聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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カテゴリ:mau+chie life( 50 )

2010年おめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。
しばらくブログの更新が滞っており、大変失礼をしております。

chieさんは、所属されている「手話レクチャーハンズ」がこの3月に開催を予定している「にいがたしゅわる映画祭」の準備に向けててんてこ舞いの日々を過ごされています。詳細はこちらでご確認ください♪
URL : http://syuwaruhands.blog12.fc2.com/

mauの方は、本業の語学講師としても新学期をスタートさせましたが、先週の日曜日は新潟市内に住む外国人の方々と「新潟再発見ツアー」を行いました。新年早くも素敵な出会いと笑顔をいただきました。
URL :http://d.hatena.ne.jp/kotohaya/20100110

心機一転!ブログは今年も展開をしていく予定でいますが、もう少々お時間をいただけますようお願いを致します。

今年も皆様にとって素晴らしい年になりますように。
そして、さまざまな言語で大いに語ることのできる場にこのブログが育っていけますように。

どうぞ2010年もよろしくお願い致します。

chie +mau


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Snow Magic !
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by machi-life | 2010-01-14 14:22 | mau+chie life

第43回(2009.12.21) 『ありがとうの理由』

皆さんこんにちは!Mauです。

もうすぐ五歳になる姪を連れて、月に何度か遊びに出かけます。
私にとっては妹の子供。姪にとっては母親の姉。
ちょうど良い距離感です。

保育園で覚えてくる日本語は日々増えていきます。

ついこないだまで「かっぱ寿司」がうまく言えなくて、大人はみんな微笑みながら「かっちゃむし」に付き合っていました。ところが先日、その寿司屋の前を通りかかると、「あ!かっぱずし!」と叫んだので、「あれ?“かっちゃむし”じゃないの?」と茶々を入れてみました。彼女は看板を指差しながら、少し怒ったように「ほら、だって“かっぱ”って書いてあるでしょ。お姉ちゃん(彼女の母親に倣ってそう呼ぶ)ちゃんと見て!」と返されてしまいました。ああ...つまらないな〜。

時には誰もがあっと驚いたり、核心を突くような台詞を言って周りを驚かせます。
最初のうちは「もしかしてこの子は天才??」と身内びいきで判断をしていましたが、そのうちに、彼女が発する“新しい言葉たち”には、あまり深い意味はないことが分かってきました。
的が外れてとんちんかんなことを言うときに、周りの大人たちは大笑いします。彼女は笑われたことに不満を表明し、不機嫌な顔になって、どうして笑ったのかと詰問します。

どうやら今の時点では、ひたすら模倣をし、シチュエーションに合わせて、あたらしく覚えたフレーズを当てはめてみる(試している)状況のようです。ありとあらゆる場所での言葉の使い方を観察しているのでしょう。

ちょっと立場が悪くなったり、やりたくない状況になると、「まーちゃんはまだちいさいからできないの!」と言い返し、遊びが楽しくなってきてまだ帰りたくないときは、「ママはお勉強してるからまーちゃんはまだお姉ちゃんと一緒に遊ぶ!ちゃんといい子にしてるよ。」としっかり頭の中には作戦があったりもするのですが。

こんなこともありました。
ある日、私の友人と姪とで出かけた日の帰り道。
友人を家まで送り届けてさよならの時になって、「よし、Mちゃんにさようならとありがとうを言おうか」と、運転席から後ろの姪に振り返って言うと、どうしてそうしなければいけないのか全くわからないという顔をしています。

「なんでありがとうって言うの? まーちゃん、さっきお菓子をもらったときに言ったもん!」

「さっきのは、お菓子をありがとう。今度のは、一緒にいっぱい遊んでくれてありがとう。
まーちゃんがうれしかったな、楽しかったなと思ったときに、何回でもありがとうって言っていいんだよ。そうするとまーちゃんにありがとうって言われた人もうれしくなるんだよ。」

帰りの車の中、まだ少し不満そうな顔をして、しばらく彼女は黙っていました。
ところが突然、「ねえ、お姉ちゃん。さっきMちゃん、まーちゃんがありがとうって言ったからうれしそうだったね。」

「ありがとう」を言う理由が彼女なりに分かって、その顔はとたんに明るくなりました。

大人になると条件反射のように、お決まりの場所では自動的にその状況に応じた言葉が出てきます。

「こんにちは」「おつかれさまです」「ありがとう」「さようなら」。
そんなことあなた!いい大人なんだから当たり前でしょ!と言われてしまいそうですが、時に心が伴わずに、言葉だけが勝手にしゅるしゅると口先から出て来てしまうことがあります。

そんなとき、私たちを観察しているこどもたちにとっては「なぜここでその言葉が出てくるのか」、分からない状況だと思います。しゃべっている本人にも、理由などないのかもしれませんが。

でも自動的に出てくる言葉に自分自身をだまされたくないとも思うのです。
私がしゃべっている言葉に惑わされるというのもへんてこな話ですが、いつの間にか(あれ?なんで今まで実は考えたこともないこんなことを話しているのだろう?)ということはないですか?
私はありますよ。

(へー、私、こんなことを考えていたの!)と思わぬ言葉に純粋に驚かされることもあれば、(何様よ!)と後から思い出して恥ずかしくなったりもします。

「なぜ」この言葉が、このタイミング、そして態度で発せられるのだろうかと、背後で私を観察をしている小さな目と耳に気がつくと、私の中にいつもは隠れている大人センサーがピコピコ光りだします。

さらば「何となく」。

そんなことを、姪から教えられます。

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市場マジック。
ぴっかぴか笑顔の野菜やおばあちゃんたちに会うとついつい買いすぎちゃいます。
大事に育てられたものだから、大切にいただきたいと思います。
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by machi-life | 2009-12-21 23:59 | mau+chie life

第41回(2009.12.6) 『カクテルパーティー効果の不思議』

Hello Again !!
2009年最後の月は、聴こえるMAU、聴こえないCHIEが交代でエッセーをお届けします。

☆      ☆       ☆       ☆       ☆ 

唐突ですが、「カクテルパーティー効果(Cocktail Party Effect)ということばをご存じでしょうか?

立食パーティーのように、大勢のひとたちがいて、ワイワイガヤガヤとした状況のなかでも、自分の名前が呼ばれたり、あるいはどこかで誰かが話している、興味のある話題のキーワードなどはなぜだか明瞭に聞き取れる、そんな経験がおありだと思います。

このような現象をカクテルパーティー効果といい、認知心理学の分野では選択的注意(Selective Attention)の代表的なものとして扱われています。

また、誰しも次のような経験をしたことがあると思います。
街を歩いていて、目の前を雑然と流れていく群衆の中で、好きな人の声や姿を見出す。
海外を旅していて、雑踏のどこかから日本語を話す声が聞こえる。

手にした雑誌や新聞を、何の気なしにぱらぱらとめくっていて、ふと、最近気になる有名人の名前、もしくは自分の専門としている分野の記事の載っているページでその手がぴたりと止まる。

あるいは、ふらりと立ち寄った書店で、なんとなく眺めながら書架のわきを通っているとき、前から欲しかった本をはた見つける。

これらもまた、カクテルパーティー効果の一種といえるでしょう。

このように、視覚・聴覚をはじめ、人間の感覚とは良くできていて、溢れる情報のなかから、ある種のフィルターを通して、自分が必要としている情報だけを自動的に拾い上げる機能が備わっているようです。

「なぜこれらに、わたしの目や耳は惹きつけられたのだろう?」

慌ただしい師走の日常のひとこまの中で出会う、不思議だけれど何だか意味深なできごと。

こんなときだからこそ、「私という人間」が今年惹かれた人たち、物たち、情報はいったいどんなものだったのだろうか?そしてそれらは何を伝えようとしてくれたのだろうか?

そんなことを、ていねいに振り返ってみる年末にしたいと思っています。

MAU

☆      ☆       ☆       ☆       ☆ 

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小さな完成のあいまに。ティータイムは次へと向かうエネルギー。
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by machi-life | 2009-12-06 23:47 | mau+chie life

本日は休業日です。

誠に勝手ながら、今週分は『休業日』とします。
mauもchieも、お互いに「今週はお休み〜!」とそれぞれの世界へ旅に出かけてくることにしました。

楽しみにしていてくださった方、コメントを書いてくださった方、近いうちにお返事を出しますので
少々お待ちくださいませ。

旅のお土産が来週、どんな形で出てくるか私たちも楽しみにしています。
それでは、良い週末をお過ごしください♪

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(弥彦山にて)
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by machi-life | 2009-11-27 08:48 | mau+chie life

第39回(2009.11.16) 『それからを変える出会い』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie<東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Chie: 今回は、手話学習者や手話に関心を持つ方の読者がいらっしゃることも考えて、「聴こえるわたし」の手話学習者として、すーさんをゲストとしてお招きしたく思います。まうさんいかがでしょうか?

Mau: 熱烈大歓迎です。すーさん、よろしくお願い致します。

Suu: ただいま、ご紹介あずかりましたすーと申します。
大学職員としてボランティアを取り扱う部署で仕事をしております。具体的には、ボランティアの紹介や相談を行っています。その他にも様々なボランティアに関する企画を行っております。また、地域と大学の架け橋として、地域との連携も行っている部署です。今年度できたばかりで試行錯誤の毎日です。趣味は温泉につかること、人を笑顔にすること、旅行などです。


Chie: 旅行はまうさんも私も共通の趣味ですね。

Suu: なかなか仕事やその他もろもろの理由がありできていませんが、余裕があれば旅行はいっぱいしたいですね


"手話スイッチ"ON!

Chie: すーさんは手話を学んでどのくらいになりますか?

Suu: 7年半です。

Mau: わあ!

Chie: 長いですね!

Suu: 長いというところまではいってしまったんですね。手話はついこないだ始めたという感じがします。

Mau: 客観的に自分を見て、どんなレベルですか?

Suu: 世間話や深い話ができる程度です。でも、まだまだ表現、読み取りともに、ろう者の方のように隅から隅までできるわけではありませんし、そのようになれなくとも、それに近づきたいと思っています。私は手話を覚え始めてから周りの友達よりも人一倍ろう者の方々や手話学習者の方々にお会いして、手話でスムーズに話しができるようになるために努力してきました。その結果、手話を始めて3年で手話技能検定1級を取得することができました。でも、これは通過点だと思って、今でも勉強を続けています。ゴールはありません。

Chie: どういうときに、「あ、まだまだだなぁ」と感じますか?

Suu: 手話の勉強会に通っているのですが、その時に講師の方に注意されたとき、 たまに手話が読み取れないとき色んな場面で感じています。

Mau: どうして手話を習ってみようと思ったのですか?

Suu : それは大学一年生の時にさかのぼります。
私は大学の一期生だったのですが偶然にも同級生にろう者の方(Iくん)がいたのです。
その時にIくんと出会って手話を覚えました。


Chie: そのとき、すーさんは手話は知っていましたか?

Suu: 「ありがとう」くらいは知っていました。高校の時にドラマを見て友達と真似をしていました。
でも、すぐに忘れてしまいましたね。


Chie: どんなドラマでしたか?
同級生にろう者がいたことについて、普通なら、ろう者がいると知っていても話しかける方法とか分からなくて戸惑う人もいるけど、すーさんの場合はどうでしたか?どうやって、Iくんと話をしましたか?


Suu: 続星の金貨ですね。星野真理主演の。
最初は自然に話しかけていました。授業でIくんが紹介されていたのを見て、それで先生がメールアドレスを交換して友達になってくださいねとお話しされていました。私は最初はどうしようかと悩みましたが、友達が行こうよと誘ってくれたので、行くことにしました。そして、アドレスを交換しました。それは筆談だったのですがもっとIくんと話したいと思うようになりました。


Chie: Iくんの反応はどうでしたか?

Suu: たくさんの方がならんで交換していたのであたふたしていました。
ジェスチャーや筆談で伝えたのですが、その時はたくさんの学生がアドレス交換していたので、交換して終わりという感じでした。
そのあとIくんからメールが届き、彼と話してみたいという気持ちになりました。ここからは記憶があいまいで以前Iくんと話した時のIくんの記憶と照らし合わせてお話すると、私は話したい気持ちが強くなり、図書館で本を借りたのか、本を買ったかして、自分の名前の手話を練習して、Iくんの前で披露しました。

その日はちょうど新入生が全員参加して親睦を深める1泊2日のキャンプの日だったで、1日目の夜にIくんに手話を教えてもらいました。そこで、完全に手話スイッチが入ってしまったのです。2日目の帰りにはIくんを誘って、一緒のバスに乗り込み、ずーっと解散場所に着くまで、白い紙が真っ黒になるまで手話を教えてもらいました。そこから7年半手話を片時も忘れたことがありません。


Mau: 多くの学生がIくんに興味を持っていたのですね。

Suu: そうですね。福祉大学ですし、そういう同級生が多かったです。

Mau: ちえさんとは大学在学中に知り合われたのですよね。

Suu: そうですね 。


Chie: これについては、私から説明した方がいいですね?
わたしが出会ったのは、すーさんより、Iさんの方が先でした。
大学2年生のとき、どこか自分の世界を広げたいという想いで北欧へ研修旅行に出かけました。
そのときのメンバーとして、Iさんもいました。当時の私は、人見知りが激しく、学生たちの間にうまく入れずにいました。そんなときにIさんがさりげなく輪の中に、わたしを入れてくれました。このときからIくんとの会話が増えました。

そのときにすーさんの名前も出ていました。「聴こえる人で手話ができる友人がいる」と。


Mau: ほほー。

Suu: Iくんが北欧から帰ってきて春休み終わりいつもどおり空き時間にパソコン教室でネットサーフィンを二人でしているとIくんが面白い掲示板があると紹介してくれました。それがちえさんが運営している掲示板だったのです。

Chie: この掲示板というのは、「ふくろうの止まり木」ですね。


Suu: そうですね。それで当時私もブログをやっていたのでリンクをして手話について掲示板を通してやり取りしました。

Mau: いまはちえさんの掲示板やすーさんのブログは見れないのですか?

Chie: 見れないですね。

Suu: もう閉鎖してしまいました。

Chie: ふくろうの道、というトップページは残ったままですが、その他の掲示板は消えています。

Suu: 残念です。

Chie: 残念ですね><

Mau: そこではどんなことが話合われていたのですか?

Suu: 記憶が定かではありませんが簡単に言うと手話のことやちえさんが書いたコラムに対しての感想あとは雑談ですね。

Chie: 掲示板はどなたでも見れる設定にしていました。
ふくろう思想論というタイトルのコラムを書いたのですが、その賛否両論が全国の方々を通して交わされていました。
コラムの内容としては例えば、聴こえる人たちとの間で疑問に思ったことや旅行中に見たもの、聞いたもの、感じたものを書いていました。
「なぜ聴こえる人は、聴こえない人が一緒にいるときにでも音声で笑いをとろうとするのか?」というような、ちょっと過激な疑問まで書いたことがありました。

また、「手話には敬語があるのか?」という内容を書いたこともあります。
それが後日に、フジテレビの「特ダネ」出演のきっかけになりました。


Mau: 興味深いですねえ・・・・今見られなくて残念です。

Chie: データが消えてしまったんです。

Suu: それで掲示板を見始めて半年後くらいに初めて会ったんですよね?


Chie: そうですね、すーさんとIくんが二人でコラボした手話のイベント案内が掲示板にも書いてあり、私が東京へ行きました。他の大学の友人も引っ張って、確か6人くらいで愛知から参加しました。

"一つの出会いが 新しい出会いを連れてくる”

Mau: それはどういったイベントだったのですか?

Suu: うちの大学の手話サークル創立以降初めてのたくさんの大学生を呼んだ交流会です。
20大学以上集まり、社会人もきていました。その中でちえさんの大学もお呼びしましたまさか初めての交流会で関東の無名の大学の交流会に愛知の方がきてくれるとは思ってもいませんでした。結局99名も参加してくれてそのうち30名近くがろう学生でした。


Chie: そういえば、(すーさんの大学初の)手話サークルを立ち上げたのは、Iくんとすーさんですよね?

Suu: それはちょっと違いますね、これはIくんのおかげですね。

Iくんを取り巻く賛同したメンバーで手話サークルができました。実際には入学後のキャンプで集まったメンバーです。 部長の両親はろう者でした。


Mau: メンバーの中には、すーさんと同じように聴こえる方で、やはり大学に入学をしてから手話を学んで、ある程度自由に使えるようになった方もいましたか?

Suu: いましたね。やはりIくんがいたことで、みんな影響がありました。Iくんと話す手段が手話だったのでみんな自然に覚えていました。

Mau: すーさんにとって、手話を学び始めて得たものは何だと思いますか?そして、手話を始めたことで自分が変わったと思う変化はありますか?

Suu: 私以外の方もそうだと思いますが、手話に出会って自分というものが大きく変わりました。
性格や価値観、考え方様々な面で変わりました。変わる過程で、彼が生きてきた環境や習慣、生活様式と私が生きてきた環境と習慣、生活様式が違っていたので、衝突やIくんを傷つけてしまう場面がありました。

具体的に言うと、ろう文化と聴文化の違いですね。でも、Iくんは私がろう文化を理解するよりも早く聴文化を理解していて、いつも笑顔で大丈夫だよと見守ってくれました。

そのおかげでたくさんの学生~社会人のろう者の方々や手話サークルに所属する大学生と出会い、手話を続けてこれました。得た者と言えばIくんとの友情ですね。そして、たくさんの仲間。手話をきっかけに大きく世界が広がりました。


Mau: ちえさんとの出会いはどうですか?

Suu: 最初はお互いピンとこなかったですね。つまり友達になると思えなかったということです。仲良くなれそうもないなって思いました。まさかその1年後に沖縄に一緒に行き、そのあと卒業旅行でタイに行くとは…出会った時は想像すらできなかったことです。

Chie: そうですね。あまりピンと来なかったですね。

Mau: いまはどうですか?

Suu: ピンときています(笑)。ともかく、その当時は5年後にチャットしているとは思っていなかったですし、それ以前に一緒に沖縄、タイ、韓国旅行をするとは当然思えませんでした。

これからの目標は大学職員、また地域交流センター職員という立場で様々な場面で手話の普及に努めていきたいと思います。
それで学生や地域の方々の中で一人でも多く、手話を知り、そして願わくは手話を覚えて頂ければと思います。そのためにも今は自分のレベルをアップさせていきたいです。大きな目標に向かうために小さな目標をコツコツとやっていかなくてはなりません。なので、当面の目標は自分の手話のレベルをアップすることですね。


Mau, Chie : すーさん、今日は本当にありがとうございました。

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

すーさん、ちえさん、そしてIさんの「出会い」。
時間を少し前後して、「たまたま」出会った3人が、お互いにきっとどこかに持っていた(待っていた)“何か”に接触をしたことで新しい未来が生み出されました。心の内を見せ合い、葛藤する時間の中で、相手との距離や違いを知り、そしてその人自身がかけがえのない存在へと時間をかけて変化してきます。
それは同時に新しい自分自身を作る過程でもありそうです。

皆様のご感想をお待ちしております。

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感謝!手話部門で三位になりました
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by machi-life | 2009-11-16 10:39 | mau+chie life

第38回(2009.11.08) 『いつも読んで下さる皆様へ』

11月に入り、本ブログもおかげさまで38回目となりました。

ブログで交わしたまうさんとの対談は、学生時代に私が「聴こえない」立場を強調しすぎたあまり、離れていった友人たちの複雑な想いを初めて客観視できる機会にもなりました。

「聴こえる」「聴こえない」という二極化は確かに誰かを排他することにつながるため、あまりこだわらないようにしてきました。

しかし、ブログを重ねていくにつれて「聴こえる」「聴こえない」という立場の違いを踏まえる必要性も感じるようになりました。

というのは、聴こえることと聴こえないことの違いは必ず出ていることであり、それを抜きにしてそれぞれの考え方、価値観を語るには少々「きれいごと」のように思えてしまいます。

それぞれの考え方、価値観の背景に必ず、「聴こえる」「聴こえない」の身体的な違いも含まれているのではないかというのが私の見方です。

どちらかに優劣があるというのではなく、「相違」という視点を持ちながら今後も、「聴こえるわたし」が多数を占める現代社会の中で少数派の「聴こえないわたし」が置かれている立場を発信していきながら、「聴こえるわたし」「聴こえないわたし」がどのように共存していくかをみなさまとともに考えていきたいと思います。

よりいっそう、様々な立場のご意見を頂戴したく、今後もよろしくお願いいたします。

Chie


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真冬の新潟に越してきて間もないちえさんと、お昼をご一緒していたレストランで、”一緒にブログをやってみませんか?”と少し前から考えていたことを、テーブルの上に置かれたノートブックに素早く書き込みました。二人だけでお会いしたのはそのときが初めてだったとおもいます。

新潟に来る前のちえさんは京都に住んでいて、お会いしたのは数回だけ。そして私たちの間にはいつも手話通訳をしてくれる人がいました。こう書くと、なんだか初デートの思い出をお話しているみたいですね。

実際に二人だけでお会いすることになった前夜、心の中に芽生えてきたのは、期待以上に不安でした。
それは今まで感じたことのない種類の感情でした。

大袈裟な、と思われるかもしれませんが、「コミュニケーションの取り方は何が良いのだろう。口の形を読んでもらえるから大丈夫なのかな。手話が全くできなくて呆れないだろうか?筆談だと会話が間延びしないか?それに筆談となるとご飯はどのタイミングで食べたらいいのだ!?うっかり失礼なことを言ってしまったらどうしよう!でもどんなことが失礼にあたるのだ?!・・・」。

終わりなき自問自答のはじまりでした。
言葉の通じない国には何度も行ったことがあるのに、同じ日本人でありながら「聴こえない」人と会うことの一体何がこんなにも私を狼狽させるのか、その正体が分かりませんでした。

同時にそういう風に感じる自分は嫌な人間だと思いました。
一方でちえさんはどう思っているのか気になりました。

ブログを始めた当初はどちらかというと私が聞き役で、ちえさんが話し役でした。
分からないことを質問しつつ、受け取った言葉を改めて自分の言葉に置き換えていく時間の中で、ちえさんご自身の中にも同じように「聴こえる人」に対して戸惑う不安定な感情を見つけました。
そこに私たちの探しているものがあるように思えました。

このブログを通して、お互いの心の見えない場所にぐいっとしまいこんで、見ないでいた、あるいは考えないようにしていたものを「聴こえる」「聴こえない」私たちそれぞれの観点から観察しています。

なるべく客観的に物事を捉えようと努力はしているつもりですが、実際の場では私たちの語る言葉はとても主観的です。時に中途半端に文章が終わることもあります。
答えのない問いがあることも知りました。それはそれでいいと思っています。
そのゆらぎの中に、私たちが探していて皆さんと一緒にお話をしていきたい生活があるような気がしています。

Mau


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読んで下さりありがとうございます


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by machi-life | 2009-11-08 21:58 | mau+chie life

第37回(2009.11.01) 『なぜ手話を学んでいますか?』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“
Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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<未知なる世界を求めて読書の旅へ>

Mau: お気に入りの本と一緒にいただく美味しいおやつとお茶の時間。 秋から冬にかけての最も好きな時間の過ごし方です。

わたしたちの共通する趣味として「旅と読書」を挙げることができそうですが、小さい時にはどんな本を読んでいましたか?

Chie: 小さいときは、推理小説を読んでいました。 といっても、 シャーロックホームズがほとんどでした。

Mau: 小学生の頃ですか?

Chie: はい、そうですね。読書はあまり好きじゃなかったですが、会話文とイラストが多かったので読みやすかったですね。

Mau: 私もコナン・ドイルや江戸川乱歩が大好きでした。
「○○のふしぎ」シリーズも夢中になりましたね~。
小さなちえさんにとって読書は楽しいものではなかったようですが、それでも読まれていたのは何か別な理由があったからですか?勉強のためとか?!

Chie: 勉強のため、といったら偉いお子様ですが、そうではないです(笑)。
本が好きな母の影響もあるし、その頃はテレビドラマを見ても(字幕が無いので)分からないから原作の本を買っていました。
会話文が多く分かりやすく、先を早く知りたいというのが、シャーロックホームズの本だったと思います。単に、「知りたい」という好奇心のためですね。

Mau: 確かに、子供のときには何もかもが初めてで予測不可能でした。実際に大冒険をすることはできませんでしたが、本の中でならどこまでも冒険は続けられましたものね。 「知らない世界についてもっと知りたい」というのは子供の本能かもしれません。

Chie: 赤ちゃんでも子どもでも、身の回りにある者は何でも触ってみて、何かを知るのと同じように「知りたい」という本能が読書への行動につながったかもしれませんね。

Mau: 図書館や書店に行くと自分がいま何を求めているのかはっきりと分かる気がします。いつの間にかその時に関心を持っている本が置かれてある書架の前にいるからも不思議です。
今大人になって興味を持たれているのはどのような分野の本でしょうか?

Chie: 自分がいま、何を求めているか分かるというの、すごく分かりますね。
たいてい、本屋さんの入口においてあるベストセラーは、見てもピンと来ないものがほとんどですが、求めているものは不思議とピンときますね。
ジャンルについて最近はこだわっていないですが、言語、ビジネス、あとは・・・何だろう。。。最近は「悩む力」も読みました。著者は、カン サンジュさんです。。

悩む力 (集英社新書 444C)

姜 尚中 / 集英社



Mau: 日曜美術館の司会のカンさんですね。

Chie: 最近テレビを見れていないですが、司会もやっているのですね。

Mau: 最近よくメディアに登場しますね。先日もNHKのとある番組内でカンさんの人生に影響を与えた一冊は、夏目漱石の「こころ」だと言われていました。
少し意外な気がしました。けれどカンさんが韓国人と日本人の狭間で揺れ動いていた思春期に出会った本とお聞きして納得できるような気がしました。ちょっと横道に逸れますが、今は携帯でTVを見ようとすると字幕が出て便利ですね。番組に気になる人が出てきたときなど、ちょっとしたメモ代わりに簡単に録画できるのも便利です。

Chie: ワンセグですね。一度だけ使ってみたことがあります。そういわれてみれば、ワンセグを使っているろう者をあまり見ないような。 「悩む力」には、「こころ」のことばかり載っていました。高校時代に宿題で、 「こころ」を読まされました。読まされたということもあってか、当時はイライラしてしまいました。
テンポがおそ〜〜くて(笑).

今回、カンさんが人生に大きな影響を与えたというのでもう一度「こころ」に挑戦してみようかなとすこ〜しだけ思いました。 それに、もう一人、マックス・ウェーバーという人からも多大な影響を受けたそうです。ウェーバーの名前は、大学の講義で出てきていましたので「悩む力」を読んだとき、小さな感動を覚えました。「あ〜知っている!」みたいな。

<本だけでは分からない世界 ・・・ >

Mau: 少し前までは、ろう者や難聴の方が書かれた本を探して歩いては読みました。最初のうちは、急に沢山の情報や考え方などが頭に入ってきて混乱してしまいました。

Chie: どんな風に混乱しましたか?

Mau: 初めのうちは何でも受け入れようという心構えで、そのような本を読みました。ろう者の考えや生活などを「そうかそうか」と思って一冊の本を読み終えたら、次の本では全く別、あるいは逆のことが書かれていて、聴こえる立場として、ろうをどう捉え、考えたら良いのか迷って分からなくなってしまったのです。

最近になってようやく本からの情報量と実際にちえさんたちからお聞きする新鮮な情報とのバランスが取れてきたように感じてはいるのですが何も知らない「現代に生きる大人の私」は、まずは本やネットから情報収集をしようとします。

いろいろと“知った”うえで、自分の考えを出してみようかという想いからなのですが、それがいきすぎるとネットや本の中で語る人たちの顔が不在のまま、言葉だけに振り回されることがあります。 もちろんみなさん一つのことに対して異なる意見を持つことは極めて普通のことですが、わたしにはなぜここまで意見が対立(私にはそう思えました)するのかその時は想像がつきませんでした。これは表面からはうかがい知ることのできない深いものが横たわっているのではないかということに気付いたのは、かなり時間が経ってからのことです。

Chie 社会学や言語学を読んでいて(まだ少しかじったくらいですが)、考え方、見方が必ずしも一緒ではないので「普通」と思っていました。しかし、もしかしたら、手話の世界は独特のものがあるのかもしれません。
今はどんな風に受け止めていますか? (本を読んで、私からの話や現実を見てみて、その釣り合いというか、率直な感想を聞いてみたいです)

Mau: 確かに物事一つ取ってもさまざまな意見が出てくることは日常的に理解しているつもりですが、「手話」、「ろう」、「難聴」 ・・・の世界については、そうは思えませんでした。

なぜ違ったのかというと、どこかでろう者に対して画一的なイメージを持っていたからです。今も全く無いのか?と言われると正直に言って分かりません。何年か前までは、実際にろうの方と出会ったこともなく、関心を持って考えたこともなかったとはいえ、かなり勝手な思い込み基準ができあがっていたことは否めません。

手話と言えば、ろう者。ろう者といえば手話。
そうどこかで思っていましたので、聴者が手話を学ぶ手話サークル活動に対して、否定的な見方が本の中に出てきたときには驚きました。

効率的な英会話力を得る方法について書かれている語学の本の中には、「このようなスクールでは上達は望めない。行くのはお金と時間の無駄遣いです」といった項目が出てくることがありますが、それに対してではどうすればいいのかという答えが用意されています。例えば、どう学んでいくことが近道でゴール(語学の習得⇒留学、仕事に活かす ⇒ “自分のため”)することができるのかといった展開になることが多いです。

しかしその辺りの目標や目的といわれるものが、手話サークルの中では非常に曖昧であり、聴者とろう者が同じ「手話」を通じて時間を共有しているものの、目的としていることや、そもそものスタート地点が全く別なところにあるような気がしてます。

聴者は、手話=福祉。ろう者は、手話=生活、必要な言語
「手話を学ぶのは、聴こえる私のためではなく、聴こえないあなたのために学んであげているのです」

「手話習っているの?」「すごい、偉いわね」と言われることに対して違和感を覚えるようになったのはいつ頃からだろうか?と考えます。私はバリアなどないつもりでいましたが、どこかにそういう気持ちが隠れているのではないかと思わされることがあります。これは私にとって、ちえさんと向き合っていく過程の中では避けて通れない必要なものだと今は理解をして、なぜそういう気持ちになるのかを考えてみることにしています。

圧倒的に話者の少ない手話を、きちんと伝わる方法で学び、趣味のレベルではなく「お互いが」生活を送る上で必要な言語として手話を捉えていくこと。 今は両者の違いはまだまだ大きく開いている気がします。
将来耳が遠くなって・・・とか、何か事故で聴力が落ちてしまう可能性は誰にでもありますが、それを自分のこととして想像をして、「自らのこととして」勉強をしている人がどれだけいるのか分かりません。

<まずは気軽に、知ることから始めてみたい>

2年前の11月3日に、私にとってはじめて言葉をかわした(?)、ろう者である Iさんに出会いました。 そしてその夜には、私は本屋で、ろうに関する本を探していました。ところが手話の本さえどこにあるのか分からず・・・四方八方に手を伸ばしながら私の検索が始まりました。Iさんに直接メールを出して聞こう!ということは思いませんでした。まるで何も知らないのに質問をするのは失礼な気がしたからです。

そのときに本屋で購入した本が、「ろう文化」でした。

ろう文化

青土社



勢いで購入したものの、いきなりむずかしい高い本を買ってしまったなぁ・・・と家に帰ってから思いました。正直にいうと何について話しているのか、さっぱりわからなかったのです。まず本の中の専門用語がちんぷんかんぷんでした。

Chie: ろう者や手話のことを知るのに、一番最初に手に取ったのがろう文化だったのですね。入口として、私にとってはどっちでもよいことですし、本人にとってのセンサーは人によって異なりますよね。
ろう文化という本をとったまうさんの行動は例えば、フィンランド人について知りたいと思ったときにフィンランド人の文化という本を真っ先にとるのと同じくらいの感覚ですね。観光ガイドよりもそっちの方に惹かれるという。

Mau: それしか本屋さんになかったんですよ~(笑)。
頭がIさんとの衝撃的な出会いでパニックになっていたので、何でもいいから家に持ち帰ってじっくり目を通したいという気持ちが先でした。

Chie: それしかなかったんですね(笑)。でも、とにかく知りたい!という好奇心が勝って手に取ったというのは運命的ですね。

Mau: そう思います。
翌日は、図書館で「日本手話とろう文化」を借りました。
当時の私には内容の一つ一つが衝撃的なもので、読めば読むほど怖くなりました。

日本手話とろう文化―ろう者はストレンジャー

木村 晴美 / 生活書院



Chie: どんな風に怖くなりましたか?

Mau: わたしが知らなくて、考えてこなかったことに対して、木村さんがプロとして行動し、発信し、議論してきた事柄について、知らなかったとは言え、わたしを含む、聴者の無意識な悪意とでも言ったら良いのでしょうか・・・そこを指摘されたことに対してと言っていいと思います。木村さんが向き合ってきた手話やろう世界に対して何も知らない、知ろうともしなかった時間の長さに対しての恐怖でもあったと思います。

Chie: 未知の怖さということですね。 ただ、木村さんの書いていることをすべてのろう者が思っているとは限らないです。しかし、何も知らない読者にしてみれば「ろう者とはこういう考え方なのか」という受け止め方になるのも無理は無いですね。オバマ大統領の発言だけで「黒人全体がそう言っている」と受け止めていたとしたら、ろう者も同じように「木村さんの言うことはろう者全体のことを言っている」となりますね。

Mau: まったくおっしゃるとおりです。
私もあれから本を開いていないのですが、2年間経って今どう「ろう文化」や「日本手話とろう文化」を理解するのか知りたいですね。

<ろう者であることを求められる>

Chie: その本が出た頃、当時の自分は、変な自信を持っていました。ろう者であることが誇りであるかのように。周囲からろう者であることを求められている気がして常にろう者でなければいけないと意識していました。
自分自身も、そこに快感を覚えていました。ろう者として代表者になったような気分。

ちょうどそのときに木村さんの意見を鵜呑みにして、家族に読ませたんですね。でも家族は「だから何?」「共感できない」と反応が薄かったので、軽いショックを覚えました。
最近また木村さんの本を読んでみました。
そうしたら、おもしろいことに今の自分が当時の家族と同じような反応になっていました。「だから何?」「え?そうなの?」って一人で突っ込んでいました。

確かに聴こえる人たちの無意識の行動がろう者にとって迷惑なものになることもありますが、聴こえる側からにしてみれば、普通のこと、日常生活の中で行っているだけにすぎないことなんじゃないか、って思うようになりました。そこから、ろう者を理解するためにはまず聴こえる人の生活、聴こえる人の考え方を知ることから始まると思っています 。

Mau: 「ろう者であることを求められている気がして常にろう者でなければいけないと意識していた」という言葉・・・胸にどきっときました。
ちえさんのご家族の反応は、それをまったく意識せずにちえさんをちえさんとして見ているから出た自然なものに思えます。

Chie: ろう者でなければいけないというのは、手話サークル、前の職場において周囲が「ろう者としてどう思う?」と意見を求めていたことに慣れすぎてしまったんです。
快感を覚えていた一方で、だんだん自分を苦しめていたようです。

そういう意味で、まうさんがおっしゃるとおりに家族の反応が、普通なのですよね。以前の私だったら、声は全く出さん!と言わんばかりに相手に要求していました。
今も時折使いますが、そんな気迫のあるような行動は恥ずかしいですね。今は控えめです。

Mau: 全く声をださずに、手話だけで通すということでしょうか?
ひゃ~!その時のちえさんのままだったら、わたし逃げ出しちゃいます!

Chie: そうですね。大学時代の私は変な意地もあって「ろう者と話したいのなら声は出さん」という感じでした。会話のときに全く声は出しません。
ろうの同級生が、聴こえる人たちを相手に声を出して話しているのを見ておもしろくなかったかもしれませんね。結果的に新入生たちは逃げましたが、逃げる方が悪いと思っていました。泣き出した人もいました(苦笑)
手話を覚えたいのなら、私に挑戦せよみたいな(笑)。

今思えば、馬鹿でした。でもこれは、聴こえる人たち同士が声だけで話されている空間にうまく入り込めない苛立ちから来ていて、その感情をどこにぶつけたらよいか分からなかったです。
「サークルの時間はたったの2時間。その短い時間内で聴こえないことを体験してみなさい」という気持ちでいました。ちょうど、その頃に木村さんの話や、ろう文化の話に触れたとき、簡単に疑いもせずに鵜呑みしました。その結果で、友人の何人かが離れていきました。最大の代償ですね。

Mau: 今のちえさんからは想像のつかない女番長時代ですね(笑)。

私はいつもちえさんに適当な創作手話を使ってなおしていただいています。
声も出してもらうこともありますね。でもそういうときに、「もうしわけない・・・」と”ちょっぴり”感じています。

でもその「かたじけない!」という思いが、「次回はもっと手話を学んで出直します!」という情熱の源になっていることは確かです。わたしがちえさんの理解力に甘えさせてもらっているということもあるのですが、大人になってそれぞれが相手の立場に立ってコミュニケーション手段を使い分けたりすることは、聴こえる人同士でもあります。もちろん、ろうの人たち同士でもあるのではないかしら?と想像しています。

二年前はすべてのろう者が手話を使えると思って疑いませんでしたが、そうではないことも今は知りました。短い経験を通して分かったことは、少なくともちえさんと手ごたえのある会話のキャッチボールをするには、私が手話の技術を身に付ける必要があるのだと感じています。完璧は無理かもしれません。でもお互いがさまざまな方法を駆使すれば十分では無いかもしれませんが楽しく充実したお話ができることも知りました。

Chie: ありがとうございます。ろう者同士でも、相手によってコミュニケーション方法を使い分けていることはあります(人によっては、それができない人もいます)ね。それをろう者は、コードスィッチングという、 響きの良い言葉を使いながら、聴者よりも優れているというようなニュアンスで示すことがあります。

Mau: 面白いですね~。

Chie: でもそれは聴者同士でも同じことなので、私から見れば「だから何?」って思いますし、ろう者でもあまり上手にできない人はいるので結局変わりはないんじゃない?
ということですが、聴こえないことによって生じる社会的不利という視点は別問題として、きちんと考えていくべきことと思っています。

聴こえることと聴こえないこと、生理的、身体的に異なるこの現実は、文化だけでは片付けられない複雑なものが絡み合っています。
文化といえば、かっこよく映る一方、根本的な問題を直視しなくなる可能性もあります。
ここではせめて、文化やろう者という言葉だけで片付けはせず、しっかり向き合っていきたいと思っています。
その辺りは、ぜひとも聴こえるまうさん、聴こえないちえとして、今後向き合いたいと思います。
そして、微力ながら、聴こえることと聴こえないことの相違、生理的、身体的に異なることによって生じる現実に向き合うことが、聴こえない子どもたちには必ず、希望を与えることになると信じています。

特に昔の私は、周りに同じ立場でロールモデルがあまりいなかったこともあり、将来像がうまく描けない立場にいました。果たしたい夢は持っていても、 必ずぶつかるのは聴こえないことによって生じる現実です。今も恐れすぎているかもしれません。
その現実と向き合ってきた、ろうの大人と話をすることは将来像を描くことにつながり、具体性は欠けていても、必ず人生の糧になるのではないかと思っています。

と、なが〜〜〜い理想論になってしまいましたが、
まうさんの手話については、手話レッスンをすすめたいところですが、ここでは別として、向き合うことの意味、向き合う立場としてもちろん、私も声を全く出さない訳にはいきませんが、もっとお互いがスムーズにお話ができる方法は必ずあるのです。
その方法に私たちが辿り着くには、あとどれくらいか、時間はかかるのか、分かりませんが、そのプロセスも楽しめたら良いですよね?

Mau: 賛成で~す!
ちえさんの熱意に押されたのか・・・すぐ言葉が出てきません・・・あわわ。
「ろう者」の方々の世界を知り始めて若干2年生ということでお許しください(ちょっとびびってます)。
分かったようにコメントすることはできるだけ避けたいなあと思っています。いましばらくゆっくり宿題として私にも考えさせてくださいね。

Chie: いえいえ、ちょうど良いと思っています。
逆に手話の世界を知りすぎている人との話は偏りも出やすいので今のまうさんの立場からの話、どのように感じているのかを聞けたらと思っています。
そういった意味では、まうさんは読者に一番近い存在です。
聴こえることだけでなく、手話のこと、ろう者のことをこれから知っていくという意味もあり、ブログにおいて重要な存在です。むしろ、読者は共感もしくは案内人のように見るかもしれないですね。

Mau: そう言っていただいて・・・ありがとうございます。
自然体でこれからもいきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
知ったかぶりはすぐばれますのでやめときますっ!!

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<ろう者や難聴者の世界を想像する上で参考にした本 (mau編)>

耳の聞こえないお医者さん、今日も大忙し

フィリップ ザゾヴ / 草思社



星の音が聴こえますか

松森 果林 / 筑摩書店



驚きの手話「パ」「ポ」翻訳―翻訳で変わる日本語と手話の関係

坂田 加代子 / 星湖舎



「ろう文化」案内

キャロル・パッデン / 晶文社



わが指のオーケストラ (1) (秋田文庫)

山本 おさむ / 秋田書店


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by machi-life | 2009-11-01 14:37 | mau+chie life

第35回(2009.10.18) 『新潟・全国障害者スポーツ大会』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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今年の新潟は大忙し!!

Chie: 今年の新潟は忙しいですね〜天地人、高校野球、トキめき新潟国体。

まうさんの妹さんも国体のボランティアに出かけたとのことですが、周りの方々もボランティアに行かれましたか?



Mau: 妹は介護福祉士を目指して専門学校で勉強をしているのですが、その授業の一環として泊まり込みで長岡で行われた全国障害者スポーツ大会のボランティアをさせていただきました。他にも私の周りにいる方が何人かボランティアに行ったようです。



Chie: 学生ボランティアも多かったみたいですね。新聞で学生の声が載っているのを読みました。まうさんは見に行かれましたか?


Mau: 私は見に行く機会がありませんでした。ちえさんは行かれましたか?
またとない機会ですから、さまざまな方が多方面から関わった大会になったようですね。


バレーボールの試合を見て


Chie: こういう機会はあまりないかもしれないですね。国体は行っていないですが、障害者スポーツ大会はバレーボールを見に行ってきました。関東地方から友人が遊びに来たこともあって寄ってみました。



Mau: 会場はどんな様子でしたか?


Chie: ろう者のバレーボール会場は静かでした。 静かというよりは、人が少なかったですね。私も友人もちょっと見ただけでした。会場が長岡市だからなのかどうか分からないですけど、ちょっと全国大会にしては規模が小さいなぁと思っていました。(愛知県代表がまた美味しいところを持っていってしまいました笑)


Mau: そうでしたか・・・会場の規模や種目によるのかもしれませんね。愛知県が美味しいところを、というのは??



Chie: バレーは愛知県が優勝しました。高校野球でも新潟代表と戦って優勝しましたよね。

愛知県チームの試合は観ていなかったですが、何となく優勝の予感はしました。試合開始前の選手たちを見たとき、明らかにオーラが違っていました。新潟県は優しいオーラで、愛知県はごっつい感じでした。 「俺様についてこい!」タイプの選手のイメージだったので優勝してもおかしくなかったですね。




Mau: それは愛知県人の人柄なのでしょうか(笑)? 大会規模が小さい、というのは?



Chie:会場の規模、種目によるかもしれませんが、バレーは参加チームが少なかったですね。福岡県は出場できる条件をクリアしていたものの、福岡県の予算の都合上、出場できなくなったようでした。そういう背景もあってチームが少なく、さみしい雰囲気でした。



Mau:予算が無くて出場できなかったというのは選手にとってはとてもくやしかったでしょうね。



Chie: 予算が無い、というのは、障害者スポーツに対する県の見方の表れでもありますね。障害者スポーツは、あくまでリハビリテーションの一環であるという視点があるかもしれません。

(愛知県の人柄・・・かどうかは微妙ですね(笑)私の周りにいる友人は草食系なので、愛知県チームを見たときはびっくりしました。)

一般のスポーツ大会なら、スポーツ選手としてがんばってほしいという見方ですが、障害者となると出場できただけでもよい、みたいな見方があるみたいです。



Mau: うーん・・・それは・・・。
「障害があるのに、こんなに頑張っています」という言葉が当たり前に使われるメディアや周りでボランティアで参加された方々の言葉に違和感を持ちました。同じように感じた人もいらっしゃったと思いますが、ちえさんが言われるように、“障害者スポーツ = リハビリテーションの一環”という捉え方でいる方もも多いのだとと思います。



手話ボランティアには頼みにくい!?



Chie: 受け止め方は人それぞれですね。そのことはコメント欄でみなさんの意見を聞いてみたいですね。
そういえば、大会で手話と要約筆記のボランティアさんもいました。
ろう者、難聴者の情報保障としてのボランティアだと思いますが、本当に必要なのかなあ、と考えてしまいました。



Mau: ちえさん御自身は利用したくなるような魅力的な形では無かったのでしょうか?


Chie: そうですね。私自身、見た目にこだわっていたかもしれませんが、もう少し格好良く映ればいいのになぁと思いました。私たちが長岡駅で、駅から行ける温泉探していたときがありました。

長岡市は詳しくないので誰かに聞いてみようかと思ったところ、「手話」という文字が書いてあったパーカーや帽子をかぶっている方がいました。

ところが、なぜか手話と要約筆記を担う方々が集まって雑談していたんですよね。

手話が分かるので遠くから見ても、何を話しているかは分かりました。まるで近所のおばさまたちが、旦那様の愚痴で盛り上がっている、というような雰囲気でした。




Mau: 手話での雑談ですか?


Chie: その中に、ろう者もいたようでした。一緒に手話での雑談ですね。

道を尋ねたいとは思えなかったですね。仕事をしているのか〜って思いましたが、そこがボランティアですよね。ボランティアだから仕方ないのかな。



Mau: なるほど~私に手話ができたら「気を付けてください。しっかりと内容は漏れてますよ~」と教えてあげるのですが(笑)。その方たちは、ボランティアだから手を抜いても良いという意識はないと思いますが、そこにプロとしての心構えを見つけることは難しいかもしれません。どちらかというとお祭りのようなリラックスした感覚で気軽に参加されているのかもしれません。ボランティアだからというよりも、それは個人個人の意識に任されている部分が今回は大きかったかも。
ちえさんがたまたまそういう方々の会話に出くわしてしまったのかもしれませんねえ。


Chie: 手話サークル関係では残念ながらそういう方が多いので、「久しぶりに見ちゃった」という感じでした。もちろん、手話サークルの中にも熱心な学習者はいますが、なかなかそういう人は会えないですね。

ボランティアだからすべてそうであるとは思っていないですが、ボランティアだから何をしても良いという考えはちょっと違うかなという風に受け止めました。あくまでも手話のボランティアに限ってのお話ですが。

一生懸命学習されている方もいるので、すべてとはいえませんよね。



Mau: ろう者の方から見える「手話サークル」の存在に対する意見は、手話に関するエッセイのような書物を読んでいるとよく出てきますねすね。ちえさんもそう思われますか?


手話の世界での常識


Chie: 手話サークルが活発な時代もありました。それは福祉、障害者が使うものという視点から入って、「かわいそうだから助けてあげるよ」というところからスタートした背景があります。

ろう者はかなり腰を低くしないと助けてもらえなかったという話はよく聞いていました。仕方ないかもしれないですが、そういう背景もあって、手話の世界では「苦しんだ者が上に立つべき」という風潮があるようです。手話に関する書物にもあるんですね。



Mau: 苦しんだものが上に立つべきということについて、もう少し教えていただけますか?
私が読んだ手話サークルについての記述には、あまり良い感触のものはなかったように記憶しています。
かえって怖くなった気がします~。


Chie: ろう者の間では、「運転免許が取れたのは誰のおかげだ?」という話から始まり、ろう運動で苦しんでがんばった方が上に立つ。共に動く若いろう者は動きたくても動きにくい、ということがあります。

幸い、ハンズはそれを普通に通り過ぎたので何もなかったですが。
また、手話通訳者の間では、若い手話通訳者を育てようとする方が少なく、ほとんどは「私たちは一生懸命ろう者の手話を学んだのだから、あなたも現場で学びなさい」とあまり積極的ではないようです。

中には人材育成に力を注ぐ方もいますが、私が出会って来た通訳者の中でそのような後継者育成に視野を入れた方は残念ながら一人くらいです。



Mau: どうしてそういうことが起きるのでしょうか?


Chie: これはあくまでも私の考えですので、みなさん、批評とかありましたらぜひご意見をお聞かせくださいませ。

まずは、コンプレックスの裏返しなんじゃないかと思っています。
障害者を手伝うことは、自分よりも弱い立場の人と接することによって自分の存在意義を見出す。

こういうことは手話に限らず、他の障害者にもつながると思いますが、ここで手話がなぜ、そのような複雑な人間関係を生むのかは、ちょっと不思議です。

手話サークルの成り立ち、時代背景は十分に書籍や高齢者の手話語り、また通訳者から聞いてきました。

それでも腑に落ちないところがあります。もしかしたら、手話サークルとしてこれからどのような道を歩むべきなのか見えてこなかったのだと思います。

ここまで話した以上、手話サークルの方に殺されてしまいますね(笑)。



Mau: いえいえ、いろんな意見を言いあってからゆっくりと考えていこう!というのがこのブログの趣旨の一つでもあります。私たちが話していることに対して疑問を持たれた方、同感だと思う方・・・私もブログに参加したい!などなど・・・ご意見お待ちしています。

それにしても、そういう手話サークルに行ってもなんだか楽しくなさそうですね~。


Chie: あまり楽しくないですよ〜(笑)人としてもどうか、って思ってしまうくらいです。

京都にいたときは、手話サークルに行くと、ろう者の存在を無視する人もいれば、「若いんでしょう、真面目にやらなくていいよ。遊べば良い」と言う変なおじさんもいました。



Mau: あははは!と思わず笑ってしまいましたが・・・はてな?ますます分からなくなってきました。


Chie: 異質な世界ですよね?


Mau: そういう人は一人で勉強をしたり自分から積極的にろう者と関わったらいいのになあと単純に思ってしまうのですが、なぜ手話サークルに来ているのでしょうか?


Chie: 勉強方法が他に無いからのと、手話は一人で勉強できるものではないので。 本で見ても、これが「使える手話」なのか確認するために学べる場を探してみたら、手話サークルだけという地域は多いですね。そこで手話そのものを止める方もたくさんいます。

英会話のようにスクールが近くにあれば学べる環境にいますが、手話はまだスクールとして数少ないですね。愛知県はほとんどありませんし。もし手話を体系的に学べる環境が手話サークルにあったら私の仕事はなくなってしまいますね(笑)。



手話を体系的に学べる場とは?


Mau: 手話を体系的にきちんと学べる場所が無いということでしょうか?

ちえさんたちの今行っている活動は今までのものでは十分でなかったから必然的に出てきたと言えそうですね。



Chie: そうですね。ハンズには変なおじさんはいないし、手話をきちんと使いたいという方がいらっしゃるので、そこが手話サークルとの違いですね。英会話の世界ではこのような、よく分からない世界はないでしょうか?


Mau: それは・・・どこへ行っても何人か人が集まればあります。
英会話学校や公民館等でのサークルも例外ではありません。改めて自分がどちらかというと教える立場になってみて思うのは、そういうときはどうその場の舵を取るのかによって周りの人たちの周りの人たちへの態度や学びへの関わりが大いに変わって来るといるということでしょうか。

長く続いているサークル活動で難しいのが、運営上で会の担当者はいるものの、本当の意味で責任者は?と言われると不在のことが多いように見えます。“講師はみんな”“お互いに学びあいましょう”という姿勢は大切ですし、気軽に参加できるという利点もありますが、本当に学びたい人にとっては余計なことを考える時間や機会も少なくなく、どのような方向性を持って会を進めていくのか、それを誰がバランスを取っていくのか・・・難しいこともありますね。
そういった面倒なこと、効率の悪さに耐えられなくて密かにやめてしまう人もいるのではと思います(私も過去に英会話サークルを辞めた内の一人です(笑))。

私も現在「スペイン語サークル」を公民館という公の場所で主宰しています。過去の経験を無駄にしないように、いつどんな時に新しい人がいらしても、新しい人が違和感を感じたり、今までいる人が同じような過去の復習ばかりで、(つまらないなあ・・・)と感じないように密かに戦略を立てつつ運営しているつもりです。

英語で言えば大抵の人は、ある程度の基礎を持っていますが、スペイン語は初めてその世界に足を踏み入れる人が大多数になりますので、その点では緊張しますし工夫が必要ですね。多くの人にとって新しい言語という意味では手話に近いかもしれません。


Chie: 私も手話サークルに所属していたので何となく分かります。結局はバランスですよね。講師の舵取りによって左右されるからこそ、 周囲を見渡しながら道を造っていかないといけない、そこが講師としての醍醐味でもありますよね。


Mau: そうですね。変なおじさんも、誰かを傷付けたりすることを言わないようであれば、構いたくなっちゃいますね。それも自分に余裕があればの話ですが。とはいえ、サークルも通常のレッスンも全力投球しているつもりです。語学が好きだから、その楽しさをいろんな方法で伝えられないかといつも試行錯誤しています。いまはまだ手話が使える人の数、場は圧倒的に少ないので、ちえさんにとっては物足りないこともあると思いますが、これからビシバシとハンズで鍛えてもらって手話を学ぶ&学んで目覚める「面白い人たち」がどんどん社会に出てきたら・・・・その時に手話サークルは変わるきっかけを掴むのかもしれません。


Chie: ありがとうございます。手話サークルの常識は、 いずれ変わっていくものと思っていますし、それは講師自身も勉強、研鑽が必要だと痛感しています。講師は常に試行錯誤しつつ、自己研鑽に励む運命かもしれませんね。


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by machi-life | 2009-10-18 16:40 | mau+chie life

第33回(2009.10.04) 『感謝の種はどこにでも』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


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秋に思うこと、秋だから考えていること

Mau:早いものでChieさんが新潟で暮らし始めて9ヶ月余り。
いろいろと行かれたりしたと思います。その中でも特にどこか気に入っている場所はありますか?


Chie:豊栄、新発田の地域はとても良いですね。気に入っています。その地域の人たちが自分の住んでいる街を誇れているのはとても魅力を感じていますし、新潟市中央区にも、もしかしたら隠れている魅力が沢山あるんじゃないかと思うともっといろいろ歩いてみたいです。

一人暮らしを始めて4年になりますが、一人暮らしより誰かと一緒にいる方がもっと良いと感じています。
一人でいられる時間を確保しつつも、他の人と「美味しい」「おもしろかった」「今日もお疲れさま」と言い合えることはすばらしいひとときなのだと実感しています。

時折、友人と一緒に過ごしていると「人間は一人だけど、一人だからこそ人とのつながりが愛を生むんだなぁ」とまで思ったことがあります。



Mau:本当にそう思います。
私にとっては海外で生活をしていたときに、一人だけで費やす時とハウスメイトやホストファミリーと過ごす時を同時に持つことができたことがその後の暮らし方や仕事の仕方に大きく影響したと思います。
主に現地で暮らす家族の一員として迎えていただいたり、他の国の友達と家やアパートを借りて暮らしていました。経済的な理由ということもありますが、そこでは家族以外の人たちと一緒に暮らす楽しさと難しさ、共同で過ごす空間でのルールなどをお互いに試行錯誤の中で作り上げていく過程が、時にもどかしくも人間として成長させてもらった日々として今も思い出します。


ろう者としての一人暮らし


Chie:ろう者として部屋を借りるとき外国人と同じ扱いで断られることもあると聞きました。

コーダ(ろう者の親を持つ、聴こえる子ども)の方も、親が聴こえないという理由だけで断られたり、変な反応をされたりすることもあるそうです。

不動産からにしてみれば不安なのかもしれませんね。
聴こえないってどういう人なのか、ちゃんと仕事をしているのかとか。



Mau: なるほど、そんなこともあるんですか。
うーん、市内の不動産会社はどうなっているのか一度調べてみたいところですね。


収穫の秋まではもうすぐ・・・?


Mau:Chieさんの所属されている“手話レクチャーハンズ“は、この11月で5周年なのですね!
おめでとうございます。ハンズという組織の中での一員としての活動と、個人での活動や想いがあると思いますが、年末に向けて少し早いですが、Chieさんとしては今後どのように活動を進めていかれる予定ですか?


Chie: ハンズの一員として、ハンズは将来的にNPO法人を取得する予定です。ハンズとしてのチームを考える必要がありますので少し慎重になっているところでしょうか。と、突然の質問で「何だろう?活動といえば?」と思っちゃいました(笑)


Mau: すみません。ちょっと突然すぎました!


Chie: いえいえ、びっくりしただけですので大丈夫です。


Mau: Chieさんご自身の一区切りは、本格的に新潟で活動を始めた今年の1月なのかもしれませんね。
とても精力的に活動されていらっしゃるからまだ一年も経っていないなんて信じられません!


Chie: 今年の1月ですね。ある意味、区切りの時期でもありますね。意識はしています。
とにかく前へ進むのみという感じで走っているような気がしています。



Mau: すごく進まれたと思いますよ。
何でも知って、見てやるぞ!という気持ちと行動力にはいつも、すごいなあ!と思っています。


Chie: ありがとうございます。これでも遅い方だと思っている自分がいるのは、ちょっと焦り過ぎですね(笑)


Mau: おお!それは欲張りすぎですよ、ちえさん!


Chie: あはは(笑)
もっと効率よくできたらいいのになぁとか思っていたりします。



Mau: 私には効率よく動かれているように思いますが、それでもまだ満足がいかないはどんな原因がありそうですか?


Chie: 私生活と仕事の切り替えがないからと感じています。最近は、お休みの日は一切、教材に触らない、手話指導のことは考えないようにしています。この前の連休で新発田城とかを観に行ったときにすごく気分が良かったんですね。なるほど、切り替えるというのはそういうことか!と思って、できるだけお休みの日、または1日の中で最低でも1時間だけは自分の世界に閉じこもるくらいが今、できることの切り替えですね。


Mau: 確かにそうですね。Chieさんも私も、ある意味自己完結型で仕事をすることが可能ですので、自由といえば聞こえはいいのですが、エンドレスに仕事をどこまでも引きずっていくこともできちゃいますね。


Chie: そうそう、そういうことですね。
自由とはいえ、自由な時間をどう使うかによってつい、仕事を長引いてやってしまう面があるので業務の時間を設定して調整していくことが大事ですね。たぶん、1年前よりは調整がうまくできている!と信じたいところです。



Mau: Chieさんはできていると思いますよ。すぱっと切り替えを入れなくても、ちょっとお茶を丁寧に入れたり、ポストカードを一枚書くだけでも気持ちがす~っと落ち着いたりしますね。


Chie: ポストカード、確かに落ち着きますね。母からの手紙が届く度に、毎回返信を書いています.そうしたら、「忙しいときは出さなくて良い」と気使われました。どうやら、字が躍っていたようです(笑)。


Mau: あああ!!!分かる気がします~!!それでも、待っているお母さんに返事をだそう!と無意識に手は紙に向かうのかもしれませんね。えらいなあ!


Chie: 書かないと忘れちゃうからです(笑)。


Mau: 私は何か集中して取り掛かっている仕事があるときには、他のものは一切シャットアウトしてしまいます。申し訳ないと思いつつも・・・多くのことを一度に負えず。我ながら不器用です。


Chie: なるほど、集中するんですね。携帯もシャットアウトに近い状態でしょうか?


Mau: 携帯ですか?メールをいただいても、直接仕事に関係無いもの以外は、急ぎではない限りは後になってしまいます・・・ああ。 気持ちがそこに無いメールを送るなら、たとえその時だけでもちゃんとそこに心があるときに返信しようと思っているうちに、どんどん時間は過ぎていき、時にはメールの返事をハガキで返信させていただくこともあります。
私の場合は忙しいときも、そうでない時も基本的には携帯でのやりとりは他の人より少ないとおもいます。
本当は手紙でやるとりをするようなペースで仕事ができたらいいなと思っています。


Chie: そうですね、手紙でのやりとりだったらお互いに余裕もってコミュニケーションを図ろうとする分、
仕事もていねいになるのかもしれませんし、急ぎであれば会いにいくこともできますね。
こちらは仕事で携帯が必要不可欠になっています。といっても、すぐに電話ができるような環境にいない立場にとって携帯は最強ツールですね。
 


Mau: 本当にそうですね。携帯で生活が便利になり、豊かになることもたくさんあります。
母からはよく何気ないことでメールがぽつんと来たりしますが、そんなときは「さびしいのかな?」と思って、電話をしたり家に帰ったりします。


Chie: 娘が近くにいないと寂しいのかもしれないですね。母からの手紙を読む度にそろそろ、一時帰省したほうがよいかな〜と思ったりします。


Mau: うちはかなり近くに住んでいるのですが、一緒に暮らしていないという意味では、近くでも遠くでも親にとっては同じことなのかもしれませんね。

秋は人恋しい季節でもありますね。
きれいなものを見たり、美味しいものを食べたりすると、大事な人たちとこの喜びを分かち合えたらいいのにと思います。そう思えること自体がとても幸せなことですね。


Chie: そうですね。人の温もりも恋しい季節になりましたね。食べるときも誰かと一緒に食べた方がその分深く感じ取れることもできますね。
これは一人暮らしを始めてから本当にそう思います。
一人になって「やった~!」と解放感に満ちたものの、何だか違うなぁと思っていました。ラーメンでもパスタでもやはり、誰かと一緒に食べるのと一人で食べることは全然違うのだと分かりました。

秋になると人恋しくなりますね。その分、感傷的になりやすいかも?なんて思っていたら、どうしてもどうしても青春映画が観たくなりました!
そして、つくづく、男性との違いも少しずつですが、「男性ってすごいなぁ」と思いました。
自分自身を見ると意外と涙もろく、傷つきやすいときもあるのでそこは「女性だからというのもあるかもしれない」と実感しています。



Mau: 日本の男性は全般的に優しい人が多いと思います。
確かに、女性とはまた違った強さを持っている方も多いかもしれませんね。「母」になった友人の、守るべき人がいる人の強さにも美しさを感じます。機能的な美しさ、強さ、優しさ・・・ということを考えていたら、なぜか「江戸時代」を連想してしまう秋の私です。

Chieさん、ぜひ愛知へも帰ってきてください。そしてお母さんを新潟に連れて来てください!


Chie: ありがとうございます。
時間を見つけて一時帰国、ではなくて一時帰省してきます^^そのうちに新潟初上陸の日がくると思います。



厳しい冬の前の、過ごしやすく美しい季節が続いています。
さまざまな場所でイベントが開催されていますね。こんな場所で男女問わず素敵な人に出会ったときには、にっこり心の中でガッツポーズ。(この人に会うためにここへ来たのかも!)と思えます。

さて自分を振り返ったときにはどうだろうか?収穫してばかりで次の春に向けての種まきはわすれていないだろうか?実りの秋を楽しみつつも、小さな出会いの種、感謝の種をあっちにもこっちにも落として来れる私であれたらと願いつつ過ごす秋の一日です。

素敵な秋をお過ごしください!


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by machi-life | 2009-10-04 17:22 | mau+chie life

第32回(2009.9.26) 「わたし」の出会い、誰かの出会い

 「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き


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Chieの友人、新潟上陸!




Mau: おはようございます。ちょっと紅茶を入れてまして・・・少々お待ちください。

Chie: 今日はどんな紅茶でしょうか?

Mau: 今日は日本の知覧で作っている紅茶とアールグレイのミックスです。

ちえさんは、珈琲党でしたね。

Chie: 紅茶も好きですね。ミックスとはなかなか良い香りがしてきそうです。

たまたま事務所にはコーヒーかお茶しかありませんので紅茶も久しぶりに飲んでみたい気分です。


Mau: なぜか寒くなると紅茶が飲みたくなってきます。おすすめはジンジャーミルクティーですよ。

Chie: なるほど〜ジンジャーミルクティーなのですね!^^

Mau: 作り方は簡単です。

材料は、しょうが(適量/お好みでスライスしても下ろしても)、紅茶(茶葉をご用意ください。種類はウバがおすすめ)、牛乳(適量)、水

1)鍋にお水、茶葉、しょうがを入れます。

2)沸騰してきたら火を弱くして牛乳を入れます。沸騰する直前で火を止めてください。

3)ティーポットなどに入れて濾して飲んでください。そのままでも美味しいのですが、黒砂糖やはちみつで味付けをして甘くしていただくのもおすすめです。冬になると、職場には下ろした生姜を持って行って、深めのカップにお水、牛乳、生姜を入れてレンジでチン!して飲んでいます。

風邪を引きそうなとき、寒いときにぽかぽか内側から温まります。ぜひお試しください。





まうさんとの出会い

Chie: 先日の加島屋は本当にありがとうございました。

Mau:こちらこそ、ちえさんの大事なお友達を紹介して下さりありがとうございます。美味しかったですね。




   新潟加島屋HP http://www.kashimaya.jp/

   茶屋長作(加島屋2Fのお食事処) http://www.kashimaya.jp/restaurant/index.html



Chie: 友達との会話はいかがでしたでしょうか?

Mau: 最初、(あ、ちえさんとお友達がいらっしゃった!・・・と思ったらもう一人!)と嬉しさとびっくりから始まりましたね。

お二人ともシャイな感じでしたが照れられている中にも目元がとても優しくて、一目で好きになりました♪

Chie: 友達2人と伝えたつもりがちゃんと伝えていなくてすみませんでした。

2人とも実は人見知りのようです^^;

学生時代はそんなことないと思いましたが、意外と人見知りなんだなぁって私もあらためて発見できました。


Mau: ちえさんはどうでしょう?

Chie: 昔よりはよくなっていると思います 笑

Mau: そうなんですか!

三人は大学の時からのお友達で、卒業旅行にもみんなで行かれたんですってね

Chie:友人すーの呼びかけで集まり、タイへの旅行で仲良くなりました。ハプニングとかいろいろ起きたから絆が深まった(?)かもしれないです。

実際に話をしてみてまうさんはいかがでしたか?


Mau: 前日は手話本を見ながら特訓をしました。しばらくしてから、みんな人間だし、どうにかなりそうな気がしてきて、特訓は終了しました。

実際に皆さんとお会いしてみて、私の方はかえってリラックスしました。何でもそうなのですが、直前まではあーだこーだと考えてしまいますが、その時間になると、ただただ楽しかったです。

肝心の手話はというと、今回は皆さんが「優しい」ということもあり、ひらがな手話混じりの分かりにくいものでも理解してくださり感謝しています。

お互いに分かりあいたいという空気が流れていてとても心地よく感じていました。




Chie: ありがとうございます。ひらがな手話混じりというのは、指文字のことですよね?

友人も指文字くらいは分かるだろうと思っていたので指文字を使っていましたが、逆に「あれ?通じていないみたいだ」と判断してお互いにいろいろ工夫していましたね。
日本人同士が通じないという経験はあまりないので、良い機会でした。

音声であれば耳で聴いて、どこかで聞いたことがあるかなぁという風に記憶を探りつつ会話すると思います。
使用言語によりますが、英語の場合はそうだと思います。
でも手話となると、対応できるコード自分の中にがなく、戸惑うこともあるかと思います。
そんなときは、分かりやすく伝わる方法で伝えていますが、
友人との会話から、まうさんがどのように感じたのか一番気になっていました。



通じることとは?

通じないこととは?


Mau: 指文字は、自分の方向でだけ見て勉強しましたので、逆方向だと途端に読めなくなることが分かって良かったです~。

どういうことを「話が通じている」とするのかが曖昧なところですが、音声で話し合っていても相手が意図しているものが全く分からなかったり、逆に伝えていることが通じていないと感じることもあります。

どこかで聞いたことがあるぞ?と何らかの単語をキーワードにして想像したり連想していける人もいますが、みんながそうではないことも経験しています。不思議だなあ・・・と思いますが、時に全く言葉が通じなくても、例えばテレビでいう「チャンネル」のようなものが合う人とは、共通言語を何にも持っていなくてもいつの間にか友達になっていたり一緒に笑っていることがあります。

ここが始めの一歩ですね。それから先は、お互いに何か基準となる言語を勉強したり、語学だけではなく知識や経験の幅を広げていくことで更に面白くい関係になっていくのでしょうね。手話は私にとって新しい言語です。今は本格的な勉強の前のウオーミングアップをさせてもらっていると思います。お二人との新しい出会いは、そんな気持ちのアンテナを刺激してくださいました。

Chie: とても良いウォーミングアップですね!指文字については学習者の中にもそういう傾向があるのでこちらも勉強になりました。
話が通じているという基準について、確かに曖昧なところがあって伝わっているようで実は全然伝わっていなかったこともあります。
他に人から見て通じているように見えても、 当の本人たちにとっては通じていなかったりその逆もありますね。
そういうことを考えるとなるほど、チャンネルが合うと通じるというのはあると思います。
そのようなチャンネルが増えると良いですね、聴こえる人同士にも周波数のように チャンネルが合うのと合わないのはありますか?



Mau: 日々こういう出会いがあったら、どんどん手話は自分の中に取り込まれていきそうな気がしました。

英語やスペイン語は自習する時間も同じくらい大切だと思っていますが、手話だとその割合は少し減って、実践をより多くしていくことで習得していくものだと感じました。私も手話の絵が描いてある本を見て学びましたが、一体本当に正しいのか間違っているのかがよく分からず詰まってしまいそうな気持ちになりました。私が超初心者だからかもしれないのですが。


聴こえる人同士にも周波数の合う人となんだかずれちゃう人はいますね。
それはみんな違うことを目的として話しているので当然起こるべきこととは思っているのですが、内容にもよるかもしれません。

この人から学ぶべきことがあるとか、なんだかよく分からないけど面白いと思えれば、ずれていたとしてもそのままずらしておきます。

そしてこちらは話聞くのはやめて質問したり、聞く側にスイッチを自動的ですが切り替えているような感覚です。この場合はかなり受身ですが、それもコミュニケーションの1つとして考えています。




Chie: 手話は動く動作があって成り立っているので、絵だけの静止画では限界がありますね。
静止画だけで学習してきた人が、実践で思うようにいかないケースは多いです。
こちらは亀さんが小走りするような感じで手話をやってみると、
「速いからちょっと待って」と動きに慣れていない反応がかえってきます。絵だけを見てきた人たちにとっては
ある意味でやむを得ないかなと。

でも、いいところは、基本的な手型を知っているというところだと思います。
確かに絵にはない手話もあります(英語も実践の場で使う単語は全てが教科書に載っているわけではないですよね?)。
その前に、基本的な手型を知ることによってある程度予備知識がついていると思って
前向きに進んで行ったらよいかと思います。

コードスイッチングみたいなもので、コミュニケーション方法を切り替えるというのはろう者同士にもあります。
ろう者同士もお互いにずれているな〜と思ったら、わかる言葉を選んだり、
話を変えて分かりやすく整理して質問したり確認したり自動的にやっています。

これはなるほど、人間だからこそでしょうか。



Mau:そうだからこそ、分かりあえる、通じ合える人に出会えたときに私たちは大きな喜びを感じるいきもののように思えます。




Chie: そうですね。根本的なところは、人間、というところにありますね。

人間はそもそも伝達能力が、発展していき、その結果として多数の言語が生じているのですよね。


Mau: これだけいろんな言語が世界中にあることが、与えられた偶然なのか、いたずらな必然なのかたまに考えてみますが、一つだけではなくて、いろんな言葉が溢れていることに感謝してます。

こないだの日曜日、ハチャメチャな手話、指文字、ジェスチャー、表情・・・書く以外のあらゆるものを駆使してお話をしている時の私の顔は、ものすごーく嬉しそうな顔をしていたに違いありません。つながる喜びとともに、挑戦する楽しさをいただいています。挑戦するその先に「もっと話したいと思える人がいる」といるから楽しいし嬉しいのでしょうね。



Chie:コミュニケーション自体を楽しむことって大事。それがないと、人とかかわる楽しみも半減する気がします。

挑戦でもあり、今までの自分の経験の集大成みたいに、その場にエネルギーを集中。そういう時間が持てるって幸せなことです。


Mau: スーさんは、最初はろうの方だと思いました。とても自然な手話も使える聴者でした。

私たちが苦戦しているのに気づいていながらもあえて手助けせずにいてくれたのも嬉しかったですね。こちらも(よし、先方には助ける気はないようだと最初から腹を決めて頼らないでいられましたから)。

生徒さんを友人の外国人に紹介する時は、私もすーさんと同じような態度を取っていると思います。




Chie: すーさんはおせっかいをあまり好まなく、、必要な場面のみに応じるといった感じですね。
そういう意味では、まうさんと近い価値観を持っていると感じていました。
話したい人がいるというのは本当に幸せなこと。無機質に会話しているような雰囲気を醸し出している人たちも ごくたまーに駅で見かけたりしています。

比較する訳ではないですが、コミュニケーションのおもしろさが分かれば

その人の生活も見えてきて自分と重ね合ってみたり、あるいは拒絶されながらも

自分を見つめてみたりできて、人間という本質的なことに着いて考えられるようでおもしろいですね。
そういった意味では、今回のまうさんたちに友人を紹介できて良かったと思います。

ありがとうございます。今度お茶したいですね。


Mau: 皆さんには鍛えていただきました~!

基本は、みんな一人だと私はいつも思っています。だからその時だけ助けてもそれは本当の親切ではないと思える時があります。

ただし、学んでいる者同士でお互いに助け合うことは大いにやっていくべきだと思っています。いつか一人で飛べるように。

こちらこそありがとうございました。またご一緒しましょう。




Chie: 学んでいる人同士が助け合いながら一人前に成長していく、スポーツと同じですね。イチロー選手も野球は相手がいて成り立つ
ゲームだからこそ、メジャーで活躍ができるんですよね。ありがとうございます!



☆ ☆ ☆

人に出会って、新しい自分を発見することがあります。

「わたし」という人に出会って、誰かが自分を発見することもあると思います。

一人で何かをしようとすることも素晴らしいことですが、何か1つのものをさまざまな考え方、方法を駆使してみんなで作り上げていくという作業に憧れる秋です。



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by machi-life | 2009-09-26 07:23 | mau+chie life