聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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第10回(2009.04.24)  "ふたりの出会い" 

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chie: こんにちは、暖かくなってきたり少し寒くなったり今が季節の変わり目ですね。

Mau: こんにちは。 本日もよろしくお願いします。花冷えとは言え、寒すぎです~。爽やかな初夏はもうすぐそこなのですが。
今日は、春風吹く季節にふさわしく、ちえさんとの初めての出会いについてお話してみたいと思います。

Chie: 初めての出会い、みなさんにとってもどうやって出会ったのかなと少しくらいは不思議に思ってくれているはず?(笑)

Mau: 初めてちえさんにお会いしたのは、勉強会だったと思うのですが。あれは去年の初夏でしたでか?

Chie: そうですね。講師の為の勉強会として開かれましたね。あの日は岩手と宮城県の地震で
東京駅で新幹線が止まっていました。予定の新幹線がなかなか来なかったので目の前に止まっている新幹線に乗るべきか迷ったのを覚えています。
確か、少し遅れて行きましたよね?


Mau: そうでしたね!思い出しました。

Chie: ぎりぎり着いたので新潟駅で待ち合わせていた方に飛ばして(?)もらいました(笑)。あのとき、地震の影響で新幹線が新潟まで行けるのかどうか、確認したかったのですが東京駅では駅員さんもばたばたしていて、周りに聞きにくい状況でした。
たぶんアナウンスはあったと思いますけど。


Mau: そういった災害時は、どうやって情報を集めるんですか?

Chie: 携帯電話で検索したり、テレビを見ている友人に聞いたり、隣に立っている人に聞いたりします。
その時は直感に頼ってそのまま、目の前に止まっている新幹線に乗りました。


Mau: 自分の直感を信じれるって簡単なようで難しいことだと思います。今は携帯電話があって便利ですね。そんな苦労をしていただいて新潟まで来ていただいたんですね~
ありがとうございます。

Chie: 無事に行けて良かったです、ありがとうございます。直感は不思議だと思います。
初めてお会いしたときは講師の勉強会では、最初に血液型のゲームをしましたね。


Mau: 私も起業して1年という時期でしたが、「講師の心構え」というタイトルをいただいて驚いたことは良く覚えています。お互いに、周りにはいないやり方で動いている者同士ということで、役目を務めさせていただきました。そうですね、第一印象ゲームの中に血液型も入ってましたね。

Chie: 第一印象ゲームでしたね、そのときに参加していた他の講師が時々手話指導に取り入れています。まうさん、とても慣れている方でぜひ教えてもらいたいなぁって思っていました。これも直感でした。

Mau: いえいえ、とんでもない。見事にだまされましたよ、ちえさん!頭は真っ白、身体はブルブルでしたからね。

Chie: ええ〜だまされたんですか、でもそんな風には見えなかったです〜
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Mau: 確かあの頃は、Hさんたちも試行錯誤されていた時期だったと思います。「手話=ボランティア」という概念をくつがえして、他の語学講師同様、プロ手話講師という職を確立していく!という確固たる目標を掲げて本格的に活動を始動されていましたね。

私自身は、いわゆる試験対策を一方的に教える「英語塾」ではなく、お互いに普段の日本語で行っているコミュニケーションを、英語に置き換えられたら楽しいだろうなあ!・・・という発想で起業しました。

「英会話教室=ネイティブ講師&指定教材」が大多数を占める業界の中で、それがその人自身のベストスタイルであれば、それが一番だと考えていますが、そのスタイルはどうやら自分には合わないと感じる人にとっては、もっと他の方法も試すことができたらと以前から感じていました。

どちらがいい悪いと言っているのではなく、それぞれに適した選択肢があれば、よりその人らしく学ぶことができるのではと思っています。

約1年があれからまた過ぎましたが、去年とは違うステージにいることを感じています。
一生懸命もがいてきた日々があったら、見えてきたことがありました。「終わることのない旅」の途中ですが、真剣なお付き合いから生まれる日々の中で見える生徒さん自身の日々の気持ちの変化、状況の変化に合わせて、「講師」のペースで引っ張るだけでなく、時にはゆっくり休みながら学んでいく時間を知りました。
もちろん、時には息詰まって生徒さんと一緒に「!どうしましょう!?」となることもありますが、それでも向き合っていると、ヒントがおぼろげに見えてきます。

Chie: ありがとうございました。そういった背景があったことまでは知らなかったです。ネイティブではできない方法、この点はすごく興味があります。
去年は手話講師を担ってまだ1年足らずだったため、手話を教える前に、講師としての役割は何なのかをきちんと考えたいと思っていましたので勉強会の内容を聞いた瞬間、飛びつきました。

その頃は、手話を教えることばかり頭にあったと思います。学ぶ立場のことを考えるべきという重要なことを、この勉強会で、ハッとさせられました。教えたいことを教えるのはどうか、と考えさせられました。いくら、ネイティブとはいえ、話せることと教えられることは違うのだと実践を通して体感し始めた時期だったので、
まうさんのお話を聞いてさらにその体感が言葉としてつながりました。まだまだ自分は学ぶべきことがたくさんあると実感できました。
講師として行き詰まりを感じていたとき、まうさんの資料で初心に返る想いがしました。
手話と英語の言語は違っていて、講師として言語を教える立場は同じであることを前提に勉強することができました。


Mau: ギャー、赤面してしまいますが、みんな大体同じようなところで悩むものだということで、考えるヒントにしていただければうれしいです。

勉強会のときの出来事で忘れられないことがあります。
皆さんの緊張を解きほぐすために取り入れた、いくつかの問いの中の1つに、「あなたの好きな音楽は何ですか?」がありました。
そのときに、Iさんから「オペラとミュージカルの違いは何ですか?」とにこにこと質問されたのは衝撃的でした。
他の聴者の方々の言葉もお借りして、違いについて説明をしようと頑張ってみましたが、できませんでした。ちえさんには、「音楽は聴いたことがないので分かりません。でも踊ることは好きです。」と言われたと記憶しています。内心、してはいけない質問をしてしまったのではとハラハラしました。

ちょうどこの頃は、ろう者や難聴者の方々と知り合い以上になり始めた頃ですね。たった一年程前のことですが、あの時はいろんなことを聞いてみたいけれど、「気を悪くしたりしないかな?」と心配になって、目の前にいる皆さんに直接疑問をぶつけずに、ろう者の方が書かれた本などを読み漁りました。でも、読めば読むほど分からなくなってきて・・・ある方に胸のうちをお伝えしたところ、「ろう者でもみんなそれぞれ違いますからね~」といとも簡単にお答えしていただいて、拍子抜けしたというか。同時に、バリアーを頭だけで考えようとしていたことに気づきました。無意識ではありましたが、私がろう者の方々と自分の間に線を引いていたのだと思います。それから、いろんなことが随分と楽になりましたし、分からないことは私だけで考えないで、すぐに聞くことにしました。

Chie: 音楽の話について、あまり気に留めていませんでした。でも確かに音楽のことを聞かれるとあまり良く知らないから答えられないというのはありますね。最近、マンツーマンで音楽の魅力、楽しさを教えてくれる方がいて、今までの音楽に対するバリアを壊して、純粋に音楽とは何だろうと少しずつ興味がわいてきました。
たぶん、勉強会の時は「音楽なんてあまり好きじゃない」という気持ちでした。Iさんの質問、私もオペラとミュージカルの違いを説明せよと言われたら、正直ちょっと分からないです。
オペラと言えば、オペラの座の怪人というイメージがあり、ミュージカルはサウンドオブミュージックのイメージが頭の中に浮かぶ感じです。



Mau: 私にとっては、いかに日常的に、言葉にできないことを耳に頼って生活しているのだろうかということを身体で感じる時間でした。終わった後は、ものすごーく普段は使わない機能を使ったように感じて脱力しましたね。気持ち良かったです。今私が教えている会話を中心とした語学は、音に頼って教えているものです。音があるから教えられるとも言えますね。
何度も会話練習を行いながら口と耳で身体にしみこませる練習をします。以前のお話にも出ましたが、ろう者の方々が、どう外国語を学習(定着)されているのかもっと教えていただきたいと思うようになりました。

ところで、ちえさんに音楽の楽しさを教えてくださる方は、どんなことをちえさんに言われているのですか?

Chie: 手話のレッスンで「手話で歌を歌いたい」という方がいました。歌詞を見ながら手話を教えている途中で 「この歌詞はこういう意味ではなくて、別の意味がある」ということを教えてもらって歌を通して日本語の奥深さを垣間見ました。
今までは「歌なんて分からないから関係ない」とあまり興味を持たないようにしていました。手話歌、手話ソングといいますが、手話ソングが嫌いなろう者はいます。というよりも、手話ソングが好きだというろう者はかなり少ないんじゃないかなとも思います。でもその割、車の中に音楽を流している人もいるので手話ソングは嫌いだけど音を楽しむのは好き響き(振動)を楽しむのは好きなのかもしれないですね。私もそれに近いです。


Mau: なるほど~。振動や響き・・・いわゆるリズムを楽しまれているのでしょうか。太鼓を習っている方もハンズのメンバーの中にいらっしゃいましたよね。

Chie: そうですね。逆に、聴こえる方にとっての音楽の楽しみ方ももう少し知りたいですね。

Mau:私は教室に来ると、まず珈琲を入れるのですが、同時にその日の気分によって音楽をかけて楽しんでいます。
朝は、元気の出るような音楽、それこそ振動を感じるようなビートの強いものが好きです。お客様がいらっしゃっているときも、音楽をたいてい流していますが、あえて習われている言語とは異なる言語の音楽を選んでみたり、クラシシックをかけることが多いです。一人で変な踊りを踊っていることもありますね(笑)。見せられませんが。

ちえさんはどう音を楽しんでいらっしゃいますか?

Chie:変な踊り、見てみたいです(笑)その日の気分によって音楽をかけて楽しむということは、服を選ぶような感覚と似ているでしょうか。音は振動として響きを心地よく楽しみます。映画を見るとき、映画館の方がいいと思う時がありますが、音楽を身体で感じることができる場だからだと思います。響きで音を楽しんでいます(微妙な違いまではまだ分からないですが)。
他のろう者からはまた違った意見が出てくると思いますので、将来的にはいろいろな方からのご意見をお伺いしてみたいですね。


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今日は記念すべき第10回となりました。私たちにとって「あれ〜?もう第10回!?」と本日になって気がつきました。

いつも読んでくださって本当にありがとうございます。
そして、コメントを残してくださる方や感想を直接お話ししてくださる方がいて本当にありがとうございました。

これからも様々なテーマを取り上げていきますので今後ともよろしくお願いいたします。

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by machi-life | 2009-04-24 15:00 | mau+chie life

第9回 (2009.4.17) ”言葉の尺を通わせる”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

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Mau:こんにちは~。時差ぼけは治りましたか?

Chie:治りましたが、なぜか寝不足気味です。でもおかげさまで元気に生活できています。そういえば、Mauさんの地域は野菜が美味しいんですよね。

Mau:北区には産直市場がたーくさんありますよ。

Chie:栄養不足になったらMauさんの地域に行きますね。

Mau:あはは~(笑) 北欧の食事はどうでしたか?

Chie:毎朝決まったメニューでした。パン、チーズ、ヨーグルト等。

Mau:北欧ならではのお菓子とかはありました?

Chie:フィンランドで子どもにプレゼントされたお菓子がありますが、せんべいみたいな大きさで味があまりないんです。

Mau:こどもせんべい?でもフィンランド人は好きだから食べているんでしょうね。

Chie:そうですね。他にも、フィンランド人がバーの前でタバコを吸っているのをよく見ました。

フィンランドにそんなイメージが全くなかったのでびっくりしました。寒い夜にずっと吸いながら雑談している姿を見て、あらためて日本のことをより知る機会になリました。


Mau: 今日も北欧での体験を交えながらお話をお聞かせくださいね。

Chieさんもお話していらっしゃいましたが、「手話は世界共通の言語」と思っている方は多いと思います。
私自身、実は手話に興味を持って調べて知るまでそう思っていました。ちょっと想像を働かせればすぐに、そんなわけはないって分かるはずなんですけどね!

北欧でもそれぞれの国に、フィンランド手話、ドイツ手話・・・などあると思います。細かい話になれば通訳を介さなければいけないと思いますが、日本手話ができるとあちらのろう者の方々ともちょっとした日常会話は通訳に頼らずともできるものでしょうか?

Chie: 北欧研修旅行で講義を受けるとき、ほとんどは音声言語の通訳と手話通訳が協力し合って進められていきました。
講師がろう者であれば、ろう者の参加者には多少伝わりますが、専門的な話になれば通訳を介さないと講義の内容を理解することはほとんど困難です。

講師がろう者であれば、フィンランド手話→フィンランド語→日本語→日本手話

フィンランド手話からフィンランド語に通訳する人、フィンランド語から日本語に通訳する人、日本語から日本手話に通訳する人で、一つのレクチャーにつき、最低3名は必要になります。


Mau: わお!伝言ゲームのようですね。フィンランド手話 ⇔ 日本手話へと直接通訳することは難しそうですね。それとも今回は、聴こえる参加者のためにあえて「日本語」を介しているのでしょうか?

Chie: 聴こえる参加者もいましたので、フィンランド手話⇔フィンランド語⇔日本語⇔日本手話、と、国際手話⇔日本手話⇔日本語という通訳の流れもありました。
国際手話というのは、世界レベルの会議等で使われる手話のことを指すのですが、まだ国内でも浸透していない手話です(「手話が世界共通」とは違うことなので後日に詳しく触れたいと思います)。

実際、1時間以上の講義を一人の通訳者が担うのは相当な労力になりますのでフィンランドの通訳者3名、日本人通訳者2名が臨むことが多かったです。
音声言語間(フィンランド語⇔日本語)は一人だけで担っていました(本当はもっと人材が必要なのですが、人材不足?なのか、当日はひとりだけでした)。


Mau: 通訳の方は、現地に住むプロの通訳士の方ですか?

Chie: フィンランド人の通訳者はどういう資格を持っているのかについては把握していないですが、現地のろう者の反応を見ると信頼を置いていたことと、ろう者との会話が円滑に進められていたのでプロであることに間違いはないです。
海外の手話通訳で、資格がいくつかあると聞いたことがあります。日本はプロと言えば「士」の範囲になりますが、音声言語の場合はどうでしょうか?
音声言語間の通訳で、通訳士という言い方(制度)があるかどうかについて、手話の場合は、「手話通訳者」「手話通訳士」という言い方がありますが、国家資格としては「通訳士」のみです。


Mau: 日本の場合、語学(音声言語)に関係する唯一の国家資格は、国土交通省が管轄している「通訳案内士試験」のみだと思います。
ただし、これは「海外から日本を訪れる方々への日本国内の観光通訳」がメインになります。それ以外の分野や、それら全部を含んだ「通訳技能を判定」する国家資格は存在しないようです。通訳として活躍されていらっしゃるほとんどの方が民間の通訳学校で学ばれて、そこから段々と仕事の幅を広げていく・・・と聞いています。
補足情報ですが、私が憧れている同時通訳者・鳥飼 玖美子さんが会長を務める、日本通訳翻訳学会 http://wwwsoc.nii.ac.jp/jais/ というものもあります。

Chie:初めて知りました。アメリカの場合、手話通訳の資格がランク分けになっていると聞きました。
フィンランドでもアメリカのようにランク分けされた資格があるかどうか把握できていないですが、講義の間に通訳をされた方は現地のプロの方だと思います。


服装も北欧ではおしゃれ(ラフ)な格好をしていました。日本の手話通訳者は「その場にあった服装」といってもたいていは手話の見やすさにより紺色か黒色だったりします。あまり派手な柄があると目がちかちかして手話が見にくいことや、手話通訳者が目立ってはいけないという背景があるみたいですが、
私としてはもう少し個性といいますか、おしゃれな方がいいと思っています。実際に、おしゃれな通訳士はいます。
これが手話通訳の現状ですが、音声言語間の通訳はどうでしょうか?服装に関するモラル等決められていることはありますでしょうか?


Mau: 服装に関して言えば、・・・私は普段の生活でフォーマルな洋服を着ないので、スーツを着ると「よし!」と気合が入る方です(笑)。
普段愛用しているのは、黒いパンツスーツですが、デザインに凝ってみたり、中に着るインナーで個性を出すようにしています。また、ピアスをカラフルなものにしてみたり、お客様に差し上げるかもしれないメモ帳、お貸しするかもしれないペンなどを少し変わったものにしています。

でも例外もあります。外国からのお客様をおもてなしするために、県外の名所を巡ったことがありますが、このツアーにはカジュアルな服装で行きました。スーツじゃ浮いちゃいますから。
相手側からドレスコードを指定されない限り、露出をしすぎないことと清潔感を保っていれば何か言われたことはないように思います。本来の業務以外のことで、必要以上にうるさく言う方も中にはいるようですが、幸いにも私はそういう方とはお会いしたことはありません。手話通訳の世界は違うのでしょうか?

Chie:手話通訳の場合、地味すぎるところがあります。いろいろ言われた結果として、地味な方が無難と判断されたのかもしれないですが、中には結婚式に臨むときに
雰囲気等の情報を事前に集めて臨む方もいます。

そういえば、今回同行した通訳者は日本人ですが、二人とも英語に堪能な方でした。
時折、講義する人が英語で話す時、日本人通訳者は英語をそのまま聞いて手話に置き換えていました。
その二人に、頭の中の作業は「英語⇔日本語⇔日本手話」なのか、「英語⇔日本手話」なのかを聞いてみたところ、二人とも、後者であることが分かりました。日本語に置き換えている場合ではない、という理由も聞きましたが、英語から日本手話にそのまま置き換えられること自体、私にとっては新鮮でした。 (そのまま置き換えられるの意味は、単語をそのまま手話にあてはめるというのではなくて、意訳ができるという意味合いです。言葉足らずですみません)
このような頭の中の作業は、音声言語間の通訳経験者から見れば「普通のこと」でしょうか?


Mau: 私の場合ですと、やはりChieさんが会われた通訳の方のように、英語⇔日本語をそのまま置き換えていると思います。
ただただ素直に頭の中に言葉を通して、またくるっと向きを変えて訳すべき言葉が頭の中をフル回転するとそのまま出てくる・・・と言ったら、機械のようですし出来すぎですね(笑)。
もちろん、事前に準備をしていて、普段からも机上でも実践でも学んでいるのですが、言葉は生き物ですから、その人がどんな性格の人で、どんな言葉を使ってくるかというのは本番にしか分からないスリリングさはあるでしょうね。

私が想像する、プロの通訳と言われる方々の頭の中は、コンピューターでいうCPU(情報処理能力)が非常に正確かつ早いというイメージです。
その方たちの基盤になっているのは、高い母国語運用能力と、それと同等の通訳しようとしている言語力と文化的背景は不可欠だと思っています。
同時に、ほとんど無意識ですが、自分の中の母国語フィルターは通ってきているのだろうなあ・・・と漠然とですが確かに感じています。自分の持っている母国語力以上に、外国語力を上げることはできないだろうという想いからです。表現の幅は、何か比較するものがあってこそ、より生きてくると考えています。

特に、日本語⇔英語(又はスペイン語)という、私が現在扱うことの多い言語は、構造も、文字も、それを使用する民族、文化も、全て大きく異なります。
比較的土地も近く、語学上では親戚関係にあると言われる、例えばイタリア語⇔スペイン語といった言語の通訳をする時以上に、違いを意識して訳す必要があるのではと思ってます。

また、日本語は自分をへりくだって言ったり、湾曲表現の多い言語ですから、西洋の方に通訳するときにはそれをニュートラルに戻して伝えるようにしています。自己流なので、通訳のプロ(実務経験10年以上が目安)と言われる方々には、違うと言われてしまうかもしれません。

通訳は機械ではないので、「クライアントが私を通訳に雇うことで目的にしていること」が何かをはっきりさせて仕事をするとなると、ある程度その言語を使う人の背景は考えざるを得ません。ですから、日本語が母語で、いつか私が英語⇔日本手話をすることになったときに、自分がどうリアクションするのかは興味深いですね。
まだまだ手話は私の身体に“落ちていない”言語なので、想像することしかできませんが、手話を学び始めて、英語と手話の類似性も感じます。この辺りは、ビギナーの勘止まりで、詳しくご説明できませんが。

Chie: 英語と手話ができる通訳者はたぶん日本国内では少ないと思います。もし、まうさんが手話通訳士をとったら通訳に関する知識もあり、その言語を使う人の背景を考える立場としてとても心強いですし、研修旅行の通訳同行も可能ですね。最近のろう学生(ろう者の大学生)は海外へ研修旅行に出かけるようになりました。前にもドイツへ研修旅行に出かけたろう学生が、英語ができて日本手話もできる通訳者がいて本当に助かったという話を聞いたことがありました。

Mau: お役に立てる日が来ると嬉しいですね~。
Chieさんたちとの出会いによって、手話は身に付けたい言語の1つになりました。遠い目標に「手話通訳士」を置いて、楽しく手話勉強に励みま~す。

Chie: また、北欧では自分が手話通訳をやる場面に遭遇しました(通訳と言えるレベルまでほど遠いですが、通訳をしないといけない状況になりました)。
たまたま、現地の研究者(ろう者)がランチのときに同じテーブルに座ったので、アメリカ手話とジェスチャー交じりに話をしたところ、何とか通じました。しかし、その周りにいた参加者(同行者)は「???」の表情をしてこちらを見ていました。通訳してと頼まれて、通訳をしてみました。
最初は同じテーブルにいる人たちとも話の内容を共有できて良かったのですが、次第に、参加者からの質問や研究者の受け答えを通訳しているともどかしさを覚えました。「こういう意味ではなくてもう少し深く聞きたいんだけど、それにフィットする言葉が頭にない!」「知識があっても、それに対応する言葉がない!」というもどかしさです。
英語力があれば、筆談で英語を書いて伝える方法もあったのですが、その英語力さえもない私にとってお互いの手話は違えど、共通言語の一つである英語が使えないことが悔しかったですね。


Mau: 確かに、「これってなんて言うんだろう?」と言葉がすぐに出てこないときはもどかしいですね。

そんなときは、自分自身に「すなわち?言い換えれば?」と問いかけてみたり、相手の方に「たとえば、こんなことですか?」と例をあげてみると、いつのまにか話が軌道に戻ることは多いようです。

最近はろう者の方々に、英語やスペイン語を教えさせていただきたい欲が芽生えてきました。
まだ準備はできていませんが、Chieさん、将来は実験台になってくださいね!

Chie:実験台第一号としてお引き受けします(笑)スペイン語、大学時代に学んだことがあるのですが挫折してしまいました。 母語(日本語)としての知識を持っていても、英語や他の言語に置き換えられる語学力を持っていないと知識さえ伝えることも難しいと実感しました。語学力というのは、知識に対応したその国の言葉を使う力にも関わっていると思いました。例えば、手話でいえば、医療従事者が医学に関する知識を持ち、手話でもその知識を使えるようになって初めて手話の力があると言えるのだと思いました。
手話通訳は本当に大変な労力であると実感したのですが、その分、通訳がボランティアと見られてしまう現実があることは悲しいことですね。まうさんも通訳のご経験があるとお聞きしましたが、音声言語間の通訳でもボランティアと見なされるのでしょうか?


Mau: おっしゃられる通りだと思います。音声言語間の通訳でも、手話通訳のようにボランティア(無償)で行うこともあります。

また、「私はまだまだだから、ボランティアでしか英語の通訳はできないよ」という友達もいます。それはその人自身の選択で良いと思っています。

私の場合は、現在のように「語学」を使って仕事をしていないときはボランティア通訳を頼まれることが時々ありました。でも語学を看板に掲げてからは、安易にボランティアでお願いされることはないと認識しています。つながりで、最初はボランティアで引き受けることがあっても、仕事内容に満足していただければ次からは支払っていただくこともあります。ただ、ボランティアであれ、有償であれ、一度引き受けたらベストを尽くすということはいつも心がけています。自分の価値は自分で決める・・・って言い切りたいところですが、こればかりはお金を支払ってくださる相手がいることですからね~ :)。「あなたの通訳じゃあ、ボランティアでしょ!」と言われないように頑張ります。何もかも一期一会ですね、本当に。

Chie:今回の北欧での通訳経験から、まうさんとこのように通訳についてお話ができて本当にとても良い経験をさせていただきました(私の通訳を使っていた人には、情報量が少なすぎて本当に申し訳ないですが・・・)。

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北欧の話から通訳の話について、それぞれの体験を織り交ぜながらの展開になりました。

次回もどんな展開が待ち受けているか、ご期待ください。
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by machi-life | 2009-04-17 10:21 | mau+chie life

第8回 (2009.4.10) “デフハウスってなあに?”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: いよいよ新学期ですね。季節柄、ふらりと遊びに来ててくださる方が増えました。

Chie: ふらりと訪ねて下さる方がいると楽しくなりますよね。新学期でいつもよりバタバタしていますが、新潟市の桜は今日から咲くそうですね。

Mau: 早速ですが、今日はChieさんが気になった北欧での出会いについて教えていただきたいと思います。

Chie: フィンランドでは、世界ろう連盟理事長のヨキネン氏という方の講演を聴きました。ヨキネン氏はろう者ですが、複数の言語を勉強してきた方で 「ろう者だから夢を諦めるのはもったいない。自分ができるというイメージを常に描いておくべき」とメッセージを出していたことが強く印象に残っています。「聴こえないから無理なんじゃない?」と思う学生さんも、参加者の中にいたのですごく刺激になったと思います。

世界ろう連盟理事長 ヨキネン氏(特別インタビューに答えていただきました)

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Mau: ヨキネン氏の複数言語学習法が知りたいですね。「聴こえないから無理」と考える学生さんにとっては勇気を与えてくれたでしょうね。

Chie: 複数言語学習法について、常に本を読み、周囲にある情報をすぐに関連づけて言葉を覚えていったという話がありました。ただ、かなり忙しい方でしたので講演が終わるとすぐに仕事に戻っていた為、十分に聞けなかったのが心残りです。

このヨキネン氏の講演から思ったことは、大学生は先輩との関わりを持つことはあっても、社会で働く社会人の話を聞く機会が日本では少ないような気がしました。ロールモデルがないからこそ、不安に揺れやすいのかなとか、常に日本のこと、自分の体験の範囲ですが、日本と比較しながらフィンランド、スウェーデン、ドイツを回っていましたね。

Mau: 日本ではいろんな意味で「年齢」を意識しすぎる傾向にあるようです。

Chie: 大学生といえば、20代というイメージが強いのもその表れですね。スウェーデンのオレブロ大学でも、子どもを連れてランチしている学生がいました。本人の話によれば仕事を辞めた後、勉強しているとのことでした。

Mau: ちえさん自身がロールモデルを求める時期もありましたか?

Chie: 学生時代は強く求めていました。聴こえない人はどうやって周りとコミュニケーションをとるのだろう、が一番の関心事でロールモデルを求めていました。参考にしたかったんだと思います。

Mau: 見つかりましたか?

Chie: 見つかったような見つからなかったような。そのときに、100%真似をすればいいわけではなく、いろいろな生き方を参考にして自分なりの色を出していく事に気がつきました。そういう意味では、ロールモデルはいました。

先輩と語りながら、時には怒られましたが、いろいろな先輩を見ているうちに「自分だったらどうするのか?」と考えられるようになりました。
でも、これは幸い、ろう者の先輩が多く在籍していた大学だったからこそできたことだと思いますし、ほとんどの学生は他団体の活動に関わったり知り合いのつながりで先輩と出会いながらロールモデルを見出すと思います。

でもヨキネン氏のように複数の言語を持ちながら世界レベルの組織で働いている人と出会う事は、なかなかない機会なので私も本当に、人と人が接するときのコミュニケーション面で参考になったところがあります、初対面の人に対しての挨拶や、講演を進める時の方法、質問の受け方について参考になりました。


Mau: 自分にはない部分を持つ誰かと出会うから、じゃあ私はどうなのよ?と比較しつつ考えることができるのでしょうね。いつも側にいる身近な人から、世界中で、国境なんて軽々と越えて働いている人もいる。そんな人たちに出会うと、自分は今此処で何をしようとしてるんだ?って考えざるを得ない。そんな時期がきっとみなさんにあるのでしょう。素敵な人に会うとその人を真似てみたくなったり。

ちえさんも「日本に持ち帰りたい、自分にも取り入れたい」素敵な習慣、言葉などにたくさん北欧で出会われたでしょうね。

Chie: そうそう、「すてきだな、この人」と思う人と出会うと真似をしたくなりますね。北欧では同じ日本人の方からも刺激を受けました。

中でも一番印象強かったのは、ドイツで出会った日本人でした。ドイツに留学した後、ハンブルク大学の手話研究員になっている人でした。ドイツ手話ができる聴者だったので、なおさら「悔しい」というか、驚きました。こういう人もいるんだ〜と感心して、ますます関わりたくなりました。


Mau: よっぽどその人自身に何か特別なものがないと雇われない職場環境ですよね。

Chie: まだ働き始めたばかりと聞きました。
そうですよね。たぶん、その人自身にしかない物があるのだと思います。
初めて会った時は話しにくいと思ったのですが、実家が近いことが分かった後お話しする事ができました。


Mau:これからの展開が期待される出会いをされたんですね。

さて、さまざまな国で、いろんな立場のろう者や難聴者の方に会われたと思います。現地の方々から、ちえさんたち、日本からの研修者に対して投げかけてきた問い、逆にちえさんたちが、興味や関心を持って質問したことの中でどのような内容が心に残っていますか?

Chie: 研修先で出会ったろう者たちは、世界規模の組織の役員から地域の高校生といった、幅広い年齢層と関わりました。
中には、ロシアからの移民もいました。投げかけれた質問についてですが、高校生からは軽く日本の文化(漫画、趣味)に関する質問がありました。特に印象に残っている質問ですが、レクチャーの後に「日本の場合はどうなの?」という質問があったことですね。例えば、フィンランドでデフハウスといった場の説明があったとき、「日本にもこういう場所はあるの?」という質問でした。日本のことをどのくらい知っているかを問われる質問で、幸い、手話関係の仕事の経験で比較することができましたが、学生さんにとってはたじたじだったかもしれません。


Mau: 日本の学生ということですか?全国のろう者同士のネットワークは盛んではないのですか?

Chie: 学生=今回参加された日本の学生です。全国のろう者同士のネットワークについて、学生同士の集まりはありますが、今回の参加者はその集まりの非会員(入っていない、もしくは興味がなかったり情報がなかったり)でした。

Mau: なるほど、興味が無ければ情報源も限られてしまいそうです。

Chie: 今回の参加者は特に非会員が多かったです(会員もいました)。

Mau: 他にはどんな質問がありましたか?

Chie: 現地の方から質問されることは少なかったように思います。こちらから質問をして答えを聞いてはまた聞くという展開でしたね。
参加者の中に起業をした人がいたのですが、デフハウスの管理者に対して、「運営はどのようにやっているんですか?」と質問したことが一番印象に残っています。
学生でしたら「デフハウスいいなぁ、作りたいな」という感動で終わりましたが、その人は「なぜ運営ができるのか」と最後まで聞いていました。ビジネスをやっている以上、当然の質問ですが、手話講師をやっている今、その人の質問にすごく共感できました。


Mau: なぜ、「デフハウス」を良いと思いましたか?変な質問に感じだらごめんなさい。私の中ではまだイメージできていないみたいです。

純粋に疑問なのですが、日本にも、公民館やら福祉会館から、ハンズさんの事務所・・・場所という「箱」ならたくさんあるような気がします。どういった違いが、デフハウスと日本にあるそれではない物にあるのでしょうか?

Chie: たぶん学生さんたちが「良い」と思った理由としては、一つの家に感じたからなのかもしれないです。
アットホームで、そこに行けば必ずろう者の仲間がいるという安心感が持てる「場」としての憧れです。福祉会館にある聴覚障害者協会の場はどこか入りにくそうなイメージがあります。

フィンランドで見たデフハウスはそういったイメージがなく、一つの家族みたいに生活しているように見えたからこそ、憧れたのだと思います。(フィンランドでも実態は分からないですが)


Mau: 「自分たちで自主的に」というよりも、「さあ、ここを用意したから使いなさい。ただしこちらが決めた規則は守ってもらうし、活動はしてもらうよ」という日本によくありがちな(イテッ!)イメージでしょうか。

フィンランドのデフハウスとは、大きく活動目的が違うようですね。ちなみに聴覚障害者協会はろう者の方々が運営されているのでしょうか?フィンランドのデフハウスは、好きなときに、好きなことをするために(しなくても)、個人がただそこに誰に気兼ねをすることなく存在することのできる場所なのかな?

Chie: そんな感じですね。聴覚障害者協会は聴者とろう者が一緒に運営していますが、場所によっては「聴こえる方にお任せ」があるかもしれないです。デフハウスがオープンしている時はいつでも入って良いという雰囲気は感じました。

Mau: ちえさんもデフハウスは日本に必要だと思われますか?

Chie: 日本にデフハウスは必要か?と聞かれますと、ちょっと違うような気がしています。デフハウスというよりも、ろう者だけが集まるのではなくて、聴者も気軽に入れるような場が必要ですね。

Mau: ろう者の方々にとって、ゆったりと集える公の場所は少ないのでしょうか?

Chie: ろう者が集まる場、例えば手話サークルがありますが、今は聴こえる人たちの楽しむ場になっていることがあり、ろう者にとっての楽しみがなくなり、サークルに行きたがらない人も多いです。
学生にとっては、全日本ろう学生懇談会という組織でお互いを高め合っていますが、社会人にとってのくつろげる場といったらほとんどないかもしれないですね。

聴こえる人たちとの関わりが持てるから必要としない人が増えているのか、それとも、たまたまそういう場がないだけなのか、私自身も社会人ですが、よく考えてみれば「ここに行けばろう者、聴こえる人たちと大人の話ができる場」といったら限られると思います。


Mau: でもそれは聴こえる人も同じかもしれませんよ。

Chie: 手話が認識されていなかった時代と比べて、手話が少しずつ知られたり携帯電話やパソコンの発展、そして聴こえる人たちと一緒に教育を受ける環境の中で、「聴こえる人たちとの関わりを持てる」ようになったと思います。一昔のろう者と比べて今の若いろう者にとっては、そこまで集える場所を必要としなくなったのか、必要と思っても「ない」から仕方ないのか。。。

デフハウスに憧れるのは単純に、アットホームで気軽に交流ができる場が欲しいという憧れであり、そういう場がないことの表れなのでしょうか。


Mau: 2月末に、現役大学生や専門学校生の方々と一緒に勉強会をしました。その際に少なくない人数の学生が、「携帯で話は全部しちゃうから、実際に会うと話すことがなかったり、本音が言えなかったりする」と言っていました。

彼らがそれを良しと思っているのであれば、携帯チャットやメールもコミュニケーションの促進に役立っていると思うのですが、いざ対面して会話をするときには携帯で感じていた「親近感」のようなものが不足していると感じるのは、なんだかなあ・・・と。
でもそれって最初の気付きなんじゃないかって思いますね。「便利な」ものに対して疑問を感じることは、正しいセンサーが働いている証拠なんじゃないかって思ってます。

近くにいて、直接話ができるのにも関わらず、大事なことは携帯で・・・というスタイルは本当に自分が望んでいるコミュニケーションの形なのだろうか?・・・と。
日本でデフハウスについて考えるときも、そこへ集う私たち自身にも表面的ではない、何かしらの決断や挑戦に迫られそうですね。

Chie: そうですね。時代の背景といったら何だか寂しいですが、きっかけがあれば必ず変わると思います。かつての自分も、それに近く、今思えば「なぜもっとはっきり言えなかったのかな」と時々思います。その理由を根本的に考えると結局は傷つきたくないというわがままなのかもしれないですし表面で仲良くやっていれば何とかなるという変な安心感に頼っていました。

でも社会人になって特にハンズを通して、はっと気付かされました。
建設的な話し合いができる喜びとか、ぶつかりあって信頼関係を作ることの経験がない限り、携帯電話での会話に満足。その一方で、コミュニケーションって何だろう?と見つめ直すのは希望が持てますね。


Mau: そう思います、人間、そうこなくっちゃ!考える頭を活用しないと~(笑)

Chie: ですよね。 人間らしい生活をしなきゃいけないですね〜。
今回の旅行で、 「考えることをやめたら、本当にダメになる」と思いました.


Mau: その心は?


Chie: 一緒に参加した学生さんたちとの話で「そういうことにこだわらず、どうでもいいじゃない」という態度にカチンと頭に来たんですけれどそれは、「考えることをやめちゃいけない!」と思ったからなんですね。


Mau: そんなことが北欧であったんですね。外との出会いの他にも、内なる出会いが。

Chie: 13日間を共にするメンバーなので一人一人と話をすることがとても良い刺激になりました。

Mau: ですよね~・・・みんなそれぞれ目的も違うでしょうし、単純に「わーい北欧旅行!」で来ている人もいるでしょうし・・・。

Chie: そうですね、そうです。

Mau: このブログ、みなさん見てるかな?

Chie: 見ていてくれたら嬉しいです。私の意見に間違いがあるかもしれないし、学生さんなりの意見も貴重なのでこのブログを読んで、何かを感じ取っていただけたら嬉しいです。学生さん、教育関係者、社会人や手話通訳者との出会いによって、あらためて考えることの大切さに気付かされましたし、きちんと向き合えば学生さんも可能性を秘めていると分かりました。

Mau: そうそう、同じタイプの人たちといても、居心地は良くても刺激は受けない。「なに~??!!なんだと~!」というところから、始まってますよ、私の場合何事も(笑)。手話場合もそうですもん。新しい可能性を、わたしもちえさんたちからいただいています。

Chie: ありがとうございます。私もまうさんとこうして話をするたびに自分の考え方を整理できたり、まうさんに言われることで「そういえば、どうなんだろう?」と新しい視点を知ることができます。
旅行中、学生さんに厳しいことを言い続けていたら、最終日に「ありがとうございます」と言われました^^;本当は考えれば、できる人なのでどうやって育てていくかが私としての課題だなと思いました。同時に、自分自身も育てなきゃいけないですね。


Mau: ちえさん、かっこい~い!ヒューヒュー!!

Chie: Wow !ありがとうございます(笑)

Mau: 葛藤しつつ、それもまたいいか、いやだめじゃないか?と肯定も否定も繰り返しつつ、傍らに友が居てくれたら嬉しいですね。これからもよろしくお願いします。

Chie: ありがとうございます。かなり揺れる私ですが、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

<参考HP>

Nordic Deaf Associations
http://www.sdrf.se/sdr/dnr/ENG/index.html

Scottish Sensory Centre
http://www.ssc.education.ed.ac.uk/courses/deaf/finland.html
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by machi-life | 2009-04-10 08:50 | mau+chie life

第7回(2009.04.03)Chie、北欧から無事に帰国

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

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Mau: おかえりなさい!どうでしたか?二回目の研修旅行は?

Chie: 最初の研修旅行よりも冷静に見ることができたと思います。
今回の研修旅行ではそれぞれの国で手話とろう教育関係に携わっている大学やろう学校、関係者の話を聞きましたが、 どの国も人工内耳の話が多く出ていました。 人工内耳が進んでいることによって手話での教育がこれから変わるのではないかという意見や、ろう者が減ってしまうのではないかという話もありました。 一方で、手話の研究は進んでいましたので、多少そのギャップを感じていました。


Mau: 人工内耳について、もう少し詳しく教えていただけますか?
誰にでも可能な手術なのでしょうか。また、その結果どの程度聴こえるようになるのでしょうか?

Chie: 人工内耳は、聴力が軽度であれば効果が出てくる可能性が高くなります。
重度であればあまり効果はないです。
ただ、手術を受ける年齢にも関係があり、 医学の世界では早ければ早いほど手術をした方が早く対応できるという見方になっていますのでろう者を生んだ親御さんに対して人工内耳をすすめています。 なお、人工内耳は頭の中に機会を埋め込むものなので スポーツや生活上の制限はあります。 また、一生メンテナンスが必要になるので生活上のリスクを伴うことになります。


Mau: Chieさんが今回廻られた国々では、人工内耳を積極的に勧めていくべきだという世論が優勢なのでしょうか?
「頭の中に機械を埋め込む」とお聞きすると、とっても怖い気がします。

Chie: スウェーデンの国王がイタリア訪問の際、「スウェーデンは93%の子どもたちが人工内耳を装用。13ヶ月目までに装用すればいずれは聴者のように聴こえるようになる」と公言したと新聞に載っていました。たまたま、スウェーデンにいるときに新聞に載りました。

他にも、人工内耳を装用している子どもたちが増えていることにより、手話の必要性がどうなるかという危機感を抱く人もいましたが、中には人工内耳を装用しても手話は使っていくという意見も出ています。 人工内耳は安全な手術かどうか、、、安い手術料で受けられるとは聞いていますが、
頭の皮膚を切ってドリルで頭の骨を少し削った後、 機械を埋め込んでいく作業です(詳細はまた調べて、別の機会に取り上げられたらと思います)。


Mau: ざわざわしてきましたよ~。
健康な「頭蓋骨」にドリルを入れることになりますが・・・そうなると、人工内耳についてはどう捉えればよいのでしょう。「治療」になるのでしょうか。考えさせれれます。 (さっき少し調べたら人工内耳手術は保険適用になるようですね)

Chie: 人工内耳は正直、意見がいろいろ分かれていますので複雑な問題ですね。
目が見えないから眼鏡をかける、と同じ感覚で、耳が聴こえなければ人工内耳をつけるという見方が、医学としての「治療」になるのだと思います。


Mau: なるほど。では、ちえさんが最初に言われた「ろう者が減ってしまうのではないか」というのは、誰から、どのような意味合いで言われる言葉なのでしょうか?

Chie: ろう者からの意見ですね。教育関係者からは、人工内耳を装用した後どのようにフォローしていくかという話を聞いています。

Mau: お話をお聞きしていると、みんなが「治療」してもらえる方が良いと思うのですが。フォローは、前向きな術後の取り組みになりますね。

Chie: 複雑だと思うところの説明が足りませんでした。人工内耳装用している方には何人か会ったことがありますが、 ほとんどの人が「あまり効果はない」と言っています。
確かに人工内耳を通して音楽を聴くことはできても、 コミュニケーションの面でなかなかうまくいかないことが多く、 周囲からは「人工内耳=聴こえる」という誤解によって 音は聴こえても、コミュニケーションとしての「ことば」が聴こえないことに対する理解がなかなか得られないという悩みをよく聞きます。
中には、人工内耳を捨ててしまいたいという声も出ています。
フォローについてはやはり、人工内耳を装用してしまった以上、人工内耳の装用についての話より、これからの教育が重要になってくるということですね。


Mau: うーん、一人ひとり個体差がありますし、本当に人それぞれなんですね。その方たちは小さいときに手術を受けられたのでしょうか?
スウェーデン国王が言われた「93%」は正確だとしても、そこからどれくらいの子どもたちがこれから本当に聴こえるようになるかは未知なのでしょうか?それでも親御さんは希望にかけるということなのでしょうか。

Chie: 人工内耳に関する正確な数字のデータは手元にないので分からないですが、私が会った人たちは小学生〜大学時代の間に装用した人ばかりです。幼少時に手術した人もいますが、彼女は「あまり必要とは思えない」と言っていました.親御さんにとっては少しでもわずかな希望を持ちたいという想いがあると感じています。 全員がそうだとは限らないのですが、スウェーデンの国王が公表するくらいなので人工内耳装用者はこれから急速に増えて来ているような気がします。

Mau: Chieさん自身は人工内耳の是非についてはどう考えていらっしゃいますか?

Chie: 正直なところ、人工内耳はあまり必要ないと感じていますが、 聴こえる親御さんにとってはやはり「聴こえている 方がいい」という子ども対する想いからつけていると思うと難しい問題だなと思っています。 昔は「人工内耳装用なんて絶対反対」と思っていました。
効果がないのに頭の中に機械を埋め込むなんてとんでもない!という感情だけ突っ走しっていました。


Mau: 確実な効果が保障されたなら、良いと思いますか?
ChieさんはChieさんとして生まれたのに・・・と考えるのは、聴こえるわたしのエゴでしょうか。そうかもしれません。
もし私がろう者だったら、そしてその可能性は未来にもあるわけで、その時に「少しでも可能性のあることは何でもしたい!」と葛藤するのは当然だと思います。

Chie: 確実な効果が保障されるとしたら良いと思ってしまう部分は否定できないですね。「もし聴こえていたらもっと違っていたかも」という想いは正直、まだ拭いきれずにいます。 でも、確実な保障(100%)でないことと手話がある限り、手術の選択はしないですね。

人工内耳については私自身も勉強が足りないので、これからいろいろな人に聞いてみます。


Mau: Chieさん、ありがとうございます。 私ももっと考えてみます。

Chie: こちらこそよろしくお願いします。6月に人工内耳に関する勉強会を予定していますのでまた決まりましたら、お知らせします。

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Mau: 今回は、福祉先進国と言われるフィンランド、スウェーデン、ドイツと廻られたわけですが、これらの国々の中では、どの国がぱっと見たところ暮らし心地が良さそうでしたか?

Chie: 暮らし心地が良さそうなのは、、、フィンランドですね。
無駄がなく、機能性を重視したデザインの建物や家具があって 出会った人たちも明るくオープンな人々でした。
スウェーデンは観光に良い場所ですが、フィンランドよりはまじめでおとなしいような印象を受けました。ドイツはハンブルクしか行っていないですが、おしゃれなファッションやいろいろな文化が入り交じっていて、漢字も大学の構内や中華料理店で久しぶりに見ました。


Mau: わあ!映画「かもめ日和」のフィンランドですね?ろう者の方々にとっても暮らしやすい工夫に溢れているのですか?

Chie: 実は映画を見る余裕もなくそのまま旅立ってしまいましたので今度見ようと思っています。ロケ地に行こうと話していましたが、少し離れていたので「お預け」にしました(笑) ろう者にとって暮らしやすいかどうかというと、 ハード面ではそれほど不便さを感じませんでしたが、実際に生活してみると社会的な課題は出てくると思います。

フィンランドにはデフハウスがありました。 スウェーデンにもありますが、フィンランドでのデフハウスで日本とフィンランドのろう者たちが手話を通して交流パーティを行っていました。 年配の方から子どもまでが一つの場に集い、日本の文化を紹介したり、フィンランドからの出し物に応じたりご飯を食べながら手話で交流しましたね。


Mau: 楽しそうですね!デフハウスというのは、ろうの方々が集まって暮らすグループハウスのようなものですか? 日本にはあるのかな?

Chie: そうですね。運営主体は地域によって異なると思いますが、フィンランドではヘルシンキとユバスキュラにありました。
日本ではこのように一つの場を使ってパーティや学習会を使う為のデフハウスはあまり聞いたことがないです。場所を借りたり喫茶店でサロンとして集まるところはあります。


Mau: そこに住んでいるわけではないのですね。

Chie: スウェーデンではそこに住んでいる人がいます。アパートの部屋としてろう学生が住んでいました(実際に見せてもらいましたが、これは学校と政府からの資金によって運営しているとのことでした)。 こと葉やのような部屋が、デフハウスの部屋になっている感じです。
日本と違って、行きたいときに集える場があるという、 生活の一部になっている印象を受けました。


Mau: きっとそこも素敵なお部屋なんでしょうねえ。写真は撮られましたか?中も、外観も見てみたいです~。

Chie: ビデオ撮りましたのでDVDでまとめようと考えています。

Mau: 上映会、教室でもやっていただきたいな~♪
スウェーデンは、手話も「公用語」の1つと聞きましたが、どのくらい手話は日常的に普使えるのでしょうか?
公共機関、病院、銀行などでも手話のできるスタッフが在中しているのでしょうか?

Chie: デフハウスの近くにあったピザ屋さんでは店員が手話を使っていましたが、マクドナルドでは違っていました。
注文するとき、日本ではメニューが手元にあるから手話ができない店員に対しても、指差しや簡単な手話で何とか通じます。
でもスウェーデン(オレブロ)では、メニューがなかったり、メニューの内容を書いたメモを差し出しても反応があまり良くなかったです。
生活レベルで、手話が広がっていると実感するレベルまでは至っていなかったです(短い期間の滞在でしたので、たまたま手話が使えない場所に行っただけかもしれないですが)。

でも手話とスウェーデン語のバイリンガル教育についての研究は進んでいました。スウェーデンの手話の教材開発として国が資金を出していることから、公用語として認められている以上、 研究ができる環境にあるのでは?という印象は持ちました。


Mau:「手話とスウェーデン語のバイリンガル教育」ですか。今まで考えたことが無かったです。
人口内耳、手話、 ・ ・ ・ 一人ひとりのそのときの状況に適した方法を探し続けることが可能な世界に私たちは生きていることを感じました。
足元を見つめなおして、また前を向いて歩いていく。皆さんにとってそんな春になりますように。


♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


今回は人工内耳という新たなキーワードが出てきました。わたしたちの「暮らし」の中にある「音」はどんなものがあるでしょうか。
次回も北欧の思い出を一部かじりながらの対談を予定しています。
今日もありがとうございました。
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by machi-life | 2009-04-03 00:01 | mau+chie life

第6回 (2009.3.27) “Days in the Nordic countries + G”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

日本→ デンマーク経由→ スウェーデン→ フィンランド→ ドイツ ・・・

Chieさんの知的冒険旅行は今日も続いています。

北欧と日本をオンラインでむすぼうと、時間の調整を試みましたが上手に時間が重ならず・・・。

Chieさんの日々のできごとは、こちらのブログ日記で垣間見ることができます。
人、物、出来事・・・への新鮮な出会いが綴られています。写真で見る街並みもとても素敵です。

Chieさんブログはこちらからどうぞ!>
  http://syuwaru.jugem.jp/

残りのお話は、Chieさんが日本に戻ってからのお楽しみにしましょうか。
みなさま、それまで「おあずけポーズ」でお帰りをお待ちしましょう。 わんわん!

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果報は寝て待ちます ~ Z Z Z ....
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by machi-life | 2009-03-27 00:25 | mau+chie life

第5回 (2009.3.20) “Chieさん 北欧へ行く”

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie

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突然ですが ・・・

~Chieさんは、3月17日(火)~3月29日(日)まで北欧研修旅行中です~

Mau:北欧への旅の計画はいつから始まったんですか?メンバーは全員知っている方ですか?

Chie: 今回は筑波技術大学が毎年1回主催している「北欧国際交流研修旅行」です。メンバーはほとんど知らない方々で、筑波技術大学の学生だけでなく、全国から学生や社会人も参加します。昨年の11月にお知らせがあり、数年前にも参加したことがあったご縁で手話通訳の方から「今回も一緒に行きましょう」と声をかけていただいたことがきっかけです。

(筑波技術大学は)筑波大学の隣にあって、全国で唯一の聴覚障害者のための国公立大学です。学生は全員、ろう者・難聴者です。
アメリカでいえば、ギャローデット大学がありますが、日本では筑波技術大学です。ろう者、難聴者以外にも視覚障害者のためのコースもあります。


Mau: ちえさんはそちらの大学のご出身ではないと思いましたが、以前から接点はあったんですね。

Chie: そうですね。愛知県の日本福祉大学にいましたが、学生時代から、筑波技術大学の教員や学生さんたちとの交流はありました。

Mau: 数年前に参加されたときにも、渡航先は同じでしたか?それとも毎年変わるのでしょうか?

Chie: 大学2年の冬(2004年)に参加したときはフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークでした。
毎年フランスが加わったり等、訪問国は変わります。


渡航先で世界ろう連盟や聾学校、デフクラブ(ろう者成人が集まって親交を深めたり学習したりする場)等を視察したり、現地のろう者や子どもたちとの交流をします。
大学2年のときは見るもの、聞くものすべてが新鮮すぎて 「なるほど」で終わっていました。
社会人になって手話講師を務めている今、あらためて海外の手話の事情はどうなのか、自らの目で確かめたいという気持ちがあります


Mau: 「社会人になって」と言われる気持ち、同感です。私も17歳の時に、初めて1ヶ月間アメリカでホームステイを経験しました。その後、本格的にアメリカ留学をしたのは23歳~25歳です。その後仕事に就き、30代に入ってから、今度は南米留学をすることができました。時間の濃さでいえば、10代、20代の頃とは一味も二味も違いました。まさに若い時分にしか見えないものもあったと思いますが、社会の仕組みをある程度理解してからの海外生活は充実そのものでした。今度は40代での海外長期ステイを実現させたいですね(笑)。

余談ですが、私も手話がぺらぺらになったら参加できますか?女子憧れの素敵な国々ばかりですね~。

Chie:ムーミンの国は憧れますよね。参加条件が手話できることなので、聴こえない人も聴こえる人も参加できます。もしぺらぺらになりましたら、ご一緒に企画立てましょうか(笑)
20代と30代の違い、まだ自分は実感できないですが、まうさんやハンズのスタッフのみなさんと関わっているうちに自分はまだまだ子どもだなぁって痛感します。
すごい勉強になるのでこれからもかわいがってください(笑)


Mau: ・・・・フッフッフ。
わたしも大人ぶってるだけですけどね・・・そのうちお見せしますよ。
企画ツアーよろしくお願いします。手話へのモチベーション、ぐーんと上がりました。

Chie: ええ~(笑)そのうちに、本来の姿が見れるのを楽しみにしています(笑)。
手話がぺらぺらになったら、まうさん、海外のろう者ともすぐ打ち解けそうな気がします。


実は、この研修旅行は大学2年のときに参加して以来、一つの人生の転機にもなりましたので、今回もどのような影響が・・・?と若干期待はしていますが、まずは見るものをしっかり捉えて手話の指導やいろいろな面で活かしていけたらと思います。

Mau:行かれる前から帰国が楽しみなのですが・・・まずは、今回の旅程を教えていただけますか?

Chie: 3/17 出発。
3月17日~21日までフィンランド
そこから船で移動
22日~25日にスウェーデン
26日~28日までドイツ
29日に帰国。


フィンランドには世界ろう連盟の事務局がありますのでそこを訪問し、理事長の講演を聞く予定です。
他には手話通訳養成に力を入れている大学の視察とその学生さんたちやデフクラブの人たちと交流をする予定。

スウェーデンでは同様に手話通訳や聴覚障害関係の大学、そして成人ろう者も受け入れているという高等学校へ訪問し、学生さんたちと交流をしながら視察予定。
ドイツは大学としてろう講師を雇っているところがあり、手話通訳養成関係として視察予定。

参加者も、学生や社会人だけでなく、聾学校卒業生であったり、インテグレーション出身であったり、ろう児とかかわりを持つ聴こえる人だったり、本当にいろいろなメンバーが集います。そして、旅行会社にお世話になりますが、その社員もろう者です。以前もご一緒になった経験がありますが、一般と大差なくプロ意識を持っている方でした。
以上でおおざっぱですが、大体想像はできるでしょうか・・・?


Mau: ばっちりです。比較的ゆっくりと一カ国に滞在されるんですね。
各国の言葉と日本語をつなぐ、インターナショナルな手話通訳者も同行するのですか?

Chie: 現地の通訳と日本から同行する手話通訳があります。話者が聴こえる人で音声進行でしたら、現地の言語を日本語に訳し、日本語を聞いて手話で通訳というリレーのような通訳場面もあるかと思います。情報量がぐんと減りそうな気もしますが、どのように通訳されていくかしっかり見たいなと思います。

Mau: すごいリレーです。通訳される方自身の語学技術以外の知識も問われそうですね。

Chie: そうですね。今回の通訳者はヨーロッパ圏に留学した経験がある方なのである程度の知識はあるかと思います。これも現地よりレポートでお伝えできたらいいですね。まうさんも通訳経験があるかと思いますので今度、通訳についてお話をしてみたいです。

Mau: それが、今思い出しても苦い経験ばかりなんです。相手の方が満足して下さっていても、足りない部分は自分が一番分かってますから。一生勉強です。

Chie: 私もベトナムでろう者相手に通訳したことがありますが、単なるボランティアでは済まされないほど、本当に重要な仕事だと分かりました。
そういえば、通訳は世界で二番目に古い仕事だそうですね(古い=歴史が長い)。


Mau: そうなんですか?!意外な気もしますが、言われてみるとそれもそうかもしれないと思えてきました。
さて、皆さん、さまざまな思いで参加されると思います。グループとしての旅の目的、ちえさん個人の目的や期待とはどんなことでしょうか?

Chie: 現地の視察と交流を通して国際的な視点を持つことが全体の目的かと思いますが、それぞれの立場でそれぞれ違った目的を持って参加されますね。
実は研修に参加するメンバー同士で事前にメーリングリストを通して情報交換を行なっています。


参加者の目的は本当に様々なのですが、大体は教育面や福祉の面で日本と比較したいという想いを感じます。
私の場合は、日本との比較を通して、国の背景は違えど手話指導や手話通訳養成の指導方法と知識を身につけたいという期待があります。

国内の手話通訳養成指導で専門的にやっているところが数少ないこともあり、また、海外では手話通訳もビジネスとしてみているため、ボランティア感覚が強い日本の手話通訳とは違った視点、環境、指導方法を見たいという想いでいます。
短期間で分かるはずはないですが、参加者や現地のろう者や関係者とのネットワークを作ることも視野に入れています。


Mau: 既にそれだけの明確な目的をお持ちですから、大きな収穫が期待できそうです。頭、身体、心で感じてきて下さいね。

海外では手話通訳や手話講師はきちんと食べていけるビジネスとして確率されているのでしょうか。日本には「プロフェッショナルの手話通訳」として生活をしている人はかなり少なそうです。また公民館などで行われて手話教室は、「無料」が当たり前と言われている状況がありますね。

Chie: 聞いた話では海外では専門職として就いているということですが、これは公用語として手話が認められているという背景があってのことかと思います。
日本ではまだビジネスとして確立されていません。通訳はボランティアでもできるという見方があるため、手話は簡単に覚えられるというような一種の偏見がある証拠として「無料」というのが当たり前になっているように思います。

これも聞いた話なのですが、年配のろう者や手話通訳の方々は「障害者で困っているので手話を覚えて下さい」と腰を低くしてまでお願いをしないと本当に困るという話がありました。
その背景から、手話は無料で教えてもらうものという意識が社会の中にあったのでは?と思います。


Mau: 手話がボランティアで留まり、日本ではなかなかビジネスにつながりにくい背景として、「手話を学んでも、あまり役に立たない(特に英語や中国語など他の言語と比較をして)」と考えている人が多いという背景もあるのではと思っています。

でも、ちえさんやハンズの皆さんとお話をして、聴こえない世界に想像を巡らせていくうちに、東京はともかく、実は新潟では、「外国人と出会うより、ろう者や難聴者の方々と出会う確率の方がよっぽど高いのでは?(⇒ ちゃんと覚えれば使用頻度もかなり高いのでは?)」という(実際に数字は分かりませんが)確信に近いものを感じています。

ちえさんのように、「補聴器」を付けていない方は、外見だけではろう者とは分かりませんが、自分が手話を始めてみて初めて、街のさまざまな場所で「出会う=気づく」ろう者の方々に驚いています。ほんのちょっとした視点の移動から見えてくることもあるのだと実感しています。

少し「手話のボランティア」から脱線しますが、私は自分の周りで現在展開している「ボランティア活動」と自分の考えるボランティア活動に差異を感じています。「頼む」、「引き受ける」前に、「どうしてボランティアが必要なのか?」、「なぜ自分がこれをやるのか?」という基本軸が、曖昧なままスタートしてしまうことが多いような気がします。活動内容自体はとても素晴らしいものであっても、時が経つと思いもよらない場所に「流されている」ことがあったりします。「あ・うん」の呼吸が取れるようになるまでは、たとえ面倒でもお互いの目的を合致させる話し合いは必要不可欠だと思っているのですが、その辺りがメールだけで済ませてしまう等、何かが不足しているように思えるのです。

日本という国に住み、限りある時間と自由を与えられているのですから、「なんだかな~?まあいいか。仕方ないか」と思う展開は、なるべく避けたいと考えています。自分がボランティアをお願いするときにも、付加価値及び対価については(必ずしも金銭的なものではない)最初にきちんとお伝えするようにしています。

「一生懸命なこの人のために、何かしら協力したい!」という熱い思いだけで動かされることもしばしばありますね。私自身、周りの方々に「こいつめ・・・!」と思われながらも、助けていただく立場だったりもするのですが。
「労力も貸すけど、口も出すよ」。
そういう、お互いの信頼を基盤としたオープンな関係が、ボランティアであろうがなかろうが自然に築かれていくといいなあと思ってます。

「私たちらしい」プログラムやツアーを将来ご案内できる日を楽しみにしています。

Chie: 本当にありがとうございます。基本的に仕事に対しても何事に対しても誠実に突き進んでいくことがポリシーなので、ご一緒にプログラムを作ることはとてもいいものが生み出せると思います。

今回はかなり脱線しましたが、とてもいいお話ができました。まうさんとのお話はいつも、自分の知っている世界を第三者から見てどのように受け止めるのか、どのように見るのかを知る機会になっているので本当にすごいことだと今更ながら実感していますし、まうさんの質問は手話指導にも役立っています。


Mau: こちらこそありがとうございます。

ちえさんが「当たり前に」感じていて、私には「そうではない日常」を知ることは、日本に居ながらにして、カルチャーショックです。
話しにくいことでも、「何でも聞いて下さい」と言える、ちえさんの柔軟さを持ち合わせた強さは果てしなく前向きで、いつもエネルギーをいただいています。

北欧から戻ったら、ゆっくり温泉に浸かりに行きましょうね~♪

Chie: 日本にいながら感じるカルチャーショックは他にもいろいろありますし、私にもあります。
みなさんからもそういった経験がある方は聞いてみたいですね。ぜひ温泉に行きましょう♪


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Gallaudet University (English)

ギャローデッド大学 (日本語)
米国ワシントンD.Cに 世界唯一のろう・難聴学生のための私立大学

国立大学法人 筑波技術大学  聴覚・視覚に障害を持つ人を対象とした日本国内唯一の国立大学
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by machi-life | 2009-03-20 00:00 | mau+chie life

第4回(2009.03.13) ろう学校の「15の夜」?

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: 今日は高校時代~大学時代のお話にいけたらと思っていますが、いかがでしょう?

Chie: そうですね、高校時代のどの辺りから入ろうか考えていましたが、恋愛以外のところから入った方がいいかなと思います(笑)


Mau: 恋愛はもっと大人になってからということで(ふふふ)。ふと疑問ですが・・・受験って経験されていますか?

Chie: 受験らしい受験は経験なかったです。ろう学校にも一応受験はありましたが、ほとんどエスカレート式でそのまま上がりました。

Mau: いいなあ~。まあ私もないようなものですが。

Chie: 受験といえば兄が必死に勉強していた姿だけ印象に残っています。でも受験らしい受験をしていないせいで、学力は一般的に低かったです。まうさんも「受験がないようなもの」って、そのまま高校へ上がったのでしょうか?

Mau: いえ・・・ありましたが、ほとんど勉強や受験勉強の記憶が無いということです。
きっとどこかに納まるんだろう的な。なめていましたね。

Chie: 大学の先輩から「競争時代があったからいいけど、今の若い学生は学力がない」といつも言われていたので、30代の方たちはほとんど受験競争していたというイメージありました。

Mau: 他の人はそうだったと思いますが、なにせ別世界に生きていましたから。
ほんと~に記憶が無いです。高校時も、高3の8月まで卒業をしたら就職するものだと思っていましたので、今が本当に不思議です~♪

Chie: 高校3年の9月くらいに転機があったのですね?

Mau: そうですね、進学は金銭的に無理だと決め付けていましたが、友人に助けられながら模索した時期ですね。決めると猪突猛進ですから。 いろんな人にご迷惑をおかけしました。

Chie: もしかして、いのしし年生まれですか?
私も高校3年の夏まで就職すると思っていました。進学すること自体考えていませんでした。ここは共通点がありますね。
なぜ南米に行かれたのか、その経過も気になります。


Mau: そうです!野生のブタ年です。確か中国や韓国では「野ブタ」なのですが、日本に干支が伝わってきたときに、野生のブタがいなかったので、それに代わるイノシシになったと聞きました。
私の南米話はまたおいおいと・・。ちえさんのインパクト大の高校時代のお話が気になって仕方が無いんですけど~!

Chie: 私もいのしし年生まれです(笑) 
まうさんのお話は次のお楽しみにってことで保留しておきましょうか。気になって気になって仕方ないですけど(笑)
中学部から高等部に上がるとき、一人だけ別のろう学校に進学しました。その代わりに聴者の中学校を卒業してろう学校に戻ってきた人がいました。 そのときは新たな出会いでしたので新鮮でしたね。
みんな手話ができなくて、板書したり口話(声を出したり、口を大きく開けたり)を使って何とかコミュニケーションをしていました。



Mau: 「聴者の学校から戻ってきた」というのは、小学部で一緒だったお友達がまた高等部で戻ってきたということでしょうか?

Chie: 幼稚部時代で一緒だった同級生が高等部に戻ってきました。他のろう学校の様子は分からないですが、母校は毎年一人以上戻ってきていました。また、新たにろう学校へ入る生徒もいました。ろう学校に戻ったり入ったりする目的の一つに、大学進学がありました。

ろう学校に入って分かる授業を受けて大学に進学するという判断だと思いますが、当時の校長先生が進学に対してものすごく熱意のある方でした。たまたま、私は進学することに全く興味がなかったのですが、なぜか、進学組の中に入って勉強していました。そのときはまだ先生の言いなりになっていた「素直な子ども」でした。


Mau: 特進クラスというものですね。いつ頃、そんな「素直な子ども」が「ハプニングを巻き起こす子ども」に変わる時が訪れたのでしょうか?

Chie: 高校1年の冬に転校生が来ました。その人は、ろう学校とは縁がないまま一般の学校に通っていましたが、なぜかろう学校に転校してきました。

Mau: 「聴者」ということですか?

Chie:聴力が軽い(音楽が聴こえる)難聴者です。その第一印象がものすごく悪くて、同級生たちもどう接したら良いか分からないほど態度が悪く映りました。ろう学校にはいないタイプだったので、「何なんだこいつ?」と思いました(笑)。
でもその人が後に私の人生に影響を与えたのです。


Mau: なんだか小さな恋の予感・・違いますか?

Chie: 残念でした(笑)でも、恋とは違った信頼関係は生まれました。
彼の方から話しかけてきたと思いますが、少しずつ話していたら意気投合したんですよね。
最初は手話が全くできない代わり、携帯電話のメール入力画面を筆談代わりにしながら話していました。

Mau: 携帯メールが出回りだしたころですね。

Chie: そうですね、その頃、携帯を持っていなかったのは私だけでした。それで同級生たちから仲間はずれにされていたというか、あまり関係が良くなかったですね。

Mau: そんなことで!仲間はずれになってしまうんですか。ふーっ。

Chie: 私も受け止め方が悪かったと思いますし、「携帯を持っていないのはちえだけだよね」と言われてカチンと来ました(笑)。
そこから関係がこじれてしまいましたが、つまらない理由だったのもたぶん、ろう学校という狭い世界の中で育ってきたからうまく対応できなかっただけだと思います。ちょうどその時期に彼が入ってきて、外の世界のこと、例えば音楽だったり、聴こえる人たちの世界だったり、いろいろ教えてもらっていくうちに私の中で何かが変わっていくのを感じました。


Mau: 新鮮な風を運んで来た!って感じですか?どきどきわくわくしますね~。

Chie: まさに新しい風を運んできました。先生たちにとっては煙たい存在だったと思いますが、同級生にかなり刺激を与えていました。月日が経つにつれて、今まで先生たちに言いなりになっていた自分に気がついて、高校2年になって感情が爆発してしまいました。タバコをちょっと吸ってみたり、授業を放棄したりと迷惑をかけましたが、まさに尾崎豊の「15の夜」といった感じです。

Mau: さっきから頭の中で流れてました~♪

Chie: 今までの自分に対する腹立ちもあったと思いますし、小学部時代から知っている先生たちからは「小学部のときは素直でいい子だったのになぁ」と言っていたので余計に頭にきてしまいました。

Mau: ちえさんがタバコや授業放棄ですか?信じられませ~ん!少し見てみたいような・・・。

Chie: ちょっとだけです(笑)運動会もボイコットしていましたけど。それくらい大人が信じられなくなっていましたね。

Mau: 先生はそんなに理不尽な人たちだったんですか?

Chie: いいことばかり言うのに、なぜ悩む生徒を助けようとしないのかとむかついてしまったり。自分の言葉をうまく表現できない生徒の前で「この生徒、何言ってるの?通訳して」と他の生徒に求めている先生もいました。

意思疎通ができないから少しでも残存聴力がある生徒の方が通じる。それで通訳を求めていたかもしれないですが、本人にとってはショックなことですし、その回数が多ければ多いほど、自分から口を閉ざす後輩もいました。
あのときの先生の意図は分かりませんが、伝えようとしている子ども(相手)と真剣に向き合おうとしない大人がいるなんて、と信じられなくなりました。


Mau: 教師としてより、人として悲しくなるお話です。
たくさんいる教師の中にはそういう先生もいたと思いますが、そんな中でも親身になってくださる先生はいませんでしたか?

Chie: 二人くらいいました。授業を放棄したときも運動会をさぼったときも、一言注意された後、「高校生はそういうものかもね、あはは」と笑っていたり、「何かつらい時あったら声かけてくれよな、助けるから」と言ってくださった先生もいました。
同級生や後輩たちとの関係がぼろぼろになった時期にこう言われたので身にしみましたね。


Mau: いろいろな人間の両端を短期間のうちに見た期間だったようですね。
徐々にちえさんが自分を取り戻し、再び生きはじめる転機のような。

Chie: そうですね。信じられる大人は自分の親と、助けてくれた先生だけだと思い込んでいました。今思えば転校してきた彼がいたから、大学に進学できたというのもありますね。ロッカーに八つ当たりしたり、テスト勉強中に飛び出したり、男子たちの喧嘩も目の当たりにしていましたが、一番印象に残っているのは、卒業式でした。

卒業式の前も、同級生たちが先生の言いなりになっていたのでますます腹が立って早く家に帰ったんですが、彼が恋人を連れて家まで入って来たんですよね。それで3人で話したおかげで落ち着きました。

そして、卒業式の朝、彼は金髪にして学校に来ました。校歌の代わりに尾崎豊の曲を流してやろうぜ、と言っていましたが 結局先生たちの必死な説得で実現できませんでした。


でもこのときに彼は「見かけで決めつけるから大人は嫌いなんだ」と表現していたように思います。同級生からは煙たい存在しか見ていなかったと思いますが、私にとっては新しい風を運んで来た使者で、「今の自分のままでいいのか?」とメッセージをくれた人でした。

Mau: 当時そんなにも頭にきていた「同級生が先生の言いなりになる」というのは具体的にはどんなことだったんですか?

Chie: 例えば、文化祭で何をやるかを話し合って意見がまとまったかと思ったら、「これはダメ」と先生が却下します。それで反対意見を言うかと思ったらそうでもなく、「はい、そうですよね」と素直に従うんですよね.

卒業式も、卒業生が答辞を述べるときがありましたが、当日に原稿をすり替えちゃおう、と提案しました。先生が決めた内容で何だかしっくりこなくて原稿をすり替えたかったんです。そのときは同級生たちも賛成してくれたのですが、数日前になって「やっぱり怖いからやめようよ」となって私の提案は却下されました。

却下されたのは良いんですが、それよりもそういう弱気な態度に腹が立ってしまいました。。。大人の社会だったらこんな行動はクビにされてしまいますよね((笑)
でも、高校時代だったし、「今しかできないことをやるぞ」と燃えていました。それなのに一気に力がなくなったような感じでした。


Mau: 今までは周りの同級生同様、疑問を持たずに先生に従っていたちえさんが、そこまで変わったのはやはり彼の影響だと思うのですが、そこまで彼を信じることができたのはどうしてですか?


Chie: 今までにない意見を言われて、ハッとしたような直感みたいなものでしょうか。
何気なく過ごしてきた生活の中で、「どうして君は先生のことを何でも聞くの」というようなことを言われていました。

10年以上同じ学校で生活していて「当たり前」だと思っていたことが、彼にとっては「当たり前ではない」視点でした。逆に言えば、ろう学校の生活が当たり前過ぎて、外界のことが分からなくなっていました。外界を知るのが怖かったから、ろう学校の中で満足していたかったのかもしれないです。


Mau: 正しい、正しくないという判断ではなくて、今まで抑えていたものを爆発させる(せざるを得ない)衝動のような力を感じます。
純粋なエネルギーというか・・・分かります、すごく。それを通る人もいれば、通らない人もいる・・・それもまた「出会い」なんでしょうか。

Chie: そうですね。理屈ではない何かがありました。この出会いは人生を変えた出会いの一つです。頭に来たとき、いつも彼は「そんなに熱くなっていたら分かるものも分からなくなるよ」と言っていました。それが今の自分の中でも残っています。

Mau: 高校卒業後、すぐに大学入学だったと思いますので、ゆっくりと振り返る時間は無かったと思いますがちえさんの中に何か芽生えたものはありましたか?「やることはやった感のある」ろう学校時代を終えて、一般の大学で新しいスタートを切るには良い時期だったのかもしれませんね。

Chie: 本当に良いタイミングでした。もし彼に出会っていなかったら大学進学のことは選択肢に入っていなかったと思いますし、物事に対して興味をあまり持たなかったと思います。しかし、大学生活もいろいろありました(笑)。

Mau: まだまだ面白いエピソードがたくさん出てきそうですね~!

***

BGMとして尾崎豊の「15の夜」がぴったり合いそうな内容でしたが、いかがでしょうか。
みなさんの中にも青春時代の思い出があると思います。その中でどんなことを感じ、どんなことを考えていたのか、
どんな経験をされてきたのか、みなさんのお話もぜひお伺いしてみたいです。

次回もお楽しみに。

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by machi-life | 2009-03-13 18:57 | mau+chie life

第3回 (2009.3.6) “聴者は ろう者よりも賢い?!”

聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: ではでは・・・ いきなり単刀直入ですが。

Chie: はい。お願いします。

Mau: 初恋はいつでしたか~?

Chie: 単刀直入ですね(笑) 初恋は小学2年の時でした。

Mau: すみません・・・ちえさんの小学校の同級生ですか?

Chie: 体育の先生で、どんなスポーツでも「できる」人だったので、バレンタインデーはチョコレートを下駄箱に入れて渡しました(笑)

Mau: 初恋は先生だったんですか!年上がお好みなのですね!
チョコレートを下駄箱とは・・・なんとも懐かしい響きです♪

Chie: 年上が好みだなと思った時は、このときくらいだったと思います。先生はびっくりしたと思いますが、お返しもいただけました。兄と父の影響を受けていたせいか渋い大人が好みでした。

Mau: お父さまとお兄さんはクールでしぶーい男前タイプなのですか?

Chie: それほどでもないですが、年上の男性と行動することに慣れていたのかもしれないですね。
いつも服は兄のお下がりを着ていたので男性の影響はあったと思います。母も産む前までは100%「男の子!」と思っていたそうです。小学校の初恋は、中学部に上がる時、その先生が部活の顧問になったこともあって自然に思い出に変わりました(笑)。


Mau: なるほど~。中学時代に思い出に残っていることは何ですか?ろう学校ならではの行事もありましたか?

Chie: 中学時代に思い出に残っている事、あまりないですね。

聾学校ならではの行事といえば、小学校と同じように、今度は学校単位で、近くにある中学校との交流会(一緒に町のゴミを拾ったり、部活で合同練習したり)がありました。その交流会も正直、あまり好きではなかったですね。「うまくなじめない」といった感じで浮いていたと思います。
むしろ、高校時代の方がインパクトありすぎて中学部時代の記憶が薄れていっている感じです。


Mau: そうだったんですね。「交流会」という、ある種"作られた"環境の中で、不特定多数の人と短時間で仲良くなるというのは、人によっては・・・特に中学生ぐらいだと苦手な人も多いかもしれませんね。

Chie: そうですね。ゴミ拾って早く帰ってホッとしたい気持ちでいました。同級生は楽しかったと思いますけど。それが3年間続きました。

少し話がそれますが、当時の自分はあまり気持ちや意見を言わず、黙っていることが多かったような気がします。中学校時代に生徒会の役員をやらせていただいた(少人数だから無理矢理指名受けた!?)のですが、そのときの会長さんに「自分はどう思うの?」と指摘されて以来、少しずつ同級生に限らず後輩と仲良くなる事ができました。


Mau: その当時、「うまくなじめない」と感じたのはちえさん自身がシャイで、初対面の人たちとすぐに打ち解けるのが難しかったということですか?それとも、意思疎通のできるろう者の友達同士とは違い、聴者の友達とはどう接していいのか戸惑っていたので楽しめなかったということでしょうか?

Chie: ろう学校の中では同級生だけの付き合いが多かったと思いますし、変に真面目すぎたんですね。後輩とも仲良くなろうとしなかったし、先生の言いなりになっていました。

交流会においては、聴者の友達とはどう接していいか分からないという戸惑いと、そもそも交流会なんて楽しめるものがない、と思い込んでいました。聴者はろう者よりも賢いし、できる人だと思っていたので、劣等感を持っていました。

その劣等感は大学に入ったあとに消えていったのですが、当時は、聴者は全員が賢いから人一倍の努力が必要なんだと思っていました。


Mau: 「聴者はろう者より賢いし、できる人」だと思うようなことが日常的にあったんですか?

Chie: 先生から常に「聴者の学校に通っている難聴者は偉い。ろう学校に通っているろう者は聴者よりも人一倍努力をしなければいけない」と言われていました。そこから自然に、ろう者は努力をしなきゃいけないのかと思っていました。聴者に対する先入観と、昔、スイミングスクールで聴者にいじめられた経験から、戸惑いと劣等感を持ったのだと思います。そして、発音の練習の他に、音を聞く訓練もありました。

先生が後ろに回って手を叩き、その回数を答えるという訓練ですが、私だけが答えられなくて、同級生がスムーズに答えていました。このときに、「あなたは全く聴こえないからろう者だね。(同級生は)難聴者だね」と聴力で振り分けられていました。

そのときの自分は、反発もできず、反発する事すら分からず、いつの間にか先生の言われた通りになっていました。


Mau: 先生はちえさんに強くなって欲しかったのかもしれませんが、これが長期間続くと、「聴こえる」「聴こえない」という基準で人間の価値を判断するように思い込んでしまいそうです。

すみません・・・言葉が出てきません。
私自身が知らなかった事実にショックを受けてます。でもそう思う人がいることも否定できない世界にわたしたちは生きているのも事実だと思います。聴こえる人の世界に合わせてもらっている現実にも。

Chie: 「聴こえない事」に甘えてはいけないというメッセージだったかもしれないですね。

そういう意味では、感謝していますし、その先生が学校の中で一番厳しい方でした。その先生が後に、高校時代に手助けしてくれたので「嫌いなのか、好きなのか」分からないですけど、当時は嫌でしょうがなかったですね。反発できないというよりは、洗脳されている自分自身に気がつかず、それが高校時代に爆発しましたね。
すみません、ちょっとストレートな内容になってしまいました。


Mau: とんでもない!こちらこそ言いにくいことを話してくださってありがとうございます。

Chie: 聞いてくださってありがとうございます。

その先生と最近、メールでお話ししましたが、「ろう学校にはろう者の先生が必要である」とおっしゃっていました。たぶん時代の流れで、聴こえる先生と聴こえない先生が共同で教育現場を通して育てていく事が更に求められるようになったのかもしれないですが、こうしてお話ができる事は、ある意味で先生のおかげでもあるんですよね。


Mau: なるほど、それはそうかもしれないですね。

今現在は聴こえる人の「社会」が圧倒的な力を持っているので、ろう者の方が同じように仕事なり生活をしていくには、「話したり」「“聞いたり”(口や表情を読んだり)」するというような訓練を学校で教えていくことは必要不可欠なのだと思います。当時その先生がされていたことも分かるような気もしますが、当時のちえさんの心に何かしらの劣等感を植え付けてしまうようなものであったとしたら、それでいいのだろうかという疑問も残ります。現場を知らない側からの無責任な意見ですが・・・。

お二人が今また新しい立場でメールのやり取りをしていらっしゃるのは素晴らしいことだと思います。 

Chie: ありがとうございます。それで良かったのかどうか、ということについては賛否両論があります。

でもろう学校にいた当時は「話せる事」「読み取る事(聞く事)」が重要であると認識していた事から、自分自身が「ろう者にはなりたくない、手話なんか必要ない」と思っていました。

学校を出たときに手話が無意味になると本気でそう思っていました。


Mau: 当時は辛い体験をされましたが、さまざまな人の立場で、ろう者やろう教育について考える「今」につながる基盤となる体験を身を持って経験されてきたのですね。

Chie: 訓練自体はそこまで辛いとは思わなくて「やらなきゃいけない」という感覚で、歯を磨くのと同じような感覚です。

でも当時の訓練を「厳しい訓練」と説明するろう者はいます。その人にとっては本当に「辛い」と思ったのだと思います。でも、当時の体験が今の自分の基盤になっていることは間違いないですね。


Mau: 今現在手話を教えるという仕事に関わり、手話ができる人を育てていくという現場で働いている自分をどう思っていらっしゃいますか? ちえさんにしかできないことがたくさんありそうです。

Chie: 現在、手話講師としてやっていること自体、当時は全く想像できなかったですが、そういう体験も含めて「手話」という言語に対してきちんと自分自身が向き合って勉学を深めていくという責任は感じています。

聴こえる人たちが手話を覚える事は、言語を学ぶ事と同じであり、それなりの価値に見合った学習を提供できるように自分自身、もっと聴こえる人たちと一緒に学び合っていきた いですね。手話を通して、聴こえる人と聴こえない人が一緒に仕事を進めていくモデルになれたらというのが一つの目標ですが、目標はこれからも増えそうな予感がします。


Mau: ありがとうございます。
「インパクト大」の高校時代のエピソードは、次回お聞かせくださいね。

Chie: OKです。
インパクトのある高校時代のお話はきっと期待できますよ(笑)。


Mau: おおっ!!それはそれは楽しみです~!!

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今週も長文を読んでいただきありがとうございます。
皆さんはどう思われますか?コメントを残していただけると嬉しいです。

次回の更新は、3月13日(金)を予定しております。
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by machi-life | 2009-03-06 00:00 | mau+chie life

第2回 (2009.2.27) キューサインってなんだろう?

    「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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Mau: ちえさんは、ろうの幼稚園に通われたということですが、小学校に上がるときに一般の小学校に入るか、ろうの小学校に入るかという選択肢はあったのですか?

Chie: 同級生の中にはそういう選択肢がありましたが、私の場合は重度の聴覚障害であることからそのまま聾学校の小学部(聾学校では、幼稚部、小学部、中学部、高等部という言い方)に上がると最初から(両親は)決めていたそうです。

同級生の中には、「社会の摩擦に慣れるために小さいときから地域の小学校に入った方が良い」という選択をした方、私と同じように「もう少し自分に自信が持てるよう育てていきたい」という親御さんの希望でそのまま上がる人もいました。。


Mau: 幼稚部~高等部まであるろう学校というのは、私が聞いたことがないだけかもしれませんが、普通にあるものなのでしょうか?

Chie: ろう学校によっては、幼稚部だけの学校もあれば中学部、高等部のみの学校、専攻科がある学校もあります。私が通っていた聾学校は、幼稚部から高等部までありました。

また、一つの県にろう学校が1~2校のみの場所もあります(例えば沖縄は、1校。新潟は2校あります)。


Mau: 近くに通えるろう学校の無いこどもたちは大変ですね。

Chie: 寄宿舎に入って通う子どもたちもいます。私の学校では、寄宿舎がろう学校の隣にあり、歩いて1分もかかりませんでした。週末に実家に帰って月曜日に寄宿舎へ戻るという生活で、私の友人も、早くて幼稚部時代から親元を離れて高等部まで寄宿舎で生活していました。

Mau: ええ!幼稚部からということは4歳~5歳から親元を離れていたということですか・・・。

Chie: そうですね。共働きの親御さんにとってどうしても育てられないとか事情はあったかと思います。または育て方が分からなかったというのもあるかもしれないですね。

Mau: 確かにそうですよね。いろいろな事情があると思います。

Chie: 寄宿舎生活によって集団行動に慣れてきた友人もいれば、寄宿舎生活は集団での規制を強いられるから途中で抜け出した人もいます。中には、煙草を吸ったことで謹慎を受けて寄宿舎で反省文を書いた友人もいました。

Mau: いろんなお友達がいたんですね~。
ちえさんは通学されていたのですね。小学校の時はどんなこどもでしたか?

Chie: 家族でろう学校に通いやすい場所に引っ越したので、毎日歩いて通っていました。小学校のときは、兄の影響でボーイッシュでしたが大人しかったです。

Mau: そ~ですか~(疑いの眼差し↑→)。

Chie:自分に自身がない一方、家の中では兄の影響でテレビゲームやスポーツをしていました。当時の写真を見たら「え?」と思うくらい、全然かわいくありません(笑)

Mau: ぷっ!!今度ぜひ見せてください。ブログに載せてもいいですか?(笑)

Chie: いえいえ、だめです(笑)お気に入りの写真といいますか、自分が写っている写真で満足できるようになったのは大学時代からです。それまでの写真は微妙ですね(笑)

Mau: それでは満足いくものを、今度お互いに載せましょうか。加工もかなりしたりして。

話を戻しますが、日本のろう学校では手話を積極的に教えないと聞きましたが、ちえさんの行かれた学校では、どのように勉強を教えていましたか?

Chie: 小学部時代はほとんど口話(こうわ)中心の授業でした。先生は口をゆっくりあけて話したり、キューサインを使いながら口を分かりやすくあけて話していました。

そのとき、手話があることは少しだけ知っていました。同級生の中に親がろう者という家族(デフファミリー)がいて手話での会話を見たくらいで、自分はまだ使っていませんでした。。


Mau: キューサインというのは、手話で言うところの指文字のようなものでしょうか?

Chie: それに近いですが、50音ずつ分けたサインではないですね。あ行、か行、さ行・・・それぞれに一つのサインが決められています。例えば、監督が野球でサインを出しますよね。このサインがどういう意味を示しているか、判断ができるのと同じように、「そ」だったら【「さ行」のサイン+口の形「お」】で「そ」と判断します。
このように、キューサインを使った方法をキュードスピーチと呼びますが、ろう学校によってサインが異なるため、成人の間ではほとんど使わなくなります。


参考URL:
(1)月間「記録」過去記事

(2)キュードスピーチと口形文字
 

Mau: 初めて聞きました。それを使って先生が話をしたことを見て勉強していたんですね。目が離せませんね!

Chie: キューサインができる先生が限られていましたが、とにかくずっと目を先生の方に向けて話を理解しようとしていました。簡単に言いますと、キューサインはやっている方も、読み取る方も大変な作業だと思います。

Mau: それでも手話よりもキューサインが好んで学校では使われるんですか?

Chie: キューサインは口話(口の形を見て読み取る)のための補助なので先生たちの間では覚えやすいことと、口話のためということで積極的に使われていました。しかし、手話となると、先生たちの間では不快な顔をする方もいました。手話をやると、口話の力が落ちるから辞めた方が良いという理由からですね。

Mau: 聴こえないちえさんたちにとって、読み取ることはまだしも、口の形を見て「音を出す」というのは果てしなく大変なことのように思えます。

Chie: 声を出すために、風船を触って音が響くまで発声したり、お菓子を使って舌の動きを一定に保てるようにしながらそれぞれの発音を出してみたり、うがいをしながら「か」が発声できるよう練習していました。先生や親が私たちの声を聞いてチェックしていました。苦手な子音は個人によって違いますが、私の場合はどうしても「は行」がうまく言えなくて、時々投げやりになりました(汗)。

Mau: 投げやりにもなりますよ!!

Chie: 「お昼」が「おいる」になって笑われたこともしょっちゅうですね。

Mau: 可愛らしいですけど(笑)。

Chie: そうですか(笑)でもそれが成人になってからだと、周囲からは変だなと思われますね。
それに自分がどんな声か、今でも分からないです。一生知ることはできないと思いますが、どうやら男性みたいな声だそうですね。


Mau: うーん、確かにそうですね。そして自分でも間違いが分からないからなぜ笑われるのか分からないこともありそうですね。男性のような声・・・ですか?うーん、そうかなあ。

Chie: 低音なのかも。

Mau: 男らしい声と言われたんですか??

Chie: 小さいときから言われていました。今でも言われますが、高等部時代までかなりコンプレックスでした。

Mau: ちえさんの声、私は好きですよ。あったかさと一生懸命に伝えようとしている気持ちを感じる声だと思います。
先ほどの口話訓練をして、どのくらいで授業ができるようになるんですか?口話をマスターしてから、本格的に授業が始まるわけでしょうか?それとも口話の練習をしつつも授業が平行して行われるのでしょうか。全く授業風景が想像できません・・・。

Chie: ありがとございます。口話の訓練は幼稚部時代から始めますが、小学部に上がってからも訓練と並行して授業が行われます、授業中に先生の話が理解できないことも何回かはありました。そのときは多少、聴力の良い同級生が通訳したり(それもキューサイン付き口話ですが)、先生が板書を増やして文字を通して分かるように授業を進めていました。

Mau: 教える方も、教わる方もみんなが分かり合おう!と学んでいる風景が浮かんできました。

Chie: 先生たちによっては、やる気がまったく見えない先生もいましたが、その先生は決まって人気がありませんでした。これはどこでも同じだと思いますが(笑)

Mau: その通りです!現在講師である私たちもそう見られているということですね。

つづく

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆


今回もより踏み込んだ内容で最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回の更新は、3月6日(金)を予定しています。
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by machi-life | 2009-02-27 03:29 | mau+chie life

第1回 (2009.2.21) はじめまして


          「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie

東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Mau:すみません、遅くなりました。

Chie: お疲れさまでした。こちらは先ほど、手話を使ったドラマを少し見ていました。ラブレターというタイトルで、平日の昼間に放送されているドラマです。

Mau: なるほど~ 見たこと無いのですが話題のドラマですね。面白いですか?

Chie: 普通の恋愛物語と変わらないので、単なる恋愛ものとして楽しめると言えば楽しめるかもしれないですね。

Mau: なかなか辛口ですね~。恋愛モノはお好みではないですか?

Chie: 辛口ですか~(笑)。恋愛もの、感動的なお話は好きですね。
このドラマを見て、周りでは手話を使う場面がおかしいとか、主人公の優柔不断に対する不満の話も出てきています(笑)。


Mau: なるほど・・・ちえさんご自身もドラマの手話はおかしいと思いますか?

Chie: 時々、日本語字幕のニュアンスと違うなぁと思う時はあります。

Mau: ちえさんが使っているテレビは、どの番組にも日本語字幕が付きますか?

Chie:このドラマの場合、音声なしの手話の場合は字幕がついています。
デジタルテレビの場合、新聞の番組表で「字」と書いてあるところには字幕がつくようになります。今までのアナログテレビの場合、「字幕」と書いてある番組を見るためには、テレビとは別に、専用の機器が必要でした。それに、「字幕」と書いていない番組には、専用の機器があっても字幕は出ないようになっています。
以前と比べたら字幕がつく番組は増えてきましたが、まだすべての番組につくとはいえない状態です。


Mau: ちえさんがこどもの時には字幕はありましたか?

Chie: 水戸黄門だけでした^^; 小学5年のときくらいでは、水戸黄門だけだった記憶があります。もしかしたら他の番組にも少しはあったかもしれないですが、ドラマには全然なかったので家族に通訳してもらっていました。

Mau: 家族のみなさんは手話ができるんですね。

Chie: いえいえ、手話はできないので、口話でゆっくり話してもらったりしていました。
通訳というよりは、今思うと、あれは要約でした。男女の会話シーンの場合、そのまま台詞を訳すのではなく、「彼は彼女の事が心配で、あれこれ言ってるんだけど、彼女は気付かないのよ」と要約して雰囲気を伝えてくれる感じです。


Mau: ちえさんは現在25歳ですね。

Chie: はい、今は25歳です。名古屋市出身です。

Mau: 生まれる前にちえさんが聴こえないということは、ご両親は分かるものなのですか?ダイレクトでごめんなさい!

Chie: いえいえ、今の医学は事前に分かるというような話を聞きましたが、私の場合、生まれて1年くらいで聞こえない事が分かったそうです。

Mau:どうして「聴こえていないようだ」・・・とご両親は思ったのでしょうか?

Chie:ある日にテレビを大音量にしたとき、私が少しも反応を示さないから異変に思って病院を回ったそうです。それまでに、両親はろう者という言葉も知らなかったし、聞こえない人が身近にいなかったので、さすがにショックを受けたそうです。

Mau: お兄さんは聴こえるんですよね。

Chie:そうです、2つ上の兄は洋楽大好きで語学が得意です。

Mau:両親、お兄さんも聴者でちえさんだけが聞こえないということは、ろうは遺伝とは言えないということですか?。聴こえないご両親から、聴こえる子供が生まれることもあるということですね。

Chie:ろう者だけの家族(Deaf family デフファミリー)もいますし、聴こえない両親から生まれる聴こえる子ども(Children of Deaf Adults:コーダ)もいます。実際、ろう者の9割は、両親が聴こえる人という話があります。医学的データがあるかどうか、そこまでは分からないですけど。

Mau: 聴こえないと分かってからは治療のようなものをされたんですか?

Chie: 補聴器をつけて訓練するようにという話はありました。
実際に補聴器を付けて音を確認したり、口を見て何を話されているかを読み取る訓練はしました。


Mau: 聴力があったのですね?補聴器はどのような人が付けると効果的なのでしょうか?

Chie: 聴力があったのかどうか分からないですけど、気がついたら補聴器があったという感じです。

Mau: そうですよね・・・・赤ちゃんですもんね!!うっかり!

Chie: 補聴器や人工内耳は残存聴力がある人には効果があるみたいですが、実際の効果については 「すべての人に効果が出る」とはいえないですね。

Mau: そうなんですか・・・「補聴器」を付ければ、少し遠いけれど聴くことができると思っている人が多いと思います。

Chie: 補聴器があれば少しは聞こえると思うんですね。でも、「聞こえる」のか「聴こえる」のかですよね。
音として聞こえていても、言葉として聴こえているかどうか・・・人の声が補聴器を通じて耳の中に音が入った場合、「聞こえる」。それが、例えば「おはよう!今日もがんばろう!」という言葉として「聴こえる」かどうか。


Mau: ちえさんの聴力は現在どれくらいですか?かすかには聴こえますか?

Chie: 全く聴こえないけど、補聴器を付けたらかすかに音が入るような感じです。私の場合は、言葉として判別することはできず、バイクや車の音と同じく、人の声も雑音として耳に入る感じです。
でもほとんど聴こえないし、補聴器をつけると頭痛が起きます(笑)


Mau: ひー!!

Chie: わけのわからない音が入り続けたら嫌になりますよね?

Mau: おっしゃるとおりです。

Chie: それと同じですね。

Mau: ちえさんが物心付いて、聴こえないことを「きちんと感じた」のはいつですか?

Chie: 小学1年の時だと思います。
私は最初からろう学校(幼稚部時代から)に入っていました。小学部に上がると、地域の小学校との交流が恒例になっていたので一ヶ月に1回のペースで地域の小学校に放り出されて(笑)。ろう学校との雰囲気も違うし、周りが一斉に私を見たこともあってなんだか違うな、と感じたのは覚えています。当時のろう学校の同級生は8人だけでしたので、一斉に30人のクラスの中に放り出されて泣いて過ごしていました(笑)


Mau: ええ~っ!

Chie: 泣き虫というあだ名がつくほどでした。

Mau: みんなで集まって何をするんですか?

Chie: 普段の学校生活と変わらず、みんなのペースについていきました。

Mau: 通常通りの授業も行われますか?

Chie: はい、授業では一番前の席に座らせてもらいましたが、さっぱり分かりませんでした。

Mau: 一日中ですか?!苦痛ですね。ろう学校の先生による手話通訳はなかったんですか?

Chie: ろう学校の先生としては、直接、自分自身の力で聴こえる人たちと交流をして欲しいという教育目的だったと思いますので、通訳しに行くということはありえませんでした。当時の私としては、正直、ろう学校に帰りたい気分でした。

Mau: 毎月1回の交流(授業)が、小学校卒業まで続いたんですか?

Chie:本当は卒業するまでに続ける行事なのですが、小学部6年になっても、泣き続ける私を見て親が心配して先生に何とか働きかけたのかもしれないですけど、取りやめになりました。周りの友人は地域の学校と交流できる事に喜びを感じていたようです。本音は分からないですが、ろう学校以外の場に行ける事や、聴こえる友達ができる事に喜びを覚えていたみたいです。

Mau: ちえさん自身はそこに楽しさを見出せなかったんですね。お友達を作るのは難しかったですか?

Chie:そうですね。当時は「何の為に交流するんだろう」と思っていたし、不安が大きかったです。周りが何を話しているかさっぱり分からなくて、分かったふりをした方が空気を壊さなくて済むんだなというように直感的に思っていました。だから楽しくないのも無理はないですね(笑)。

Mau: ・・・処世術を身に付ける場所になってしまいますね。

Chie: 同級生の中には積極的に交流していった人もいるので、交流自体はあっても良かったと思いますが、
聴こえる人たちとの付き合い方が分からなかっただけかもしれないですね。 


Mau: 今のちえさんからは想像ができないです。

Chie: でも、ろう学校から途中で聴こえる人たちの学校に入る(インテグレーション)人もいますし、 聴こえる人たちの学校から途中でろう学校に変わったり、そのままずっと聴こえない人たちに出会った事がないまま育っていく人もいるので、単に私自身が「聴こえる人たちと一緒にやっていく術を身につけられなかった」だけかもしれないです。後に、聴こえる人たちとの関わりが本当に楽しく感じる時があったので今の自分を見たら、当時の私は驚くと思います。

つづく

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

初回は、「話したい」「お伝えしたい」ことが溢れてしまい、長文になってしまいました。長丁場お付き合いありがとうございました。

次回は、来週金曜日(2月27日)に更新をする予定です。



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by machi-life | 2009-02-21 18:30 | mau+chie life