聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
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ろうを生きる 難聴を生きる

新潟県の手話人口を一万人に!という目標を掲げる、手話レクチャー「ハンズ」会長小池卓さんの活動が取り上げられた番組が全国放送されます。

おめでとうございます!!

<NHK教育テレビ>
番組名「ろうを生きる 難聴を生きる」
日  時:2010年4月4日(日)19:30~19:45

[再 放 送]
4月 9日(金)12:45~13:00
4月11日(日)19:30~19:45
4月16日(金)12:45~13:00

放送内容:「聞こえない人と聞こえる人のかけはしに ~新潟・小池卓さん~」

2010年3月、新潟市で「しゅわる映画祭」が開かれる。
聞こえない人も聞こえる人もともに同じ映画を楽しんでもらい、あわせて、手話に関心を持ち手話を使う(しゅわる)人を増やすことを目的にした、はじめての映画祭だ。

映画祭を企画したのは、手話の普及をめざして活動する団体・手話レクチャー「ハンズ」。代表の小池卓(すぐる)さん(31歳)が映画祭の運営委員長を務めている。

小池さんは、小学生の時に自分が難聴だとわかった。聞こえないことでつらい日々を送ったが、その後、手話と出会い、その魅力を知り、「手話をもっと世の中に広め、聞こえない人と聞こえる人の壁をなくしたい」と思うようになる。そのために「ハンズ」でさまざまな企画にかかわってきた。映画祭もそのひとつだ。 

「聞こえない人と聞こえる人のかけはしになりたい」と願う小池さんに、その思いを伺う。

ろうを生きる 難聴を生きるHP
http://www.nhk.or.jp/fukushi/chokaku/index.html

何とも面白そうな内容!
録画予約は既に済ませました。見る準備は万端です : ) !

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「オイラはもうTVの前で待ってるよ〜」
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by machi-life | 2010-03-29 11:19

第42回(2009.12.13) 『映画の楽しみ方』

Hello Again !!
2009年最後の月は、聴こえるMAU、聴こえないCHIEが交代でエッセーをお届けします。

***

映画を観るときってどういうとき?
気分転換やデート、そして遊びに行くとき。。。

観に行く動機が人それぞれであるように、映画もまたそれぞれのストーリーがあって中には自分の人生と重ね合わせて観ることもあったりします。

よく「感動した!」「何か気持ちが伝わってきた」と感涙する方もいらっしゃいますが、これは自分が体験したことと重なったということもあります。

私にとって、聴こえないわたしにとって、映画はとても身近な「先生」です。ほとんどが海外の人たちばかりでしたが、最近は日本人も加わるようになりました。

映画が好きという話になると「邦画と洋画のどちらか好き?」という話題になりますが、以前は「洋画!」と答えていました。

理由はとてもシンプルなのですが、「字幕があるから」でした。
邦画を映画館で観に行ってみるとほとんどは字幕がついていないため、
好きな俳優が出演している映画も諦めてしまっています。

特に「余命1ヶ月の花嫁」は瑛太さんが主演だったのでとても観たかった。その想いをおさえて、DVDが出るのを待っている状態でした(もう出ているのでレンタル予定)。

という風に書いていると、「聴こえないから映画も楽しめないんだね」という見方を持つ方もいらっしゃいますが、逆に、映画が「先生」なので毎回、刺激をいただいています。

字幕からは会話するときの言い方、男女の駆け引きの台詞など、とても勉強になっています。

映画が好きな人は、それぞれの人生を受け止められる人だと思います。
いろいろなストーリーを知っているからこそ、分かることもあると思います。

このように映画は、自分が経験できない世界まで導いてくれることもあり、この地球上にいくつもあるストーリーを教えてくれます。

だから映画好きの気持ちは今後も続いていくと思います。そして、みなさんの中にも映画好きの方がいましたらぜひ語り合ってみたいです。

その場の一つとして、来年3月に「新潟しゅわる映画祭」を開催することとなりました。

普段観る機会のない「手話を使った映画」を上映予定です。
新潟で映画を上映することによって手話の芸術、エンターティメントの新しい創造に向けて準備を進めています(わたしも実行委員メンバーの一人です)。

映画をもっと楽しみながら、誰かのストーリーの中に自分が入れたり、
逆に自分のストーリーに誰かが入ることは、素敵な出会いの始まりであり、
同時に素敵な1ページを作るきっかけになります。

今後もより人生を楽しんでいきます。
Chie


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by machi-life | 2009-12-13 09:40

第40回(2009.11.23) 『盲者とろう者のコミュニケーション』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie<東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆
Chie: 最近、鍼による治療を受けています。

人生で初めてなので「痛っ!」という感覚を楽しみながら(?)通っていましたが、今回で一応終わりました。

先生からは「具合が悪くなったときにまた来てください」とのことでした。そのあとに「おもしろいことがあったらメールしてね」と先生の心配りもありました。

まうさんはいつ頃から鍼に通っていますか?

Mau: 3ヶ月前からですね。最初は週2回で通っていましたが、今は週に1度施術を受けています。とても全体のバランスが良くなったと感じています。

ちえさんはいつ頃から行き始めましたか?


Chie: 1ヶ月くらい前からですね。まうさんに紹介してもらって初めて行った時は「何されるのやら?」と不安半分わくわくでした。


Mau: どうでしたか?初めての鍼は?


Chie: 神経が集中している左腕を刺された時は、電気が走ったように痛かったですね。

それ以上に、先生が目の見えない方なので、盲の方とお会いしたのは初めてではないですが、どうやってコミュニケーションをはかろうか、少し戸惑いはありました。

Mau: そうですよね。私も今回初めて行きましたが、初回は思わず手に汗を握りました。先生にリラックスして!言われましたが、「どうすればリラックスするのでしょう?」と、聞く始末。動揺していたんでしょうね。



Chie: 先生からはどんな反応でしたか?



Mau: 大爆笑されて、「馬鹿なこと言ってんな!」あははは!といった調子だった気がします。力を抜くって、難しいな。伺うたびに、思っているよりも普段の身体は緊張を強いられているのだなと思わされます。



以前盲の方と出会われたときは、どのようにコミュニケーションを取られましたか?



Chie: 大学時代に盲の学生さんがいたので慣れているつもりでしたが,大学時代は難聴や聴者の学生が隣で通訳をしていました。

私の話す事が伝わるのは良いですが, 盲の方から話される内容が分からない、読み取れないときが多かったですね。余談ですが,昔のろう学校は盲学校とろう学校が一緒になっていました。私が生まれる以前の話ですが、単に国としては「障害者は一つにまとめよう」という視点にあったかもしれません。
特別支援教育がスタートして数年になりますが、時代に逆行しているのでは?という見方も出てきています(ろう学校と盲学校を一緒にしよう、という法律ができたのです)。 


Mau: ちょっと待ってくださいね。いま想像しています。

ちえさんが声を出して(でもちえさんは聴こえない)、そして盲のお友達が聞いて、お話をする・・・けれど聞こえない・・・となると、手話も使えませんね。
通訳が入らないとすると、どうコミュニケーションを取りましょうか? 

Chie: 私の発音が分かる人とそうでない人に分かれますが,学生時代はほとんど、その方が通訳のときに声がかぶらなくて済むから)私は手話のみで話をしました。 そして、間に聴者や難聴者が入って、私の手話を読み取って日本語を声に出して話しました。


逆に、盲の学生が話す時も日本語を聞いて、私に対して手話で話しました。もし、通訳が入らないとなると難しいですね。

きっと、指差しから始まって手探り状態なのでしょう。でも沖縄に行ったとき、「あ!そうなのか!」と思った体験があります。
沖縄で知り合った盲の方は、ろう者と行動を共にしていました。


そのろう者が手話を教えていたので、盲の方が話されるときは手話で話されていました。簡単な会話ですけど。


Mau: ふはぁ~・・・!!

お互いにものすごい努力と時間をかけて手話を習得されたのでしょうね。

盲の方は、誰かに手を取ってもらって、ひとつずつ覚えていったということでしょうか?


Chie: そうかもしれないですね。


Mau: 鍼の先生もそうですよね。

鍼灸やマッサージというと盲の方が開業されていることが多いですが、手の感覚に優れた方が多いのかもしれません。後から発達をしていかれるのかもしれませんが。私にとって鍼の先生は、日本で初めての盲の方との出会いになります。先生の前では的確に症状を言葉にしなければいけません。痛む箇所から、程度、不調を感じる頻度まで事細かに聞かれ、確認をしながら鍼をうつ個所を決めていらっしゃるようですが、自分の体のことなのに説明がむずかしい!

「この辺り、何となく痛む、でもいつから症状が始まったのか明確には覚えていない」等々、いかに曖昧に過ごしているのかを指摘されます。耳が痛いのですが、ありがたーいお言葉です(笑)。


Chie: 外国ではお会いした事ありますか?


Mau: はい、アメリカとチリでお会いしました。


Chie: 一つの機能を失うともう一つの機能が発達するとは言われていますね。お会いした時はどうでしたか?何かが違う事は感じましたか?


Mau: アメリカの大学でのお話ですが、世界史の先生は盲の方でした。

いつも盲導犬と一緒に片手には大きな点字の教科書を持って授業に来られていました。

本を手でさわりながらの授業でした。もちろん板書は一切ありませんから、生徒はお話を聞きとろうと必死でした。

膨大な範囲をカバーする世界史の授業でしたから、1回の授業の範囲がとても広くて、毎週40ページから50ページ読んでくる必要がありました。


Chie: 話すのも早かったですか?


Mau: 一般のアメリカ人が取るクラスですから、ナチュラルスピードでしたよ。

世界史の知識がまず日本語でもなかったこともありますが、私にはそのクラスはとてもむずかしくて、テストでは赤点を取ってしまいました!

その時に先生のお部屋へ呼ばれたのですが・・・。


具体的な内容はよく覚えていませんが、要するに、先生が言いたいのは、「見えない私にできることが、どうして見えるあなたにはできないと思いますか?それはすなわち努力が足りないのではないですか?」そんなことを暗に言われたと思います。


それからは、一念発起をして私なりにものすごく苦労をして、胃が痛くなりながら勉強をして、ようやく及第点をいただいて卒業することができました。
「あらっ!できるんだわ!」と思った瞬間です!

Chie:できる! その自信、とても大きかったですよね?
今では良い思い出の一つになっていますよね。盲の方は話すのが一般的に早いと言われています。本当なのかどうかは分かりませんけど、

確かに「見えない私に出来る事が、どうして見えるあなたにはできないの?」と思う気持ちは分かる気がします。

聴こえない私に出来る事が、どうして聴こえるあなたにはできないの?と思った事は少なからずあります(笑) 


一人で旅に出たとき、旅先で「聴こえないのに一人で旅しているの?私には無理」と何人かに言われたことがあります。


そのときに「聴こえるのに何で無理なのかしら?聴こえるんだったら困ったときに誰かに聞ける手段がはっきりしているだけでも

十分じゃないのかな?」と思うことがあります。


でも今は、少しずつ考え方や見方が変わり、人はそれぞれできることとできないことがあって当たり前。

それを単に身体的特徴だけで優劣を決めたらいけないなとも実感したときもありました。


Mau: そうですよね!「やれば」できるんです!

そこで頑張ったおかげで予定より1学期早く卒業できました。

母には内緒で、浮いた学費で、3ヶ月間中南米を一人旅をしました。その時に体験したことは、今の私の在り方にとてつもなく大きく影響しています。

また、チリで出会った盲の女性は、素晴らしい声を持っていて、街頭でラジカセをかけながら、歌をうたってお金を稼がれていました。


Chie: いいですね、3ヶ月間回れるって。

自分で稼ぐということは、自立の一歩ですね。


Mau: そう思いました。笑顔で歌う彼女に元気をもらって、その対価として街の人々はお金を支払いました。誰かに守られて暮らすという選択肢もありながら、こうして自分の持っている価値を自ら見いだし、そこに磨きをかけて、職業として確立していくこと。
みんな同じ、そこで、その場で必死にがんばっているんですね。

Chie: 盲の方とのコミュニケーションについてはまだ不慣れな面が私にはありますが,鍼の先生には、先生の手を取って「ここの辺りが痛い」というように伝えています。

Mau: なるほど。そのように伝えられていたのですね。

Chie: このように自分とは違った人たちに触れ合うと対価はもちろん、新たな視点に立つことにもなりますね。

Mau: 本当にそう思います。

鍼で的確にツボを刺激することで、私たちの身体の調子はとてもよくなりましたね。実は、ほんとーに小さなことが、大きく何かを変える力を持っているのかもしれません。


Chie: メンテナンスですね。

身体のメンテナンスとして本当にありがたいことです。

Mau: また、普段の暮らし方、考え方、人との接し方の重要性についても改めて理解できた気がします。


Chie: そうですね。鍼に行っている時は大抵、身体が悲鳴(?)をあげて疲れている時だと思います。そこで、以前、ろう者が「疲れている時は手話で話せる友達のところへ行く」と言っていました。この辺りについて聴こえる人たちの中にもありますか?

Mau: もう少し詳しくお聞かせいただけますか?その方は、どういうお気持ちでちえさんにそう言われたのでしょうか?

Chie : 普通に会話をしていた時の話なんですが、例えば会社の中では声を出して話をするけど,時々、ろう者や手話の出来る人たちの所へ行くとホッとするということを言っていました。元気な時は、多少コミュニケーションが難しくても何とかなるという前向きな気持ちにはなるでしょうけど,疲れているときは気楽に話したいということです。例えば,彼女に束縛されてそろそろ友達と遊びたいな〜という恋人と同じ感覚です。


Mau: (笑)!


Chie: そういうときってないですか?日常生活の中で。

Mau :日常生活の中で心身ともに疲れているときには、私の場合は映画館や岩盤浴へ行きますね。そういうときは、あまり人とは会いたくないかもしれません。

周りを見渡してみると、自分を肯定してくれる人のところへ出かけていって話をすることが多いのではないかなと思います。

ちえさんは、そういう時はどんな人と話がしたくなりますか?


Chie: 反応が分かりやすい人と話したくなりますね。


Mau: 具体的にはどういう人のことですか?


Chie: 「うんうん」と聞いてはいても、上の空だなとか、心ここにあらず、の表情をしている人よりは、真剣に反応する方が好きですね。「え?」「なんで?」というように目に見える形で分かるとこちらも話したくなる。

そういう感覚でいます。普段はできるだけ、時と状況に応じて聞き役になったりしますが。だから、もしかしすると、昔から女友達の中で女性らしさ100%の人は少ないですねたいていが、ちょっと男性っぽい。


Mau: え?私も入っていますか?!


Chie: 入っています、さっぱりしているところがありますし。良い意味で(笑)


Mau: ありがとうございます。

私の周りにも優しさを保ちながら、いざという時にははっきりと意見を言ってくれる友達が居てくれていますね。一人遊びが上手な人も多いかな。


例えば、みんなで遊びに行くとします。

現地に到着したら、解散!てんでばらばらに好きな場所に散らばって、お昼に改めて集合!そこで各々がどんなことがあったかお話をして、またてんでばらばらにちらばり、帰りは一緒にわいわい楽しく帰ってくるみたいな。そういうことのできる友達が多いですし、無理が無いので疲れませんね。


要するに、自分の世界を持っている人かもしれません。そして他の人とも共有できる人かな。


Chie: それは分かります。

そうですね。私も旅行する時は別行動の時間も作っていました。

単なるマイペースだけでなく、お互いにやってきたことを報告し合って

充足した時間を過ごせる友達がいいですね。


Mau: そう思いますー!
いつも会っていなくても、ふとした瞬間に「どうしてるかな?」。美味しいものをいただいた時には、「あの人と一緒に食べたいな!」。悲しいときには、「会いたいよー!」と叫びあう関係を、たくさんの人とは無理かもしれませんが、縁があって周りに居てくれる人たちとは交換し合いたいと願っています。


そんなときに、ああこれが人として生きる喜び?!なんて、少しセンチメンタルに感じて一人悦に入って楽しんでいます(ふふ)。


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by machi-life | 2009-11-23 22:57

第36回(2009.10.25) 「当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないとき」

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
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"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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風呂の中での読書

Chie:食欲の秋・・・ではなくて、読書の秋になりました。お風呂で読書はしますか?そういえば、お風呂に入るときは全身浴より半身浴が良いみたいですね。

Mau: 鍼の先生に勧められて半身浴をしています。全身で浸かるよりも温まる気がします。その時に本を持ち込んでいます。

Chie: ビニール袋をかけていますか?

Mau:あらかじめタオルを何枚か重ねておいておいて、手をふきながら本を読んでいます。ちえさんはどうですか?

Chie: 本は風呂場には持ち込まないですが、どうやって持ち込んだら良いか考えたことがありました。マンガを風呂で読む友人がいますが、彼女はそのままお風呂場へ持っていくとのこと。ちょっと踏みとどまりました、そして、そのまま実行せず(笑)。

Mau: 寝ぼけて高校時代、現国の教科書を風呂の中に落として、一年間しわしわのものを使った思い出があります。換気扇をまわしておいたり、窓があれば少し開けておくとかなり違うと思います。

Chie: なるほど〜換気扇を回す方法でしたね!
濡れても良い本からスタートしてみようかな。


Mau: 私も「風呂用」の本を持ち込んでいます。短編集やエッセイみたいなものが多いですね。

Chie: 読んでいて眠くならないものが良いですね。 最近おすすめのエッセイありますか?
Mau: エッセイだと、松浦弥太郎さんの本でしょうか。これは大事にしていて、持ち込めないのですが。


Chie: どんな人でしょうか?


Mau: 暮らしの手帖という雑誌をご存じですか?丁寧に衣食住を行う大切さ、日本人らしさをさらりと気付かせてくれる雑誌です。その本の編集長です。確か・・・随分と長い間海外を放浪していて、そのときに出会った古本で移動式本屋からスタートした方ですね

Chie: 暮しの手帖、確か母が読んだことあったと思います。編集長なのですね。あ!読みたくなりましたね。

Mau: その本屋はCow Booksといいます。私も何度か遭遇しました。東京駅にも小さいCowBooksがありました。

Chie: 見てみたいですね.いま、アマゾンで検索したら何冊かありました。

Mau: 小さな幸せを見つける達人ですね。

Chie: もしかして、「今日もていねいに」、という本でしょうか?

Mau: そうで~す!

Chie: いいですね!アマゾンで目次を見てみたのですが、以前に立ち読みで購入を迷った本でした(笑)偶然ですね!


Mau: 私もしばらく立ち読みしていましたが、何度か立ち読みして買いました(もっと早く買って!とお店の人は思っていたに違いありません)。

Chie: 何らかのご縁と感じましたので買ってみます〜。ホームページもかわいいですね、牛さん。兄から「牛みたいだ」と言われたことがあるので、牛には愛着があるのです(笑)。


Mau: あはは!ぜひ!


聴こえない人の生活



Mau:さて、今回は「聴こえない人の生活について」というテーマをいただきました。どうしてちえさんはこのテーマについて話してみようと思われましたか?

Chie: 最近、小学校や専門学校の講師依頼がくるようになりました。聴こえない人の生活について全然イメージができないと言われるので、なぜイメージができないのか、どんな風に見られているのかなとか気になっていました。

過去に、小学校や中学校、大学の講演も行ったことがありますが、ずっと自分の中で違和感を持ちつつ、先輩や通訳者さんの意見に従って話をしてきたことがあります。 聴こえない人は手話だけでなく、筆談で話ができるので筆談でも大丈夫ですよ、という内容です。

何だか違うなぁと思いながらずっとやっていました。

でも、最近は手話を使うことについて意識した方が良いと思うようになりました(仕事柄ですね)。


障害者という悲観的な見方からポジティブに、人間的に見てもらえるような話として進めていく。もっと話を掘り下げて、より聴こえる人たちに近づきながら、イメージしやすいよう話をしてみたいのでその前に聴こえる人が思う、思い描いている、思い込んでいる、聴こえない人の生活のイメージがどんなものなのか聞いてみたいと思いました。


Mau: なるほど・・・ちえさんのこれからの活動の場を広げていくであろう依頼が相次いでいらっしゃるというわけですね。

これはいろんな方にちえさんの伝えたいメッセージを伝えていくチャンスですね。

ちえさんの立ち位置としては、「筆談」や「口話」もコミュニケーション手段としてあるのだけれど、やはり同時進行で話のできる「手話」の必要性を知ってもらうということに柱を置くことになるのでしょうか?


コミュニケーションとしての手話



Chie: そうなりますね。また別の視点として、聴こえる人同士でも手話を覚えれば老後に役立ちます。
耳が遠くなったときにどうしてもガミガミ言われてしまうような状況はなくなりますし、 おじいさんおばあさんが仲良く話ができる一歩にもなるんじゃないかな。

聴こえない人だけに限らず、聴こえる人同士でも使える手話として身近に感じてもらえばという感じですね。
障害者が使うものと限定されるのはあまり好きじゃないので筆談、口話も使える立場ですが、
こう言うと、「じゃあ、最初から手話は要らないじゃないの?」という誤解になりますし、
最初から筆談で対応されると何だかなぁという複雑なところはあります。

また、筆談しながら途中で声だけで、誰かと話すことは、コミュニケーションを拒否されたような受け止め方になることもあります。


Mau: 以前のブログでも取り上げましたが、「手話」で対話をすることの意味や重要性がちえさんとのブログを通して変わってきました。

でも依然、手話=ろう者の人たちが使う言語、又は手話を習うこと=ボランティアという聴者の常識や漠然としたろう者の世界に対するイメージを払拭していくには時間をかけてその人が「なぜちえさんたちが手話で会話がしたいと思うのかが分かった!そういうことなら少し始めてみようか。」と納得してもらえるまで働きかけ続けることが必要な気がします。

何週間か前に、地区の公共の場所をまわって、現在私が地域の学生さんたちと行っている手話教室を、せっかく地元の商店街で行っているのだから、より多くの、さまざまな年代の人と「地域で使える手話」をキーワードに展開していきたいのですが、ぜひご一緒にいかがでしょうか?とまあ、いきなり飛び込みでお伺いしてみました。10月で活動も一年を迎えて、もっと地域の中での可能性を探りたかったので反応を知りたかったということもあります。もちろん、私たちの手話教室はちえさんたちが行われている本格的な指導があるわけではありませんが、そこへつながるための入口の一つになればという思いで行っています。まだまだ参加者は少ないのですが、これからも近所の方に気軽に足を運んでもらえる場にしていきたいと思っています。

Chie:手話=自分には関係ないもの、という意識は強く根ざしているかもしれませんね。

Mau: そうですね。現状としてはお声掛けさせていただくほとんどの方が「手話は必要はないし、これからも恐らく必要ない」と言われます。筆談もあるからという理由も良く聞かれます。お年寄りになると、めんどうだね~とか、指が動きませんて・・・と近所の方に言われたこともあります。それも意見の一つですから、無理にというわけにはいきませんが、どこかまだ適材適所というか、手話を必要としている人のいるところへ行きついていない気もしています。

Chie: 手話を観たことがない、手話に直接触れたことが無いというのが大きいかもしれません。
そういう意味では大学生、若い社会人の方が広まりやすいと思います。


Mau: 私もそう思います。

Chie: 資格にもつながりますよね。手話技能検定試験とか。
ろう者がもっとオープンになれたらと思うのでまずは自分から始めなきゃ〜と思うところでございます。



一つのものがなくなると同時にもう一つのものを手にする


Mau: いま手話の活動を手伝って下さる地域の学生さんたちは、就職に有利ということで手話検定を受ける方もいるようです。

少し話が逸れますが、いまお世話になっている鍼の先生は、目の見えない方です。その方は患者との情報の交換手段として大切な言葉にとても敏感です。また記憶力も抜群で私が曖昧なことを言うとすぐに突っ込まれてしまいます。トンカチみたいなものでトントン体を触診するのですが、思わずドキーンとするようなことを言われて、あたふたすることもあります。

Chie: 他の感覚が優れているのですね。一つの機能がなくなると、他の機能が発達するといわれていますね。この前、聴こえる人たちと居酒屋へ行ったとき、「今、音楽流れているね」と話したらびっくりされてしまいました。机に手を当てていれば分かると話しましたが、「あまり分からない」とのことでした。これも鍼の先生と似ているかと思います。しかし、そのせいで振動に敏感なため、大学で授業を受けたときは全然落ち着かなかったです。聾学校と違って、他の学生と同じ机を使っていたので鉛筆の音や携帯のバイブ音等いろいろ響いてきました。

Mau:鍼の先生は目が見えないということで、やはりどこかでつらいこともあるだろうな、不便だろうなと思うことがあります。先生にとっては余計なお世話だと思いますが、そういう感情を持つこともまた当然のことだと考えています。

同時に、先生が「見えない」ということで、自分の「見える」に向きあわせてもらっています。

私は見えるはずなのに見えていない、気づいていないことがたくさんあることも先生の所へ行くと気付かされます。

例えば、「頭痛が起きる時はどんな時ですか?時間帯は?右、左?それは表面的に痛むの?それとも奥の方?」肩こりにしても、「右と左とどのくらい痛みますか?」と聞かれるのですが、そのつど私の答えは曖昧です。何となく見えている、聴こえてる状況にいかに甘えていることか。

先生にはそのつど、「何にもわからないんだな~!」と大声で笑われてしまいます。

聴こえる、聴こえないに関わらず、その人にとっては当たり前であり、問題として感じていないことに対して「大変だね」「つらいでしょ」「かわいそうに」と言われたり思われたりすることはありませんか?

「かわいそう」と言われることによって、そうか私はかわいそうなのかと初めて気付くこともあります。

「自分の標準」で感じる想い発する言葉を止めることはとても難しいことだと思いますが、そんなときにどうしてそう思うのかを考えてみることにしています。ちえさんにはこのブログを通して、時にかなり失礼なことを意識して言ったり、無意識に言ってちえさんの気持ちを困惑させてしまうことも過去にあったのではと思っています。


誰かにとっての当たり前は、他の人には当たり前にならず・・・それもまた正しいことなのかもしれない!?

言いにくいこと、聞きにくいことでも礼儀を持って聞きあうことで自分が標準としている幅をもっと広げていければと願っています。


Chie: 結局のところ、一般常識も変わっていくものなんですよね。常識は覆されるものかもしれません。
記録は破られるためにあるのと同じように、覆されるために常識があるのかも。



常識は誰のために?


Mau: 常識ってなんでしょう?あまり意識をして考えたことがないような気がします。

Chie:「聴こえない人、目が見えない人=かわいそうな人」から、ポジティブな見方に変えることは時間がかかってもできると考えています。まうさんがおっしゃるように、気にならなくなるのが一番良いですし。誰かにとっての当たり前は、他の人には当たり前にはならず、というのは、国内の常識が、海外では通用しないのと同じですね。なので、常識にとらわれず、自分の「目」で見れる人が増えていくと手話に対する受け入れもスムーズだと思います。


Mau: そうですね、近所に住む人が挨拶をしてくれない人がいて、周りの人は変わり者だと思っていたようですが、私は耳が遠いのだと思って近くまで行って挨拶をしました。そうしたら「聴こえてるよ」と(笑)。それからはしてくれるようになりましたが、ほとんど無視の日もあります。そんな人もいるんだな、面白いなと。

Chie: いろんな人がいますね。


Mau: 挨拶はもちろんお互いに交わした方が気持はいいものですが、それはこっちの都合でもあります。したからしてよという関係になると窮屈になってしまう気もします。する日もあるし、しない日はどうしたのかな?と思ったり、そういう人なのだなと、私の常識から外れると面白かったり、時には寂しくなったり。でもいろんな人がいてバランスが良いと思っています。

そう構えてしまうとあまり怒ることもなくなる気がします。違いを不思議に思うことはありますが。近所も世界も一緒ですね。

話題が少しずれてしまいましたが、理想とするのは、例えば「ちえさん」がいて、そして次にろう者であるということです。

手話ができるようになることはもちろんですが、足りないところは他のやり方でつながれたら嬉しいです。あまりお互いにプレッシャーをかけずに、まずは人として、言葉だけではなく感じる気持ちでこれからも同じものを見て、違うことを感じていけたらうれしいです。

最初は「ろう者」ということで興味を持って近づいてくる人もいると思います。でもそういう人が、きちんと話を聞いて理解をしてくれたら心強い味方になってくれるんじゃないかって思います。理想論かもしれませんが。

Chie: 実現不可能ではないと思います。 時間はかかっても。
興味を持って近づく人を増やすことですね。 亀さんのような歩みになっても、
お互いがお互いの魅力に気がつくことはできると思いますし、新潟に来てから聴こえる人に対する抵抗は少しずつ減っているし、興味も持っています。


Mau: そう思います。ジャッジしようとせずに、その人全体が見れるといいですね。私もそう見てもらえるように自分のいろんな部分を出しているつもりです。

Chie: せっかくこの世に生まれてきた以上、いろいろな人の物語を知りたいですね。
すべてではなくて一部でも、その人が何を考えてどう生きているかを知ることは好きですし、それを知ることができなくても、その人の醸し出す雰囲気の中に自分も一緒に共有できたら 面白いですよね。



Mau: そう思います!どこにいても学ぶべきこと、面白いことだらけです。それを発見することのできるアンテナはいつもどこへでも持っていきたいです。たとえそれが自分にとって好ましくないことだとしても・・・私の日々はがびーんの連続です。




自分にとっての「当たり前」が他の人にとって「当たり前じゃない」ことは、日常の中にあふれています。100人いれば100通りの生き方があり、100通りの考え方があります。どれも100%一致することなく、必ずそれぞれの価値観があり、それを通り越してお互いが認め合える社会となれるよう日々を過ごしていきたいですね。



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by machi-life | 2009-10-25 22:57

第34回(2009.10.12)『口(声)で話すことについて』

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由    

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
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新潟に台風上陸!


Mau: おはようございます。朝から風が怖いくらいですね。明日から、4歳の姪と猫のシロップ1歳半が日曜日までお泊りにやってきます・・・我が家には小さな台風が上陸予定です。



Chie: おはようございます。朝から台風の恐怖感に襲われています、さっきまでベランダにあるものから全部荷物を中に入れていました。にぎやかな家族みたいですね^^



Mau: だいじょうぶですか?

一人だと心配ですが、誰か来てくれるといいですね。

Chie: ありがとうございます。誰かいたらいいなぁと思いましたが、大丈夫です。

口話(こうわ)とは? 


Mau:さて今日は、「読唇」についてお話をしてみようということですが、それは「口話」や「読話」と言われているものと関係がありますか?



Chie: そうですね。定義について、はっきりとは決められていないのですが口話の中に、読唇があり、読話ともいえます。


Mau: 説明していただけますか?



Chie: 読唇/唇を読む、 口話/読唇も含めて、声で話すことという風に私は解釈していますが、書かれた資料によってもしかしたら 定義が微妙に異なっていることもあったりします。

Mau:それでは、読唇と口話は一対になってコミュニケーション手段として機能すると考えても良いでしょうか?



Chie: 読唇と口話も一緒と考えていただいた方が混乱せずにすみますね。

Mau: 現在ちえさんは、手話、筆談、口話というコミュニケーション手段を組み合わせて生活をされていると思うのですが、それらをどのような割合で使われていますか?



Chie: 話す相手、人によりますが、 筆談は少なくなってきました。

聴こえる人を対象にした場合、 手話、口話を併用しています。ろう者相手に筆談することはほとんどないですね。


Mau: 手話を介さないろう者の方とは口話でしょうか?



Chie: そうですね。口パク(声を出したり出さなかったりしますが)で、口の形をはっきりします。

そもそも、 筆談が一番面倒くさいというのもあるからかもしれないですね (急いでいるときは口話になりやすいです)。


Mau: 学生時代には、口話の厳しい訓練を受けたとお伺いました。

私は慣れていないせいか、(どのくらい正確に伝わっているかな?)とすぐに心配になってしまって、筆談にも頼ってしまいがちですが、本当はろう者にとっても聴者にとっても同時進行で会話を進められる手話ができるのが一番お互いに気持ち良く話せるのだろうと、以前は想像するだけでしたが、今は実体験として思うようになりました。



Chie:口話について、重要な話は筆談で確認する(手話が一番ですけど、それができない場合)ことがあります。


口話のコツと手話


Mau: 口話のコツみたいなものはありますか?

また、話をするときにこうした方が良いということはありますか?



Chie: コツですね、手話と同じように全体を見ます。


Mau: おお、全体なんですね!



Chie: ですので、口で話をする場合は、一字一句で話されると余計に分からなくなります。「いま/か/ら/ご/は/ん/を/た/べ/る/よ」よりも、「いまから/ごはん/たべるよ」の方がいいですね。しかし、ずっと口を見ると視力も下がってしまいそうです(笑)。



また、私が声で話すとき、時々「声が大きい!」と注意を受けますが、あれが一番難しいですね。



調整しているつもりですが、どうしても大きくなってしまって「うるさい、もっと小さい声で!」と言われて、逆に声が小さくなってしまって「何言っているか、声小さくて聴こえない」と言われる始末。



どっちなんだ〜って感じですね。手話はそこで悩む必要がないので安心ですね。



まうさんは私と話をするとき、声が大きいなとか気になっていることがあったかもしれませんが、もし、そうでしたらすみません。



Mau: それは分かる気がします。

音量に関しては・・・そうですね、静かなカフェなどでは大きくなりがちかもしれませんが、そういうこともあるということを周りの人には自然と知っていただけるといいですね。

私の場合、どうしても手話は手だけ、口話だと口のまわりだけに目がいってしまいがちなので、目が乾いて(瞬きを忘れるみたいです)しまいます。きっと身体は前のめりになっていると思います。そうですね、「全体」を見るようにしたいと思います。



Chie: 手話は手だけ、というのも分かります。そこから、一歩踏み出して、全体を見ることを覚えると読み取れると思います。英語も単語1つ1つにこだわらないで、全体を聞くような感じで取り組んだ方が分かりますよね?


Mau: 確かに英語もそうですね。
でも勉強を始めたばかりの人にはよくあることですね。仕方がないと思います。
でも不思議なことに、それでもあきらめずに、「もうだめ~!!」という時間を繰り返していくうちに肩の力が抜けて、全体で理解できるようになってくると言葉が身体に響くようになってきます。そこまでたどり着くにはやはり日々の勉強(特に文脈の中での単語学習)が必要ですね。



言葉のシャワー


Chie: 英語も手話も、リラックスしているときの方が理解度は高いですね。 赤ちゃんも、日本語を聞いて育つのと同じように最初はシャワーが必要ですよね。


Mau: そうですね、言葉のシャワーは大事ですね。大家族又は、兄弟の多い子供は一人っ子の子供よりも早くしゃべりだすと聞いたことがありますが、当然だと思います。手話も英語も浴び続けて自然にそこにあるようになるのが理想の形だと思います。

英語の場合については、一人でいるときはなるべく英語圏のラジオ放送を聴いたり、洋画DVDを流しっぱなしにして海外にいるような錯覚を起こす工夫(あがき?)をしています。



Chie: 人によるかもしれないですが、人によっては言葉のシャワーが英語であったりスペイン語であったりするのと同じように手話であったりという方もいますね。




口話が招く誤解


Chie: 今回、読唇について取り上げたいと思ったのは、聴こえる人から「ろうの方は、口を見たら分かるんですよね?」と言われるのが多いのでその辺りの誤解を少しずつ、解きほぐせたらと思っていました。



なぜ口を見たら分かるという考えになるのか、私にとっては不思議でした。日本人同士だからということかもしれないですが、まうさんはどのように考えていますか?


Mau: 「ゴルゴ13」では、主人公は読唇術を完璧に身に付けているスナイパーと言われていますが、一般人はちょっとそこまでは・・・。



冗談はさておき、確かに「ろう者はろう学校では手話を必ず習っている」と多くの人が信じ込んでいるように思います。だから、「口話?手話と一緒に学校で習っているから読み取ってもらえるでしょう」ときちんと確かめることもなく思いこんでいる人は少なくないような気がします。



Chie: 情報が行き渡っていないというのもありますね。読唇術が完璧な人、この世の中には少ないんじゃないかな〜。


Mau: 一般の学校に通って高校を卒業したというろう者の方のお話をお聞きしたときに、実はものすごく驚きました。



それまで「ろうの児童は“ろう学校で学んでいる”」と思い込んでいたので、その人がどのように授業を受けているのかが全く想像できなかったからです。その後、いろいろな方からお話をお聞きするうちに、一人ひとり歩まれている経緯は違うのだから、選択肢はいろいろあって当然なのだと思いなおしました。



Chie: 一般の学校で育つ人も多く、また聾学校の中にいたろう者もいますね。



そんな中で、皮肉なことにろう者にとって口が読み取れてしまい、その場のコミュニケーションがまぁまぁ良くて終わる場合はなおさら、口話で十分だと誤解されたままになりますね。

ろう者自身も、「口話ができた方が優秀」という価値観を持つ人がいます。それくらい、口話はかっこ良く、聴こえる人に一番近い状態になれるという、コンプレックスからくる言葉だと思っています。


口話ができる=難聴者=優秀、という見方は、聾学校育ちであれば誰もが、一度は知っている話題だと思います。



特に私の学校は、口話ができることは日本語ができることにつながると教え込まれていたことがあって 「聾学校にいる生徒は聴こえる人より人一倍努力が必要」とも言われていました。



自然に聴こえる人たちと一緒の学校に通っている難聴者は頭がいいんだという見方になりました。



そして、ろう者が一番「できていない」人間だと本気で思っていました。こうした聴こえないことに対するコンプレックスの裏返しが、少しでも口話ができた方が良いという想いになり、手話の価値を自ら下げているろう者もいます。



世界の少数派も同じような境遇で、黒人が自らの肌に対してコンプレックスを抱えるのと似ているかなとは思います。



名案誕生!


Mau: 余談ですが、ちえさんはかなり読唇は上手い方だと私は思っているので、そこに甘えすぎてしまい、私の手話は上達せず・・・(あはは!言い訳ですね)。

もっとびしびしと厳しくしてもらった方が良いと思います。



先日のブログにも書きましたが、先日山の手線で同じ車両に乗り合わせた4人組の外国からと思われるろう者の人たちがものすごく楽しそうに手話で静かに盛り上がっていました。流れる手の動きはとても美しく見とれてしまったほどです。

みんなどうしてもその方たちをちらちらと見てしまいます。だってとても楽しそう!

そんな風に興奮してた人もいると思います。



どうでしょう、みんなでJRを一両?全部?借りて、手話会話であふれる電車イベントなんて!



Chie: おもしろそうですね!電車ハイジャックですねw


Mau: 電車は意外と簡単に借りれるらしいですよ。

以前“サイクルトレイン”というイベント列車に乗車したときに聞きました。



Chie: そうなんですか(笑)

それじゃ名案として、考えてみますのでそのときはご参加よろしくお願いいたします。

サイクルトレインって自転車を持ち運んでいくということですね?



手話を使ってコミュニケーションをとる人たちが増えていくとろう者自身の価値も高まると思いますし、まうさんとは少しずつ声をなくしつつお話しさせていただけたらと思います(笑)。



Mau: もちろん張り切って乗り込みますよ♪ 

自転車に関してですが、普通は折りたたんで輪行袋に入れないと車内には持ち込めないことになっているのですが、そういった電車は自転車をばらさずに車内に持ち込めるので現地に着いてからすぐに走り出せてものすごく便利です。また、どうみても自転車好き同士なので、車内でも盛り上がります。



“シュワ・トレイン”全国から人が集まりそうじゃないですか?車両ごとに他の国の手話を使う人や、他の県の手話自慢?などがあっても良いかもしれません。



Chie: 東京辺りでしたら、乗ってくれるかもしれませんね。新潟の国体が終わってから少しずつあたためてみましょう!


Mau: 「発話」した人は、「募金」してもらう仕組みもいいかも・・・到着するまでに気持ちよくへとへとになりそうですね。



Chie: それ、学生時代にありました(笑)声を出した人は100円出してもらうルールで飲み会を開きました。そうしたら、結局ろう者が声を出してしまったので台無しになってしまって「このやろ〜」って注意の目を向けたことがありました(笑)。



Mau: それ面白いです!



ということで、口話の話から手話の話題に変わりゆく過程は社会の変化と同じですね。今、現代で人間性あふれて魅力的な人同士が出会ったときに「手話」を介してお話をしながら信頼を築いていく、そんな日々に感謝です。

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by machi-life | 2009-10-12 22:21

第30回(2009.09.13) 時間と不思議な体験

    「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由
    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau

“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

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まうさんの母に会う

Chie: 先日はびっくりしました、偶然まうさんのお母様にお会いしました。お母様が骨折されたとのこと、腕の状態はいかがでしょうか?




Mau: 腕は痛々しかったですが、本人はいたって元気でした。体力を持て余していました。金曜日には退院だそうです。



Chie: 元気そうでしたね。


Mau: そうなのですよ。普段から「いつ寝ているの?」というナポレオン体質で、一日に3、4時間しか寝なくても充電完了の人なのです。お店を開いて20年余り・・・こんなに続けて休むのは初めてだと思います。おそらく年間でも2週間ほどしか休んでいないと思います。



Chie: すごい!!ナポレオンですね。私は必ず睡眠時間が5時間は必要だなって今朝思いました。その体力の秘訣は何でしょうか??

Mau:母の体力の秘訣は・・・なんなのでしょう?好きなことしかしないことかなあ??!

とにかく普段から徹底的に無理はしませんね。切り替えも早い方だと思います。もちろん仕事ではありますが、趣味のようにも捉えて楽しんでいますね。夜の仕事ですが、朝は8時には起きて庭仕事、もしくはテニス又は、エアロビ教室。昼間はテレビを見て大笑い、又は読書、夕方からは孫4歳のお迎え&夕飯作り。あ、深夜の格闘技観戦を忘れていました!母の口癖は、「寝ていても一文にもならない」です。



ちえさんは寝不足のようですね。昨夜は徹夜でしたか?



Chie: 好きなことしかしない、それで体力がもつってすごいですね!!それに習慣的に行えることが大切なんですね。テレビで大笑いするのもなんか幸せですね(笑)

昨日は友人と朝3時まで話をしていました。久しぶりに会ったので近況報告も兼ねて、今後の予定についても相談をしていました。


Mau:朝3時まではキツイですよ!私も昨日は寝たのが2時でしたが・・・今日はまぶたが重くて大変でした。

Chie::確かに朝3時はきつかったです(笑)


Mau: 夜中の3時まで盛り上がるほど、お話が楽しかったのでしょうね!お仕事は秋から冬にかけてもイベントが目白押しなのですか?



Chie: もともと待ち合わせ時間が夜12時なので、早く話をしなきゃと思いつつ、とりあえず11月21日のパーティについてもあわせて話をしていました。あ!11月1日にしゅわるソングコンテストを実施します。ぜひ見にきてください。



【ここでCMタイム!】***************************

手話レクチャー「ハンズ」は11月1日にユニゾンプラザにて、「新潟しゅわるソングコンテスト」を開催いたします。多目的ホールで行います、観覧のみの参加もできます(無料)。

日時:11月1日(日曜日)13時開演、16時までの予定

場所:新潟ユニゾンプラザ 多目的ホール

問い合わせ先:手話レクチャー「ハンズ」025-288-1244(聴こえるスタッフが応対いたします)。

info@syuwaru.org

お問い合わせお待ちしています。
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「時間」の存在


Mau:最近気になっていることは何ですか?



Chie: 最近気になっていることといったら「時間」でしょうか。恐ろしいくらい、1週間経つのが早く感じるんですよね。まうさんは「時間」についてどう感じていますか?

Mau: 時間について・・・といえば、高校の倫理の先生が、「時間ってどこからどこへ流れていくと思う?」と最初の授業で言われたことを覚えています。「えっ?!」と一瞬思うのですが、そこは学生、必死で模範解答を見つけ出そうとするのですが、答えが見つかりません。先生は尚も続けて、「(赤いりんごを見せながら)どうしてこれが赤いりんごだってことがわかるの?」と私たちに問いました。またもや一同軽くパニックです。



Chie: そうですよね。


Mau: その後の授業展開について詳しくは忘れてしまいましたが、時間を経て考えてみると、「物事にはすぐには分からない、もしくは一生分からないこともある。反対に、絶対にそうだと思っていることは実は間違っているかもしれない。思い込みかもしれない。本物の答えは自分で探しに行ったら?」ということではなかったのかと。答えなんかなくても構わないのですけどね。

今になってもあの時の問いを考えている自分がいます。



Chie:物事のとらえ方はいろいろあって、正しいものが1つとは限らないですね。そして、正しいと思っていたことも実は違っていたり。この先生、すごいですね。一瞬の質問で生徒さんをひきつけました~。

Mau:「時間」といえばもう一つ。不思議なお話をアルゼンチンで暮らしていた時に聞きました。



Chie: どんなお話ですか?



Mau:その人とは、南米の昼ドラのような次から次へと予測のできない、あまり歓迎することのできない出来事が周りにも自分にも起こっていた時に出会いました。

私をその混沌の渦の中から連れ出してくれた人です。

「時間」について思いを馳せるときに、いつもその人が聞かせてくれた話を思い出します。



その人は小さい時から、他の人には見えないものを見たり感じたりしたそうです。

近所で行方不明になった人の居場所を当てたこともあるそうです。大人になるにつれて少しずつその不思議な感覚は薄れてきたそうですが、ある時に体調を崩して入院をしました。

そのときに、かつて見ていたさまざまな「夢」を見たそうです。でもしばらくして、その「夢」は現実(未来)の世界でも起こったそうです。



またある時には、夢の中で初めて出会った人から、今生きている人に向けてメッセージを伝えてほしいと頼まれましたそうです。夢の中の人は、伝えて欲しい人とのあるエピソードを教えて、「私は今もあなたを見守っている」と伝えて欲しいと言いました。その人は、半信半疑でそのことを相手に伝えました。伝えられた人はぼろぼろと泣き出して、「それは私の亡くなった大切な人です」と言ったそうです。



少し長くなってしまいました。その人は私にその話をしながら、そして私は聞きながら、もしかしたら時間は過去から未来という一方通行な流れではなくて、未来から過去へも流れる?こともあれば、「今」は「過去」や「未来」とも一緒にここに存在しているのかもしれないねというような話をしました。「終わらない」時間への問いかけとして、日本に帰って来ても、今ここにいる時間の不思議について、時にポーンと思考が思わぬ方向へ投げ出されます。



不思議な体験



Chie: こういう話、漠然ですが、私も何となく信じる方です。見えない力というのはあると思っています。

そして、過去、現在、未来のつながりは、先祖様や守護霊等が何かを伝えにきているのと関係があるように思います。

宗教に入っている訳ではないですが、「もしかしたら?」というようにサインを感じ取るというか、その辺りは説明ができないですが、「きっとそうなる」という見えない予感というのは時々あります。そんなに大きなことではないですが、例えば、「あの人とお話をしてみたいな」と思い、イメージをしてみる。その数秒後にはお話をしている。というようなこともあります。でも、私の課題は、「もっと積極的に前に出ること!」ですね。引っ込み思案も時々あります(笑)

そういえば、フィンランドへ行ったときに、5年前に訪れた教会の中に入りました。5年ぶりか〜って感動のあまり、ぼーっとしていたらふと誰かが肩を叩いたんですね。振り返ってみたら誰もいなくて。風のような柔らかさではなくて、友達同士で呼びかけるような強さの叩き方だったので、一生懸命周りを見渡したけど近くには誰もいませんでした。

そのあとに、観光客のグループが押し寄せて入ってきたので、その場を去りました。もしかしたら「こんなところで立っていると危ないからそろそろ帰ろうよ」というサインだったのかなと。考え過ぎかもしれないですが、叩かれたときの感触はまさに友人に叩かれるのと同じ強さでした。


Mau: 「よっ!ひさしぶり!」の肩たたきだったかもしれませんよ。



Chie: なるほど、そういうこともありですね〜。


Mau: 体、心、先入観からも解放されていて、自然な状態でいながら適度な緊張感があるときに、いわゆる「第六感」・いつもは眠りきっている部分が起き上がってくるのを感じます。私にとっては、誰もいない森の中や、草原を一人で歩いているときの感覚です。

身近なところでは、手足を四方八方に大きく伸ばして寛いでいるネコが、急にスタッと立ち上がって、誰もいない、何もない方向をじーっと凝視したりしていることがあります。もしかすると何かが見えているのかもしれません。

そういったことのほとんどは気のせいなのかもしれません。何も意味はないのかもしれません。

でも人間が知っている、見えていること以外にも何かが存在しているのかもしれないなと思わせてくれます。そしてそうじゃないと何だかつまらないよとも(笑)。

あらら、また脱線しちゃいました?

「時間」から、「秋の不思議体験特集」になっちゃいました!



Chie: おもしろい展開になっていますね(笑)この世の中は科学的に証明できる物は本当に少ないかも。時間の感覚ですが、同じ時間を分け与えられているのに、人によって使えたり、死なせてしまったりするんだなぁと 。 同じ1分間でも、それを誰かのために使えているか、全く使えていないかだけでもかなり違ってくるんだなと思いながら自分の時間も必要だと感じています。

もしかして、不思議な体験というのは、自分の時間が持てたときに起きるのでしょうか?


Mau: そうかもしれませんね、自分と向き合える時間ができたときに起こっている気がします。



Chie: そうですね。それとつながっているかもしれないですが、先日に駅でまうさんとお会いしたとき、その数分前までは、別の道を歩く予定でいました。コーヒーが飲みたくてしょうがなかったのでタリーズを狙っていたのです(笑)

でも、なぜか、コーヒーは後にした方が良いと身体が動いたんですよね。それで駅の方へ向かったら、まうさんを発見しました。




わたしにとっての時間、あなたにとっての時間とは?


Mau: 病院帰りの母と待ち合わせていて、車に乗せて自宅へと帰るだけでしたので、本当に一瞬の偶然がすれ違いましたね。母もお会いできて喜んでいました。



話はまた変わりますが、いつかの誕生日にいただいてから、砂時計が好きになりました。砂時計というものは全て3分間だとなぜか思いこんでいましたが、いろいろとあるのですね。1分だったり、10分だったり、無限のバラエティー!人それぞれ用途によって違う時を刻んでくれるものが必要ですものね。

砂時計がさらさらと静かに流れていくのを見ていると、普段は目に見えない時間と3分間ですが、向き合える気がして気持ちが落ち着きます。ちえさんはどんな時に「時」を感じていますか?



Chie: おお!難題が飛んできました(笑)。砂時計で「時」を感じる・・・私の場合は、空と海を見たときでしょうか。



海を見ていると、沖縄の宮古島を思い出します。海にも命があるんだなって初めて感動しました。宮古島で海を見た瞬間、涙が出たんです。何故かは分かりませんが、とにかく感動してしばらくその場にいました。それ以来、宮古島のような感動はなかったですが、前にまうさんが連れてってくださった海で久しぶりにそれに近いのを感じたので気持ちよかったです。ありがとうございます。


Mau: あの日の海も気持ち良かったですね!

学生の頃はよく海に昼寝をしに行っていました・・・というより波の音を聞いているといつのまにか寝てしまっていたのですが、気が付くと周りには誰もいなくて辺りはすっかり暗くなっていることもありました。波が行ったり来たり、毎回違うリズムと大きさで行き来するのを見ていると時間が進んだり巻き戻されているような不思議な満足感に包まれます。



Chie: 海辺で寝ていたんですね、すごいなぁ(笑)海にも時間がありますね。

誰かがスイッチを入れた訳じゃないのに、波の動きも変わってくるし場所によって海の顔が異なるのは、人間にも通ずるところがありますよね。海を見ていると、私って小さいなぁと思います。



Mau: 「海の顔」とはしっくり来る表現ですね。



Chie: 愛知の海と沖縄、新潟の海は違いますね。愛知の海はドロ〜ッとしています。緑色ですよ(笑)。


Mau: ええ~っ、いや~っ!!

今更ですが、名古屋の場所を地図で見ていたのですが、すぐお隣り?比較的近い場所に三重県の県庁所在地がありますね。津市かな?



Chie: そうですね。左となりにありますね。行ったことがありますか?


Mau: 行ったことはありません。でも先日地図帳を眺めていて、真珠が取れる英虞湾のある三重県と隣り合っている愛知県だから、あの辺りは海がきれいなのかなあ・・・と想像していました。英虞湾まで行くと離れすぎでしょうか?!



Chie: 少し遠いような近いような。私の大学は知多半島にあったので、三重県は天気がよければ見えるそうです、きれいなスポットとそうでないスポットがあって、大学の近くはあまりきれいじゃなかったですね。匂いがちょっと。


Mau: へえ~意外です。伊勢湾はわかめづくりでも有名だと聞いていましたので、美しいのだと思っていました。セントレアの近くですか?それとも三河湾のほうでしょうか?



Chie:セントレアの近くですね。大学近くの海はセントレアより下の方です。伊勢湾だったら少し離れていますね。三河湾は知多半島と渥美半島に囲まれています。渥美半島の辺りは伊良湖と呼ばれていて、トライアスロン大会も頻繁に開催されています。一度、愛知でもまうさんと対談できたら良いですね♪



おかげさまで私たちのブログも第30回を迎えました。本当にいろいろなテーマを扱ってきたと我ながら不思議に思います。将来的には読者の方々も交えて1つのテーマについてお話をしてみたいです。今後も応援のほどよろしくお願いいたします。 ~ machi-life Chie + Mau  ~

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by machi-life | 2009-09-13 01:11