聴こえないわたし 聴こえるわたし ~ことば&暮らし~

それぞれの「ことば」を「知ること」からはじめよう
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第38回(2009.11.08) 『いつも読んで下さる皆様へ』

11月に入り、本ブログもおかげさまで38回目となりました。

ブログで交わしたまうさんとの対談は、学生時代に私が「聴こえない」立場を強調しすぎたあまり、離れていった友人たちの複雑な想いを初めて客観視できる機会にもなりました。

「聴こえる」「聴こえない」という二極化は確かに誰かを排他することにつながるため、あまりこだわらないようにしてきました。

しかし、ブログを重ねていくにつれて「聴こえる」「聴こえない」という立場の違いを踏まえる必要性も感じるようになりました。

というのは、聴こえることと聴こえないことの違いは必ず出ていることであり、それを抜きにしてそれぞれの考え方、価値観を語るには少々「きれいごと」のように思えてしまいます。

それぞれの考え方、価値観の背景に必ず、「聴こえる」「聴こえない」の身体的な違いも含まれているのではないかというのが私の見方です。

どちらかに優劣があるというのではなく、「相違」という視点を持ちながら今後も、「聴こえるわたし」が多数を占める現代社会の中で少数派の「聴こえないわたし」が置かれている立場を発信していきながら、「聴こえるわたし」「聴こえないわたし」がどのように共存していくかをみなさまとともに考えていきたいと思います。

よりいっそう、様々な立場のご意見を頂戴したく、今後もよろしくお願いいたします。

Chie


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真冬の新潟に越してきて間もないちえさんと、お昼をご一緒していたレストランで、”一緒にブログをやってみませんか?”と少し前から考えていたことを、テーブルの上に置かれたノートブックに素早く書き込みました。二人だけでお会いしたのはそのときが初めてだったとおもいます。

新潟に来る前のちえさんは京都に住んでいて、お会いしたのは数回だけ。そして私たちの間にはいつも手話通訳をしてくれる人がいました。こう書くと、なんだか初デートの思い出をお話しているみたいですね。

実際に二人だけでお会いすることになった前夜、心の中に芽生えてきたのは、期待以上に不安でした。
それは今まで感じたことのない種類の感情でした。

大袈裟な、と思われるかもしれませんが、「コミュニケーションの取り方は何が良いのだろう。口の形を読んでもらえるから大丈夫なのかな。手話が全くできなくて呆れないだろうか?筆談だと会話が間延びしないか?それに筆談となるとご飯はどのタイミングで食べたらいいのだ!?うっかり失礼なことを言ってしまったらどうしよう!でもどんなことが失礼にあたるのだ?!・・・」。

終わりなき自問自答のはじまりでした。
言葉の通じない国には何度も行ったことがあるのに、同じ日本人でありながら「聴こえない」人と会うことの一体何がこんなにも私を狼狽させるのか、その正体が分かりませんでした。

同時にそういう風に感じる自分は嫌な人間だと思いました。
一方でちえさんはどう思っているのか気になりました。

ブログを始めた当初はどちらかというと私が聞き役で、ちえさんが話し役でした。
分からないことを質問しつつ、受け取った言葉を改めて自分の言葉に置き換えていく時間の中で、ちえさんご自身の中にも同じように「聴こえる人」に対して戸惑う不安定な感情を見つけました。
そこに私たちの探しているものがあるように思えました。

このブログを通して、お互いの心の見えない場所にぐいっとしまいこんで、見ないでいた、あるいは考えないようにしていたものを「聴こえる」「聴こえない」私たちそれぞれの観点から観察しています。

なるべく客観的に物事を捉えようと努力はしているつもりですが、実際の場では私たちの語る言葉はとても主観的です。時に中途半端に文章が終わることもあります。
答えのない問いがあることも知りました。それはそれでいいと思っています。
そのゆらぎの中に、私たちが探していて皆さんと一緒にお話をしていきたい生活があるような気がしています。

Mau


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読んで下さりありがとうございます


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by machi-life | 2009-11-08 21:58 | mau+chie life
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