人生を変えた出会いの一つです。頭に来たとき、いつも彼は「そんなに熱くなっていたら分かるものも分からなくなるよ」と言っていました。それが今の自分の中でも残っています。

Mau: 高校卒業後、すぐに大学入学だったと思いますので、ゆっくりと振り返る時間は無かったと思いますがちえさんの中に何か芽生えたものはありましたか?「やることはやった感のある」ろう学校時代を終えて、一般の大学で新しいスタートを切るには良い時期だったのかもしれませんね。

Chie: 本当に良いタイミングでした。もし彼に出会っていなかったら大学進学のことは選択肢に入っていなかったと思いますし、物事に対して興味をあまり持たなかったと思います。しかし、大学生活もいろいろありました(笑)。

Mau: まだまだ面白いエピソードがたくさん出てきそうですね~!

***

BGMとして尾崎豊の「15の夜」がぴったり合いそうな内容でしたが、いかがでしょうか。
みなさんの中にも青春時代の思い出があると思います。その中でどんなことを感じ、どんなことを考えていたのか、
どんな経験をされてきたのか、みなさんのお話もぜひお伺いしてみたいです。

次回もお楽しみに。

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by machi-life | 2009-03-13 18:57 | mau+chie life

第3回 (2009.3.6) “聴者は ろう者よりも賢い?!”

聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: ではでは・・・ いきなり単刀直入ですが。

Chie: はい。お願いします。

Mau: 初恋はいつでしたか~?

Chie: 単刀直入ですね(笑) 初恋は小学2年の時でした。

Mau: すみません・・・ちえさんの小学校の同級生ですか?

Chie: 体育の先生で、どんなスポーツでも「できる」人だったので、バレンタインデーはチョコレートを下駄箱に入れて渡しました(笑)

Mau: 初恋は先生だったんですか!年上がお好みなのですね!
チョコレートを下駄箱とは・・・なんとも懐かしい響きです♪

Chie: 年上が好みだなと思った時は、このときくらいだったと思います。先生はびっくりしたと思いますが、お返しもいただけました。兄と父の影響を受けていたせいか渋い大人が好みでした。

Mau: お父さまとお兄さんはクールでしぶーい男前タイプなのですか?

Chie: それほどでもないですが、年上の男性と行動することに慣れていたのかもしれないですね。
いつも服は兄のお下がりを着ていたので男性の影響はあったと思います。母も産む前までは100%「男の子!」と思っていたそうです。小学校の初恋は、中学部に上がる時、その先生が部活の顧問になったこともあって自然に思い出に変わりました(笑)。


Mau: なるほど~。中学時代に思い出に残っていることは何ですか?ろう学校ならではの行事もありましたか?

Chie: 中学時代に思い出に残っている事、あまりないですね。

聾学校ならではの行事といえば、小学校と同じように、今度は学校単位で、近くにある中学校との交流会(一緒に町のゴミを拾ったり、部活で合同練習したり)がありました。その交流会も正直、あまり好きではなかったですね。「うまくなじめない」といった感じで浮いていたと思います。
むしろ、高校時代の方がインパクトありすぎて中学部時代の記憶が薄れていっている感じです。


Mau: そうだったんですね。「交流会」という、ある種"作られた"環境の中で、不特定多数の人と短時間で仲良くなるというのは、人によっては・・・特に中学生ぐらいだと苦手な人も多いかもしれませんね。

Chie: そうですね。ゴミ拾って早く帰ってホッとしたい気持ちでいました。同級生は楽しかったと思いますけど。それが3年間続きました。

少し話がそれますが、当時の自分はあまり気持ちや意見を言わず、黙っていることが多かったような気がします。中学校時代に生徒会の役員をやらせていただいた(少人数だから無理矢理指名受けた!?)のですが、そのときの会長さんに「自分はどう思うの?」と指摘されて以来、少しずつ同級生に限らず後輩と仲良くなる事ができました。


Mau: その当時、「うまくなじめない」と感じたのはちえさん自身がシャイで、初対面の人たちとすぐに打ち解けるのが難しかったということですか?それとも、意思疎通のできるろう者の友達同士とは違い、聴者の友達とはどう接していいのか戸惑っていたので楽しめなかったということでしょうか?

Chie: ろう学校の中では同級生だけの付き合いが多かったと思いますし、変に真面目すぎたんですね。後輩とも仲良くなろうとしなかったし、先生の言いなりになっていました。

交流会においては、聴者の友達とはどう接していいか分からないという戸惑いと、そもそも交流会なんて楽しめるものがない、と思い込んでいました。聴者はろう者よりも賢いし、できる人だと思っていたので、劣等感を持っていました。

その劣等感は大学に入ったあとに消えていったのですが、当時は、聴者は全員が賢いから人一倍の努力が必要なんだと思っていました。


Mau: 「聴者はろう者より賢いし、できる人」だと思うようなことが日常的にあったんですか?

Chie: 先生から常に「聴者の学校に通っている難聴者は偉い。ろう学校に通っているろう者は聴者よりも人一倍努力をしなければいけない」と言われていました。そこから自然に、ろう者は努力をしなきゃいけないのかと思っていました。聴者に対する先入観と、昔、スイミングスクールで聴者にいじめられた経験から、戸惑いと劣等感を持ったのだと思います。そして、発音の練習の他に、音を聞く訓練もありました。

先生が後ろに回って手を叩き、その回数を答えるという訓練ですが、私だけが答えられなくて、同級生がスムーズに答えていました。このときに、「あなたは全く聴こえないからろう者だね。(同級生は)難聴者だね」と聴力で振り分けられていました。

そのときの自分は、反発もできず、反発する事すら分からず、いつの間にか先生の言われた通りになっていました。


Mau: 先生はちえさんに強くなって欲しかったのかもしれませんが、これが長期間続くと、「聴こえる」「聴こえない」という基準で人間の価値を判断するように思い込んでしまいそうです。

すみません・・・言葉が出てきません。
私自身が知らなかった事実にショックを受けてます。でもそう思う人がいることも否定できない世界にわたしたちは生きているのも事実だと思います。聴こえる人の世界に合わせてもらっている現実にも。

Chie: 「聴こえない事」に甘えてはいけないというメッセージだったかもしれないですね。

そういう意味では、感謝していますし、その先生が学校の中で一番厳しい方でした。その先生が後に、高校時代に手助けしてくれたので「嫌いなのか、好きなのか」分からないですけど、当時は嫌でしょうがなかったですね。反発できないというよりは、洗脳されている自分自身に気がつかず、それが高校時代に爆発しましたね。
すみません、ちょっとストレートな内容になってしまいました。


Mau: とんでもない!こちらこそ言いにくいことを話してくださってありがとうございます。

Chie: 聞いてくださってありがとうございます。

その先生と最近、メールでお話ししましたが、「ろう学校にはろう者の先生が必要である」とおっしゃっていました。たぶん時代の流れで、聴こえる先生と聴こえない先生が共同で教育現場を通して育てていく事が更に求められるようになったのかもしれないですが、こうしてお話ができる事は、ある意味で先生のおかげでもあるんですよね。


Mau: なるほど、それはそうかもしれないですね。

今現在は聴こえる人の「社会」が圧倒的な力を持っているので、ろう者の方が同じように仕事なり生活をしていくには、「話したり」「“聞いたり”(口や表情を読んだり)」するというような訓練を学校で教えていくことは必要不可欠なのだと思います。当時その先生がされていたことも分かるような気もしますが、当時のちえさんの心に何かしらの劣等感を植え付けてしまうようなものであったとしたら、それでいいのだろうかという疑問も残ります。現場を知らない側からの無責任な意見ですが・・・。

お二人が今また新しい立場でメールのやり取りをしていらっしゃるのは素晴らしいことだと思います。 

Chie: ありがとうございます。それで良かったのかどうか、ということについては賛否両論があります。

でもろう学校にいた当時は「話せる事」「読み取る事(聞く事)」が重要であると認識していた事から、自分自身が「ろう者にはなりたくない、手話なんか必要ない」と思っていました。

学校を出たときに手話が無意味になると本気でそう思っていました。


Mau: 当時は辛い体験をされましたが、さまざまな人の立場で、ろう者やろう教育について考える「今」につながる基盤となる体験を身を持って経験されてきたのですね。

Chie: 訓練自体はそこまで辛いとは思わなくて「やらなきゃいけない」という感覚で、歯を磨くのと同じような感覚です。

でも当時の訓練を「厳しい訓練」と説明するろう者はいます。その人にとっては本当に「辛い」と思ったのだと思います。でも、当時の体験が今の自分の基盤になっていることは間違いないですね。


Mau: 今現在手話を教えるという仕事に関わり、手話ができる人を育てていくという現場で働いている自分をどう思っていらっしゃいますか? ちえさんにしかできないことがたくさんありそうです。

Chie: 現在、手話講師としてやっていること自体、当時は全く想像できなかったですが、そういう体験も含めて「手話」という言語に対してきちんと自分自身が向き合って勉学を深めていくという責任は感じています。

聴こえる人たちが手話を覚える事は、言語を学ぶ事と同じであり、それなりの価値に見合った学習を提供できるように自分自身、もっと聴こえる人たちと一緒に学び合っていきた いですね。手話を通して、聴こえる人と聴こえない人が一緒に仕事を進めていくモデルになれたらというのが一つの目標ですが、目標はこれからも増えそうな予感がします。


Mau: ありがとうございます。
「インパクト大」の高校時代のエピソードは、次回お聞かせくださいね。

Chie: OKです。
インパクトのある高校時代のお話はきっと期待できますよ(笑)。


Mau: おおっ!!それはそれは楽しみです~!!

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今週も長文を読んでいただきありがとうございます。
皆さんはどう思われますか?コメントを残していただけると嬉しいです。

次回の更新は、3月13日(金)を予定しております。
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by machi-life | 2009-03-06 00:00 | mau+chie life