聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
by machi-life
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第4回(2009.03.13) ろう学校の「15の夜」?

「聴こえないわたし」と「聴こえるわたし」がブログをはじめた理由

    ① 聴こえる人から見た「暮らし」、聴こえない人から見た「暮らし」とは何かを知る。
    ② ふたつの「暮らし」の違いや共通点を発見し、相互理解に扶助する。
    ③ 改めて「暮らし」について考えることで、わたしたちが毎日をシンプルにかつ豊かに
      送るための手法を探る。


"聴こえないわたし”-Chie
東京ディズニーランドオープンの年に誕生。手話講師
趣味は、写真、読書、映画鑑賞、ゴルフ

"聴こえるわたし”-Mau
“Imagine”が発表された年に誕生。英会話・スペイン語会話講師
旅、自転車、食べることが好き

♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆  ♪  ☆

Mau: 今日は高校時代~大学時代のお話にいけたらと思っていますが、いかがでしょう?

Chie: そうですね、高校時代のどの辺りから入ろうか考えていましたが、恋愛以外のところから入った方がいいかなと思います(笑)


Mau: 恋愛はもっと大人になってからということで(ふふふ)。ふと疑問ですが・・・受験って経験されていますか?

Chie: 受験らしい受験は経験なかったです。ろう学校にも一応受験はありましたが、ほとんどエスカレート式でそのまま上がりました。

Mau: いいなあ~。まあ私もないようなものですが。

Chie: 受験といえば兄が必死に勉強していた姿だけ印象に残っています。でも受験らしい受験をしていないせいで、学力は一般的に低かったです。まうさんも「受験がないようなもの」って、そのまま高校へ上がったのでしょうか?

Mau: いえ・・・ありましたが、ほとんど勉強や受験勉強の記憶が無いということです。
きっとどこかに納まるんだろう的な。なめていましたね。

Chie: 大学の先輩から「競争時代があったからいいけど、今の若い学生は学力がない」といつも言われていたので、30代の方たちはほとんど受験競争していたというイメージありました。

Mau: 他の人はそうだったと思いますが、なにせ別世界に生きていましたから。
ほんと~に記憶が無いです。高校時も、高3の8月まで卒業をしたら就職するものだと思っていましたので、今が本当に不思議です~♪

Chie: 高校3年の9月くらいに転機があったのですね?

Mau: そうですね、進学は金銭的に無理だと決め付けていましたが、友人に助けられながら模索した時期ですね。決めると猪突猛進ですから。 いろんな人にご迷惑をおかけしました。

Chie: もしかして、いのしし年生まれですか?
私も高校3年の夏まで就職すると思っていました。進学すること自体考えていませんでした。ここは共通点がありますね。
なぜ南米に行かれたのか、その経過も気になります。


Mau: そうです!野生のブタ年です。確か中国や韓国では「野ブタ」なのですが、日本に干支が伝わってきたときに、野生のブタがいなかったので、それに代わるイノシシになったと聞きました。
私の南米話はまたおいおいと・・。ちえさんのインパクト大の高校時代のお話が気になって仕方が無いんですけど~!

Chie: 私もいのしし年生まれです(笑) 
まうさんのお話は次のお楽しみにってことで保留しておきましょうか。気になって気になって仕方ないですけど(笑)
中学部から高等部に上がるとき、一人だけ別のろう学校に進学しました。その代わりに聴者の中学校を卒業してろう学校に戻ってきた人がいました。 そのときは新たな出会いでしたので新鮮でしたね。
みんな手話ができなくて、板書したり口話(声を出したり、口を大きく開けたり)を使って何とかコミュニケーションをしていました。



Mau: 「聴者の学校から戻ってきた」というのは、小学部で一緒だったお友達がまた高等部で戻ってきたということでしょうか?

Chie: 幼稚部時代で一緒だった同級生が高等部に戻ってきました。他のろう学校の様子は分からないですが、母校は毎年一人以上戻ってきていました。また、新たにろう学校へ入る生徒もいました。ろう学校に戻ったり入ったりする目的の一つに、大学進学がありました。

ろう学校に入って分かる授業を受けて大学に進学するという判断だと思いますが、当時の校長先生が進学に対してものすごく熱意のある方でした。たまたま、私は進学することに全く興味がなかったのですが、なぜか、進学組の中に入って勉強していました。そのときはまだ先生の言いなりになっていた「素直な子ども」でした。


Mau: 特進クラスというものですね。いつ頃、そんな「素直な子ども」が「ハプニングを巻き起こす子ども」に変わる時が訪れたのでしょうか?

Chie: 高校1年の冬に転校生が来ました。その人は、ろう学校とは縁がないまま一般の学校に通っていましたが、なぜかろう学校に転校してきました。

Mau: 「聴者」ということですか?

Chie:聴力が軽い(音楽が聴こえる)難聴者です。その第一印象がものすごく悪くて、同級生たちもどう接したら良いか分からないほど態度が悪く映りました。ろう学校にはいないタイプだったので、「何なんだこいつ?」と思いました(笑)。
でもその人が後に私の人生に影響を与えたのです。


Mau: なんだか小さな恋の予感・・違いますか?

Chie: 残念でした(笑)でも、恋とは違った信頼関係は生まれました。
彼の方から話しかけてきたと思いますが、少しずつ話していたら意気投合したんですよね。
最初は手話が全くできない代わり、携帯電話のメール入力画面を筆談代わりにしながら話していました。

Mau: 携帯メールが出回りだしたころですね。

Chie: そうですね、その頃、携帯を持っていなかったのは私だけでした。それで同級生たちから仲間はずれにされていたというか、あまり関係が良くなかったですね。

Mau: そんなことで!仲間はずれになってしまうんですか。ふーっ。

Chie: 私も受け止め方が悪かったと思いますし、「携帯を持っていないのはちえだけだよね」と言われてカチンと来ました(笑)。
そこから関係がこじれてしまいましたが、つまらない理由だったのもたぶん、ろう学校という狭い世界の中で育ってきたからうまく対応できなかっただけだと思います。ちょうどその時期に彼が入ってきて、外の世界のこと、例えば音楽だったり、聴こえる人たちの世界だったり、いろいろ教えてもらっていくうちに私の中で何かが変わっていくのを感じました。


Mau: 新鮮な風を運んで来た!って感じですか?どきどきわくわくしますね~。

Chie: まさに新しい風を運んできました。先生たちにとっては煙たい存在だったと思いますが、同級生にかなり刺激を与えていました。月日が経つにつれて、今まで先生たちに言いなりになっていた自分に気がついて、高校2年になって感情が爆発してしまいました。タバコをちょっと吸ってみたり、授業を放棄したりと迷惑をかけましたが、まさに尾崎豊の「15の夜」といった感じです。

Mau: さっきから頭の中で流れてました~♪

Chie: 今までの自分に対する腹立ちもあったと思いますし、小学部時代から知っている先生たちからは「小学部のときは素直でいい子だったのになぁ」と言っていたので余計に頭にきてしまいました。

Mau: ちえさんがタバコや授業放棄ですか?信じられませ~ん!少し見てみたいような・・・。

Chie: ちょっとだけです(笑)運動会もボイコットしていましたけど。それくらい大人が信じられなくなっていましたね。

Mau: 先生はそんなに理不尽な人たちだったんですか?

Chie: いいことばかり言うのに、なぜ悩む生徒を助けようとしないのかとむかついてしまったり。自分の言葉をうまく表現できない生徒の前で「この生徒、何言ってるの?通訳して」と他の生徒に求めている先生もいました。

意思疎通ができないから少しでも残存聴力がある生徒の方が通じる。それで通訳を求めていたかもしれないですが、本人にとってはショックなことですし、その回数が多ければ多いほど、自分から口を閉ざす後輩もいました。
あのときの先生の意図は分かりませんが、伝えようとしている子ども(相手)と真剣に向き合おうとしない大人がいるなんて、と信じられなくなりました。


Mau: 教師としてより、人として悲しくなるお話です。
たくさんいる教師の中にはそういう先生もいたと思いますが、そんな中でも親身になってくださる先生はいませんでしたか?

Chie: 二人くらいいました。授業を放棄したときも運動会をさぼったときも、一言注意された後、「高校生はそういうものかもね、あはは」と笑っていたり、「何かつらい時あったら声かけてくれよな、助けるから」と言ってくださった先生もいました。
同級生や後輩たちとの関係がぼろぼろになった時期にこう言われたので身にしみましたね。


Mau: いろいろな人間の両端を短期間のうちに見た期間だったようですね。
徐々にちえさんが自分を取り戻し、再び生きはじめる転機のような。

Chie: そうですね。信じられる大人は自分の親と、助けてくれた先生だけだと思い込んでいました。今思えば転校してきた彼がいたから、大学に進学できたというのもありますね。ロッカーに八つ当たりしたり、テスト勉強中に飛び出したり、男子たちの喧嘩も目の当たりにしていましたが、一番印象に残っているのは、卒業式でした。

卒業式の前も、同級生たちが先生の言いなりになっていたのでますます腹が立って早く家に帰ったんですが、彼が恋人を連れて家まで入って来たんですよね。それで3人で話したおかげで落ち着きました。

そして、卒業式の朝、彼は金髪にして学校に来ました。校歌の代わりに尾崎豊の曲を流してやろうぜ、と言っていましたが 結局先生たちの必死な説得で実現できませんでした。


でもこのときに彼は「見かけで決めつけるから大人は嫌いなんだ」と表現していたように思います。同級生からは煙たい存在しか見ていなかったと思いますが、私にとっては新しい風を運んで来た使者で、「今の自分のままでいいのか?」とメッセージをくれた人でした。

Mau: 当時そんなにも頭にきていた「同級生が先生の言いなりになる」というのは具体的にはどんなことだったんですか?

Chie: 例えば、文化祭で何をやるかを話し合って意見がまとまったかと思ったら、「これはダメ」と先生が却下します。それで反対意見を言うかと思ったらそうでもなく、「はい、そうですよね」と素直に従うんですよね.

卒業式も、卒業生が答辞を述べるときがありましたが、当日に原稿をすり替えちゃおう、と提案しました。先生が決めた内容で何だかしっくりこなくて原稿をすり替えたかったんです。そのときは同級生たちも賛成してくれたのですが、数日前になって「やっぱり怖いからやめようよ」となって私の提案は却下されました。

却下されたのは良いんですが、それよりもそういう弱気な態度に腹が立ってしまいました。。。大人の社会だったらこんな行動はクビにされてしまいますよね((笑)
でも、高校時代だったし、「今しかできないことをやるぞ」と燃えていました。それなのに一気に力がなくなったような感じでした。


Mau: 今までは周りの同級生同様、疑問を持たずに先生に従っていたちえさんが、そこまで変わったのはやはり彼の影響だと思うのですが、そこまで彼を信じることができたのはどうしてですか?


Chie: 今までにない意見を言われて、ハッとしたような直感みたいなものでしょうか。
何気なく過ごしてきた生活の中で、「どうして君は先生のことを何でも聞くの」というようなことを言われていました。

10年以上同じ学校で生活していて「当たり前」だと思っていたことが、彼にとっては「当たり前ではない」視点でした。逆に言えば、ろう学校の生活が当たり前過ぎて、外界のことが分からなくなっていました。外界を知るのが怖かったから、ろう学校の中で満足していたかったのかもしれないです。


Mau: 正しい、正しくないという判断ではなくて、今まで抑えていたものを爆発させる(せざるを得ない)衝動のような力を感じます。
純粋なエネルギーというか・・・分かります、すごく。それを通る人もいれば、通らない人もいる・・・それもまた「出会い」なんでしょうか。

Chie: そうですね。理屈ではない何かがありました。この出会いは人生を変えた出会いの一つです。頭に来たとき、いつも彼は「そんなに熱くなっていたら分かるものも分からなくなるよ」と言っていました。それが今の自分の中でも残っています。

Mau: 高校卒業後、すぐに大学入学だったと思いますので、ゆっくりと振り返る時間は無かったと思いますがちえさんの中に何か芽生えたものはありましたか?「やることはやった感のある」ろう学校時代を終えて、一般の大学で新しいスタートを切るには良い時期だったのかもしれませんね。

Chie: 本当に良いタイミングでした。もし彼に出会っていなかったら大学進学のことは選択肢に入っていなかったと思いますし、物事に対して興味をあまり持たなかったと思います。しかし、大学生活もいろいろありました(笑)。

Mau: まだまだ面白いエピソードがたくさん出てきそうですね~!

***

BGMとして尾崎豊の「15の夜」がぴったり合いそうな内容でしたが、いかがでしょうか。
みなさんの中にも青春時代の思い出があると思います。その中でどんなことを感じ、どんなことを考えていたのか、
どんな経験をされてきたのか、みなさんのお話もぜひお伺いしてみたいです。

次回もお楽しみに。

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by machi-life | 2009-03-13 18:57 | mau+chie life
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