聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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2009年 05月 15日 ( 1 )

第13回(2009.05.15) ろう者ってだれのこと?

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。

"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き 

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Chie:先日のお食事会は楽しかったですね。ありがとうございました。前に「こと葉や」を訪れたとき、ふと「ろう文化」の本を見ましたが、「ろう文化」という言葉についてどんなイメージありますか?

Mau: はじめは、“日本各地にあるような、ろう者の方々独自の方言のようなものかな?”と簡単に考えていましたが、たまたま最初に手に取った本を読み進めるうちに、どうやらそんな簡単なものではないらしい、と、あせったような気持ちになりました。

私が最初に読んだ「ろう文化」という本の帯にあった“ろう者とは日本手話という、日本語とは異なる言語を話す言語的少数者である”の一文はかなり衝撃的でした。今まで全く考えたことのないことでした。あれからしばらく時を経た今でも実は良く分からないでいます。本を書かれた方々にお会いして直接お話をお聞きしたいくらいです。
その後、ろう文化に関する書籍もいろいろあることが分かり、私たちが「日本文化」について、それを知らない人たちに語る際にもいろいろな切り口や考え方があるように、一言で「ろう文化」と言ってもさまざまなことにも気づきました。

正直にお伝えすると、二年前に初めてろう者である I さんに出会うまでは、自分の中に0.001%も「ろう者の人たち独自の文化」について思いをはせたことはありませんでした。

ということで、「ろう文化」についての知識と見解はほとんどありませんので「ろう文化」のことを取り上げるとなると、基本的な事柄から教えてもらう形になりそうです。

Chie: 私にとって、今でもろう文化とはこれです、と言い切れるものがない状態です。

というのは、ろう文化宣言の内容と現実がうまくかみ合っていないからだと思います。
これは私の中での話ですが、ろう文化宣言の文面をそのまま鵜呑みにすると現実とだんだんすれ違っていくような。

ろう文化宣言が出てきたことにより、「ろう者でいいんだ」というアイデンティティ確立に良い影響を受けたという人もいます。それまでは、手話も言語としてというよりは、聴こえない人が使うものと捉えられていて「手真似」という言葉も出てきたほどです。

ろう文化宣言読んでみていかがでしたか?


Mau: むずかしいかったです。

Chie: ピンと来ないような感じですか?

Mau: そこに出てくる言葉の定義をつかみきれずにいます。

でも厳しさはひしひしと伝わってきます。ここまで「はっきり」と「宣言」を出さなければいけないほどに、ろう者や難聴者の方々は、今まで取り残された?(言葉が適切ではないかもしれませんが)気持ちでいた人たちもいらっしゃる・・・という事実について、考えたことがなかったので衝撃的でした。「怒り」「いらだち」さえも感じました。

私にとっても異なる文化、世界に生きていることをあらためて感じさせられました。そして、たとえおなじ場所に生まれ、育っても、人により、物事の捉え方はさまざまで、それはろう者の人たちも同じなんだな、と。

Chie: ありがとうございます。ろう文化宣言を出さないといけないという状況が当時にはあったかもしれないと思いますが、ろう文化宣言を知っているろう者は少ないかもしれないですね。

Mau: そうなんですか。ちょっとびっくり。

Chie: 私の場合はたまたま、大学の講義で知りました。文学的な講義でしたが、そこで配布されたレジュメがろう文化宣言でした。それを読んでレポートを書くという課題がありました。

最初は「何これ?」でしたが、読んでいるうちに自分が分からなくなってきました。


Mau: 「読んでいるうちに自分が分からなくなってきた」というのは、どういうことでしょうか?

Chie: 最初に、ろう者の定義が書いてありますが、日本手話を第一言語とする少数民族というような一文があったと思います。

Mau: ありました。

Chie: 当時の自分は、声を出しながら手話をやっていました。声を出すことが一番大事という考えを持っていました。

手話に対して低く見ていました。しかし、聾学校卒業である私は「ろう者」に当てはまる一方、第一言語が手話ではなく「日本語」である私は「ろう者」に当てはまらない。

一方、難聴者の定義を見ると、インテグレーション(聴こえる人たちと一緒に学ぶ統合教育)を経験した人という定義があって、聾学校育ちの私は「難聴者」にも当てはまらない。

そこで「私って何?」と分からなくなりました。

それまでの自分は、「聾学校で、聴力が最も重いから、私はろう者なんだ」と思っていました。聾学校の中でも、聴力の良い生徒は「難聴者」と先生が言っていました。そういうことから、初めて「私は聴こえない人だけど、ろう者ではないのかな?」と向き合ってみました。

向き合う必要があったのかどうかわからないですけど(笑)


Mau: なるほど・・・。ちえさんにしか経験のできないことです。
ひらりとかわしたり、やり過ごしている人もいる中で向き合ったちえさんだから今こういう話ができるのではないでしょうか。

向きあった結果として、結論は導かれましたか?

わたしも海外で暮らしている中で、「わたしは日本人なのだろうか?」と考えることがありました。
どう考えても、誰が見ても日本人なんですけど(笑)。

本当にそうなのか?証拠は?パスポートも戸籍も、いろーんなものすべてなくしちゃったとしたら??・・・妄想は止まらなくなってしまったことをがあります。

定義上、便宜上・・・日本人なのかな???なんて思った時期もあったりして。
ぜんぶ剥ぎ取ったら、私は生き物でしかない。最後はそんなオチなんですけど。

Chie: その環境にいると、「自分って何だろうか」と思いますよね。

ろう者なのかな?っていろいろ考えました、パスポートや戸籍と同じように、手話をなくしたら私は「ろう者」なのかなって考えたりしていました。

まうさんは、そのときに、同じ日本人を見て違和感みたいなものはありませんでしたか?


Mau: ありましたね~。

Chie: あったんですね。 その辺りもう少し聞いてみたいです。

Mau: 南米に到着して、数ヶ月間日本人に誰一人会わない状況が続きました。
確か世界には日本人がたくさんどこにでも行ってるはずなのに、なぜ会わない??!と不思議でした。
同時に、スペイン語が全くできない時期でもあったので、ある意味「大人なのに赤ん坊」状態が続いていて精神的に少しまいっているような状況でした。

Chie: 大人なのに赤ん坊状態というのはどういう状態ですか?

Mau:意志を伝えたいのに、伝えられないし分からない・・・。
「言葉ができなくても、伝えたい思いがあれば大丈夫!」なんてフレーズをよく聞きますが、そういう魔法は最初のうちだけなのだと思い知らされました。

その時期は街で「アジア人」を見つけると、「日本人ですか?」と声をかけて怪しがられてました。
日本にいるときは、同じアジア人でも、ちょっと見れば「あの人は多分韓国の人」「中国の人かな?」と見当をつけられましたし、案外当たっていたものですが。世界に出てみると、これが当たらないんです。

長く南米に暮らしているうちに、自分が日本人である、ということの確信性というか、境界線のようなものが溶け出して、曖昧模糊としてくる感じです。そうしてそのうちに、他の人についても分からなくなっていったのでしょう。

Chie: 国内ではなかなか経験できないことなんですね。

Mau:あの頃を思い出してみると、例え数ヶ月でも日本語を全く話さない環境の中で、必死でスペイン語の波の中でおぼれてしまわないようにもがいた時期でした。話せない代わりに、聴けない代わりに、よーく周りにいる家族、先生、クラスメイトを観察していましたね。

でもその中で、段々と自分の中に日本人+αみたいな血液?が作られていったかもしれません。
特に、チリでは全身現地のノミに血を吸われましたから(笑)。

Chie: 全身ですか!?すごいですね。。。

Mau:そんな生活にも少し慣れた頃に、日本の人たちに「再会」しました。すると、どこか違和感といいますか、今までとは違う感情を抱きました。でもそれは当たり前のことなのかもしれませんね。

そうやって世界を、その土地の人たちと一定期間、共に暮らしながら、生きていける時間が私の人生の中にこれからもできるだけ多くあったなら・・・私はもっとニュートラルで自由な人間になれるかもしれないという希望のが生まれました。
確かに私は此処にいるのだけれど、また違う人たちの存在も感じる状況なのですが、それすらもまたどこか客観的に少し離れた場所から眺めている状態とでも言うのでしょうか。

Chie: 違う環境に入って、また別の環境にいるとき、自分自身はそのままだけれど、関わりのある人たち、近くにいる人たちから必ず影響を受けるといったところでしょうか。

なかなか深くて、私自身の今の経験値が追いつかない状態ですが、そういうことを感じ取れるんだなぁって感心しました。

ベトナムへ行ったとき、ベトナムのろう者たちに囲まれて周りを見渡せば、ベトナム手話ばかり。全然分からないくせに、がんばって手話を見ながら理解しようとしていました。

そんな状況下、お互いが通じる方法を見出していくと、日本に帰った時、手が他人の手のような違和感を持ちました。日本語としてのリズムが噛み合ない証拠かもしれないですね。


mau: ちえさんだからこそ分かる違いのように思えます。
“ベトナム手話”と言われても、軽々と想像の範囲外なのですが(笑)。
次回海外へ出かけるときには、「その土地、国独自の手話を知る」という新しい目的もできました。

今回も私たちのブログを読んでくださり、“Cám ơn (カムオン)!” 
ありがとうございました。

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<ご参考までに>

「ろう文化」(現代思想編集部)青土社

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by machi-life | 2009-05-15 22:20 | mau+chie life